永久の軌跡   作:お倉坊主

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細々と書いていたら切り上げ時を見失ってしまいました。2万字を越えたのは割と久しぶりではあるまいか。そんな訳で今回は帝都実習のラストまで突っ走りますぞ。
あと私事ですが、仕事決まりました。やったぜ。


第23話 Tie a Link of ARCUS!

 薄暗く、滴る水滴の音が時折木霊する地下水路。再びそこに赴いたトワたちは、まずクレア大尉の忠告を正確に理解することになった。彼女が話していたのは誇張でも何でもなく、その事実ありのままであったのだと。

 

「……どう思う? あれ」

「どうもこうも……切り抜けるのは無理じゃないかな」

 

 ジョルジュからの問い掛けに「あと、どう考えても不自然だね」と付け加える。壁際より覗く先、地下水路の奥へと通じる道を封じる大量の魔獣の群れに視線を戻し、彼は「だよね」と力なく笑った。

 所狭しと、とぐろを巻くグレートワッシャーの大群。クレア大尉率いる鉄道憲兵隊をして突破は困難を伴うと判断した物量を前に、もはや呆れを通り越して笑いの一つさえ漏れようというものだ。馬鹿馬鹿しいまでの群れの数も然ることながら、そのあまりにも不自然な光景にも。

 

「あんまり笑っていられる状況じゃないと思うけど……おかしい状況なのは確かなの」

 

 トワの頭の上からひょっこりと姿を現わす姉貴分。魔獣の群れを見つめる彼女の目は険しい。

 

「おかしいと言うと、具体的には?」

「そもそも、あんな何もない所に集団でいることが変なの。子供とか卵とかがある巣ならともかく、通路のど真ん中に居座る理由なんて魔獣には無い筈。群れで行動しているにしても数だって多すぎるの」

「全く動く様子もないし……何かで操られているのかもしれない」

 

 一応の後方警戒をしていたアンゼリカの疑問に対する答えは淀みない。博物学者であるトワの父に付いて回ってきた経験は勿論のこと、元を辿れば彼女はテラの管理者の一柱。そこに住まう生命の生態についてそれなりの造詣は備えている。

 そんな彼女らに教え導かれてきたトワも当然の如く知識は学んでいる。それに照らし合わせて拭えない違和感に、彼女は魔獣が人為的な影響を受けているのではないかと推測する。

 一先ずは観察を切り上げ、気付かれないよう距離を取ったところで銀髪が傾げられた。

 

「操られているつっても、そう簡単に魔獣を手懐けられるものかよ?」

「そうだね、簡単ではないだろうけど……手段が無い訳じゃないよ。調教とか知っているでしょ」

 

 トワの口から飛び出た単語にクロウとアンゼリカは「「おおう……」」とやけに大仰な反応を示す。ノイ並びにジョルジュから白い目を向けられる二人に内心で首を傾げつつ、気にせずに言葉を続ける。

 

「魔獣も生き物には違いないから。飴と鞭の要領で教え込めば言うことは聞くようになるよ。後は幼少から一緒にいれば自然と懐くし、例外的には直接の意思疎通なんかもあるね」

 

 尤も、最後に挙げた意思疎通は本当に例外中の例外だが。どうやって、どのようにと聞かれても答え辛い内容でしかない。だから疑念を含んだ三人の視線を流し「ただ」と繋いだ。

 

「短期的、かつ難易度から考えると催眠の一種である可能性が一番かも。それにしても、この数は異常としか言えないけど」

「催眠ねぇ。魔獣の目の前で振り子でも揺らしてやるのかよ」

「出来ないことはないかもしれないけど、それだとこの数は無理だね。視覚より聴覚を刺激するものかな」

 

 返って来た答えにクロウは「出来んのかよ……」とげんなり半分。しかし、聴覚系の催眠ではないかと考えたトワも、自身の考えに自信が持てる訳ではなかった。

 聴覚を介して催眠は出来るかもしれない。だが、眠らせたり程度ならともかく、こんな細かい行動を指示できるとはとても思えない。水路を辿っての街中への侵入、分散しての襲撃、大量の群れによる水路の封鎖。魔獣が取っている行動は多岐であり、とても催眠程度で――しかも所縁のない犯罪集団が可能なこととは到底思えなかった。

 あまりにも不可解。だから余計に放っておけないと思ってしまう。このまま放置してしまえば、後々になって大きな問題と化すのではないかという懸念から。

 

「それより、ここからどうしようか? 僕らじゃ先に進むのは難しそうだし」

 

 とはいえ、その懸念も解消する手段がなければ放置するしか選択肢が無くなってしまう。大量の魔獣を相手にたった四人で正面から突破するのは不可能と考えた方がいい。精鋭部隊でさえ梃子摺ると判断した物量に挑もうと思えるほど彼女たちは無謀ではなかった。

 しかしながら地下水路は基本的に一本道。奥に進むためには魔獣が塞ぐところを通らなければいけない。それが無理となれば引き返すしかないと思われた。

 

「第一、いくら広いからってこんなに魔獣がいるもんかね。街に出てきているのも合わせたら、どんな大群になるのやら」

「うーん……もしかしたら地下水路だけじゃなくてアノール河の魔獣も引き込んだのかもしれないの。この水路自体、最終的に繋がっているのはそこだろうし」

「それはそれで河の魔獣をどうやって連れてきたのかという話になるがね」

 

 あまりの物量に魔獣の出所に対する疑問も湧き出るが、それは考えるだけ無駄な気もした。アンゼリカの呆れ声の通り、そもそもの魔獣を操る方法が分からなければ知りようもないのだから。

 

「で、結局どうするんだ? 引き返すか、何か手を打つか」

 

 何にせよ、ここで話し込んでいても仕方がない。退くか否か、判断を仰ぐ視線がトワへ送られる。自然、彼女は難しい顔になった。

 常識的に考えれば退くべきだろう。戦力的に太刀打ちできないのであれば無用な被害を出さないようにするのが常道、撤退を選ぶのが理に適っている。

 しかし、トワは判断に迷う。何か手がかりを見つけなければ、という使命感に縛られて――ではない。突破が困難な正面以外から進む方法が思いついていたからこそ、先に進む危険と皆の安全を天秤にかけていたからだ。

 

「……ノイ、ちょっと手を貸して」

「ん、分かったの」

 

 しかして彼女は決断する。姉貴分に助力を頼み、目を向けた先は奥への道ではなく石壁。壁に手をつき何某かを探るトワの姿に、三人は昨日の様子を重ね視た。

 

「もしや、そこにも隠し扉があったりするのかい?」

「ううん、そういう訳じゃないのだけど」

「はあ? じゃあ、なんでそんなところを……」

「あまり気乗りする方法じゃないけど、そうも言っていられないから。ノイ、ここでお願い」

 

 昨日に発見した抜け道がまたあるのではないか、という三人の予想を裏切ってトワは首を横に振る。怪訝な視線をものともせずに彼女は目星を付けた壁面を指差してノイに指示を出す。頭の上から飛び立った妖精は戸惑うことなく頷いた。

 瞬間、現出する金色の歯車。ギョッとするクロウたちに構うことなくそれは振るわれる。

 

「ええいっ!」

 

 激しく回転する歯車と石壁が激突する。響く爆音。年月を経て脆くなった壁は一撃のもとに崩れ去り、パラパラと零れ落ちる残骸と土煙だけが残される。決して薄くないその壁があった先には、魔獣が塞ぐ場所とはまた別の通路が続いていた。

 

「……これはこれは、また思い切りのいいことを」

「さっきの魔獣の群れが音に反応しないとも限らない。さあ、行こう」

「こういうのは爆薬とかでやるもんだと思うんだがなぁ」

 

 呆気に取られた面々の表情は既に見慣れたものだ。緊張を維持したまま先へと歩み出したトワの後に、クロウのぼやき声が続いた。

 

 

 

 

 

 壁面に掛けられた薄明りだけが照らす、人一人いない静謐な空間。鉄製の足場の下を流れる水の音だけが響くそこに、壁の向こうから僅かな音が漏れ聞こえる。

 途端、静謐は破られた。暴力的な威力を以て石壁を叩き壊した金色の歯車が水面を割り雫を撒き散らす。割れた壁面より水が流れだし、その向こうにいた一人が「うへぇ」と嫌そうな声を上げた。

 

「またかよ。もうブーツの中で乾いているところなんてねえぞ」

「仕方ないだろう。地下水路なんだから」

 

 浅いながらも流れる水に足を取られないよう注意しつつ、足場へとよじ登る。靴を脱いで引っ繰り返せば溜まった水がばしゃりと足元で弾けた。

 魔獣を掻い潜るために壁面を割り砕いて進むこと数回。たまにぶち抜いた先が水路に直面していることもあって、四人の足元はすっかり濡れそぼっていた。基本的に水量自体は少ないので、高くてもトワの膝下までしかないのが幸いか。少なくとも風邪をひく心配はなさそうだった。

 さて、と周囲を確認する。魔獣の姿は見えない。上手いところ出し抜けてはいるようだ。

 

「随分と奥まで来られたが……この次はどうするか当てはあるのかな?」

 

 しかしながら、奥まで来ただけでは意味がない。問題はこの地下水路に潜むという犯罪集団と魔獣の関係性であり、その手がかりを掴むことこそが目的。壁をぶち抜いて進むのは手段であり目的ではないのだ。

 無論、トワとノイも徒に進んできた訳ではない。確かな標を持って、それに従い進んできた。ただ、それが万人に理解出来るものではないことが難しい点だ。

 目を閉じ、意識を集中する。標を感じる。自分たち、魔獣の荒々しさ、その更に向こう。静かな、しかし淀んだもの。開かれたトワの目は薄暗闇に閉ざされた水路の奥へと向けられていた。

 

「もう、そんなに遠くないよ。このまま進んでいけばいいと思う」

「……今更とやかくは言わないがよ、お前の感覚器はどうなってやがんだ」

「私も気配は探れるが、君のように具体的には分からないしね」

 

 言われ、やっぱり聞かれるかと苦笑いが浮かぶ。緊急時と割り切ってはいるものの、それでも素直に答えるのは躊躇われた。だから返す言葉は曖昧で誤魔化すようなものになる。

 

「生まれつきの特技みたいなもの、かな。自慢できるようなものでもないよ」

 

 そう口にするトワはどこか自嘲しているようで、普段から明るい彼女には似つかわしくない影のようなものが窺えた。故に三人は踏み込むのを躊躇い、その間に話は転換される。

 

「それより気を引き締めた方がいいの。この先の手掛かり、例の犯罪集団の関係者には違いないんだから」

「えっ……ああ、そうだね」

 

 警戒を促して先導するノイ。それに並んで目線で礼を伝えれば、照れ隠しのようにぷいっと目を逸らされた。トワの表情から影が薄まり、ほんの少し笑みが浮かんだ。

 しかし、目の前に広がる暗闇に視線を戻した時には彼女もまた気持ちを引き締めていた。話を逸らす目的もあったが、ノイの言ったことは真理であったからだ。

 地下水路に蔓延る魔獣の気配、その中から見出した人間のそれを追い掛けてここまで進んできた。鉄道憲兵隊も撤退した今、こんな場所に居座っているのは件の犯罪集団以外に有り得ない。だが、疑問もある。人間の気配は一つしか感じ取れないのだ。

他の者は何処へ? 一人残っているのは何者なのか?

不審な点は多々ある。しかし、いずれにせよ辿り着かねば何も分からない。何が待ち構えていようと対処できるよう警戒しつつ暗闇の先へと足を進める。無駄な口を叩こうとする雰囲気は既になかった。各々、何時でも武器を構えられるよう備えつつ通路に足音を響かせる。ノイはアーツを発動させ姿を眩ませた。

 トワの感覚が知らせてくる。目標は近い。一歩、より一歩と進むにつれて気配は強くなり確かに感じ取れるようになる。言葉にせずとも伝わる緊張にジョルジュが息を呑む。

 やがて、その先に一つの人影を捉えた。

 

「……誰か、いるね」

 

 やや上擦った声でジョルジュが言う。通路の奥、ぼんやりとした導力灯の明かりの下に一つの影。片膝を立てて寛ぐように座り込んで、魔獣が闊歩するこの地下水路では異様な様子の人物がそこにいた。

 四人は目を見合わせる。隠れる場はなく、待ち伏せの気配もない。それは同時に、自分たちも身を潜める手段がないということ。意を決した彼女たちは正面から人影に近づいた。

 

「ん……?」

 

 人影が気付き、立ち上がる。振り返った顔は少し頬のこけた男のものだった。

 元はしっかりとした服装だったのだろう。しかし、今や薄汚れ、草臥れた装いをした無精髭の男は、トワたちを見て怪訝な表情を浮かべた。

 

「てっきり鉄道憲兵隊かと思えば……誰だ、お前たち?」

「しがない学生さ。ちなみに、名乗らせたからにはそちらも名乗ってくれるのかい?」

「妙に図々しい学生が来たもんだなぁ」

 

 やさぐれたような笑みを浮かべつつ「ま、いいさ」と男は言う。犯罪者、というには妙に吹っ切れた雰囲気にトワは内心で首を傾げた。

 

「俺はここらのろくでなし集団を纏めている……いや、纏めていた者って言った方がいいか。まあ、その中でも頭一つ抜けてろくでなしの男よ」

「纏めていた? それって……」

「他の奴らなら尻尾巻いて逃げだしたぞ。この騒ぎに乗じてな」

 

 表情が険しくなるのを自覚した。目の前にいる男以外に気配が無かったのはとうの昔に逃げ出していたから。考えてみれば、その行動も理解が出来る。仲間が捕まった以上は憲兵隊の手が伸びるのは必至。都合よく騒ぎが起きれば、その隙に姿を眩まそうとするのは当然だ。

 逃走した者たちはどこへ行ったのか。地下水路を辿り数多ある出入り口のどこかから帝都を脱出しようとしているのだろうが、この騒ぎが起こってからまだ時間はそこまで経っていない。手遅れの状況ではないだろうが――そこまで考え、ふと疑問に思う。

 仲間が逃げたのならば、この男は何故ここに留まっていたのか?

 改めて男を見る。焦りも無く、ゆったりとそこに佇む様は異様でさえあった。どうしてそこまで落ち着いていられるのか。警戒を強め、積み重なった疑念を解き明かすべく口を開く。

 

「単刀直入に聞かせてもらいます。今、帝都で出没している魔獣を(けしか)けたのは貴方たちですか?」

「そうだ……とも言えるし、そうでないとも言える。一つの要因であることは間違いないが」

「何だそりゃ? はっきりしねえな」

 

 奇妙な答えに怪訝な目を向ける。男は苦笑染みたものを顔に浮かべた。

 

「俺たちゃ合図を出しただけさ。憲兵どもが入り込んで来たら魔獣が暴れ出すよう、あの薄気味の悪い野郎に頼まれてな。どれくらい仕込んでいたのか知らねえが、お前さんらの様子を見る限り随分とあの野郎は熱心みたいだったようで」

 

 男の言うことはつまり、彼らは実行犯ではあるが原因ではないということ。魔獣を操り、帝都を混乱に陥れた主犯は他にいることを示唆していた。トワは表情には出さずとも苦虫を噛み潰す思いだ。

 程度の低い犯罪集団がどうして魔獣を嗾けられたのかと疑問には思っていた。その答えが、これだ。予想していたものの中でも最悪の部類である。

 

「……その貴方たちに頼んだ人物というのは?」

「さあな。顔も見てねえし、分かるのはそう老けてない男ってくらいかね」

 

 無駄を承知で尋ねるも、返答もまた想像の通りであった。おそらく、この騒動が収まったとしても魔獣を操った主犯を捕えることは出来ないだろう。

 

「そんな奇怪な男の頼みをよく聞いたものだ。先程から随分と素直に質問に答えてくれるし、貴方は随分と人に従順なタイプのようだね」

 

 アンゼリカが皮肉を吐く。それにも男は軽く鼻で笑うだけだった。

 

「正直、どうでもいいんだよ。あの野郎が何者だろうが、今までつるんでいた奴らがどうなろうが……自分がこの先、生きようが死のうがな」

「どうでもいいって……じゃあ、どうしてこんな騒ぎを起こしたんですか!?」

「どうしてだって? はっ、決まっているだろ。ただの気晴らしだ」

 

 ジョルジュは絶句した。薄暗闇の中に浮かぶ男の瞳には何も残っていなかった。何もかも諦めきった諦観と、その末の穏やかな狂気が入り混じった淀んだ色しか残されていなかった。

 トワは男の違和感の理由を理解した。彼は既に手放してしまったのだ。何かを為そうという信念も、前に進もうとする意志さえも。

 

「鉄血宰相がしゃしゃり出てから俺の人生はケチがつきっぱなしでなぁ。済し崩しにろくでなし集団のリーダー張っていたが、それも今日でお終いだ」

 

 空っぽな彼の中に残されていたのは、やり場のない苛立ちと積み重なった世への恨み辛み。自暴自棄になった人間に、もはや行動を抑制する枷は存在しない。それが悪魔からの誘いだったとしても。

 パチン、と男が指を鳴らした。それがトリガーだったのだろう。気配が蠢く。水面の下から、壁から覗く水道の中から、男の奥に広がる暗闇の中から。魔獣がずるずると這いずり出てきて男の周囲に取り巻く。その目に、やはり意志の光はない。

 数は三。トワたちは得物を抜き、そして男もゆっくりと腰から導力銃を取り出した。

 

「呑気に暮らしてやがる連中に泡を食わせて、憲兵どもを精々苦しませてから煮るなり焼くなりされるつもりだったが……くくっ、最後に学生の餓鬼どもが相手っていうのも悪くはねえか」

「降伏の意思は、ないみたいですね」

「やめとけ。こういう手合いはもう人の話を聞く気なんて欠片もねえよ」

 

 クロウの言う通りなのだろう。男はトワたちを見ていても、その瞳にもうトワたちは映っていなかった。彼にはもう何も見えていない。彼にとって、彼以外の人間はどれも変わりのない破壊対象でしかないのだ。

 人生を捨てた相手に言葉など通じる筈もない。あとはどれだけ暴れまわって憂さを晴らせるかしか考えていないのだから。故にその手の導力銃は一片の躊躇いも無く四人へ向けられる。

 

「せいぜい楽しませてくれよ。あっさり死なれたらつまらないからなぁっ!」

「っ!」

 

 銃声が鳴った。戦いの狼煙となったそれを合図に魔獣らが牙を剥く。

 銃口から弾道を見切り、身を屈めて逃れる。身を低く駆けだしたトワは突進してくる魔獣を前に抜刀した。擦れ違いざまの跳躍、喰らいつかんとした大口を飛び越えて振るった刃が魔獣の目を浅く切り裂く。怯み、動きを止めた一体の止めをクロウ。他二体の応戦にアンゼリカとジョルジュが。戦術リンクが知らせる動きを理解し、そして直感に従いトワは着地したその場から再び飛び跳ねる。

 直後、地が爆ぜた。立て続けに鳴り響く銃声が水路に木霊し、間断なく跳ぶトワを銃弾が追い掛ける。着地を襲った二発を躱し、刀で弾く。

 

「よく動くっ!」

「文句なら下手糞の自分に言いな!」

 

 男の声にクロウが続く。怯んだ魔獣にしこたま銃弾を叩き込んで仕留めた彼は続けざまに駆動したアーツで水塊を男に投げつける。咄嗟に後退し、足元で弾けたそれの水飛沫で濡れた男は、不敵な笑みを浮かべると踵を返して水路の奥へと走り出した。

 

「って、おい! トンズラするのかよ!?」

「誘っているんだろう、さっ!」

 

 アンゼリカが噛み付きを躱した隙に脇腹を殴り飛ばす。ジョルジュが機械槌で攻撃を防いでいる魔獣を、フォローに入ったトワが背後からエアストライクで吹き飛ばす。

 魔獣は下の水路に叩き落された。仕留めきる必要はない。背を向けても追いつかれないダメージで十分だ。

 

「追わない訳にもいかないでしょ。ジョルジュ君、大丈夫!?」

「な、なんとか。おかげさまでね」

「なら急ぐとしよう。撒かれると面倒だ!」

 

 男は先の角を曲がっていった。確かに誘い込んで何か仕掛けようとしている可能性は否めない。だが、それでもここまで来たのだ。あの男を放っておけば何を仕出かすか分かったものではない。今ここで止めなければ。

 魔獣が再び這い上がってこない間に走り出す。気配を探る。男はまだ遠ざかってはいない。まだ追いつける。

 角を曲がる。先を走る男の背を認める。それを追って足を踏み出し、そして気付いた感覚に叫んだ。

 

「新手二体! 来るよっ!」

 

 水の中から二つの影が跳ねる。赤黒く光る口蓋が、振りかぶられた凶爪が襲う。

 事前の察知により反応は早かった。クロウの早撃ちが牙の並ぶ奥の喉へと突き刺さり墜落させる。トワがカウンターの一太刀を狙い、しかし、その行動は不意に遮られる。

 

「うっ……!」

 

 突然の酔いの様な感覚に動きが鈍る。戦術リンクの断絶、散々悩まされている問題がここでも表面化した。

 迫る鋭利な爪。カウンターを決める猶予は逸した。やや無理な態勢から魔獣の横を抜けるように回避を選ぶ。瞬間、肩に走った熱い感覚を歯を食いしばって堪える。

 爪を振り抜いた魔獣に鉄の塊と拳が降り注いだ。普段より幾らか乱暴なそれで相手を沈黙させ、アンゼリカは「ええい」と苛立たしげに眉を顰める。

 

「こんな時にまで面倒をかけるとは。無事かい?」

「掠っただけだよ」

 

 返して、また走り始める。立ち止まっている暇はない。

 男は入り組んだ地下水路を縦横に駆けていく。あの様子から逃げることが目的とは思えない。自分を見失わせ、こちらを不意打つ魂胆と考えた方が適当だろう。

 だが、それは通じない。トワの感覚は男の昏く淀んだ気配を正確に探知する。足止めのように度々襲い来る魔獣さえも、出てくることさえ分かれば少数なら切り抜ける術は幾らでもある。奇襲を潰し、或いは掻い潜り、四人は男を追い水路を疾駆する。

 やがて捉えた背中に、トワは檄を飛ばす。

 

「クロウ君、アンちゃん!」

「おう!」

「合点承知!」

 

 震脚、そして薙ぎ払うような蹴りが放たれる。闘気を纏った一閃は衝撃波を生み、男の行く先に衝突してその動きを怯ませた。鈍った相手など彼にとっては的に等しい。クロウが撃った一発の銃弾は正確に男の膝下を撃ち抜いた。

 呻き声を上げて男は転がるように崩れ落ちる。痛みに顔を顰めつつ、追いついたトワたちに困惑気味の目を向けた。

 

「おいおい、どうなってんだ……お前たち、やっぱり普通の学生じゃないだろ」

 

 姿を眩ます自信があったのだろう。しかし、思惑に反して奇妙なほどに正確に追跡されて男は疑念に溢れていた。

 

「それにお答えする必要があると思いますか?」

「無いだろうなぁ、そりゃ」

 

 にべのない返答をトワは口にする。彼に対して教えるようなことでもない。まして、未だ仲間たちにさえ正直に伝えられていないというのに、赤の他人に対してなど言う筈もなかった。

 男が視線を巡らせる。手に持っていた導力銃は倒れた時に取り落とし、今や地に落ちたそこに至る道にはアンゼリカが立ち塞がる。彼は大きな溜息をついて諸手を挙げた。

 

「降参、降参だ。煮るなり焼くなり好きにするといいさ」

 

 観念した、とばかりに投降の意思を示す。そのあっけなさにジョルジュは目を瞬かせた。

 

「……随分とあっさり諦めるんですね」

「反撃の目もないのに反抗するのも無駄だろう? そういう徒労はしない性質なんだ」

「だったら最初からこんな騒ぎ起こさないで欲しかったんだがな。おら、観念したのならさっさと魔獣を止める方法を吐きやがれ」

 

 尤もな文句を吐きつつクロウがせっつく。鉄道憲兵隊が掃討に入ったのだから被害は抑えられているだろうが、それでも帝都市内に未だ魔獣が出没する可能性は高い。元から断てば、その懸念も晴れるというものだ。

 

「止める方法? そんなもの教えられてないな」

 

 だが、返って来た答えは期待に沿うものではなかった。

 

「言ってしまえば、俺たちは魔獣が繋がれた手綱を渡されただけみたいなもんだ。止め方とか、どうやって操っているのかなんて欠片ほども聞いていやしない」

「……ああ、忘れていたよ。貴方にはもう他人なんてどうでもいいのだったね」

 

 仕返してやったという悪意もなく、さりとて後悔の様子もなく、ただ淡々と男は言った。帝都の人々がどうなろうと彼には微塵の興味もない。助かろうが、犠牲が出ようが、本当にどうでもいいのだ。だから、その言葉に嘘は見えなかった。

 どうしてこの人はこんな風になってしまったのだろう。思うところはあるが、今それを考える余裕はない。まずはこれからどうするかを考えなければ。トワは一つ息を吐くと指示を出す。

 

「一先ず、ここから出よう。クロウ君はその人を連れて行って。アンちゃん、ジョルジュ君は一緒に周りの警戒をお願い」

「おう。逃げたって言う他の連中はどうする?」

「残念だけど、私たちじゃどうしようもないよ。憲兵隊に報告して――」

 

 不意に、トワは言葉を途切れさせた。突然の沈黙に首を傾げるクロウ、その背後に広がる暗闇の奥へと視線は向かっていた。彼女の感覚の網に何かが引っ掛かった。

 

「警戒、お願い。何か来る」

「何? まだ隠し玉でもあったのか」

「いいや、俺が預かった魔獣はもう打ち止めだが」

「じゃ、じゃあ何が来るって言うんですか?」

 

 大きい気配だ。しかし、妙でもある。大きな一つに付随して小さな……消えかけの気配も幾つか感じる。一つ、二つと小さな気配が消えていくのを感じて、迫り来るそれにトワは眉根を寄せる。この速さ、怪我人一人を連れてでは逃げられないだろう。

 トワの様子から尋常なものではないと理解したのだろう。アンゼリカは男に問い詰めるも、彼は相変わらず飄々と返すだけだった。しかし、事ここに至って嘘をつく理由も見当たらない。正体不明の相手にジョルジュが不安を見え隠れさせる。

 気配は刻々と迫り来る。やがてトワ以外にも、その存在を知覚しうるものが辺りを流れ始める。

 

「この臭い……血だな。それも随分とたっぷりな」

 

 鉄臭さがあたりを充満し始めていた。男が足から流す血など可愛く感じられる、溢れるほどの血が流れる臭いが。

 トワは小さな気配が一つ、また一つと消えていくのを感じていた。か細い蝋燭の火が消えいるように、それらはふっと呆気なく存在を消滅させていく。その意味する所を理解するからこそ、彼女の表情は険しくなる。最大限の警戒をし、気配が潜む暗闇を睨む。

 びちゃり、と音がした。その身に水を滴らせた、先ほどまでの魔獣――グレートワッシャーら水棲魔獣の足音。だが、その大きさとそこから感じられる重さは比類なきものだ。

 重々しい音が水路に響きながら近づいてくる。そして暗闇に一対の瞳の光が浮かび上がった。

 

「あっ……」

 

 それは誰の声だったのだろう。ジョルジュか、或いは目の前の光景を見た男のものか。

 気配の主は巨大であった。グレートワッシャーよりも一回りも二回りも大きな巨体、その身を覆う獣皮は黒く変色し、爛々と光る黄色い眼は発見した得物をしかと見つめていた。

 だが、その何よりも目を引くものがあった。巨体にそぐった巨大な顎、備えられた一本一本が刃物とも思える牙の峰々、そしてそこに半身を呑み込まれ、その身を幾本もの牙で貫かれた血濡れの男の姿が、何よりもトワたちの目を引き付けて放さなかった。

 

「だ……だずけ……」

 

 残った僅かな力を振り絞り、ぶらさがった手をこちらに伸ばした彼の言葉は最後まで続かなかった。顎が少し開き、閉じられる。ただそれだけの動作で彼は全身を呑み込まれ、後は肉を咀嚼する音が響くのみ。気付けば、トワが感じていた幾つかの小さな気配は全て消えていた。

 ぎょろりとした黄色い目が得物を見定める。顎の端から何かがぽたぽたと滴る音がした。それは巨躯を濡らす水滴でもなければ、獲物を前にした魔獣の涎でもない。その腹に収めた骸たちが流した血であった。

 

「……やれやれ、逃げた連中を探す手間が省けたな」

「笑えない冗談だね、それは」

 

 瞬間、魔獣が咆哮する。残響が地下水路を揺らす。

 開く大顎。血に濡れた牙がトワたちをもその一露にせんと突進した。

 

「散開!!」

 

 トワが叫ぶ。各々が地を蹴り、足場下の水路に落ちることも構わずに血を振り撒く魔鰐(まがく)から逃れんと左右に散らばる。幸い、距離はあった。大顎が迫り来るのを見てから逃れられる程度の猶予はあった。

 ――移動に支障のない、四人に限っての話だが。

 

「ああああああっ!!」

 

 耳をつんざくような悲鳴。濡れて張り付く髪を振り払いながら見るや、悲鳴の主が目に映る。苦しげに呻き声を漏らす男がいた。膝下から先を失った、鮮血が溢れる右脚を抱えながら。

 自分の命などもうどうでもいい、そう言っておきながらも、やはり生物の本能には抗いがたかったのだろうか。咄嗟にトワたちと同じく死から逃れようと動きだし、しかし脚の負傷からその動きは少なからず鈍っていた。魔鰐の牙は男の足を噛み千切っていた。

 溢れる鮮血は水路を赤く染めていく。刻々と悪くなる状況。滴る水滴に混じって冷や汗が流れる。そんな彼女たちを魔鰐は待とうとはしない。

 

「な、なんか嫌な予感が……!」

 

 脚一本で満足する訳もなく、魔鰐は再びトワたちへ向き直る。その口が開かれ、大きく息を吸い込むように仰け反る。

 そして、その口蓋から瀑布が解き放たれた。

 躱す余地のない、水路の幅一杯を埋め尽くさんばかりの水の奔流。たちの悪い追撃に四人は為す術を持たない。

 

「やらせないのっ!」

 

 対処できるとすれば、それは桃色の妖精。虚空から現出した彼女がその小さな両手を迫りくる奔流に翳す。

 現れる黄金の歯車、回転するそれを中心に蒼く透き通る光壁が展開される。奔流が衝突する。押し寄せる水も質量をものともせずに光壁は後ろのトワたちを守り抜く。

 阻まれ、両断された水流の余波に煽られながらも水路から足場に這い上がる。片足を失った男も無理矢理に引き摺り上げた。もう呻き声はしない。痛みに気絶したか。余計に暴れ無い分、今はその方が都合がいいと判断してトワはずぶ濡れの上着を脱ぎ払った。

 

「ギアシールドもそう持たない。急いでトワ!」

「分かってる! ここじゃ狭すぎる。広い場所まで逃げるよ! クロウ君はこの人お願い!」

「ああクソっ、中途半端に生き足掻きやがってからに!」

 

 噛み千切られた脚に上着を巻きつけ、圧迫するよう強く縛り付ける。生きている以上は見捨てる訳にはいかない。少しでも生き永らえるよう最低限の処置をしてクロウが肩に担ぎあげる。四人は脱兎の如く駆けだした。

 見逃さないとばかりに追撃の構えを見せる魔鰐。その出鼻を挫くように光弾がその鼻面に叩きつけられる。ノイが放った四季魔法の一撃に苛立ちが混じった咆哮が響いた。

 今いる水路はほぼ一直線。錆びついた足場下の水は深く、落ちれば著しく行動が制限される。更にあの巨躯で突進されては、その水に落ちるしかないというのだから戦うには余りにも不利な状況に過ぎる。どうにかして十全に動ける場所を見つけなければまともに立ち向かうことさえ出来はしない。背後から迫る魔鰐の気配をひしひしと感じながらトワたちは懸命に直走る。

 魔獣の強靭な脚力は人間の比ではない。ただ逃げるだけでは追いつかれる。

 故に足止めは必須。ノイが後退しつつも次々と四季魔法を放ち魔鰐の進行を阻害する。周辺の水から生み出した氷柱を投射し、足元の水を凍らせて妨害の手を打っていく。

 しかし、足止めは足止め。多少ならず動きを鈍らせることにはなっていても、決して分厚い獣皮を貫き有効打を与えられている訳ではない。足元の氷を力任せに砕き、再び放たれた瀑布に咄嗟のギアシールドは罅入る。

 

「こ、このままどうにか逃げ切れたりはしないのかな!?」

「風の流れからして出口は反対側だが、やってみるかい?」

 

 ジョルジュが慌てたように「やめとくよっ!」と叫び返す。あの大顎の脇を擦り抜けて無事でいられるとは到底思えなかった。

 

「グダグダ言っている暇があったら気を引き締めておけ! 道が開けるぞ!」

 

 幅の狭い水路が終わり、目の前に広い空間が待ち受ける。どうなっているかは分からない。だが、背後から追撃が迫る状況では躊躇ってもいられない。数段の段差を駆け上がり、トワたちはその空間に駆け込んだ。

 視界が開ける。足元に張った浅い水面を波立たせながら進んだ先で周囲を見回す。幾つもの水道管が繋がり、僅かな水滴が滴り落ちる広いながらも何もない静かな空間。彼女たちが辿り着いたのはそんな場所だった。

 

「昔の貯水池みたいな場所かな。もう使われていないみたいだけど……」

「ものの見事に行き止まりだね。戦いやすいことには構わないが、これでは逃げも隠れも出来やしない」

 

 スペースは十分にあり、天上も広い。足元の水は浅く行動を阻害されることもないだろう。先程までの水路に比べたら格段に良い状況ではある。その代償としてか、退路になるような道は全く見当たらなかったが。三方は壁に囲われ、繋がる道は今来た魔鰐迫り来る水路のみ。必然的に魔鰐を迎え撃たざるを得ない状況に追い込まれてしまっていた。

 魔鰐はまだ追いついてはいない。ノイがどうにか足止めしてくれているのだろう。しかし、彼女とて万能ではない。一人で巨大な魔獣を撃退することなどできないし、攻撃を凌ぐにしてもそう何時までもは耐えられない。時間を置かずして、魔鰐はここに辿り着くだろう。

 覚悟を決める必要があった。ここから、この実習から無事に帰るためには、生半可な心では切り抜けられない。この場の誰もがそう感じていた。

 

「……で、勝算はあるのかよ?」

「勝てない、とは言わないよ。どんなに大きくても基本的には水路の魔獣と同種のはずだから。今の私たちで倒せないくらい強大な魔獣ではないと思う」

 

 徐な問いに対する答えは、決して楽観によるものではなかった。あの魔鰐は長い年月を重ね強靭に成長した個体であると思われるが、元をただせば水路の魔獣と同じ存在。それに対処できる自分たちに勝機がないとは思わない。

 しかし、そこでトワは「ただ」と言葉を区切る。

 

「あれだけ大きいと一撃が致命的になりかねない。少しの隙が命取りになるよ」

 

 あの大顎はまさに脅威という他ない。人間の体など、あれの前では柔らかい肉でしかないのだ。今はクロウが担ぎ上げる男の脚を容易く噛み千切ったように。

 トワは少し血が滲んだ肩に手をやる。もし、あの時と同じように戦術リンクが途切れてしまったら。今度ばかりは軽傷では済まされない。失われるのは片腕か、この命そのものになるだろう。

 

「戦術リンクはリスクが高すぎるか。ここに至って不完全なのが仇になるとは」

「途絶した時の危険が大きすぎるのは分かるけど……僕たちの地力だけであんな魔獣を倒せるのかい?」

「さあな。あんなデカブツはそうお相手したことはないが、全員無傷はちょいと難しいかもしれねえ」

 

 倒せないとは言わない。だが、相応に厳しい戦いになるのも、また間違いないだろう。クロウの推測はおそらく正しい。自分たちの実力からしてそれくらいの見込みが妥当というものだ。

 戦術リンクによる優位を築けないことに表情は曇る。加えて、血の滴る惨状を見せつけてきた魔鰐に威圧もされていた。気丈に振舞ってはいるが、それでも皆の士気が下がっているのをトワは肌で感じていた。

 

「――ねえ皆、トヴァルさんが言っていたこと、覚えている?」

 

 だから敢えて明るい声を出す。彼女からの問い掛けに面々は不思議そうな顔を浮かべた。

 

「というと……彼の波乱に満ちた昔話のことかい?」

「ああ、あの物騒なシスターとの珍道中みたいな感じの奴か」

「珍道中って、いや、まあ間違ってもいない気がするけど。それがどうかしたのかい?」

「言っていたでしょ。例え身の上も何も知らない相手だとしても、信じ合って戦うことが出来るのが仲間なんだって」

 

 単に仲が良いかどうかではない。お互いを信頼し、背中を預けて戦うことが出来るかどうか。それが仲間にとって重要なことなのだと彼は言っていた。修羅場を潜り抜けてきた遊撃士の言葉には確かな実感があった。

 自分たちはそれを聞いてどう思ったか。何か感じる所があったのではないか。少なくとも、トワは今まで気づきながらも言及することを避けてきた事実から目を逸らせられなくなっていた。

 

「この際だから正直に言うけど――」

 

 そう前置いて、彼女はまずジョルジュに目を向ける。

 

「ジョルジュ君は戦闘経験が浅くて、どこまで任せられるか不安になる時もあるし」

「う……ご、ごめん」

 

 肩を小さくする彼にちょっぴり心を痛めながらも、次はアンゼリカへ。

 

「アンちゃんは奔放過ぎて勝手にどこか行っちゃうんじゃないかと思う時もあるし」

「はっはっは、それは確かに否定できないね」

 

 開き直ったように笑う彼女に苦笑し、そしてクロウへ。

 

「クロウ君は……なんかこう、全体的に胡散臭いよね」

「なあ、俺だけ悪口じゃねえかそれ?」

 

 怫然とした表情を浮かべる彼の文句を流し、最後にトワは「でも」と続けた。

 

「やっぱり皆から一番信じてもらえていないのは、隠し事ばかりしている私だと思う」

 

 言って、三人は返す言葉を持たず少し気まずそうに目を逸らした。それが答えだろう。

 未熟さ、身勝手さ、怪しさ、不可解さ。四人が四人とも至らないところがあって、その誰もが他を信じ切れずにいる。だから戦術リンクも途切れてしまう。表面上の仲だけを取り繕ったとしても、本質的なところで信頼し合えていないのだから。

 自分たちは本当の意味で背中を預けられる仲間になれていなかった。それが、戦術リンクが失敗する理由。

 

「……じゃあ、どうするよ。やっぱ戦術リンクなしで踏ん張るか?」

「ううん。私は今だからこそ戦術リンクを使うべきだと思う」

「え……で、でも君の話振りだと……」

 

 ジョルジュが戸惑うのも無理はない。信頼しきれない理由を懇切丁寧に挙げた末に言うのも変な話だろう。

 では、クロウの言う通りに戦術リンクに頼らず戦うのが正しいのだろうか。出来ないことから、出来ない理由から目を逸らしてしまうのが本当に正しいのだろうか。トワはその選択が正しいと思いたくない。リスクがあるのも分かっている。それでも今ここで目を逸らしてしまっては、きっと自分たちはずっとこのままだと思うから。

 

「確かに私たちは本当に信じ合うことは出来ていなかったかもしれない。でも、そんな私たちでも上手くやれた時はあったはずだよ。旧校舎の時も、ルナリア自然公園の時も、最後には力を合わせられていたじゃない」

 

 ガーゴイルとの戦いでは四人の連携があったからこそ仕留められた。自然公園でのヌシとの戦いではクロウとのリンクが繋がったからこそ、あそこでヌシを無事に止めることが出来た。四苦八苦はしていても失敗ばかりだったと言う訳ではない。

 なら、その時はどうしてリンクを繋げることが出来たのか。

 決まっている。強大な敵を前にして、皆を信じ合って力を合わせることが出来たからだ。

 

「あの時と同じように力を合わせられれば、皆で心を一つにすることが出来れば、きっと戦術リンクも上手くいく。私はそう信じている」

「……はは、あの時は火事場の馬鹿力みたいなものだったと思うけど……確かに、そう言う心持ちが肝要なのかもしれないね」

 

 ジョルジュが噛み締めるように応じる。それに間を置かずして、水路の向こうから轟音が響いた。

 

「トワっ! もうすぐアイツがここに来るの!」

 

 足止めに徹していたノイが貯水池に飛び込んでくる。かなり粘ってくれたのだろう。彼女には常ならぬ疲労の色があった。ありがとう、と労いの声をかける。時間は十分に稼いでくれた。

 

「心を一つに、か。まあ、そうだね。こんな時だ。少しばかり頼りないのも胡散臭いのも纏めて呑み込むとしようじゃないか。勿論、君の謎めいて神秘的なところもね」

 

 咆哮が響く、重厚な足音が刻々と迫り来る。それでも彼女たちの顔から影は消えていた。

 

「結局はぶっつけ本番の一発勝負かよ。俺が言うのもなんだが、相当の博打だぞ、こりゃ」

「あれ、こういうのは嫌い?」

「いんや。行き当たりばったりの俺達らしくていいんじゃねえの」

 

 ニヤリ、という笑みに三人もつられた。追いついてきたばかりのノイは状況が呑み込めなくて「な、何を呑気に笑っているの!?」と慌てた様子。そうこうしている内に刻限は切れていた。

 鋭利な爪が水を割る。派手に水飛沫を散らして現れた魔鰐は追い求めていた得物をようやく前にし、その大顎を開いて威嚇の咆哮を貯水池に響かせた。もう待ち切れないとばかりに今にも襲い掛かってきそうな勢いに常人ならば気圧されてしまうに違いない。

 しかし、準備万端なのはこちらも同じ。武器を構え直し、ふと気付いたようにクロウが言った。

 

「そういやコイツはどうするよ。担いだままじゃ戦えねえぞ」

「さあ? そこらの水道管にでも突っ込んでおけば巻き込まれずに済むかもね」

「あ、あの……その人、一応重傷者だからね?」

 

 ぽいっと放り捨てるように水道管に男を放り込んだクロウにジョルジュが苦笑いを浮かべる。雑な扱いはともかくとして、対処としては間違っていないだろう。彼の体力が持つかどうかは分からないが、魔鰐の攻撃に巻き込まれないようにするにはこれが最善である。

 さあ、これで本当に準備万端だ。

 魔鰐と対峙した各々は武具を構え、その身はARCUSが放つ光に包まれた。術リンクが四人を結びつける。何時もと同じように、されど常より強く、何があっても切れないように。

 

「ここが大一番――皆、何としても切り抜けるよ!」

「「「応!」」」

 

 力強い号令に打てば響くように応じる声。唸る魔鰐が大口を開けて突っ込んできたことにより戦いの火蓋は切って落とされた。

 四人が左右に散った後を牙がガチンと空を噛み切る。先制の一手を躱し、反撃の担い手は四人の切り込み役。身勝手で、しかし率先して前を行き敵に立ち向かう女傑は勇ましく拳を振りかぶる。

 

「さあ、存分に相手をしてあげようじゃないか!」

 

 後背を殴りつけられた魔鰐が唸る。苛立ったように振るうこれまた巨大な尾をスウェーで凌ぎ、更なる連打。振り向きざまの噛みつきをバク転で回避したアンゼリカが開いた道に栗色をなびかせた影が突入し、己の間合いに相手を捕えた。

 黒く変色した獣皮に刻み付けられる刀傷。その巨躯ゆえに切り傷一つ程度では怯まない魔鰐の爪による一閃を、トワは身軽に跳ぶことで空ふらせる。影を追って攻撃を繰り返すも、捉える前に視界から姿を消し、更には再び拳がその身を打つ。更なる傷を負わされた魔鰐は、その小さな標的に怒りを覚えたのか激しく暴れ回り始めた。

 これは躱しきれない。後退を選ぶトワとアンゼリカに支援のアーツが届く。胡散臭くも、的確に戦況を読む青年によるクロックアップ改の一手は二人の動きを速め迅速な退避を助けた。そして高速化は迅速な次の一手へと繋がる。

 

「ジョルジュ君、お願い!」

「分かった!」

 

 トヴァルには劣るものの、それでも並より格段に早い駆動を済ませたトワがクレストのアーツを発動させる。身の守りを固めたジョルジュが暴れまわる魔鰐に突貫し、その尾による一撃をものともせず頭部に狙いを定める。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 振り向きざま、その一瞬を狙い澄ましたフルスイング。鉄槌の一撃をもろに喰らえば如何に巨大な魔獣でも脳が揺れ、動きを怯ませる。アンゼリカが「よくやった!」と再三の攻撃を仕掛け、トワとクロウが放った銃弾もそれに続く。隙を晒した敵に時間をやる理由など無し。四方八方から浴びせかけられる攻撃に魔鰐の身体にも傷が増していく。

 されど相手も無駄に年月を重ねてはいない。無理矢理に体を回転させて攻撃の手を散らし、続いて後ろ足でその巨体を持ち上げる。全体重を乗せて地に叩きつけた上半身が波濤を呼び起こし、四人の足元に振動として襲い来る。隙を見せた敵を待つ理由はない、その理屈は魔獣も同じだ。足元を揺らされ、動きを止めたトワにその黄色く濁った眼がぎょろりと向けられる。

 回避は間に合わない。開かれた大口を前に彼女は理解する。ならばどうするか。せめてもの反撃の一手を狙うのか。

 否、信じるのだ。戦っているのは自分一人ではない。自分だけでこの場を切り抜けようなど烏滸がましい。共に戦うものが信じ合えなくて何が仲間か。だからトワは刀ではなくARCUSに手を伸ばす。防ぐためでも、闇雲な反撃のためでもなく、次へと繋がる一手を打つために。

 眼前に迫る大顎。だが、それはトワの華奢な体に喰らいつくことなく押し留められる。

 

「ぐ、ぬううううっ……! へ、平気かい!」

「おかげさまで!」

「はっ、やりゃあ出来るじゃねえか!」

 

 今にも閉ざされんとするその大顎を食い止めるのはジョルジュが握る鉄槌。未だ残るクレストの効力で振動に耐えた彼が顎の間に自らの得物を突っ込むことで致命の一撃を防ぐ。強靭な顎に挟まれた機械槌がミシミシと軋んで火花を散らすが、仲間を信じた彼女たちは僅かな猶予を最大限に活かす。

 トワのエアストライクが、クロウのソウルブラーが、必ず防いでくれると信じて待ったまさにこの瞬間を狙って放たれる。大口を開くそこをアーツが襲い、たまらず鉄塊を放して後ずさった。

 

「私のトワに手を出そうとは、いい度胸をしているじゃないかぁっ!」

 

 そこに突き刺さる追撃。アンゼリカ渾身の零勁を叩き込まれた魔鰐はその巨躯で水面に尾を引き、壁に衝突する。

 だが、まだ墜ちない。地下水路に潜んでいた怪物はまだ昏く濁った黄色い眼をトワたちに向ける。再び大口を開け、仰け反るような動作を取った魔鰐を見て冷や汗を流す。

 

「……おっと、これはしくじったかな」

「言ってる場合じゃないと思うけど!?」

 

 水路一杯に広がる水の奔流。それを予期するも距離が離れてしまった今、範囲外に逃れるのは難しい。

 

「もう、四人とも急に息が合うようになって……私だけ忘れてもらったら困るの!」

 

 なら、どうするか。防ぐのだ。もう一人の仲間、小さな妖精がその身を晒す。

 放たれる奔流、時を同じくして展開される光盾。阻まれた激流は分たれ、トワたちの背後の壁にぶつかって波濤となる。跳ね返ってきた波を頭から被ってずぶ濡れになるのも構わず、この戦いに終止符を打つべく、秘密を宿しながら誰よりも仲間を想い懸命な少女は高らかに声を上げる。

 

「動きを止める! クロウ君、トドメはお願いするよ!」

「アイアイ、マム!」

「ノイ、ドライブ!」

「合点承知なの!」

 

 ノイの両手を掴む。その桃色の髪を留める歯車が二輪の車輪の如く回転し、水面を割って疾駆する。瞬く間に距離を詰め、跳躍。ギアドライブの勢いのままに回転する剣閃が魔鰐の背に突き立てられ、斬り裂かれる。血飛沫を上げながらその姿を追おうとする脚は四季魔法で凍りつかされ、その場に縫い留められた。

 剛力によってそれを砕かんとするのを阻むのは殴打の追撃。頭に、腹に、脳を揺らし内臓に響く重い攻撃を受けた魔鰐は決定的な隙を晒す。今だ、四人の通じ合った意識がチャンスを掴む。

 

「さあ、行くぜっ!」

 

 二丁の導力銃より縦横に放たれる銃弾――とっておきの特殊弾が魔鰐を取り囲み、獲物を前にした鴉の如くねめつける。

 トワたちが距離を取る。クロウが指を鳴らす。それが狡猾な狩人を嗾ける合図となる。

 

「クロス――レイブン!!」

 

 魔鰐に特殊弾が殺到し、次々と炸裂する爆炎によって包み込まれた。

貯水池に響き渡った轟音が鳴り止み、炸裂の残滓である黒煙が晴れる。その跡には巨体がその身を横たえ、身動ぎひとつすることなく沈黙するのみ。

 緊張の数秒。身構えたままその姿を見据え、やがて大きな溜息が漏れた。

 

「はああぁ~」

 

 ばしゃん、とジョルジュが水面に崩れるように腰を落とした。服は全員が既にずぶ濡れ、気にしても仕方がない状態である。他の三人も構えを解き、膝着き、胡坐をかいて、へたり込んだ。

 

「あー、しんどい。もうこれ以上の面倒事は御免だぞ」

「ふう……君が最期のとっておきを早く使ってくれれば、少しは楽できたと思うのだがね」

「あれは使い時が難しいんだよ。ミヒュトのオッサンから仕入れているから弾代だって馬鹿にならねえし。サラに経費で落とせるか掛け合ってみるかぁ」

「うーん、私物に近いなら難しい気がするけど」

「ぜえ……はあ……や、やっぱり君たち、なんだかんだ元気じゃないか……」

 

 それぞれ息を乱しながらも、文句を叩き合ったり、苦笑いを浮かべたり。やること為すことは違っても、共に危機を乗り越えた仲間たちの表情は一様に穏やかなものであった。

 彼女たちのそんな様子にノイは「まったくもう」とため息交じりに零す。表情は微笑ましげであったが。

 

「なんだか知らない間に気の置けない感じになっちゃって。戦術リンクもちゃんと出来るようになったみたいだし、私だけ除け者にされたみたいなの」

「そんなつもりは無いのだけど」

「まあ、そう拗ねるなよ。足止めしたり盾張ったりしてくれたことは感謝しているんだぜ」

「ふんだ。それくらい仲間だから当然なの」

 

 拗ねた体を装って、それでいて素直なことを言うのだから彼女自身戯れているだけなのだろう。第一、顔が笑っている時点であまり隠す気がないのが丸分かりだ。姉貴分の形ばかりの抗議にトワはクスクスと笑ってしまう。

 

「さて、と。こんなところに長居は無用だ。さっさと撤収するとしよう」

「僕としてはもうちょっと休憩していたいんだけどね……」

 

 息を整えたアンゼリカが立ち上がる。疲労困憊の様子であったジョルジュもなんだかんだ大丈夫そうだ。

 

「このオッサンも無事みたいだな。地上まで持つかは分からねえが」

「まだ息はあるみたいだけど……このままじゃ失血死は避けられないね」

「となると、帰り道は大急ぎか」

 

 水道管に放り込んで避難させておいた男も新たな外傷はないようだ。しかし、噛み千切られた右脚の血は止まっていない。縛り上げたトワの上着は既に赤黒く染まり、元の色の部分を探すことさえ難しい有様である。手当てが出来る場所まで彼の体力が持ちこたえられるか怪しいところだが、生きている限りは見捨てる訳にもいかない。可能な限り急がなければ。

 クロウが再び男を担ぎ上げ、少しふらつく。彼に限らず皆に疲労が蓄積していた。魔獣を倒しながら帝都を駆け回り、地下水路で男との追走劇の後に魔鰐との死闘。ジョルジュはもとより、他の面々も表面上を取り繕うので精一杯というところだ。

 かといって文句ばかり言っていても仕方がない。せめて地下水路を出るまでは他の誰かに助けを求めることも出来ないのだから。どうにか男をちゃんと担いだクロウが気乗りしない様子で口を開く。

 

「そんじゃ行くか。他の魔獣どもが大人しくなってりゃいいが――」

 

 トワもその言葉に同意しようとして、不意に口を固まらせる。

 激しく燃え上がる気配が、彼女の感覚を急激に染め上げた。

 

「駄目っ!!」

「は――」

 

 トワがクロウを突き飛ばすのと、彼女の姿が彼とアンゼリカ、ジョルジュ、ノイらの視界から掻き消えるのは殆ど間を置かないことだった。突然の爆音、黒く大きな影、悲鳴のような咆哮と共に。

 呆けた彼らの目に映ったのは、壁に叩きつけられてずるずると崩れ落ちる仲間の姿と、傷に塗れ血に濡れた獣の背中。事態を数瞬遅れで理解した彼らは「トワっ!」と彼女の名を叫ぶ。だが、それは彼女の耳には届いていなかった。

 

(左腕に罅と……肋骨が二、三本かな。まさか、あれでまだ動くなんて……)

 

 ぐらぐらと揺れる頭で辛うじて状況を理解せんとする。そして目の前に迫り来る魔鰐に驚嘆していた。

 確かに沈黙していた。トワの感じる気配も消えていた。なのに魔鰐は再び息を吹き返し、不意を突かれたことで仲間を庇ったトワはもろに突進を喰らう羽目になった。自分の何倍にもなる質量に撥ね飛ばされ、朦朧とする意識の中でなんとか立ち上がろうとする彼女はふと気付く。

 自らの血を大粒の雨のようにぼたぼたと流す魔鰐の瞳。昏く淀んでいたそれは今、最後の灯の如く燃え盛っていた。

 

(貴方も……でも、私だって……!)

 

 刀を支えに、痛む四肢に鞭打って立ち上がる。生きるために、仲間たちと共に帰るために。

 魔鰐の向こうからクロウたちが駆けてくるのが目に入る。だが、それは赤く塗り潰された。どうやら頭にも傷を負ってしまっていたらしい。どろりとたれ落ちてきた血がトワの視界を阻む。そして赤く染まった視界の中で、魔鰐が今度こそ喰らいつかんとする気配を感じ取った。

 碌に目が見えず、体も自由が利かない。それでも懸命にトワは脚に力を籠め――脳裏で感じ取ったそれ(・・)に、力を抜いた。

 

「よお、間に合ったか」

 

 地を揺らす爆音が響いた。振動する空気をその肌に感じつつ、目の前の光景を見ずともトワは理解できていた。

 目を拭い、ぼやけながらも視界を取り戻す。眼前で揺れる白と金糸のコートに彼女は(ああ、やっぱり)と心中で呟いた。口を半開きにして唖然とする仲間たちの姿も、突然の衝撃に吹き飛ばされて困惑する魔鰐も、そして不敵な笑みをたたえ大剣を振り抜いた男の顔も、思い描いた通りにそこにあった。

 困惑から回復した魔鰐が吠える。新たに現れた標的に狙いを定め、再び大顎を開いて喰らいつかんとする。緋色の大剣を担いだ彼は呆れたように溜息を吐いた。

 それは彼我の差を理解しない相手への哀れみか。しかし、それは容赦へは繋がらない。

 剣を両手に握る。爆発的に解き放たれた闘気が、その刀身を灼熱に染め上げる。

 

「破ぁっ!!」

 

 横薙ぎの一閃。ただそれだけで事は決した。

 魔鰐はその大剣が振るわれた次の瞬間には動きを止めていた。刀身に燻る残火が消え去るのと同じくして、その巨躯はずるりとズレ落ちる。身体を上下に分たれた怪物は、今度こそ絶命していた。

 苦も無く障害を片付けた彼は血の一つさえついていない剣を腰の鞘に納める。そしてニッと笑うと姪っ子の頭に手を乗せた。

 

「お疲れさん。よく頑張ったみたいじゃないか」

「……伯父さん、タイミング狙い過ぎ」

 

 一言だけシグナに文句をつけると、トワは急激に迫る暗闇に意識を委ねるのであった。

 




【魔鰐】
今回のボスを張ってもらったオリ魔獣。デカいワニである。ちなみにトヴァルが探していた地下水路の親玉とは勿論コイツのこと。以前からグレートワッシャーの親分的な構想はあったものの、最近やったダークソウル3のとあるモンスターの影響は否めない。気になる人は『冷たい谷のイルシール ワニ』で検索してみよう。

【ギアドライブ】
ノイのギアクラフトの一つ。歯車を車輪とすることで高速移動や壁を駆け上がることが出来るようになる。突進することでそのままダメージを与えられたりと便利なのだが、如何せん使用時の見た目のせいかネタ扱いされることが多い。

【今回の四季魔法】
今回ノイが使っていたのは光弾を飛ばす『プラムシュート』、氷の槍を投射する『アイシクルスピア』、氷山を隆起させて相手を氷漬けにする『フロストウェイブ』など。四季魔法は基本的にどこでも使えるが、拙作では導力魔法より直接的に自然に影響を与えるイメージで描写している。

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