予告通り、曙編となりました。今回は前編をば
・・・などと言いつつ、いつもより多めになってしまいましたがね
そして、限定グラネタを期待してくれていた方には、全力で謝らせていただきます。朧の浴衣超可愛い!
代わりと言っては何ですが、朧は今回いいお姉ちゃんしてますので、ご期待ください
どうぞ、よろしくお願いします
※順番を整理しました
あたしは、提督という生き物が嫌いだ。
と言うと少し語弊があるかもしれないけど、少なくとも快くは思っていなかった。
それは、この体になる前のこと。でも感情というものを知ってしまったあたしは、あたしの中の記憶が許せなかった。
―――現場を何も知らない御偉方が、あたしの艦長を責めるんじゃない!!
小型艦船―――駆逐艦だったあたしにとって、階級なんてのはくそ喰らえだった。そんなものは何の役にも立たない。あたしが信じたのはいつでも、艦長と熟練された乗組員だった。でも、軍隊って組織の中では、階級は絶対だった。
艦娘として、二度目の人生―――艦生かな、それを送ることになったあたしは、だからいまいち、提督というものが好きじゃなかった。
今?そうね・・・今は、まんざらでもないかもしれない。あいつに出会えて、そしてクソ提督のもとで戦ってる。世の中、悪い奴ばっかりじゃない。まあ、お人好し過ぎるのもどうかと思うけれど。
◇
横須賀にしかなかった鎮守府が、他の場所にも増設されることになった。呉、佐世保、そして舞鶴。横須賀だけで担ってきた対深海棲艦戦略を、これからはこの四つの鎮守府で分担するらしい。
当時のあたしは、当然の如く横須賀に所属していた。ようやく艦娘の数が揃い始めて、艦隊らしい体をなしてきたあたしたちは、鎮守府近海から南西諸島の資源地帯に向けて、歩を進めようとしていたところだった。ちなみに、あたしは着任していた朧と一緒に、仮設第一水雷戦隊に所属していた。
鎮守府での生活は、はっきり言って退屈。これはみんなに共通してた。だって、軍機だの何だので外出は禁じられている上に、敷地内には特別娯楽施設なんかも無かったし。酒保にしたって、満足に物が手に入る頃じゃなかったから、寂しいもんだった。今じゃ考えられないことね。よくあんな状況で戦ってたもんだわ。
提督は、何でも深海棲艦との戦闘について長く研究している人らしくて、どうしたら奴らと戦えるかばかり考えてた。研究者肌って言うの?軍人ではあるけど、こういうのは正直、あたしはごめんだった。だから、あんまり関わりもなかったし、関わりを持とうとも思わなかった。
で、かれこれあって、あたしは横須賀から呉に転属することになった。まあ、はっきり言って期待なんかしてなかったけど。朧も一緒で、向こうでは新しく着任した漣と潮が待ってるってのが、唯一の楽しみではあった。
結論から言えば、この呉転属は、あたしに決して忘れることのできない半年間をくれることになった。呉だけに・・・って、何言わせんのよ!
・・・そうね、もしもあたしが素直になれたなら。楽しかったって、思えるかも・・・少しはね。
「曙、君に仮設第二水雷戦隊の旗艦兼教導を任せたい」
呉に転属して一週間、唐突に提督から呼び出されたあたしに、当のあいつは何の前置きもなくそう言ってきた。
あいつはあたしたちよりも前に深海棲艦と戦っていた“元”軍人だった。後から聞いた話だけど、横須賀の提督との間に色々あって、軍を退役したらしい。それで、呉の提督を選出するに当たって、その経験を買われて推薦があったそうだ。まあ、それに関して横須賀から横槍があったことは、想像に難くなかったけど。
第一印象?さあ、これといって何か感じたわけじゃないから。前も言った通り、当時のあたしにとって提督っていうのは、できるだけ関わりたくない、言ってしまえば目障りな存在でさえあったから。
ともかく。
今まで提督に呼び出されるなんてことが無かったあたしにとって、突然の呼び出しに新鮮な思いを抱くと同時に不安を感じさせた。だって、上官に呼ばれるってことはつまりお説教―――悪く言えば失敗を擦り付けられるのとイコールだと思ってたから。
だからその一言を聞いて、驚くよりも先に安堵した。それからは、思考を整理して、順序立ててあいつと話すことになった。
「ちょっと待って、どういうこと?」
「横須賀に倣って、水雷戦隊を作る。水雷戦隊には、それを率いる旗艦が必要だろう」
へえ。ちょっと感心した。あたしは『どういうこと』としか聞いてないけど、この時のあいつは、質問の真意を理解して、的確且つ簡潔な答えを返してきた。試した訳じゃないけど、一応合格点ってとこね。
「それはわかった。でもなんであたし?こういうのって、普通は軽巡が務めるもんでしょ」
「横須賀から、当分軽巡をまわす余裕はないと言ってきた。だから君にお願いしたい」
「はあ?なにそれ」
ま、前代未聞よね。水雷戦隊の旗艦を軽巡が務めるのにはそれなりに理由がある。それをいないって理由だけで駆逐艦に任せるなんて。
「ねえあんた、提督ならもっとちゃんと要望したら?横須賀に軽巡をまわす余裕は十分あるはずよ」
あたしは知らなかった。まわせないんじゃなくて、まわさないってことを。あのクソ眼鏡、温和な面してなんて陰湿な奴なのか。
やめよう。いない人間を罵倒するほどバカらしいこともない。
あいつの表情が、わずかに曇った。ほんの少し、こういう他人の表情の変化に敏感なあたしぐらいじゃないと気づかないぐらい、小さな影。
「すまない」
あいつは目を伏せて謝意を口にした。
「何とか善処はする。が、今は一刻も早く、この艦隊を動けるようにしなくてはいけない。どうかよろしく頼む」
拍子抜けするって言うのは、多分こういうことだと思う。あいつはあたしに対して謝っただけじゃない、「よろしく頼む」とまで言ったのだ。今までそんなことを言われたこともなかったあたしは、それ以上追及する気にもならなかった。
「理由はわかったわ。でも、何であたしなの?」
「うちの駆逐隊は、残念ながら十分な錬度にあるとは到底言えない。唯一、第七駆逐隊の君と朧だけが水雷戦隊への所属と訓練を経験している。だから現第七駆逐隊の司令駆逐艦である君にお願いするのが自然だと思ったんだが、違うか」
なるほど、もっともだった。潮に聞いた話では、この鎮守府に配属されたのは、全て新参の駆逐艦だと言う。そんな中で水雷戦隊を結成するなら、経験のある人材は必須よね。その人材って言うのは、今この呉にはあたしと朧しかいないわけだけど。
断る理由も見つからない。
「・・・わかったわ。ただし、あたしのやり方に口出ししないでくれる?」
「もちろんだ。その件については一任する」
ま、そういうわけで。あたしは呉に来るなり、水雷戦隊の指揮を執ることになった。たく、ありえないわ。
「そうは言われたって、何をどうすりゃいいのよ」
食堂で配給の昼食をつつくあたしは、そうぼやくしかなかった。
まったく、我ながらとんでもないものを引き受けたもんだわ。そりゃあ、一応横須賀で一通りの訓練はやってきた。砲撃、雷撃、対空、対潜、それらを組み合わせた船団護衛や夜襲。水雷戦隊の基本は全てこなしたし、それなりに優秀だったつもりだ。でも、訓練をやる側とやらせる側じゃ話が変わってくる。あたしは仮設一水戦の旗艦が言っていたことに従っていただけで、その訓練の意味を深く考えたことなんて無かったから。
「たく、何しろって言うのよ、あの提督」
「水雷戦隊のこと?」
向かいに腰掛けようとする朧は、あたしの顔を覗き込んで尋ねた。あたしは溜め息交じりに頷く。こういうさりげない気遣いができる朧のほうが、旗艦にむいているような気がしなくもないけど、あいつがあたしに命じたんだから仕方ないか。
「あへぼほのふひにゃひょうひやへばいいんひゃない?」
「口に卵焼き入れてしゃべんじゃないわよ」
「ごめんごめん、おいしいからつい」
・・・まあ、食事がおいしいのについては同意ね。呉の食堂部には新しく、給糧艦娘“間宮”が配備されていた。なんでも、あいつがかなり強く要望を出したらしいけど。
「とにかく、まずは曙のやってみたいようにやりなよ。何か手伝えることがあったら、アタシも協力するから」
「半分他人事でしょ、あんた・・・。ま、その言葉だけもらっとくわ」
茶碗のごはんに箸をつける。瑞々しいツヤの米粒が、とってもおいしかった。
「というわけで、あたしがあんたたちの教導をすることになった曙よ。よろしく」
善は急げってね。翌朝から、あたしは呉の駆逐艦を集めた。ていうか、呉にはまだほぼ駆逐艦しかいなかったけど。
あたしも入れて、全部で十人。第七駆逐隊と、後は白露型だった。
「よろしく!」
「ぽい!」
「が、がんばります!」
全員元気だけはいい。まあ、やる気っていうのは大事だ。何事もやる気がなければ楽しくないし、上達するものも上達しない。だから、この娘たちのやる気をどうやって維持していくか。教導ってのは、そんなことまで考えなくちゃいけないのね。
さて、早速訓練を始めようか。横須賀でやってきたことを思い出しながら、この娘たちに教えなきゃいけないことを考えて、訓練のメニューは決めてあった。一応朧もいるし、二チームに分けるのが手っ取り早いかな。でも、その前にまず、やらなきゃいけないことがある。
「・・・いい返事ね、やる気は認めてあげる。でも、実力が伴わなきゃ、やられるだけよ。あんたたちにまず求めるのは、深海棲艦を沈めることじゃない。どんな手を使ってでも、生きて戻ることよ」
生きていれば、できることがある。艦娘―――軍艦の力と、娘の心を持った彼女たちに、まず最初に教えなくちゃいけない。御偉方が聞いたら、白目をむいて非難したかもしれない。でも、あいつからは一切干渉しないと言質を取った。それを違えるようならば、あたしの主砲で葬り去る。そこまで考えてた。まあ、結果からすれば、杞憂もいいとこだったけど。
「白露、あんたたちは、艤装を扱い始めてどれぐらい?」
「うーん、一ヵ月ってとこかな」
一番元気のいい、白露型の長女は、人差し指を下唇に当てて答えた。
「そう。あたしらの時よりはましね。じゃあまずは、基本的な航行からやってくわよ」
船団護衛にしろ、対艦戦闘にしろ、陣形を組めなきゃ意味がない。そのために必要な航行術は、あらゆる艦娘の行動の、基本中の基本だ。
今でこそ、艦娘基礎訓練に組み込まれている基本航行術だけど、当時は現場で配属されてから教えるしかなかった。教官役なんて出してる余裕なんてなかったしね。吹雪とかの最初期の艦娘に至っては、ほぼ独力で艦娘としての航行術を確立したらしい。
で、そんな訳だから、当然あたしは、その航行術から始めることにした。のは良かったんだけど・・・。
「・・・ねえ、あんたたち本当に艦娘よね?」
結果は散々だった。漣と潮は、それなりに様になってたけど、いかんせん、長女ですら一ヵ月の経験しかなかった白露型は、隊列どころかまっすぐ進むだけで精一杯だった。
「まず、白露は前のめりになりすぎ。もっと抑えて。五月雨は逆におどおどしない。前だけ見てりゃいいの」
言い出したらきりがない。しかも残念ながら、一人ひとりを相手にやってる場合じゃない。いつ出撃命令があってもおかしくないから。
「とりあえず、今はまっすぐ進むことだけ考えて。内海だからいいけど、外海に出たら波も大きくなる。今のままじゃ、転覆するわよ」
もう、後は繰り返して慣れていくしかない。艤装と言っても、その扱いはかなりの部分が艦娘自身の感覚に頼っている。コツさえ掴めばなんとかなる、はずだけど。
その日は、日が沈むまで航行訓練を続けた。その日だけじゃない。次の日も、その次の日も、時間の許す限り航行訓練を繰り返した。今思えば、あの時は繰り返すことしか知らなかった。もっともっと、工夫できたことがあるはず。あの娘たちには、なんだか悪いことをしてしまったかもしれないわね。
◇
「失礼します」
二週間が過ぎた。相変わらずの訓練の合間、あたしはあいつに呼び出されて、執務室にやってきた。
呉の執務室は、初めて入ったときよりずっと狭くなってた。いや、あくまで感覚的な話だけど。スカスカだった本棚には山ほどの本が詰め込まれ、窓際の箪笥の上には丁寧に観葉植物まで飾ってあった。結果、物が増えた分手狭に感じるようになったってわけ。
「急に呼び出してすまない」
「そう思うなら呼ばなければ?あたしだって忙しいのよ、知ってるでしょ?」
あの時はまだ、あいつを完全に信頼したわけじゃなかったから、意味のない棘のある言葉を、あたしはあいつに吹っかけた。
「もちろん承知している。だが、どうしても君に確認しておかねばならない案件が発生した」
「は?なにそれ、意味わかんないんだけど」
これは本音。提督であるあいつが、艦娘でしかないあたしにわざわざ確認しなければいけないようなことなんてない。いぶかしむ目で、あたしはあいつの答えを待った。
「横須賀から、船団護衛の依頼が来た。もちろん、君たち駆逐艦にだ」
「っ!!」
あたしは体が強張るのを感じた。だってそうでしょう?ようやく、まともに艦隊運動ができるようになったばかりの新参駆逐艦娘たちに、いきなり船団護衛なんて、危険すぎる。今と違って正面海域を完全に押さえたわけでもなく、当時はよく、小規模な深海棲艦艦隊の襲撃があったから。
あたしは、これ以上ないほどの敵意を込めてあいつを睨んだ。
「あんた、あの娘たちを殺す気!?」
「つまり、現状で護衛任務は不可能だと言いたいのか?」
あたしの剣幕にも、あいつはピクリとも表情を変えずに答えた。
「行けって言っても、あたしが行かせない」
「・・・わかった」
「は?」
一瞬、何を言ったのか、まったく意味がわからなかった。
「横須賀には断りの電話を入れておく」
「・・・はあ?」
つまりなにか、こいつは上からの命令を断ると言ってるのか?
そんなことが許されていいのだろうか・・・。
「君の意見を尊重しよう。大事な戦力を、むざむざと失うようなまねだけはできないからな」
「・・・ふんっ。あっそ」
なんか癪に障るのよね。聞きようによっては、あたしたちをまるで信頼してないようにも聞こえるし。そしてなにより、どこか嘘をついているような気がした。主に後半の文言に関して。
「用件は終わり?戻って訓練しないとなんだけど」
「ああ、呼び出してすまなかった」
踵を返したあたしの背中に、あいつはひとつ、真剣な声色で続けた。
「間違いなく、一ヶ月以内にもう一度依頼が来る。その時は俺も断りようがない。それまでに、皆をよろしく頼む」
「・・・了解。善処するわ」
一ヶ月。あの娘達には、それだけで十分。ようやく要領をつかみ出した白露型の六人は、めきめき上達していく。ったく、これだけできるなら最初からやりなさいよ。
あたしももちろん、訓練の内容をより実戦的にしていった。
直線の航程が、カーブを描くように。船団を囲んでの航行。之字運動。対艦、対空、対潜。あたしが知っている限りのことを、彼女たちに教える。もちろん、あたしだって無勉強なわけじゃない。昨日あれができたから、今日はあっちをやろう。明日には、あたしがこれを教えられるようになろう。こういうの、切磋琢磨って言うんでしょうね。この体になってから、初めて味わう感覚だった。
―――あの娘たちに負けていられない。
最初に言ったけど、あたしはあの娘たちに生きて帰る術を教えなきゃならない。それは、教導艦として課せられた義務だから。そのために、あたしも今まで以上に技量を高めなきゃならなかった。
「曙ちゃん、それなあに?」
「ん?ああ、これ。新しい船団護衛の本。今日中に読んどかないと」
「そうなんだ・・・。でも、もう遅いよ?」
「大丈夫よ。潮は先に寝てなって」
そんなやり取りも、一度や二度じゃなかった。
それだけの準備をしたんだから、予告どおりに一ヵ月後の実施となった船団護衛任務は、滞りなく終えることができた。初めての任務だっていうのに、初めての外洋を楽しむ余裕すらあの娘たちにはあった。
ようやくここまで辿り着いたって気持ちと、もうあたしがいなくてもいいっていう自分勝手な寂寥の念。港に着くのが惜しいくらいだった。
「はい、お疲れ。これであんたたちも、ようやく半人前ってとこね」
帰り着いたあの娘たちはみんな、やり遂げたような清々しい表情で、あたしをまっすぐ見ていた。
「後は、自分たちで何とかできるでしょ。あたしの出番はここまでだから」
「それは違うっぽい!!」
あたしの声を遮った夕立に続くように、六人が次々口を開いた。
「曙がいなかったら、わたしたち、ここまでやれなかったよ」
「水くせいやい、アタイらと曙の仲じゃないか」
「曙には、まだまだ教えてもらいたい。・・・ううん、一緒に戦っていきたい」
・・・。
・・・・・。
・・・はっ。
たく、甘いったら。
あたしは、殊更大袈裟に、溜め息をついた。
「たく、やれやれね。あんたたち、甘すぎなのよ。これだから駆逐艦は」
くるりと踵を返し、先に艤装を置いてこようと、工廠部に足を向けた。
「―――しょうがないから、一から根性叩き直してやるわ」
少しだけペースを速めて。別に、照れ隠しとかじゃないから。ちょっと、そういう気分だっただけだから。
あーあ、めんどくさい。ようやくお役御免で、自由の身になると思ってたのに。
でも。
でも、そうね。悪い気分じゃなかったわ。
もう少しコンパクトにまとめられなかったものか・・・
この辺が、まだまだ素人なんでしょうね・・・
後編は、少し間を取って書こうと思います。具体的には、クリスマスネタの後ぐらい?かな?
次回も、どうぞお楽しみに
あ、新登場メンバー決めました。そちらもお楽しみに。クリスマス編で登場を予定しています