永久の軌跡   作:お倉坊主

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序章にあたる部分はここまで。今後は、ある程度書き溜めができたら投稿していく予定です。


第4話 発足

 ガーゴイルという異形の化物を前にして、アンゼリカとジョルジュは普通の魔獣を相手にするよりも慎重になっていた。自分たちの常識の範囲外の存在が相手なのだ。攻勢に出るのを躊躇いもする。

 それに対してトワは何の気負いもなかった。無謀な訳でも自棄になった訳でもない。目の前の存在が強敵でも倒せると知っていたからだ。勘のような曖昧な感覚ではなく、確かな経験による知識として。

 振るわれた鋭利な爪を後ろに跳躍して回避。着地と同時にバネのように身を屈め、勢いをつけてガーゴイルの懐を目掛けて走り出す。

 狂暴な光を宿した瞳が小柄なそれに狙いを定める。唸り声をあげ、その巨体を横向きに振るった。太く長大なガーゴイルの尾が凶器となってトワを薙ぎ払おうとする。

 だが、それも彼女が足を止める理由にはならない。

 

「やっ!」

 

 迫り来る尾と地面の僅かな隙間。スライディングの要領でそこに身を潜り込ませて攻撃を凌ぎ、勢いを殺すことなくガーゴイルの懐へと飛び込む。大振りな動きで隙を晒す相手に両手で握り直した打刀を叩き込んだ。

 一撃、二撃、三撃。淀みの無い連続した斬撃を胸部に刻む。

 呻くような音、それに続く怒りの咆哮。荒々しい反撃が襲い来るが、その時には既に距離を離している。隙を突いて攻撃し無理することなく離脱。基本的にはこれで問題なさそうだ。

 そう、問題は無い。ただ時間は掛かりそうだ。斬りつけた時の感覚を思い出し、つい難しい表情になる。

 

「……やっぱり硬いなぁ。あまり効いてないみたいだし」

 

 石の守護者と呼ばれるだけはある。体表は硬く、攻撃は通っているが有効打とはなっていないように見える。現にガーゴイルは胸の傷を気にした様子もなくトワの前に立ちはだかっていた。

 硬くて斬撃が通らないなら別の手段を使うまで。躊躇いもせずに突っ込んでいったトワに度肝を抜かれたのか、どこか呆けた顔をする二人の特性を鑑みて即興の作戦を立てた。

 

「アンちゃん、前に出てガーゴイルの目を引き付けて! ジョルジュ君は私と一緒にアーツで攻撃を!」

「……! なるほど、了解した!」

「わ、分かった!」

 

 トワの言葉からすぐさま意図する事を読み取ったのだろう。アンゼリカは間髪入れず動き出す。

 自らに斬撃を入れた標的に意識を集中させていたガーゴイルの横に回り込み、その横っ腹に腰の入った一撃を叩き込む。重い拳は剣よりも硬い体表の内部に響く。思わぬ方向からの衝撃にガーゴイルが呻き、トワに向けていた敵意の目がそちらに逸れた。

 機を逃さずトワは後退、ジョルジュの近くまで跳び下がる。そこでは既にジョルジュがARCUSを準備して待っていた。

 

「ジョルジュ君、タイミングを合わせていくよ!」

「ああ!」

「「ARCUS駆動!」」

 

 従来の戦術オーブメントよりも少し大きめのサイズにはまだ慣れていないが扱いに問題は無い。クオーツが嵌った導力回路をなぞり駆動を開始する。使用者とシンクロしたARCUSが魔法現象の展開プロセスを代行、トワとジョルジュのアーツはほぼ同時に発動した。

 

「アンちゃん!」

「っ!」

 

 トワの呼びかけに、ガーゴイルを引き付けていたアンゼリカが相手から距離を取った。その後を追おうとする魔物にアーツが放たれた。

 まずはトワ。宙に形成された水の飛礫がガーゴイルに向けて撃ち出される。水のアーツ、アクアブリード。高速で命中した水弾は石の体表を突き抜けて衝撃を与え、ガーゴイルは追撃の足を止めざるを得なくなる。

 次いでジョルジュも間髪を入れずに発動させる。地のアーツ、ストーンハンマーにより形成された岩の槌がガーゴイルの頭部を打ち付けた。さしもの古の魔物も、これには怯んだ様子を見せる。連続して放たれたアーツは確実にダメージを与えていた。

 硬質な体を持ち物理的な攻撃が通りにくいのなら、その防御力を無視できる魔法的な攻撃を主軸に置いていくまで。即席の簡単な作戦ではあるが上手く機能してくれたおかげでガーゴイルは体勢を崩した。そして、その隙を逃すほど前衛を務めてもらっている彼女は甘くない。

 

「ハアアァァ……セイヤァッ!!」

 

 高められた気を纏った鋭い蹴り、そこから猛烈な速度で真空波が放たれる。怯んだ状態の相手に外す訳もない。直撃した痛烈な一撃にガーゴイルは堪らず後ずさった。

 この好機を逃す手は無い。更なる追い打ちを掛けようとして、そこでトワはガーゴイルの変化に気付き走り出そうとした足を引き留める。

 度重なる攻撃により石の体表は罅割れていた。その罅が亀裂となって徐々に広がっていく。ピシピシと音を立てて、まるで蛹が羽化するかのように。トワと同じように警戒してアンゼリカも一旦距離を開けた。

 

「――――!!」

 

 ガーゴイルが咆哮を上げる。それが合図だった。

 亀裂の入った石の体表が砕け散る。灰色の残骸がバラバラと足元に降り積もらせ、より生物染みた黄土色の甲殻と青い獣肌が露わとなる。

 防御力は下がっていそうだ。これなら自分の剣も通るだろうか。

 様子を見ながら算段を立て、いざ斬り込もうとした矢先――ガーゴイルが、飛んだ。

 

「な……!」

「そっか、身軽になったから……って、うわわっ!?」

 

 突然の飛翔に驚いていられるのも束の間、暴力的なまでの強風が襲い掛かってくる。滞空するガーゴイルの翼より生み出されるそれにより、面と向かっては足を踏み出すことも儘ならない。

 石の鎧を脱ぎ捨てたガーゴイルは鈍重な動きから一転、空に居座る翼竜と化した。強風でこちらの動きに制限を掛けてくることはもとより、空中に留まっているという点が非常に厄介だ。幸いにも高度はそれほど高くは無いが、頭上を取られている事には変わりない。

 だが、だからと言って尻込みしている訳にもいかない。目の前の障害を打ち倒し地上に帰るためにも、頭を巡らせ身体を動かし続けなければ。

 

「……私とアンちゃんで左右から仕掛けよう。ジョルジュ君、援護はお願いできる?」

「くっ……な、何とかやってみる!」

「時間を掛けると面倒な事になりそうだ。速攻で行くとしよう!」

 

 強風に煽られないようにしながら左右に展開、トワとアンゼリカは挟み撃ちをするように挑みかかっていく。対するガーゴイルは爪牙と鞭のような尾をもって迎え撃つ。

 断続的に繰り出す剣と拳。返し手の暴力的な一撃を紙一重で凌ぎつつ、空に居座る翼竜へと攻撃の手を緩めない。後方からのアーツによる援護も交えて地に引き摺り落とさんと攻防を繰り広げる。

 石の鎧を引き剥がした事によりトワの剣も通じるようになった。獣肌を斬り付ければ傷が刻まれ、ガーゴイルも苦痛を感じているような素振りを見せる。

 だが、硬さと引き換えに手にした空という(フィールド)が、こちらの攻め手を勢い付けさせてくれない。跳べば届かない事もない。しかし自分たちの本分は地上でこそ発揮できるものだ。トワは機敏さと手数で攻めるタイプであるし、アンゼリカはしっかりとした踏込からの重い一撃が得手だろう。そのどちらも敵が空にいては活かせない。

 一度の跳躍で一、二撃入れるのが限度。それ以上は身体の自由が利かない空中では反撃を喰らう。援護のアーツも初歩的なものしかないため決定打になり得ない。結果として微々たるダメージしか与えられていなかった。

 

「それなら!」

 

 このままでは埒が明かない。トワの決断は早かった。

 ガーゴイルの側面から背後へ回り込もうとする。当然、それを易々と許す相手ではない。道を阻むように尾が振り払われ、トワを吹き飛ばそうとした。

 だが、トワとて闇雲に戦っていた訳ではない。尾の動きには既におおよその見切りが付いている。タイミングを見計らい、高跳びをするように跳躍して回避。追撃も警戒したが、アンゼリカがガーゴイルを殴りつけて気を引いたことで免れた。

 心中でアンゼリカに感謝する。そして彼女のおかげで取れた魔物の背に向けて思いっ切り跳び上がった。

 自身の脚力で届くのはガーゴイルの下半身が精々。それでは足りない。背の甲殻に足を掛け更なる跳躍の足場とする。二度の跳躍を経て、ようやく標的を眼下に捉える。

 魔物を空に留める原動力。力強く羽ばたく巨大な翼、その翼膜。跳躍の頂点から重力に従って落下が始まる。両手で打刀を携え、一切の躊躇もなく、トワは落下の勢いのままに斬り裂いた。

 瞬間、つんざくような叫び声が鳴り響く。翼膜を斬られてバランスを崩したガーゴイルが地に墜ちる。上手くいった。トワは内心でホッと息をつく。

 

「よくやった、後は任せたまえ!」

 

 空から引き摺り落としただけでは終わらない。待っていましたとばかりに獰猛な笑みを浮かべるアンゼリカがガーゴイルを迎え入れる。

 大きく足を踏み込み、まずは右のストレート。続いて振り抜かれる左からのブロー。まだまだ足りないと蹴撃が顎を打ち据える。鬱憤を晴らすような連撃に呻き声が上がるが、彼女は決して好機を逃そうとはしない。極めつけの掌底が叩き込まれ、その体躯が僅かに浮き上がるほどの衝撃がガーゴイルの体内を駆け巡る。

 それでも体力は尽きておらず、崩れ落ちまいと脚に力を籠めた翼竜。その前に大きな影が差しかかる。

 

「どっ――せええぇぇい!!」

 

 鉄槌がガーゴイルの胴に打ち付けられた。そう認識できたのは、まさに一瞬だった。

 爆音が響き、そしてガーゴイルの体躯が今度こそ完全に浮き上がった。数秒ばかり空を飛び、無防備に背中から地面に落ちる。距離にして3アージュばかり自由飛行した魔物は、そこでピクリとも動かなくなった。警戒をするが動き出す様子は無い。力尽きたか、気絶しただけか。

 はあ、と大きく息を吐く音が聞こえる。見れば、ジョルジュが緊張を解いた様子で座り込んでいた。その手に持つ機械槌の先端から煙が立ち上る様子は否が応にも目を惹かれる。

 

「なかなかイケてるハンマーじゃないか。それ、どういう仕組みなんだい?」

「ああ……小規模な導力爆発を起こして威力を上げているんだ。まあ、もう少し調整する必要はありそうだけど。反動で手が痺れてしまったよ」

「あはは……私は単純に、いきなり大きな音がしてビックリしたよ」

「はは、それはすまない」

 

 咎めるつもりは無いが、トワが驚かされたのも確か。いきなりの爆発音に、ついつい肩がビクッとなったのである。心臓が飛び出るかのような心地だった。

 苦笑いと共に謝罪しながらジョルジュは「よっこらしょ」と立ち上がる。手が痺れたとは言っているが、動けないほど疲弊している訳でもなさそうだ。体力はそれなりに有る方なのだろう。

 

「ともかく、ここはもう大丈夫だろう。少し休憩したらクロウを探しに……」

「あ、それなんだけど」

 

 それなら、まだ自分の身を守るくらいは出来る筈だ。

 すっかり終わったつもりでいるジョルジュにトワは無慈悲な事実を伝えた。

 

「あのガーゴイル、まだ行かせてくれるつもりじゃないみたいだよ」

「…………はあ、勘弁して欲しいな」

「やれやれ、しつこい奴は嫌われるという事を知らないのかな」

 

 再び活気をその身に宿し、トワたちの前に立ちはだかるガーゴイル。よく見ると斬り裂いた翼膜をはじめとした傷が部分的に消えている。おそらくは再生能力を持っているのだろう。倒れている内に完全とはいかずとも修復したのか。

 ちゃんとトドメをさしておけば良かったと思うものの時すでに遅し。第2ラウンドに突入する他ないようだ。

 敵は癒えた翼を羽ばたかせ空中に舞い戻った。また引き摺り落としたい所だが、同じ手が通じるかどうかは微妙な所である。そして何よりも、トドメをさすのに必要になるだろう大技を放つ隙を作れるかと言われると不安しかない。

 

(ノイの力が借りられればいいのだけど……)

 

 今も広間のどこかで――もしかしたらハラハラしながら――見守っているだろうお目付け役の事を思い浮かべる。彼女の助けを得ればガーゴイルを倒す事もさほど難しくはない。

 しかし彼女の攻撃手段は割かし派手なものが多い。手を出すとなると間違いなくアンゼリカとジョルジュには露見してしまうだろう。それは出来るだけ避けたい。

 やはり何とか自分たちだけの力で倒すしかない。そう思い直し、刀を構え。

 

 

「――ちっ、しょうがねえな」

 

 

 突如として、銃声が鳴り響いた。

 けたたましい音と共に飛び込んでくる無数の銃弾。その全てがガーゴイルの両翼に吸い込まれるように命中する。翼に風穴を穿たれ、またもや翼竜は地に墜ちる。

 思いがけず訪れた好機。けれどもトワの目は前ではなく後ろに向いていた。

 ガス欠気味のジョルジュが控える後方よりもさらに先、広間の入り口近くに見えるバンダナが巻かれた銀髪。見間違える筈が無い。

 

「クロウく――」

「オラ、ぼさっとしてんじゃねえ! さっさと片付けるぞ!」

「ふえっ!? わ、分かった!」

 

 即座に怒鳴り返されてしまって素っ頓狂な声が出る。それでも胸の内は喜びで一杯になっていた。もしかしたら嫌われているかもしれない相手、クロウ・アームブラストが二丁の導力銃を携えて助けに現れてくれたのだから。

 トワ、クロウ、アンゼリカ、ジョルジュ。バラバラになっていた四人がようやく揃って並び立つ。

 

「女の子に怒鳴りつけるとは礼儀がなっていないね。日曜学校からやり直したらどうだい?」

「あん? まともに制服のスカートすら履かない奴が言う事とは思えねえな」

「まあまあ、抑えて抑えて」

 

 同じ場には揃っても心情はバラバラのまま。特にクロウとアンゼリカは早速火花を散らしている。

 このわだかまりを解消するには長い時間が必要なのだろう。もしかしたら、ずっとこのままという可能性もある。絶対に仲良く出来る保証なんて何処にも無いのだから。

 

「もう! クロウ君もアンちゃんもすぐに喧嘩しないで、こんな時くらい協力してよ!」

 

 だが自分たちは今、同じ目的を持ってこの場に立っている。目の前に立ち塞がる敵を打ち倒し地上に生還する。その後に教官に文句を言うかどうかは個人によるだろうが。

 その目的があれば手を取り合うことだって不可能じゃない。お互いの利益を鑑みた、一時的な協力体制。いささかドライな関係だが仲違いよりはずっといい。

 気に入らなさそうな目でねめつけ合う二人。だが、頭では理解していたのだろう。結局はお互いに折れた。

 

「……仕方がない。後ろは任せるが、背中を撃たないでくれたまえよ?」

「へっ、ぬかせ。バックアップはしてやるからアレをキッチリ仕留めやがれ」

「とは言っても、倒しても起き上ってくるんじゃなぁ……どうやったら仕留めきれるのやら。トワ、何か知っているかい?」

「うーん、そうだね……」

 

 ガーゴイルの打倒という共通の目的。それを果たすためには例の再生能力をどうにかしなければならない。もっとも落ち着いて対処していたトワが何かしらの知識を有していると察したのだろう。ジョルジュが尋ねてくる。

 再生能力を攻略する方法は極めて単純だ。つまり、再生できないほどの大きな損傷を与えてしまえばいい。首を落としたりすれば、さしもの再生能力も役には立たない。

 そしてトワはそれを可能にする力を持っている。伊達に祖父から剣の教えを授かった訳ではない。

 

「みんなで隙を作ってくれれば、なんとか出来ると思うんだけど……」

 

 ただし、それはガーゴイルの目がトワから完全に外れていたらの話だ。絶え間なく攻撃して視線と動きを固定し、死角からの必殺の一撃を叩き込む。そんな連携が今の自分たちに出来るだろうか。

 正直あまり上手くいくとは思えない作戦を言い出すべきか迷う。ガーゴイルが体勢を立て直しつつあるのを目にして焦りが出始める。変化が訪れたのはその時だった。

 

「……? これって……?」

「なんだ? 身体から光が……」

 

 身体から漏れ出るように光が溢れてくる。突然の事に戸惑うが、嫌な感じはしない。ただ不思議な感覚だった。

 みんなの事が、分かる。間合い、攻撃方法、それぞれの戦術。それらが感覚的なものとして伝わってくる。まるでお互いを知り尽くしたパートナーのように。

 どのような理屈でこんな感覚を得られているのかは理解できない。だが、直感的に分かる事ならあった。

 ――これなら、いける。そんな確信だ。

 

「よく分からねえが……」

「何とかなりそう、だね」

「ああ、きっと出来るさ」

「行こう、みんなっ!」

 

 翼の風穴を修復したガーゴイルが再び立ち上がる。だが、もはや脅威は感じなかった。自分たちなら倒せる。そんなビジョンが四人の間で共有され、それに従って動き出す。

 クロウが導力銃を連射し、飛び立たんとするガーゴイルを牽制。その動きを封じる。

 その間にトワはアーツを駆動。火の補助アーツ、フォルテで火力を補強する。

 

「そら、さっさと行きやがれ!」

「言われずとも!」

 

 先んじてガーゴイルに接近するのはアンゼリカ。銃弾が飛び交う中に躊躇いも無く飛び込み、どこを進めばいいのか言葉にしなくとも理解しているように走り抜ける。ひとたび密着すれば、そこは彼女の拳の間合い。遠慮の欠片もない連撃が相手の動きを鈍らせる。

 鈍ったガーゴイルの頭部が横っ面から強かに揺さぶられた。振り抜いた機械槌を、ジョルジュは遠心力を利用して下から掬い上げる。重い鉄塊の二連撃にガーゴイルは怯んで動きを完全に止める。

 

「トワ!」

「うん、行くよっ!」

 

 そして掬い上げられた機械槌の先端に足が掛かる。先端の位置がもっとも高くなる絶妙なタイミング。何の打ち合わせも無くそれを掴んで見せたトワは思いっ切り跳躍する。高く高く、天井にまで届かんばかりに。

 

「あとは頼んだよ!」

「幕引きは任せた!」

「きっちりと決めやがれ!」

 

 身から力を抜き、心は平静に。剣を振るうのに余計なものは要らない。ただ魂と意志がそこにあればいい。

 刃を下へ。その先の打ち倒すべき敵に向けて。突撃するかのような構えを取る。

 身に纏う闘気。金色の波動に包まれ、全ての準備は整った。

 

「空を奔れ――」

 

 今の自分に出来る限りの最高の一撃。それを解き放つ。

 

「流星撃!!」

 

 ――その時、地下の広間に星が流れた。

 光が空中を疾駆し、ガーゴイルが気付いて見上げた時には全てが遅かった。瞬く間に迫った必殺の一撃が、その背に突っ込んで余りある衝撃力で地面に押し潰す。トワの全力の攻撃はガーゴイルの背骨を叩き折った。

 潰されたガーゴイルは頭を苦しげに振り上げ、そして力なく落とした。今度こそ完全に力尽きた。その体躯も跡形も残すことなく消滅する。

 着地した態勢のまま、しばらくしゃがんでいたトワ。ガーゴイルの消滅を見届けてようやく立ち上がる。得物を一度払い、腰のベルトに差した鞘に納め、

 

「…………はぁ」

 

 ふらりと後ろから倒れてしまった。

 

「ちょっ、トワ!?」

「あ、あはは……流石に疲れちゃって……」

「やれやれ、締まらねえな。あのまま決め台詞でも言ってたら完璧だったのによ」

「分かっていないな。トワはこれだから良いんじゃないか」

「てめえの趣味なんて知らねえっつうの」

 

 慌てて駆け寄ってくるジョルジュに、早々に憎まれ口を叩き合っているクロウとアンゼリカ。倒れたまま逆さまの光景を見てトワは思う。この四人で協力することが出来て良かった、と。

 いつまでも倒れていてはジョルジュに心配を掛けてしまう。身体に勢いをつけて起き上る。背中の埃を払いながら、トワは「そういえば」と切り出した。

 

「最後の身体が光ったの、いったい何だったんだろう? 不思議な感覚がしたけど……」

 

 クロウとアンゼリカのいがみ合いもピタリと止まる。少なからず、それを狙っての発言でもあったが、不思議の思っているのも確かだ。

 戦闘における意思疎通を容易にして高度な連携を可能とする。あの光が自分たちに与えた効果を挙げるとするならば、こんなところだろうか。

 言葉にすれば簡単に聞こえるが、実際はそうはいかない。スムーズな連携を可能にするには、まずお互いの癖を知っておかねばならない。そしてどのタイミングで、どこに攻撃するのかも、同士討ちを避けるには了解しておく必要がある。それらを言葉にせず暗黙のうちに理解する。どう考えても出会ってから一日も経っていない自分たちに出来る事ではない。

 それがどうして土壇場で可能になったのか。心当たりと言えば一つしかなかった。

 

「何かあるとすれば……まあ、コイツだろうな」

「新型戦術オーブメントの試作型、だったか。私たち四人で共通する点など、これくらいだろうし」

 

 懐中時計型のオーブメント。従来のものより大きめのそれを揃って取り出す。学院に来てからの何かで先ほどの連携が可能になったのだとしたら、おそらくはこれが大きな要因なのではないか。

 自然と視線はジョルジュの方へと向く。サラ教官とのやり取りで彼は、このオーブメントについて何か知っている素振りを見せていた。他の三人としては注目せざるを得ない。

 本人にとっても案の定だったのだろう。「僕も詳しくは知らないけど」と前置いて口を開いた。

 

「このオーブメント――ARCUSには『戦術リンク』っていう機能が搭載されていてね。簡単に高度な連携を可能にする革命的なものと聞いていたんだけど……まさか、これほどとはね。正直、僕も驚いているところだよ」

「気持ちは分かるなぁ。みんなの動きが手に取るように分かる感じだったもの」

「試作型ってことは、これでも未完成なんだろ? 完成したらどうなるのか……革命ってのも、あながち大袈裟じゃねえのかもな」

「今は従来のものをベースに戦術リンク機能を組み込んでいるけど、構想だと新規格のハードウェアを採用するらしい。尤も、現段階ではリンクが安定しないようでね。サラ教官が言っていたテストやこのオリエンテーションっていうのも、その改善のためのデータ収集の一環なのかもしれない」

 

 詳しく知らないと言った割にジョルジュの口からは細かい情報が次々と語られる。新型オーブメントの構想をどうして知っているのかとか疑問に思う点もあるが、一先ずは納得する。きっと彼にも事情があるのだろう。

 

「まあ、否定はしないわ。それだけでもないけどね」

 

 頭上から第三者の声が響いたのは、そんな納得の直後だった。

 

「あっ、サラ教官」

「取り敢えず一発殴っていいか?」

「まあまあ、そう逸らないの」

 

 地上に繋がる階段、その上部に数時間ぶりにサラ教官が姿を現わす。落とし穴に嵌められた怒りを忘れられない様子のクロウは、もはや形式だけの敬語さえ使うつもりは無いらしい。相手は平然と流して悠々と下に降りてきたが。

 ともかくサラ教官が来たという事は、特別オリエンテーションはこれで終わりという事だろう。トワとジョルジュとしては一安心である。

 

「全員無事に戻って来れたようね。最後のヤツ、見ていたわよ。仲間と力を合わせて強敵を打ち倒す、うーん青春ねぇ」

「適当な事を言っていないで、いい加減に話してくれませんか? 私たちに参加して欲しいというテスト、戻ったら詳しい説明をしてくれるとカードに書いたでしょう」

 

 うんうん、と頷くサラ教官に痺れを切らしたのはアンゼリカ。言われた通りダンジョン攻略に付き合ってやったのだから報酬を寄越せ。程度の違いは有れど、その気持ちは四人に共通するものだ。そろそろ事情を話して欲しい。

 

「分かったわよ……君たちにやってもらいたいテストの内容は主に二つ。一つはジョルジュが言っていたように試作型ARCUSの運用、及びデータ収集」

 

 細い指をピッと一本立てる。「そして」と区切り、二本目が立てられた。

 

「二つ目がテストの最大の目的……特別実習の実証試験よ」

「と、特別実習?」

「……それが、特科クラスの特別なカリキュラムなんですね」

「ふふ、やっぱりあなたは鋭いわね」

 

 トワの指摘は肯定をもって返された。サラ教官は面白そうに笑みをこぼす。

 ……やっぱり、という言葉に引っ掛かりを覚えるが今は追及する暇はなさそうだ。

 

「月一回行う帝国各地での現地実習――それが特科クラスのカリキュラムにおける最大の特徴よ。君たちにお願いしたいのは、その実習が実際に上手くいくのか、また通常のカリキュラムとの折り合いのつけ方を確かめるための予行演習みたいなものね」

「帝国各地での実習、ねえ……こうなってくると俺たち四人を選んだのにも何か理由があるのか?」

「当たり前じゃない。特科クラスの生徒は貴族(・・)平民に(・・・)関係なく(・・・・)集めるつもりなんだから。そこら辺の様子見も君たちのテストに含まれるわ」

 

 クロウ、アンゼリカ、ジョルジュが目を見開く。驚きを露わにする三人に置いてけぼりを喰らったトワは戸惑ってしまった。

 確かに現在のクラス分けはⅠ組・Ⅱ組が貴族生徒、Ⅲ組~Ⅴ組が平民生徒と区別されている。その枠から外れた混成クラスを作るというのは耳に新しいかもしれないが、言ってしまえばそれだけだ。露骨に驚く理由がトワの価値観からは分からなかった。

 一人で戸惑っている内にも時間は進む。驚愕の表情のままジョルジュが口を開く。

 

「……本当にするんですか? 貴族と平民を同じクラスになんて」

「なんと言うべきか……思い切った事をしますね」

 

 信じられない、端的に表せばジョルジュもアンゼリカも同じ心持ちの様だった。きっと彼らにとって身分制度とはそれほど大きなものなのだろう。

 だが、トワにはその心情が理解できない。貴族と平民で区別して当たり前というような認識を持てない。

 ――貴族も平民も、この星に生きる同じ人間であることには変わりないのに。

 

「冗談でこんな事を言ったりはしないわよ。まあ、君たちにやってもらいたい事を具体的に挙げていくと――」

 

 ハッとして気を取り直す。今は考え込んでいる場合じゃない。トワはサラ教官の言う事を聞き逃さない様に耳を傾ける。

 まず月末に実施する予定の特別実習への参加。実際に帝国各地に赴き、そこでの活動を通してレポートを提出して欲しいという。問題点などがあれば遠慮なく報告して欲しいとの事だ。ちなみに実習に行っている間の授業は公欠扱いにするが、その分の遅れは補習をお願いしたりして取り戻すしかないらしい。結果的に学業面が大変になるという事である。

 そして試作型ARCUSの導入試験、及びデータ収集。こちらも特別実習と並行して戦闘経験を積み重ね、データと所感などを纏めたレポートを提出する必要があるそうだ。従来とは細部が異なる上、完成型が出来たらそちらのテストもやらなければならないそうなので実習とは別の意味で大変になりそうだ。

 学院側でもサポートは怠らないが、やはり普通よりも負担は大きくなるらしい。その分、色々な経験を詰める事は保証するけれども。

 

「――とまあ大体こんな感じなんだけど、それを承知してもらった上で改めて聞かせてもらうわ。特科クラス、そしてARCUSの導入テスト……これに参加するかどうか、ここで決めてちょうだい」

 

 提示された選択肢。即答する者はいなかった。皆と目を合わせてみても、返ってくるのは迷い、逡巡、適当に肩をすくめるなどと自分と同じく決めかねている様子しか見えてこない。

 いや、それは今この場において関係は無いだろう。トワ自身がどうしたいのか。この選択において重要なのは他ならぬ自らの意志なのだから。

 

「あの、一応聞いておきたいんですけど……断ったらどうなるんですか?」

「特にどうもならないわよ。普通のカリキュラムに従って学院生活を送るだけ。まあARCUSは返却してもらうけどね」

 

 簡潔な返答に「なるほど」と頷く。何の変哲もない学生として過ごすか、あるいは波乱万丈な冒険に繰り出すかの二択という訳だ。

 普通よりも苦労するのは別に構わないと思う。それを苦にする性格でもないし、自分が何かの役に立てるのなら進んで協力したい。勉強も頑張ればどうとでもなる範囲だろう。

 テストの目玉である特別実習だって興味を惹かれないと言えば嘘になる。生まれも育ちも辺境の果てとも言える離島で、外の事は今まで伝聞か最寄りの港町しか知り得なかった。だから、こうして入学するまでの間に見聞きしたものでさえ初めての事ばかりで興奮しきりだったのに、更に学院の方から様々な場所に送り出してくれるというのだ。気にならない訳がない。

 そして何よりも、トワが故郷から出てきた理由、そして目的の一助になるのではないか。落ち着いて考えている内に彼女は、そう思えるようになっていた。

 ……なんだ、最初から迷う必要なんて無かったではないか。

 

「――トワ・ハーシェル、導入試験に参加します」

「へえ……」

「なるほど、一番乗りはあなただったか。案の定と言うべきかなんと言うべきか……ちなみに理由は?」

 

 迷いのないトワの申告にクロウから声が漏れる。どうしてか笑みを浮かべるサラ教官から問い掛けられるものの、それに対する答えにも淀みは無かった。

 

「見聞を広めるために故郷から出てきましたし、色々な所に行かせてくれるというのならぜひお願いしたいくらいです。それに、私が役立てる事なら出来る限りやってみたいですから」

 

 外を知りたい、誰かの役に立ちたい、どれも偽らざる気持ちだ。だから迷わない。自分の気持ちに従った心からの言葉だからこそ、そこに淀みは無いし見返す瞳は純粋な光に満ちている。

 サラ教官が納得したように深く頷いて「一人、確定ね」と呟く。彼女にとっても文句なしの理由だったのだろう。ここにトワの参加は決定事項となった。

 先を行く者が現れれば、それに続く者も現れる。トワの横に並び立つようにアンゼリカが前に進み出た。

 

「ならば私も。アンゼリカ・ログナー、謹んで参加させてもらいます」

「二人目はあなた、っと。理由は?」

「聞いている限り随分と面白そうな試みでしたからね。普通に過ごすより退屈せずに済みそうかな、と」

 

 アンゼリカは「それに」と言葉を続けると同時に、トワの肩を抱いて引き寄せる。思わず驚きの声を漏らしながら見上げると、彼女は端正な顔に笑みを浮かべた。

 

「こんな可愛い上に面白い子が一緒なら参加しない手は無い。よろしく頼むよ、トワ」

「う、うん……よろしく」

「不純な動機ねぇ……ま、いいわ」

 

 呆れ顔から切り替えたサラ教官の目が別の方へ向く。残ったのは男子勢二人。ジョルジュは悩ましげな表情を浮かべ、クロウはどこか気怠そうにしている。見た目で明白かどうかの差はあるが、どちらも考え込んでいる事には間違いなさそうだ。

 少しばかりの沈黙。それを破ったのはジョルジュの方だった。

 

「……うん、決めた。ジョルジュ・ノーム、導入試験に参加させて頂きます」

「三人目も参加ね。君の理由は?」

「はは、苦労する事を考えると遠慮した方がいいかと思ったんですけど……やっぱり、コイツの事が個人的に気になって」

「ARCUSの事が?」

 

 掌に乗せたオーブメントを眺めながら複雑な表情を浮かべるジョルジュ。楽しそうな、それでいて何か思うところがあるような、そんな正と負の感情が綯い交ぜになったような表情だ。

 それが何なのか不思議に思っている内に表情が変わる。ふと入れ替わるように浮かんだのは苦笑だった。

 

「それに、きっと僕の経歴を知った上での人選でしょうから。出来る限り役に立たせてもらいますよ」

「あー……まあ、確かに君に関しては割と露骨でしょうね。それでもいいの?」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 どうやらトワたちには知り得ない事情があるようだが、ジョルジュも導入試験に参加する事は間違いない。一緒にやっていく中で話す気になってくれたら聞くくらいの心持でいよう、とトワはあまり気にしない事にした。

 

「さて、これで残り一人な訳だけど――君はどうするのかしら?」

 

 ジョルジュの参加も決まってしまえば皆の視線は自然と最後の一人に移る。クロウは面倒臭そうに頭を掻きながら「つってもなぁ」と零した。

 

「面白そうだとは思うし、ただ机に噛り付いているよりは断然良さそうだが……なあ?」

「……言いたい事があるなら、はっきり言ったらどうだい? 喧嘩なら言い値で買わせてもらうよ」

「そっちこそ一々難癖付けてきやがって。俺がそんなに気に食わないかよ」

「ああ。一度ぶん殴った方がマシな面になるんじゃないかとは思っているよ」

 

 クロウの流し目に反応したアンゼリカから、一時は収まったように見えた険悪な雰囲気がぶり返す。トワとジョルジュはやっぱりと肩を落とし、サラ教官は「あー、成程ね」と遅ればせながら事態を理解していた。

 アンゼリカの指摘に端を発する二人の確執。全員が導入試験に参加するにあたって、これは大きな壁となっていた。誰にしても気が合わない相手と進んでチームを組みたがりはしない。加えて戦術リンクの説明を聞く限り、戦闘における連携が重要となってくるのは間違いないだろう。仲違いしているような状態は望ましくない。

 このままではクロウは決して導入試験に参加しないだろう。だからと言って、トワに何かが出来るわけでもない。二人の問題は感情的なものだからだ。

 クロウは不真面目そうではあるものの、明るくて協調性もあるように見える。だが、それは表面上だけで実際はどこまでも冷めている。適度な距離感を保とうとしているだけで、そこに「熱」と言えるものは無い。トワにとってはそれが言い知れない違和感となり、アンゼリカにとっては腹の底から気に入らなかったのだ。

 嫌悪の感情を向けられればクロウも相応の態度を取る。二人の仲は余計に悪くなってゆき、解決の糸口は見出せない。そんな状態でクロウは導入試験に参加はしないだろう。

 

「へっ、それなら面を合わせないよう――」

「私は」

 

 ただ、それでもガーゴイルを倒した時の感覚は嘘ではなかった。

 お互いがそこに居るという確かな認識、自然と息が合う充足感、そして繋がり合っていることによる不思議な感情――言葉にすれば安心感だろうか。

 あの感覚は三人だけでは、クロウも居なければ出来ない。

 気付けばトワは二人の諍いに口を挟んでいた。

 

「私は、クロウ君も参加してくれた方が嬉しいな」

 

 しん、と静まり返る。少し哀しげな表情でありのままの気持ちを呟いたトワに言葉を返す者は誰もいなかった。クロウとアンゼリカさえも、唖然とするだけで言葉が出ない。

 急に静かになられてトワも焦る。ふと漏れ出ただけで、特に意図したものではなかったのに。

 

「ご、ごめんね。急に我儘みたいなこと言っちゃって。参加するかどうかはクロウ君自身が決める事だから、あまり気にしないで」

「それは……分かっているけどよ」

 

 参加するもしないもクロウの意思次第。それはトワも承知している。

 それでも参加してくれないのは悲しく感じられて、表情は自然と残念そうなものになっていた。

 ――少し気まずそうなクロウにかこつけて、周りが好き勝手に口を出してくるくらいには。

 

「クロウ、一ついいかな?」

「何だよ」

「君の事が気に入らないという気持ちに変わりはないが……まだ出会って間も無く、君をよく知らないのも事実。しばらくは休戦してお互いに様子見という事でどうだろう?」

「……随分と急に手の平を返すんだな。どういう風の吹き回しだ?」

「可愛い女の子の要望に関しては、出来る限り応えるように心掛けているのさ」

 

 アンゼリカに矛を収められ、肩透かしを食らった形になるクロウ。そのあんまりな理由も聞いてしまえば脱力せざるを得ない。

 

「そういえば君、入学試験の成績はあまり良くなかったそうね。そんな調子で単位をちゃんと取れていけるのかしら」

「余計なお世話だっつうの。というか今それに何の関係が――」

「あーあ、導入試験に参加してくれたら、お礼として単位を少しは融通してもいいって話があるんだけどなー。誰かさんにはとっても耳寄りな話だと思うんだけどなー」

 

 あからさまにチラチラと視線を投げかけながらエサをぶら下げてくるのはサラ教官。クロウはそのやり方に若干イラッときたのか口元が引き攣っている。

 ……トワが見る限り、エサの内容に心揺れてもいるようだが。単位を融通してもらえるという話に確かに反応していた。

 

「……まあ流れに従って言わせてもらうと、クロウが参加しないと少し勿体ない事になるとは思うね」

「も、勿体ない?」

「ARCUSの事だよ。戦術オーブメントは基本的にオーダーメイド、十数万ミラは下らない。加えてARCUSは複雑な戦術リンク機能も盛り込んだ最新鋭の実験機――おおよそ30万ミラくらいはするんじゃないかな」

「さ、30万ミラぁ!?」

 

 ジョルジュはジョルジュで何とも俗っぽい方面から口を出してくる。あまりの額にクロウは素っ頓狂な声を上げ、アンゼリカも「ヒュウ」と口笛を吹いた。反応が異なるのは二人の懐事情の違いの表れだろう。無論、トワは口をあんぐりと開けるような側である。

 

「製品化する頃にはコストも低くなっているだろうけど、現時点ではそれだけの費用が掛かっているからね。それをドブに捨てるような真似はどうかなぁ、とは思うよ」

「くっ、30万ミラもあれば競馬でもデカい勝負に……じゃねえ! それはRFやエプスタインの話で俺には関係ねえだろうが!」

「そこはほら、気持ちの問題だよ。気持ちの。それに男子が僕一人なんて気まずいじゃないか」

「明らかに最後の方が本音じゃねえかよ……」

 

 周りから色々と好き勝手に言われてクロウは頭を抱える。アンゼリカと相対していた時の澄まし顔は鳴りを潜め、そこにあるのは気持ちが揺らいでいるように見える渋面だ。

 不参加の最大の理由には矛を収められ、教官からは露骨なエサをぶら下げられ、もう一人の男子からは妙に生々しい情報で断り辛くされる。もはや参加しない理由など、誘導された形になりたくないという意地の様なものだけではないだろうか。

 何故だか自分の言葉のせいでクロウを追い詰めてしまったようで申し訳ないが、彼にも導入試験に参加して欲しいという気持ちに偽りはない。トワは最後の一押しを繰り出す。

 

「えっと、クロウ君ならきっと上手くやっていけるよ。だから一緒に頑張っていこう!」

「おい、俺は別に参加すると決めた訳じゃ……うっ」

 

 その一押しが少し先走ったものだったがためにクロウから断られそうになって、トワの気持ちは急降下。明るい笑顔がしょんぼりとしたものに早変わりしてクロウも言葉に詰まる。

 言い知れない罪悪感、突き刺さる周りからの責め立てるような視線。頭を掻き乱して、とうとうクロウは白旗を上げた。

 

「あー!! 分かったよ、俺も参加すればいいんだろうが!」

「ほ、本当っ?」

「どの口が言ってんだ、この小悪魔が!」

 

 ヤケクソという他に無い様子で自分の胸辺りまでしかない小さな頭を乱暴に撫でまわすクロウ。そんな事をされつつ小悪魔などと言われても、トワは「ふええっ!?」と困惑するしかない。自覚など無いのだから。

 アンゼリカとジョルジュも特に異論はない様子だ。内心で思うところはあるかもしれないが、クロウの参加に反対する者はいない。

 これで四人目も参加、何だかんだ全員揃ったことになる。サラ教官は満足そうに頷いた。

 

「うんうん、全員参加とは幸先がいいじゃない。あたしの目に狂いは無かったって訳ね」

「よく言うぜ。若干強制臭かったくせによ」

「クロウ、ここまで来て文句を言うのは男らしくないよ」

「分かってるっつうの。ったく……」

 

 ぶつくさと言う声が聞こえてくるが、それを華麗にスルー。サラ教官は言葉を続ける。

 

「それじゃあ、ここにARCUS導入試験班の発足を宣言する。来年に向けて色々とやってもらう事になるから、まだ見ぬ後輩たちの為に頑張ってちょうだい」

 

 彼女の宣言と共に、この場に集まった四人は正式に一つのチームとなった。身分も立場も何もかもが違う、クラスさえバラバラな本来なら関わるかどうかも分からなかった四人が。

 この選択の先に何が待っているのかは分からない。ただ悪いものではない気がする。漠然とした予感ではあるが、トワにはそう感じられた。

 胸の内に高揚を感じながらも、サラ教官の宣言にトワは元気よく返事をするのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「これで、まずは第一歩……ふふ、スタートは上々といった所かのう」

 

 旧校舎地下の広間、地上に繋がる階段の上でヴァンダイク学院長はトワたちの様子を眺めていた。その表情はとても満足気だ。

 今はまだ粗削りな四人組。表面上は収まったが確執も抱えており、それを除いても、それぞれに抱えているものがありそうな個性的な面々だ。きっと悩むこともあれば、衝突する事もあるだろう。

 だが、それでも大丈夫と思えるような何かが彼女たちからは感じられた。身分も立場もバラバラであったとしても、共に苦難を乗り越えていってくれそうな何かを。

 あらゆる立場の生徒を集めた特科クラスの創設――前例のない新たな試みに、やはりヴァンダイク学院長にも不安はあったが、この分なら杞憂で終わってくれそうだ。

 

「彼は今しばらく、かの国の事で忙しかろう。ワシが見守っていかなければな」

 

 思い浮かべるのは提案者たる教え子。お忍びの旅から帰ってきて一皮むけたらしい彼の提案に全面的に協力する事を約束した以上、力を尽くしていかなければなるまい。少なくとも、かの国で彼が為すべきことを果たすのに集中できるようにしてやらねば。

 まずは一報を入れてつつがなく始動したことを知らせるとしよう。老躯に活力を漲らせ、ヴァンダイク学院長は旧校舎を後にしようとする。

 

(それにしても……)

 

 ふと立ち止まり、視線を階下に落とす。ぎこちなさを残しながらも言葉を交わす四人の若者たち、不思議とその中心となっている小さな少女。その姿にヴァンダイク学院長は感慨に似たものを覚える。

 

「彼女がオルバスの孫とは……ふふ、どうにも楽しみに感じてしまうものじゃな」

 

 自然と浮かぶ微笑み。そこには純粋な期待があった。

 ――どうか彼女たちが世の礎となり得んことを。

 空の女神と獅子心皇帝に祈り、ヴァンダイク学院長はその場を後にした。

 




誰かしらにツッコまれそうなので時系列に関する補足を入れときます。

the3rdにおける「《リベル=アーク》崩壊から半年あまり」という描写から《リベールの異変》が終息したのが1203年5月頃。
零の軌跡公式サイトのキーワードで《リベールの異変》は「一カ月に渡って続いた」とあるので発生したのは1203年4月頃となる。
つまりオリヴィエ・レンハイムがリベールから帰国したのはそれ以前となるので、だいたい1203年3月には既に帝国に戻っていて士官学院の事も含め色々と準備を進めていたのでは……と自分は考えています。

少しばかり無理があるのは承知していますが、これで納得いただけたら幸いです。

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