永久の軌跡   作:お倉坊主

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トワたちの一年生編もいよいよ大詰めに入ってきました。学院祭前の最後の実習地がどこになるかは……おそらく多くの人は予想がついていることでしょう。
ご期待に沿えるよう頑張っていきます。


第52話 理事会

 九月。汗ばむ夏の暑さが遠ざかり、残暑も直に去ろうかという頃。

 来月に控えた学院祭に向け、トールズでは各クラスにおける準備が本格化していた。演劇にゲーム関連の催し、飲食の提供など。それぞれ決定した出し物へ皆の意識が向いている。二年生は有志で武術大会なるものを開催するらしく、裏方として一年生をサポートしながらも楽しんでやっているようだ。

 勿論、それはトワが所属するⅣ組においても例外ではない。クラスにおける目下の話題は出し物の準備について。授業の合間の僅かな休み時間も、皆で顔を突き合わせて少しでも準備を進めるほど気合が入っていた。

 

「ぶふっ! や、ヤバいわロギンス。それ凄い似合ってる……!」

「た、確かにね。君の強面といい感じに中和されて……くくっ」

「思いっきり笑ってんじゃねえか!? 仕方なく着てやったらいい気になりやがって!」

 

 その過程において、何故にロギンスが熊の着ぐるみを纏う羽目になっているのか。気の抜けた顔の熊がデザインされたフードを被った彼に、トワは思わず口を押えるのだった。

 

 Ⅳ組で決まった学院祭の出し物は喫茶店。ただ、普通の喫茶店ではない。店員全員が着ぐるみを纏って接客するという着ぐるみ喫茶だ。いったい何がどうなったらそんな結論に至るのだろう。

 経緯はともあれ、決定した以上はその方針でクラスは動き出している。そうして見繕った着ぐるみの第一弾が熊ロギンスである。非常にシュールではあるが、彼にピッタリというのはトワも頷くところだ。ウケ狙いという意味で。

 

「くっそ、何で俺がこんな目に……」

「仕方ないだろう。厨房に立てないんだったら、必然的に接客に回ることになるんだから」

 

 ハイベルが告げる無情な現実にロギンスは閉口する。いつもだったら不機嫌な面持ちに人が離れていくところだが、今の恰好では微笑ましさすら感じられそうだった。

 そんな大きな熊さんを尻目に、トワはクラスメイトにあれこれと指示を飛ばすエミリーのもとへ。一頻りロギンスを笑った後は至極真面目に出し物の中心として取り仕切っている彼女。トワは手が空いた隙間を狙って声を掛けた。

 

「エミリーちゃん、私はどうしたらいいかな?」

「ええっと、そうね……向こうでメニューの案を取りまとめているから、そこに合流して。トワは料理のレパートリーも多いし、そこらへん期待しているわよ」

「ふふ、分かった。楽しみにしていてね」

 

 料理関係なら自分の得意分野だ。トワは指定された厨房班が集まる場所へと合流した。

 しかし、普段の彼女を知るならば疑問に思うところだろう。常ならばまとめ役の立ち位置にいることが多いのに、今回に限っては指示を受ける側に回っている。エミリーが向いていないというわけではないが、少しばかり不自然な光景だ。

 

 それというのも、トワたち試験実習班が先月に関わったハーメルの一件が関係している。ハイアームズ候の執り成しで禁足地への立ち入りは不問となったが、重要参考人として聴取を受ける立場には違いない。呼び出されては硬い空気の中で調書を取られることがここしばらく何度かあった。

 最近になって一段落したものの、忙しくしていた間に学院祭の話し合いは着々と進んでしまっていた。トワは生徒会として運営に携わっていることもあって、気付けばクラスの出し物に関しては出遅れてしまっていた。

 Ⅳ組に所属している以上、その成功の為に精一杯やろうという気持ちに嘘はない。しかし、流れに乗り遅れてしまったことでクラスメイトと熱意に差を感じるのも、また確かなのであった。

 

 

 

 

 

「うーん、やっぱりアンちゃんとかもそんな感じなんだ」

「まあね。役を貰ったからには微力を尽くさせてもらうが、いまいち流れに乗り切れないのが正直なところだよ」

 

 昼休み。いつも通りに技術部に集まった四人で各々のクラスの話をするも、トワが感じているものは仲間たちにも共通しているようだった。

 肩を竦めるアンゼリカのⅠ組は演劇を行うそうだが、自分の関わらないうちに決まったことが多くあるというのはモチベーションに響く。そうなったのはこちらの都合なので文句はない。とはいえ、周りと身の入り方が異なってくるのは仕方なかった。

 

「僕も似たようなものかな。色々と手助けできる部分はあるけど、自分から動けるものは少ないというか……」

 

 作業スペースでフレームの溶接をしていたジョルジュが顔を出す。時間の合間を縫っては技術部に集まり、着々と準備を進めた導力バイク製作は実機を作る最中だ。尤も、こうして四人が集まっていられるのもクラスの出し物の中核にいないからと言える。

 ジョルジュもその技術力を当てに頼られることはある。だが、それはクラスの皆が決めたものを形にする段階の話。アイデアを募る段階で席を外す羽目になっていたのは手痛い。

 

「折角の祭りだってのに、これじゃ面白みがねえ。俺たちで何かできないもんかね」

 

 乗り気になり切れないのはクロウも同じ。年に一度の学院祭、それも主役となれる一年生でこれは不味いだろう。自分たちで独自に動き出そうという提案はトワも賛成するところだ。

 

「何かと言っても、そう簡単に出来ることでもないの。ちゃんと考えないと」

「分かってるよ。だからこうして聞いているんだろうが」

 

 言うは易く行うは難し。ノイの言葉にクロウは渋い面になる。お節介で言葉数の多い彼女だが、言っていること自体は間違っていない。

 生半可な考えや準備でやろうとしても、自分たちの首を余計に絞める結果にしかならないだろう。生徒会所属のトワとしては、物によっては認可が必要な場合もあるだけにキチンと決めたうえでやりたいところだ。

 では、実際のところ何が出来るのだろうか。導力バイクの作業の手を止め、テーブルに着いた四人はあれこれと案を考え始める。

 

「少なくとも屋台などは選択肢から外れるだろう。それぞれ当日はやることがある。店番を務めるのは難しいに違いない」

「というより、常設する形のものは現実的じゃないかもね。僕たち全員が違うクラスで集まれる時間は限られている。ステージでの出し物なら大丈夫かもしれないけど……」

「ステージね……四人で寸劇をやるのも無理があるし、どうしたもんか」

 

 なんだかんだ揃って頭が回る面々だ。自分たちの置かれる状況を鑑みて、ある程度の方向性を考えるのにさして時間はかからない。問題はそこから具体的なプランを組めるかにあった。ステージ系といっても千差万別だが、四人で出来るものというと限られてくる。

 

「何をするかにもよるけど、あまり時間は取れないかも。ステージのタイムスケジュールはもう組まれちゃっているし」

 

 時間的な問題も無視できない。既に出遅れているからには他の出し物でステージが埋まっているのは当然のこと。Ⅰ組の演劇をはじめとして、講堂を使用するものは漏れなく生徒会へ申請済みだ。運営の工程管理を請け負っているトワは詳細を把握しているだけに、あまり余裕はないことを告げざるを得なかった。

 学院祭をやりがいのあるものにするためにも、試験実習班として何かやりたいのは確か。だが、考えてみると意外に障害は多いものだ。どうしたものかと彼女たちは首を捻る。

 

「難しいものだ。やるからには皆の注目を掻っ攫いたいところだが」

「そこまで出来るかは分からないけど……っと、誰か来たみたい。ノイ」

 

 そう簡単に妙案が浮かぶわけもなく議論は座礁する。そんな彼女たちのもとに近付いてくる気配があった。勘付いたトワに声掛けられ、ノイは「はいはい」といつも通りにアーツで姿を隠す。さほど時間を置かずして、ノックもなく無遠慮に技術部の扉が開かれた。

 

「あら、全員揃っているじゃない。探す手間が省けて良かったわ」

 

 姿を現したのはサラ教官。どうやらトワたちを探しに来たようだ。特に呼び出されるような心当たりはなかったが、四人はその口ぶりに自然と嫌な予感を抱いてしまう。

 ここしばらく七面倒な聴取を受けてきた身。ひとまずは落ち着いたものの、似たようなシチュエーションで呼び出しがあっただけに身構えてしまうものがある。これ以上時間を取られては敵わないとばかりにクロウが顔を顰めるのも無理はなかった。

 

「何の用だよ。面倒事はもう済んだはずだろうが」

「そっちじゃないわよ。ちょっとばかり顔を貸してほしいだけ」

「顔を貸すって……どこにですか?」

 

 想像していた案件とは違っていたようで何より。とはいえ、それはそれで疑問が浮かぶ。端的に告げられた用件にジョルジュが首を傾げる。

 

「もうじき学院の理事の方々が到着するの。あんた達も校門でお出迎えしてちょうだい」

 

 サラ教官の言葉に四人は揃って目を瞬かせる。内容は分かっても、その意味が理解できない。

 確かに今日は学院で理事会が開かれる予定とは聞いていた。SHRでトマス教官も口にしていたし、掲示板での事前の告知も目にしている。しかし、大多数の生徒にとってはあまり関係がないだけに関心は向けられていない。精々がお会いしたときに失礼がないよう心掛けるくらいだ。

 それがどうして自分たちが出迎えに呼び出されるのか。考えようにも理事との関りなど皆無。想像のしようがなく、トワは戸惑いを表する他になかった。

 

「それは構いませんけど……どうして私たちが?」

「まあ、ついてくれば分かるわよ。時間も無いし、ちゃっちゃと校門まで来なさい」

 

 相変わらず碌に疑問に答えもせず、サラ教官は言うだけ言って先に行ってしまう。きっと今回も面白がっているだけに違いない。こちらも色々と隠し事があるだけに、文句ばかり口にできないのが辛いところ。こればかりはお相子と諦めるしかないだろう。

 事情は判然としないが、出迎えとして指名されてしまったからには無視するわけにもいかない。示し合わせたようにため息を一つ零し、試験実習班の面々はサラ教官の後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 何だかよく分からないまま校門で待つこと十数分。あっ、とトワはそれと思しき客人の到来に声をあげた。

 トリスタからの坂を上がってくる導力リムジン。流石は名門校の理事を務める人物。きっと相応に地位のある人なのだろう。自分に深く関わりのない他人事と思っているだけに、トワはそんな呑気な感想を抱いていた。

 だが、それもリムジンから件の人物が降りてくるまでのこと。見覚えのあるその顔に、トワはポカンと間抜け面を晒してしまう。

 

「やあ、トワ君。それに試験実習班の諸君。暫くぶりだね」

「知事閣下……お、お久し振りです」

 

 カール・レーグニッツ帝都知事。五月の試験実習で面識を得た革新派の重鎮は和やかに再開の挨拶をした。慌てて挨拶を返しながらも、内心では混乱の渦中である。

 この場に彼が現れたということは、そういうことなのだろうが……はて、出会った時にそんなことを口にしていただろうか。

 

「あの……実習の時には学院の理事とは仰っていなかったと思いますが」

「ああ、受諾したのはその後のことだからね。驚かせてしまったかな?」

「……ええ、それはもう」

 

 アンゼリカが流し目を向けた先にはしたり顔のサラ教官が。なるほど、こういう目論見か。まんまと教え子たちが引っ掛かってくれてご満悦の様子。そんな彼女だったが、ふと視線を知事から別の方へ向けると打って変わって仏頂面を浮かべた。

 

「で、何であんたまでここにいるのよ?」

「何故、と聞かれましても。見ての通り知事閣下の護衛として随行しているのですが」

 

 あからさまな不満が込められた声に返されるのは平坦な冷たい答え。鉄道憲兵隊、クレア・リーヴェルト大尉はあくまで事務的な態度だった。

 遊撃士協会との関係で仲良くできないのは分かる。だからといって、顔を合わせる度にこうも険悪な雰囲気になられては堪ったものではない。もう少し何とかならないものだろうか。

 また嫌味の応酬でも始まるかもしれない。トワはどうにか仲裁できないものかと考えるが――予想に反して、今回はクレア大尉の方が声を和らげた。

 

「ただ、私的な用件もあってご一緒させてもらったのは確かです。魔獣事件についてトワさんたちにお礼を申し上げようと思いまして」

 

 その言葉に驚きと納得を得る。多忙であるのは間違いないはずなのに、そのためにわざわざ出向いてくるなんて。しかし、彼女の生真面目で律儀な性格から面と向かって伝えなければ気が済まなかったのも理解できた。

 

「結局、こちらではルーレ以降あまり手を回せませんでしたから。試験実習班の皆さん、遅ればせになりますが解決への尽力、ありがとうございました――トワさんも元気になられたようで何よりです」

「あはは……その件はご心配をおかけしまして」

 

 思えば、クレア大尉にはザクセン鉄鉱山で情けない姿を見せてしまって以来だ。どうやら気掛かりにしてもらっていたようで、ありがたくも申し訳ない気分である。

 ところがどっこい、話はそれだけで終わらないらしい。クレア大尉は「ですが」と言葉を続ける。

 

「相変わらず無茶をしているのは感心しませんね。聞けば、解決に際して機密(・・)に関わったとか。穏便に済んだからよいものの、本来であれば一学生が関与することではありません」

「お、仰る通りです……」

「まあ、その辺りは言い訳できないわな」

 

 どうやらクレア大尉も事情は把握しているらしい。ウォレス准将にも言われたことだが、帝国の暗部にまで首を突っ込んだ試験実習班――特にトワは彼女の中で特級の問題児扱いの様子。お説教に対して返す言葉もない。他人事のように言うクロウが恨めしかった。

 いったい誰が彼女を《氷の乙女》などと呼んだのか。これでは単なる世話焼きな年上のお姉さんである。くどくどと説教を続ける様子に軍人らしさは窺えない。

 やれ少しは自身を省みろだとか、やれそんなところばかり伯父に似るなだとか。放っておけば無限に湧き出てきそうな説教に終止符を打ったのは、傍らで微笑ましそうにしていたレーグニッツ知事であった。

 

「大尉、それくらいにしてあげるといい。こうして元気な姿が見られたんだ。経緯はともあれ、それ以上のことはないだろう」

「……承知しました。お騒がせして申し訳ありません」

 

 向けられる生温かい視線が気恥ずかしかったのか、やや頬を染めるクレア大尉。そんな彼女に尚更笑みを深めながらも、レーグニッツ知事はひとまず区切りをつける。

 

「今回の理事会では、これまでの君たちの活動も話題に上ることだろう。実り多き時間となるよう私も力を尽くさせてもらうよ」

 

 言って、彼はクレア大尉を伴って校舎内へと向かった。詳細は分からないが、理事会の議題は自分たちも無関係ではないらしい。既に今学年も半ば、そろそろ来年を見据えて学院も本格的に準備を始めるということなのだろうか。

 

「前々から予行演習にしちゃ豪勢な面子だと思っていたが……なるほどな、そういう趣向だったのなら納得だぜ」

「あら、気付いちゃった?」

「嫌でも気付きますよ、これは」

 

 以前から不思議に思っていたものだ。伝統ある学院とはいえ、その試験的な実習にどうして地位ある人々が多く関わってくるのだろうかと。レーグニッツ知事は間接的であったが、その他は現地責任者として直に関与してきた。

 その答えが今、目の前で示されたのだろう。試験実習にその後の理事就任、それらは決して無関係なものではない。

 であれば、後から続いてくる残りの理事の顔も想像がつく。二台目のリムジンが到着する。思い描いていた人物と降りてきた人物は、やはりというべきか一致していた。

 

「お久し振りです、イリーナ会長」

「ええ。出迎えご苦労様」

 

 RF会長、イリーナ・ラインフォルト。ここに姿を現したということは、彼女も学院の理事を引き受けた一人ということ。意味のない隠し事をする人とも思えず、やはり試験実習の後にその席に収まったのだろう。

 相変わらずやり手の経営者としての風格を漂わせている彼女。返した挨拶は素っ気ないものだが、続いた言葉は見るべきところを見ているからこそ出るものだった。

 

「戦術リンクシステムのデータ蓄積は順調のようね。おかげさまで二ヶ月以内には正式版ARCUSの生産に漕ぎつけそうよ」

「それは朗報ですね。私たちも汗水たらしてレポートを拵えてきた甲斐があるというものです」

「エプスタイン財団の方も目途がついたということですか……なんだか感慨深いな」

 

 ルーレの実習においてひとまずの完成を見た戦術リンクシステム。その後も運用データを継続してRFに送ってきたが、とうとうそれが形として実を結ぶ時が近付いているようだ。

 RFとエプスタイン財団の共同開発による新型戦術オーブメントARCUS。その生産の目途がついたということは、ハード面も完成が近いということだろう。トワたちが持つ従来のものに戦術リンクシステムを組み込んだプロトタイプ。それも間もなくお役御免になるわけだ。

 初期はその不安定さに苦労させられたが、今ではそれも自分たちが積み重ねてきた確かな糧と思える。試験実習班の大きな目的の一つでもあるだけに四人は、特にジョルジュは感じ入るところがあった。

 

「とはいえ、ロールアウトには正式版の運用データも必要になる。まだまだ貴方たちには頑張ってもらうわよ」

「はい、こちらこそお世話になります。シャロンさんも……シャロンさん?」

 

 イリーナ会長が学院理事に就任したということは、今後はより密接に関係してくるのだろう。RFとのやり取りも多くなっていくに違いない。流石に会長本人と連絡を取るようなことはないと思うが、より縁深くなるのは確かだ。

 だからこそ改めてイリーナ会長と良い関係であることを願い、その付き人である瀟洒なメイドとも言葉を交わそうとしたのだが……そこで先立って礼儀正しく挨拶してきそうな彼女の声を聞いていないことに気付く。

 

「「…………」」

 

 件のメイド、シャロンはサラ教官と相対していた。いつも通りにたおやかな笑みを浮かべているシャロン。無表情ながら目に険しい色が見えるサラ教官。ただならない空気にトワは何事かと困惑してしまう。

 

「どうも。一応確認したいのだけど……はじめまして、でいいのかしら?」

「ええ、お初にお目にかかります。ラインフォルト家のメイド、シャロン・クルーガーと申します。どうぞお見知りおきくださいませ、サラ・バレスタイン様(・・・・・・・・・・)

「あーら、これはどうもご丁寧に。流石にラインフォルトともなると優秀なメイドを雇っているみたいね。なんだか見覚えがあるのが気になるけれど」

「まあ、それは不思議ですわね。これも女神の思し召しということでしょうか」

 

 二人で「あはは」「うふふ」と意味深な笑みを向け合う様子は奇妙極まりない。どこか剣呑な雰囲気を感じることもあって、トワたちはとても間には入りたくなかった。

 イリーナ会長がため息を漏らす。呆れの色を滲ませながらも彼女は使用人に声を掛けた。

 

「そろそろ行くわよ、シャロン。戯れも程々にしておきなさい」

「これは失礼いたしました。ではサラ様、それにトワ様たちも。また後ほど」

 

 優美に一礼してイリーナ会長の後に続くシャロン。その後ろ姿を見つめるサラ教官の目は変わらずに険しいもの。校舎内に入っていくところまで見送ったところで、生徒としては彼女に声掛けざるを得なかった。

 

「サラ、別にあんたの人間関係にとやかく言う気はないけどよ……仮にも客に対して喧嘩ばかり売るのはどうかと思うぜ」

「クレア大尉とは仕方ない部分もあるとは思いますけれど……」

「シャロンさんにまで因縁つけることはないでしょう。狂犬じゃあるまいし」

 

 クレア大尉にシャロンと立て続けに喧嘩腰なサラ教官。立場の違いなり過去に何かあったりしたのかもしれないが、それはそれとして出迎える側の態度としては問題がある。普段奔放なのは構わないが、流石にそれはどうかと思った。

 教え子たちに苦言を呈されて当人は苦い顔。色々と思うところはあるようだが、やがては諦めたようにがっくりと肩を落とす。

 

「分かったわよ……まったく、何であの時の奴がこんなところに……」

 

 ぶつぶつと文句を垂れてはいるが、外聞に関わることなので仕方ないだろう。トールズの教官という立場にあるからには守るべき一線がある。いがみ合うにしても場所を選ぶべきだ。

 そうこうしている内に次なる来客が近付いてきていた。三台目ともなると新鮮味も薄れるリムジン。ただ、降り立った人物は先の二人とは全く異なる雰囲気を纏っている。

 

「久しいね、諸君。壮健そうで何より」

「お久し振りです。ルーファスさんもまたこうして会えたことを嬉しく思います」

 

 アルバレア公爵家の長子、ルーファス・アルバレア。以前の実習でも目にした貴公子然とした立ち居振る舞いは変わらず隙が無い。帝国の伝統を受け継ぐ由緒正しき貴族。まさにその鏡とでも言うべき姿は若さに見合わない完成されたものだ。

 何となく彼も来るだろうとは予想がついていた。だからこそこちらも礼儀正しく出迎えられたのだが、それが相手には少し残念だったらしい。

 

「どうやら当たりを付けられてしまった後のようだね。もう少し早くに来るべきだったかな?」

「お戯れを。初手からルーファスさんが来られては、こちらの心臓が持ちませんよ」

「ふふ、私見では君たちはそんな柔ではないと思うが……先月の実習でも随分と活躍したと聞く」

 

 思わずぎくりと身動ぎしてしまう。四大名門に連なる身、事件の概要くらいは知り得ていても不思議ではないが……どうしてか彼には、表面に留まらないことまで見透かされているような気がしてならなかった。

 トワに向けられる理知的な碧眼。そこには自身の深奥まで覗き込まんとされるような圧があった。考えすぎかもしれないが、時折ルーファスが漂わせる気配はあまり心臓によろしくない。

 ふっ、と笑みを浮かべる。圧が消えるのも、また突然だった。微笑した彼は執事を伴って校舎へと足を向ける。

 

「まあ、いいだろう。君たちのような優秀な生徒が在学する学院の理事となれたことを嬉しく思うよ。まだ見ぬ後輩たちのため、私も微力を振るわせてもらうとしよう」

 

 トワたちの横を過ぎていくルーファス。そこで彼は不意に立ち止まると、肩越しに「ああ、そういえば」と声掛けてくる。

 

「ブルーノ氏だが、今は屋敷でよく働いてくれている。一応、伝えさせてもらうよ」

 

 そう言い残すと、今度こそ校舎の中へと消えていく。短く端的なものであったが、それはトワたちにとって何よりの知らせだった。

 

「ユーシス君がいるし大丈夫とは思っていたけど……あの家族も元気にやっているみたいだね。なんだか安心したな」

「ったく、あの貴公子様も憎い真似してくれるぜ」

 

 バリアハート実習において、無実の罪で囚われかけていたところをエステルたちにユーシスと協力して助けた使用人の一家。ユーシスの執り成しでアルバレア邸に雇用されたとは知っていたが、無事にやっているようで改めてよかったと思う。

 こちらが喜びそうなポイントをよくよく理解しているというか、なんとも卒のない人である。学生の身ではあるものの、そうした会話術や駆け引きといった点においてルーファスは遠く先にいるように思えた。

 

「さて、と。理事のお三方はいらっしゃったし、後は理事長だけね」

 

 残すところはあと一人。その名を聞かずとも、トワたちはそれが誰か知っている。トールズ士官学院の理事長は古くからの習わしによって選ばれてきたのだから。

 面識はない。以前に一度、遠目に姿を見たことがあるくらいだ。立場のある人である上に、最近は多忙な毎日を過ごしている様子。風聞や雑誌を通してであっても、随分と精力的に動いているのは窺い知れた。

 そんな人が試験実習班と浅はかならない関係があることは承知している。他ならない彼の働きかけによって、自分たちは今ここにいるのだと。

 

「帝都知事にRF会長、公爵家の嫡子……よくもまあ、これだけの面子を集められたものだよ。特科クラスにかけるあの方の本気具合が窺える」

「俺たちも知らぬ間に一役買っていたみたいだけどな。不親切なこった」

「変に意識されたら駄目だから教えなかったんでしょうが。おかげで三人とも引き受けてくれたし結果オーライよ、結果オーライ」

 

 貴族に平民、帝国を取り巻く様々な隔たりを取り払って生まれる特科クラス。その方針を決めるのもまた、様々な立場の人物によらなければならないということなのだろう。集まった理事の顔ぶれを見て自然とそう思い至る。

 それぞれの立場を代表するにふさわしい人々だ。理事となってもらうのも並大抵の苦労では済まなかっただろう。クロウはいいように使われたようで不満のようだが、少しでもその助けとなったのならトワは嬉しく思うところだ。

 

 やがて最後の来客を乗せた車が姿を見せた。その出自を象徴する緋色に染められたリムジン。軽快な走りで校門に辿り着いたところで、トワたちはとうとう対面を果たすことになる。

 このエレボニア帝国を統べる人物と同じ艶やかな金髪。若々しい面立ちは理知的な色を湛えながらも、どこか軽妙さを感じさせるところがある。緋色の装束を身に纏ったその人は、護衛の黒髪の軍人を伴ってトワたちの前に降り立った。

 

「やあ諸君、わざわざ出迎えてくれてありがとう。サラ君とは勧誘して以来だったかな?」

「ええ、お久し振りです。おかげさまで退屈しない毎日を過ごさせてもらっていますよ」

 

 手のかかる生徒もいることですし、とサラ教官。どうしてそこでトワを見るのだろう。普段から色々と問題があるのはクロウやアンゼリカの方だろうに。

 本人は知る由もないが、口にしたところで誰の同意も得られなかっただろうから逆に良かったかもしれない。不平を飲み込んだところで快活な笑い声が響く。

 

「はっはっは、なら僕も頼んだ甲斐があったというものだね。快く送り出してくれたシグナさんにも感謝しないと」

「先生は多分、面白半分だったと思いますけどね」

「……まあ、あの御仁なら否定しかねるな」

 

 なんだか頭が痛くなる話が聞こえた気もするが、それも「さて」と彼がこちらに向き直ったことで後回しになる。四人を見据え、嬉しそうに――そして誇らしそうに彼は口を開く。

 

「君たちにもようやく会うことが出来た。実習での活躍を耳にしながら、この時を心待ちにしていたよ」

「きょ、恐縮です」

「まー、そう硬くなることはない。楽にしたまえ」

 

 最も一般的な感性の持ち主であるジョルジュは緊張気味な様子。そこに軽い調子の声を投げかけながらも、彼は歌うように名乗りを上げた。

 

「トールズ士官学院のお飾りの理事長にして、花鳥風月を愛する放蕩皇子――オリヴァルト・ライゼ・アルノールだ。よろしく頼むよ、試験実習班の諸君」

 

 特科クラスの発起人にして、トワたち試験実習班が生まれる契機を作ったその人。皇帝ユーゲント三世の長子は、噂に違わないユーモラスな自己紹介を披露した。

 呆気にとられるトワたちを差し置いて、ひらりと身を翻すオリヴァルト皇子。挨拶を返す間もなく彼は足を進めていってしまう。

 

「ゆっくり話したいところだが、今は理事たちを待たせているのでね。後でまた会おう」

 

 黒髪の人を伴い、理事たちの後を追って校舎に消えていく。去り際に「アディオス!」と言い残していった破天荒な皇子に、四人は揃いも揃ってポカンとするばかりなのだった。

 


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