永久の軌跡   作:お倉坊主

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こんにちわ。ただいま人生の節目にあって色々と気苦労しているお倉坊主です。
というか、ぶっちゃけると就活中です。前話のまえがきの書類の書き方云々も就活に必要だから勉強しているのです。正直なところ早くどこかに内定貰って一安心したいです。
まあ、愚痴っていても仕方がないので、ぼちぼち頑張っているのですがね。こうして合間に物書きしてストレスは発散しているのでご心配なく。誰かが応援してくれればもっと頑張れるかもしれませんね|ω・`)チラ

そんな個人的な話はともかくとして、今回からクロス要素がより前面に出てきます。世界観のすり合わせの都合上、細かい所で「那由多と違うじゃん」と思われる点もあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。


第11話 調査開始

「さて、今日も一日実習に取り組んでいく訳だが」

 

 試験実習二日目。それはアンゼリカの第一声から始まった。

 

「手順としては昨日と同じく、渡された依頼を片付けていく感じでいいのかな?」

「うん。女将さんに貰った封筒に二件入っているよ」

「昨日より少ないね。夕方に戻るのを考慮して元締めが気を遣ってくれたのかな」

「ま、そんなところだろ。ありがたく思っておくとしようぜ」

 

 ギクシャクした空気のまま終わった昨日から一夜明け、四人の様子はというと表面上は問題が無いように見えた。宿の入り口から出たところで事を荒立てることもなく、二日目の実習内容を確認していく。

 だが、それはあくまで表面上のこと。感情を表には出さずとも、どこかお互いの様子を窺うような雰囲気がある事は否めなかった。

 それでも表向きは平穏である事には違いない。誰かが昨日の話を蒸し返したりはしない限り、そこそこ上手く依頼をこなし、特に大きな問題を起こすことなく試験実習を終えることが出来るだろう。

 

「じゃあ手っ取り早く……」

「その前に、ちょっといいかな?」

 

 しかし、それは本当の意味で試験実習の成功と言えるのか。少なくともトワはそう思わなかった。

 

「昨日の魔獣被害の話だけど、ちゃんと調べた方がいいんじゃないかな……ううん、私が調べたいと思っている」

 

 言葉を区切り言い直す。どちらが良いかという話ではなく、これは自らの意志によるものだと。

 傍からすれば徒に場を乱す愚行に見えるだろう。燻っていた火の元に、わざわざ燃料を入れ直したのだから。アンゼリカは「それは……」と若干の戸惑いを見せ、クロウは黙ってトワの言葉を聞いていた。

 

「一晩考えてみたんだけど、やっぱり目の前で困っている人がいるのを放っておきたくないんだ。このまま実習を終えたら納得も出来ないし、きっと後悔もすると思う。だから出来る限りのことはやっておきたいの」

「出来る限りの事と言っても……実際、僕達に何が出来るんだい? 領邦軍を説得できるわけでもないだろうし……」

「領邦軍を動かすのは確かに無理だよ。でも問題の原因には、まだ手を出せる余地があると思う」

「問題の原因……つまり、農家に被害を出している魔獣についてか」

 

 確認するような口調のアンゼリカに頷きを以て返す。トワも考え無しにこのような事を言い出したわけではない。自分の意見を受け入れてもらうために、示せるだけの材料を用意してきた。

 

「ポールさんたちや女将さんの話だと、最近の農家を襲ってくる魔獣は普段は見かけない種類なんだって。それに昨日の一件で分かった通り、魔獣たちは普通なら避ける導力灯を無視するほど異常な状態にある」

 

 被害者本人から話を聞くことはもとより、女将にも欠かさず聞き込みは行っている。

 酒場は様々な人が集まる場所である。ケルディックで言うならば、大市の商人、近郊の農家、観光客といった具合だろう。当然、酒の席では肴に多種多様な言葉が交わされる。それらの中に最近の問題である魔獣被害の件が含まれていない方が不自然だ。

 そして女将は、それらの会話を余さず聞いている身だ。全てを覚えてはいなくとも、魔獣被害の概要については十分な情報を聞き出すことが出来た。

 

「これらの因果関係を調べて、魔獣被害の原因を特定する。原因が分かれば対策の立てようもあるし、領邦軍への説得の材料にもなる。それぐらいなら、きっと私たちにも出来る筈だよ」

「……まあ、確かに不可能とは言えないね。課題との兼ね合いも無理のない範疇だ」

 

 調査の手法としては、まずは被害を受けた農家への聞き込みが中心となるだろう。幸い、今日の依頼は郊外の農家に関連したものになっている。依頼のついでに話を聞くくらいは訳ないだろう。

 その結果として魔獣被害の原因が判明したとても、何も自分たちで全てを解決しようと言う訳ではない。あくまで目的は原因を解明すること。その原因にどのように対処するかまで考えるのは自分たちには荷が重い。何より、ケルディックの人々が自ら考えるべき事だろう。

 解決には至らなくとも、その一助となる事で被害の軽減に寄与する。その程度なら実習にも支障をきたさないとアンゼリカとジョルジュも自然に理解出来た。

 

「我儘だっていうのは分かってる。でも、私は目の前の事を見なかったことにしたくない。指示された事だけじゃなく、自分の意志で動きたいの」

 

 しかし、いくら理屈を並び立てても所詮はトワの勝手に過ぎない。勝手は理屈だけでは通らない。

 だから彼女は頭を下げる。彼女なりの誠意を示すために。

 

「だから、お願いします。私の勝手に付き合ってくれませんか」

 

 頭を下げられた側のアンゼリカとジョルジュは困ったように顔を見合わせる。理屈は分かった。トワの気持ちも理解できない訳ではない。ただ、最後の問題が素直に頷くのを阻んでいた。

 

「僕としては手伝うのも吝かではないけど……」

「私も同じようなものさ。が、そちらの男はどうなのかな?」

「…………」

 

 アンゼリカが横目で視線を投げかける。その行き先、トワが話し出してからというものの沈黙を守るクロウは、頭を下げるトワをじっと見つめていた。

 

「この試験実習の間、私たちは腐っても仲間だ。どんな行動をするにしても全員が納得していなければ意味がないだろう。遺憾ながら、君の意見も無視することは出来ない」

「要するに後はクロウ次第と言う訳なんだけど、やっぱり無闇なお節介には反対かい?」

 

 やや憮然としたアンゼリカの言う通り、どんなに不仲であろうと自分たちが仲間であることには変わりない。一人の意見が無視されることは許されるべきではない。

 トワも皆が納得できる実習にしたいと思って言いだした事なのだ。皆の中には当然クロウも含まれている。ここで彼が拒否するのならば、それはそれで仕方がないと割り切るつもりではあった。無理強いしてもいい結果になるとは思えない。

 ただ、それでも不安に思う気持ちはある訳で、下げていた頭を少し上げてクロウの様子を窺う。やや寝癖のついた髪を掻き毟っていた彼は、面倒臭そうな面持ちでようやく口を開いた。

 

「ま、いいんじゃねえの?」

「え」

 

 果たして、その口から出てきた言葉は肯定を意味するものだった。つい間の抜けた声を漏らすトワに、クロウは呆れたような顔で「あのなぁ」と言う。

 

「昨晩に馬鹿みたいなお人好し加減を晒してきたのはそっちだろうが。そんな奴相手に止めるよう説得するなんざ、それこそ馬鹿のする事だ。適当に楽しながらでいいなら付き合ってやるよ」

「そ、そんな馬鹿馬鹿言わなくても……」

「へえ、たった一晩で随分と心変わりしたものだね。今まで散々捻くれたことを言っていたくせにそれを翻すとは、トワに絆されでもしたのかい?」

 

 あんまりと言えばあんまりなクロウの言い分に肩を落とすトワを置いて、アンゼリカが挑発的な台詞を発する。それはまるで、様子が変わったクロウを試すかのようだった。

 昨日までの彼であれば、内面に土足で踏み込んでくるような挑発に乗せられて冷淡な本質を覗かせていただろう。だが今日は、今日からの彼は、それに対して戯けた反応を見せた。

 

「おいおい、俺はちょろいヒロインみたいなキャラじゃねえぞ。これはただの方針転換だ、方針転換」

「……ふうん。方針転換、ねえ」

 

 目を細めるアンゼリカはどこか猜疑心のようなものを感じているようだった。だが、それも仕方のない事だろう。誰だって急に態度を変えた相手のことを信用するはずもない。ましてや、つい昨日まで不仲の極みにあった相手では。

 そんな彼女にクロウはひょいと肩をすくめる。まるで、自分は気にしていないとアピールするように。

 

「お前といざこざ続けるのも、そろそろ面倒になってきたしな。こっちがいいって言ってんだから素直に頷いておけよ」

 

 それらしいことを口にしながら、彼は「それに」と続けた。

 

「この実習、実際のところは分からねえが、遊撃士らしいやり方が求められているんだろ? だったら、それに従って民間人の保護に精を出して評価を稼ぐとするさ。単位で楽をするためにな」

「やれやれ、ちょっと理由が不純すぎやしないかい?」

「あはは……私はクロウ君がそれでいいなら、別に構わないと思うけど」

 

 清々しいまでに身勝手な理由に、ジョルジュは呆れ顔になりトワは苦笑いを零す。ただ、それは決して不快な感情からくるものではなかった。

 何はともあれ、クロウが前向きな気持ちを示してくれたのだ。それを喜びはしても咎める事は無い。そして、それはアンゼリカにも同じことが言えた。しばし思案顔をしていた彼女は「ふう」と大きく息をつく。

 

「分かったよ。ここは君の言い分を聞き入れておくとしよう。これ以上揉めるのは私も本意じゃない……今後がどうなるかは、君次第といったところだがね」

「へいへい、肝に銘じておきますよっと」

 

 アンゼリカが向ける値踏みするような視線をクロウは軽い調子で受け流した。

 軋轢が無くなったわけではない。それでも、この場における行動の合意は取れた。これでようやく一つのチームとして動き出すことが出来る。

 

「ありがとう皆、私の我儘に付き合ってくれて」

「そういうのは全部終わってからにしておくとしようぜ。それより、まずはどうするんだ?」

「そうだね。聞き込みをするにしても闇雲と言う訳にはいかないだろうし」

「あ、うん。それはちゃんと考えてあるよ」

 

 合意が取れたのなら次は具体的な行動の指針。この実習における実質的なリーダーにして言い出しっぺのトワは意見を仰がれる。

 皆が自分の思いを認めてくれたのなら、今度はその期待に全力で応えるよう努めるのみ。そうでなければ我儘を押し通した甲斐が無い。試験実習を最高の結果にするべく彼女は道筋を仲間たちに指し示した。

 

「まずは元締めに話をしに行こう。実際に被害を受けた農家の確認と、実習の責任者から調査の許可を貰っておかないとね」

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 昨日に続いて面会した元締めとの話し合いは、比較的スムーズに進行した。

 当初はトワたちの魔獣被害調査の提案に渋い顔――とまでは言わずとも困った表情を浮かべた元締めだったが、食い下がるトワの熱意を認めての事か許可を下すのは早かった。決して無理はしないようにと念は押されたものの、それは現地責任者として当然の言葉だろう。無論、トワたちとしても限界を弁えない行為を安易にするつもりは無い。

 元締めからもたらされた情報によると、魔獣被害を受けた農家は昨日のポールを除いて四軒。いずれも重傷者は出ていないとの事だが、軽傷や施設の損壊などの被害があるようだ。

 まずは、これらの被害者の話を聞いて回り、そこから共通点などを割り出して魔獣被害の原因を分析していく。同時並行で依頼の方も片付けていかなくてはいかない以上、手際よくやっていく必要がある。トワたちは早速調査を開始した。

 

 

 

 

 

「ウチでは夜半に魔獣の雄叫びが聞こえてきましてな。何事かと思い慎重に様子を窺ったところ、数匹の影が西に向かって去っていくところでした。あれは、そう……大きなヒヒのように見えましたな」

「西に去っていった大きなヒヒ、ですか。もしかして昨日のゴーディオッサーかな?」

「やけに興奮していた覚えがあるし、その可能性は高いかもしれない。しかし獣が夜半に活動的とは、元気でも有り余っていたのかね」

 

 そうして調査を続けて既に三軒目。西街道の農家であるサイロ老人の話を伺ってトワの脳裏に浮かんだのは、昨日に手配魔獣として討伐したゴーディオッサーだった。アンゼリカの言う通り様子も少し平常ではなかったように思う。

 これはもう少し詳しく聞いた方がいいかもしれない。トワはサイロ老人に先を促した。

 

「まあ、翌朝になって確認した被害にしても、一部の柵が壊されていたり作物が荒らされていたりした程度でしたがね。家族は勿論、牛も牛舎に入れてあったので無事でしたし。壊された柵も君たちに直して貰えて助かりました」

「そりゃどういたしまして」

 

 礼を言うサイロ老人にクロウが軽く応じる。先ほどまで行っていた修繕作業の主力は彼とジョルジュだったのだ。

 この農家を訪ねたのは魔獣被害の話を聞くためでもあったが、依頼の中に壊された柵の修繕も含まれていたからという理由もあった。今は修繕完了の報告がてら、こうして詳しい話を伺っているわけである。

 サイロ老人の話振りからして、ここが受けた被害は比較的軽微なもののようだ。少し気になるところがあったトワは「あの」と前置いて問い掛ける。

 

「被害を出した魔獣ですけど、それは普段このあたりで見かける種類なんですか?」

「ふむ、そうですね……言われてみると珍しいと思います。全くという事はありませんが、数匹の集団で動いているのは初めてかもしれません」

「そうですか……先に訪ねた農家でも普段は見かけない種類という事だったし、これは共通点として考えてもいいかもね」

「それでいいと思うぜ。ポールのオッサンたちを襲ったブレードホーンも同じらしいし」

 

 風見亭の女将の言葉の裏付けを取るために、先に訪ねた農家にも同じことを聞いたのだが、その答えはいずれも普段は見かけないというものだった。少なくとも、集団で動いているのを見たのは。

 それはつまり、被害を出している魔獣が街道に生息している種類ではないということ。だが同時に、ケルディック近辺である事も間違いないだろう。一匹の状態を見掛けたという証言がある以上、街道に迷い込む範囲に生息域があるという事になる。

 襲ってきた魔獣の種類にバラつきが見られる理由は不明だが、今のところ分かる事はこれくらいだろう。分からない事は後から考えれば良い。

 

「協力に感謝します、ご老人。おかげで色々と知ることが出来ました」

「いえいえ、大したことでは。むしろ、このような事に手を貸して下さる君たちに感謝するばかりです」

 

 情報提供に対する謝辞は、同じく謝辞によって返された。サイロ老人は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「正直なところ、こうして解決に乗り出してくれる人がいるとは思っていませんでしたからね。三十年前に比べればマシと我慢するしかないと考えていましたが、どうやら世の中まだ捨てたものではないようです」

「三十年前……そういえばポールさんも何か言いかけていたような気がするけど」

「そういや、そんな事も言ってた気がするな。その頃に不作か何かでもあったのかよ?」

 

 サイロ老人が零した言葉から、ジョルジュがポールも口にした共通のキーワードに気付く。確かに昨日、やけに胆力がある理由を問い掛けたところそのような言葉が出ていた。直後に駆け付けたロビンの騒ぎように有耶無耶になってしまったが。

 クロウは疑問を呈し、アンゼリカも記憶を探るように思案顔だ。その中でトワは一人ハッとした表情となる。そして、その肩上あたりで姿を隠す妖精も僅かに気配を乱していた。

 幸いにして、その僅かな変化には気付かれなかった。サイロ老人が「おや?」と言って注目を集めたからだ。

 

「あの時のことをご存じない……いえ、最近の若者ならそれが普通のことなのかもしれませんな。気付けば私も随分と歳を喰ってしまった。あれも既に過去の出来事となってしまったのでしょう」

「ふむ。ご老人、よろしければお聞かせ願えないでしょうか。三十年前のこと、ここまで聞いてしまえば気になって仕方がない」

「それは構いませんが、何しろ私が三十の半ばくらいの時の話です。曖昧な部分も多く、あまり詳細についてまでは話すことは出来ませんが……」

 

 疑問を感じている面々の頼みに応える姿勢を見せるサイロ老人であったが、その顔には同時に困った表情も浮かんでいた。単純な話、あまり多く語る事が無いのである。

 三十年前という、ただでさえ昔のこと。衝撃が大きかっただけに記憶に残ってはいるが、その出来事について多くを知っている訳ではない。農民の彼に語れるのは近辺で起こった事だけだ。

 

「――《流星の異変》」

 

 そこにポツリと言葉が差し挟まれる。その主、トワに視線が集まった。

 

「七耀歴1173年、突如として(そら)に巨大な構造物が出現した。構造物の破片は流星となって各地に降り注いで被害をもたらし、それに呼応するように魔獣も狂暴化。農作物の不作も重なり、敵国の新兵器だという流言の果てに帝国と共和国は開戦間近にまでなったという。赤く染まった空に人々は世界の終末を予感した」

 

 トワは教科書を読み上げるように朗々と語る。その内容はあまりにも非現実的に聞こえたが、サイロ老人はそれに対して何も口にしない。自然、三人も口を閉ざして聞く他ない。

 

「異変の終わりは始まりと同じく突然だった。構造物から光が放たれ、地を穿つと異変は収まった。構造物は遠く離れていき、戦争もとある男爵の忠言により阻止された――っていうのが異変の大筋の流れだよ」

「流星の異変……日曜学校で聞いたような覚えはあるけど。本当にそんな事があったのかい?」

「いえ、そのお嬢さんの言う通りですよ」

 

 あまりにもおとぎ話染みた内容に怪訝な雰囲気となるが、他ならぬ当事者の言葉によりそれは払拭される。

 

「ある日、突然に空の一部分が割れて巨大な構造物が現れたのです。割れた空の破片はこの近くにも降ってきましてね、白い大きな破片がウチの農地にも突き刺さっていました」

「おいおい、空が割れるってどういう状況だよ」

「具体的に言うと、構造物のカモフラージュになっていた外壁が破砕した様子が、地上からは空が割れた様に見えたんだよ。構造物自体は大昔から月と地上の間にあったんだ」

 

 言葉だけでは想像もつかない現象に突っ込むも、それにさえ立て板に水といった様子で軽々と答えが返ってくる。まともな答えなど期待していなかったクロウは「……マジか」と呆気に取られる。

 三人とも《流星の異変》という言葉に聞き覚えが無いわけではない。確かに日曜学校において、昔にそういった災害があったと教えられた記憶はある。ただ、それはそういう出来事があったと教えられただけであり、その内実までは知り得なかった。だからこそ、その超常的な現象に、それを詳細に語るトワに驚いているのである。

 対してサイロ老人はというと、純粋に彼女の知識に感心していた。満足そうに小さく頷く。

 

「よく御存じですね。他の方の様子から見るに、日曜学校でもあまり教えていないようなのに。私としても当時の記憶が蘇るかのようでしたよ」

「あはは、それはどうも」

 

 愛想の良い笑みを浮かべて照れた様に頬を掻くトワだが、それにクロウは「いや、待て待て」と言葉を挟む。どう考えてもそれはどうもの一言で片付けられることではなかった。

 

「お前が何でそんな事を知っているんだっつうの。俺は昔に大きな災害があったって聞いた事しかねえぞ」

「私も似たようなものだね。そもそも、どうして細かな情報が伝わっていないかも疑問だ」

「それは僕も同感かな。昔といっても三十年前の事だ。記録が残っていない訳でもないだろうに」

「ええと、全部を全部私に聞かれても困るんだけど……」

 

 仲間からの質問攻めにトワは笑みを苦笑に変える。細かに語ってしまえばこうなる事は目に見えていたことだが、実際にその立場になってみると気圧されるものがある。

 しかし、言い出した以上はある程度納得してもらえる答えを示すしかない。少なくとも、一方の質問に関しては。

 

「そうだな……じゃあ逆に聞くけど、皆は《ノーザンブリア異変》についてどれくらい知っている?」

「《ノーザンブリア異変》? ノーザンブリア自治州の三分の一が塩に変わったっていう、あの?」

「……正確に言えば、自治州になる前のノーザンブリア大公国で起きた異変だな。その時に大公が真っ先に逃げ出したもんで、信用を失って国が崩壊する事になったんだったか」

 

 七耀歴1178年7月1日に起きた全ての物体が塩に変わるという怪奇現象。公都ハリヤスクを含む国土の三分の一を塩の大地に変貌せしめた異変の名をトワは挙げる。それにクロウはどこか渋い表情を浮かべながら「それがどうかしたかよ」と先を促す。

 

「なら、それの原因は?」

 

 途端、三人は口を噤んだ。その問いに対する答えを持たないが故に。

 実質的に一つの国を崩壊させた異変。当然、原因の調査などは行われたはずだ。国一つを滅ぼした災害を、いくらなんでも放置しておくことは出来ない。

 しかし、現実として一般にその真実を知っている者はいない。調査の報告は一つも知らされず、教育の場においても事実は知らされるが、その内実について教えられることは無い。

 

「たぶん、この二つの異変は同じケースだと思うんだ。調査の結果、原因が何も分からなかったから誰も知らないのか。それとも、原因が判明しているのに公表されていないのか」

「……原因が判明しているのに公表されないのは、どういう理由によるものだと言うんだい?」

「明らかにすると社会に混乱を招くとか、そういう理由だろうね」

 

 眉尻が下がり、口元に弧を描く。そこには僅かながら自嘲に似たものが含まれていた。その理由を三人は察することが出来なかったが。

 

「空から星が降ってくるとか、大地が塩に変わるとか、どう考えても普通じゃないもん。そんな女神様の秘蹟のような現象の原因なら、隠されても仕方がないんじゃないかな」

「ふむ……まあ一理はあるか」

「公表されない理由はそれでいいとしてよ、じゃあ何でお前は異変について詳しく知っているんだ?」

「それは……」

 

 一先ずは納得した様子を見せるアンゼリカに対し、クロウは追及の手を緩めない。問われた側のトワは、その顔に迷いの表情を浮かべる。

 話すべきなのか、話すにしてもどこまで話すのか。僅かに逡巡する間にも相手の訝しむような色は増していく。

 

「お父さんが、学者をやっていてね。その関係で色々と教えてもらったんだ」

 

 結局、口から出てきたのはお茶を濁すようなものだった。嘘は言っていないが、真実にも触れていない。トワにはまだ本当のことを話す踏ん切りがついていなかった。肩のあたりから、少し寂しそうな視線を感じた気がした。

 クロウや他の面々にしても、そんな彼女からどこか影のようなものは感じていた。だが、それが何なのかを察する手立てもなく、言っている事も筋が通っていない訳ではない。取り敢えずは、それで納得するしかなかった。

 ただ幸いにも、そこで妙な空気になる事は無かった。トワの細かい機微など知る由もないサイロ老人が言葉を継いだ。

 

「ほう、そこまで詳しく御存じとなると、さぞ優秀な学者さんなのでしょうな。私としても改めてあの時の事を知れて勉強になりました」

「どういたしまして。お役に立てたのなら良かったです」

「でも、そうか……今の話を聞いて納得しました。ポールさんやあなたが魔獣被害を受けても、あまり動じていない理由が」

 

 ジョルジュが一つ頷き何かを理解した様子を見せる。それは災厄を乗り越えた人物たちへの理解だった。

 

「それほどに大きな災害だったのなら、受けた被害もきっと甚大なものだったのでしょう。でも、それを乗り越えたからこそ今の魔獣被害にも落ち着いていられるわけですね」

「そうですな。あの時より酷くないなら大丈夫、そういう思いがあるのも確かです。ですが、個人的にはもう少し前向きな心持でいるつもりです」

「ふむ、前向きと言うと?」

 

 ジョルジュの言葉をサイロ老人は否定しなかったが、どうやらそう単純なものでもないらしい。不思議そうな顔をするアンゼリカに老翁は穏やかに微笑んだ。

 

「あの異変の後、不作が嘘だったかのように豊作が続き、世の中もしばらく平和が続きました。だからこそ思えるのです。今は辛くとも、きっとそれが報われる時が来るのだと」

 

 辛い目に慣れているのではない。辛い現実の後に幸福ある未来が待っていると信じられるからこそ、目の前の困難に対しても落ち着いて対応できるのだ。世界の終りも斯くやという災厄を目にしてきた老人はそう言った。

 それは農民という凡庸な個人であっても、人生において確かな経験を積んできたからこそ出る言葉なのだろう。だからこそ、その言葉は四人の胸の内にも響くものがあった。

 そんなトワたちに、サイロ老人は茶目っ気のあるウィンクを送った。

 

「例え辛い事があっても、その先にある未来への希望を忘れないようにしなさい。年寄りから若者たちへのささやかなアドバイスです」

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「情報を整理しようか」

 

 場所はケルディックの風見亭に戻り、時は昼を少し過ぎた頃。依頼の達成と情報収集を遂げたトワたちは、昼食が片づけられた後のテーブルに地図を広げた。ケルディック近辺の地理情報が示されたそれに、トワがメモ帳を片手に書き込みを加えていく。

 

「魔獣被害に遭った農家はポールさんを含めて五軒。それを地図上で見ると……こうなるね」

「町を挟んで西に三軒、東に二軒か。位置はあまり関係ないのかな?」

 

 地図上に丁寧に書かれたバツ印の位置を見てジョルジュが意見を述べる。

 ケルディックは東と西に街道が伸びている。普通に見るならば、それに沿って物事を考えるのが妥当だろう。彼の意見は的外れなものではなかった。だが、それにクロウが「いや」と異議を唱える。

 

「この場合は東西とは別の視点で考えるべきだろ。こんな風にな」

 

 丁寧な筆跡の上に荒っぽいそれが加えられる。鉄道に従って引かれた直線により、地図は南北に分けられた。

 

「へえ、鉄道の線路か。それなら確かに傾向も読み取れるようになる」

「考えるべき軸は東西じゃなくて南北だ。そうすりゃ南は無しで北に五、被害は全部線路の北側に集中してるってことになる」

「うん、私もそれが良い見方だと思う。流石だね、クロウ君」

「へっ、褒めても何も出ねえぞ」

 

 一つの視点では何の変哲もないように見えても、視点を変えれば別の意味が見えてくる。集めた情報から、まず被害はケルディック北部に集中しているという事実を得る。

 勉学は不真面目だが頭の回転は早いクロウである。その発想力を素直に褒めるも、受け取る側が素直でないようだ。そっぽを向く彼にトワは苦笑を浮かべた。

 

「しっかしまあ、このあたりなら領邦軍の連中もパトロールとかしているだろうに。実は奴さんたちが既に解決していたりとかしないもんかね」

「それは無いだろうね。楽をしたい君からしたら残念だろうが」

 

 続けて面倒臭げに呟くクロウだったが、それはアンゼリカによってバッサリと切り捨てられる。やや文句を言いたげな視線が言外に理由を問うた。

 

「もし彼らが被害の原因を突き止めて排除したならば、それを誇示しているはずだ。昨日の小隊長から見るに、どうやらここの領邦軍は気位が高いみたいだからね。それに増税があるなら元締めに恩着せがましく言い聞かせているだろうし」

 

 自身が貴族だからこそ、それが従える領邦軍の気質にも見当がつく。それに加えて、出会ってからすぐにクロウの本質を看破した観察眼を以てすれば、領邦軍が問題を解決した場合の動きは容易に想像できるのだろう。

 単に自分たちの功績を誇るだけでなく、増税に先立って元締めに恩を売っておけば施行された時に文句を言われにくくなるという政治的な効果もある。それが為されていないという事は、彼らの方でも魔獣被害の原因は判明していないという事だ。

 権力者的な生々しい考え方にクロウがうへぇと嫌な顔をするが、彼女はそれをどこ吹く風と受け流して地図上に手を伸ばした。

 

「まあ、彼らもパトロールの途中に異常を発見しても放置するほど馬鹿じゃあるまい。そうなると自然、主要な街道付近に怪しいところは無いと考えられる」

「うーん。街道沿いじゃないとなると獣道とかになるのか、あるいは……」

 

 奔放な性格にしては意外と優美な筆跡で街道周辺に問題なしと記される。段々と範囲が絞られてくるうちに、一同は地図上で深い緑に塗られた部分を視界に捉えつつあった。

 口元に手を当てて考える姿勢を取っていたトワが「そういえば」と切り出した。

 

「目撃された魔獣の種類はゴーディオッサーの他に、ブレードホーンとかの昆虫型だったね。ここからも原因を探っていくことが出来ると思うんだ」

「確かに種類としては、その二つに大別できるだろうが……ヒヒに昆虫か。私にはいまいち共通点が見えてこないんだが」

「近辺の魔獣の棲息情報なんかが分かればいいんだけどね。とてもじゃないけど、そこまで詳しい情報を集めている暇は無かったし」

「だがまあ、お前がそう言うなら何かあるんだろ。勿体ぶってないでさっさと言えよ」

 

 クロウに「そんなつもりは無いんだけどなぁ」と返しながらトワは意見を開陳した。

 

「二種類の魔獣の食性だよ。そこから生息域を割り出すことは出来るんじゃないかな」

 

 魔獣は七耀石の欠片であるセピスを溜め込むという性質はあるものの、その食性については一般的な動物と大差はない。生物の分布には気候条件などはもとより、食糧となり得るものの存在も大きく影響している。トワの意見は簡単に言えば、食糧になり得るものの位置から生息域を予測しようというものである。

 地図上に再び丁寧な筆跡が加えられる。ヒヒと昆虫の食性を比較する簡易的な表だ。

 

「ヒヒは雑食で小型の爬虫類や昆虫類、木の葉に果実とかを食べる。対して昆虫は樹液や果実が主な食糧だね。ちなみに種類によっては他の生き物の死骸を食べる事もあるよ」

「へえ、そりゃまた何で」

「メスの個体が産卵するのに足りない栄養を賄うためだよ。他に食糧になるものがなければオスを共食いしたり、自分が産んだ卵を食べる場合もあるね」

 

 えぐい生態を話しておきながらトワに何ら変化はない。この程度のこと、彼女にとっては気分を害するようなものでもないのだ。

 むしろ堪えているのは聞いた側である。藪蛇を突いたクロウはうげぇと気分を害したような顔をし、ジョルジュも引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「はは……随分と詳しいけど、それもお父さんに教えてもらったのかい?」

「うん。お父さんだけじゃなくて先生からもだけどね。博物学と考古学が混ざったようなフィールドワークばかりやっているから、それに付いていくうちに自然と」

「見た目はインドア派なのに実際はアウトドア派とは……うーん、そのギャップもまたたまらない」

 

 父親は研究者といっても現地調査に重きを置くタイプ。暇さえあれば出掛けて行って、帰ってくればあれやこれやと島の博物館で論議を交わしている人物である。そんな父親の背中に付いて回って育ってきた身なので動植物について一通りの知識を有しているのも当然であった。

 よく分からない理由で恍惚としているアンゼリカは置いておくとして、トワは話を先に進める。ここまでくれば原因の所在は既に明らかになったようなものだ。

 

「ケルディックの北部、街道付近ではなく、二種類の魔獣の食性に一致する場所。この条件に当て嵌まるのは――」

 

 示し合せた様に全員の視点が一点に注がれる。ケルディックの北に広がる、その青々とした一帯に。

 

 

「「「「ヴェスティア大森林」」」」

 

 

 四人の答えが重なる。これだけの条件があれば同じ結論に帰結するのも道理であった。

 

「より正確に言うなら、手前のルナリア自然公園ってところになるのかな。きっと魔獣はどちらもここから出てきたものだと思う」

「あのやる気のなさそうな領邦軍が、そっちまで足を延ばすとは考えづらいしな。適当なパトロールで原因が見つからないのも納得といえば納得だ」

 

 ケルディック北方で果実や樹液をもたらす樹木が存在する場所と言えば、エレボニア帝国東部でも有数の森林地帯であるヴェスティア大森林に他ならない。広範な樹木群における生態系に、ヒヒや昆虫が含まれているのは容易に想像がつく。

 

「魔獣が森林から出てきていると考えれば、被害地点にも納得だ。ポールさんが襲われたのは自然公園の近くだし、他のところも森林の外縁部からの距離はそう変わらない」

 

 ジョルジュが被害地点と森林を線で結べば、確かに図面を引くかのような真っ直ぐな四本のそれは、どれも長さに大きな違いは無いように見えた。大まかではあるが、導き出した結論を補強するものには違いない。

 地図から顔を上げ、目を見合わせる。誰ともなくトワは口を開いた。

 

「行ってみようか。実際に目にしてみれば何か分かるかもしれない」

「私は勿論賛成さ。ふふ、面白くなってきたじゃないか」

「面倒くせえが……まあ仕方ねえか。乗りかかった船って奴だ」

「僕も異論はないよ。帰りの鉄道の時間までにも、まだ余裕はある」

 

 魔獣の出所は分かったが、まだ出てくる理由までは判明していない。森の外に出て行く要因があるのか、出て行かざるを得ない事情があるのか。また、それは自然発生的なものなのか、何者かによる人為的なものなのか。そこまで分からなければ原因を突き止めたとは言えないだろう。

 全員の賛意が取れたところで席を立つ。四者四様の筆跡が刻まれた地図を片付け、女将に外出の旨を伝えて風見亭から出立する。

 行き先はルナリア自然公園。最初の試験実習の終わりが近づきつつあった。

 




【流星の異変】
那由多の軌跡で起きた事件にオリジナルの名称を付けたもの。世界観の都合上、原作から変更を加えられている部分あり。変更点を具体的に挙げると

原作
二つある月の片方が割れて(実際に割れたのは月に見せかけていた表面部分)巨大な構造物が空に現れる。

拙作
地上と月の間の空間が割れて(表面部分を月ではなくステルスにしたと考えればOK)巨大な構造物が空に現れる。

……だって月が一個なくなったら洒落にならないじゃん。

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