永久の軌跡   作:お倉坊主

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少しばかりバタバタしていて久しぶりの投稿になってしまいました。残念ながらGWも仕事なのでペースは上がらないと思いますが、気長にお付き合いいただけたら嬉しいです。


第53話 未来の可能性

「儂もトールズの学院長となって長いが……これほどの人物が一堂に会したのは初めてだ。すこしばかり緊張してしまいますな」

 

 本校舎一階、会議室。そこに集った面々の前でヴァンダイク学院長が口火を切った。

 一同はそれを当たり前のように冗談として受け取った。錚々たる顔ぶれが集まっているのは確かだが、学院長も帝国正規軍名誉元帥その人である。今更これくらいのことで緊張するなど冗談以外の何物でもないだろう。

 といっても、理事会が始まる前に些か空気が硬くなっていたのは事実。それぞれの立場を考えたら自然なことではある。それを少しでも緩和する意味で、学院長の一言は効果覿面と言えた。

 

「はは、学院長のありがたいお言葉を頂いたところで、そろそろ始めるとしようか」

 

 トールズの理事長にして、この場を作り出した張本人であるオリヴァルト皇子が朗らかに告げる。新たな試みの基盤を築くべく招請し、そして集ってくれた三人の理事に向けてまずは一礼した。

 

「始めに、改めて私の願いに応えてくれたことに感謝を。それぞれ忙しい立場にも関わらず、こうして一堂に会せたことを嬉しく思う」

「過度な礼は無用と言うものですわ、殿下。あなたの試みに利があると考えた。だからこそ、こうして理事の任をお引き受けしたのですから。私にしても、おそらくお二方にしても」

「そうですな。そもそも大帝所縁の学院理事に招かれるのは個人としても名誉なこと。我々の方こそ、殿下にお声掛けしていただいたことを感謝しています」

 

 我ながら無茶な人選だとは思っていた。それが三人とも承諾してくれるとは、オリヴァルトにとっても望外の結果だったと言えよう。再三にわたって感謝を示したくもなる。

 対する理事たちの反応はそれぞれだ。イリーナ会長はあくまでビジネスライクに、レーグニッツ知事は穏やかに礼を返す。色は違えど卒のない対応。だが、言葉の裏にはそれ以上の思惑があることも間違いないだろう。

 

「私たちはあなたの思い描く未来が面白いと思った。ただ、それだけのことです。なればこそ、その対価は将来に自然と払われることになりましょう」

「――ああ、その通りだ」

 

 腹の内を完全に読むことは出来ない。その思惑を御しようなど不可能だ。

 だが、彼らの持つ《力》は間違いなく自らの試みにとって強い影響を与えることだろう。貴族、平民、そして軍需工業。帝国社会を構築する各要素の実力者たちは、必ずや若者たちに学びと考える機会をもたらすに違いない。それぞれが手綱を握れないほどに強力だからこそ、偏りなく、より鮮烈に。

 各々の理事に思惑があるように、オリヴァルトにも彼らをこの場に集めた目的がある。その第一段階は既に達せられた。後はこの強烈な個性の持ち主たちを理事長として纏めるのが自身の役目である。

 

「では、若者たちの未来のために新たな理事会の一歩を踏み出すとしよう」

 

 容易くことが運ぶことはないだろうが、望むところだ。この状況は自らが作り出したもの。乗り越えられなければいい笑いものになってしまう。

 ――それに、これくらいのことで音を上げていては彼に手を届かせるなど夢のまた夢なのだから。

 

 

 

 

 

「次の議題となりますが……学院への導力端末の導入及びカリキュラムへの追加ですな。資料の通り、前理事会から検討が進んでおり予算にも目途がついております」

 

 この新たな理事会が発足した主眼は周知の事実であるが、それはそれとして学院運営にはその他の要素も数多くある。ヴァンダイク学院長の進行のもと、粛々と議題が提示されては決議されていっていた。

 続いて上がってきたのは学院への新たな設備の導入に関するものだ。現在、クロスベル自治州で実験的に先行運用されている導力ネットワーク。通信のみならず様々なデータを情報端末経由でやり取りできる新技術である。

 将来的には各国でも普及していくと思われる導力端末。その扱いを先立って学び、習熟することで社会においてその技能を活かすことを目的とした導入案だ。学院長の言葉通り、前々から話は進んでおり、後は決裁を待つのみとなっていた。

 

「我が社でも試験的に運用していますが、導力ネットワーク技術は各分野で幅広く取り入れられていくことでしょう。扱い方を学ぶ機会を設けるのは意義あることかと」

 

 エレボニアにおける技術関係のトップとも言える人物がこう言うのだ。先を見据えて学生たちに触れさせるのは正しい判断で間違いない。

 では、最新鋭の技術に関して誰が教えるのか。普通ならばそこで躓いてしまうだろうが、名門学院の名は飾りではない。以前は帝国科学院に勤めていた導力学のマカロフ教官なら問題なく指導できるだろうと目されており、本人も既にカリキュラムの構築を行っているところだ。

 

「コストが不安視されていたようですが、IBCから融資を受けられるというのなら反対する理由はありませんな」

「私も頑張った甲斐があるというものだ。ディーター総裁も個人的に面白い方だったし、いい結果になって何よりだよ」

 

 前理事会では導入の意義を認めならも、そのコストに足踏みしていた。将来的には見込みがあるとはいえ、現時点ではまだまだコストが割高なのは事実。教育の為に纏まった量を購入するとなれば気安く払える額ではない。

 しかし、そこはオリヴァルトの面目躍如といったところ。精力的に動いていたことで導入資金にも当てを付けていた。IBC――クロスベル国際銀行から融資を受けられることになったのは、偏に彼の働きがあったからだ。

 学院としてもメリットがあり、導入への障害も大半が解消されている。これで首を横に振る方が難しい。場の意見は一致していた。

 

「では、採決を。導力ネットワーク端末のカリキュラム導入を正式に決定するということでよろしいでしょうか」

 

 異議なし。ヴァンダイク学院長の裁可を問う声に、理事たちは異口同音に答えた。

 ここまで随分とスムーズに議題が進行してきた。理事会に割かれている時間から考えて早すぎるほどだ。その理由は、やはりこの場に集った面々の意思決定の迅速さに起因しているのだろう。一つの事物に余計なリソースを割かず、しかし適切な判断を敢然と下す。口で言うほど容易くないそれを、当然のように行える能力を彼らは持っている。

 だが、その迅速さは理事たちの間に明確な利害関係がなかったからこそでもある。学院の設備拡充について対立する理由などない。ただし、事が個々人の思惑が関わるものになると話は変わってくる。

 

「さて……最後の議題です。来年度より発足する特科クラス、その特別実習の運用について仔細を決めたいと思います」

 

 例えば、まさに理事たちがこの場に集うことになった理由に関するものであるとか。

 三人の目に油断ならない光が宿る。オリヴァルトは場の空気が変わったことを如実に感じ取った。

 

「現段階の試験実習では、殿下や学院長らの判断によるもの。来年度の特別実習では、より効果的な学び(・・・・・・・・)のために理事の判断に委ねる――そのお話に変わりはありませんか、殿下?」

「その通りだ。実習地の選定についてはあなた方の判断に任せたいと思う」

 

 ルーファスからの確認に頷きを返す。理事への就任にあたっての要望を反故にする気はなかった。

 特科クラスの目玉はやはり特別実習にある。その実習地の選定は大きな影響を与えることだろう。理事たちの思惑は分からないが、帝国の未来を担う若者たちを自身に利するよう導こうとするなら――実習地にもその狙いが反映されてくると思われる。

 

「最初から帝都や州都のような大都市は難しいでしょう。まずはケルディックのような町から始めるのが適当かと」

「私もそれに異議はない。問題はそれ以降のことだが……」

「……順回り、というのはフェアではないでしょうね」

 

 何事も第一印象というのは大切だ。後から認識が変わることもあるが、一度定まったものを覆すには相応の出来事がなければいけない。それが悪印象なら尚更だ。

 革新派と貴族派の対立。個人の意思はともかく、レーグニッツ知事とルーファスはそれぞれの派閥を代理する立場と言って差し支えない。もし、相手が自分たちに不利益になるよう働きかけたら――絶対の否定はできない以上、互いに先手は譲るわけにはいかなくなる。

 イリーナ会長は外野に立っているようにも思えるが、彼女は彼女なりの思惑があるはず。派閥間の睨み合いに埋没させず、むしろ間隙を縫って自らの考えを通す構えかもしれない。

 理事たちはいずれも理知的な人物だ。がなり立てるような真似はしない。表面的には穏やかな、しかし水面下では腹の内を探り合いが続く。この分だと決着には時間が掛かることだろう。

 

「一つ、提案させてもらっていいだろうか」

 

 こうなることは予測できていた。いずれは妥協点を見つけて折り合いをつけるだろう、とも。

 しかし、それを座して待ち続ける必要などない。三人の間で競合が発生する状況こそ、まさに理事長たるオリヴァルトが介入する好機。自身が望む流れへと運ぶため、彼はここで手札を切る。

 

「なにも一度の実習で一つの場所にしか行けないということもないだろう。こちらの資料に目を通してほしい」

 

 それを合図にヴァンダイク学院長から配布される資料。理事たちは疑問を感じつつも、それに目を通してオリヴァルトの狙いを察した。

 

「試験実習班のレポート……帝都での経験をもとに、二班での運用が適当としていますね」

「しかし、他の実習地では現状の人員でも十分。人手も多すぎては小回りが利かなくなってしまう」

 

 今までに赴いた実習地の中でも随一の大都市だった帝都ヘイムダル。街区を巡るだけでも一苦労だった経験から、トワたちは複数班に分かれて行動した方がよいと結論付けていた。

 ただし、それはヘイムダルに限った話。それ以外の実習地では今の人数でも十分だった。むしろ下手に増やしてしまえば、実習活動に支障が出ることが考えられた。州都くらいの規模ならまだしも、ケルディックやパルムのような町では確実に影響が出るだろう。

 おおよそ四人から六人。実習における行動単位はその程度が適切だろう――これまでの試験実習での体感から、彼女たちはそうレポートで報告している。つまるところ、試験実習班より人員が増える特科クラスを実習に送り出すに際して、何かしらの方策を考える必要があった。

 

「簡単な話だ。二つの実習地に班を分散し、それぞれに学んだことを総括し共有する……そうした運用体制にすることで、あなた方としても折り合いをつけやすくなるのではないかな?」

 

 オリヴァルトとしてもいずれかに偏った価値観が醸成されるのは避けたい。それぞれの班が異なる実習地で異なることを学び、感じたことや思ったことを特科クラス全体の糧とする。そうして帝国の実情を理解し、自分たちがどうするか考えることが望ましかった。

 実習地が二つ選べるようになれば、理事たちも意見調整が幾分か容易になる。結果として、それはオリヴァルトの目論見通りになるということなのだが。一を聞いて十を理解した彼らは苦笑交じりの表情とならざるを得なかった。

 

「殿下もお人が悪い。初めからそのつもりなら、そう仰ってくださればよいものを」

「私に真正面から話を通す自信などないからね。これくらいの小細工は許してくれたまえよ」

 

 やれやれ、とでも言いたげに肩が竦められる。反対の声はなかった。

 その後も細かな調整や懸念事項について議論が続いたが、これといった問題は発生せず――此度の理事会は、概ねオリヴァルトにとって成功裏と言えるうちに終了した。

 飄々としながらも確固とした理念を持ち、それを体現するために有力者相手にも物怖じせずに纏め上げる。それは皇帝家の祖、調停者アルノールの逸話を思い起こさせるもので。かつての教え子の成長ぶりにヴァンダイク学院長は人知れず笑みを浮かべているのであった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「二度も呼び出す形になって悪いわね。殿下ならこの中でお待ちよ」

 

 放課後、改めてサラ教官から呼び出されたトワたちは教官室隣の会議室の前に集まっていた。三人の理事たちは既にトリスタを後にしている。軽く挨拶を交わしたが、どうやら今回の理事会はつつがなく終了したらしい。立場の異なる面々は終始和やかな様子に見えた。

 一方、理事長たるオリヴァルトはまだ学院内に残っていた。最初に出迎えた時の言葉通り、トワたち試験実習班と話す時間を持つためだ。忙しい身だろうに、自分たちに時間を割いてもらうと思うと恐縮する思いである。

 

「うーん……さっきは突然のことだったけど、いざ皇族の方と会うとなると緊張するな」

「どうだかな。あの様子からして、どうも軽いタイプに見えたが」

 

 僅かな時間の初対面の様相を思い返し、クロウが人となりに当たりを付ける。まあ、確かに厳格とは程遠そうな人ではあった。こちらもそこまで硬くなる必要はないかもしれない。

 

「あんまり待たせたら悪いし、そろそろ行こうか」

 

 兎にも角にも、こうして扉の前で逡巡していては時間の無駄にしかならない。先頭に立ったトワが促すと、三人も頷きを返す。いざご対面と行こう。

 丁重にノックすると間を置かずして帰ってくる「入ってくれたまえ」という声。失礼いたします、と前置いて扉を開ける。

 

 途端、軽やかなリュートの音色がトワたちを迎え入れた。

 

 改めての挨拶だとか、お時間を割いて下さりありがとうございますだとか、頭に思い浮かべていた口上が突然のことに立ち消えてしまう。面食らって緊張とは別の理由で固まる四人の前には、確かに紅いリムジンから降り立ってきたのと同一人物がリュートを携えている。隣に眉間を抑える軍人を添えて。白く輝く歯をのぞかせた彼は、満面の笑みと共に彼女たちを歓迎した。

 

「足を運んでくれてありがとう、諸君。改めて名乗らせてもらおう――そう、皇族というのはただの肩書。漂泊の詩人にして愛の伝道者、オリヴァルト・ライゼ・アルノールとは僕のことさ!」

 

 自前で効果音を入れながら意味の分からない名乗りを上げるオリヴァルト。そんな彼を目にしてトワは理解する。この人、これが素なんだと。

 沈黙の間が数秒ばかり。背中の仲間たちに目配せして意思疎通した彼女は、返答として頭を下げた。

 

「ごめんなさい、部屋を間違えたみたいです。失礼いたしました」

「え」

 

 ばたん、と巻き戻すかのように閉じられる扉。無情にも取り残されたオリヴァルトは呆然とそれを見つめる。

 

「……ちょ、ちょっと順応するのが早すぎやしないかい!? おーい、待ってくださーい!」

 

 間を置いて響いてきた慌てた声に、してやった形のトワたちは含み笑いを零す。この面々、つくづく肝が据わっているというか怖いもの知らずである。どこか世間ずれした離島出身の少女が原因だろうと思い当たるだけに、サラ教官は頭が痛くなる思いであった。

 

 

 

 

 

「いやぁ、ものの見事にカウンター喰らうとはね。流石はシグナさんの姪御さんだ」

「うーん……伯父さんが関係あるかは分かりませんけど、殿下はそういう方がお好みかと思いまして」

「思ってもやらないわよ、普通……」

 

 仕切り直してようやく対座したトワたちとオリヴァルト。先の寸劇からサラ教官より白眼視が向けられるも、殿下が楽しそうに笑っているから問題ないのではと思うあたり改善の兆しは皆無である。尚、他の三人の言い分は「ノリと勢いでやった」とのこと。完全に毒されていた。

 何はともあれ、時間には限りがあるのも事実。ちょっとした――人によってはひっくり返りそうな――無礼の話は脇に置いて、そろそろ本題に入ることにする。

 

「色々と慌ただしくて遅まきになってしまったが……君たちが試験実習班の話を引き受けてくれたこと、改めて礼を言わせてもらいたい」

「勿体ないお言葉。しかし、私たちもそこにメリットや興味を抱いてのことです。わざわざお礼を頂くほどのことでは……そこの男は成績の目こぼし狙いでしたし」

 

 確かに試験実習班の活動で有益なデータが得られたのは事実だ。トワたちからの報告が来年度の特別実習に反映されるに足るものだったことは自負するところでもある。

 しかし、試験実習班への参加を決めたのはそんなに高尚な理由があってのことではない。トワは実習先で見聞を広める目的で、クロウは半ば仕方なくの成績目当て、アンゼリカは気になる女の子の追っかけで、ジョルジュはARCUSのことを気に掛けて。それぞれ個人的な理由が大部分を占めている。スチャラカでも皇族から直々に礼を言われるのは気が引けた。

 

「確かに最初はそうだったかもしれないだろう。だが、君たちは実習の中でまさに特科クラスの意義を体現してくれた。それについては胸を張り、誇ってくれていい」

 

 そう言ってくれるのはオリヴァルトの懐刀、ミュラー・ヴァンダール少佐。主とは正反対に厳格そうな彼の面立ちには、確かにトワたちを称賛する笑みが浮かんでいた。

 

「実習で遭遇した数々の問題もそうだが、何よりも先月のパルムでの――ハーメルの一件について、僕は心から君たちに感謝したい」

「あ……」

 

 ハーメルに関する一連の出来事は正式には報告していない。元より国家機密に類すること。実習中に何があったのか知り得ているのは、学院内ではヴァンダイク学院長にサラ教官くらいだろう。

 だが、その更に上の人物。特科クラスの発起人であり、皇族としてハーメルのことも知っていただろうオリヴァルトなら仔細を伝え聞いていても不思議ではない。だから彼の口からその名が出てきたことは納得できた。

 

「このエレボニアという巨大な国には、様々な思惑と因縁が渦巻いている。時としてそれは闇を生み出し、語られることの無い悲劇を引き起こしてきた」

 

 オリヴァルトの憂いの言葉には心当たるものがあった。ハーメルを襲った悲劇は勿論のこと、今までの実習の中でその片鱗は目にしてきたのだから。貴族の横暴により路頭に迷いかけていた家族、急激な革新によって居場所を失った人々。事の是非はともあれ、この国の影には人知れぬ悲しみと失われる命があるのは確かだ。

 

「今回、君たちはその大きな闇と相対し――見事に乗り越えてくれた。残酷な現実を前にしても希望を失わず、自分たちの意思で憎悪の連鎖を断ち切ってくれたのだと僕は確信している」

 

 特科クラスの意義。それはエレボニアという国の現実を知り、その上で自らがどうするべきか考えること。

 オリヴァルトはトワのミトスの民としての苦悩までは把握していない。それでも彼女たちがかつてない危機的状況に立ち向かい、帝国に巣食う暗闇の一つを確かな意思をもって打破してみせたのだと察することは出来た。

 それは光明だ。狂乱など必要ない。人は、そんなものがなくても誇り高く生きていくことが出来る。信ずる理想を、特科クラスに託す想いを、トワたちは見事に体現してくれてみせた。その喜びを是非とも感謝の言葉として伝えたくてオリヴァルトはこの時間を作ったのだ。

 

「だから、ありがとう。皇族として、理事長として、エレボニアに生きる一人の人間として感謝したい」

「……過分なお言葉、ありがたく思います。けれど殿下、お礼を申し上げたいのは私たちも同じです」

 

 思わぬ言葉に目を瞬かせるオリヴァルトにトワは言葉を続ける。彼には彼なりの目的なり望みがあって、特科クラスの構想を立てたのかもしれない。しかし、その実現の一助となった自分たち、試験実習班の一員で在れたからこそ得られたものがあったと思うから。

 

「四人でぶつかり合って、何度も難しい事態に直面して、それでも一歩ずつ皆で進んでいって……私たちは掛け替えのないものを手にすることが出来ました」

 

 もし試験実習班に参加せず、普通の一学生として過ごしていたら。きっとトワは未だにミトスの民として答えを見いだせず、誰かに打ち明けることさえ出来ずにいただろう。様々な場所、そこに生きる人々を知り、そして仲間たちと共に歩んできたからこそ得た答えなのだから。

 それはクロウにアンゼリカ、ジョルジュも同じこと。苦難が伴う道であったことは確かだ。だが、それ以上に得るものがあったのは四人の誰しもが否定はしない。

 

「ま、おかげさんで退屈しない毎日なのは確かだな」

「また捻くれたことを。己を省みる機会に恵まれたのは同じだろうに」

「でも、試験実習班に参加して本当に良かったよ。最初は成り行きみたいだったけど、今は心からそう思える」

 

 抱えていた影や迷い、苦悩。仲間たちと困難に立ち向かう中でいつしかそれは昇華され、今の自分たちを形作る糧となった。武力という意味に限らず、自分たちは強くなることが出来た。

 

「そうして成長することが出来たのは、間違いなく試験実習班という《足場》があったから。だから、ありがとうございます」

 

 しばし反応を忘れるオリヴァルト。その真摯な感謝の言葉を噛み締めるにつれ、彼の口元は笑みを描いていく。それはサラ教官も、ミュラー少佐も同じことだった。

 まったく嬉しいことを言ってくれる。大変な目に遭ってきたし、必要とはいえ負担をかけてきてしまったと思っていた。だが、それ以上に得るものがあったのだと言ってくれるのなら、この試みを始めたものとしてこれ以上に喜ばしいことはない。

 

「そう言ってもらえるなら、この試みは間違いではなかったと自信が持てるよ。本番は来年度――未来の後輩たち、その可能性を育む《足場》を整えるためにも、これからもよろしく頼む」

「はいっ! こちらこそよろしくお願い致します」

 

 特科クラス実現の道はまだ半ば。峠は越えたと言えど、やるべきことは未だに数多くある。自分たちの成長の土台となったそれを、より洗練させて後輩たちへと受け継がせるために。オリヴァルトとトワは固い握手を交わし、その心を新たにするのだった。

 


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