ところで軌跡シリーズ10周年記念本、セプト=アーカイブを先日購入したのですが、細かいネタまで網羅した大ボリュームで大変満足のいくものでした。今後の軌跡シリーズの展開にも期待しています。
……うちのPCで「暁の軌跡」できるかなぁ。
ガタゴトと揺れながら鉄路を走る青い車体の列車。そのボックス席の一つで、4人の学生が黙りこくって座っている。
「…………」
「…………」
「えっと……」
雰囲気はどこかピリピリしていた。より正確に言えば、窓側に座るクロウと、その斜め前の通路側に座るアンゼリカの間の雰囲気が。お互いに頑として視線を合わせないようにそっぽを向いている。
列車が出発してから既に10分ほど。二人はずっとこの調子だ。席を共にするトワとジョルジュとしては非常に居心地が悪い。
「そ、そうだ。アンちゃん、この前の自由行動日はどうだった? 街の方に出ていたそうだけど」
「ああ、非常に有意義な時間を過ごせたよ。どこぞの腐った目をした男と鉢合わせしなければね」
「そっか……そ、それはともかくケルディックに着くのが楽しみだね! クロウ君もそうじゃない?」
「まあ、面倒な授業を受けるよりは楽しめると思うぜ。いけ好かねえ誰かさんが居なければな」
「あう……」
なんとか場を取り持とうとするトワの努力もむなしく、空気はますます悪くなっていく。トワはちょっと涙目気味だ。
明らかに嫌悪し合うクロウとアンゼリカに、とうとうジョルジュが重い口を開いた。
「というか君たち、一旦は休戦するとか言っていなかったっけ?」
旧校舎地下でのやり取りを持ち出され、クロウは憤慨したような表情で窓の外に向けていた顔を勢いよく振り向かせた。
「俺に言うんじゃねえよ! そもそも停戦云々だってこの女から勝手に言いだしてきた事だっていうのに、どうして自由行動日にそっちから突っかかってきたんだっつうの!」
「それは君が私の前でナンパに勤しんでいたのが悪いんだろう。幼気な子猫ちゃんが毒牙に掛かるのを放っておけるわけないじゃないか」
「んだとっ!?」
自身の潔白を訴えるクロウにアンゼリカが冷たい声で口を差し挟む。静かではあるが、たっぷりと嫌悪感が乗せられた言葉にクロウがまた反応する。
どうやら自由行動日に何かしら一悶着があったらしい。睨み合う二人の関係は間違いなく悪化してしまっていた。アンゼリカはナンパがどうとか言っているが、いったい何がどうなってこんな事になってしまったのか。
トワとジョルジュは揃って溜息を吐く。初めての特別実習、その始まりはお世辞にも良い滑り出しとは言えなくなりそうだった。
トワが忙しく動き回った末に無事、生徒会入りを果たした自由行動日から6日。サラ教官の手伝いでトワが知った通り、4人は実習地であるケルディックに向かう列車に乗り込んでいた。
3日ほど前、実習の詳細を説明するためにサラ教官に集められた時は二人の関係がここまで悪くなっているとは思わなかった。資料を配られて一通りの説明と質疑応答をしただけだったので、あまり長く一緒にいた訳じゃなかったから気付かなかったのかもしれない。
結局、雰囲気がおかしいと気付いたのは当日の早朝に駅で集合し、物珍しそうな様子の駅員の視線に送られて出発した辺りだった。もう少し早くに察していればどうにか出来たかもしれないが、今更そんな事を言っても仕方がないとはトワも分かっている。
この不和を抱えた状態で実習に臨まなければならない。そもそも実習先で何をするのかも知らないのもあって、トワの内心は激しく不安であった。
「だいたい俺が何をしていようがお前には関係ねえだろうが! いちいち難癖付けてくるのもいい加減にしやがれ!」
トワの心配を余所に、対面に座るクロウは語気を荒げる。見るからに憤慨している、という様子である。
だが、それを向けられたアンゼリカは事も無げに「――フッ」と鼻で笑う。額に青筋を浮かべるクロウに対し、冷え冷えとした視線と共に口を開いた。
「確かに君がどこでナンパしていようが私には関係ないさ。そもそも、うだつの上がらなさそうな君になびくような女の子がいるとは思えないからね」
「おい、うだつが上がらないってどういう――」
口を挟もうとするクロウを「ただし」とアンゼリカはピシャリと撥ね退けた。
「それが君の空々しい一人演技の産物なら話は別だ。軽い調子のいい加減な男。そんな人物を演じるなんていう自己満足に他人を付き合わせるようなもんじゃない」
「……っ!」
「第一、君のその怒り様だって本音かどうか怪しいものだ。何を考えてそんな事をしているのかは知らないが、喧嘩をするならまずは
アンゼリカの舌鋒には容赦の欠片も無い。それをハラハラとした心地で聞きながらも、彼女が言う事にどこか納得する気持ちがトワの中にもあった。
一月近くの学院生活で、クロウが他の級友と交流しているのも何度か見かけた。その中で彼は場を盛り上げるムードメーカー的な立ち位置にあったと思う。
だが、逆に言えばそのような立ち位置としての振る舞いしかしていなかったようにも見えた。人間、それぞれに委員長タイプとか熱血タイプとか型にはめられる部分もあるものだが、個性というものはそう画一的なものではない。一人一人に些細な違いがあって、それがその人の良さとなっている。
クロウの振る舞いには、その「違い」が無い。ムードメーカーがどのような時にどんな行動をするかというステレオタイプに従って行動している。だからトワやアンゼリカは違和感がしてしまうのだろう。
それが、アンゼリカが「一人演技」と言う理由。その事が理解できてしまうからこそ、トワは下手に口を挟んでこの喧嘩を止めることが出来ずにいた。
「てめえ――」
しかし、次の瞬間にはそうも言っていられなくなる。
クロウの雰囲気が変わる。表情がストンと落ちてしまうような予感がして、トワは慌てて間に割って入っていた。
「や、やめようよ二人ともっ! ここで喧嘩してもなんにもならないでしょ!?」
「む……」
「それに、これはちゃんとした実証試験なんだよ。喧嘩なんかしていたら良い結果なんて出せだろうし、関わっている人にも迷惑が掛かっちゃうから……」
「……ちっ」
前のめりになっていたクロウが座席に荒っぽく座り直す。依然として不機嫌そうにしながら、それでも矛は収めた。
「わーったよ。事は荒立てねえから、そんな顔をするなっつうの。お前もそれでいいな?」
「……ああ、いいだろう」
「ふう……前途多難というかなんというか」
クロウもアンゼリカも感情任せになるような性格ではない。トワの訴えを聞いて理性的な部分が働いてくれたのだろう。この場は一先ず、落ち着きを見せる。
ただ、それは目先の不利益を避けるために、お互い不満を呑み込んでいるだけに過ぎない。今は堪える理由があるだけで、それが無くなれば同じことを繰り返すだろう。この実習が終わって学院に戻れば――いや、もしかしたら戻らないうちに。
全く以てジョルジュの言う通りである。先の見通しが立たない現状に、トワは頭を悩ませざるを得なかった。
――――――――――
トリスタからケルディックまでは列車で1時間ほど。クロウとアンゼリカの喧嘩が収まった後も続くどこか息苦しい雰囲気に耐え、トワはようやくといった気持ちでケルディックの駅に降り立った。
足早に駅の中を通り抜け、出入り口の扉を開け放つ。目の前に広がった光景にトワは「うわぁ」と歓声をあげた。
「凄いなぁ。そこまで大きくない街なのに、こんなに人が集まっているなんて……」
「大市目当ての客だろうさ。ここには帝国内に限らず、外国からの商人も多く訪れると聞くからね」
街の奥、大きな風車の下には様々な屋台の頭がのぞく。そこから聞こえてくるのは賑やかな人々の声。商人が張り上げる売り文句、客が少しでも安く買おうと店主と激しい値切り交渉を繰り広げ、観光客が楽しげに店を見て回る。様々な声が合わさって、このケルディックの大市の活気を作り出していた。
客足は留まる事を知らないようで、トワたちが見ている間にも次々と大市に向かって行く人が見て取れる。耳にはしていたが、やはり噂は伊達ではなかったようだ。
「随分と賑わっているみたいだね。リベール産の導力器もあるっていう話だし、時間があったら覗いてみたいところだね」
「それより早く荷物を置きに行くとしようぜ。宿はトワが知っているんだろ?」
「あ、うん。駅からすぐ近くって聞いているよ」
クロウに促される形できょろきょろと辺りを見渡してみる。宿について知っているのは自分だけなのだ。案内もいない以上、しっかりとしなければならない。
幸いにして、目当ての建物はすぐに見つかった。周りより少し大きい建物に掛かる《風見亭》の看板。今日の宿に向けてトワは先導して歩き出した。
「それじゃあアンタが通信をくれたトワちゃんってことかい。声で可愛らしいと思っちゃいたが、これは想像以上だったねぇ」
「あはは……どうも」
宿に辿り着いて、まずは《風見亭》の女将であるマゴットに挨拶をする。ちゃんと連絡は出来ていたようで、彼女は学生服姿の4人に特に戸惑う事も無く歓迎してくれた。実際に通信機に立った身として、トワは安堵の息を吐いた。
マゴットもトワの声を覚えていたらしい。しげしげと自分の姿を眺める彼女に、トワは苦笑いを浮かべた。
「サラちゃんが教師になったって聞いた時は信じられなかったけど、実際に教え子と会ったらそうも言ってられないね。ズボラなところが目立つ子だけど、上手くやっているかい?」
「慣れない事が多くて大変そうですけど、それなりに何とかやっていますよ。それで部屋の方はちゃんと用意して頂けましたか?」
「ああ、すまないね。仮にもお客相手に長話をしちまって。さあ、こっちだよ」
やっぱり教官になる前からあの調子なのか、とマゴットの話振りから察してしまう。ここに居ない人のことを話していても仕方ないので、なるべく早めに切り上げさせてもらったが。
マゴットの案内で客室が並ぶ2階へ上がる。割と廊下の奥の方まで歩いてゆき、角部屋にあたる部屋の扉を女将が開けて中に入る。4人もそれに続いた。
部屋の間取りは普通の個室より広いスペースにベッドが4つ。一晩の宿には十分すぎるものだ。事前に伝えていた要望の通りでもあったので、トワは満足気に頷いた。
「ここがアンタたちの部屋さ。一応、頼まれた通りに用意したけれど」
「十分です。一晩ですが、お世話になります」
「ちょ、ちょっと待ってくれないかな?」
マゴットとの応対を買って出ていたトワの後ろから口が挟まれる。若干、戸惑ったような表情でジョルジュは部屋を一瞥した。
「ベッドが4つあるけど、もしかして全員この部屋なのかい?」
「うん、そうだけど」
「そうだけどって……軽々しく言うような事でもねえだろ」
「あたしもどうかとは思うんだけどねぇ。サラちゃんがどうしてもって言うから」
全員が同じ部屋。つまりは男女の区切りは無いという事である。ベッドは2つずつ離して配置されてはいるが、それも申し訳程度のものでしかない。
もちろん理由はある。トワは説明するために、渋い顔の男性陣に向き直った。
「これから苦楽を共にする仲、一緒の部屋で過ごすくらいは慣れておきなさいってサラ教官は言っていたよ」
「うーん……言っている事は分からないでもないけど」
「俺らはともかく、女子の方はそれでいいのかよ?」
「別にそこまでは気にしてないよ。着替えは別々にすればいいだけだし、あまり問題は無いんじゃないかな」
トワのあっけらかんとした答えにクロウとジョルジュは少し呆れたような様子を見せる。どうしてそんな目で見るのかと、トワとしては内心で不思議に思うばかりであったが。
「えっと、アンちゃんも大丈夫かな?」
「まあ野宿の経験に比べれば男女同室など可愛いものだ。別に構わないよ」
「何で大貴族の息女が野宿を経験しているんだよ……」
至極真っ当なツッコミが入った気がしたが、アンゼリカは華麗に無視した。
「ただし、いかがわしい真似をしてくるようならその限りではないがね。そこら辺は覚えておいてもらうよ」
「もうアンちゃんったら、2人がそんな事をするはずないって」
いかがわしい真似、と聞いて何の事か分からないほどトワも子供である訳ではない。見た目が伴っているかどうかはともかく、17にもなれば性知識もそれなりにある。
しかし、ほとんど警戒心が無いのはクロウとジョルジュを信頼しているからこそである。お人好しで基本的に疑いを掛けないのと、そもそも認識として男女の垣根が低いというのもあるかもしれない。
だからアンゼリカの言葉も笑って軽く流していたのだが、対する男性陣は微妙な表情であった。
「……無条件の信頼っていうのも、なかなか心にクルものがあるね」
「ああ。これなら警戒してもらった方が楽ってもんだぜ……」
「?」
男として見られてないのかもとか、無警戒による良心の呵責だとか、そんな男の子の機微にまでトワは聡くない。何故かニヤニヤとするアンゼリカの側で首を傾げるしかなかった。
「話は纏まったかい? それなら預かっていたものを渡しておくよ」
「あ、はい。実習の内容が入っているものですね」
マゴットから封筒を渡される。表にはトールズ士官学院の紋章である有角の獅子。サラ教官が事前に言っていた、実習内容が入れられたもので間違いないだろう。
「それじゃ、あたしはこれで失礼するよ。何か分からない事があったら相談しておくれ」
マゴットはそう言い残し、部屋から出て行った。
残された4人の視線は自然と封筒に集まる。結局、今に至っても実習で何をするかという確かな情報を誰も持っていないのだ。まさにそれが収められているだろう物体に注目するのは当然と言える。
両手で封筒を持ったトワが3人の顔を見回す。こうも視線を浴びると緊張するものがあった。
「……じゃあ、開けるよ」
「おう」
「さて、鬼が出るか蛇が出るか――」
中を探ると数枚の紙が入っている事が分かる。それらを取り出し、皆の前で広げた。
「特別実習実証試験1日目は以下の通り――東ケルディック街道の手配魔獣に、落し物の持ち主さがし……?」
読み進めていくうちに4人の頭には疑問符が浮かんでいく。実習というからには現地で何かしらの課題をこなすものと考えていたが、その内容は予想とは異なって簡単な依頼のようなものばかり。身構えていた部分があっただけに拍子抜けではあった。
最後に「レポートを纏めて提出する事」と締められた文章を読み返してみたり、裏面をひっくり返してみても内容に間違いはない。他の紙も個々の依頼に関する説明があるだけで、実習について他の説明は無い。
どうやら、この依頼をこなす事が実習内容のようだ。その目的がどこにあるのかは今一つ判然としないが。
「何をするかと思えば、態の良い小間使いみたいな仕事ばかりじゃねえか。こんなのが実習だっていうのかよ?」
「まあ厳しいものよりかは気が楽ではあるけれど……」
「どうにも目的が見えない実習内容だ。それを推測するのも実習の内という事かな?」
予想より簡潔な実習内容、それに対し不明瞭な実習目的。それはトワたちに少なからず戸惑いを与えていた。
この場にサラ教官が居れば説明を求める事も出来るのだが、彼女は今頃学院で教鞭を取っている最中だろう。実習の目的を直接問いただす事は出来そうにない。
「――1つ、目的として考えられるものがあるとすれば」
ならば、アンゼリカの言う通り自分たちなりに考えるしかない。思い当たる節があったトワは口を開いた。
「帝国の色々な土地について、実際に経験する中で学ぶっていうのはあるかもしれないね」
「ええと……それが、この依頼とどう繋がっているんだい?」
「この依頼内容って結構、生徒会に来る依頼とも似ているんだ。更に言えば、
「遊撃士……支える篭手を掲げる民間組織だったか」
アンゼリカの呟きに「うん」と頷く。帝国では最近あまり目立たない存在だが、ちゃんと知られてはいるようだ。
遊撃士とは大陸各地に支部を持つ民間組織だ。その理念は地域の平和と民間人の安全を守る事。時には紛争の調停にも乗り出すが、普段は支部に寄せられる依頼への対応が主な業務となっている。
その依頼内容は様々で、トワが似ていると言ったように街道の魔獣退治やペット探しなど、今回の実習と類似する部分も見受けられる。
「依頼にはその土地ごとの特徴が出るもので、こなしていく中で街の特色なんかも自然と理解できるものなんだ。この前の自由行動日にやった生徒会の依頼でも、トリスタの街について色々と知れたしね」
「へえ……そう言われれば納得っちゃ納得だが、それが何の役に立つんだよ?」
「えっと、これは受け売りになるんだけど」
依頼の意義は理解したが、いまいちその必要性については得心がいってない様子のクロウ。その疑問に答えるため、トワは昔に聞いた人の言葉を引用した。
「守るべき土地は自分の足で見て回るべし――そんな事を有名な遊撃士の人が言っていたそうなんだ。いざ何かがあった時に、その場所について知っているかどうかで全く違うからって」
例えば街道一つとって見ても、地図上で見るのと実際に歩いて自分の目で見て回るのとでは印象が大きく違うだろう。道幅はどれくらいあるのか、路面の起伏は、魔獣の出没頻度、地図にない脇道がどこに繋がっているのか。経験して初めて分かる情報は数多くある。
それらの情報がもたらす効果は馬鹿に出来るものではない。依頼遂行の効率化、地域の背景を知った上での対応などに繋げることが出来る。一部の遊撃士は新たな支部に着任したら、まずはその一帯を足で巡る事から始めると聞くくらいだ。
「軍人にとっても、地理の把握は作戦を立てる上では大事な要素でしょ? だから、そういう意味では士官学院生として役に立つとは思うな」
「なるほどね。単に課題をこなすだけではなく、その中での経験を吸収して糧としていく事が実習の目的という訳か」
「本当のところはサラ教官に聞いてみるしかないだろうが、個人的には的を得ていると思うよ。フフ、流石は私のトワだ」
妙に褒めてくるアンゼリカに「そんなことないよ」と謙遜しつつ、改めて3人の顔を見回す。一先ずはトワの説明で納得してくれたらしく、訝しげな表情は無い。
これなら依頼にも意欲的に取り組んでくれるだろう。少なくとも、この実習を漫然と過ごすのは避けられそうだ。
「じゃあ、そろそろ実習を始めようか。依頼は3つの内2つが大市関連、残り1つが手配魔獣の討伐だね。手配魔獣は暗くならない内に片付けておきたいから、これを最初に取り掛かっていいかな?」
「異論はないよ。私たちの中で、この手の仕事に慣れているのは君ぐらいだろうしね」
まずは段取りを提案してみれば、特に反発もなく受け入れられる。依頼活動に関するノウハウを持っているのはトワだけなのだ。効率的に事を進めるためにも、彼女の案に反対する理由は他の面子には無かった。
しかし、トワが場慣れしていなければスムーズに行動に移せなかっただろうこの状況。反対するような気持ちは無くとも、思うところが無い訳でもない。
微妙な表情を浮かべるクロウに、トワは首を傾げた。
「クロウ君、どうかしたの?」
「なんだ、何か文句でもあるのかい?」
「違うっつうの。ただ随分と無茶振りをしてくる実習だと思っただけだ」
相変わらず刺々しいアンゼリカとの間にピリッとした空気を発生させつつも、クロウは面倒臭そうに感じたところを話す。
「碌な説明もせずに課題だけ寄越してやれって言うんだ。俺たちはトワが居たから助かったが、来年の本番はそうもいかねえだろうしな」
「確かに……でも、そういう問題点を洗い出していくのもテスターである僕たちの役目なのかもしれないね。新しい導力器も、試作を繰り返しながら問題点を解決してちゃんとした製品にしていくものだし」
ジョルジュの言う通りだとトワは思う。
自分たちの特別実習はいわばお試し版、未来の後輩たちがより充実した実習を行うための前準備のようなものだ。初めての試みであるからには、そこに諸々の問題点があるのは仕方がない事であるし、準備段階で見つかって良かったとも言える。
特別実習の有用性を実証しつつ、それを行う上での問題点を見つけ出して改善策を模索していく。実証試験班として為すべき事はそんなところだろう。
「あはは……レポートには最初くらい説明役を付けてほしいって書いておこうか」
取り敢えず、実習の趣旨が欠片も分からないまま放り出されるのは問題だ。報告のレポートに改善を要求する旨を書くというトワの提案に、全員が深々と頷くのであった。