永久の軌跡   作:お倉坊主

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積みゲーが片付いたので、ぼちぼち更新を再開していこうと思います。


第59話 密林の地で

 テラを巡る地脈の回廊。星に本来備わる地脈を模して造られたそれは、星の庭園を中心に四方の陸地に星の力を循環させる機能を担う。その地に存在する生きとし生けるもの全てを掌握し、時には環境すらも変え得るアストロラーベと直結したそれは巨大にして精緻。さながら蜘蛛の巣のように隙なく規則的に張り巡らされている。

 星の力に干渉するミトスの民にとって、その流れに乗り長距離を転移するくらい訳はない。本来の地脈であればこそ抜けられるポイントは限られるが、テラの地であればほぼ自由自在に行き来することが出来る。各所に転移装置こそ設けてあるものの、こちらの方がお手軽なのは間違いない。

 ちなみに、地脈を介さずに自身を霊体化させて瞬間移動するという荒業もある。これはもっぱら視界範囲の短距離転移に限られるものだ。長距離を転移しようとすると、身体を構成する星の力が分散してしまって元に戻れなくなるかもしれないから。物のついでにトワからこれを聞いた時のクロウたちは肝が冷えたものだ。便利な力も決して万能ではないということである。

 

 独特な浮遊感が終わり、霊的な道を抜ける。トワたちの身は既に星の庭園からオルタピアの地に移っていた。いったいどのような場所にやってきたのかと視線を巡らせるクロウたち。祭壇のような場所であり、何らかの構造物の中のようだった。

 とはいえ、壁が所々崩れて鬱蒼とした緑が侵入してきている。天井は存在せず青々とした空が広がっており、人の営みとは無縁の場所なのだろうと想像がついた。

 

「ここはオルタピアの管理塔だよ。みしーるを探す前に、ちょっと挨拶にね」

 

 曰く、テラに存在する四つの陸地にはそれぞれ管理を統合する塔が存在するのだという。各所の管理者もそこにいることが多いのだとか。

 はてさて、妖精から厳めしい男に続いて今度は何が現れるのやら。ここまでだけに色々とありすぎて、もはや何が来ても驚くまい。クロウたちが鷹揚に構えていると、祭壇の前にパッと光が瞬いてどこからともなく目当ての存在が現れた。

 

「久方ぶりの来客と思えば――かっかっか! 久しぶりじゃな、トワにノイよ」

 

 一見して子供のような姿だった。闊達に笑う顔は若々しく、身体的にも大きくはない。ただ頭から生える一対の角と後ろにゆらゆらと揺れる尻尾、それに胡坐をかいた格好で中空に浮かぶ様が人ならざる存在であることを告げている。

 

「ただいま、ギオ。元気にしていた?」

「前は数十年単位で顔を合わせないこともあったの。半年くらい大したことないでしょ」

「確かに。だがまあ、これも人の営みに混じった故か。時の流れも遅く感じるのじゃ」

 

 その若々しさに反して老成した言葉を使う彼こそが、オルタピアの管理者《仙翁》ギオ。半人半獣とでもいうべき様相に対し、クロウたちはこういう手合いもいるのか、と何と無しに思う。

 ノイと長命からくる人の感覚では理解しかねる会話を繰り広げていたギオ。その目が後ろの初対面である三人に向けられる。人好きのする笑みで彼は歓迎の気持ちを言葉にした。

 

「そこな人間の子らもよく来た。都会っ子にここいらは新鮮じゃろう?」

「はは……それはもう」

 

 離島としての残され島だけならともかく、この古代の神秘が色濃く残るテラは新鮮という言葉だけではとても表現できない。存在自体が新鮮な相手からの問いにジョルジュが苦笑いを浮かべた。

 

「しかし、数十年とは気が遠くなる。こうして話していると実感しづらいが、ノイもあなたも古代より生きる存在なのだね」

「うむ。とはいっても、ワシは過去に一度消滅しているのじゃがな」

「消滅って……あんたは今もここにいるじゃねえか」

 

 思いもしない発言に理解が追い付かなくなる。ギオは現実に実体をもって自分たちの前にいる。それが一度は消滅したと言われても腑に落ちない。

 当事者以外にとってその反応は当然だ。ギオは「まあ、そう思うじゃろうな」と一つ頷いて言葉を続ける。

 

「ワシも含め、四人の管理者は三十年前に本体の神像を破壊されて星の力に還ったのよ。今ある身はクレハ様とシグナがサルベージして再構築してくれたものじゃ」

 

 三十年前の《流星の異変》、彼ら管理者も無論のこと渦中に身を置いていた。そして、立場と使命から対立して刃を交えることも。結果として彼らが一度は実体を喪失し、精神を星の力に還したのは事実だ。

 今の管理者たちは異変の後にミトスの民の力によって再構築したもの。テラの星の力の流れに溶け落ちていた精神を回収して修復したのだ。以前の記憶も変わらずに保持しており、再び言葉を交わせるようになったことをナユタも喜んだものである。

 ちなみに神像を本体としていた以前とは異なり、現在はテラに依拠する精神体が管理者としての身体や神像を動かすという態を取っている。万が一、再び神像を破壊されようともその存在自体が脅かされることはない。

 そんなことを軽々しい調子で話されたクロウたちとしては気の抜けた声で相槌を返すくらいしかできない。サラっと途轍もないことばかりに直面してはそうもなる。

 

「とまあ、ワシのことはこれくらいでいいじゃろう。何か用があったのではないか?」

「あっ、うん。みっしぃがオルタピアから帰ってこないみたいで探しに来たの。ギオは何か知らない?」

「あのよう分からん生き物か。ここいらの近くにおればよいが……」

 

 千年を生きる存在にさえよく分からないと言われるみっしぃとはいったい何なのだろう。まったく奇妙という他にないが、自分たちでは与り知れないことである。猫っぽい謎の生き物、知っているのはそれだけでいい。

 余計なことを考えている間にもギオの手は進む。祭壇の前でアストロラーベと同じように浮かび上がったコンソールを操作していた彼は、しばらくしてこちらに向き直った。

 

「うむ、どうやら巨樹の群生地帯にそれらしい姿があるようじゃぞ。そちらから当たってみたらよかろう」

 

 目当ての珍獣の居場所はこれでかなり絞り込めた。この鬱蒼とした密林を当てもなく探し回るよりは余程楽になったに違いない。思ったよりもスムーズに事を運べそうで一同はホッと息をつく。

 挨拶ついでに手掛かりも手に入ったところで、そろそろ捜索を開始するとしよう。ギオの示した場所へと再び転移門を開く。もはや何も言わずに光の渦へと吸い込まれていく仲間たち。ギオにお礼と一旦の別れを告げてトワもその後を追う。

 

「ありがとうね、ギオ。また後でね」

「気を付けていくんじゃぞ――気張りすぎんようにな」

 

 それを見送る老成した瞳には、どこか気掛かりそうな色が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 オルタピア、またの名を密林の大陸とも呼ばれるここは溢れかえらんばかりの自然に覆われている。草花に樹木の種類は数えるのも億劫なほどの数に上り、そこに住まう獣や鳥、虫なども多様性に富んでいる。園芸部のエーデルなら諸手を上げて喜びそうな環境だ。

 秋に差し掛かるこの季節、深い緑から色鮮やかな紅や黄に変わりつつある樹木の天蓋。ここ以外では絶対にお目に掛かれないだろう光景に、クロウたちは感動を噛み締めて……

 

「……おい、あそこにぶら下がっているのは何なんだ?」

「何って、ミノムシだけど」

 

 ――ばかりもいられないのが実情であった。

 

「冗談じゃねえ。いったいどこに一アージュ近いミノムシがいるってんだ」

「そこにいるじゃない。一応、分類としては魔獣になるから気を付けるの。近寄ると勢いをつけてぶつかってくるから」

 

 ふと視線を巡らせた先で目にした物体に文句をつけるが、トワとノイからの返答はにべもない。樹木の枝から糸を伸ばしてぶら下がる規格外の虫。刺々しい木片で形作られた蓑はまともにぶつかられたら冗談では済まないだろう。そんな女子供が目にすれば悲鳴を上げそうな魔獣も、先導する二人にとっては見慣れた光景であるらしい。

 

「だいたいここら辺の樹が馬鹿でかすぎるだろ。二百アージュは下らねえぞ」

「もう止めよう、クロウ。ここで常識を語っても意味はないよ」

 

そもそも今まさに歩いているところからしておかしい。どうして自分たちは地面ではなく馬鹿げた大きさの樹木の枝を渡り歩いているのか。ギオが巨大な樹木の群生地帯とは口にしていたが、それにしても限度というものがある。ルーレのRF本社ビルにも勝る樹高が林立しているとは夢にも思っていなかった。

 そんな肝が冷えるような高さの枝葉の上をトワはすいすいと進んでいく。足を滑らせてもノイが助けてくれるだろうし、何なら彼女は自力で飛ぶこともできる。こんな場所でも足取りが軽快なのも理解できるが、ついていく方は大変だ。

 枝から枝へと跳び移っていくトワをどうにか追いかける。それも件のみしーるを探しながら、である。加えて、突如として野生の中に放り込まれた彼らを緊張に晒すのはそれだけではなかった。

 

「しかし、やはり余所者だから警戒されているのか……襲ってはこないのかい?」

 

 刺さるようなものを感じて首筋をさするアンゼリカ。みしーるを探すのとは別に、その目は油断なく周囲を警戒している。森の至るところから漏れ出る獣の気配が一行の周囲を取り巻いていた。

 よくよく周囲を見渡してみれば、そこかしこから自分たちに視線を向ける影が。鬱蒼とした木陰から、或いは巨木の幹の洞から。如何にも獰猛そうな獣が、凶悪な外見の昆虫が、果ては異形の魔獣さえもがこの地に足を踏み入れた面々を見つめている。

 

「刺激したりしなければ大丈夫だよ。ちょっとピリピリしているだけだから」

「下手に縄張りに踏み込んだらその限りじゃないけど。無駄な争いごとが嫌ならしっかりついてくるの」

 

 どうやら広大な森林の中にも目に見えない線引きが為されているらしい。うっかり領域を犯せば鋭い爪や牙が襲い来るというわけだ。おっかない忠告に尚更トワを追う足を速めた。

 

「でも、こんなところでみっしぃの子は平気なのかな。襲われたらひとたまりもなさそうだけど……」

「賢いから上手く隠れられているだろうけど、どうして帰ってこないのかが分からないんだよね」

「魔獣の餌にでもなってなきゃ何でもいいさ。無駄足は勘弁だからな」

 

 とても大自然を生き延びる能力など期待できなさそうな見た目のみっしぃ。ジョルジュはその安否を心配するが、気の抜けた顔の割に頭は回るとのこと。そう簡単に外敵にやられたりはしないとトワは知っていた。だからこそ、こうして姿を消す事態になっているのが不可思議なのだが。

 樹上を渡り歩きながら捜索は続く。襲われるのを避けるためにも、獣たちの縄張りから外れたところに身を隠しているだろうと推測している。ちょうど今の自分たちと同じように。きっとどこかに手掛かりを残しているはずだ。

 幸いにして、結果はそう時を置かずして目に見える形で現れた。ごつごつとした樹皮の上にそれを認めたトワは、屈んでよくよく観察する。

 

「……うん、やっぱりみしーるの足跡だ。新しいものだから近くにいるはず」

 

 猫の足程度の大きさの妙にコミカルな肉球模様。森の獣にしては可愛らしすぎるそれは、間違いなく探し求める珍獣のものに違いなかった。

 

「それは重畳。で、肝心の子猫ちゃん……いや、猫ではないか。その子はどこにいるかな?」

「そうだね、この辺りでとなると……」

 

 きょろきょろと周囲を見渡したトワは頭にピンとくる場所を見つけると、すぐさまそちらへと足を向けた。樹皮の凹凸を足掛かりにするすると巨木を登っていく。男子二人はアンゼリカの手で強制的に後ろを向かされた。せめて一声は掛けてほしい。

 そんな仲間の心中は露知らず、あっさり目当ての高さまで登り詰めたトワはぽっかりと空いた洞を覗き込んだ。その中に案の定潜んでいた相手を見つけ、彼女は安心感から頬を緩めた。

 

「もう、こんなところに隠れて。皆心配していたんだよ?」

「みししっ!」

 

 こちらの言っていることが分かっているのかいないのか。ようやく発見したみしーるは怪我一つない姿で元気な鳴き声を上げる。肩の力が抜ける気分だが、無事なようで何よりだ。

 しかし、こんなところでいったい何をしていたのだろう。

 疑問に思いながらもみしーるを回収しようとしたところで、トワはその奥に何かいることに気付く。みしーるの影から姿を見せたそれに納得を覚え、一緒に木の洞から出してあげて仲間たちのもとへと降りていく。

 首尾よく捜索対象を肩に乗せて戻ってきたのはいいとして、オマケに抱えてきたのは何なのか。クロウたちの視線が集まるそこには、一羽の若鳥が警戒した様子で彼女の腕の中にいた。

 

「なるほど、帰ってこなかったのはそういう理由だったのか」

「みしっ」

「はいはい、あなたはよくやったの」

 

 外敵に襲われたのか、若鳥は翼を怪我して飛び立てないようだった。辛うじて逃れはしたものの、他の獣の餌食になるのは時間の問題。そんな状況に偶然にも遭遇したみしーるが拾い上げ、ここ数日にわたって看病していたのが事の真相だったようだ。自慢げに胸を張るみしーるをノイがぞんざいに褒めた。

 数多の生物が生きる場所には命の循環がある。動物が草を食み、その肉を別の獣が食らい、死した屍が還った土より新たな命が芽生える。それはこのテラも変わりない。自然の掟に従って生命が巡りゆくことに是非はなく、そうあることが当たり前のことなのだ。

 でも、とトワは思う。未だ羽ばたけず、自らの腕の中にいる若鳥に意識を集中する。

 

「あなたも無事で良かったね――気を付けていってらっしゃい」

 

 トワの身体を通して星の力が若鳥を包む。たちどころに傷ついた翼は癒えて、急に痛みがなくなったのを不思議がるように若鳥は自身の翼の様子をしきりに確かめた。

 きっとこの若鳥は親の元を巣立って間もないのだろう。そこを外敵に襲われ、あわや早々に命を落としかけた。運が悪かったという言葉で片付けることは出来る。テラどころか、このオルタピアの森の中でさえそのような光景は幾らでも存在するに違いない。ありふれた悲劇は命の循環の一幕でしかないのだ。

 ただ、些細な偶然が失われゆく命を未来に繋いだのなら。それはきっと喜ぶべきことだ。いずれ潰えるものだとしても、ほんの一時の自己満足に過ぎなくとも、命を救うことに間違いはないと思う。

 若鳥が細く鳴く。礼を告げるようなそれを合図に、彼はトワの手から飛び立っていった。見上げた先であっという間に高く舞い上がり、その姿は森の向こうへと消えた。

 

「達者でいるといいが……また襲われる可能性もあるのだろう?」

「それが生きるっていうことだから。命を奪い、奪われるのも。こうして助け、助けられることも」

 

 この豊かな自然の中では残酷な命の奪い合いが繰り広げられている。けれど、それだけではない。こうして偶然から拾い上げることも、或いは共生関係を築くことによって助け合う命も存在する。他者と他者が複雑に絡み合い、一括りにできない万華鏡の様相を呈して生きている。

 人の社会の中では実感できない剥き出しの命のやり取り。文明から原初の自然へと放り出されたことでそれを強く意識する。魔獣も生きている。トワのそんな認識はミトスの民の力のみならず、こうした環境からも培われたのだとクロウたちは理解できた気がした。

 

「みししっ」

「ええと、なんて言っているんだい?」

「『まったく、世話の焼ける奴だったぜ』だって」

「お前も十分に世話の焼ける奴だよ」

 

 呆れた口調でクロウはみしーるの首根っこをつまみ上げる。まずは飼い主に心配をかけたこの珍獣を連れ帰るとしよう。生命の息吹が渦巻くこの地での実習はまだまだこれからだった。

 


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