ちょっと長いので二つに分けます。
どうも皆さんこんにちは。最近になってようやくお手玉が五ついけるようになりました川平啓太です。次は大玉の上で挑戦しようと思います。
さてはて、今日は待ちに待った薫邸訪問の日。今日という日が待ち遠しく、前日はなかなか寝付け……たな、うん。ぐっすりだった。
薫と顔を合わせるのも実に久しぶりだ。最後に顔を見たのが俺が仙界へ修行しに行った頃だったから、もう五年も会ってないのか。
当時から美形だった薫のことだ。成長した今ではさぞイケメンになっているに違いない。チッ、爆ぜろ。
「大きいですねー……」
半ば唖然とした様子で目の前の洋館を眺めていたなでしこがそうポツリと呟いた。
薫の家は高級住宅街の少し先に位置していた。
両扉の門の向こうには広い前庭があり、その奥に白亜の洋館が存在している。
本人は見れば分かると言っていたが、なるほど。確かに見れば分かるわ。
周りは慎ましやかに家が建ってるのに、薫の家だけデーンと存在感を示しているもん。
軒並みを合わせないというかなんというか、自己主張が激しい印象を持ちました、はい。
「ケイタ、ここでいいの? なんというか、ウチと大違いだね」
黙らっしゃい! 食い扶持がなにをほざいてやがる!
お前さんのせいで我が家のエンゲル係数は右肩上がりなんだぞ!
まったく、最近食に目覚めやがって。太っても知らんからな。
そんな大物芸能人が所有してそうな洋館をホゲーっと阿呆のように眺めていると、奥から一人の女性がやってきた。
まだ少し距離があるが、俺の視力はばっちり彼女の姿を捉えていた。ちなみに両目とも二・〇だ。生まれてこの方下回ったことがないのが密かな自慢だったりする。
豪奢なフリル付きドレスを来た女性は門の前までやって来ると鍵を開けた。
「ようこそお出で下さいました、川平啓太様」
赤髪の巻き毛が特徴的な彼女は優雅に頭を下げると微笑した。
「わたくし、薫様の犬神のせんだんと申します。以後お見知りおき下さい」
「ん。川平啓太。今日はよろしく」
ほうほう。やはりこのゴージャスロールの女性も薫の犬神だったか。
せんだんは俺の背後にいるなでしこたちに視線を移す。
「久しぶりね。なでしこ、ようこ」
「ええ、久しぶり。元気そうでよかった」
二人の様子から見るに知己の間柄であるようだ。
微笑み返すなでしこだが、一方のようこは我関せずのスタイルで俺にじゃれてくる。
「……? どしたの?」
ジッと見ていたことに気がついたようこが小首をかしげる。
なんでもないと首を振り、俺たちはせんだんの案内を受けた。
「それにしてもよくこんな豪邸に住めたわね。確かあなたたちの主の薫様も中学二年生よね?」
「……あ。それ、俺も疑問」
どうやってこの家を確保したのかもそうだが、九人もの犬神たちを養うには相応の金が必要だ。
婆ちゃんからは俺と同じく少し前から依頼を紹介していると聞いているが、それでもこんな豪邸を建てられるほどの金を稼げるとは思えない。
アイツの両親は薫が物心つく前に亡くなっているらしいが……。
「詳しい話は薫様からご説明があるでしょうから省かせてもらいますが、お金に強い犬神がいるのです」
……金に強い犬神。
わっけわかんねー! 文明の利器に驚いていたり、かと思ったら今度は金に強い犬神!? 犬神ってなんなの!?
俺の中での犬神っていったら幼い頃から身近にいたはけだし、なでしこもその範疇の中にいる。
しかし、このゴージャスロールの女性といい、その金に強い犬神といい。そのうちサラリーマンのように背広を着た犬神が出てきても違和感を感じなくなるぞ。
一人、脳内で頭を変えているといつの間にか玄関の前に到着していた。
「どうぞ、お入り下さい」
せんだんが両扉を片方だけ開けて促してくる。
そんじゃあ、お言葉に甘えてお邪魔しますかね。
「うわー、ひろーい」
ようこが中をぐるっと見回してそう感想を呟いた。せやね。
ここはロビーだろうか、かなりの広さだ。
天井にはなんかシャンデリアっぽいのが吊るされてるし。ていうか初めて見たんだけどシャンデリア……。
玄関から入って正面と左右に通路があり、正面の通路を挟むようにして階段が二階へと続いている。
煌びやかではないが、なかなか上品なロビーだ。
「啓太さん」
二階からこの館の主が姿を見せた。
耳を覆い隠す長さの黒い髪を揺らしながら階段を下りてくる。
柔和な顔立ちと琥珀色の目は記憶にある優しげな色を浮かべている。
ワイシャツと黒いズボンの姿の薫は俺たちの前までやってくると、それだけで女を堕とせるような天使のごとく微笑を浮かべた。
「お久しぶりです、啓太さん」
「ん、久しい。元気してた?」
「はい。啓太さんも変わりないようですね」
「……身長?」
それはあれか、背のことか? ちゃっかり俺より追い越したことを遠回しに自慢したいのか、ああん?
最近の子供はやけに発育がいいのかその歳で一七〇センチを超える子が増えてると聞く。 薫もその例に漏れず、パッと見たところ俺より頭一つ分ずば抜けている。一七〇センチはあるだろう。
ちくしょうっ、俺はまったく背が伸びないというのにッ!
薫はなぜか嬉しそうに微笑んだ。ええいっ、やはり貴様見下しているな!?
「そういうところがですよ。さあ、こんなところで立ち話もなんですし、中へどうぞ。そちらの子も」
「失礼します」
「お邪魔するね~」
薫の後に続き、廊下を歩く。壁には絵画が飾ってあったり、日当たりの良い場所に花がいけてあったりとオシャレな感じがした。
「まずは食堂です。みんなはすでに集まっていますので、まずは紹介から」
「ん。異議なし」
薫に促されて食堂の中へ入る。
食堂の中は想像通り広かった。二十メートル四方はあるだろう。床は赤い敷物が引かれている。
食堂に入ってまず目に飛び込んできたのは部屋の真ん中にある長方形の長テーブル。
等間隔に椅子が並び、机の中心には燭台が三つ置かれていた。
次いで、その向こうに並ぶ少女たちへと視線が移る。
その数は八。薫に付き従うゴージャスロールの女性も含めれば九人。
その数字と少女たちの気配から、彼女たちが薫の犬神であると察することが出来た。
俺たちが中へ入ると少女達は一斉に背筋を伸ばした。せんだんも彼女たちの輪へと加わっていく。
「さて、これで全員集まったね」
俺たちは少女たちと向かい合う位置へ、薫は互いを見渡せる位置へ移動した。
図にすると丁度こんな感じだ。
薫
□
薫 □ 俺
の □ た
犬 □ ち
神 □
□
「それじゃあ紹介するね。彼が川平啓太さん」
「ん。川平啓太。よろしく」
ぺこっと小さく頭を下げる。歓迎の意を表す拍手や声が掛かることなく、食堂はシーンと静まり返っていた。
え? なにこれ? もしかして俺、歓迎されてない?
まあ犬神選抜の儀でふった相手がやってきたのだから心中穏やかじゃないだろうけど、表面上は受け入れてくれると思ったんだけど……。
初っ端から前途多難か?
「……え、それだけ?」
どうしたものかと内心困った顔をしていると、ポツリとそんな呟きが聞こえた。
本来なら聞き取れないほどの声量だが、場が静まり返っているため反って大きく聞こえた。
……なに? これ以上なにを言えと?
そもそも今回の顔合わせは薫と久しぶりに親睦を深めるのとなでしこたち犬神たちのためのもの。俺は顔を覚えておいてね的なおまけ要素に過ぎない。
趣味? 特技? スリーサイズ?? それとも好きなタイプでも言えばいいのだろうか。
一応、特技アンド趣味は大道芸と答えておきましたハイ。
ええい、俺のことはどうでもいいんじゃい! さっさとなでしこたちの紹介に移ろう。
「こっちがなでしこ。その隣がようこ」
「なでしこです。皆さん、改めましてよろしくお願いします」
「ようこだよー」
なでしこが恭しく頭を下げるのに対し、ようこは軽く手を振る。
なでしこは楚々とした佇まいや落ち着いた雰囲気から淑女という感じだが、ようこテメェはダメだ!
女子学生じゃないんだからその軽い感じで挨拶するのは止めなさい!
「……ようこ、ちゃんと挨拶する」
「えー」
「……チョコレートケーキ」
「ケイタの犬神のようこです! よろしくお願いしますっ」
ばっと勢いよくお辞儀するようこを尻目に深く頷く。
よしよし。ちゃんとしつけ――ちょうきょ――教育できてるな。
初めの頃ならたとえケーキで釣っても流すだけだったろうし。
そんなようこを薫の犬神たちは呆然とした様子で眺めていた。
「
「ほえ~、本当に啓太様の犬神になったんですねぇ……」
なんか信じられんものを見る目でみられているぞ。お前、ホント向こうではどんな生活送ってたんだよ……。
こちらの紹介が終わり、今度は薫サイドのターン。
「じゃあ、今度は僕たちの番だね。僕は川平薫。啓太さんとは子供の頃からの付き合いになるのかな。趣味は犬神たちと遊ぶことです。彼女たちともどもよろしくお願いしますね」
そう締めくくり最後に微笑む。
くっ、薫の自己紹介を聞いた後だと自分のダメ具合を如実に感じる。まさに手本のような自己紹介だ……!
薫の挨拶が終わり犬神たちの紹介に移る。
「僕の自慢の犬神を紹介しますね。啓太さんから見て一番右端の彼女はせんだん。皆のリーダーで僕の補佐も勤めてもらっています」
「ご紹介に預かりました、せんだんと申します。皆のまとめ役として序列第一位を預かっていますわ。以後見知りおきくださいませ」
ゴージャスロールの女性、せんだんが一歩前に出ると、手にした羽付き扇子で口元を隠しながらドレスの裾をつまみ優雅にお辞儀した。
背丈はなでしこたちと同じくらいだろうか。パッと見た感じ一六〇センチくらいの身長だ。
外見年齢は大体二十代前半といったところ。綺麗系な顔たちでさらに釣り目であるため、少しきつそうな印象がある。
その見た目やしぐさからどっからどうみてもお嬢様系のお人にしか見えない。素で「おーほっほっほっほっ!」とか言うに違いない。というか言ってほしい。キャラ的に。
というか、今何気に気になるワードが出てきたんだけど……。
「……序列?」
やっぱり犬だから位付けとかあるのか?
「僕は気にしないんですけどね、彼女たちの中では譲れないらしくて」
あははと困った顔で笑いながら頬をかく。
薫の話によると序列の順位は主への貢献度や犬神たちのステータスなどを考慮した上で決めるらしい。主に犬神たちが。
この順位付けに一騒動あったようだが、それについては触れないほうがいいようだな。なんだか愛想笑いに力がないし。
しかし序列か……。ウチもつけようか?
「……序列、つける?」
半ば冗談のつもりでそう言うと、ようこは豊満な胸を揺らしながら胸を張った。
「もちろんわたしが一位ね!」
得意げにドヤ顔で胸を張るようこを見ると無性に張り倒したくなるのは何故だろう。取り合えず突っ込み待ちと勝手に解釈した俺は、どこからともなく創り出したハリセンでその残念な頭を叩いた。
きゃんっ、と可愛らしい悲鳴を零すバカを無視してとりあえずこれだけ入っておく。
「……少なくとも、ようこが一位、ない」
「がーん!」
いや、がーんってお前……。
第一、順位を決める基準が主への“貢献度”だぞ。お前、貢献するどころか問題ばかりじゃねぇか。
まあ最初の頃に比べれば大分マシになってきたけど、それでもまだまだだ。知ってんだぞ、近所の子供とお菓子の取り合いして泣かせたの。誰が親御さんに頭下げたと思ってんだ……。
まあ、うちは二人しかいないから順位をつける必要はないか。
「次に、その隣がいぐさ」
「じ、序列二位のい、いぐさです……。その……よ、よろしくお願いします」
薫の紹介に俯き加減で小さく頭を下げる女の子。濃緑の髪を三つ編にして丸い眼鏡をかけている。
セーラー服のような格好のその子は人見知りする正確なのか一向に視線を合わせてくれない。
そんな彼女の姿に苦笑いした薫がすかさずフォローを入れた。
「すみません、彼女少し人見知りをする性格でして。ですが、彼女のおかげで僕たちはこの家に住むことが出来たんですよ」
見た目相応の文化系ないぐさはコンピュータや計算など頭を使う作業が得意らしい。また金銭感覚も非常に優れていて、オンライントレードで資金を稼ぐという離れ業をやってのけた。
今では薫の資金は仕事の依頼料といぐさのオンライントレードで支えているのだとか。
と、トレードっすか。そりゃまた、随分な趣味をお持ちですね。
いや、純粋にすごいわ。俺自身そこまで言うほど頭が良いわけじゃないから、トレードで金を稼ぐなんて到底無理だ。よほど頭がいいんだろうな。
ウチで言うならなでしこ辺りが出来るかな。……うん、なんだかんだで卒なくこなせそうだわ。
「なんですか?」
「……いや」
可愛らしく小首を傾げるなでしこさんから視線を反らす。
これ以上は止めておこう。いらんことを言って更に負担をかけたくないし。
ただでさえ家事全般にようこの指導なんかしてもらってるんだ。いつの間にかお母さんもしくは面倒見の良いお姉ちゃんポジションになってるのに、これ以上進化したら――。
「啓太様?」
イエスマム、お口チャック。くわばらくわばら。
……時々なでしこの笑顔が怖いです。知ってた? 笑顔って動物の間では威嚇に使われるんだぜ?
なでしこも犬の化生だからその笑顔の意味は……あわわわわわ。
「次に、その隣がたゆね」
「……序列三位のたゆね。よろしく」
言葉少なめで頭を下げる少女。
たゆねと呼ばれた少女は短めな栗色の髪のボーイッシュな雰囲気をしている。どことなく不機嫌そうにむすっとした顔だ。
よくわからんが、あまり機嫌がよくないっぽい。
「彼女はこの中で一番の力を持っていてね、いつも先陣を切って活躍してくれるんです」
「……へぇ」
ほうほう、この子がねぇ。
しかし、こう言っちゃアレだが、この子からはあまり強者が発するようなオーラを感じないんだけど……。
俺が知る強者といえば、師匠やハケ、姐さんだ。その人たちは自然と身構えてしまうようなある種の凄みともいえるオーラを放っている。
ハケは普段は静謐なオーラを、そして師匠にいたっては『ゴゴゴ』と擬音が視覚化できるほどだ。アレは正直ビビる。
たゆねを凝視していると、キッと睨まれた。なんて悪い目つきなんだ。
まあ所詮女の子の眼力。さして怖くはありませんが、それとなく視線を外した。いや、ジロジロ見るのはマナーに反しますからね。
「そしてその隣がごきょうや。見ての通りお医者さんを目指していて、皆の体調管理を任せています」
「序列四位を任れています、ごきょうやと申します。啓太様、どうぞよろしくお願いします」
タートルネックのセーターの上に白衣を羽織り、首から聴診器を下げた女性。
クールな表情で頭を下げたごきょうやは顔を上げると、まぶしそうに俺を見つめた。
な、なんだ?
その目にあるのは……懐かしさ?
しかし俺と彼女は初対面のはずだ。俺の記憶にはないし……。
「……どこかで、会った?」
「――いえ」
俺の言葉にごきょうやは目を閉じると、消え入るような声で呟いた。
「初対面です」
次に目を開いたときには目の色は消えていた。
んー? 俺の勘違い、か?
「その隣がてんそう。彼女は画家でね、絵がすごく上手なんですよ」
前髪で目元を隠した女性はさっきから天井辺りをヌボーっと見ている。スケッチブックを胸に抱えて反応らしい反応をしない。
なんというか、前世の謎知識の中にある曲でダー〇ベー〇ーのテーマ曲をウクレレやリコーダーで再現したものがある。
非常に気が抜ける曲なのだが、それをてんそうのBGMに使用したい。そんな感じの彼女。
漫画化が被るような帽子を頭に載せたてんそうは天井を見上げていた顔を戻すと、ぼーっと俺を見つめた。
「序列五位のてんそう」
てんそうは手にしていたスケッチブックをめくると物凄い勢いで鉛筆を走らせた。
ものの十秒足らずで書き終えると、紙を切り取り手渡してくる。
「お近付きの印に」
そこに書かれていたのは、俺だった。
うん、これはすごい。まんま俺だわ。
しかもこれを十秒くらいで書ききるとは……。
「……すごい。さすが、画家だな」
いや、純粋に尊敬しますわ。俺、画力壊滅的だし、美術の成績二だし。
「ありがとうございます」
ぼそぼそっと呟き、また天井あたりをヌボーっと眺める。
「あらあら、てんそうちゃんよかったね~」
その隣に立っている巫女服の女性がほんわかした笑顔を浮かべながらてんそうに抱きついた。
てんそうは抱きつかれたまま変わらずヌボーっとしている。なるほど、これがてんそうの平常運転か。
「こんにちわ啓太様~♪ 特技は未来視、心のケアはばっちりがモットーのフラノですー。序列はてんそうちゃんの一つ下の六位です。えっへん!」
金髪をボブカットにした女性、フラノ。なぜか巫女服を着た彼女は何が楽しいのか、からから笑っている。
「――と、いうことで、彼女がフラノ。フラノの未来視による占いは百パーセントを誇ってまして、いざと言うときにすごく頼りになるんです」
「いざという時はこのフラノにお任せです~」
陽気だねぇ。
しかし未来視か。それまた稀有な能力だな。しかも占い的中率が百パーセントかよ。
これは俺も占ってもらうしかねぇべ!
「よければ啓太様も占ってみましょうか~?」
おおぅ! まさか向こうから誘ってくれるとは。
「……お願いします」
「はいはい~。フラノにお任せですよ~」
席を立ったフラノは俺のところまで来ると、間近でジロジロと眺め始めた。
つうか近っ! 息が当たるんですけど!
「ふむふむ……ほほぉー……なんと、これはっ……むむむ」
「……あの?」
「はい~。啓太様の未来が分かっちゃいましたよ~」
パッと離れたフラノは、にぱ~っと笑顔を浮かべた。
お、おお……! これは良い結果っぽい予感!
「えーっとですね。啓太様は近い未来、男の人と熱く抱き合いますね。しかも、頬と頬をくっつけるほど熱く!」
……え゛?
次回もしくはその次辺りでイタチなのかフェレットなのかよく分からない生物、マロチン登場します。
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