永久の軌跡   作:お倉坊主

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第54話 帰郷

「全員集まっているわね。そんじゃ、ちゃっちゃと始めるわよ」

 

 オリヴァルトと言葉を交わし、共にこれからも特科クラスの設立に向けて尽力していくことを確かめた理事会より数日ばかり。試験実習班は毎月恒例にグラウンドで集合していた。実技教練の時間である。

 元は実習先で危険な事態に陥った時に備えてのものだったこの教練。今ではトワたちの成長の度合いを測るものに趣旨が変わってきている。有効な手段であるのは確かなので、おそらくは来年度以降も継続的に行われることだろう。

 

「つってもサラ、もうネタ切れじゃねえのか?」

「流石にタイマンでは教官が持たないでしょうしね」

 

 そんな実技教練だが、先月に二対一の形式では既にサラ教官を下す結果を残している。今まで越えられなかった壁に土を付けられたのは、四人にとって一つの目標を達したことを意味していた。

 現状に満足して歩みを止めるつもりは毛頭ない。とはいえ、これまでの実技教練は戦術殻の件を除けばサラ教官が相手を務めるのが通例だった。それを乗り越えた今、次は何をもって教練とするのか疑問を覚える。

 今度はタイマンで、というのも捻りが無いし、何より流石のサラ教官も四連戦は厳しい。それに風の噂で聞いた話もある。クロウはニヤッと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「聞いたぜ、この前の授業でトワに一本取られたんだってな。若いもんに追い抜かれた気分はどうよ」

「言ってくれるじゃない。あんただけ特別授業をしてやってもいいのよ……!」

「い、一本って言っても負け越しだったから。まだまだ追い抜けてなんていないよ」

「ふう……わざわざ煽るようなことを言うんだから」

 

 青筋を浮かべるサラ教官にトワが慌てて捕捉を入れる。本人はこんな認識であるが、実際それは過ぎた謙遜に当たるだろう。ハーメルの一件から精神的な成長を果たしたトワの剣は、更なる磨きがかかり次の位階へと踏み入りつつある。いわゆる達人クラス。サラ教官から取った一本は、その手前まで来ていることの証だ。

 といっても、それは当人の問題。外野のクロウが煽っていい理由にはならない。ジョルジュが呆れた様子で溜息を吐くこともむべなるかな。

 

「コホン……それはともかく、今日の教練は一味違うわよ。ちょうどおいでになったみたいだし」

 

 少しばかりカチンときたようだが、サラ教官も一から十まで相手をするほど大人気ないわけもなし。咳払い一つで軌道修正した彼女は意味深な言葉を合図に校舎方面に目を向ける。つられて同じ方へ視線を移すと、こちらへ向かってくる二人の人影を認めた。

 

「集まっているようじゃな、試験実習班の諸君。結構、結構」

「ふふ、こんにちは」

「学院長にベアトリクス教官……」

 

 グラウンドに姿を現したのはトールズにおけるツートップ。老体ながら鍛え上げられた筋骨隆々のヴァンダイク学院長、そして優し気ながら芯の強さを感じさせる保険医ベアトリクス教官である。ちなみに本来№2に当たるはずのハインリッヒ教頭が彼女に頭が上がらないことは、校内における公然の秘密だったりする。

 そんな両者のご登場に嫌な予感を覚える。サラ教官がどこか意地の悪い笑みを浮かべているのがそれに拍車をかけ、背中に冷や汗が流れた。

 

「お二人がご一緒にいらっしゃったのが偶然――なんてわけはないでしょうね」

「うむ、サラ君から手伝い(・・・)を頼まれてな。こうして足を運んだ次第じゃ」

 

アンゼリカの確認に予想通りと言えばその通りの答えが返ってくる。声の調子が普段より弾んでいるように聞こえるのは気のせいだろうか。勘弁願いたかった。

 

「あんたたちもそろそろ私じゃ物足りなくなってきたようだしね。今回はお二人に教練相手としてお越しいただいたわけよ」

「お話を聞くに、試験実習班の皆さんも随分と腕を上げたようですね。私も久々に腕が鳴るというものです」

 

 言って、にこやかな顔のまま導力ライフルを手に構えるベアトリクス教官。同じくしてヴァンダイク学院長も長大な斬馬刀を肩に担ぎ出す。なんとも恐ろしい光景だ。トワたちもそのまま突っ立っているわけにもいかず、応じるように武具を構える。

 

「その、学院長はともかくベアトリクス教官まで凄い気配を感じるんだけど……」

「かつては正規軍で《死人返し》と呼ばれた方だ。気を抜いたら、あっという間に保健室送りにされると思っておきたまえ」

 

 老骨と侮ることなかれ。機甲化以前の正規軍でその剛腕を振るったヴァンダイク学院長は言うに及ばず、ベアトリクス教官も前線を駆け巡り相手を物理的に黙らせたうえで治療したという逸話を持つ元大佐である。トールズにおいて最強の一角と見做して間違いない。

 ようやく壁を乗り越えたと思ったら、また降って湧いたように高い壁が立ちはだかってくる。サラ教官も大概スパルタだが、こうしてノリノリで引き受けているお二方も相当だ。裏返せば期待を寄せられているということかもしれないが、実際に教練を受ける立場からしたら頬を引き攣らせるほかにない。

 

「――分かりました。それなら、全力で挑ませてもらいます!」

「ったく、やるしかねえか……!」

 

 だがまあ、それも言ってしまえばいつものことだ。全身全霊を尽くし、眼前に立ち塞がるものを仲間と共に乗り越える。何が相手だろうとやることに変わりはない。

 

「その意気やよし――来るがよい、試験実習班の諸君!!」

 

 気合を入れ直し、怯むことなく相対したトワたちにヴァンダイク学院長は深い笑みを浮かべる。重厚な斬馬刀が軽々と振るわれ、後ろからはライフルが虎視眈々と狙いを付ける。かつて戦地に武勇を轟かせた古強者たちに成長の証を刻むべく、節目の実技教練の戦端がここに開かれた。

 

 

 

 

 

「ぬえああああっ!!」

 

 腹に響くような雄叫びと共に斬馬刀が振り下ろされる。障壁を展開して防いだジョルジュは、その重さに苦悶の表情が浮かぶ。数多の修羅場を潜り抜けて成長した彼だが、老練の剛剣はそれさえも叩き潰さん勢いだ。

 すかさずクロウの援護射撃がヴァンダイク学院長の追撃を阻む。続けざまにトワが斬り込み、間合いの内に入られるのを嫌った相手が横薙ぎに得物を振るう。互いに距離を取る形となり一端の仕切り直しとなった。

 常ならば懐に潜り込もうと試みたところだった。しかし、今は果敢な判断が命取りになり得る状況だ。ヴァンダイク学院長を前衛に、そのサポートとして後衛を務めるベアトリクス教官。隙あらば的確な狙撃が襲い掛かる上、こうして息を継がせてしまえば回復アーツがヴァンダイク学院長を削り切れなくする。

 単純なだけに厄介な布陣だ。先に後衛を潰そうとしてもヴァンダイク学院長の斬馬刀が易々とは通さない。その堅固な前衛を突破しようとしても狙撃が思うように攻めることを許さない。今はどうにか持ちこたえているが、先にこちらが崩されれば一気に勝負を付けられてしまうだろう。

 

「ふふ、なかなかどうして……血が滾ってきた!」

「学院長、あまり年甲斐もなくはしゃぎすぎないようお願いしますよ」

 

 あちらはまだまだ元気が有り余っている様子。トワたちが思っていた以上に実力をつけていることを感じ取ってか、ヴァンダイク学院長は風に聞く現役時の豪傑ぶりが顔を覗かせている。窘めてはいるものの、ベアトリクス教官が放つ研ぎ澄まされた気配も一線を退いた身とは思えなかった。

 

「揃って元気な爺さん婆さんだ。嫌になるぜ」

「同感だが、降参するわけにいくまい。サラ教官に得意な顔をされるのは業腹だろう」

「そりゃご尤も」

 

 そんな状況でもクロウとアンゼリカはいい度胸をしている。視界の端で頬を引き攣らせるサラ教官を見てみぬ振りしつつ、トワは改めて状況を見定める。

 まずベアトリクス教官をどうにかしなければ勝利は叶わない。堅牢な護りを誇るヴァンダイク学院長を如何にして突破するかが肝だ。長大な間合いの斬馬刀は易々と後ろに通すことを許さず、回り込もうにも接近を阻むライフルの狙撃も厄介極まりない。倒せずとも学院長の態勢を崩し、一気呵成にベアトリクス教官に仕掛けて趨勢を決めるのが妥当だろう。

 では、どうやって学院長の守りを崩すか。目算はついている。針に糸を通すような真似かもしれないが、やってできないことはないと思う。仲間たちはいつも通りに自分を信じてくれている。なら、自分もいつも通りに信じるだけのこと。やれると思う理由などそれだけで十分だ。

 

「アンちゃん、私と合わせて! クロウ君とジョルジュ君は援護をお願い!」

「承知!」

 

 戦術リンクがトワのイメージを三人に共有する。面白い、乗った。打てば響くように応じたアンゼリカと共に駆け出し、クロウとジョルジュがアーツを駆動する。仕掛けてきた彼女たちにヴァンダイク学院長らも迎撃の構えを取った。

 

「そう易々とは……む」

「それはこっちの台詞ですよ!」

 

 妨害の手を打とうとしてくるベアトリクス教官はクロウとジョルジュが抑える。拳銃の射程はライフルに劣り、現役時代の経験からアーツへも卒なく対処されてしまう。それでも一時は支援の手を止めさせることに意味がある。

 

 トワがヴァンダイク学院長に迫る。得物は大振りながらも、その剣捌きは決して容易く掻い潜れるものではない。斬馬刀を躱しても頑強な肉体そのもので距離を突き放してくるのも怖いところ。だが、そこに突破口を開かなければ勝利は望めない。

 間合いに踏み込む。間髪置かずして轟風を伴って襲い来る横薙ぎ。跳んで躱し斬りかかるも、相手も然るもの。屈んで外され、肩からの体当たりが斬馬刀の間合いへと押し戻す。流れるように振り下ろされた大上段を受け流すが、その威力は手を痺れさせた。

 学院最強の名は伊達ではない。いくらトワが強くなったとはいえ、まだその領域に至るのは先のこと。渡り合うことは出来ても押され気味になるのは避けられない。

 

「儂の斬馬刀をこうも捌くか。これだから若者は……!」

 

 しかし、トワは踏みとどまって見せる。押し切られてなどやるものか。圧倒的な膂力から繰り出される剛剣を見切り、躱し、受け流す。

 学院最強がどうした。今までにもっと強い相手と戦ったことだってある。重さは同等であっても、アルゼイド子爵の方が速く鋭かった。ドミニクが変じた悪魔の雷の方が圧倒的な暴力を誇っていた。剣で上回られようとも、意思は決して挫かれない。

 勝利を諦めない。ひたむきに剣筋を追い続け、今この時に吸収し自身の動きを最適化させていく。

 故にこそ、待ち続けた好機を掴んだのは必然だった。

 

「っ、そこぉっ!!」

 

 振り下ろしからの切り上げ、連撃を弾いた瞬間にそれは訪れた。弾かれた得物にヴァンダイク学院長の態勢が僅かに乱れる。ほんの少しの、斬り込む猶予さえあるか分からない程度の揺らぎ。そこに見出した勝機にトワは迷うことなく踏み込む。

 剣を振るうのは間に合わない。突き出すは掌底。最小最短の動作で繰り出されたそれは確かにヴァンダイク学院長を捉えるも、頑健な肉体を崩すには到底至らないと思われる。

 

「ぐ、ぬっ……!?」

 

 だが、それは打ち倒すことを狙ったものではなく小細工の一手。トワの内に流れる星の力を束ね、掌底と共にヴァンダイク学院長の身へと叩き込む。鍛え上げられた肉体といえど、突如として浸透してきた異物を無視することなどできない。避けられない反応として彼は麻痺したかのように動きを硬直させる。

 動きが止まるのはほんの一時ばかり。十分だ。堅牢な護りを抜き去るのに多くのものは要しない。機を見計らい、練り上げた功夫による必倒の一撃が牙を剥く。

 

「アンちゃん!」

「ああ、お見舞いさせていただく!!」

 

 アンゼリカの零勁が、駄目押しにトワの当身がヴァンダイク学院長を直撃した。狙い澄まされた双撃に筋骨隆々を体現した肉体も踏みとどまることは適わない。麻痺が斬馬刀を地に突き立てるのを遅らせ、巨躯が砂埃を上げてグラウンドを押し流される。

 

「よっしゃ! 出番だ、ジョルジュ!」

「任せてくれ!」

 

 道は開けた。瞠目するベアトリクス教官とサラ教官を置き去りに、四人は一糸乱れることなく次を狙う。この時を待ち構えていたジョルジュの機械槌が火を噴き、最短の突破口をベアトリクス教官目掛けて突貫する。咄嗟の迎撃は障壁で防がれ、迫る質量に珍しく彼女は苦い顔を浮かべた。

 

 均衡は破られた。引き寄せたこの流れを逃すわけにはいかない。奮戦するトワたち、対するヴァンダイク学院長らも更に闘気を滾せる。

 激化の一途をたどる若者と古強者の一戦。もはや実技教練の範疇に収まり切らなくなってきた激闘。教官として、武人として、サラ教官は確とその様を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「はっはっは、見事じゃ! やはり若さには敵わんものよ」

「散々暴れといてよく言うぜ……」

「はあ……はあ……し、暫く立てないかも……」

 

 結果を述べれば、トワたちは辛うじて勝利を手にしていた。

 とはいえ、辛勝も辛勝。陣形を打ち崩しベアトリクス教官に膝をつかせたところまでは良かったが、そこからヴァンダイク学院長の粘りが凄まじかった。老体に似つかわしくない体力は四人に持久戦を余儀なくし、消耗する中でアンゼリカとジョルジュが脱落。最後は気力だけで剣を握っていた泥沼の戦いの結果である。

 だというのに件の相手はすくりと立ち上がるや闊達に笑っている始末。こちらは立つこともままならないというのに。これでは勝った気になるのも難しいではないか。

 

 一方、サラ教官やヴァンダイク学院長らは内心で感嘆していた。本当なら勝ちを譲る気などなかった。サラ教官を上回った今、もう一段上の壁としてヴァンダイク学院長とベアトリクス教官は立ち塞がったのだから。いくら成長著しいとはいえ、年内は相手を務められる想定だった。

 それを試験実習班は一度の手合わせで乗り越えていった。手は抜いていない。むしろ叩き潰す心算で臨んだ。それで尚こちらの予想を覆してきたのなら認める他にないだろう。トールズにおいて、この四人はもはや並ぶもののない存在だ。今後の伸びしろを考慮したら楽しみでもあり末恐ろしくもある。

 尤も、表立って口にするつもりはない。表面上だけでも余裕ぶって見せた方が彼女たちの奮起に繋がるだろう。先立ちとしての細やかな意地だ。

 

「しかし、負けっ放しというのも性に合わん。サラ君、折を見て鍛錬に付き合わんか?」

「お、お手柔らかにお願いします……あは、あはは」

 

 ヴァンダイク学院長はそれはそれとして負けたままというのは我慢ならない様子。老境に入りながらもその上昇志向は見習うべきところだ。苛烈を極めるのが想像に容易い鍛錬に参加することになったサラ教官には合掌である。

 ナイトハルト教官あたりを道ずれに巻き込もう。頬が引き攣る心中でろくでもない決心を固めるサラ教官。このご老人を相手にマンツーマンは彼女でも厳しかった。

 

「ふう、お元気なのは結構ですが、あまり無理をなさらないでくださいよ。さあ皆さん、手当てをしますのでお並びに」

 

 元気が有り余っているヴァンダイク学院長に苦言を零したところで、ベアトリクス教官は保険医の本分に取り掛かる。揃ってぐったりしている試験実習班に応急処置の回復アーツが施される。消耗した体力まで取り戻すのは難しい。しかしながら、どうにか立って話せる程度には効果があった。

 いつもに増してボロボロの四人。まったくひどい目に遭った。今日のところはもう帰ってベッドに飛び込みたいくらいだが、生憎と自分たちにとっての本題はこれからだというのは承知している。今月の実習地の発表。過去最難関の教練を突破したからには、勿体ぶらずにさっさと教えてほしいところだ。

 疲れから口を開くのも億劫ながら、その無言の訴えは幸いにも聞き届けられた。学院長との鍛錬の話を切り上げたかったサラ教官が飛びついたとも言う。コホン、わざとらしく前置いて本題へと切り替える。

 

「それじゃあ今月の試験実習だけど……っと、その前に言っておくことがあったわね」

「はあ、何でしょう……?」

「嫌そうな顔するんじゃないわよ、そんな難しいことじゃないから。来月は学院祭があるから実習は行わないって話」

 

 すわ、また面倒事か。経験則から身構えるトワたちにサラ教官は肩を竦める。その口から伝えられたのは、確かに当然と言えば当然の単純な事実であった。

 学院祭はトールズをあげての一大イベント。そんな中で試験実習を行うのは学院側としてもトワたちとしても難しい。間を空けるのが妥当な判断だ。

 

「年に一度の学院祭ですからね。精一杯に取り組み、楽しまないと勿体ないですよ」

「よって、此度の試験実習は一つの区切りとなる。言うまでもないかもしれんが、この節目を善き結果で終えられるよう奮起してもらいたい」

 

 付け加えられる捕捉になるほどと頷く。そういうことなら実技教練の異様な難易度にも納得できないこともない。節目を迎えるにあたっての試練だったというわけだ。流石にスパルタに過ぎるのではと思わずにはいられないが。

 ただ、区切りの実習とはいえ特別に構える必要はないと思う。いつも通りに真剣に取り組んで、いつも通りに皆で無事に帰ってくればそれでいい。そうして自分たちは歩んで成長してきたのだから。節目だからと気負う必要はないだろう。

 

「じゃあ改めて実習地を発表するわよ。回した、回した」

 

 有角の獅子紋が入った封筒が回される。さあ、今回はどこに赴くことになるのだろう。示し合わせたように封を開き、中身を改める。

 

「お……?」

「ほう、これは」

「まさか、こんな機会が訪れるなんてね」

 

 目にした反応はそれぞれだった。覚えのあるその名にまず目を疑い、事実を認めるや沸き立つ興味に笑みが浮かび、偶然にしては出来すぎな巡り合わせに苦笑を浮かべる。

 

「――――」

 

 そして、誰よりも顕著であったのは他ならないトワ自身だった。

 いずれその時が訪れるとは思っていた。けれど、これは不意打ちだ。まさかこんな前触れもなく来るとは思っていなかっただけに、彼女は呆けたように視線を釘付けたままになってしまう。

 

「期間は特例の四日間。流石に長いけど、せっかくの先生の誘い(・・・・・)だし遠方の実習地の練習台にさせてもらったわ」

 

 サラ教官の声も今は遠くから響いてくるようだ。でも、そうか。そういう経緯なら理解が及ぶ。同時に、自分の予感が的外れではないことも。

 

「帝国最西南端、シエンシア多島海の《残され島》――里帰りがてら案内頼んだわよ、トワ」

「――はい、任せてください」

 

 サラ教官の声に応じる。普段の笑みを浮かべて、胸の内に渦巻く気持ちに蓋をして。

 いつも通りにやればいい。先ほどの内心をトワは撤回した。

 この実習はきっと、自分にとって特別なものになる。試験実習そのものにしても、自身にとっても様々な意味で節目となることを予感して。トワは突如の帰郷を神妙な心地で受け止めるのであった。

 


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