注意!
今回の話では薫ハーレムの皆さんは結構辛らつなことを口にします。
イラッとするかもしれませんが、少しの間だけ辛抱してください!
啓太様と薫様が部屋から退室するのを見送ると、シーンと部屋が静まりかえる。
みんなは遠巻きにこちらを見ていて、どこかぎこちない空気が流れました。
みんなとは顔見知りだけど、元々私たちの間の交流は皆無といっていいです。
恐らくどう接すればいいのか分からないのでしょう。私も少し気圧されて二の足を踏みそうになるが、この中では一番お姉さんなのだしこちらから話しかけないと。
そう思って一歩踏み出そうとしたときでした。
「改めて、久しぶりですわね二人とも」
優雅に微笑みながら私たちの元にせんだんがやってきました。
「ごめんなさい、まだ皆緊張しているみたいで。貴女たちとはこうして話したこともあまりなかったものだから」
「気にしないで、せんだん。今まで歩み寄ろうとしなかった私がいけないの。でもこれからは仲良くしていきたいわ」
時間はいっぱいあるのだから。
今の気持ちを余すことなく正直に伝えると、せんだんは驚いたように目を見張っていました。
そして、フッと目尻を和らげます。
「あなた……変わりましたわね」
「そう?」
「ええ。貴女って付き合いやすそうに見えて心の壁は結構分厚いから、たとえ主の意向でも近寄ろうとしなかったですもの。いつも一歩引いた位置にいたでしょう?」
笑顔で余所を寄せ付けない貴女がこんなに素直に言うものだから、一瞬本人か疑ってしまいましたわ。
そう言葉を続けたせんだんは可愛らしく微笑みました。
確かに、彼女の言うとおり、昔の私は他の皆と群れなかった。みんなが嫌いというわけではなく、ある出来事から一緒にいるのに躊躇いを覚えたからです。
しかし、啓太様の犬神をさせていただくことになり、あの人の元で生活をして、人と触れ合い、日々を過ごしていって、私自身知らず知らずのうちに何かが変わってきたのかもしれません。
ようこさんですら絶大な影響を与える啓太様だ。そう考えるとなんら不思議でもない気がしました。
「それに、あの『いかずのなでしこ』が主を持ったって、山では結構噂になってますわよ」
「そうなの?」
「ええ。長老なんて『あのなでしこが!?』と目をカッと見開きましてね。貴女、今ではちょっとした時の人ですわよ」
「そんなことで時の人になっても……」
あの物静かで、いつも目を細めて飄々としている長老様が、そんな反応をするなんて……。
こういうときはどう返せばいいのでしょう。結局困った顔で微笑みます。
「それで? 一体どういう心境の変化なのかしら。いい加減教えてくださらない?」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら近づいてくるせんだん。
その妙な迫力に押され後ずさると、それまで遠巻きにこちらを眺めていた他の皆が近くまで寄っていたことに遅まきながら気がつきました。
その目は好奇心でキラキラと輝いており、皆も関心を寄せているのだと察するのは難しくないです。
視線でようこさんに助けを求めるが、彼女はともはねの遊び相手に夢中で気がついてもらえませんでした。
「さあ、観念して白状なさい」
「いえ、そんな……。聞いて面白い話しではないし、大した理由でもないのよ?」
「それを決めるのはわたくしたちですわ。それに貴女の口から直接聞くというのが重要なの」
「たしかに
「だねー。どんな優秀な人や美形の人にも憑かなかったから、一体どんなすごい人に憑いたのかって話題になったよね~」
「確かに驚きを禁じ得なかったな」
いまりとさよかが同じ声で呟き、ごきょうやが白衣のポケットに手を突っ込んだまま重々しく頷きます。
「でも、まさか川平啓太、様に憑くなんてな」
「あら~、フラノはいいと思いますよ~? なんかお似合いですし~」
渋い顔のたゆねにほんわかした顔のフラノ。
私は気がつけば自然と輪を組んで会話をしていました。こうして皆と談話をしたのはいつ以来だったか。
「でもさー、なんで川平啓太様だったの?」
話が内容が『なぜ私が啓太様に憑いたのか?』という流れになります。
不思議そう、というより怪訝な顔でいまりが聞いてきます。
それに追随する形でさよかやたゆねもなんで、と尋ねてきました。
「あー、それあたしも思った! 顔はまあまあ良い方だけど、超絶イケメンってほどでもないし」
「聞いた話だと、川平啓太様の基礎霊力って百らしいよ」
「百!? 薫様の九分の一じゃん!」
「それに表情らしい表情が全然ないしねー。一緒にいても居心地悪いだけじゃない?」
「なんか落ちこぼれとか無能だとか言われてるみたいだし。よくそんな人に憑こうと思ったよねー」
「――」
いまりとさよかの遠慮のない声。
そこには悪意などなく、純粋な疑問の色しかなく。
それが……とても心に刺さる。
「薫様も友達を作るなら相手を選んで欲しいよな。なんだって『人形』なんかと友好を深めるんだか」
舌打ちするたゆね。
忌々しいとでもいうような口調に、心がズキッと痛みました。
「滅多なことは言うものではないですわよ!」
「そんなこと言っても気になるんだもん~」
「そうそう。正直、こうして実際に会ってみても魅力なんて感じられないし」
「ふん。わたしは元より軟弱な奴なんて興味ないね」
せんだんが諌めるがいまりとさよか、そしてたゆねはどこ吹く風。
他の犬神たち――いぐさ、ぎょうや、てんそう、フラノは啓太様を誹謗しません。しかし、それぞれ思うところはあるのか苦い顔をしているだけで止めようとはしません。
「……ッ! あなたたちっ、いい加減にしなさ――」
「――やめて」
ぽろっと、喉の奥から搾り出したような声が漏れました。
声に籠っる熱はなく、心はどこまでも冷めていって。
胸の奥で何かが沸騰するかのようにぐつぐつと煮立ったような、熱く、それでいて冷たい二律相反の感情がこみ上げてきます。
「啓太様を――私のご主人様を悪く言うのは、お願いだからやめて……」
自然と俯いていた私は肩を震わせながら、懇願するようにそう言いました。
皆、口をつぐみ重い空気が流れます。
「……みんなは知らないだろうし、分からないかもしれない」
俯いたまま、ぽつぽつと小さな声で喋ります。
皆の視線が集中するのが分かりました。
「啓太様は、あの方は本当は落ちこぼれでも、無能でも、ましてや『人形』なんかでもない……。
たくさんの依頼主に感謝されて、妖に変な偏見も持たず交友関係もあって、悪いことしたらちゃんと って、いいことしたら褒めてくれて。とても、優しくて……。
啓太様の悪口はやめてください……! あの方を悪く言わないでください……っ!」
『……』
最後のほうは情けなくも涙声になってしまったけれど、心の内を吐き出すように言葉を続けました。
いまりとさよか、たゆねはばつの悪そうな顔で押し黙ります。
重い空気がしばしの間、食堂を支配しました。
当初の予定では本当に親睦を深めるだけの予定なのに、気がついたらこんな流れに。
どうしてこうなった……!