永久の軌跡   作:お倉坊主

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閃Ⅳは第3部の月霊窟クリアまで進みました。色々と言いたいことはありますが、何はともあれジョルジュ→ゲオルグの絡繰りが判明したのが個人的に大きいです。これで何を言わせても白々しくせずに済むぞ!

それにしてもトワは何でプレイアブルから外れちゃったかなぁ。先輩四人組でパーティーを組むことが叶わないのは残念至極。DLCに僅かな望みを掛けたいと思います。


第47話 疑惑

「やれやれ、昨日は散々だった……ちゃんと休めたかね?」

「疲れは取れているから大丈夫です。今日もよろしくお願いします」

 

 朝日が差し込む紡績工場の執務室。その部屋の主が深々と吐いた溜息に内心で同意しながらも、トワは朗らかに応じた。

 一夜明けて二日目を迎えたパルムにおける試験実習。昨日の怪盗Bことブルブランによる騒動で余計な苦労をすることになった一同だったが、体力的には問題なかった。

 昨晩には美味しいものをご馳走になったりと、ボリス子爵には以前からよくしてもらっている。たとえ疲れが残っていようと頼まれたことはきちんとやり遂げる所存だ。

 よろしい、と頷くボリス子爵。彼の手から昨日と同じく封筒が渡される。

 

「市内から郊外まで取り揃えてある。手配魔獣の依頼もあるから、そちらに行く際は気をつけるように」

「お気遣いどうも。そんじゃ、行きますかね」

「ああ。それではボリス子爵、また後程」

 

 本日の依頼を受け取ってトワたちは執務室を後にする。ボリス子爵はひらひらと手を振って彼女たちの背中を見送った。

 工場から出たところで四人は改めて封筒の中身を確認した。段々と昇ってくる夏の日差しに照らされながら、これからの行動の段取りを決めていく。

 

「数はそれなりだけど、あまり手間はかからなくて済みそうだね。上手くいけば昼過ぎには片付きそうかな」

「まずは市内の依頼を、その後に郊外に出て最後に手配魔獣といった感じか。はは、ケルディック以外は大都市ばかりだったから、割と気が楽だね」

 

 思えば、トワたちが試験実習で赴いたのは帝都や州都といった帝国でも有数の大都市ばかりだった。街の規模が大きくなれば活動範囲も広くなりがちだ。特に帝都では移動だけで一苦労だったのは色濃く覚えている。

 それに比べれば、パルムくらいの地方都市なら気負うことなくやれるというのも頷ける話だ。他の三人もジョルジュと気持ちは同じ。昨日のブルブランの件もあって、これくらいの課題なら軽く感じる程度だった。

 尤も、一番の要因は彼女たちがこの試験実習にすっかり慣れてしまったことだろう。最初は心得のあるトワが先導する形だったが、今では自然と意見が纏まるようになっていた。

 

「帰りの列車は夕方くらいだったか。十分に余裕はありそうだね」

「ま、順当に終わればだけどな」

『流石にそう何度も……って言い切れないのが困るの』

 

 最後の方になって騒動に巻き込まれたり、首を突っ込んだりするのも常態化して久しい。もはや実習では必ずトラブルに見舞われるというジンクスが出来上がりかねないくらいだ。

 何の因果か、毎度のようにそんな事態に陥るものだからノイの声にも力がなくなってしまう。そもそも昨日の怪盗騒ぎに関わった時点で今更かもしれないが。

 

「あはは……まあ、最後まで気を抜かないで頑張ろう。それじゃあ――っと」

 

 平穏無事に終わるにせよ、また一騒動起こるにせよ、トワたちがやることには変わりない。自分たちの目で事実を捉え、自らの意志で前へと進んでいく。実習の根幹が揺らぐことはないだろう。

 要するに、その時はその時だ。起こってもいないことを憂慮しても仕方がない。

 そうして話を締めたところで本日の活動を開始しようとし――足を踏み出そうとしたトワは、道の脇に避けることになった。

 唸るような導力エンジンの駆動音。一般の導力車にはない腹の底に響くような重低音が近付いてくる。クロウたちも同じように脇に避けたところを、その二つの音源が過ぎ去っていった。

 次第に遠ざかっていく車体は見覚えのあるものだ。何せ、自分たちも乗ったことがあるものなのだから。

 

「領邦軍の装甲車だね。ここだとサザーラント領邦軍のものか」

「ああ。州都のセントアークに駐留している部隊だろう。パルムはそう離れていないから、パトロールの範囲にも入っているのかもしれないね」

『ふーん、兵隊さんもご苦労様なの』

 

 帝国内ではオーソドックスなRF製の装甲車。ルーレ実習において、ザクセン鉄鉱山から戻る際に送ってもらった時は意外とクッションが効いていたのを覚えている。正規軍では、また違うのかもしれないが。

 ノルティア領邦軍とは異なる紋章を掲げた二台を、アンゼリカは哨戒中ではないかと推察した。セントアークとパルムは決して近いとは言えないが、装甲車の足なら大した距離でもない。真実味のあるそれにノイがしみじみと呟いた。

 

「お仕事ついでに手配魔獣も片付けてくれないもんかね」

「クロウ君、他力本願は駄目だからね」

 

 トワに窘められてクロウは「へいへい」と肩を竦めて応じる。生真面目と不真面目な二人。昨晩の話ではないが、これはこれで釣り合いが取れているのかもしれない。

 思わぬものを見送ったところで、改めてトワたちは二日目の実習活動を開始したのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「…………」

 

 試験実習班が市内で依頼への対応を始めたその頃、リベール国境に面するタイタス門に続くパルム間道の中ほどで二台の装甲車が停車していた。トワたちも目にしたサザーラント領邦軍のそれらは、人目を忍ぶように目立たない場所を選んで停められている。

 その傍らに立ち、パルムの方角を向いて難しい顔をしているのは領邦軍の軍服に身を包んだ男。将官用のそれを砕けた形で着込んだ隙間からは、浅黒い筋肉質な肉体が窺える。一目見て只者ではないと分かる風格があった。

 

「市内の様子を見る限り、外から分かる異常は無いようです。准将、いかがなさいますか?」

 

 男に声が掛かる。准将、と彼を呼んだのは他ならない自身の副官だ。その後ろには装甲車に搭乗していた数人の部下たちも控えている。

 単なるパトロールというには物々しい雰囲気。人数こそ大したものではないが、将官クラスの人間がいる時点でただ事ではないのは自明の理だろう。実際、彼らがここに来た理由は哨戒活動などではなかった。

 男は改めてパルムへと目を向けると、その胸の内で考えをまとめた。部下たちへ向き直ると指示を飛ばす。

 

「探りを入れなければならないな。俺が行こう。お前たちはここで待機し、指示を待ってくれ。無用の混乱は招きたくない」

「それは同意しますが、准将が直接出向くのも相当なのでは?」

 

 少数とはいえ領邦軍の部隊が出向くのも悪目立ちしてしまうが、将官が単独で行動するというのも似たようなものだろう。その筋では有名なだけに、相手に警戒を抱かせかねない。そうなれば探りを入れるどころではなくなってしまう。

 副官の指摘に彼は肩を竦める。それは勿論承知していることであり、だからこそ自ら直接的に探ろうというつもりではなかった。

 

「使える手の当てならある。又聞きの又聞きだがな」

 

 その言葉に副官は心配そうな面持ちになってしまう。どんな当てかは知らないが、そんな関係があってないようなものを信用できるのだろうかと。

 

「だが、試してみる価値はあるだろう。これも風と女神の巡り合わせならば」

 

 対する男は笑みを浮かべる。確かに自分とは無関係に等しい当てではあるが、不思議と信用できるという確信があった。それは、この地に居合わせた偶然を必然のように思えるからだろうか。

 何にせよ、事態が不透明である以上は慎重に動かなければならない。接触の方法も少し考えなければならないだろう。付け加えるならば、彼女たちを自らの手で確かめる方法も。

 不覚にも楽しみな気配が漏れ出てしまったのだろうか。副官の呆れたような溜息を背に受けながら、男はパルムへの道を徒歩で引き返していくのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 太陽が頂点を過ぎて少しの時間帯。パルムから東に延びるアグリア旧道からトワたちは市内に戻ってきた。当初の予定通り、手配魔獣を討伐して帰還したところである。

 これでボリス子爵から渡された依頼は全て完了したことになる。帰りの列車までどうするべきか。考えられる選択肢は幾つかあるが、それよりも優先するべきことが四人の内にはあった。

 

「とりあえず飯にしようぜ。忙しなかったもんだから腹が減って仕方がねえ」

「ちょっと飛ばしすぎちゃったからねぇ」

 

 にへら、と笑うトワを「誰のせいだ」とクロウが小突く。アンゼリカもやれやれと首を振り、ジョルジュは疲れの滲んだ顔で苦笑いするばかりだった。

 実習に慣れたといっても、依頼への対応力や処理速度が全員横並びなわけではない。元より手馴れていたトワがこれまでの実習や生徒会活動で磨きをかけた結果、その処理能力はちょっとおかしいことになっている。それが昼くらいまでに終わらせようと張り切ってしまえば、残る三人が振り回され気味になってしまうのも当然であった。

 

『まあ、早く済んでゆっくりできるとでも思えばいいの』

 

 とはいえ、ノイの言う通り早く片付けられたのは悪いことではない。後に用事が詰まっていない分、気持ちにも余裕ができるというもの。この調子なら食後の珈琲を味わう時間だって取れるだろう。

 そうとなれば早速とばかりに昼食をとる場所を考える。尤も、大都市に比べれば取れる選択肢は多くない。懐具合も考えて、宿泊している宿酒場で何か注文するのが適当となるのに時間はかからなかった。

 何を食べようかと思い思いに口にしながらも、宿への道を辿っていく。そんな彼女たちに、不意に声がかけられた。

 

「すまない、君たちがトールズ士官学院の生徒で間違いないか?」

 

 目を向けると、そこには動きやすい道着に身を包んだ青年がいた。装いから分かる通り、何か武術を修めているようだ。大柄で、その体躯は傍目に見ても鍛えられていた。

 

「そうですけど……ええっと、僕たちに何か用ですか?」

「ああ、突然に名乗りもせずに失礼した。自分はこの近くのヴァンダール流の練武場に身を置くウォルトンという」

 

 ヴァンダール流、その名乗りにトワたちは納得した。帝国の二大流派の一つであり、皇帝家の守護役も務める一派が主とするものは大剣術。ウォルトンの恵まれた体躯も頷けるというものだ。

 それはそれとして、ヴァンダール流の人間が自分たちに何の用だろうか。武術の道に身を置く相手に声を掛けられる心当たりなど――まあ、無いこともないが。ウォルトンの口から出た答えはおおよそ予想通りのものだった。

 

「工場長殿よりなかなか腕の立つ士官学院生が訪れると聞いて楽しみにしていたのだ。どうだろう、よければ一試合頼まれてはくれないだろうか」

 

 案の定なそれに愛想笑いが浮かぶ。武術家ならそうくるよな、と。

 ボリス子爵がどれだけ話したか知らないが、あのお喋りな人のことだ。洗いざらい口にしていてもおかしくはない。名門士官学院の生徒、その中でも指折りの実力者。《剣豪》の孫娘だったり、泰斗流を修めていたりと箔もある。ウォルトンのようなものからすれば食指が動いてしまうのも当然だろう。

 試合の申し出自体は歓迎するべきところだ。トワたちとしてもヴァンダール流の使い手から学べることは多くあるだろう。

 ただ、今はどうにもタイミングが悪かった。手は空いてはいるのだが、同時に腹も空いているのだ。

 

「悪いが、後でいいか? こちとら昼飯がまだなんでな」

「む、ならば致し方……ああ、いや。それなら尚のこと先に立ち会ってもらった方がいいかもしれん」

 

 言い淀んで自らの言を撤回したウォルトンに首を傾げる。気のせいかもしれないが、トワからは彼の目が泳いでいるように見えた。

 

「腹を満たした後に激しく動くのもよくないだろう。試合の礼にこちらで食事も用意する。それで手を打ってはくれないか」

 

 妙に食い下がってくることに違和感こそ覚えるものの、示された案自体はトワたちにとって悪いものではない。昼食が少し遅くなるくらいで、謝礼としてご馳走になれるのならむしろ得が大きいと言える。懐が厳しめなクロウにとっては特に。

 どうしようか、と四人は目を見合わせる。そこに特に反対の色は見受けられなかった。無理に断る理由もなし。トワたちは誘いに乗ることにした。

 

「分かりました。こちらこそよろしくお願いします」

「ヴァンダールの使い手と手合わせするのは初めてだ。どうかお手柔らかに願うよ」

「はは……ありがたい。それでは練武場に案内しよう」

 

 ウォルトンの先導に従ってヴァンダール流の練武場へ。しかし、どうも妙な感じだ。単純に自分たちに興味をもって試合の誘いを掛けに来たにしてはぎこちない様子が垣間見える。

 かといって悪意を感じるわけでもない。何が待っているにせよ、行けば分かることだ。それを確かめた後に考えても遅くはないだろう。そう割り切って歩くうちに、目的地にたどり着くのにさほど時間はかからなかった。

 

「お待たせしました。お望み通り、お連れしましたよ――《黒旋風》殿」

 

 そうしてあまり深く考えずにのこのこと付いていった先で、トワたちは立ち入った矢先に察することになる――美味い話には裏があるのだと。

 

「ああ、感謝する。面倒をかけてすまないな」

「なんの。領邦軍きっての使い手と後からでも手合わせできるというのなら、我々にとっては十分な報酬です」

「あの……もしかして試合の相手って、ウォルトンさんたちじゃなく……?」

 

 練武場に入ったところで待ち構えていたのはヴァンダール流の門下だけではなかった。むしろ、この場の主役は門下生ではなく、中央に威風堂々と立つ軍服の男。浅黒い肌の手に槍を携える姿は目にするだけで並の人物ではないと理解させられる。

 半ば確信に近い予感だったが、それでも恐る恐ると問い掛ける。対する答えとして、相対する男は軽く頭を下げた。

 

「騙すような真似をしたことは詫びよう、トールズの。だが、どうしても確かめたいことがあってな」

「……ヴァンダールとの手合わせと思ったら、待っているのが《黒旋風》とは悪い冗談もいいところだ。あなたのような方に直接出向いてもらう人間ではないのですが」

 

 冷や汗まじりのアンゼリカは目の前の人物のことを知っているようだった。《黒旋風》と異名で呼ばれた男は口元に笑みを浮かべる。

 

「こちらにも事情がある――今はただ、何も問わずにこの槍に応えてもらいたい。聞きたいことはその後に幾らでも受け付けよう」

「洒落になってねえぞ、おい……達人クラス相手とか勘弁してくれよ」

「まったく同感だ。避けるわけにもいかなさそうだけど」

 

 思えば、ウォルトンは一試合頼まれてほしいと言っただけで嘘は口にしていない。話が違うと突っぱねることはできる。ただ、怪しい部分に気付きながらも付いてきてしまった時点で、それは少々格好がつかないだろう。

 それに想定外の強者が相手だからといって、尻尾を巻いて背を向けるのは自分たちの性質にそぐわない。口では泣き言を吐きながらも、クロウは導力銃に手をかけジョルジュも機械槌を肩に担ぐ。アンゼリカも拳を握って構えを取った。

 驚きはすれども、及び腰になっている仲間など一人もいない。それはトワとて同じこと。嘆息一つで気持ちを切り替え、自らも得物を抜刀する。

 

「どんな事情か見当もつきませんけれど……受けた以上は精一杯やらせてもらいます。私たち、試験実習班の全力で!」

 

 トワは彼の素性を知らないが、それでもサラ教官に匹敵する、或いはそれ以上の使い手であることは分かる。ならば、最初から遠慮は無用。自身の星の力を活性化させたトワは金色の闘気を身にまとった。

 噂には聞けども、幼げな少女が発する気迫にヴァンダールの門下たちはどよめきを隠せない。そんな中、男だけは泰然とした態度を崩さず笑みを深めた。

 

「意気やよし。ならば、俺も本気でいくとしよう。サザーラント領邦軍准将、《黒旋風》ウォレス・バルディアス――参る!!」

 

 両の腕に掲げられた十字槍が旋風を巻き起こす。トワのそれに応えるように、男――ウォレス准将から鮮烈な闘気が解き放たれた。

 嵐を目前としたような感覚に異名が伊達ではないと理解する。それでも臆することはない。疑問も全て今は差し置いて、自分たちの全霊を出し切るのみ。

 立ち合い役として立ったウォルトンが「始め!」と手を振り下ろす。空を刺し貫く風の豪槍が牙を剥いた。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 どれだけ剣を振り、どれだけ繰り出される刺突の雨を凌いだことだろう。数えるのも億劫になるくらい応酬を交わし、乱れる息を何とか整えて相対する武人から目を離さない。

 時間にすれば大したことはないかもしれないが、その瞬間一つが濃密になれば感覚は引き延ばされ一分を一時間にも錯覚する。トワたちの体力は確実に蝕まれていた。

 一方、ウォレス准将も迂闊に手を出さずにカウンターを狙う腹積もりのようだ。刃を交わす中で四人の連携を崩すのは容易ではないと判断したのか。構えられた槍の間合いは結界となり、一歩誤れば瞬く間にその餌食となるのは目に見えている。

 陥る拮抗状態。しかし、余裕があるのはウォレス准将だ。このまま状況が続けば綻びを見せることになるのはトワたちの方であり、そうなれば勝負は一瞬だろう。

 勝機を見出すのなら今この時。槍の結界を打ち破り《黒旋風》に届くために、トワたちは拮抗を捨て攻勢をかける。

 

「っ!」

 

 短く息を吐き先行するのはトワ。間合いに踏み込むや否や迫る一突きを跳んで躱し、追って正面から拳を振るうアンゼリカと挟み撃ちを仕掛ける。

 だが、達人級ともなればその得物は身体の一部に等しい。長大な十字槍を自在に操るウォレス准将は二人の猛撃を悉く凌いで見せる。十字の刃がアンゼリカに近付くことを許さず、連動する柄とその先の石突がトワの剣を弾いた。

 隙間を縫うように放たれるクロウの銃弾さえも見切るウォレス准将は猛々しく笑んでみせる。

どうした、これまでか。それに答えるのも、また笑みだ。これで終わりと思ったら大間違いである。

 防御を許さないジョルジュの鉄槌が振り下ろされ、ウォレス准将は一旦の後退を余儀なくされる。瞬間、トワとクロウはアーツを駆動する。威力は必要ない。下級の火と水のそれを高速駆動した二人は准将の足元に解き放った。

 当たるはずのない軌道のアーツは攻撃を目的としたものではない。全くの同時に放たれた火球と水塊はぶつかり合い、急激に熱せられた水が水蒸気へと変わる。途端に視界を覆い隠した白い靄にウォレス准将は眉をひそめた。

 

(目くらましのつもりか。だが、これでは……っ!?)

 

 視界は奪えても、自分たちも碌に捉えられまい。その判断が誤りだと気付くのはすぐだった。

 狙いすましたように飛来する銃弾、四方八方より襲い来る斬撃に拳撃。不意に蒼い炎を吐く鉄塊が押し潰さんと迫り、気を抜くことを許さない。自身も立ち止まっているわけではないのに、的確に狙ってくることにウォレス准将は驚きを覚える。

 彼は知る由もないことだが、トワの知覚は視界を潰したくらいでは問題にならない。戦術リンクの恩恵によりそれは四人に共有され、霧中にあっても彼我の位置関係を把握し一撃離脱の連携を可能とする。

 しかし、ウォレス准将も伊達に達人と称されるわけではない。研ぎ澄まされた感覚は迫る気配を鋭敏に察知し、その全てを受け逸らし、払いのける。

 そして、わざわざ不利な状況に留め置かれることを良しとするわけもなかった。

 

「どんな絡繰りかは知らんが――オオォッ!」

 

 掲げた十字槍が螺旋を描く。《黒旋風》の異名の由来とも思える乱気流が巻き起こり、周囲を覆い隠す水蒸気を諸共かき消した。

 明瞭となる視界。試験実習班の面々もまた、旋風の勢いに負けて距離を離されている。全方位から仕掛けていたことが仇となり、その陣形は乱れてしまっていた。

 今度はこちらの番。立て直すことを許さず、各個撃破に持ち込まんとウォレス准将は槍を構え――

 

 ただ一人、栗色の髪の少女が目に映っていないことに気付いた。

 

(――上か!)

 

 人体における最たる死角。頭頂の先を見上げたウォレス准将は闘気を込めた剣を向けるトワを視認する。巻き起こる旋風さえも利用して頭上を取った彼女は、この試合に幕を引く一撃を放つ。

 気付かれるのにかかったのは一拍のみ。なら、その一拍にねじ込むまで。

 

 宙を流星が駆け、旋風を纏った槍が迎え撃つ。

 

 一瞬の交錯。訪れたのは静寂だった。槍を突き出したまま、刀を振り抜いたままの態勢で止まる二人。試合を見守るヴァンダール門下の誰かがゴクリと喉を鳴らす。

 果たして、先に相好を崩したのはウォレス准将だった。

 

「なるほど――見事だ」

 

 ウォレス准将の軍装には一閃の切れ目が残されていた。それは紛うことなく彼に手を届かせた証。最後の迎撃が掠め、頬先を伝う僅かな血を拭ってトワは安堵する。旋風の鉄壁、何とか切り抜けられたようだ。そんな彼女を、試験実習班を彼は称賛する。

 

「想像以上の腕前、それに期待していた通りの真っ直ぐな剣筋だ。付き合ってくれて感謝する、試験実習班。これで安心して君たちに頼むことが出来そうだ」

「あはは……何が何だかですけど、ご期待に沿えたようでよかったです」

 

 まったくとんでもない目に遭ったが、どうやら相手の満足いく結果にすることはできたらしい。バリアハートでのアルゼイド子爵の件といい、もう少し心構えというものをさせてもらいたいところだが。

 差し出されるウォレス准将の手。脱力気味に頬を緩めながらも、トワは浅黒く力強いそれと握手を交わす。固唾を飲んで見ていたヴァンダール門下生の喝采により、突然の試合は終わりを迎えるのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「では、改めて名乗っておくとしよう」

 

 練武場の一室。食事や休憩に用いられるそこを借りたトワたちとウォレス准将は、遅めになった昼食をいただきながら改めて面を突き合わせていた。

 

「ウォレス・バルディアス。このサザーラントにおける領邦軍の指揮を任されているものだ。先ほどの非礼は重ね重ね詫びさせてもらう」

「いえいえ。驚きはしましたけど、私たちにとっても得難い経験になりましたし」

「こうしてタダ飯にもありつけたしな。まあ、必要経費だと思っておくぜ」

 

 嘘は言わないまでも騙すような形で四人をこの場に誘ったウォルトンは、頭を下げてから約束通りにこうして食事を用意してくれた。彼の言う通り、食前に試合に臨んでよかったと心底思う。下手をすれば胃に入れたものを戻す羽目になっていたに違いない。

 そんな激しい試合の相手にして元凶であるウォレス准将だが、トワたちとしては彼に対して含むところはなかった。どんな形であれ、達人級の使い手を相手に勝ちを拾えたのだ。万金に勝る糧を積ませてもらった礼は言えども、怒るつもりなど持ち合わせていない。

 寛容な返答に「感謝する」と短く言うウォレス准将。気兼ねする気持ちが晴れてか、彼は気安い感じの笑みを浮かべた。

 

「しかし、まさか一本取られてしまうとは。手を抜いたつもりはなかったが、どうやら俺もまだまだ精進が足りなかったらしい」

「ご冗談を。試合だったからこその結果でしょう」

「だとしても結果は結果です、アンゼリカ嬢。あなた方が見事にこの《黒旋風》を破ってみせたという」

 

 確かにトワたちはウォレス准将に勝利した。とはいえ、それは試合という形式だったからこそ。実戦であれば一太刀入れただけで終わりはしない。最後まで戦えばどちらが最後に立つかは明らかだ。

 しかし、彼は首を横に振る。その勝利を誇ってほしいと言わんばかりに。

 ならば、自分たちも勝利を受け入れよう。四人がかりであっても帝国有数の武人に打ち勝てたというのは、間違いなく試験実習班の大きな成果と言えるだろうから。

 

「――それじゃあ、そろそろ聞いてもいいですか? どうして僕たちを試合に誘い込んだのか」

「どうも俺たちを見極めたかったようだが」

 

 改まっての挨拶がてらの話も済んだところで、ジョルジュが本題を切り出す。何を目的としてウォレス准将はトワたちの前に現れたのか。試合に対する遺恨はないが、それとは別に疑問は胸の内にあった。

 先立って彼は聞きたいことは後で受け付けると口にした。その言葉通り、疑問に対する答えを隠し立てすることはなかった。

 

「ああ。正直、厄介な状況になっていてな。個人的な縁(・・・・・)で聞き及んでいた諸君の力を借りたいと思っての次第だ。無骨者故、信用できるか試すのは手荒になってしまったが」

 

 領邦軍の准将が自分たちの力を借りたいほどの状況とは如何なるものなのか。今ここの環境を考えても、それが言葉通りに厄介であることは明白であった。

 

「わざわざ人払いしてもらったのも、それが理由か?」

「後ろ暗いところはないが、なるべく騒ぎにはしたくない。だから、こうして内密に話せる場を用意したというわけだ」

 

 通された部屋にはトワたちとウォレス准将以外の姿はなかった。ウォルトン含め、ヴァンダールの門下生たちは稽古の最中である。練武場にトワたちを誘うこと、そして秘密裏に話すことが出来る場を用意すること。その二つがウォレス准将がヴァンダール門下に頼んだ要望だった。

 かの《黒旋風》と手合わせ願えるならば、とウォルトンたちも深くは聞かずに了承したそうだ。達人との手合わせという魅力もあっただろうが、武に通じる故に感じ取るものもあったのかもしれない。彼らは律儀にこの部屋に近付いてくる様子もなかった。

 そんな迂遠な手口を用いてトワたちの前に現れたウォレス准将。彼がわざわざそうするまでの理由が今抱える任務にはあった。

 

「聞くまでもないかもしれないが、昨今、帝国各地で魔獣による襲撃事件が多発しているのは知っているだろう」

「それは、まあ。何回か関わっているわけですし」

 

 ケルディック、ヘイムダル、ルーレ。実習の行く先で度々巻き込まれたり頭を突っ込んだりすることになった魔獣騒動。ザクセン鉄鉱山で出会った折、クレア大尉から類似する事件が頻発していることは聞き及んでいる。

 

「甚大な被害こそ出ていないものの、人為的なものと考えられるだけに各地の領邦軍でも無視できない状況になっていてな。各州の情報を統合して捜査が行われている」

「それは……結構な大ごとですね。でも、どうしてパルムに?」

 

 基本的に領邦軍は各州で独立した存在だ。正確に言えば、それぞれ四大名門の傘下に置かれていると表すべきか。

 州を跨って捜査をすることなど早々あることではない。ジョルジュが驚きを口にするのも無理はなかった。そして、その件がどうしてこの場に置いて出るのかという疑問も。

 ウォレス准将は表情を僅かに難しいものに変え、静かに切り出した。

 

「捜査の中で、襲撃を受けた街に必ず訪れている人物がいることが判明した。ボリス・ダムマイアー子爵――他ならないパルムの領主だ」

 

 え、とトワたちの口から間の抜けた音が漏れる。それは、あまりにも予想外な名前だったから。

 

「明確な証拠こそないが、状況的に疑いは持たざるを得ない。俺は事の真偽を確かめるようハイアームズ候より仰せつかっている」

「……冗談、ではなさそうですね」

 

 俄かには信じがたいが、ウォレス准将の口ぶりに偽るものは無かった。確かな捜査の末に容疑者として挙がったのがボリス子爵であることは間違いなく真実なのだろう。

 同時に理解する。どうして内密に話ができる状況を用意する必要があったのか。疑惑の人物の膝元で堂々とこんなことを話すわけにもいくまい。迂遠なやり口は慎重を期するからこそだったのだ。

 

「でも、ボリスさんがそんな……どうして私たちに伝えたんですか?」

 

 あの大らかでおっちょこちょいなところのある子爵が、魔獣事件の容疑者と言われてもピンとこないのが正直な気持ちだ。それに理解が及ばない部分もある。腕が立つとはいえ、たかが一学生の自分たちにウォレス准将はどうして接触してきたのだろう。

 

「言っておいてなんだが、ボリス子爵が犯人とは思えないのは同感だ。ハイアームズ候も懇意にしているだけに疑いたくはないようだが……」

「実際に被害が出ている以上、周りの連中はそれを許さないってことか」

 

 ウォレス准将は重々しく頷いてクロウの言を肯定する。これがサザーラント州単独のことなら違ったかもしれないが、事態は帝国全土に及んでいる。いくら親密な間柄だろうと目を瞑ることは許されない。

 

「それでもハイアームズ候は可能な限り穏便な解決をお望みだ。対話で解決できればいいが、最悪の場合を考えると俺が正面から行くのも躊躇われる。そこで君たちだ」

 

 その言葉で思い至る。そういう魂胆か、と。

 仮にボリス子爵が魔獣事件の犯人だった場合、ウォレス准将が唐突に現れれば当然ながら警戒される。具体的な手段は明らかになっていないが、魔獣を呼び出して抵抗してくる可能性も十分に考えられるだろう。町への被害も考えると、それは避けたい展開だ。

 ならば、警戒されない人物を送り込めばいい。試験実習で訪れているトワたちが現地責任者であるボリス子爵と接触するのは何ら不自然なことではない。まず探りを入れるにはこれ以上の手はないように思えた。

 

「それとなく尋ねて白か黒かを見極める。そういうことですか」

「ああ。疑いだけで済むのならそれでよし。もし真なら……その時はその時だ」

「なるべく考えたくはないですね、それは」

 

 おそらく領邦軍の部隊も郊外で待機しているのだろう。しかし、それはごく少数に留まっていると推測された。穏当に事を済ませるのに大部隊を率いてきては本末転倒だ。

 それでも万が一を考えて、一騎当千の実力を持つウォレス准将自らが出張って来たというところなのかもしれない。彼ほどの武人ならば、魔獣がいくら出てこようと蹴散らすのは訳ないということは先の試合で十分に理解している。

 尤も、そんな事態にならないことが最善だ。その如何はトワたちの働きに掛かっているといっても過言ではない。

 

「当然ながら危険が伴うことになる。無理強いはしない。受けるかどうかは君たちの判断に任せよう」

 

 現時点でボリス子爵に掛かっているのはあくまで容疑。その真偽を確かめるのは容易なことではないだろう。下手に刺激すれば魔獣による逆撃を食らう、という可能性もある。

 それでもトワたちの答えは決まっていた。四人は目を見合わせて頷きあう。そこに迷いは一欠片もない。

 

「その依頼、お受けさせてもらいます。私たち自身の目で真実を見極めるためにも」

「あのオッサンにはなんだかんだ世話になっているからな。ここで無関係を装うわけにはいかねえよ」

 

 試験実習班としても既にボリス子爵とは浅からない縁だ。そんな彼に容疑が掛けられていると知って、黙って見過ごすわけにはいかない。

 無実なら自分たちの知る限りを話して弁護しよう。真実なら何としてでもその真意を問い質してみせよう。彼の前に立ち、それを見極める機会が与えられるのならば、トワたちに話を受けない理由はなかった。

 答えを受けてウォレス准将は口角を上げる。それは期待通りの答えだったからか。

 

「ありがたい。俺はこの練武場で待機している。何かあったらすぐに連絡を寄越してくれ――君たちに風と女神の導きがあらんことを」

 

 馴染みのない祈りを口にするウォレス准将に見送られ、トワたちは練武場を後にする。目指すはボリス子爵の待つ紡績工場。

 試験実習の端緒より関わることになり、因縁めいたように鉢合わせることになってきた魔獣事件。その真実を見極めるために、彼女たちは先を急ぐのだった。

 


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