永久の軌跡   作:お倉坊主

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那由多の軌跡よりナユタ・ハーシェルの台詞を一部抜粋。

「地上には、懸命に生きてきた人々の『歴史』があるんだ」
「短い寿命を確かに生きて、様々なことを受け継いで……」
「それは、各地に残された様々な遺跡や文献が証明している」
「――僕たちにとって、あの世界は絶対に『仮初』なんかじゃない」

那由多の中で一番好きなこのシーン。ナユタらしさと主人公としての格好良さがあっていいですよ、本当に。


話数にして50話+1閑話、連載期間にして4年余り、ようやくトワの覚醒を書くことが出来ました。BGMに那由多の軌跡より『大切な友の為に』を用意してご覧ください。


第50話 永久

『……何ダ、ソレハ』

 

 降りしきる雨音に混じり、ドミニクの呆然とした声が響く。白く染まった視界の晴れた先、そこに見た星の輝きを目の当たりにして。

 全てを飲み込むような黒い世界において、風雨に靡く白銀はそれらを跳ね除けて煌きを放つ。血のように赤く染まった世界において、尚も紅く輝く瞳はその身が宿す神性の証。

 生命を司る星の力を操りしミトスの民。己の真の姿を露にしたトワに、クロウたちはその背中が一際に大きくなったように感じられた。

 

「――ありがとう、皆」

「は……? な、なんだいきなり」

「皆がいてくれたから、皆と一緒に歩んでこれたから、私はここ(・・)に辿り着けた。だから、ありがとう」

「トワ……もしかして」

 

 その言葉にノイは察する。自分が見守ってきた彼女は答えを得たのだと。

 剣に力を籠める。星の輝きを宿した刀は光刃を成し、その切っ先を犇めく魔の軍勢へと向ける。

 

「正しさの為でなく、過ちを犯さない為でもなく――」

 

 トワは、ずっと勘違いしていたのかもしれない。

 大きすぎる力を持って生まれ、その恐ろしさを知って彼女は理由を求めた。自らの力の理由を、その大きさに振り回されないよう律するための理由を欲してきた。そうすれば過ちを犯さないようにできると思ったから。

 けど、それは間違っていたのだろう。故郷を飛び出して、ぶつかり合い信頼し合える友を得て、少なからずこの世界のことを知ってトワはそう思う。

 世の中には色々な人たちがいて、色々な考えや誇りを持っている。誰もが自分の正しさを持っていて、そのどれもが正義にも悪にもなるのだろう。そして、それらは時と共に移ろい一つに定まることは決してない。

 そんな世界で、一つの理由で正しくあれるだろうか。

 

「ただ、この魂と意志に懸けて――!」

 

 答えを求めるのは外ではなく、自らの内にあったのだ。

 たとえどんなに大きな力だとしても、それを揮うのは己自身。どんな理由づけをしたところで、結局はそこに帰るのだろう。このミトスの力にしても、この剣にしても。

 人に価値なんてない――ドミニクの言葉に、トワは胸から湧きあがる想いがあった。違う、私は知っている、そう魂が叫んでいた。

 それは、他ならないトワの意志。他の誰でもない彼女の内側から溢れ出るものこそが、彼女が本当の意味で揮うべきもの。

 クロウの言う通りだった。自分が何を為したいか――答えはそこにあったのだから。

 

 答えは得た。恐れを越え、畏れに打ち克った今、憚るものなど既にありはしない。

 だから高らかに名乗ろう。この力と共に受け継いだ自らの真名を――!

 

 

 

「ミトスの民が末裔――トワ・ハーシェル・ウル・オルディーン、参る!!」

 

 

 

 地を蹴り、宙を駆ける。人の身を超え、星の力と一体になった閃光が悪魔の軍勢の一角へと突貫した。並み居る敵を撫で斬りながらも、その身を捉えることを許さない。人智を超えた高速転移による連撃に悪魔は足並みを崩す。

 刹那の間に軍勢を切り抜けたトワ。その左手に灯るは星の煌き。誰もが持つ命の輝き。収束した金色の極光を悪魔らの後背へと解き放つ。

 光に染まる空間、純粋なエネルギーが轟音を響かせる。追撃の光波に飲み込まれた悪魔はその悉くが消滅した。

 

――オオオオォォ!!

 

 悪魔が吠える。それは滅された同族に仲間意識があったのか、それとも間違いなく自分たちと相反する存在を認めてか。あるものは膂力をもって叩き潰さんとし、あるものは魔法をもって押し潰さんとする。

 向かい来る攻撃の波にトワが憶することはない。取るべき手は先の先。光の刃に一層の力を籠め、彼女は鋭く踏み込み宙へと一閃を放つ。

 成されるは神風の刃。瞬間的に練り上げられた光の大太刀が、数をもって攻めかからんとした悪魔を迎え撃つ。軍勢を薙ぎ払う一撃にその動きは止められた。剛腕を振るおうとしたものは胴を断たれ、後方より魔法を放たんとしていたものはその一つ目から両断される。

 

 慮外の一手で数を削り取られた悪魔。気勢を挫かれたそれらを相手にトワは手を休めない。ここで一気に片付ける。

 跳躍し、その身体を引き絞る。総身に星の輝きを宿らせ、刃を向ける先は魔の渦中。弾かれたように宙を疾駆する姿はまさに流星。赤黒く染まった異界に金色の軌跡を描き、隕石の如き威力が地を穿った。

 余りある衝撃は大地をまくり上げ、悪魔に容赦なく襲い掛かる。流星そのものに巻き込まれたものは一様にその身を散らし、免れたものも余波に吹き飛ばされ意識が星を飛ばす。

 

 それでも幽世の存在は恐れることを知らないのか。次々と軍勢を屠られながらも、残りの悪魔は尚もトワへと襲い来る。渦中に飛び込んだ彼女は、自ら包囲されたも同然の形。四方八方より逆襲の手が迫る。

 応えるは居合の構え。瞑目するトワの脳裏に描き出されるは、自らの間合いに踏み込む悪魔の存在。尋常ならざる知覚がその全てを捉えた時、開眼と共に後にして先の戦技が繰り出される。

 

「はあっ!」

 

 それは、剣閃が描き出す天球図。抜刀、閃く刃が今まさに襲わんとしていた悪魔を切り伏せ、周囲に剣の残光を焼き付ける。その残光をなぞるかのように一帯を包み込む星の煌き。剣の間合いにあらずとも、星の力の奔流に飲み込まれて悪魔はその軍勢を絶やした。

 

「…………凄い」

「はは……マジかよ」

 

 目の前を埋め尽くさんばかりだった敵を瞬く間に殲滅したトワに、後ろの仲間は呆然と呟く他にない。その凄まじさは知っていたものの、全力全開を目にするのはこれが初めて。先月の比ではない暴れっぷりに感心を通り越して呆れてしまいそうだ。

 そして、それは何も知らない者にとっては尚のこと。夢にさえ思っていなかった、あまりにも常識外れの光景。目の当たりにしたところで理解が追い付かなくても仕方がない。

 

『――貴様アアァァ!!』

 

 思考が追い付いたドミニクが抱いたのは、怒り。圧倒的な優位にあったはずの自らを脅かす存在に憤った。

 排除せねば、この星の如き輝きを。その一念で彼は再び雷光を放つ。ノイのギアシールドも、ジョルジュの障壁も打ち破る威力。加えて幾度となく繰り出すことを可能とする膨大な霊力。たとえ幾度防ごうとも、その上から捻じ伏せてしまえばいい。

 

 そんな暴力的な光を前に、トワはただ掌を突き出した。

 

 雷が殺到する。しかし、それがトワの小さな身体を吹き飛ばすことはない。

 その掌が、雷光の全てを受け止めていた――いや、違う。雷はトワの掌に触れるや形を崩し、単なるエネルギーへと変換されて吸収されたのだ。

 

 ドミニクは今度こそ言葉を失った。この身を悪魔に変じた今、自身を止められる者などいるわけがないと思うだけの力に満ち溢れていた。現に、生半可な相手では彼を倒すことは不可能だろう。

 しかし、その思い上がりは呆気なく消え去った。自らの一撃を防ぐでもなく、躱すでもなく、まさか受け止められるとは。

 

「どんな魔法だろうと、自然に拠るものであれば星の力の一部――私が操るものだよ」

 

 地水火風。自然のそれらは一様に星の力を宿し、ミトスの民は権能を通して森羅万象を意のままに操作し得る。

 魔法であってもそれは同じ。魔力であろうと導力であろうと、星の力の概念と一体化したこの世界において、それらはミトスの民の権能の範疇。上位三属性であればともかく、四属性によるものであれば殆ど無効化できる。

 

「理屈は分かるが……いやはや、出鱈目だね」

「ふふーん、自然に関わることでミトスの民に敵うわけないの!」

「何でお前が自慢げなんだよ……」

 

 後ろの姉貴分のはしゃぎようにちょっと苦笑い。あまり緊張感を崩さないでほしいのだが……まあ、これまで心配をかけてきただけに仕方ない部分もあるかもしれない。

 ともあれ、悪魔となったドミニクの巨躯を前に油断はしない。力に溺れ、その精神性どころか身体までも悪魔に侵された彼がここにきて止まるはずもないのだから。

 

『……フザケルナアァッ!!』

「っ!」

 

 予想に違わず、ドミニクは怒りの声と共に再三の雷撃を放った。同じように受け止めるトワ。しかし、それは先のように途切れずに絶えず彼女を襲う。

 受け止められるならば、受け止めきれないだけの力を叩き付けてやればいい。そんな暴論をドミニクは振りかざす。いや、もうそんな考えを持っていられる状態ではないのかもしれない。ただ純粋な怒りが、トワを消し去らんと絶大な力を振り絞る。

 先にも増して威力が強まる。迫る圧力にトワは得物を手放し、両の手をかざして憤怒の雷光を受け止めた。

 

『貴様モ、貴様モソウナノカ! 力デ全テヲ捻ジ伏セ、全テヲ思イ通リニ運ボウトスル! ソウヤッテ世界ヲ自分ノ思イ描イタモノヘト変エテイク!』

 

 ドミニクが叫ぶ。それは怒りか、嘆きか。数多の感情が煮詰められ、原形を失った激情が罵声となってトワに叩き付けられる。

 しかし、それは紛れもなく彼の心の内より生まれ出でたものに違いはないのだろう。理不尽と欺瞞に捻じ曲げられた人生への、それが罷り通る世界への嘆き。それを為した力ある者たちへの憤怒。悪魔によって歪曲されたものではなく、ドミニクの本心が投げつけられる。

 

『何ガ違ウ!? 英雄ト謳ワレヨウト同ジコト……所詮ハ力デ世界ヲ変エルノデハナイカ! ソコニ弱者ノ介在スル余地ナド無イ!』

 

 尚も雷は圧力を増す。受け止めきれない余波が制服の袖を焼き飛ばした。

 世界は力ある者たちが作り上げている。英雄と称えられるもの、化け物と畏れられるもの。只人には成し得ない事を成す力を持った者たちが、世界を先へと進めていく。

 そこに弱者がいる意味がどこにある? あるはずがない。力なき者たちは、ただ価値もなく流されるままに生きているに過ぎない。ドミニクはそう断じる。

 

『ノウノウト生キル弱者ニ己ノ無力ト無価値ヲ知ラシメル! ソウシテ初メテ世界ハ本当ノ意味デ変ワルノダ!!』

 

 力と欺瞞に翻弄された男は、自身が力を手にしてそう悟った。力ある者こそが価値を有し、只人は無価値に生きて死んでいく。その真実を知らしめてこそ、人は世界を覆う欺瞞に気付くことが出来るのだと。

 暴力的で、しかし多くは否定に窮してしまう言葉。自分が、人が、世界に何の価値があるのか。それを真っ向から答えられるものは多くないだろう。

 クロウも、アンゼリカも、ジョルジュも明確な答えは見つからない。間違っているとは分かっていても、それを否定するのは言葉ではなく力になってしまう。ドミニクの言う力ある者のように。

 

 

「――違う!!」

 

 

 それでもトワは言葉にする。あなたは間違っている。堂々と、真っ直ぐに。その胸に信じるものがあるからこそ、そう言い切って見せる。

 

「人は、無価値なんかじゃない! 英雄は、一人で世界を変えられるようなものなんかじゃない! この世界は、人の紡ぐ歴史が作り上げてきたものなんだから!」

 

 人は無力なのかもしれない。世界の行く先を決めるのは英雄と称されるような者なのかもしれない。確かにそれは否定しきれない事実だ。

 だが、それは人に価値がないなんてことにはならない。どんなに大きな力を持った、どんな偉業を成す英雄と呼ばれる者であろうとも、それだけで世界を変えるなんて不可能だ。だって、世界を作るのは英雄ではなく人の歴史なのだから。

 

 トワは知っている。

 ケルディックが、商人の手で長い年月をかけて大市を発展させてきたことを。

 ヘイムダルが、過去にも現在にも正負の両面を有していることを。

 ルーレが、技術者が信念を持って新たなものを生み出してきた地であることを。

 バリアハートが、貴族制の歪みとその本来の在り方を内包していることを。

 パルムが、誇れる産業の裏には深い哀しみを隠していることを。

 

 それは、決して英雄が作り出してきたものではない。その地に生きる人々が、その時を重ね、そして次へと繋いできたもの。紡いできた歴史こそが世界を形作ってきた。

 両手に全力を注ぎこむ。襲い来る絶大な圧力を押し返す。憤怒が込められた雷光に、自らの信念を以て諍ってみせる。

 

「間違いながらも、懸命に生きて積み重ねてきた人の想いは、掛け替えのない大切なものなんだ! 今を生きる人々が、世界を未来へと繋いでいくんだから――あなただって!!」

『グッ……!?』

 

 人は弱くて、愚かだ。それ故に、時に大きな間違いを犯すこともある。ハーメルを襲った悲劇のように。それは悲しくも認めなくてはならない。

 

 けれど、人は決してそれだけではない。

 どんなに大きな力を前にしようと、手を取り合って立ち向かう人がいる。

 どんなに高い壁が立ちはだかろうと、諦めずに乗り越えようとする人がいる。

 どんなに過酷な運命であろうと、最後まで諍おうとする人がいる。

 そんな人たちを、きっと英雄と呼ぶのだとトワは思う。そこに力の強弱は関係ない。抱いた想いに嘘をつかず、それを貫ける心こそが英雄の証。

 

 間違う人がいて、それを正す人がいて、見出した道を歩んで人は少しずつ歴史を紡いできた。世界を少しずつ前へと進めてきた。只人も、悪人も、英雄も、誰もが世界を作り上げてきた想いの一つなのだ。

 そして、それは目の前の彼も変わりはない。その心に闇を抱えつつも、十年余りの時をボリス子爵と過ごしてきた秘書ドミニクの日々。放蕩気味な伯父に振り回されながらも、確かに笑顔があった何の変哲もない日常。そこに何の意味も価値も無かったとは思わない――彼だって、間違いなく世界を形作る人々の一部なのだから。

 

『戯言ヲ……! ソンナモノニ何ノ意味ガアル!? 想イナド、力ノ前ニハ簡単ニ絶エルダケダ!』

「だったら私が守ってみせる! 想いが、未来を照らすと信じるからこそ!」

 

 トワは信じている。人が歴史を紡ぎ、想いを明日へと繋いでいく度に、世界は少しずつ良くなっていくのだと。ほんの少しであってもいい。誰かの優しさと良心が誰かに伝わって、また誰かへと伝わっていく。そうして人は未来を作ってきたのだと。

 父が、母が、伯父が、ノイが。

 皆が未来へと繋いだのは、そんな素晴らしい世界なのだと――トワは信じている。

 

「世界に響き合う那由多の想いを、永久に繋ぐ為に――!」

 

 

 その心が想うが儘に。

 その身が世の礎たらんが為に。

 彼女は今、魂の咆哮を上げる。

 

 

 

 

「この明日への鼓動を――止めさせやしないんだからっ!!」

 

 

 

 

 光が逆流する。その魂の煌きを、その意志の輝きを表すかのように。トワの手より放たれた星の波動が雷光を飲み込んだ。

 瀑布の如き光の奔流に押し流される悪魔の巨躯。だが、まだだ。まだその歪みを挫くには至らない。自らの言葉の通り、力で全てを打ち壊さんとドミニクは叫ぶ。

 

『オノレエエエエアアァァ!!』

 

 漆黒の瘴気を撒き散らし、怒りの雄叫びが再び悪魔たちを呼び寄せる。雷の嵐が吹き荒れ、何もかもを塵に返さんとばかりに破壊を振りまく。

 それでも恐れることはない。信じる想いがこの胸にある限り、トワはもう揺るがない。彼女が揮うその魂と意志は、陰ることなく燦然と煌きを放つ。

 

「クロウ君、アンちゃん、ジョルジュ君!」

「――おうよ!」

「――承知した!」

「――ああ!」

 

 煌く星は夜闇の中に光をもたらす。それは希望の光。先の見えない暗闇においても共に在り、支えとなりて前へと進む勇気を与えるもの。

 仲間たちはその呼びかけに迷うことなく応えてみせる。光の刃を手にした彼女の隣に並び立つ。どんな敵であろうと怯まない。自分たちには眩いばかりに輝く()がいるのだから。

 

「私だって! サポートは任せるの!」

「勿論! 頼んだよ、ノイ!」

 

 小さな姉貴分も負けじと声をあげる。見守ってきたものとして喜びと誇らしさを覚えながら、その助けとなるべく全力を尽くさんとする。

 

「これで終わりにしよう――そして掴み取るんだ、私たちの明日を!!」

「「「「応!!」」」」

 

 戦術リンクの光が四人を包む。培ってきた絆の証が心を結び付け、想いを共にした彼女たちは荒れ狂う暴虐の化身へと立ち向かう。

 明日を、未来を手にする為に。強き覚悟と信念を以て、この異変に終止符を打ってみせる。

 

 押し寄せる悪魔の群れ。それらを巻き込みながらも降り注ぐ雷の嵐。その奥、もはや力を振りまくだけの存在と化したドミニクへと向けてトワたちは駆ける。

 雷鳴響く黒い空より降る雨水たち。頬を叩き、地を濡らす天の水瓶から来たりしものにトワが手をかざす。籠められた星の力が数多の雫を凝縮させ、無数の氷槍を成さしめた*1

 投射される氷の槍衾。殺到する鋭利な刃に、前方の敵はその動きを止めざるを得なくなる。複数発を喰らって動かなくなるもの、手足を地面に縫い留められるもの。自然の猛威が悪魔の動きを鈍らせた。

 

 勢いのままにトワたちは突撃する。動きの鈍った悪魔から切り伏せ、撃ち貫き、殴り飛ばし、叩き潰していく。後から湧き出てこようが関係ない。入り乱れる敵の最中を互いが互いを支え合って突き進む。

 トワの一撃が敵陣に風穴を開き、仲間たちがそこに道を切り開く。襲い来る雷にはノイとジョルジュが守りを固め、あるいは矢面に立ったトワが跳ね返した。

 立ち止まらない。こんなところで止まってなんかいられない。ただひたすらに、前へ。彼女たちは駆け抜ける、この暗闇の向こうの明日へと。

 

 怒涛の攻勢が悪魔の壁を突き破る。その先に在るは異界の根源。魔に憑かれ、狂乱するドミニクは憤怒と憎悪を吐き出してトワたちを滅さんと力を振るう。

 

『必要ナイ……! 未来ナド、明日ナド! 全テコノ暗闇ニ沈ンデシマエバイイ!!』

 

 暗黒と雷が混ざり合い、禍々しい闇の塊が莫大なエネルギーを有して形成される。歪んだ怨嗟と呪詛が込められたそれは、全てを飲み込まんとトワたちへ迫る。

 

「生憎だが、それを決めるのはあなたではない!」

「僕たちの未来は、僕たちの手で決めるものだ!」

「終わるものかよ……俺たちの物語は、これからも続いていくんだからな!」

 

 迫る暗闇にそれぞれが全力を叩き込む。アンゼリカの功夫が込められた黒龍の一撃が、ジョルジュの技術の粋を集めた鉄壁の護りが、クロウの正真正銘本気の一発が、漆黒の津波を塞き止めた。

 拮抗すれど、それは押し返すには至らない。時間は稼げても、いずれは競り負けてしまうことだろう。今の三人の限界がそこにある。

 だが、構わない。時間稼ぎで十分だ。後は自分たちの《要》が最高の一手を決めてくれる。彼らは何の疑いもなく信じられた。彼女が彼らを信じてくれたように。

 

「暗闇を払って照らし出してみせる! 私たちの、あなたの明日を!」

「いっけええええ!!」

 

 その手に集った星の力が原初の光を紡ぎ出す。トワがかき集め、ノイが支え、空前絶後の大魔法がここに形を成す。

 顕現するは灼熱の恒星。天にて輝く燃ゆる星の複製が地に現れ、その眩い光は異界の空間を照らして大地を震撼させる。

 仲間たちの想いに応え、今ここに夏の陽光を解き放つ。

 

 

「「ソル――イレイズ*2!!」」

 

 

 天を覆う黒雲を、地に這う瘴気を、この空間に蔓延る魔の気配の全てを照らす白金の太陽。世界を揺るがす理外の陽光が漆黒の闇とぶつかり合い――その光の前に、闇は呆気なく掻き消えた。

 

『ア――――』

 

 視界が、身体が、世界が光に染められていく。その間際、ドミニクはただ声を漏らす。

 太陽が地上に輝く。赤く歪んだ異界を打ち砕き、周囲を支配する閃光と轟音。その波動を天にまで響かせて、ハーメルの、パルムの空に星の光が瞬いた。

 

*1
冬の四季魔法の一つ、クリスタルランス。ノイが使う本来のものは三発のみ。

*2
最も強力な夏の四季魔法。小型の太陽を作り出して画面全体の敵を攻撃する。


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