いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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 変態度↑↑↑

 ご指摘を頂きまして一部の描写および設定を変更、誤字脱字を修正しました。

・地の文および台詞での言い回しを変更
・五十センチセンチの鉄骨 → 二十センチの鉄骨
・ステージ踏破時の時間 21秒→ 30秒


閑話その二「HANZOU!」

 

 

 ようことなでしこの仲が爆発的に良くなったあの夜から三日。

 大量のレシートを見ながら家計簿に記入しているなでしこを見て、ふと思った。

 

「……なでしこ」

 

「はい、なんでしょうか啓太様?」

 

「お金、足りてる?」

 

「はい?」

 

 一応そこそこ依頼はこなせているし、それなりに稼げているつもりではあるが、そういえば我が家の貯金は今どうなっているのだろうと思ったのだ。

 いやね、通帳や印鑑とかなでしこに預けてるし我が家の金銭管理は思いっきり彼女に丸投げしている状態でして、口座に今どれだけ貯まってるのか正直知らないんだよね。

 なでしことようこ、そして俺の三人分の食費や生活費なども馬鹿には出来ない額だろうし、もしギリギリのところでやり繰りしているのだったら俺ももっと頑張らないといけない。大黒柱なんだから。

 なでしこたちも自分で好きに使えるお金はもっとあったほうがいいだろうし。ようこなんて最近おしゃれとかに目覚めてきているようだしね。

 そういう意味で聞いてみた。今の稼ぎで大丈夫、と。

 

「はい、大丈夫ですよ。啓太様とようこさんが頑張ってくださるお陰で川平家のお財布事情は問題ないです。私も無駄遣いしないように節約を心がけていますし、結構やり繰りすれば浮くんですよ」

 

 そういって微笑むけど、節約とかお金のやり繰りしないといけないんだから結構カツカツなんじゃ……。

 ……お金はあったほうがいいよね?

 

「そうですね。あって困るものではありませんし。あ、でもだからといって無理はしないでくださいね? 私は今のままでも十分満足していますから」

 

 うーむ、そうは言うがなぁ。やっぱりもっと稼いだほうがいいかな。

 でも今のところ依頼はほぼすべて受けてるから、これ以上稼ぐとなると単純に依頼の数を多くこなす必要があるし。それこそ今すぐどうこうなる話じゃない。

 あーあー、なにか手っ取り早く大金稼ぐ方法ないかなぁ。

 

「ねーねーケイタ~、これなぁに?」

 

 煎餅を食べながらテレビを見ていたようこが頭の上にハテナマークを乱舞させながらテレビ画面を指差した。

 

『さあ、再びこの日がやってきました、HANZOUッ! 今回はファイナルステージに挑戦する猛者たちが熱い血潮を燃やして挑みます! 出場者は三十七名。予選ではその五倍近くの出場者が集い、今日! この赤坂スタジアムで優勝者が決まります!』

 

 画面の向こうには巨大なフィールドアスレチックが存在していた。純粋な身体能力のみを要求され、様々な試練が待ち受けているエリアを突破しタイムを競い合う番組。

 用意されたコースを突っ走り、どれだけ早くゴールに置かれたボタンを押すか。その持ち前の身体能力を試されるため、見ていて手汗握る白熱した展開を見せてくれる。しかもなんといってもこの番組の目玉はある団体による妨害だ。見ていて本当に飽きない。

 広大な池の上に作られているため、水没、コースアウト、タイムアウトになるとその場でリタイアとなる。

 たしか、優勝者には賞金が出るとか。

 

『――優勝者には賞金百万円が送られます!』

 

「……ほう」

 

 実況アナウンサーの言葉を聞いて俺の目がキラッと光った。気分でいた。

 

「ねーねーケイタ~、この人たちなんでこんなことしてるの~?」

 

 ねぇったら~! と俺の肩をがくがく揺すってくるようこに番組の趣旨を説明しながら、頭の中である計画を立て始めていた。

 

 

 

 1

 

 

 

「……あれ? ケイタは?」

 

 夜、夕食の支度をしているとようこさんの声が聞こえました。

 振り返るときょろきょろと啓太様の姿を探しています。

 

「啓太様は出かけていますよ。なんでも外せない用事があるとか。夜ご飯もお外で食べてくるようなので、今夜は二人だけでいただきましょう」

 

「ふ~ん? あ、そうだ! 確か今日ってHANZOUの日だったよね。なでしこも一緒に見ようよ!」

 

「ふふっ、はい。もう少し待ってくださいね。今お料理持って行きますので」

 

「今日のご飯はなに~?」

 

「鯖の味噌煮に大根のサラダ、厚揚げ卵ですよ。デザートにプリンもありますからね」

 

「プリン!」

 

 嬉しそうに目を輝かせるようこさんを見て、私の顔も自然と綻ぶのが分かりました。

 ようこさんとこのように親しい会話を交わしたのは久しいです。啓太様の犬神になったのが八月の初頭でしたので、約半年振りになりますね。

 山にいたあの頃のように屈託ない笑顔を見せてくれることが何よりも嬉しかったです。

 

「あっ! なでしこ始まるよ!」

 

 ようこさんの声に意識をテレビに向けます。

 ようこさんが好きな番組はいくつかありまして、この【HANZOU】もお気に入りの番組の一つです。他にも恋愛ドラマや動物番組(犬以外)、アクション映画などを好んで見ていますね。

 私は……お恥ずかしながら、恋愛系統の番組を少々――。

 こほん、そんなことより今はテレビに集中です。私も【HANZOU】は好きな部類に入りますね。色んな人が出場していますので見ていて純粋に面白いです。それになんといいますか、熱い男たちの戦いというような感じがして少し胸が熱くなります。

 

『さあ今回も始まりました、HANZOU! 実況はわたくしコメット山田が生中継でお伝えいたします!』

 

 アナウンサーさんの声に会場からすごい歓声が上がりました。熱気が画面越しで伝わってくるかのようです。

 

『今回は三周年記念として特別スペシャル企画! 特別仕様のファイナルステージをご用意しました! サードステージを突破した猛者たちは全部で六十八人。一体何人がこのステージをクリアすることが出来るのでしょうか! そして今回は優勝者だけでなく、見事クリアした選手全員に賞金の百万円が贈呈されます!』

 

 アナウンサーさんの隣にいた六人のゲストを紹介していき、いよいよ本選が始まります。

 ようこさんはパクパクとご飯を食べながら目はテレビに釘付けでした。

 

『――では! 今回のステージを紹介いたします!』

 

 カメラアングルが切り替わり俯瞰する視点で全体を映し出しました。

 出場者が登場するスタート地点から難所が全部で五つ。

 第一の関門【霧の道】。七メートルはある池には直径三十センチの垂直の棒が等間隔で設置されています。全部で十個ある足場が、個別に動いています。棒の下部は霧に覆われていて池は見えません。もちろん踏み外したら霧の中の池にドボンです。

 第二の関門【滑り坂】。粘性の高い液体が塗られた坂道を駆け上がらなければいけません。塗られていない場所も結構あるようですが、坂の上から障害ブツが滑り下りてきますので注意が必要です。

 第三の関門【地獄棒】。水平にセットされた太い鉄筋の下を渡る試練です。腕と指の力のみで移動する上にここでも障害ブツがあるため気が抜けません。

 第四の関門【亡者の池】。十メートルはある鉄筋の上を慎重に渡らなくてはいけません。下には亡者たちが待ち構えており、出場者たちの精神をじわじわ締め付けてきます。

 第五の関門【蜘蛛の糸】。高さ百メートルから垂らした綱を上っていく関門です。しかも下からは罪人たちが選手を追ってくるのでまさに『蜘蛛の糸』にふさわしい試練です。

 

『なお、今回は特別スペシャル企画ということで難易度がぐんっと上がっております! 突発的な難易度の変更は【HANZOU】において珍しい話ではありません! 制限時間九十秒という限られた時間の中で、果たして何名がゴールに辿り着けることができるのでしょうか!

 それでは時間になりましたので、さっそく選手入場していただきましょう! エントリーナンバー一番、山岸豊選手ですっ!』

 

 入り口から白いモヤモヤが勢いよく噴出され、奥から出場者が姿を現しました。大柄の男性は岩のような硬い筋肉で覆われています。いかにも【HANZOU】に出場するような選手という感じがしました。

 

『元陸上自衛隊員、山岸選手三十五歳! 前回はセカンドステージの【奥山】を前に惜しくも敗れてしまいましたが、今回は意地でもこのステージに立って見せた! いざ、スタートですっ!』

 

 ブザーが鳴ると同時に選手が走り出しました。

 

『まず最初のエリア【霧の道】です。七メートルという距離の池にわずか三十センチの足場となる棒が動いています。その数は十。各ラインごとに分かれていますのでどの棒へ移動するかが鍵となります』

 

 霧で池を覆ったステージに突出した棒が十本ありました。手前から奥にかけてバラバラに並ぶそれらは一定の速度で動いています。

 そして、選手からは見えませんが私たちテレビにはその光景がばっちり写っていました――。

 

「出た、筋肉!」

 

 ようこさんが手を叩いてはしゃいでいます。

 棒を動かしているのは機械ではありません。人力によるものです。

 そして、その棒を動かしている人たちこそが、この番組の人気に火をつけている張本人たちなのです。

 

『霧の中に蠢く陰の姿! 皆さんもご存知、我らが【HANZOU】の人気者、拳漢大学の空手部――マッチョ隊の方たちです! 元気よく筋肉を盛り上げて棒を動かしております! 果たして山岸選手はこの霧の道を突破できるでしょうか!』

 

 褌一丁の大柄な男性たちが丸太のような棒を抱えながら移動しています。選手からは霧で見えませんが横からのカメラではその光景がバッチリ写っているのです。

 なぜか、この番組には選手を妨害するマッチョなスタッフが登場するのです。彼らの行動が面白おかしいと視聴者の方々は色よい反応をもらっているようですが……。

 山岸選手は動く棒が止まる僅かな瞬間を見計らい、棒へと飛び乗ります。そしてテンポよく棒から棒へと移動。三十センチしかない足場になんの躊躇いもなく飛び移れるなんて、すごい集中力です。

 

『山岸選手、軽快な動きで難なく棒を渡っていくっ! もう向こう岸は直ぐそこだ! このまま突破できるのか!?』

 

 山岸選手が大きく跳躍し棒に片足を乗せます。ここを踏み越えればこの【霧の道】はクリアです。

 そして――。

 

『山岸選手、大きくジャンプっ! 棒に飛び移った――と、思ったらそのまま突き上げられて大きく弾き飛ばされたぁぁぁッ!』

 

 飛び乗った瞬間、棒を支えていた赤い褌をつけた男性が大きく抱えていた棒を上空へ向けて突き上げたのです。

 突き上げられた勢いのまま大きく弾き飛ばされた山岸選手は、そのまま池の中へ落ちてしまいました。

 

『山岸選手っ【霧の道】最後の難関、マッチョ隊の上原に破れ、苦しくも脱落ぅぅぅ! マッチョ隊の上原が操る棒に乗ると、上原渾身の突き上げが襲うようだ! 普段タクシーの運転手を務める上原もここでは一人の修羅へと成り変わる!』

 

 紹介された上原さんはカメラ目線でムキッと筋肉を盛り上げてくれました。ようこさんは大笑いしていますが、それを見て少し気分が悪くなったのは内緒です。

 リタイアとなった山岸選手は悔しそうな顔で場外へ去っていきました。可哀想ですが次回挑戦してください。

 それからというもの次から次へと挑戦者が【霧の道】へ挑みましたが、全員上原さんを突破することは敵いませんでした。

 しかし、十人目の板倉さんが、なんとか第一関門を抜け出すことが出来たのです。

 

『板倉がっ! 板倉がぁぁぁっ、やってくれました! 見事【霧の道】を突破! 続く第二関門【滑り坂】に挑みますっ』

 

 急斜面となった坂は頂上まで十メートルほどの距離があります。坂のいたるところにヌルヌル滑るろーしょんなるものが塗られているため、上るのは想像以上に難しいでしょう。

 

『おおっと、ここでもまた出てきた! 我らがマッチョ隊っ! 全身にオイルを塗ったブーメランパンツ姿で登場だぁぁぁぁぁっ!』

 

 坂の頂上から全身をテカらせたマッチョさんたちが、ぼでぃーびるで見るポーズを決めてやってきました。

 その姿に板倉選手が顔色を悪くします。

 

『顔面を蒼白にする板倉選手。そんな板倉選手にお構いなく、今……マッチョ隊が坂を滑り落ちてくるぅぅっ!』

 

『くそぅ……!』

 

 大きく悪態をついた板倉選手が坂を上り始めます。しかしろーしょんで滑る足場に遅々として前に進むことが出来ません。

 

「いたくらがんばれー!」

 

 ようこさんの声援。しかし、そんな板倉選手をあざ笑うかのようにポーズをとったまま滑り落ちてきたマッチョさんにぶつかり、もつれ合うようにして池へと落ちてしまいました。

 

『ああーっと! 板倉選手、健闘するもマッチョ隊のボディーアタックを前に敗れてしまったぁぁぁ! 衝突したマッチョ隊の染田さん、イイ笑顔のままフェードアウトしていきます!』

 

 続く選手たちも、やはり【霧の道】を突破してもこの【滑り坂】に足を取られてしまうようです。

 

『まだ、この第二関門を突破した猛者はいません! 果たして誰が最初に突破するのでしょうか! さあ、続いての出場者の入場です!」

 

「わたし、トイレ行ってくる!」

 

 ようこさんが早足でトイレに向かいました。

 どうやらずっと我慢していたようです。

 私はすっかり冷めてしまったお茶を啜っていると一瞬、ふと気になるものを見つけました。

 歓声が上がる会場内。出場者が控える場所に小柄な男性がいたからです。

 その男性は背中を向けて靴紐を結んでいるようですが、なぜかその後姿に見覚えがある気がしました。

 その違和感を探る間もなく画面が切り替わります。

 

『おぉ!? これは行けるか、行けるか!? エントリー番号三十四番宮間選手っ、【滑り坂】で脚を取られながらも爆走しています! 迫り来るマッチョ隊たちをなんと避わしながら少しずつ少しずつ前へ進んでいます! ……そして、ついに坂を上りきったぁぁぁ! 天晴れ宮間! 漢の意地を見せてくれましたッ』

 

 上りきった宮間選手は肩で息をしながらも誇らしげに顔を上げました。背後の坂の下でマッチョさんたちも拍手を送っています。

 見ていて私も思わず歓声を上げてしまいました。

 

『しかし宮間選手、時間がない! 残り時間一分を切っております! 呼吸を整える間も無く次の関門へ向かう! 待ち受けるは黒光りする鉄骨っ【地獄棒】だぁぁぁ!』

 

 頭上にセットされた鉄骨がずっと先へと続いています。足場はなく、一本の鉄骨のみが向こう側へと繋ぐ橋になっているのです。

 

「……あっ、場所変わってる!」

 

「今、突破した方が現れたところですよ」

 

 おトイレから戻ってきたようこさんがスサササッと元の位置に戻りました。

 二人してテレビ画面に集中します。

 

『【地獄棒】は鉄骨を腕と指の力のみで渡る難所です! 下一面は池が広がっており、落ちれば即リタイアとなります! 果たしてこの難所を乗り越えることが出来るのでしょうか! 今、宮間選手、ゆっくりと鉄骨に指をかけた!』

 

 鉄骨を横にしているため断面はカタカナの【エ】になっています。選手はこの下の横棒に指をかけ、慎重かつ素早く鉄骨を渡っていきます。

 滴り落ちる汗が、選手たちの苦しみを物語っていました。

 

『この日に備えて、近所の公園で日々懸垂を三百回繰り返して鍛え続けてきた男、宮間幸造二十八歳! 足がつかないこの場所で、練習の成果を発揮している! ……んっ? おおっと……! どうやらここでも、この漢たちが邪魔をするようだ!』

 

 アナウンサーの言葉に呼応するようにセットされた鉄筋の上をあのマッチョさんたちが歩いてきた。

 

『ここでも妨害するマッチョ隊! 今度は一体何をするというのかっ! ……ッ! なんと、鉄骨の上で踊りだしたぁぁぁ! スローテンポな曲を流す巨大なラジカセを肩に、軽快な踊りを披露するぅぅぅ! 観客のボルテージが再び上昇する! この光景っ、これが【HANZOU】だああああぁぁぁ!!』

 

『くぅぅっ! 振動が……!』

 

『おぉぉっと! 間宮選手苦しい! マッチョ隊の踊りが鉄骨を直に伝い、振動が間宮選手を襲う! 指が少しずつ、少しずつ離れていく! ここで終わるのか!? 間宮幸造二十八歳、ここで終わってしまうのか!?』

 

『くっ……そぉぉぉッ!!』

 

『なんと! 持ちこたえたっ! 間宮選手、持ちこたえたあぁぁ! 一度は離れた手が再び鉄骨を掴んだ! 間宮選手、まだ終わらない! 終わるわけにはいかないっ!』

 

 一度は落ちそうになりましたが、なんとか持ちこたえることが出来ました。

 ようこさんと一緒に思わず安堵の息が漏れてしまいます。

 しかし――

 

『……あ、ああぁぁぁあああっと! なんということでしょう! マッチョ隊の卯月、誤って間宮選手の指を踏んでしまったぁぁぁ! 持ちこたえた際、鉄骨の上部を掴んでしまったのか! 本来は起こりえないアクシデントが起きてしまったぁぁ! あー! 間宮選手、いま池の中に――! そして、なんだ!? マッチョ隊の卯月も苦悶の表情とポーズを浮かべて自ら飛び降りた! 自責の念に駆られての行動か、潔い卯月ッ! しかし残念なことに、間宮選手はリタイア判定となってしまいました!』

 

「……こんなことってあるんだね」

 

「そう、ですね……」

 

 ぱちぱち、と思わず目を瞬いてしまいました。しかし、このようなあくしでんとも【HANZOU】の醍醐味なのでしょう。本人は気の毒ですが。

 

【さあ、残るは二十人。未だ全関門を突破した猛者はおらず! 流石に今回ばかりは厳しい模様です!】

 

 アナウンサーは手元の紙をめくり、出場者の説明を始めました。

 

【続いての出場者の登場です! ……皆さんお待ちかねっ、あの男がやってきました! 今大会最年少の出場者にして初出場! 年齢制限がある本会場では本来出場できないはずではありますが、予選で見せたその高い身体能力に審査員が思わずOKを出したあの男です! こういう特例がたまにあるから面白い! さあ、登場してもらいましょう! エントリーナンバー三十五番――】

 

 入り口を白いモヤモヤが覆います。そして、その向こうから現れたのは。

 

【ピ○チュウゥゥゥゥゥ――――!】

 

 黄色い電気鼠のお面をつけた、中学生くらいの男の子でした。

 

 

 

 2

 

 

 

「……っ! けほ、けほ……っ!」

 

 その姿を見た途端、思わずむせてしまいます。横を見ればようこさんがぽかーんと口を開けた唖然とした表情を浮かべていました。

 おそらく私も似たような表情を浮かべているでしょう。

 お面で隠れてはいますが、あの背丈に容姿、そして極めつけの両手首に嵌められた二つのブレスレット。

 それは、どこからどう見ても――。

 

「ねえ、あれってケイタだよね?」

 

「おそらくは……。いえ、間違いないと思います」

 

「だよね。……ケイタが【HANZOU】に出てる!?」

 

 なにを考えてるのでしょうか、あの人は……。

 呆然とテレビ越しに私たちのご主人様を見ているなかで、もう間も無くスタートを切ろうとしています。

 

『さあ、ピ○チュウ選手、十四歳中学二年生。今、スタートを切った! まずは最初の関門【霧の道】です! ここで脱落した選手も多いが、どうだ!』

 

 啓太様は――ピ○チュウのお面をつけていますが絶対啓太様です――大きく助走をつけて走り出します。

 そして【霧の道】を前にすると。

 

『なんでしょう? 一瞬体が沈んだかと思ったら――……! な、なんと! 跳んだ……! 大きく跳んだっ! ピ○チュウ選手、信じられないくらいの大ジャンプだ!』

 

 助走をつけた啓太様は体を沈めると大きく跳躍しました。あっという間に大半の棒を飛び越え、その先にある棒に――赤い褌をつけたあの上原さんが抱える棒に飛び移ります。

 落下する勢いもあり一瞬腰を落とした上原さんですが、歯を食いしばってなんとか耐えると筋肉を盛り上げて啓太様を大きく突き上げました。

 

『信じられない大ジャンプを見せたピ○チュウ選手! あっ、落下する場所はあのマッチョ上原が抱える棒だ! ……っ、どうなる!? ぁぁああああっと! 上原、渾身の力でピ○チュウ選手を突き上げ――、空を舞うピ○チュウ選手っ、体勢を整えて華麗に着地したぁぁぁ! 早い、速い、はやいっ! とんでもない早さで第一関門【霧の道】を突破したぁ! 二秒も掛かっていませんッ! ここでもやってくれましたピ○チュウゥゥゥッ! 恐ろしい中学生だ!』

 

「そりゃケイタだもんね」

 

「ええ。啓太様ならこのくらい造作もないです」

 

 彼の犬神である私たちでさえ驚かされるような身体能力を持っていますからね。単純な戦闘もそこらの犬神たちより強いと思います。

 なんとも言えない心境で、しかし私たちの主が褒められて悪い気はしません。ようこさんなんてさっきから嬉しそうな顔で尻尾をふっていますし。私も、控えめに尻尾が動いてしまうのを止められないんですけどね。

 あっという間に【霧の道】を突破した啓太様は足を止めずに走り、続いて第二関門の【滑り坂】に辿り着きました。

 坂の上には例の如く、オイルで体をテカらせたマッチョさんたちが筋肉を強調させるポーズを取りながら待ち構えていました。

 

『さあ続いては魔の坂道【滑り坂】。上にはすでにマッチョ隊の方々がスタンバイしています。坂は特性ローションで滑る斜面、この難所をどう乗り切るのでしょうか! いま、マッチョ隊が怪しいポーズを取りながら、滑り降りたぁっ! そして、ピ○チュウ選手も走り出す! 滑る坂を前に、どう――っ! な、なんと!』

 

 走り出し跳躍した啓太様は滑り落ちてくるマッチョさんの肩に飛び乗ると、次いで違うマッチョさんの肩へと飛び移りました。

 驚くことに一度も地面に足をつけず、次から次へとマッチョさんを踏み台にして坂を上って行きます!

 

『なんとピ○チュウ選手、滑り落ちてくるマッチョ隊を踏み台にして坂を上っていくっ! こんな攻略、今まで見たことありません! なんという身体能力でしょうか! ……あぁっと、飛び乗られたマッチョ隊が次々と池へ落ちていく! 飛び移る時の反動でバランスを崩していくぅぅ! そして、ついに上りきったぁぁぁっ! なんなんだ、なんなんだこの男! このピ○チュウ! 普通じゃないぞォォォォォ!』

 

 アナウンサーの叫び声に観客たちもすごい歓声を上げています。見れば控えにいた選手たちも拍手をしていました。

 

『さあ歓声を一身に浴びるスーパー中学生! 第三関門【地獄棒】に突入だぁ! 今度は何を見せてくれるんだ!?』

 

 第三関門に辿り着いた啓太様。しかし身長さからか、少しセットされている鉄骨が高いようです。

 ジャンプをして鉄骨に掴まります。そして体を引き上げて、足も鉄骨に駆けました。

 そのままシャカシャカシャカと、鉄骨を渡っていきます。

 

『その方法があったか! 鉄骨に抱きついた姿勢のピ○チュウ選手、すごい早さで渡っていきます! 後方からマッチョ隊が踊りを披露しながら後を追いますが、まったく追いつけずにいる!』

 

「あ、これ見たことある! よくお水かけてる人たちが練習してるよね」

 

「お水……ああ、消防隊ですか。確かに似ていますね」

 

 そのまま難なく渡りきった啓太様は危なげなく着地すると直ぐに移動しました。

 

『あとは第四の関門【亡者の池】と最後の関門【蜘蛛の糸】のみです! ここまで辿り着いたのはピ○チュウ選手が初めてだ! しかもここまでのタイム、わずか二十秒! まさか一分切らずにこのまま突っ走ってしまうのか!?』

 

 第四関門【亡者の池】は先ほどの【地獄棒】と同じく、セットされた十メートルの鉄骨を渡っていくというものです。しかし、今度は鉄骨の上を渡ります。

 下には筋肉が蠢くマッチョさんたちが池の中から手を伸ばしていました。まさに亡者の池にふさわしい関門です。

 こんなところに落ちてしまったらと思うと毛が逆立ってしまいます……!

 

『いよいよ第四関門【亡者の池】に挑みます! 横幅二十センチの鉄骨、両足を揃えたらスペースが埋まってしまう僅かな空間を突破しなければなりません! 下には亡者となったマッチョ隊の皆さんが誘い込むように手を伸ばしています! 果たして無事に突破することができるのでしょうか! ピ○チュウ選手、いま鉄骨に、足を……かけた!』

 

 鉄骨の上を慎重に歩く啓太様は、慣れてきたのか次第に速度を上げていきます。

 

『はやいはやい! 鉄骨の上を駆けるピ○チュウ選手、まったくものともしません! 亡者どもの魔の手から逃げ切り……いま! 渡りきったァァァァァッ!! 残るは最後の関門【蜘蛛の糸】

のみ! 初出場にして初優勝になるか!? スーパー電気鼠、最後の関門へ向かいます!」

 

 そしてやってきた最後の関門【蜘蛛の糸】。高さ百メートルの上空から垂れた一本の綱を上りきれば、ゴールです。

 時間はまだ一分二十秒あります。啓太様ならできるはず!

 固唾を呑んで見守る中、啓太様が綱を握りました……!

 

『ピ○チュウ選手、上る上る! スルスルとすごい速さで上っていく! しかしこの綱は百メートルあります、果たして上りきることが出来るのでしょうか! おっとぉぉぉぉ! ここでやって来ましたこの漢たちっ! 行かせるものかとマッチョ隊の方々がピ○チュウ選手を追って綱を上り始めています! 両者の距離はまだありますが、このまま追いつかれてしまうのでしょうか!?』

 

 マッチョさんたちは鬼のようなすごい形相で啓太様を追ってきます。

 そして――。

 

『なっ――! な、なんと! マッチョ隊、山を作りながら上っていく……ッ! 綱を上るマッチョをさらにマッチョが上り、そのマッチョをマッチョが上る! 泉の如く次から次へと湧いてくるマッチョたち! このときのためにスタンバイしていたのか!? 綱の下は小さな山が出来上がっています! このままではっ! このままではマッチョたちの重みで縄が切れてしまう!』

 

「ああ……! 頑張って、頑張ってケイタ!」

 

「あともうちょっとです! 負けないでください啓太様っ」

 

 画面の向こうでは遮二無二上る啓太様。お面でその顔は見えません。

 この思いよ届けと、両手を組んで祈るように画面を見つめました。

 

『綱から嫌な音が聞こえる! 綱が悲鳴を上げているぅぅぅ! このまま切れてしまうのか!? このまま蜘蛛の糸のように切れてしまうのか!? 後もうちょっと、後もうちょっとでゴールに辿り着くっ! 頑張れピ○チュウ! 希望の光はすぐそこだっ!』

 

 彼我の距離が段々埋まっていきます。このままでは――!

 懸命に両手を動かす啓太様。啓太様を行かせるものかと追いかけるマッチョさんたち。

 そして、先頭のマッチョさんの手が啓太様へと伸びて……!

 

『――上りきった! 上りきったぁぁぁぁぁっ!! ピ○チュウ選手、罪人たちの魔の手から逃れ、今……地獄から生還しましたぁぁぁ! そして流れるようにボタンを押した! やりました、やってくれましたピ○チュウ選手ッ! 見事、ファイナルステージを突破したぁぁぁぁぁ! まさかわたくし自身ここまでやってくれるとは思ってもみませんでした!! スーパー中学生ピ○チュウ選手! 見事【HANZOU】完全制覇ですッ!! タイムは……一分ジャスト! 電光掲示板には一分とあります! なんと完全制覇しただけでなく、タイムを一分も余してクリアしました! もうわたくし、興奮のあまり言葉が出ません!』

 

「きゃー! やったやったよなでしこ~!」

 

「はい! 啓太様すごいです!」

 

 ようこさんと手を取り合って我がことのように喜びます! この方が私たちのご主人様なんだと誇らしい気持ちで一杯です!

 その後、ゴールまで辿り着いたのは僅か三名のみでした。啓太様を含めて四人だけが完全制覇したということです。どれだけ過酷な戦いだったのかが窺えます。

 しかも他の三人のタイムに比べて三十秒以上大きく差を開けています。文句なしの優勝です!

 賞金である百万円を受け取った啓太様はマイクを向けられ感想を求められていました。

 

『見事、最年少初出場で完全制覇したピ○チュウ選手です! この【HANZOU】はいかがでしたか?』

 

『……憧れの【HANZOU】に出れて嬉しく、また楽しかったです。僕自身楽しませてもらいました』

 

 裏声のような高い声でそう短く感想を述べた啓太様は冷めない歓声の中、静かに退出しました。

 私たちのご主人様は本当にすごい方です。

 ですが、帰ってきたら少しお話しする必要がありますね。こんな大事なことを私たちに内緒にしていたのですから……。

 番組が終わって二時間後、何事もないように帰って来た啓太様を迎えた私は、懇々とお説教をしました。

 啓太様の初テレビ、録画し損ねたではないですか! 次からは前以て言ってほしいです!

 

 ちなみに賞金の百万円は有事の際の貯金として銀行に預けました。

 

 




 Q:これってSA○○KEじゃないの?
 A:いいえ、HANZOUです。

 次の投稿は2~3週間ほどお時間をいただきます。

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