いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

23 / 96

 皆さんがくれた感想パワーでやっつけました!
 感想を下さりありがとうございます。届いた件数が倍に増えてやる気も増し増しです^^

 なんか日間ランキング三位に入ってました……。
 こんな思いつきで書いた話を評価してくださってありがとうございます!


 2月9日。第十二話の元「逆位契約」の話を大幅変更しました。
 逆位契約を廃止しましたので、よければお読みください。



第二十話「初仕事(裏)」

 

 初仕事だぜっ! やっふぅ――――!

 しかも除霊の仕事だぜ! イージー過ぎて欠伸が止まらねぇZE!

 ケイタ知ってるよ! 除霊って「臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前! キエェェェェイ!」って言って九字をきればいいんだよね!

 

 ――おっと、失礼。テンションが上がりすぎて電波を受信してしまった川平啓太(喜)です。

 さてはて、ついに依頼がやって参りました。

 メールによると愛知県にお住まいの住職さんからの依頼で、犬の霊の除霊をお願いしたいそうです。

 文面には『なにとぞ』が三つも使われているから余程除霊したいのでしょうね。

 もちろんこちらとしては断る理由は無い。実践はともかく除霊の仕方は復習済みだ。

 なのでメールに是非承らせて頂きますと書き、送信。

 程なくして届いたメールには感謝の言葉が述べてあった。

 

「さて、日程はと……」

 

 ふむふむ。いつでも大丈夫だが、なるべく早くがいいと。なら明日伺っても大丈夫ですかね? あ、大丈夫だった。

 と、いうことで住職さんの依頼を受けることになった俺は明日愛知県へ向かうことになった。の、だが――。

 

「……わ、わたし、家で待ってるね! ケイタは強いから大丈夫だもんね! わたしは家でどーんと構えてるからっ」

 

 ようこさんはお留守番をするらしい。

 聞くところによると、ようこは犬が大の苦手なようで。なんでも子犬が相手でも腰を抜かすだとか。

 なんやねんそれ……犬神なのに犬がダメって。お前さんツッコミどころありすぎやで。

 まあいい。苦手ならしかたない。

 なので今回の依頼には俺となでしこの二人で向かうことになった。

 ――ああ、そうだ。お留守番をするならちゃんと言い聞かしておかないと。なに仕出かすか分からんからな。

 

「いい? ガスの元栓には触らないこと。……知らない人が来たら居留守すること。……おやつは三時に食べること。……ご飯は冷蔵庫に入ってるから。それから……」

 

「あーうー……大丈夫だよケイタ。わたしもう子供じゃないもん!」

 

 そうは言うがな、お前さん中身はまんま子供やん。

 やっぱりここはちゃんと言い聞かせないと。問題が起こってからじゃ遅いんだ!

 と、いうことで二時間ほど耳にたこが出来るほど言い聞かせた。最後の方はなんかグロッキーになってたけど、これくらい言えば大丈夫だよな。

 

 

 

 1

 

 

 

 さて、翌朝。時刻は十時。

 晴天が俺を祝福しているようだ。いい仕事日和だぜ。

 茶色のジャケットに船橋市のマスコットキャラがプリントされたTシャツ、ジーパンというラフな服装の俺は弁当などが入ったリュックを背負い、玄関で見送りに来たようこに片手を上げた。

 

「行ってくる」

 

「行ってきますね、ようこさん」

 

「いってらっしゃーい。お土産よろしくね~」

 

 ちゃっかりしてんな。まあ留守番してもらってるんだからそれくらいいか。

 いつもの割烹着のような和服姿のなでしこを伴い駅へ向かう。向こうまで片道四時間弱だから十時三十五分の電車に乗れば丁度いい時間につくだろう。

 さすがに二度目のため慣れたのかスムーズに切符を買いホームに並ぶなでしこ。ここに来た時は初めて電車を目にして驚いた顔をしていたな。

 ジェネレーションギャップか……。おっと、女性の年齢に関することを考えると雷が落ちると前世の記憶さんも仰ってるから、このくらいにしよう。くわばらくわばら。

 電車に乗り込み四人掛けの席に座る。平日で時間も昼前ということもあり車内は比較的空いていた。

 なでしこからお茶を貰いつつ流れる景色を目で追う。

 山々には紅葉で真っ赤に色づいている。

 

(紅葉かぁ……今度三人でピクニックに行くのもいいかもな)

 

 一人ボーっと黄昏ていると、通路のほうからお爺さんお婆さんの老夫婦が相席を求めてきた。

 登山用の装備を身に着けている。健康そうでなにより。

 向かいの席に置いていたリュックを網棚に移そうとするが……。

 

(と、届かないだと……!?)

 

 なんたることだ。こんなところで身長差の弊害が表れるとは。まことに大変遺憾だが、泣く泣くなでしこに運んでもらいました。

 丁寧に頭を下げるお爺さん。紳士だなー。

 むっ、もう十二時か。ではお待ちかねの駅弁タイムだ。

 俺の駅弁は……すき焼き風駅弁だー!

 ふっふっふ、残り一つしか売ってなかったから迷わず購入したぜ。絶対美味しいに決まってる。

 ガツガツ食べてると、頬に触れる感触が。多分なでしこだろうから気にしない。俺はお弁当を食す。

 しばらくすると駅に着いた。老夫婦と別れて目的地の大道寺へ向かう。

 この地域は猫に関するものが広く出回っているようだ。猫の絵が描かれた旗やチラシ、カレンダー、猫饅頭、猫の絵柄のペットボトルなどあちこちで見かける。

 そこの出店なんかは『にゃんにゃん弁当』とやらが千円で売ってた。てか高けぇ。

 

「んー……」

 

 地図とにらめっこしながら歩き続けるが、なかなかお寺に辿り着けない。

 法明寺とやらは分かりやすいところにあるのになんで大道寺は山の中にあるんだよ。

 仕方ないからその辺のお婆さんに道を尋ねるが。

 

「お主ら、もしやあの寺の関係者か? きええぇぇぇぇい! この罰当たりめっ! 去ねっ、去ねっ!」

 

 うおっ、ちょ、どっから取り出したその塩!?

 それまでにこやかな顔だったお婆さんは大道寺という言葉を聞くと表情を一変。どこからともなく取り出した塩を撒いてきた。

 とても話が出来る状況じゃないからさっさと離れる。まったく、なんなんだあのババアは……。認知症か?

 四苦八苦しながらようやく目的地に到着。時間に余裕を持って出てよかった。丁度十五分前に着いたよ。

 

「ここが大道寺、ですか」

 

 大道寺は山の小道を進んだ先にあった。目印らしいものも特に見当たらないため探すのに酷く苦労した。

 なでしこと一緒にお寺を見上げる。

 大道寺はなんというか、年季を感じさせる佇まいだった。ぶっちゃけて言えば、ボロい。

 屋根の瓦は所々がボロボロだし、一部の柱は朽ちている部分が見られる。

 それになっていうか、お寺全体的から負のオーラというか、陰気な雰囲気が漂っていた。時刻が夜だったら立派なホラースポットと化しているだろう。

 

「……なでしこ、行く」

 

「あ、はい」

 

 ちょっと近寄りたいとは思えないお寺だが、ここに依頼主がいるのだから仕方が無い。小さな覚悟を決めて境内へと踏み込んだ。

 出迎えてくれたのは依頼主である住職さん。全身のいたるところに包帯を巻いた痛々しい姿をしていた。

 本堂へ案内してもらい、用意された座布団に座る。住職さんはお茶の用意のため部屋を出たので、その間にざっと周りを見回した。

 外観も年季を年季を感じさせる佇まいだったが、中も相応だ。

 高い柱に黒ずんだ床、染みの浮かんだ天井。毛羽立った畳。

 ここに来る途中にチラッと見たほう法明寺とは百八十度趣きが異なる印象だ。

 

「啓太様……」

 

「ん?」

 

 不意になでしこが身を寄せてきた。心なしか少し震えている気がする。

 声をかけようとしたタイミングで住職さんが戻ってきた。

 

「いやいや、お待たせしました」

 

 開けられた襖の奥。一瞬だけ、なにか赤い目が見えたような……。

 

「私がこの大道寺の住職をしております。此度はよく来てくださいました」

 

 枯れた木のように痩せこけた住職さんは絆創膏だらけの両手で俺の手を掴み、自分の額に押し当てた。

 

「本当に、よく……!」

 

 若干震えた声が相当追い込まれているのだなと感じさせる。

 しかしまずは確認を取らなければいけない。本当に中学生の俺に任せていいのか。

 

「……僕に依頼を任せて、本当によろしいですか?」

 

 しかし住職さんは俺の視線を真正面から受け止め、大きく頷き返した。

 

「勿論ですとも! 確かに貴方はお若いですが、犬神使いにそれが当て嵌まるとは私は思いません。彼女がそうなのでしょう?」

 

 住職さんの視線が隣で控えるなでしこに向けられる。

 

「はい。啓太様の犬神のなでしこと申します。此度は主の補佐を任されておりますので、よろしくお願い致します」

 

「こちらこそよろしくお願いします。もう、あなた方に縋るしかないのです……!」

 

 そこまで言ってくださるのなら是非もない。

 期待に応えて全力で取り掛からせてもらいましょう。

 

「……頭を上げてください。受けた依頼は完遂します。犬神使いの名に賭けて」

 

「おおっ! よろしくお頼み申す、犬神使い殿!」

 

 そう言って再び俺の手を握る住職に深く頷き返した。

 

 

 

 2

 

 

 

 さて、本題に入る前に少し聞いておかなければいけないことがある。

 近隣の人の態度。大道寺という名前だけであそこまで過敏に反応するのだから、きっと今回の依頼にも関わっているはずだ。

 

「……ところで、ここに来る途中、色々な話を付近の人から聞きました。近隣の人から、結構苦情がきているとか」

 

「散歩がどうしても必要なもので……。近隣の衆には本当に申し訳ないことをしました」

 

「……随分とヤンチャ、のようですね」

 

「ええ、何分……手を焼かれております」

 

 目を細め、先ほどから気配を放っている襖の方へ向けた。

 カリカリカリ、と爪でなにかを引っかく音が聞こえる。

 住職さんの額からダラダラと汗がにじみ出る。

 

「……今回の依頼は犬の霊の除霊、と伺っておりますが。憑き物の除霊、ですね?」

 

 あの襖の奥から覗いた赤い目。一瞬だったがあれは人の目だった。

 

「そ、それは……」

 

「住職?」

 

 顔を伏せた住職さんは小さく息を吐く。

 

「申し訳ない。このことを話せば、あなたもこの依頼を断ると、そう思っておりました」

 

「……他にも霊能者へ?」

 

「ええ、四人ばかり。うち二人は今も病院に。幸い命に別状はありませんが、今も昏睡状態にある者もおります。それ以来、他の霊能者の方に依頼を出してもアレの存在を知ると、皆断る始末で」

 

「……なるほど。ですが、一度受けた依頼を投げ出すつもりはありません」

 

「本当ですか?」

 

 当然だとも。こちとら前世では社会人だったんだ。仕事に対する誠意がいかに大切かよく知っている。

 それに、中学生にも関わらず全面的に信じて依頼を出してくれたんだ。それに応えなくちゃ男じゃない。

 

「――わかりました。犬神使い殿を信じましょう」

 

 大きく頷いた住職さんは重々しく口を開く。と、同時に襖の向こう側の音が大きくなっていく。

 

「あれは……」

 

 ――ばーんと、大きな音とともに襖が倒れ。

 

「あんどれあのふ、ダメじゃあああああああ――――――!!」

 

 ハゲの大男が四つん這いでこっちに突進してきた。犬のように舌を出し、ハッハッと息を切らせて飛び掛ってくる。

 俺は奇襲にあった際、冷静に状況を観察して打破できるように心掛けている。そして、持ち前の反射神経がこの時アダとなった。

 反射的に迎撃しようと男を視界に入れ、冷静にその姿を観察してしまったのだ。

 禿頭、厳つい顔、筋肉ムキムキ、大柄、褌一丁、ほぼ裸。

 それらの情報を処理してしまい、脳は……考えることを止めた。

 

「啓太様っ! 大丈夫ですか!? しっかりしてください!」

 

「……? ……??」

 

 気がつけばなでしこに抱き起こされている俺がいた。

 目の端に涙を浮かべたなでしこを見て驚く。

 

「なでしこ? どうしたの?」

 

 え? え?? ちょ、待っ、なんで泣いてんの!?

 状況を把握しようと周囲を見回し、住職の隣でちょこんと犬座りしている男の存在に気がついた。

 禿頭になぜか褌一丁という変態姿。隆起した筋肉は鍛えたそれであると分かる。

 おいちょっと待て! こっちにはうら若き乙女のなでしこがいるんだぞ! それ、思いっきりセクハラに該当するじゃねぇか!

 つか、なでしこに汚いもん見せんなっ!

 文句言ってやろうと口を開き――気付いた。

 男の背後に同じくちょこんとお座りしている子犬の姿に。

 

「…………なるほど。彼が憑き物にあったんですね」

 

「はい……この子、あんどれあのふは生前飼い主に遊んでもらえなかった子犬。この子の無念を晴らして欲しいのです」

 

 聞けば、大道寺は元々犬の供養を専門にした寺。ここから少し離れたところに供養した犬の鎮魂岩が安置されているのだが、どこかの馬鹿がそれを割ってしまったのだと。

 うわー、超はた迷惑やん、それ。

 ぶっちゃけ男の方は自業自得だが、住職さんはそうも言ってられないしなぁ。

 一番いいのは肉体にダメージを与えて霊を追い込み、強制的に除霊する方法なんだが……。

 

「むぅ……。さすがに除霊(物理)をするわけにはいかない、か……」

 

 あんなつぶらな瞳で見てくる子犬にそんな仕打ちできません。え? 男の方は? まあ自業自得だからそれくらいは我慢してもらわないと。つか迷惑料払えって話しだし。

 仕方ない。ここは穏便且つ正攻法でいこう。

 ようは遊んであげればいいんだべ。だべだべ。

 しかし俺にはオッサンと遊ぶ趣味は無い。つーか、犬なんだからあの姿で犬のように飛び掛ってくるんだよな……?

 もし人懐っこかったら舐めてくるかもしれん。うお、鳥肌が!

 さて、どうやって俺の精神を防衛しながら遊ぶか。

 

 そして、ピキュィーンと天啓のような案が思い浮かんだのだった。

 

「……分かりました」

 

「おおっ、分かっていただけましたか!」

 

「……ええ。満足いくまで遊んであげましょう」

 

 ただし、俺流でな!

 ジャケットを脱ぎその場でストレッチを始める。

 ある程度解れたらその場から少し離れた。

 

「あの、啓太様?」

 

「なでしこはそこで見てて。なに、ただ子犬と遊ぶだけ」

 

 心配そうな目で見つめてくるなでしこに微笑み返し――実際は一ミリたりとも表情筋は動いていないが――ざっと本堂を見回す。

 本堂内は結構広く動き回る分には支障はなさそうだ。床も畳だし心置きなくやれる。

 

「――ん、この広さなら大丈夫か。じゃあ、来な。アンドレアノフ。遊んであげる」

 

 くいくいと男――アンドレアノフを手招くと彼は嬉々とした表情で飛び出した。

 その肉体のバネを存分に活かした駆け出し、瞬く間に距離を潰したアンドレアノフは伸し掛かるように飛びついてくる。

 

「……ほい」

 

 が、動きは単調。難なくしゃがんで避ける。

 頭上を飛び越えたアンドレアノフが再び跳躍する。

 踏み込んで回避した俺はすれ違い様にアンドレアノフの手首を掴み、素早く下方に捻って投げた。

 

「えっ?」

 

「な……!」

 

 ぐるんっと一回転する褌一丁の男。すかさず掴んでいた手を引き上げて勢いをコントロールし、足から着地させる。

 アンドレアノフは何が起きたのかよく分かっていない様子で、キョトンとした目をしていた。

 住職さんが慌てて止めに入ろうとする。

 

「犬神使い殿! 一体何を……!」

 

「ん? 遊んでるだけですけど」

 

「遊ぶって、そんな投げ飛ばして! あんどれあのふが怪我をしたらどうするんですのじゃっ」

 

「大丈夫。そんなへまはしません。傷一つ付けませんよ」

 

「しかし、これを遊ぶとは……」

 

 そうは言うが、アンドレアノフはこの『遊び』を気に入ったようだぞ?

 さらに目を輝かせて駆け出すアンドレアノフ。

 ぬぉぉぉぉぉ! オッサンが、オッサンが迫ってくるぅぅぅ!

 これは俺とアンドレアノフの真剣勝負。遊びという名のガチな戦いだ。

 捕まればオッサンのペロペロで俺の負け。逃げ切ればいろんな意味での純潔を守りぬいた俺の勝ち。

 そう、これはある種の綱渡りのゲームなのだ。

 

「ほっ、と……よ……はっ」

 

「わふっ、わふっ!」

 

 目まぐるしく立ち位置を変えて魔の手から逃れ続ける。

 捕まったら最後。アンドレアノフの調子からいって絶対に顔舐められる。

 ファーストキスだってまだだってのに、オッサンの顔舐めとかあり得ねぇって!

 まあ、これが? きゃわいい女の子だったら? 俺も満更じゃないけど?

 そうだなぁ、このオッサンがなでしこのような可愛い女の子だったらなぁ。

 なでしこも犬の化生である犬神だからあながち的外れじゃないし――ってうおぉぉぉぉぉ!? いまかすった! かすったぞ!? ごめんなさい、邪念を抱いてましたぁぁぁ!

 一旦、邪な思考を放棄しこの『遊び』に全力で向かい合う。

 投げ飛ばして体勢を崩した隙を狙い今度はこっちが飛び掛る。

 脇をくすぐってK.O.狙いだ。

 

「ワホ、ワホホホホホホホホッ!」

 

「こちょこちょー」

 

(ぬぁぁぁ! オッサンの、オッサンの胸に飛びついてるぅぅぅ!)

 

 俺、この依頼を終えたら目一杯なでしことようこに癒してもらうんだ……。

 転げ回るアンドレアノフ。しばらくくすぐり攻撃を続けているとぐったりと身体の力を抜いた。

 

「……? アンドレアノフ?」

 

 笑いすぎて酸欠になったか?

 ……いや、どうやら違うようだ。

 視れば彼に憑いていたアンドレアノフはいなくなっていた。

 その顔には満足そうな表情が浮かんでいる。

 

「……そうか。逝ったか」

 

 と、いうことはこの地獄の綱渡りゲームを無事乗り越えることが出来たんだな……。

 

「……向こうではいっぱい遊んでもらいな」

 

 そして来世ではこんなオッサンじゃなくてきゃわいい女の子に憑きなさい。

 

「ありがとうございました、犬神使い殿。あなたのおかげであんどれあのふも満足して昇天できましたのじゃ」

 

「ん」

 

 本当、一時はどうなるかと思ったが、なんとか乗り切ることが出来た。

 まあ、結果よければすべてよし。無事依頼を達成することが出来たし、よかったよかった――。

 

「これなら他の子たちも安心して任せられますのじゃ」

 

「……ん?」

 

「はい?」

 

 あ、あれ? なんか意味不明な日本語を聞いたような……。

 

「実はあんどれあのふ……この方は大学の空手部主将のようでしてな」

 

「……」

 

「強化合宿なのか団体でいらしてまして、幸か不幸か部員二十名。そして、鎮魂岩に祀られていた犬も二十匹と丁度数が合いましての」

 

「……もしかして?」

 

 自然と頬が引き攣る俺に住職は満面の笑みを浮かべやがった。

 

「はい~。そちらのほうの除霊もお願いしますのじゃ」

 

 その言葉を合図に、襖の向こうからその部員とやらが駆け出してくる。

 あのアンドレアノフが憑いた主将と同じ筋骨隆々の男。褌一丁、ジャージ、胴着と服装はまちまちだが皆、汗臭そう。

 俺の危機管理能力が警報を鳴らし、反射的に身体操法で肉体を強化。

 一番最初に辿り着いた男を容赦なく投げ飛ばす。中身は子犬だから怪我をしないようにだが。

 

「ワホホーイ!」

 

 野太い声で歓声を上げた彼に続き、我先にと他の部員が襲い掛かってくる。

 なにこの地獄……。

 

(ハッ――! いや待て、逆に考えるんだ。いかにも武道家ですというような奴らが十九人も一斉に襲い掛かってくる……。これを修行と思えば?)

 

 スピードもそこそこある。ぶっちゃけ昔によく回った悪徳道場の奴らよりよっぽど動ける。

 捕まったら最後という条件は変わらない。なら、この状況をむしろ逆手に取って修行の一環としてしまえ。

 一気に高まる集中力。そして、気合と覚悟。

 

(今回は基本的な動きでどこまで無駄を排除できるかでいこう!)

 

 そうと自分の中で定めた瞬間、頭の片隅にあったスイッチが入った。

 

「啓太様……!」

 

 こちらに駆け寄ろうとするなでしこが目に留まった。

 大丈夫、心配するな。こいつらでちょっと遊ぶ(修行する)だけだから。

 身体操法で少しずつ無駄の無い動きというのを身体に学習させていく。

 すれ違う男を合気道の要領で投げ飛ばし。左右から迫る男たちを上体の動きと足捌きで躱し、正面から飛び掛る男を巴投げで投げ飛ばす。

 するとどうだろう。

 捕まったら精神的に死ぬという状況が俺を追い込んでいるからか、徐々にだが動きが滑らかになっていくではないか。

 微かな手応えが実感できて笑みが浮かぶ。

 もっとだ、もっともっと無駄を省く……。

 それから小一時間。心置きなく遊び回った犬たちは皆、満足して昇天した。そして俺も、この修行を通じて手応えを感じ満足したのだった。

 

 




 次回の投稿は一週間後を予定しております。
 感想および評価お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。