永久の軌跡   作:お倉坊主

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お待たせいたしました。色々と忙しかった1月も終わって更新再開です。
……けど3月からはもっと忙しいんだろうなぁ。モラトリアムの終わりが迫っている事を感じる日々であります。


第8話 抱えるもの

 秋蒔きの種が実り、黄金色の麦穂が揺れる街道。その一角に位置する高台において激しい戦闘の音が鳴り響く。

 相対するのは有角のヒヒのような魔獣、一般的にゴーディオッサーと呼ばれる中型のもの。咆哮を上げながら振るわれるその剛腕を、トワは前後左右にステップして躱し続ける。身軽さを活かした立ち回りに焦りは無い。

 それに業を煮やしたかのように繰り出される大振りな一撃。大きく横薙ぎに振るわれた腕から上に跳躍する事で逃れたトワの刀が、ゴーディオッサーに生じた隙に斬り込んだ。

 左の首筋から胸にかけて奔る一閃。弱々しい声を漏らしながら崩れ落ちる魔獣。敵を完全に仕留めた事を確認したトワは刀を血払いして鞘に納めた。

 

「ふう……みんな、大丈夫?」

 

 大きく息を吐きながら周りの様子を窺う。それぞれが相手していた魔獣も既に片付いたようで、クロウをはじめとした三人も構えを解いていた。

 

「ま、なんとかな。ちょいと手間取ったが」

「はあ、はあ……け、結構な数が居たからね。無事に倒せて良かったよ」

 

 やや疲れ顔のクロウと息も絶え絶えのジョルジュという差はあるが、誰にも大きな怪我は無さそうだ。取り敢えず問題なく依頼は達成できたようなのでホッとする。

 しかし、依頼は無事に片付いたとは言っても、実習全体として見て問題が無いわけではない。自分たちの実習の目的、その内の一つとしては無視できない事実があった。

 

「とはいえ……まさかARCUSの戦術リンクが全くと言っていいほど機能しないとは。これは少々、厄介な気がするね」

 

 憮然とした様子のアンゼリカの言う通りだ。

 ARCUSの試験導入。その自分たちに課せられた役目には、決して無視できない障害が立ち塞がっている事を認識せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 トワなりの見解の下で特別実習をスタートさせた四人。まずは手配魔獣の討伐を目指し訪れた東ケルディック街道で待ち受けていたのは、どうしてこんなにと首を傾げたくなるほどのゴーディオッサーの群れだった。その数、六体。

 何にせよ、手配魔獣として依頼が回ってきた以上は放置しておく訳にもいかない。気が立っている群れが気付かない内に遠距離から銃撃とアーツで仕掛け、ある程度のダメージを与えた後に近接戦に持ち込んだ。

 問題が起きたのは、その後だった。

 

「私とジョルジュ君はリンクが繋がったけど、持続したのは30秒くらい。他は繋がる気配すらなしかぁ……うーん、どうしたらいいんだろう?」

 

 戦術リンクが繋がらない。単純で、しかし致命的な問題だった。

 唐突な異常で戸惑った状態で連携が取れる訳もない。戦術リンクが繋がる見込みが立たない事を察した直後、トワが下した判断は分散しての各個撃破だった。誤射などの危険性を鑑みた上での妥当な判断である。

 なんとか怪我もなく討伐には成功したものの、連携が取れなかったおかげで思っていたよりも時間が掛かった。体力も余計に消耗し、程度の差は有れど四人とも顔に疲労の色が浮かんでいる。

 実習的にも戦闘効率的にも無視できない状況。視線は自然とジョルジュの方へと向けられていた。

 

「……まあ、このARCUSはあくまで試作段階のものだからね。戦術リンク機能も万全じゃない。こう言ったら元も子もないかもしれないけど、上手くリンクが繋がらないのも仕方がない部分があるんだ」

「ふむ、つまり技術的な限界という訳かい?」

「おいおい、それじゃあ試験導入も糞もねえだろうが。戦術リンクがコイツの肝なんだろ」

 

 試作機故の限界。そう言われてしまえばどうしようもないが、だからと言って「はい、そうですか」と頷く訳にもいかない。試験導入を任されたからには、まず戦術リンクが繋がらないと話にならないのだ。

 それはジョルジュも分かっているのだろう。手元のARCUSを見つめる彼の表情は難しげだった。

 

「専門的な事はよく分からないけど、決して戦術リンクが機能しないって訳でもないんだよね? ジョルジュ君とは短い間だけど繋がったし、先月の旧校舎でも上手くいったんだし」

「そうだね……戦術リンクが繋がらない原因として考えられるのは、ARCUSのシステム自体が未完成である事。それと――」

 

 ジョルジュがぐるりと三人の顔を見回す。重々しい口調で言葉を続けた。

 

「僕たち自身が、最大の問題かもしれない」

「……どういう事だい?」

 

 思いもしない言葉に、それを聞いた面々は訝しげな表情になる。

 システムが未完成という話は分かる。だが、それ以外に自分たちにも問題があるとはどういう理屈によるものなのか。

 

「ARCUSには人によって適性の差があるという話は覚えているね?」

「ああ、サラが言ってた奴だろ」

「私たちが導入試験のメンバーに選ばれたのも、ARCUSの適性の高さが一つの理由になっているって言っていたよね」

 

 先月の特別オリエンテーリングで旧校舎から出たのち、トワたちはARCUSについてもう少し詳しい説明を受けていた。そこで話された事の一つがARCUSの適性についてである。

 なんでも、適性が高い方が戦術リンクの効果が出やすいらしい。そこら辺の細かい事情はサラ教官も完璧には把握していない様子だったが。

 

「戦術リンクにおいて適性が影響を与えるのは確かだけど、それ以上に重要なのがリンクを繋ぐ相手との相性なんだ。信頼関係と言い換えてもいいかもしれない」

 

 リンク相手との信頼関係。それはつまり、その人との関係が戦術リンクの状態に直接反映されてしまうという事だろうか。

 

「開発段階の実験では、仲が良い相手と悪い相手とではリンクが繋がる確率が段違いという結果が出ていてね。それにシステムの未熟さを加えた末の、この事態という訳だろう」

「なるほど。人間関係に左右されるシステムとは、随分と繊細な事だね」

 

 納得すると同時に皮肉っぽく笑みを浮かべるアンゼリカ。この場の誰が悪いという訳でもないが、皮肉りたくなるような気持ちも分かる気がした。

 信頼関係というものは一朝一夕でできるものではない。それは同じ時を過ごす中で培われていくものであって、今の自分たちでは少しばかりしか持ち得ないものだ。戦術リンクが繋がらないのも当然である。

 加えて彼女はクロウと仲違いの真っ只中だ。ジョルジュの話が確かならば、この二人がリンクを結べる確率は絶望的である。トワにはどうすれば辿り着けるのかも分からない和解に達しなければ。

 要するに、今の自分たちでは戦術リンクを十全に扱うのは無理難題なのだ。皮肉の一つも言いたくなるだろう。

 

「便利なもんにはそれ相応の扱い辛さもあって然るべしってか。ったく、面倒くせえシステムだな」

「僕もリンクを繋ぐハードルを下げるために調整は加えてみるけど、正直、根本的解決は難しいだろう。しばらくは今のままで頑張るしかないね」

「そうだね。実習中に少しでも結べるようになればいいんだけど……」

 

 現時点でリンクを結べる可能性があるとすれば、先ほど僅かな間ではあったが繋がったトワとジョルジュ、後はトワとアンゼリカの組合せだろうか。他は少し難しいだろう。クロウとアンゼリカは言わずもがなである。

 考えている内に「はあ」と溜息が出る。どうやら自分たちの先行きは想像以上に前途多難のようだった。

 

「まあ、それは置いておくとして、そろそろケルディックに戻ろうか。次の依頼に取り掛からなくちゃ」

「今の話を聞いただけでドッと疲れた気もするが、仕方がないか。そういえば、この手配魔獣を討伐した事はどこに報告すればいいんだい?」

「うーん……特に書かれていないから女将さんに言えばいいんじゃないかなぁ」

「んな事あとでいいだろ。ほら、さっさと行こうぜ」

 

 足早に高台から下り始めるクロウ。その後を「やれやれ」といった様子のジョルジュが続く。トワもアンゼリカと一緒にその流れに従おうとして、ふと後ろを振り返った。戦術リンクの件とは関係なく、一つ気掛かりな事があったからだ。

 既に物言わぬ骸と化したゴーディオッサーの群れ。その血肉は他の動物や魔獣の糧となり、いずれは地に還っていくのだろう。それは自然な事だ。

 ――だが、本来は森林地帯に生息する彼らがこんな場所に、しかも群れで出没したのは果たして自然な事と言えるのだろうか?

 胸中に疑問を残しながらも、トワはその場を後にした。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「お二人とも手伝ってくれて助かったのですぅ。おかげで私のハチミツも普段と同じ……いや、それ以上に売れそうなのですぅ」

「えへへ、お役に立ててよかったです」

「それでは麗しい店主殿、名残惜しいが、これで失礼させてもらうよ」

 

 手配魔獣を討伐してケルディックに戻ってきたトワたち。報告がてら《風見亭》で昼食を取った後、残りの大市における依頼は手分けして対応する事になった。

 トワとアンゼリカが向かったのは大市でも奥まったところにあるハチミツの販売店。なんでも不幸が重なって客入りの悪い場所に出店する事になってしまったらしく、呼び込みをしようにも店主一人ではどうしようもないので手伝ってほしいという依頼だった。

 なんだかアルバイトのような依頼でもあるが、商売について経験するのもケルディックの事を学ぶ上で重要だろう。不慣れながらも精一杯頑張らせてもらった。

 かくして依頼を完遂し、店主ルーチェに手を振って送られながらその場を辞するトワとアンゼリカ。お礼として貰ったハチミツの瓶の重みが心地よく感じられた。

 

「さて、依頼が終わった後は大市の入り口で待ち合わせという話だったが……男二人組はまだ来ていないようだね。暇潰しがてらショッピングとでも洒落込むかい?」

「それはちょっと二人に申し訳ないかなぁ……」

 

 賑やかな大市の雑踏を進みながら、アンゼリカの提案に苦笑いを零す。

 確かに遠目で見た限りクロウとジョルジュはまだ依頼を終えていないようだが、だからといって自分たちだけ遊びほうけるような真似は気が引ける。そういう事は全員が揃っている時にするべきだろう。

 つれないトワの返事に「それは残念」とアンゼリカは肩をすくめる。あまり残念そうに見えないあたり、最初から冗談のつもりだったのかもしれないが。奔放なようでいて筋はちゃんと通す性格なのかもしれない。

 そんな事を考えていると、急に誰かに肩を叩かれた。が、振り返ってみてもそこには肩を叩くような近さにいる人はいない。となると答えは一つである。トワは不自然にならないように歩調を緩め、そっとアンゼリカの斜め後ろに移動した。

 

(と、トワ……)

(ノイ、どうかしたの? あまり話していると怪しまれちゃうけど)

(……お腹が減ったの)

(え?)

 

 姿をアーツで隠して付いてきているお目付け役のノイ。大市の喧騒に紛れるよう小声で尋ねると、彼女の妙に弱々しい声が耳元でささやく。その予想外の内容にトワの口から呆けたような声が漏れた。

 

(朝ご飯の後から何も食べていなくてもう限界なの。お昼は目の前で食べる様子を見せつけられるし、今も屋台からいい匂いが漂って来て……)

(そ、そうは言われても)

 

 ノイの今にも気が狂いそうとでも言うかのような訴えに同情はするものの、仕方がない面もあるのは確かだ。トリスタでは人目を忍んでノイの食事も用意していたが、事情を知らない面子と四六時中行動を共にする実習中はそれも出来ない。昼食をこっそり分け与えるなどほぼ不可能だった。

 それに屋台で買い求めるにしても少なからず団体行動を乱すことになる。既に不和の種を抱えている以上、トワとしてはなるべくそれは避けたかった。

 ……更に言ってしまえば、本来は食事の必要性もないのだから何とかなると思っていたのも否定できない。もう何十年も前から食事を取るのが習慣になってしまっているため、初めから無理な相談だったようだが。

 

(お願いなのっ。少しだけでもいいから何か食べさせてほしいのっ)

 

 抑え気味ながらも切実さが滲む声でノイは訴えかけてくる。ポカポカと肩も叩いてくるあたり、よほど切羽詰っているようだ。

 トワは悩む。今ここで少しアンゼリカと離れ、ノイに軽食を買ってあげても少し怪しまれるだけで済むかもしれない。

 だが、この後、クロウとジョルジュと合流したら何かしら行動を共にすることになるだろう。そこから抜け出すのは困難だ。ノイに何かあげられるとしたら夜になってからになってしまう。きっと、それまで彼女は持たないに違いない。

 家族同然の相手からの望みを無視する訳にもいかない。トワはよし、と腹を決めた。

 

「ね、ねえアンちゃん。ちょっと先に行っててくれないかな? 私、少し用事を思い出して……」

「なに、それなら私も付き合うよ。一人で男どもを待ち惚けるのも退屈だ」

「いやいや、本当に大した用事じゃないから! それじゃあ、お願いね!」

 

 アンゼリカに口実にもなっていない苦し紛れに過ぎる台詞を残して大急ぎで大市の奥へと戻っていく。制止させる暇を与えないために、その足取りは割と本気の走りっぷりとなっていた。

 これまでも何度か誤魔化すような発言はしてきたが、今回ばかりは絶対に怪しまれそうな素振りになってしまった。不可抗力とは言え、トワは内心で溜息をつかざるを得なかった。

 

「……ふむ」

 

 そして自分の走り去る姿を目で追いながら、アンゼリカが興味深そうに薄い笑みを浮かべていたことなど、トワは知る由もないのであった。

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ。悪いけど、これでしばらくは我慢してね」

「た、助かったの……はむっ、むぐむぐ」

 

 かなり強引ながらも、なんとかアンゼリカと別行動を取ることが出来たトワは、姿を露わにしたノイと屋台の並びの裏手にいた。ノイの食事を確保してから屋台の間の隙間を通って人気の無い場所に抜け出した次第である。

 買い与えたのは屋台で売っていた串焼き一本のみだが、身の丈30リジュほどのノイからすれば十分な量の食事である。大きさの比率からして、むしろ若干多めなくらいだ。

 黙々と口を動かすノイ。その様子をトワはぼんやりと眺めていた。その目は妖精の方に向けられていても、彼女のことを見ている訳ではなかったが。表から聞こえてくる大市の賑わいが、どこか遠くに感じられる。

 

「……ねえ、ノイ」

「うん?」

「喧嘩しちゃった時って、どうしたら仲直りできるのかな」

 

 どこか上の空なトワがぽつりと呟く。端的な言葉であっても、ノイには何を問うてきているのかすぐに察せられた。クロウとアンゼリカの事だろう。

 

「なんとかしてあげたいと思っても、何をしてあげたらいいのか全然わからないんだ。私、同じくらいの歳の友達なんて初めてだから」

 

 故郷ではトワと同じ年頃の子供はいなかった。もとより人の少ない辺境の島。知り合いは全て自分より年上か、あるいは年下しかいない。ある意味で、学院に入学して初めてトワは対等な立場の友達を得たと言える。

 だからこそ分からないのだ。いがみ合う二人の友達――片方はそう思ってないかもしれないが――が、どうすれば仲直りできるのか。そのビジョンが見えてこない。

 トワとて喧嘩したことが無いという訳ではない。幼い頃、母親とひょんなことから言い争いになって二日ばかりぎこちない雰囲気になった事はある。その時は意固地になっていたことを自覚し、父親の取り成しもあって仲直りできた。

 しかし、親子喧嘩と同年代相手の喧嘩は勝手が違うものだろう。喧嘩の理由が理由だけに、余計に解決が困難になっている節もある。トワはもうお手上げ状態だ。姉代わりに弱音を零すのも仕方のない事である。

 

「そうだなぁ……ぶっちゃけ、今のところは放っておくしかないと思うの」

「今のままだと困るから、こうして聞いているんだけどな」

 

 それに対するノイの答えは何の解決にもならなさそうな放置という案のみ。トワがむっと憮然とした表情で文句をつける。

 だが、ノイも考え無しにそう言っている訳ではない。串焼きの最後の一欠片を口に放り込むと、ふわりとトワの眼前に浮かび上がって指を突き付けた。

 

「いい? 喧嘩っていうのは要するに意地の張り合いなの。どっちかが折れるか、お互いに折り合いをつけなくちゃ解決しない。あの二人の場合、割と深刻みたいだから納得いくまでやらせておくしかないと思うの」

「で、でも殴り合いとかになったら……」

「それはそれで別に構わないんじゃないかな。思いっ切りやりあったからこそ仲直りできることもあるの。昔のナユタとシグナなんて、まさにそんな感じだったし。まあ、それで解決できる見込みがあるならの話だけどね」

 

 手が出すようなことになったらどうするのかという懸念も、ノイはあっけらかんと「それも良し」と言い切った。自分の親も実際にそうだったと言われてしまうと、トワもそういうものなのだろうかと思えてきてしまう。

 とはいえ、言葉尻に注釈をつけた様に、殴り合いが必ずしも良い結果をもたらすとは限らないのだろう。そうなると、やはり事が荒立たない内になんとかした方がいいのではないかという気持ちも湧いてくる。

 懊悩するトワ。そんな彼女を見て、ノイは呆れたような表情を浮かべた。

 

「もう、一度悩み始めると長続きするのはトワの悪い癖なの。そこまで気に病まなくてもいいのに」

「そうは言われても……やっぱり、このままじゃいけないよ」

 

 戦術リンクの件もある。トワとしてはどうにかして不和を解消したかった。

 ノイの呆れた心地に変わりはない。が、同時にその顔には苦笑染みたものが浮かんでいた。

 

「本当に誰かさんに似てお節介なんだから。血は争えないの」

「そ、そうかなぁ。お父さんほどお人好しじゃないつもりだけど」

「自覚が無い分、なおさら性質が悪いの」

「えー」

 

 自身への評価に不平がありそうなトワを置いて、ノイは「まあ、それはともかく」と話を区切った。

 

「仲直りさせるにしても、今すぐになんとかするっていうのは良くないよ。無理矢理に取り繕った結果、歪な関係になっちゃうかもしれない。時間を掛けてお互いの事を知って、ゆっくりでも確かな絆を紡いだ方がいいの」

「……うん、分かった」

 

 その言葉には確かな実感があった。それはきっと、ノイがお互いの事を知る大切さを知っているからだろう。彼女がかつては嫌っていたという人間と今は共に暮らすに至った経験から。

 よくよく考えれば自分も皆の事を詳しく知っている訳でもない。焦って仲を拗らせるよりも、今は共に過ごす中でそれぞれの事を知る事が大事なのだろう。

 

「よし、それじゃあ行こうか。アンちゃんをあまり待たせても悪いしね」

「うん」

 

 心持を新たにすれば、肩に感じていた重荷も幾分か軽くなったように感じられた。ノイが空腹に耐えかねての予定外な行動だったが、こうして彼女とゆっくり話せて良かったと思う。

 食事が終わった事だし、そろそろアンゼリカのところに戻るとする。ノイにいつも通りアーツで身を隠してもらい、屋台の間の隙間を通って大市の表に向かって行った。

 徐々に大きくなっていく大市の賑わい。狭い隙間を通り抜け、ようやく視界が開ける。

 

 

 

 

 

「やあトワ。そんなところで何をしていたんだい?」

 

 その先に待っていたのは、非常にいい感じの笑みを浮かべたアンゼリカであった。

 

「あ、アンちゃん? 大市の入り口の方で待っていたんじゃ……」

「いやなに、やはり一人で男どもを待つのは退屈でね。暇潰しがてら君の後を追ってみたんだが、見つけたと思えばコソコソと屋台の隙間に入っていくじゃないか。そんなのを見たら待ち伏せもしたくなるものだよ」

 

 見られていた。笑みを湛えたまま告げられた言葉に、トワは冷や汗を流す。

 強引に別行動を取った時点で疑われるのは百も承知だったが、それならそれでお手洗いに行っていたとかお土産を見繕っていたとか言い訳をする余地はある。しかし、屋台の裏側に出て行くところを見られていたとなると、それらの言い訳が利かなくなってしまう。わざわざ人目のつかない所に行く理由ではないからだ。

 不幸中の幸いは、アンゼリカがそのまま屋台の裏まで追ってこなかったことか。さもなければノイと話している現場をバッチリ見られてしまうところだった。

 

「それで? 私の質問には答えてもらえるのかな?」

「ええっと……これは、その……」

 

 とはいえ、言い訳が難しい事には変わりない。じっと見つめてくるアンゼリカの視線から逃れるように目が右往左往し、納得してもらえるような理由も思いつかなくてもごもごと口を動かす様は挙動不審の一言に尽きる。

 これは、もうどうしようもないかもしれない。トワは内心で観念しかける。問い詰める相手の方から「……ふっ」と聞こえてきたのは、その時であった。

 

「まあ、言いたくないのなら言わなくてもいいさ。別に無理に聞き出すような趣味もない」

「え……い、いいの?」

「その様子だと、聞かれたらトワが困る事のようだからね。友人に迷惑を掛ける心積もりは無い。それとも、なんだい。別に遠慮なく聞いてもいいのかな?」

「……ううん。聞かれたら、ちょっと困るかもしれない」

 

 遠慮がちなトワの言葉に「そうかい」と短く返すと、アンゼリカは背を翻した。

 

「そろそろ、あの二人も依頼を終わらせている頃だろう。遅れて文句を言われるのも癪だし、さっさと待ち合わせ場所に行かないとね」

「うん……あの、ごめんね。隠し事しちゃって」

「なぁに、いい女は秘密の一つや二つくらい持っているものさ」

 

 申し訳ない気持ちのトワに対して、アンゼリカは何ともない様子で歩を進める。わざわざ後を追って待ち伏せていたのが嘘に思えるくらいの潔さだ。

 ありがたい事には違いない。ノイの存在は外界では秘匿されるべきものだ。何かのはずみで知られることになり、済し崩しに広まっていってしまったらと思うと、少し怖い気持ちがある事は否定できない。

 だが、隠し事をしている後ろめたさを無視できるほどトワは図太くない。都合よく見逃してもらった安堵よりも、友達と言ってくれる相手に真実を告げられない心苦しさの方が大きかった。

 なにより、皆の事を知りたいと思っておきながら自分は隠し事をしているという事実が心に重く圧し掛かる。直前にお互いの事を知りたいとのたまっておきながら、同時に自身の事は必死に隠し立てしようとしている。あまりの矛盾に、トワは少し自己嫌悪気味だ。これでは戦術リンクが繋がらないのも当然だと思う。

 打ち明けなければならない。本当の意味で絆を紡ぎたいのであれば、ノイの事を、トワが隠している真実を。

 ただ彼女にはまだ、その一歩を踏み出すための勇気が足りていなかった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 少し遅れて後ろからついてくる小柄な少女をチラリと見遣る。難しい顔を伏し目がちにして、お世辞にも明るいとは言えない様子にアンゼリカは小さく溜息をついた。

 

(ふう……これは少々、選択を誤ったかな?)

 

 後を追ったのは興味本位だった。

 仮にも大貴族――素行はともかくとして――である自分に臆面もなく意見する胆力。華奢な体から繰り出される鍛え上げられた剣術。そして悪意を知らないような天真爛漫さ。そんなトワ・ハーシェルという少女に、アンゼリカは間違いなく惹かれていた。

 それは普段、口説き落とす婦女子相手に感じるものとは全く異なるものだ。趣味とかそういうものに関係なく、ただ一人の人間として彼女の事を知りたいと思う。

 自然にトワとお近づきになろうと接触を繰り返した。その中で気付いたのだ。彼女は他者に対して朗らかでありながら、同時に立ち入らせない一線がある事に。

 

(ちょっと揺さぶりを掛けてみるつもりだったが……あそこまで慌てられたら、こちらが悪い事をした気分になるじゃないか)

 

 今回はそれがあからさまに過ぎたので深入りしてみたのだが、どうやら相当に知られたくない事らしい。万一を考えて待ち伏せに留めておいて良かったと思う。その先にまで追っていたら不味い事になっていたかもしれない。

 確かにトワは何かを隠している。だが、アンゼリカは別段それを不快に思っている訳ではなかった。自分の感情さえも偽っているあの男と違い、彼女の気持ちは嘘ではない。ただ人に知られたくない事があるだけなのだ。

 その秘密に興味が無いといえば嘘になる。だからこそ後を追ったりもしたのだから。

 しかし、単純な興味で関係を壊す危険を冒す気にはなれない。今でさえ、あの男と一悶着を起こして問題になっている最中なのだ。アンゼリカとて、これ以上の厄介事を引き起こすのは本意ではない。

 さて、どうしたものか。そう思った所で、ふと気付いた。

 トワが抱える何らかの秘密。あの男の偽りの仮面。ジョルジュも時折思い詰めたような顔をしているし、自身も一物ある事には違いない。

 

「何やら抱えているのは皆同じ、か。やれやれ、面倒な事だ」

 

 よくもまあ、ここまで厄介な面子になったものだと思う。

 自分も含めて一癖も二癖もありそうなメンバーである事に、アンゼリカは苦笑を零すのだった。

 




今回はトワたちの使う『試作型ARCUS』について少しばかり説明を。

外観は空の軌跡SCにおける戦術オーブメントを若干大きくした感じ。基本的なシステムはそのままだが、戦術リンク機能を搭載した結果としてサイズが大きなっている。
あくまで戦術リンクのテストのためのものであるため、導力通信機能やマスタークオーツなどは実装されていない。クオーツはSC時点での規格なのでアーツもSCに準拠する。
戦術リンク機能は未完成で、閃の軌跡のARCUSよりリンクが繋がり辛い。リンクレベルに例えると、レベル2になってようやく普通にリンクが繋げるようになるくらい。

閃の軌跡の一年前にARCUSが完成している訳がないので、五秒くらい考えてパッと思いついたもの。

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