どうもこんにちは。太陽が燦々と輝いていてちょっと熱いこの頃に殺意を覚える川平啓太です。
そういえば六歳になりました。はけが本気を出して作ったケーキの完成度がやばかったです。そういう大会に入賞できるのではと思うほどの出来でした。
「ふふふふんふん~♪ ふふん~♪」
数日前にふと前世で聞いたことのある曲を思い出し、何気に鼻歌で歌ったらすっかり嵌ってしまった。
肝心の歌詞は覚えていないためサビの部分だけ。
歌手もタイトルも思い出せないんだけどね。
「ふんふ~ふ、ふんふ~ふ、ふんふ~ふ、ふんふ~ふ♪」
さて、俺が今どこにいるかというと、犬神たちが住まう山へ来ている。
川平が所有しているこの山には犬神たちが住んでいる。入っちゃ駄目とかの注意も聞いていないし、立ち入り禁止の看板もなかったから散歩に来ているというわけだ。
別名、犬神の山とも呼ばれているからそこらかしこに居るのかなと思ったが、意外や意外。一匹も見当たりません。もう少し奥まったところに居るのかね。
「ふんふ~ん♪ ふんふふふ~ん♪ ふんふふふ~ん♪」
しかしこうして見るとただの山だな。物珍しいものはなにもない。
まあ当然か。これでセブンイレブンでもあったほうがビックリするわ。
と、そうこうしている間に山頂に辿り着いてしまった。
「ん?」
山頂にある大樹。そこに一人の女性が佇んでいるのが見えた。
淡い桃色という目に優しくない髪色の女性は憂いを帯びた表情で山頂から街並みを見下ろしている。
割烹着とエプロンドレス姿から恐らくうちの女中さんか。
女中さんがこんなところでどうしたのだろうか。
「どうしたの?」
「えっ?」
慌てて振り返るお姉さん。綺麗というより可愛い系の整った顔立ちは驚きの表情を浮かべている。
「えっと、あなたは……?」
「?」
俺の姿を認めると何故か困惑した顔になる。
なんだ、俺がここに居たらおかしいのか? それともやっぱりここって入っちゃ駄目な山だった?
「ええっと、川平の方ですよね?」
頷く。
「こんなところでどうしました?」
しゃがんで目線を合わせて優しい声音で尋ねてくる。まるで子供を相手にしているかのような対応だ。
あ、俺子供だった。
「散歩」
「散歩って……ここまで?」
再度頷く。
少しだけ目を見張ったお姉さんに今度はこちらが尋ねる?
「どうしたの?」
こてんと首を傾げる俺の質問の意図を正確に読んだのだろう。お姉さんは立ち上がると再び町並みを見下ろした。
その横顔は何故だかとても悲しげで。
顔では穏やかだが、きっと心では泣いているんだなと直感的に感じた。
数秒の沈黙。
やがて、独白するように小さな声で言葉を紡ぎ始めた。
「……私は昔、罪を犯してしまいました」
まるで懺悔するかのように、かつての過ちを語りだす。
「それはとてもいけないこと。もう二度と同じ過ちを繰り返さないようにと心に誓いました」
静かに目を落とす彼女。ふと、深海の海に抱かれている幻を視た気がした。
「でも、時々思うのです。私はちゃんと変われたのかな、て」
悲しげな顔でそうひとりごちるお姉さんの言葉を黙して聞いていた。
「ふふ、ちょっと難しかったですね」
暗い雰囲気を払うように明るい声と柔らかい笑みを向けてくる。
俺はその顔をジッと見つめ。
「え?」
無言で袖を引っ張った。
くいくいと袖を引っ張り、大樹の根元まで誘導する。
「えっと、どうしました?」
そのまま腰を下ろし、隣をぱんぱんと叩く。
「座る」
「えっ?」
「座る」
「えっと……」
困惑した顔で立ち尽くすお姉さん。
埒が明かないので、袖を引っ張り強引に腰を下ろさせた。
「あの――」
「お姉さんの過去は知らない」
「……」
「でもお姉さんは反省してる。なら大丈夫」
「え?」
たとえ過去がどうであれ、それを悔いているのであれば。
「人は変わる生き物。変われる生き物」
そう。人は変われる生き物。
「変わろうとする意志があるなら、大丈夫」
「そう、ですよね。大丈夫ですよね……?」
小さく頷いたお姉さんの横顔をジッと見つめる。
少しだけ元気が出たみたいだった。
1
「ふんふんふんふ~ん♪ ふんふんふんふ~ん♪」
お姉さんの隣で足を投げ出すようにして座りながら鼻歌を歌う。
今度は前世の曲ではなく、即興で作ったものだ。
隣では俺の拙い鼻歌に耳を傾けるお姉さんの姿。
正座して目まで閉じて傾聴している。ちょっと恥ずい。
「ふんふふふんふ~ん♪ ふふんふ~ん♪ ふ~んふふんふん♪」
約四分も続いた鼻歌はお姉さんの拍手で以って幕を閉じた。めっちゃ恥ずい。
なにこのお遊戯会で頑張った我が子に送る拍手みたいなの。超恥ずかしいんだけど。
なので、照れ隠しに長座位から背臥位へと移り、そのままゴロゴロと転がる。
床の上を転がる鉛筆の如くコロコロと遠ざかっていく俺をあらあらなどと微笑みながらついてくるお姉さん。
なにこれ、超カオスなんだけど……。
斜面に突入しそうだったから転がるのをやめて起き上がる。服についた葉っぱなどを払い、お姉さんの手を取って再び元の場所へ。
で、仲良くお座り。
「啓太さんにとって、犬神とはなんですか?」
不意にお姉さんがそんなことを聞いてきた。
今までとは違い真剣な口調だった。
だから俺も真剣に応えた。
「もふもふ」
「えっ?」
いけない、真剣に応え過ぎた。
「んー」
俺にとっての犬神か。というか、俺って犬神ははけしか知らないんだよなぁ。
となると、俺にとってのはけとなる。
俺にとってのはけ。
…………。
「家族」
うん。これだな。
犬神と犬神使いの関係は隣人だとか盟友だとか色々あるが、俺にはこれが一番しっくり来る。
なのでしっかりと胸を張って言った。
「大切な家族」
「……そうですか」
俺の答えに満足したのか柔和な笑みが返ってきた。
うむむー、なんだか無性に胸の内がサワサワするぜ。
なんというかこう、叫びたいというか。走りたいというか。
……あー、気恥ずかしい!
「帰る」
なんだかんだで一時間はいるし。そろそろ帰んべ。
むくっと起き上がりお姉さんがなにか言う前に別れの言葉を。
「ばいばい」
そのまま脱兎の如く駆け出す。
急じゃないかって? 羞恥心に負けたのさ。言わせんなよ恥ずかしい。
というわけで、フラグ建築の話です。
ちょっと強引すぎましたかね?