永久の軌跡   作:お倉坊主

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今回は久しぶりにがっつりと対人戦を書きました。戦闘全般に言えますが、イメージはできても文章にするのはなかなか苦労します。それだけに納得のいく表現が浮かんだら楽しいのですがね。
そういえばトワの戦闘スタイルをちゃんと書いた覚えがないな、と執筆中に気付きましたので、ここらで明確にしておきたいと思います。イメージしやすくするために参考にしたものを紹介しておきましょう。

――拙作トワの到達点はマスター・ヨーダです。



第16話 実技教練

「導力停止現象終息、オリヴァルト皇子ご活躍、ねぇ……」

 

 月末近づく、ある日の放課後。

 グラウンドに続く階段に腰かけながら、今月の帝国時報を広げていたクロウが見出しの内容をぼやくように口にする。横並びに座っているトワ、アンゼリカ、ジョルジュら実習試験班の面々も、横からその記事を覗き込んでいた。

 それぞれ興味深げな様子ではあるものの、そこまで特別な感情は見せていない。だが、トワだけは心の底から胸を撫で下ろしていた。

 

「リベールの異変、無事に解決したんだね。本当によかったよ」

「南のパルム市も影響を受けていたようだし、それについては同意だが……君がそこまで気に掛けていたとはね。あくまで外国のことだろう?」

 

 目敏くその様子に気付いたアンゼリカが問うてくる。返事をしたのは姉貴分の方だった。

 

『ヴァレリア湖上空に現れたっていう構造物、あれは古代ゼムリア文明にまつわるものだと思うの。もしかしたらテラと同じ類のものかもしれないし、気になって当然なの』

 

 虚空からの声にもすっかり慣れた面々は「なるほど」と頷く。

 紙面には確かに湖上に現れた巨大構造物について記されており、望遠のせいで不鮮明ではあるが、両端に翼のようなものがついたすり鉢状の物体の写真もある。サイズは違えど、かつて大きな異変を引き起こしたテラと似たようなものが出現すればトワやノイが懸念するのも無理はない。

 異常気象が発生したり、空から瓦礫が降ってくるのに比べれば、一時的にインフラが途絶した程度で済んだのは不幸中の幸いと言えるのかもしれない。少なくとも、世界の終わりを思わせるものではないのだから。

 もっとも、それは実際に立ち会っていない他人事だからこそ思うことなのだろうが。人々の生活にオーブメントが欠かせなくなったこの時代、導力が停止したことで多くの被害を被ったのは想像に難くない。それに、もしかしたら導力停止以上の何かが起こる可能性もあったのだ。自分が知るものと比べて軽く見積もるのは適切ではないだろう。

 何にせよ、この異変を解決してくれた人たちにトワは頭が下がる思いだった。紙面にはリベールの遊撃士が中心となって解決したとあるが、いったいどのような人たちなのだろうか。

 個人的にも遊撃士とは縁がある。いつか会えたらいいな、とトワは思うのだった。

 

「それにしてもオリヴァルト皇子か……確か、この学院の理事長も務めていらっしゃるんだよね」

「らしいな。名前を見ることなんて殆どねぇが、庶子っていう話だから無理もないのかね。皇位継承権も放棄しているそうだしな」

「うーん……残され島だと、そういう話を聞く機会があまりないから私は名前くらいしか知らないんだよね。アンちゃんは会ったことあるの?」

 

 一面を飾る皇子に話が移った所で、興味本位でトワはアンゼリカに問い掛ける。奔放とはいえ四大名門の令嬢、皇族が出席するような場にも顔を出した経験はあるだろう。トワには想像がつかない世界のことも知っている筈だ。

 聞かれたアンゼリカといえば、記憶を手繰るように「そうだな……」と零した。

 

「直接の関わりはない。年始の会に遠目で見ることがあるくらいか。普段からそういったところに顔を出すことは少ない方だからね」

 

 どうやらアンゼリカもそれほど詳しいわけではないようだ。ちょっと残念な気持ちになるが、そこで彼女は「ただ」と言葉を続ける。

 

「お目見えすることが少ないだけに、流れている噂の数は多い。そういった類にあまり興味のない私の耳に届くくらいにはね」

『へえ、どんなの?』

 

 したり顔でそう言われてしまえば気になってしまう。興味津々な声色のノイに笑みを深めながらも、彼女は持ち得る情報を開陳する。

 曰く、美食家にして音楽を愛する。

 曰く、護衛のヴァンダール家の者とは親友同士でもある。

 曰く、機知に富み聡明である。

 聞いている限り、かなり優秀な人物のようだ。噂なのでどこまで本当か分からないが、事実なら皇位継承権を放棄していることが惜しまれるくらいだ。食や音楽に造詣が深いというのも文化的で好印象である。

 

「――とまあ、代表的な噂はこんなところだが、中には真偽が殊更に疑わしいのもあってね」

 

 ところが、そこまで話したところでアンゼリカは表情を半信半疑といったものにさせる。彼女自身、疑わしいと思っているのが察せられる。

 

「殿下は行動が浅慮で皇族としての自覚が薄いとか、親友と実はアレな関係なのではないかとか……恐らくは庶子であることを虐げる連中の妄言だろうがね」

「それはまた……貴族社会というのも大変なようだね」

「ああ、まだ山籠もりの方がマシといったものさ」

 

 貴族子女としてはどうかと思うが、本人は心の底からそう思っているのだろう。うんざりといった様子で溜息を吐くものだから本気であることが否が応にも伝わってくる。

 もしかしたら奔放な振る舞いをしているのも、貴族社会から遠ざかるためのものなのだろうか。トワは何となく、そう思う。あくまで勝手な想像ではあるが。

 そんな想像を働かせている横で、アンゼリカは改めて雑誌の紙面に目を通す。その面持ちは思案顔だ。

 

「……だが、殿下がこうも積極的に動かれているのは本当に珍しい。あの方にも、何か今回の件で思われることがあったのかもしれないね」

「ま、おかげさんでリベールと関係が悪化せずに済んだわけだ。皇子殿下の思惑はともかく、一先ずはめでたしめでたしってところだろ。素直に喜んでおくとしようぜ」

 

 一時はリベールの新兵器が原因なのではないかと囁かれていた今回の異変。オリヴァルト皇子が解決に貢献したという事実は、一部とはいえ被害を受けていた帝国民の感情を納得させるのに十分なものだろう。実情はどうあれ、見方によっては帝国が異変の解決に取り組みつつも、リベールの顔を立たせたようにも受け取れるのだから。これがリベール単独で解決していたら隣国への疑心は完全には払拭されなかったに違いない。

 クロウの言う通り、ここは素直に喜ぶべきなのだろう。何はともあれ、少なくとも新たな戦争の火種になるのは避けられたのだから。誰も好き好んで戦争がしたいとは思わない。

 

「そうね。波紋はあるでしょうけど、安心しなさい。それはアンタたちには関わりのない範囲のものでしかないわ」

 

 不意に、背後から声が響く。揃って校舎側に振り返り、そこに立つ女性教官の姿に「やっとか」と言わんばかりの目を向ける。ノイは姿を消したままこっそりと遠ざかっていった。

 

「おいサラ、呼び出しておいて随分と遅いじゃねえか」

「悪かったわよ。ちょっと口やかま……んんっ、説教臭い教頭に捕まっちゃってね」

「あまり変わっていませんよ、それ」

 

 ジョルジュの冷静な突っ込みにサラ教官は「まあ、いいじゃない」とまるで悪びれた様子を見せない。そういう適当な態度が教頭を怒らせる原因になっているのだろうに。言っても仕方ないので口にはしなかったが。

 ともあれ、待ち人の到着に四人は階段から腰を上げる。彼女らが放課後のグラウンドで座り込んでいたのは他でもない、サラ教官から呼び出されてのことだった。

 サラ教官からの呼び出しに、この面子。そして月末が近付いている時期からして、用件は分かり切ったようなものだ。教官の口から出てきた言葉に対して驚きは無かった。

 

「自主的な時事勉強、大変結構。けど切り替えていきなさい。ここからは楽しい楽しい試験実習のお時間よ」

 

 

 

 

 

 乗馬部やラクロス部が活動する姿を遠目に見つつ、一同は閑散とする裏門近くに移動する。わざわざ人気の無いところへ場所を移す理由は分からなかったが、一先ずはサラ教官の先導に従う。

 

「さて、第二回の試験実習地は……と早速言いたいところだけど、実はその前にやってもらわなきゃいけないことがあるのよね」

「え?」

 

 思わず間の抜けた声が出る。以前の説明の時は、実習地はケルディック、実施日は今週末の土日、はい終了。そんな具合だっただけに、今回も必要最低限の簡潔な話で終わるものかと思っていた。

 一方、サラ教官は目をパチクリさせるトワに呆れた目を向ける。出来の悪い妹に言い聞かせるように「アンタねぇ」と続けた。

 

「不測の事態の末に大型魔獣と戦って、その体液まみれになって生徒が帰って来たっていうのに、そのまま次の実習に送り出せると思っているの? こっちにも管理責任っていうのがあるのよ」

 

 言われ、誤魔化すような苦笑いが浮かぶ。確かにその通りだ。

 先月の試験実習でのヌシとの戦い。幸いにも大きな怪我は無かったが、腹を突き破って止めを刺したトワは、それを見たオットー元締めの寿命が縮まんばかりの酷い有様だった。実を言うと制服にシミになって残ってしまっていたりする。

 前回は無事だったとはいえ、一歩間違えば大惨事になっていたのだ。学院側としては「はい、そうですか」と放置するわけにはいかない、ということだ。試験実習は続けるとしても、何かしらの対策を練る必要がある。

 

「もう気付いているでしょうけど、特別実習は全てが生徒の自主的な判断によって行われることを想定している。その点、アンタたちが魔獣被害の調査に乗り出したのは実習としても意義があるものだった」

「それは光栄ですが、そういうことは最初に言っておいて欲しかったですね」

「まったくだ。放任主義にもほどがあるっつうの」

 

 普段は反目してばかりの二人による息の合った文句を、サラ教官は意に介さず聞き流す。

 

「だから行動の制限はしない。その代わり、行動に見合うだけの実力を付けてもらうわ」

 

 特別実習の趣旨として、危険な目に遭わないよう行動を制限するのは本末転倒。それならば、いざという時に対応できるだけの実力を備えさせておくことで対策とする。つまりはそういうことか。

 理には適っているのだろう。危険への備えとしてはもとより、依頼の性質上、魔獣との戦闘は起こりやすい。実力を付けることは手っ取り早い対抗手段となる。

 となれば、この場に呼び出された意味にも理解が及ぶ。トワは推測を口にした。

 

「えっと、もしかして呼び出したのは実技教練が目的だったり……?」

「よく分かっているじゃない。なら余計な説明は必要ないわね」

 

 勘のいいトワに、サラ教官はからからと笑う。いらぬ手間が省けたとばかりに。

 そんな適当さに白い眼が向けられる間もなく、彼女は「じゃあ早速」と言い。

 

 

「今のアンタたちがどれだけやれる(・・・)か。見せてもらいましょうかっ!」

 

 

 紫電の如き闘気が、その身から解き放たれた。

 武具を構える。右手に強化ブレード、左手に導力銃。彼女の髪と同じく紅紫色に染まったそれらは、見るだけで苛烈で攻撃的な戦闘スタイルを想起させる。サラ教官は一瞬のうちに完全な戦闘態勢に入っていた。

 

「……はあ、嫌な予感はしていたけど」

「時には諦めも肝心さ。腹を括りたまえよ」

「面倒くせえ……が、仕方ねえ。いつぞや言った一発殴るチャンスと思うとするか」

「……どれだけやれるかは分からない。でも、全力を尽くさせてもらいます!」

 

 見ただけで勝てないことは明白だった。技量も、経験も、何もかもが及ばない。四対一という数の有利などあってないようなもの。それを自ずと理解させられる気迫と闘気がサラ教官からは感じられた。

 だが、それでもトワたちは武具を構え相対する。避ける事など出来はしない。ならば、せめて全力を以てぶつかるのみ。何より四人のうち誰もが、ただやられるだけに甘んじるほど根性なしではなかった。

 そんな教え子たちにサラ教官は笑みを深める。期待通りだとばかりに、嬉しそうに。

 

「トールズ士官学院、戦術教官サラ・バレスタイン――参る!」

 

 それが合図だった。地を蹴り、爆発的に加速したサラ教官が迫る。標的はジョルジュ。俊足に対応しきれない彼に強化ブレードが一閃される。

 しかし、白刃は割って入った手甲にいなされた。

 火花を散らしながらブレードを捌き切ったアンゼリカは反撃の拳を振るう。拳打、蹴撃、掌底。間合いの内に踏み込んでの連撃は、身を開き、受け止められ、衝撃を吸収されることで悉く防がれる。流れるような回し蹴りが逆に襲い掛かり、咄嗟に十字に腕を組んで守りを固めるも横に身が流される。

 アンゼリカがどかされた瞬間に振るったジョルジュの鉄槌も、見越していたように後ろに身を翻すことで難なく回避。向けられる銃口。顔を引き攣らせるジョルジュを余所に、サラ教官は「あら」と右に注意を傾ける。

 二丁の導力銃から放たれた銃弾が地を穿つ。回避に移り、跳び退る相手を追うようにクロウの銃口もまた動いていく。だが、彼もまた顔を顰めさせることになる。跳び退り、宙に身を躍らせたサラ教官が引き金を引く。その弾丸、雷の如し。洒落にならない攻撃にクロウも退避を選んだ。

 三人の攻撃を軽々と凌いで見せたサラ教官に息の乱れはない。まだまだ余裕。実際その通りなのだろう。

 

「ほら、もっと気合入れてきなさい。さもないと――」

 

 直上からの剣閃をサラ教官は焦ることもなくいなす。刃と刃がぶつかり合う甲高い金属音。空中から強襲し、一気に間合いに潜り込んだトワは休むことなく斬りかかる。身軽さを活かした、手数の攻め。打ち合うこと数合、鍔競り合う。

 サラ教官の笑みは、ますます深くなる。

 

「息をつく暇も与えずに、一気に片付けちゃうわよ……!」

「そうならないように努めます……! クロウ君!」

 

 駆動は既に終わっていた。呼びかけに応じてクロウが発動したクロックアップがトワにかけられる。競り合うブレードを弾き、速度を増した連撃で挑みかかる。

 足りない膂力は身体全体を使っての遠心力を利用して、背丈の差は身軽さによる跳躍力を武器にして。小柄な体躯を最大限に活かしてトワは立ち向かう。戦闘において、短所こそが彼女の最大の長所だった。

 足元を薙ぐ一閃。跳躍し、回避しつつもサラ教官の背後に回る。

 

「アンちゃん!」

「合点承知!」

 

 前方からアンゼリカ、後方からトワ。サラ教官の顔に初めて緊張が走る。

 銃撃により迫るアンゼリカを牽制しつつ、後背より仕掛けてくるトワに応戦。剣戟を交わしつつも囲まれないように立ち回り、銃撃を潜り抜けて接近してきたアンゼリカに死角を突かせない。

 正面から攻めても無意味。早々に判断を下した二人は一息に後退する。追撃の構えを見せるサラ教官。だが、後退の意図に気付くや否や自身もその場から飛び退く。水のアーツ、ブルーインパクトが噴き上げるも、標的を逃したクロウが「チッ」と舌打ちした。

 しかし、躱されることも想定の内。飛び退いた先に回り込んでいたジョルジュが機械槌を振りかぶる。

 鉄塊が叩きつけられ、地が揺れる。土煙が上がるも、サラ教官は紙一重で回避していた。反撃によってジョルジュを正面から蹴り飛ばすが、彼女は怪訝な顔となる。硬く、手応えが薄い。

 地のアーツ、クレスト。事前に補助アーツで身を固めていたジョルジュは数歩ばかり後ずさっただけだった。

 

「おおっ!!」

 

 機械槌を振り上げ一回転させ、地面を抉るように掬い上げる。接地するのと同時に発生する導力爆発。爆裂によって生み出された土飛礫と岩塊が前面に殺到する。

 これにはサラ教官も斬り抜ける術を持たない。襲い来る飛沫の範囲から抜けるために距離を取る。

 即座にジョルジュを囲むように陣形を組み直す四人、追撃に備えて導力銃を構えたサラ教官。どちらも待ちの姿勢であったことで図らずも一拍置く形となる。ふっ、とサラ教官は笑みを浮かべた。

 

「思っていたよりもやるじゃない。随分と良い連携をしてくるけど、それもARCUS……戦術リンクの恩恵ということかしら?」

「ですね。いくら同じ実習班だからといって、一カ月くらいで無言の連携が出来るわけがないですし」

「これでも影ながら自主練とかしていたんですよ。クロウは嫌々でしたけど」

 

 ケルディックでの試験実習を経て、トワたちは辛うじてながら戦術リンクを活用できるようになっていた。言葉を介さない戦闘時の意思疎通、援護に入るタイミングの見極め、仲間全体の戦況の認識。今まさにサラ教官と渡り合う中でも戦術リンクは多大な効果を発揮していた。これがなければ瞬く間に各個撃破されていただろう。

 無論、その成果は不断の努力があってこそ。先月の実習後も最後の最後で掴んだ感覚を物にするために、空いた時間を見つけてはリンクの確立に力を注いできた。面倒がるクロウは単位が云々の話で釣り上げた。

 おかげで戦術リンクが繋がらないという実証試験としてスタートラインにも立てていない事態は解決、なんとか実戦でも通用するようになった。努力の甲斐があったというものだ。

 教官として喜ばしいことだったのだろう。うんうん、と生徒の努力に感慨深く頷くサラ教官。

 

「運用テストにも真面目に取り組んでくれているようで嬉しい限りよ。指導役のアタシの面目も立つってもんだわ」

「面目を気にするなら普段の生活態度を改めるのが先決だと思うんだがな。もう飲兵衛教官っていうイメージが付いちまってるぜ」

 

 休日のキルシェで深酒していれば、さもありなん。学院という狭い社会で情報が出回るのに時間は掛からなかった。サラ教官の私生活はだらしない、というのが学院内における共通認識と成り果てていた。

 当の本人は大人の余裕でも見せつけるかのように平然と振舞う。しかし、トワは気付いていた。その額に青筋が浮いていることに。サボりの常習犯に生活態度云々言われたら「お前が言うな」という気分にもなろう。

 

「若者らしく元気がいいわね。それ自体は大変結構だけど……」

 

 ピリピリとした雰囲気を纏いながらサラ教官は言う。心なしか闘気が増したのは気のせいか。

 

「その連携、何時までもつ(・・)のかしら?」

 

 小休止はそこまでだった。再び迫るサラ教官。その突撃を防ぐようにアンゼリカとジョルジュが矢面に立ち、トワとクロウは二人の援護と教官の隙を突くべく散開する。

 先ほどは上手く凌げたが、四人とも分かっていた。あれはサラ教官が本気で攻めかかって来ていなかったからだと。小手調べに過ぎない攻勢だったからこそ、自分たちの連携も噛み合い、対応することができた。自分たちの実力を過信するほどトワたちは未熟者ではない。

 その事実が今、目の前に現実となって立ち塞がる。重い一撃、凄まじいスピード、瞬間的な判断力。意志を持った嵐が襲い掛かってくる。迅雷を纏う相手を前に、トワたちは必死の思いで攻撃を防ぐ。守勢の維持に掛かり切りとなり、とても反撃に移る猶予など見出せない。

 そして、その守勢にもとうとう綻びが生まれる。

 

「ぐおっ!?」

「くっ……しくじったか!」

「っ! アンちゃん、下がって!」

 

 ブレードを凌いでいたアンゼリカを援護するべく、クロウと戦術リンクが結ばれた矢先、その繋がりは細い糸が切れるかのように雲散霧消する。突如として共有していた感覚を喪失し、一瞬とはいえ怯んでしまう二人。異常を察知したトワが指示を出した頃には既に遅かった。

 

「まずは一人っと」

 

 隙を晒したアンゼリカが瞬く間に薙ぎ倒される。一筋の亀裂に刃を捻じ込み、無理矢理に抉じ開けていくかのようにサラ教官は進撃する。

 孤立したジョルジュを連撃が襲う。機械槌を盾に凌ごうとするも、跳躍しての雷撃を纏った一撃に防御ごと切り崩される。巨体は吹き飛ばされ、地面を転がって動かなくなった。

 クロウが牽制の弾幕を張るも、サラ教官はまるで臆することなく彼へと接近する。射線を悉く読み切り縮まる距離、銃の間合いから剣の間合いへ。弾を撃ちきっても装填する時間は無く、クロウは回避と防御を余儀なくされる。止む無く銃身で剣を防ぎ、身を捻って躱すも、それは長く続かない。あわやという所で地に身を転がし、直後に頭付近で着弾の土煙が上がる。その意味を理解し、クロウは諦めたように大の字になる。

 

「さて、これで後はアンタだけだけど……」

 

 サラ教官が振り返り、かざしたブレードと刀がぶつかり合う。正面から打ち合うようなことはしない。常に円を描くように動き回り、ヒット&アウェイで立ち向かう。

 押し返すように刀ごと弾かれ、追撃の銃撃が襲う。辛うじて躱したトワに、サラ教官は微笑んだ。

 

「諦めたりはしないようね。いいわ、とことん相手してあげる」

「あはは……お手柔らかにお願いします」

 

 助けに入る間も無く三人が倒され、残されたのはトワ一人。最初から勝ち目など見出せず、もはや一矢報いることさえ出来ないだろうが、それでも彼女は刀の柄を握り直す。幸か不幸か、勝てない相手との戦いには慣れていた。だから純粋に自分の力を出し切るために、高みへと挑戦する。

 サラ教官は強力な前衛型だ。その細腕のどこにそんな力が秘められているのか不思議なほど剣は重く、足は俊敏、おまけに守りも堅い。そして何より冷静な判断力が適切な動きを導き出し、四方八方から切り崩そうとするトワを攻めあぐねさせる。

 そして攻めてばかりもいさせてくれない。相手からも攻撃の手は絶えず繰り出され、神経を張り詰めることを余儀なくされる。力の差は歴然、まともに受けたら間違いなく押し切られる。だから躱せるものは躱し、どうしても無理なものは上手く力を逃がして受け流す。

 

「うっ!?」

 

 だが、それはギリギリの綱渡りをするようなもの。少しのズレが致命となる。

 跳躍し、着地した瞬間を突いてブレードが振るわれる。受け流すことはできなかった。刀を押し下げられたトワの額には、ピタリとサラ教官の導力銃が突き付けられていた。

 

「……はあ、参りました」

「ふふん。どうよ、これがお姉さんの実力よ」

 

 自慢げに胸を張る。自分はただの飲兵衛ではないぞ、とでも言うように。一応、気にしていたのだろうか。

 それにしては少々、大人げないと思うが、わざわざ言って気を損ねることもない。トワは曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。

 

 

 

 

 

「じゃ、今回の実技教練の総評だけど」

 

 簡単な応急処置と休息の後、サラ教官がそう切り出す。四人を相手にしてピンピンしている彼女に対して、トワたちは未だぐったりしている。特に防御ごと吹き飛ばされたジョルジュは疲労困憊である。

 

「途中まではよくやっていたと思うけど、戦術リンクが切れたのかしら、あれ? 途端に動きが鈍くなったじゃない」

「あー……まあ、なんとか活用できるようになったといっても、まだまだ不完全なのは確かでな」

「リンクは繋げられるんですが、ふとした拍子に切れてしまうこともあるんです。ARCUS自体が未完成であること、僕たち自身に及ばない部分があること。原因は両方でしょう」

 

 サラ教官に一気に切り崩される原因となった戦術リンクの途絶。それはトワたちが自己鍛錬を積んでも解決できなかった問題だった。

 戦闘中、糸が切れるように突如として戦術リンクが途切れてしまう。機能している最中は高い効果をもたらすだけに、それが失われた際に生じる隙は埋めがたい。見えていたものが急に見えなくなってしまえば、どうしても怯んでしまうものだ。

 誰とのリンクでも途絶の可能性は潜む。ただ、感覚的にはクロウとアンゼリカの間で途絶する回数が多いというのが四人の共通認識だった。これもまた、使用者の人間関係に左右される戦術リンクの特性によるものなのだろう。

 

「なるほど、全体としての課題はそこを克服することね。あと途絶しても、そのままやられないようにすること。注意してればもう少しやれた筈よ」

「いつもならトワの指示でなんとかリカバリも効くのですが、サラ教官相手ではそんな暇もありませんでしたしね。ここは個々人で努力するべきところですか」

 

 四人共通の目標は戦術リンクの安定化として、個人の指標も示さなければ実技教練の意味がない。サラ教官は「そうねぇ」と少し考えてから口を開く。

 

「アンゼリカ。アンタは泰斗流の使い手だけど、アタシの知っている他の使い手と比べると動きに結構な違いがある」

「そうでしょうね。私の場合、かなり我流が入っていますし」

「なら、もう一度正道に立ち直ってみなさい。正道はその流派が今までに積み重ねてきた研鑽の結晶、動き一つとっても相応の意味があるものよ。師匠の教え、忘れた訳じゃないでしょう?」

 

 我流が入っているが故に、洗練された流派本来の動きとは異なってしまう。あまり型に固執すれば柔軟性を損なうが、今のアンゼリカに必要なのは基本に立ち返り、無駄を削ぎ落とすことだとサラ教官は言う。

 言われた当人も思い当たることがあったのだろうか。言葉を吟味し、素直に「精進します」と頷いた。

 

「ジョルジュ。割と本気で蹴ったのに反撃してきたのはいいガッツだった。もっと足腰を鍛えなさい。そうすれば仲間を守る盾になれる筈よ」

「補助アーツをかけても結構しんどかったんですけど……まあ、なるべく頑張ります」

 

 四人の中では最も戦闘経験が浅いジョルジュには防御の要となる道を示す。彼は武術には通じていなくとも、体格と膂力には恵まれている。重い機械類などを取り扱ってきたおかげか、筋力と持久力も備えており、前線を維持するディフェンサーとして適役と言えた。

 鍛えるべきは攻撃に耐え、踏ん張るための足腰。そして折れることのない精神力と正面から立ち向かう胆力か。精神面に関しては経験を積んでいく他ないが、そこは試験実習に参加していけば否応なく培われていくだろう。

 

「クロウ。後衛としては銃もアーツの腕も申し分ないわ。後は仲間と戦っていることを意識するようにしなさい。トワだけじゃ限界もあるだろうし、全体を俯瞰できる後ろからサポートできるようになるのが理想ね」

 

 クロウは個人単位の戦闘力としては、あまり指摘することはない。求めるとすれば、それはチームワークの強化。単体の戦力としてではなく、全体の状況を把握し、リーダー格であるトワのサポート役になること。

 面倒臭そうな顔をしながらも「ウッス」と返事はする。そんな彼にサラ教官はついでとばかりに聞く。

 

「ところでアンタ、実は剣も握れるんじゃないの? 近接戦の動き、銃使いにしてはやたらと良かったじゃない」

「ちっとばかりナイフの扱いを齧っているだけだよ。本職には及ばねえさ」

「ふうん……ま、いいわ」

 

 どこか探るような目を向けつつも、さっさと切り上げる。深く聞くまでのことでもないと判断したのだろう。

 そして最後の一人、トワへと向き直る。ここまで割とスムーズにそれぞれの改善点を伝えてきたサラ教官だったが、最後になって途端に難しい顔をする。いったい何を言われるのやら、とトワも若干不安になってしまう。

 

「下手に指導すると後が怖いのよねぇ……先生がなんて言うか……」

「え?」

「ああもう、何でもないわよ」

 

 何かボソッと呟いたように聞こえたが、サラ教官は有耶無耶にするように手を横に振る。何やら「どうとでもなれ」という諦観を漂わせているのは気のせいか。

 

「剣の扱いと身のこなしに関しては文句なしで学院上位の腕前よ。ただ、格上相手には動作の隙が致命的になる……なんかアンタの力が及んでいないというよりは、ピースが一つ足りないっていう印象なんだけど。何なのかしらね、これ?」

 

 自分で言いつつも首を傾げるサラ教官の発言に背筋が凍る。ピースが一つ足りない。まさにその通りだったからだ。

 トワの戦闘はヒット&アウェイを主軸とし、身軽さを活かした跳躍を多用する。相手に対する牽制と威嚇の効果も兼ね備えると同時に、その大きな動作故に隙も生じてしまうのだが、その隙を埋めるのが相棒のノイである。彼女の四季魔法とギアクラフトによるサポートがあってこそ、トワの戦闘スタイルは完成する。

 それを感覚的に察知するとは、末恐ろしい勘を持った教官だ。誤魔化しの笑みを浮かべつつ、トワは内心で冷や汗を流した。

 

「と、取り敢えず隙を埋められるようにすればいいんですよね。頑張ります!」

「うーん……ま、いいか。アタシがとやかく言わなくても、自分の特性は分かっているみたいだし」

 

 実際、いつまでもノイに頼ることを前提にしているのはよろしくない。魔獣相手ならともかく、事情を知らぬ人前では彼女は戦えないのだから。一人の剣士としての完成を目指す意味でも、サラ教官の指摘は無駄ではなかった。

 教官も教官で頭にもたげる疑問に折り合いをつけたようだ。考えても仕方がない、という面が強そうだが。

 一先ずはこれで全員にアドバイスを出し終える。後は実戦の中でトワたちがその通りにしていけるかの問題だろう。一朝一夕で実現できないものなのは確かだが、これからの試験実習で積み重ねていけば何時かは実る筈だ。

 区切りもついたところで、サラ教官は話を次へと移す。むしろここから本題とも言えた。

 

「じゃあ実技教練はここまでにしておくとして、お楽しみの時間としますか。はい、これ回していって」

 

 そう言ってトワに渡されたのは四通の封筒。学院が掲げる有角の獅子の紋章が入った格式ばったものである。

 

「今回は書面での通達ですか。前回は口頭でしたけど」

「別に口で言ってもらっても構わねえんだがな。来年はともかく、今は俺たち四人しかいないんだしよ」

「仕方ないじゃない。学院長からちゃんと記録に残る形にしておくようにって言われたんだから……あのチョビ髭教頭も五月蠅いし」

「まあまあ。これも来年の予行練習だと思えばいいじゃないですか」

 

 ブツブツと文句を零すサラ教官。書類という形にするよう言われたことよりも、ハインリッヒ教頭に小言を言われたこと自体が気に食わないようだ。それを宥めながら、トワは封筒を他の面々にも回していく。

 全員に渡ったところで、示し合せた様に同時に封を開ける。はてさて、今回の実習地はどこなのか。不安と期待が綯い交ぜになった心地で簡素な書面に目を通し――

 

「……ヘイムダル?」

 

 帝国人であれば誰もが知るその名を、呆気に取られたように呟いた。

 

「そう。大陸でも有数の大都市にして、皇帝を戴くエレボニア帝国の中枢……緋の帝都ヘイムダルが次の実習地よ」

 

 土産話、楽しみにしているから。

 そう言ってサラ教官はトワたちに期待という名の重しを背負わせた。

 




【四季魔法とギアクラフト】
四季魔法は所謂アーツ、ギアクラフトはステージ上のギミックの解除などに使用する。ギアクラフトはストーリーの進行で自然と習得していくが、四季魔法は特定の魔獣を倒すほか、クエストの達成が習得に必要。どちらも使用にタイムラグはないが、四季魔法には使用可能回数が、ギアクラフトはクラフトゲージの消費があるため乱発は出来ない。

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