永久の軌跡   作:お倉坊主

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閃Ⅳの情報が色々と出てきて楽しみな今日この頃。クロスベルのみならずリベールからも様々な人たちが出てくるようで、今から想像が広がります。軌跡シリーズの区切りにふさわしいオールスターですね。

今回は少し短めの日常回。原作でもまた先輩たちのこんな姿が見られたらいいな……


第43話 鋼鉄の馬

「会長、全員集まりました」

「ご苦労。では諸君、会議を始めるとしよう」

 

 八月。本格化する夏の暑さにばてる人もいるのではないかと思われるが、そこは仮にも鍛えている士官学院の生徒たち。部活動なども概ね活発であり、それは生徒会も変わりない。この自由行動日においても平常運転である。

 ちなみに貴族生徒は領地運営の勉強という名目で夏休みを取っていたりするのだが、生徒会のものは会長を含めて全員が学院に残っていた。無論、家に戻っても窮屈という理由でアンゼリカも残留である。

 閑話休題。

 今日は珍しく全員が顔を合わせていた。普段は個別に依頼の解決や業務処理に当たっているので、一堂に会するという機会は実を言うとあまりない。その例に外れ、職員室横の会議室を借りて集まった意味。それは来る学院の一大イベントに向けてのものであった。

 

「学院祭まであと二ヶ月――来月になれば各クラスにおける準備も本格的になるだろう。言うまでもないことだが、学生主導のこの祭典において生徒会の責任は重大だ。心して臨むように」

 

 十月に開催されるトールズ士官学院の学院祭。生徒たちを中心に様々な出し物で賑わうお祭りである。トリスタの人々のみならず、生徒の親類や観光客、学院に関わる来賓なども訪れるのだとか。

 生徒が中心ということで、基本的に教官たちは運営に口を出さない。企画、予算、工程管理、その他諸々含めて生徒の手で行うことになる。自由行動日といい、自主的な精神を大事にするトールズらしい学院祭と言えるだろう。

 そんなお祭りで中心的な役割を果たすのが生徒会だ。普段から生徒たちの代表として様々な業務に当たっているが、学院祭においては運営母体として動くことになる。会長の言葉通り、その責任は非常に大きい。

 各クラスにおける出し物の募集及び管理、安全面や衛生面における規定とその実行等々。学院祭という一大イベントを円滑に進めるためには、やらなければいけないことは両手の数では収まらない。それこそ、他の生徒たちに先んじて動き始めなければいけないくらいには。

 そうした趣旨のもとに開かれた今回の会議。厳格な会長の語りだしに、初の学院祭であるトワたち一年生は身が固くなってしまう。

 ところが、そこで会長は僅かに頬を緩めた。何時にないことにトワたちが驚くなか、彼は「だがまあ」と幾分か気安くなった声で続ける。

 

「せっかくの祭りだ。その中心である一年生が楽しめなければ意味もあるまい。雑事は先輩に押し付け、自身のクラスの方でも積極的に動いていくように」

「さ、流石会長……一年生には飴を与えながらも同輩には鞭をくれていく……」

「これも先輩の務めなのよね、ふふ……」

 

 学院祭でメインになるのは各クラスで出し物をやる一年生たち。対して二年生たちは有志で行うもの以外は基本的に裏方だ。どちらが生徒会の業務に集中できるかといえば、当然ながら後者になる。

 それはそれとして二年生たちにも学院祭を謳歌したい気持ちはあるが、かといって後輩たちに負担を強いては先輩の名が廃る。結局は会長の思惑通りに涙を呑むほかにないのだ。

 哀愁に耽る先輩方に一年生としては苦笑いしか浮かばない。そんな光景を生み出した当人はと言えば、鼻で一つ笑っただけで構いもしない。

 

「前置きは終わりにして、そろそろ本題に入るとしよう。ハーシェル、議事進行は任せた」

「あっ、はい。それでは全体の日程の確認から――」

 

 会長の鶴の一声で空気が引き締まる。生徒会に所属しているだけあって、皆生真面目だ。トワも気を取り直すと、備え付けのホワイトボードの前に立って議事を進める。

 大筋については前年度までのものから流用できるとはいえ、二年生たちの経験からくる反省点を反映したり、一年生から新しい意見を取り入れたりと細かい部分は詳細まで詰めていかなくてはならない。より良い学院祭にしたいと思うなら当然のことであった。

 あれこれと話を進めるうちに時間はあっという間に過ぎていく。時に意見をぶつけ合いながらも集約し、現段階における方針が固まってそれぞれの役割分担に移る頃には昼に差し掛かっていた。

 午前一杯を使ったおかげで話はかなりまとまったと思う。後は会長が割り振った役職の中で動いていくことになるのだが……自身に告げられた役目に、トワは目をパチクリさせた。

 

「えっと……会長」

「何だ?」

 

 言葉にしないうちに疑問を伝えようとするも、それに対する返答はにべもない。意図的なものに違いなかった。彼女はちょっぴり溜息を零すと素直に口にした。

 

「スケジュール管理って、かなり大変だと思うんですけど……」

 

 他の一年生たちは比較的負担の少ない役職を割り振られている。クラスの出し物にも無理のない範囲で参加していくことが出来るだろう。

 しかしながら、トワに任された仕事はそんな生易しいものではない。文字通り、学院祭全体のスケジュール管理――各クラスにおける進捗の確認、当日におけるステージ演目の時間の割り振り、その他諸々含めて全体を把握、必要に応じて是正していくものである。率直に言って激務だ。

 雑事は先輩に任せて、とは何だったのか。言葉に反して重い役目を任され、トワが問い質したくなっても仕方がない。対して、会長は何でもないことかのように軽く言葉を返した。

 

「適性を鑑みての割り振りだ。なに、君ならばやってできないこともあるまい――どれほどの手並みか楽しみにさせてもらうとしよう」

「あ、あはは……はぁ」

 

 人を食ったような笑みを浮かべる会長に、トワは乾いた笑いとため息をしか出なかった。他の面々も苦笑い。止めないあたり薄情である。

 試されるようなことを言われてしまっては仕方がない。精々、後から文句をつけられないように努めるとしよう。

 期待してくれるのは嬉しいが、その表れ方がいささかひねくれているのは困ったものである。トワの初めての学院祭はとんでもなく忙しいものになりそうだった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 学院祭に向けての会議も終了し、午後はそれぞれの業務に戻った生徒会。最近は依頼関係の処理における中心的な役割を会長から任されている――丸投げされている、とも言う――トワは、忙しなく動き回って何とか夕方までには一区切りをつけていた。

 午前に決まった学院祭の様々な準備については追々進めていくことになる。前もってできることは色々とあるだろうが、本格的に動くことになるのは来月くらいから。今から気を張りすぎていても仕方がない。

 何事もメリハリが大事だ。そういうわけで本日の業務を終えたトワ。その足がいつもの溜まり場である技術部に向かうのはごく自然なことであった。

 

「へえ、そりゃ災難なことで。優秀すぎるってのも困りもんだな」

「あはは……任されたからには、ちゃんとやり遂げなきゃだけどね」

 

 顔を出してみれば、そこには既にクロウ、アンゼリカ、ジョルジュの姿が。茶菓子を片手にダラダラしていたり奥の作業台で何某かを書き込んでいたりと、各々好き勝手に過ごしている面々。試験実習班のいつもの光景だ。

 会議での顛末を話してみれば、クロウはどこからか引っ張り出してきたクッキーを貪りながら感想を述べる。自分には関係ないからと思いっきり他人事だった。

 

「トワがそんなんだから会長にいいように使われるの。要領よくこなしちゃうから、向こうもどんどんハードルを上げてくるし」

 

 頭の上に陣取るノイからはお小言が降ってくる。トワには返す言葉もない。

 確かに姉貴分の言うことにも一理あったが、だからといって断れないのがトワの性分であった。期待されたら頑張ってしまう。期待以上の成果を出してくれるから更に一段上を求めてしまう。トワと会長はなんだかんだ噛み合う間柄だった。

 

「会長殿は好きな子を虐めてしまうタイプかな? ふふ、そういう嗜好は私も嫌いではないが」

「アンみたいにいかがわしい考えではないと思うけどね……クロウ、あんまり勝手に食べないでよ。誰が補充していると思っているのさ」

 

 相変わらずなアンゼリカに呆れつつも、技術部の菓子類を貪り尽くしそうな勢いのクロウに苦言を呈するジョルジュ。作業台から肩越しに注意された当人はといえば、口に手を運ぶのを止めることなく「おー」と気のない返事。ジョルジュの備蓄が底を尽きるのは時間の問題かもしれない。

 折を見て自分も何か差し入れておこう。控えめながら同じくクッキーを頂くトワは心の内にそう書き留めておくのだった。

 

「そういえば、皆のクラスでは学院祭で何をするかもう決めているの?」

 

 学院祭関係でふと気になったトワは三人に聞いてみた。生徒会として各クラスの状況がどうなっているのか知りたいというのもあったが、ほぼ純粋な興味あってのことである。

 

「そうさな……まだ話は固まっちゃいないが、あれこれやりたいってのは色々あるぜ。多いのはゲームで何か企画をやろうっていうのだな」

「うちの方では劇の案が主流だね。どうもⅠ組は昔からその手の出し物をやることが多いらしい」

「Ⅲ組は大掛かりなものをやりたいって意見をよく聞くかな……機材は自分たちで用意するみたいだけど、どれくらいまで許されるものなんだろう?」

 

 どうやら具体案は出ていなくても、今から話題には頻繁に上っているようだ。学院における盛大なお祭りだけあって、やはり皆楽しみにしているのだろう。

 とはいえ、開催に関する告知もまだまだこれからという状況で、どんなことがどれくらいの規模で出来るのか一年生が正確に把握することは難しい。首を傾げたジョルジュに、トワは会議で聞いた話を思い返して答えた。

 

「基本的には各クラスの裁量に任せることになっているよ。時間とミラが許す限り、だけど。あと生徒会の方で安全面のチェックとかもあるね」

「なるほど。そこらへんはしっかりしていて当然か」

 

 一応は学院側から一定額の予算は出るが、クラスで私費を出し合って派手にしていくのが当たり前になっているようだ。ミラの扱いに関しても自主性の範疇ということだろう。無論、安全と規範が守られているのが前提である。

 

「しかしまあ、そうなると貴族クラスは豪勢なことになりそうだな。私費で賄っていいなら、家のミラを持ち出してくる奴らもいるだろうしよ」

「確かに。ただ、ミラが掛かっているからと言って面白いわけでもあるまい。結局は創意工夫が大事になると思うね」

 

 アンゼリカの言う通りだ。ミラがあれば取れる選択肢は増えるだろうが、重要なのはそこから何を選び、何を作り出すか。来客を楽しませるアイデアとクオリティを出すために各クラスは頭を使うことになるだろう。

 これからどんな出し物をそれぞれのクラスで作り上げていくのか楽しみである。勿論、トワもⅣ組の企画に関わっていくつもりだ。忙しいからといって蔑ろにする気は毛頭なかった。

 

「ああ、それと個人でもちゃんと届け出れば好きなことをやっていいんだって。お小遣い稼ぎに例年、屋台を出している生徒も結構いるそうだよ」

「なんだか思っていたより本格的なお祭りなの。どんな屋台が出るのかな……」

「儲け話の機会でもあるってことか。へへ、賭けの一つでも主催できそうだな」

「やれやれ、羽目を外しすぎると後が怖いと思うがね」

 

 にこり、と無機質に微笑んで見つめてくるトワにクロウは「冗談だっての」と冷や汗を流した。賭博行為はご法度である。

 お祭りも節度あってこそ楽しめるものだ。普段より開放的といっても、守るべきところは守ってもらわなければいけない。そこのところはご理解いただきたいものである。

 学院祭はまだ二ヶ月は先のことではあるが、クロウとアンゼリカもなんだかんだ心待ちにしているイベントだ。トワが仕入れてきた話からあれこれ盛り上がってしまう。

 ふと、そこで気付いた。先ほどからジョルジュが言葉少なであることに。話を聞いていないわけではないようで、時折相槌を打ったりをしてくるが、普段に比べたら口を出してくる頻度が低いように思われた。

 何やら作業台に広げた紙面を真剣な表情で見つめている。思えば、トワが技術部に顔を出してから彼はずっとペンを動かしていた。

 

「ねえ、ジョルジュ君。さっきから何をやっているの?」

 

 手が止まっている今なら聞いても邪魔にはならないだろう。そう思って声を掛けてみると、ジョルジュはどこか上の空な様子で「うん?」と反応を返した。

 

「いや、すまない。ちょっと考えごとをね……これは設計図だよ。ほら、ルーレでシュミット博士から研究草案を貰ってきたのを覚えているかな」

「確か、自転車の導力化というテーマだったか。どんな具合なんだい?」

 

 拗れていた師弟関係が落ち着いたおかげか、シュミット博士から課題として与えられた研究草案の一つ。自転車の導力化、或いは導力自動車の二輪化。先月のトワの件が落ち着いてからはコツコツと設計を進めていたようだが、どうなったのだろうか。

 設計段階においては手伝いようもないので、ジョルジュから声がかかるまで待っていたのだが、面白そうな内容なので気になってはいたのだ。集まる視線にジョルジュは笑みを浮かべる。

 

「設計図はおおよそ引き終わったよ。何回も引き直した納得の出来栄えさ」

 

 それなら早く言ってくれればいいのに。待ち望んでいた言葉に作業台の周りにどやどやと寄って集る。事細かに書き記された設計図。そこに描かれた完成予想図を見て、トワたちは思わず「おお」と感嘆の声をあげた。

 

「なんだか思っていたよりごつくてカッコいい感じなの。自転車よりだいぶ大きいし」

「導力自動車に遜色ない出力を持たせようとすると、これくらいのスケールはないとね。まあ、僕の趣味が入っているのも否定はしないけど」

「いいじゃねえか。嫌いじゃねえぜ、こういうの」

 

 設計上では、全長は240リジュ、全高も140リジュはある。自転車に比べたら――実際、自転車を見かけたことは多くないが――かなり大型だ。導力エンジンを積むからには、車体は大きなって然るべきだろう。

 そんな厳つさをクロウは気に入ったらしい。ジョルジュも自分の趣味嗜好が入っていることを否定しないあたり、男の子はやはりこういう無骨でメカニカルなものに心惹かれるものがあるのだろう。

 尤も、男女に関わらず気に入ったのはトワも同じだ。故郷のテラでは歯車の機構を用いたミトスの民の遺物の扱いを学んでいたこともある。機械関係のデザインについては、むしろ好みの類であった。

 

「それじゃあ、これからは試作の段階に入っていくんだね」

「あー、うん……可能なら、そうしたいところなんだけど」

 

 設計が出来たのなら、後は実際に作り上げていくのみ。そうとばかり思っていたのだが、ジョルジュは何故かそこで言葉を濁らせた。どうしたのだろうかと首を傾げるトワに、彼は乾いた笑みを浮かべながら言った。

 

「組み立てようにも、何もないところから部品が出てくるわけじゃないからね。それを用立てるにも元手がないことには始まらないし……要するに開発費の問題さ」

 

 何とも切実で現実的な問題であった。つられるようにトワも乾いた笑みを漏らす。

 たとえジョルジュが設計したものを形にできる優れた技術を持っていても、ネジの一つもない状態からは何も作り出せはしない。まずは資材を調達するところから手をつけなければならなかった。

 しかし、車体を成型する鋼材にしても、それこそネジ一本にもミラが掛かる。導力自動車に比べれば小さいとはいえ、これだけの大きさの乗り物を作る費用は馬鹿にはならないだろう。それに、開発する中で試行錯誤を繰り返すことは間違いない。それほどのミラをジョルジュ個人で賄うのは到底不可能であった。

 

「世知辛いというかなんというか……当てはあるのか?」

「工科大学から研究費が下りるかは微妙なところだしなぁ。可能性があるとしたら、RFに売り込んで開発費を提供してもらうくらいか……」

「うーん、物作りも楽じゃないの」

 

 シュミット博士の研究室にいたのなら、学長の直弟子ということもあって研究費の申請をするのは簡単だった。ところが、今のジョルジュはトールズの生徒。博士の弟子であることには違いないとはいえ、部外者の個人的な研究に大学がミラを出してくれるかは難しいところだ。

 その点、RFに売り込むという案はまだ芽がある。RFにとって利益になると見込んでもらえれば、商用化のための諸々の面倒はついてくるだろうが、開発費を提供してもらえる可能性もあるだろう。

 とはいえ、言葉にするなら簡単だが、実際にまだ形にもなっていないものを売り込むというのは非常に難しい。それだけのプレゼン能力がジョルジュにあるかは怪しいところだった。

 さて、どうしたものか。具現化するための、ある意味で最大の障害に考え込んでしまう。

 

「――つまり、スポンサーがいれば問題ないわけだね」

 

 そんなところに、しげしげと設計図を見つめていたアンゼリカが口火を切った。ミラを用立ててくれる後援者さえいれば完成させることはできるのだろう、と。

 

「それは、まあ、そうだけど……言ってしまえば趣味の研究にミラを出してくれる人がいると思うかい?」

「いるじゃないか。君の目の前に」

 

 立てられた親指がアンゼリカ自身の胸を指し示す。あまりにも簡単に言うものだから、ジョルジュのみならずトワやクロウも目を瞬かせてしまった。

 要するに、彼女はこの開発費を自分の懐から全額出そうというのか。決して少なくない額になるだろうミラを、ジョルジュの言葉を借りれば「趣味の研究」に。

 友人だからといってそう易々と出来ることではないし、するべきことでもないと思う。だからこそ、それを聞いたトワたちの反応は諸手を上げた歓迎ではなかった。

 

「おいおい、本気か? いくら貴族だからってポンと出すようなものでもねえぞ」

「本気も本気さ。それに、伊達や酔狂でもなければ、ただの親切心というわけでもない」

「そうなの?」

 

 友人だから、というただの親切心で行おうとしていることなら止めるつもりだった。仲がいいからといって何をしてもいいわけではない。大金といえるミラが絡むとなれば尚更だ。親しき仲にも礼儀やけじめは必要である。

 ところが、アンゼリカは違うという。瞳を爛々と輝かせた彼女は楽しげに設計図を見つめる。

 

「話を聞いた段階から面白いとは思っていたが、これを見て確信したよ。きっと素晴らしいものが出来上がる。それが日の目を見ないなんて勿体ないにも程があるだろう」

「そこまで買ってくれるのは嬉しいね。だからといってアンの懐から出す必要はないと思うけど」

「では、言い方を変えよう。一台お買い上げだ」

 

 申し訳なさそうにしていたジョルジュが目を見開く。端的な言葉の中にはこれ以上ない明確な理由と説得力があった。

 アンゼリカの申し出は親切心でもなければ、将来性を見込んでの援助でもない。単純な物欲が理由の大半であったのだ。

 

「デザインも、乗り心地も、全てを私色に染め上げた一品を仕上げてくれたまえ。高いミラを出すんだ。それくらいサービスしてくれるだろう?」

「うーん、ある意味貴族趣味というか……それはそうとアンちゃん、お父さんと仲が悪いのにそんなミラ持っているの?」

「ふっ、私がどうして鉱山バイトに励んでいたと思う。こういう時に好き勝手使うためさ」

「全然貴族らしくなかったの……」

 

 アンゼリカの珍しい貴族的側面が、かと思えばそうでもなかった。ミラの出処が全く貴族的ではない。危険も伴う肉体労働で賃金はよかっただろうから、それなりの蓄えがあるのは確かなのだろうが。

 トワたちがそれを聞いて呆れている間にも、ジョルジュは思案顔で腕を組んで考え込んでいる。本当にアンゼリカの話を受けていいのか。それを天秤にかけているのだろう。

 メリットが勝る提案であるのは明らかだ。すぐに開発に取り掛かれるのはもとより、後々の商用化を考えての制限が掛かることもない。強いて言えばアンゼリカの好みに左右されるという点があるが、彼女の性格からして限界まで性能を突き詰める方向だろう。それはジョルジュとしても望むところだ。

 結局、その手を取るか否かはジョルジュが納得できるか次第なのだ。余計な考えを打ち止めた彼は、確認を取るように問いかける。

 

「元が取れる研究になるか分からないよ。払い損になるかもしれない」

「私としてはとびっきりの一台が出来上がれば十分さ。そこから先はお任せするよ」

「大量のテストとか調整とかに付き合ってもらうことになるし」

「むしろ歓迎だね。役得というものだろう」

「返品返金は受け付けないよ」

「上等」

 

 にやり、と二人は笑みを浮かべ合う。問答はそれで十分だった。

 

「心配なら書面でもしたためようか?」

「はは……いや、それには及ばないさ」

 

 冗談めかすアンゼリカに苦笑しつつもジョルジュは手を差し伸ばす。それは彼が答えを決めた証。伸ばされた手はもう一方の手に取られ、二人は固い握手を交わす。

 

「契約成立だ。よろしく頼むよ」

「こちらこそ。要望があれば遠慮なく言ってくれ」

 

 丸く収まったようで何よりだ。傍らで見守っていたトワとクロウもつられるように笑みが浮かぶ。

 さて、そうと決まれば話は早い。ミラの目途がついたからには、後は実際に動いていくまでだ。早速とばかりに作業台に向き直るジョルジュに同調し、トワたちもまた手を動かし始める。

 

「まずは資材の発注からだよね。私の方でそっちは纏めておこうか?」

「ああ、頼むよ。必要なものはリストアップしておく。クロウ、ちょっとそこを片付けてスペース空けておいてくれ。加工とか組み立てに場所を取るからね」

「了解。ゼリカ、こっちに手を貸せよ」

「ふむ、私には好みのデザインを今から考えるという仕事があるのだが……冗談だよ。そう睨まないでくれたまえ」

 

 それぞれ出来ることから手を付け始める。その様子を見守るノイには、四人がとてもいい表情をしているように思えた。

 地を駆ける鋼鉄の馬を夢見て。その日より技術部は一層の賑わいを見せるようになるのだった。

 


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