そんな欲望のままに書いてみた拙作。いざタグにしてみると地雷臭がする気がします。だが後悔も反省もしていない。
カッコ良さが加わった会長なんて会長じゃない! という人はブラウザバックか因果律操作。問題ない人は、ただひたすらに前へ進みましょう。
――今でも覚えている。全てが始まった、あの日の事を。
あの時の私は迷うばかりで、進むべき道も、その道の先に何を求めるのかさえ、はっきりとはしていなかった。それでも前に進もうと彷徨い、足掻き続けていた。
焦っていたのだ。自分が生まれ持った力に、受け継ぐべき力に意味を求めていた。そうでなければ、ただ大きな力に自分が押し潰されてしまいそうな気がしたから。
そんな私には気付く余地も無かったのだ。
これから先に、どんな困難が待ち受けているのかも。
そして同時に、どんなに愛おしく大切に思える仲間との日々が訪れるのかも。
――――――――――
『……ヮ……ㇳヮ……』
「うーん……むにゃむにゃ……」
七耀歴1203年、3月31日。
新緑に彩られた草原に敷かれた鉄路。それに従い風を切って走る青い車体の列車の一席に、春の日差しに照らされてまどろむ茶色の長い髪をリボンで結んだ少女が居た。
まだ朝の早い時間、少女の周りの席に座る乗客はいない。放っておけば何時までも眠りこけていそうな様子の彼女は、普通ならこのまま目的地を通り過ぎて遠くに行ってしまっていた事だろう。
「えへへ……伯母さん、もう食べられないよぉ……」
『……はぁ。まったく、仕方ないの』
ところが、少女にとっては幸いなことに、列車の中で寝過ごすという失態を防いでくれる存在がこの場にはいた。だらしない顔で寝言を口にする少女しかいない筈の空間に、呆れ果てたような誰かの声が響く。
窓辺に預けられた少女の頭の上で、どこからか現れた小さな手が振り上げられた。
「起きるの!」
「ふえっ?」
ぺしりと頭を叩かれたことで少女は目を覚ます。起きたばかりの寝ぼけ眼に映ったのは、自身の眼前に浮かぶ桃色の髪をツインテールにした小さな女の子――まるでおとぎ話に出てくる妖精のような姿をした存在だった。
「もうトワったら、長旅で疲れて眠たいのは分かるけど、それで入学式に遅れでもしたら間抜けもいい所だよ。そろそろ起きるの」
妖精のお小言を少女は寝起きのぼんやりとした表情のまま聞いてはいるが、その内容が理解できているとはとても言えなかった。妖精に目を向けていたのも束の間、途中からきょろきょろと視線を周りに彷徨わせていたからだ。
しかし、そうして自分の置かれた状況を確認する事で次第に意識が覚醒してくる。列車に乗った事を思い出し、自分が居眠りをしていたことを自覚し、最後に目の前の妖精が起こしてくれたことに考えが至る。
そこまで理解して、ちゃんと話を聞いていたのかと疑わしげな目を向ける妖精に視線を戻した途端、少女の寝ぼけ眼は突如として見開かれた。
「だ、駄目だよノイ! ちゃんと隠れていなくちゃ! 誰かに見つかっちゃったら――!」
「大きな声を出さない!! 本当に見つかったらどうするの!?」
「はわわ……ご、ごめんなさい!」
急に騒がしくなった列車の一角に人がいなかったのは本当に幸いだった。もしいれば、突然の騒ぎに何事かと注目を集めたのは間違いない。
ちなみに、どう考えても妖精の方が大声を出していたのはご愛嬌である。
「トワは本当に昔からおっちょこちょいなんだから。島の外に出たからには私だって何時でも姿を現せるわけじゃないんだから、もうちょっとしっかりして欲しいの」
「あう……気を付けます」
何とか人に聞きつけられないうちに騒ぎを収めた二人。小柄な少女は自身よりも更に小さい妖精に頭が上がらない。妖精の言葉通り、本当に昔の失敗談から何まで知られてしまっているからだ。
少女の名前はトワ・ハーシェル、妖精はノイ・ステラディアという。帝都近郊の士官学校、トールズ士官学院の新入生とそのお目付け役のようなものである。
実を言うと、お目付け役として張り切っているノイの舌鋒は留まる事を知らない。説教の内容は昨日の出来事にまで飛び火した。
「だいたい帝都の夜景を遅くまで眺めているようなトワが悪いの。早くに寝ておけば良かったのに」
「だって島だと夜にあんなに明るいことなんてなかったし……それにノイだって一緒になって眺めていたと思うのだけど」
「そ、それとこれとは話が別なの! 口答えしない!」
「ええー……」
しかしまあ、自分で話を飛び火させておいて自分が火傷していれば世話は無い。慌てた様子で話を無理やりに遮るノイに理不尽さを感じつつも、お目付け役としてこれで大丈夫なのかとトワは思うのだった。
そんなことで調子を狂わされたノイだったが、ふと耳に入って来た音で平静に戻る。二人で音の聞こえてきた方を見やる。車内アナウンスを流すスピーカーだ。
『本日は大陸横断鉄道をご利用いただき、誠にありがとうございます。間もなくトリスタ、トリスタ。お忘れ物がないよう、ご注意ください』
どうやら、もうすぐ目的地に到着のようだ。
ノイは気を取り直すようにコホンと咳払いすると居住まいを正した。
「とにかく、私はそばには居るけれど人目の多い所では姿を現わせられないからあまり頼ろうとしない事。話しかけるにしても十分に周りに注意するように。分かった?」
「うん、大丈夫だよ」
「ならオッケーなの。それじゃあね」
そう一声かけて、ノイはその姿を宙に掻き消した。
妖精のような姿をしている彼女が街中を飛び回っていたら大変な騒ぎになってしまうのは想像に難くない。それを防ぐための周りから姿を見えなくする
故郷ならこんな小細工をしなくてもノイだって好きにしていても問題ないのだが、それは彼女という存在に慣れ切ってしまった故郷だからこそだ。外の世界ではそうはいかない。
そんな故郷とは色々と違う外に出てきたトワは、当然ながら不安を抱いていた。これから始まる生活で上手くやれていける自信なんて、生まれてこの方最寄りの港町に出向く程度しか故郷から足を踏み出した事のないトワには全くない。
それでも、その顔に浮かんでいる表情は笑顔だった。不安は抱いていても、それと同じくらいにワクワクしているのも確かなのだから。
減速しながら駅舎に入った列車が停車する。開け放たれた乗降口より、トワは足取り軽く新天地へと降り立つのだった。
自分と同じく、列車を降りた緑色の制服を纏った生徒をちらほらと視界に収めながらトリスタ駅を後にする。扉を開き春の陽光が照らす外に出た途端、白桃色の花弁が目の前に広がった。
「うわぁ……!」
それは満開に咲き誇るライノの花だった。駅前の公園に立ち並ぶそれらは、まるで新たな門出を迎える新入生を歓迎しているかのようだ。トワの口からも思わず感嘆の声が漏れる。
トワにとって花や草木といった美しい自然は珍しいものではない。むしろ非常に身近と言える。このライノの花々以上に盛大に咲き誇る光景を見た事だってある。
しかし、だからこそこの光景には感じ入る所があった。ただ美しい自然として咲いているのではない。見ているこちらが温かな気持ちになれるような、そんな心地よさが感じられる光景だ。
感慨にふけるように、しばらくの間ライノの花が風に吹かれて散ってゆく様子を眺め続ける。そうこうしている内に駅から人が出てくる。出口の正面で立ち止まっていたトワは、自分が邪魔になっている事に気付いて慌てて道を譲った。
「ご、ごめんね。つい見惚れちゃっていて」
「いや、別に構わねえが……」
振り返った先に居たのは、同じ緑色の制服を着た男子生徒だった。若干着崩しているのと、銀髪の頭に巻いたバンダナが特徴的だ。一言で表すならば、今時の男子と言うべきだろうか。
特に気にした様子もない彼だったが、トワに対する視線は訝しげだ。やっぱり気に障ったのだろうか、とトワは身を硬くする。
「随分と小せえが……姉ちゃんに付いてきた妹ってところか? 制服は入学式までには返してやれよ」
「ち、違うよっ!! 入学するのは私だし、ちゃんと自分の制服だよ!」
「はは、冗談だっつうの。実際は日曜学校を飛び級でもした口だろ?」
「私はこれでも17歳だよ!!」
「…………え、マジで?」
へらへらとした薄ら笑いを浮かべていたバンダナの男子の表情が固まる。必死に首を縦に振りながらも、トワは酷く憤慨していた。
背が低いと自覚してはいるが、ここまで言われる謂れは無い。迷惑を掛けて悪いと思っていた自分が馬鹿みたいだ。
「そりゃ悪かったな。まさか、こんなチビッ子が同じくらいの歳とは思わなくてよ」
「べ、別に謝らなくてもいいけど……って、チビッ子は流石にやめてよう!」
見た目に反して素直に謝ってきたものだから拍子抜けしかけてしまうトワだったが、個人的に聞き逃せない言葉に抗議の意思を示す。
両腕を振って自己主張する姿が、余計に「チビッ子」と呼ばれかねない要素となっている事に、彼女は気付いていない。バンダナの男子は再び軽薄そうな笑みを浮かべた。
「ま、同じ新入生なら顔を合わせる機会なんざ幾らでもあんだろ。チビッ子呼びを改めるかどうかは、その時に決めさせてもらうぜ。じゃあな」
「あっ、ちょっと……行っちゃった」
言うだけ言ってさっさと歩き去ってしまったバンダナの男子に、トワはしばらくポカンとしてしまう。そしてチビッ子呼びを直せなかったと肩を落とす。
「うう……やっぱり小さいって言われた。こんな調子で大丈夫かなぁ」
『トワが小さいのは仕方ないの。別に今更気にする事でもないでしょ?』
「それはそうなんだけど、人に会うたびに言われると思うと憂鬱になるっていうか……」
トワの身長は同年代の女子より随分と低い。下手したら14かそこらより下に間違われるくらいだ。制服もSサイズのものでさえ丈が結構余っていたりする。別にコンプレックスに思っている訳ではないのだが、それでも何度も言われると気が滅入る。
とはいえ、この低身長も自分を形作る身体的特徴の一つ。どうこうしようとも思わないし、ただ願うとするならば、周りが早くに慣れてくれる事だけだ。
ふう、と息をついて気持ちを切り替える。何時までもネガティブでいる訳にはいかない。
「それにしても今の人……」
『さっきのチャラチャラした人がどうかしたの?』
「チャラチャラって……ううん、何でもない。そろそろ行こう」
何だか先の遣り取りに違和感がしたトワだったが、些細なことだったので気にしない事にする。小さいと言われて調子が狂っただけだろう。
まあ、先ほどのバンダナの男子だって悪口で小さいと言っている訳じゃなかった。それなら、きっと大丈夫だ。次に会ったらもっとたくさん話をしよう。自分の他の事も色々と知ってもらって、彼の事も色々と知るために。そうすれば友達にだってなれるだろう。
そう前向きに考えなおせば、からかわれたのだって悪いことではない。気を取り直したトワの表情には明るい笑顔が戻り、スキップするように学院へと向かっていくのだった。
「あら、新入生かしら……って、随分と可愛らしい子ね。飛び級入学?」
「ち、違いますっ!」
もっとも、その足取りはすぐ近くの喫茶店前で止められてしまったのだが。完全に年下の子扱いしてくるウェイトレス相手に、必死な様子で実年齢を主張するトワ。彼女の前途はどうやら多難のようだった。
――――――――――
「最後に、君たちに一つの言葉を送らせてもらおう」
トールズ士官学院、講堂。そこで執り行われる入学式の壇上で、筋骨隆々の偉丈夫である老齢の男性――ヴァンダイク学院長は新入生たちにそう告げた。
「本学院は250年前の獅子戦役を平定した帝国中興の祖、ドライケルス大帝が晩年に設立した士官学校である。身分に囚われない人材育成を掲げ、貴族、平民に関わらず門戸を開き、兵術や砲術などの教育を行ってきた」
学院長の語る学院の由来に、トワは視線を自分たちが並ぶ新入生の列の前へと向ける。そこに居るのは同じ新入生だが、緑色の制服ではなく白色の制服を着ている。自分たち平民とは違う貴族出身の生徒たちだ。
トワもエレボニア帝国には伝統的な身分制度が存在する事は知識として知っている。そして、かつては貴族と平民の差がもっと大きかったことも。
それを踏まえると、ドライケルス大帝は革新的な考えの持ち主だったのかもしれない。身分の違いには疎い片田舎の出身なりにそう思う。
「近年は軍の機甲化により、本学院の在り方も変わってきてはいるが……それでも大帝の意志は学院の理念となり、今もこの地に息づいておる」
学院長は言葉を区切り、そして一際大きな声を上げた。
「『若者よ、世の礎たれ』」
「世という言葉をどう捉えるのか、何を以て礎たり得るのか。この学院での2年間、自分なりに考えてみてほしい――ワシの方からは、以上である」
力強い笑みを浮かべて締めくくった学院長に拍手が送られる。周りと同じように拍手しながらも、トワは学院長の言葉を頭の内で反芻していた。
世の礎たれ――単純に軍学校の教訓として捉えるならば、軍人として帝国の未来を支える人物になれという意味だろう。しかし、他ならぬ獅子心皇帝とも称えられるドライケルス大帝が遺した言葉である。そんな簡単なものではあるまい。
「世」も「礎」も考えようによっては色々と意味が変わってくる。その答えを自分なりに見出すとなると……まあ、随分と大変そうなのは何となく判った。
「世の礎たれ……か。なかなか難しい注文だね」
「あはは、そうだねぇ。でも、その答えを見つけられたのなら、きっと一回りも二回りも成長できたってことになるんじゃないかな」
「ああ、多分そういう事なんだろう」
ふと隣の男子生徒の呟きが聞こえてくる。同じような事を考えていたらしい彼に言葉を返してみれば、納得するように頷いて同意を示してくれた。
「ジョルジュ・ノームだ。これから2年間、よろしく頼むよ」
「私はトワ・ハーシェルっていうの。こっちこそ、よろしくね」
「ああ、もちろんだ……ところで、一つ聞きたい事があるのだけど」
「え、何かな?」
軽く自己紹介をし合ってジョルジュと名乗った彼は、そう前置きをしてトワに視線を向ける。頭のてっぺんからつま先まで見渡して、疑問に満ちた顔で口を開いた。
「やっぱり飛び級か何かだったりするのかい? 見た感じ、日曜学校に通っていそうな年齢だけど」
「ガクッ……今日だけで何度も言っているけど、これでも17歳だよ」
案の定な質問に思わず脱力してしまう。バンダナの男子と喫茶店のウェイトレスに加え、その後もシスターや用務員に歳を間違われてここまでやって来たトワの気力は限界だった。訂正の言葉も気が抜けた感じになる。
もはや見慣れた驚きの顔をするジョルジュは、トワの脱力具合にデリケートな問題に触れてしまったのかと思ったのだろう。申し訳なさ気に頭を掻いた。
「すまない。余計な事を言ってしまったみたいだ」
「あ、謝らなくていいよぉ。私が小さいのは事実だし、体が大きいジョルジュ君からしたら年下に見えても仕方ないだろうし」
「うーん、そうは言われてもな」
ジョルジュは特別背が高いと言う訳ではないが、恰幅が良いので横に並ぶトワが一層小柄に見える。そういった理由に加え、あまり謝られると逆にこちらが申し訳なく感じてしまう。少し疲労感を覚えただけなので、トワとしては気にしてくれなくて構わなかった。
しかし、ジョルジュもジョルジュで律儀な性格のようだ。気にしないでと言われたからといって引き下がれないらしく、お互いに謝りあう様な奇妙な構図になってしまう。彼の紳士的な部分が裏目に出た形である。
一応はまだ式の最中、周りの迷惑にならない様に小声で「いや、こっちが」「いやいや、こちらこそ」と言い合う二人。姿を消して無言でいるノイはというと、その様子を見て呆れ顔になっていた。
そんな不毛な応酬も、入学式の閉幕と同時に終わりを迎える事になる。学院長が下がった壇上で、貴族風の装いをした男性がマイクを手に取った。
「これにてトールズ士官学院第214回入学式を終了します。新入生はこの後、入学案内書に記載された各クラスに移動するように。カリキュラムや規則に関する説明はそちらで行います」
ばらばらと席を立ち始める新入生たち。自分たちも遅れずに後に続いた方が得策だろう。
「僕たちも移動するとしようか。トワは何組なんだい?」
「えーと、確かⅣ組だったかな」
「となるとⅢ組の僕とは別クラスか。まあ、困った事でもあったら気軽に訪ねてくれ。お詫びと言っては何だけど、相談くらいは乗らせてもらうよ」
「本当に気にしなくていいんだけどなぁ……じゃあ折を見て遊びには行かせてもらうね。困った事の有る無しに関わらず、友達として」
「はは、分かった。そこら辺が丁度いい落とし所だろう」
謝罪合戦も収束を見せ、お互いに納得のいく形に収めるトワとジョルジュ。短い時間ながらそれなりに仲を深めた二人は、道中で他愛のない談話に興じつつ、それぞれのクラスに向かっていくのだった。
――――――――――
「それでは本日の予定はここまで。寮に戻っても良し、クラスメイトと話して交流を深めるも良し。ただし、寮の門限には気を付けるように。また明日からよろしくお願いしますね~」
Ⅳ組の担当教官、トマス・ライサンダーはそう言ってHRを締めくくった。
明日から始まる授業のカリキュラム、そして学院生活を送るにあたっての各種規則の説明も終了し、これで初日の行事は一通り済んだことになる。知らず知らずのうちに緊張していたのか、トワの口から無意識に溜息がこぼれた。
これで今日は晴れて自由の身となった訳だが、いざそうなると何をしようか迷ってしまう。時刻はまだ昼を少し過ぎたくらい。何をするにしても余裕はある。
カリキュラムの話を聞く限り明日から忙しくなりそうだし、今のうちに学院の地理を得るために探索でもしてみようか。
トワが何となく考えを巡らせていると、隣の席から声が掛けられた。
「やっほ、トワ。お隣さん同士、これからよろしく頼むわね」
「え……ああ、うん。こっちこそよろしく。エミリーちゃん、でよかったっけ?」
「そうそう。覚えていてくれて嬉しいわ」
気さくに話し掛けてきたのは隣の席に座る赤毛の女子だ。先ほどの自己紹介の時間に聞いた名前を確認すれば、快活そうな笑顔が返ってくる。トワの顔にも自然と笑顔が移る。
「えへへ、エミリーちゃんこそ私の名前、すぐに憶えてくれたみたいだね」
「そりゃあ自己紹介で『これでも17歳ですから、間違えないでくださいね!』とか必死に言っていたら印象に残るわよ。少なくとも、うちのクラスは全員が憶えたんじゃないの?」
「あう……そ、そっか」
トワの頬が赤く染まる。改めて他の人の口から言い直されると恥ずかしいものがあった。
いくら何度も間違われたとはいえ、自己紹介の場で早まった真似をしただろうかと思う。しかし、ああでもしなければ同じことが繰り返されてしまっていたに違いない。
過ぎたことで生じてしまう内面の葛藤。そんな事はお構いなしにエミリーは話を続ける。
「そんな事より、何か考えていたみたいじゃない。これから予定でもあるの?」
「うん、学院の中をブラブラと回ってみようかなって」
「いいじゃない、あたしも一緒に行かせてちょうだい。グラウンドでどんな部活がやっているのかとか確かめてみたかったのよね」
「そっか。それじゃあ一緒に――」
「え~と、トワさん? 少しよろしいでしょうか~?」
「行こっか」と言いかけた所に第三者の声が割って入ってくる。声の方へと振り返れば、教壇に立っていたトマス教官が近くに来ていた。
「トマス教官……? えっと、何かご用ですか?」
「実は伝言を頼まれていましてね。この後、学院長室の方に来てほしいとの事です」
「学院長室……ですか?」
思いもしない言葉にオウム返しになってしまう。学院長室に呼び出しとなれば、考えるまでもなく呼んでいるのは学院長本人だろう。つい何かへまをしていないかと思い返すが、特に思い当たることは無い。いったい何の呼び出しなのか。
「別に悪い呼び出しではないと思いますよ。後は個人的にもトワさんとはお話したい事があったのですが……まあ、それはまたの機会にしましょうか」
言うべきことを言い終えたのだろう。「それでは、よろしくお願いしますね~」と言い残して、瓶底眼鏡をかけた担当教官は教室から出て行ってしまった。
残されたトワはポカンとするばかり。一部始終を眺めていたエミリーが沈黙を破った。
「取り敢えず、行くだけ行ってみればいいんじゃない? 教官の言葉を信じるなら、悪いようにはならないみたいだし」
「そ、そうだね。あ……でも、そうなるとエミリーちゃんと一緒に回れなくなっちゃうけど」
「いいのいいの。あたしの事は気にせずに行ってきなさいって。これから一緒に回る機会なんて幾らでもあるでしょうし」
「ごめんね、また時間を作れるようにするから。それじゃあ行ってくるね!」
エミリーに背中を押されて教室を後にするトワ。談笑する新入生たちで賑やかな廊下を早足で歩きながら、1階の学院長室を目指す。
悪い意味ではないと言われても、初日に呼び出しをされては緊張もする。自然とその不安気な視線は、ノイが居るだろう位置へとチラチラ向けられてしまうのだった。
ちなみにこの時、居眠りしていたノイは教室から出遅れており、自分の遥か後ろから慌てて付いてきている事を彼女は知る由もない。