・なんの変哲もない、ごくごく平凡なSSとなってます(たぶん)
・祥鳳さんが可愛かったので、完全に勢いで書きました
・今後書いていく(かもしれない)うえでの参考にしたいので、感想ウェルカムです
・筆者は簡単に心が折れますので、ご了承ください
「作戦から帰投した艦隊が、入港しました!」
「祥鳳さーん!」
私が母港へと帰還すると、最大船速で突っ込んでくる人影がありました。
「ひゃあっ!?て、提督!?」
彼は私たちの提督で、弱冠十八歳にして、新設されたばかりのここ、鹿屋基地の指揮官となった人です。
謎の怪異、深海棲艦と戦うために造られた鎮守府、そこで指揮をとるのが彼を含めた一部の選ばれた人、提督と呼ばれる人たちです。中でも彼は、最年少でその大役を任されているんだそうです。
そんな若く才能あふれる彼は―――なぜか今、私に飛びついて、胸に顔を埋めています。まあ、いつものことではあるのですが。
「大丈夫ですよ、提督」
少し長めの髪を撫でて、できるだけ優しく聞こえるように、私は語りかけます。
「今回もみんな無事です。ちょっと入渠すれば、すぐに治りますよ」
そう、彼には非常に心配性な面があるのです。時にこちらが気を揉む程に。
この年頃の殿方というのは、往々にして無鉄砲さのようなものを持っているものですが、彼にはそういったものがありません。むしろその逆と言ってもいいでしょう。ですから、自らの感情のままに無茶な進撃をするようなこともありません。ある意味でとても優秀、と言えるのかもしれませんね。
胸元の彼が、もぞもぞと動きます。ちょっとくすぐったいです。
顔を上げた彼の表情は、提督という肩書きからはかけ離れた、幼く弱々しいものでした。
「本当ですか?」
眉を八の字に下げて、彼は尋ねます。
「はい。だから、心配しないでください」
私が薄く笑うと、ようやく彼も安堵したようです。
そっか、よかった。彼はそうつぶやいて、しばらくして私から離れました。
「すみません、祥鳳さん」
「いえ、もう慣れてしまいましたよ」
あはは、と乾いた笑みを浮かべる彼を見て、心なし私の表情も綻んでしまいます。こういう飾り気のないところが、彼の魅力でもあるのです。
「ところで提督、軍帽はどちらへ?」
「え、かぶって・・・って、あれ?」
彼はあわてた様子で辺りを探します。が、支給品の帽子は見つかりません。
「どうしよ・・・走ってくる途中で落としたのかな?」
「ふふふ、おっちょこちょいですね、提督は」
あれ、あれ?なんて言いながら、彼はまだ探し続けます。これは、もうしばらくかかりそうですね。
「提督、私は先に、ドックの方へ向かいますね」
「あ、はい。自分も執務室に戻りますので、後で報告お願いします」
私は、自分の持っている艤装を整備に出すために、ドックへと向かいます。できれば、そのままお風呂に入って、それから報告をしたいですね。
「うわあ、また大淀さんに怒られるよ・・・」
・・・。
果たして、私が報告に行くまでに、彼は執務室に戻れているのでしょうか・・・?
自己紹介がまだでしたね。
私は、軽空母“祥鳳”。
人類の敵、深海棲艦に対抗し得る唯一無二の存在。私たちは“艦娘”と呼ばれています。
◇
艦娘としての基礎訓練を終えた段階で、私はこの鹿屋基地に配属となりました。
彼と出会ったのは、配属となった正にその日です。
提督というのは、実に多忙な人間です。私が基礎訓練を行っていた中央の鎮守府では、提督が不在なんてことも珍しくありませんでした。古参でもこうなのだから、新設の基地ともなればそれこそ火の車だろうと、少し高をくくっていたのかもしれません。
ですが彼は、まだ数の少なかった基地配属の娘たちと共に、盛大に出迎えてくれました。
思い返すだけでも可笑しいですよね、基地の正門をくぐった途端、両側からクラッカーが飛んで来たのですから。呆気に取られる、というのはこういうことでしょうか。
「軽空母祥鳳、貴艦の着任を歓迎します!」
事態を飲み込めていなかった私に、彼は爽やかな笑みで、鮮やかに敬礼を贈って来ました。
―――これについては、一言言わせて欲しいです。
ずるいです。反則です。
裸同然に無防備な状態で、そんな笑顔を向けられるなんて―――思わず、見惚れてしまうではないですか。
おかげで私は、あたふたと慌てて敬礼を返すはめになってしまいました。
その後は、彼に案内されて鎮守府を周ったのですが・・・自分でもわかるくらいに、動きがぎこちなくなっていました。うう、思い返すだけでも恥ずかしいです・・・。
◇
「出撃・・・ですか?」
「はい」
鹿屋基地に配属となって、二週間程でしょうか。教導の鳳翔さんと日課の鍛錬を終えた私に、彼はゆっくりと告げました。・・・と言うか、この手の話題って、休憩がてらにラムネを飲みながら話すものなのでしょうか?
ともかく、ついに実戦です。初陣です。練成してきた航空隊の、その実力が試される時が来たのです。
彼にいい所をみせようと、私は張り切っていました。
待機室に集められたのは、私と鳳翔さん、第七駆逐隊の朧ちゃん、曙ちゃん、漣ちゃん、潮ちゃん。
「今回の任務は、近海の哨戒と同方面に侵入が予想される通商破壊部隊の迎撃です」
いつもの、ほんわかとして親しみの沸く雰囲気とは打って変わった、厳しい表情の“提督”がそこにはいました。普段は元気よく跳ね回っている七駆の娘たちも、真剣そのものです。
旗艦は私。これは、重要な役割です。気を引き締めて行かなければ。
「いつも通りに、十分気をつけてください」
彼の一言でミーティングが解散となり、一○○○に出撃となりました。
「祥鳳さん」
最後に待機室を出ようとした私は、彼に呼び止められました。彼は、困惑、いえ不安でしょうか、複雑な顔で私を見つめていました。
「・・・みんなのこと、お願いします」
彼がなぜそんなことを言ったのか、その時の私にはわかりませんでした。
久しぶりの外洋は、壮麗の一言に尽きました。体を包む風が心地のよかったものです。
出撃して三十分が過ぎた頃、偵察機から「敵艦見ゆ」の報告が入りました。
潜水艦が一隻。おそらくその周辺に、後数隻はいるはず。鳳翔さんからの具申もあって、偵察を続行しつつ、曙ちゃんと漣ちゃんの二人が制圧に向かいました。
「敵潜水艦撃沈!」
爆雷の投射音と炸裂音が断続的に響き、一隻、続いて二隻、三隻目の潜水艦撃沈が確認された時です。
後方待機していた私たちの周囲に、突如として数本の水柱が立ち上がりました。
基地へ帰投した私は、損傷した艤装を修理の妖精さんに手渡しました。
私たちが遭遇したのは、重巡洋艦を主軸とした快速部隊―――通商破壊部隊の主力でした。
完全に油断していました。索敵線をはずれた艦隊の接近という最悪の事態で、損傷が私だけだったのは幸いでした。
庇った、と言えば聞こえはいいですが、単に私が目立ったということだけです。敵艦隊に一番近い位置にいたのですから。
空いていた二番入渠ドックの脱衣所で、派手に破けた自分の服を見つめました。
自分が情けなかったです。あんなに張り切っていながら。彼に頼まれていながら。索敵を疎かにして、みんなを危険に曝してしまったのです。もしも七駆の娘たちが標的になっていたら。私は背筋が寒くなるのを感じて、その場にしゃがみこみました。いつかの、それほど遠くない過去の記憶が、冷たい水流となって押し寄せました。
「祥鳳さん、大丈夫ですか!?」
後ろのドアが、ものすごい勢いで開かれました。
いつも聞いている声。若くて、でも所々震えている声。
走って来たのでしょうか、彼は肩で息をして、ドックの入口に立ていました。
「・・・あ」
―――状況を整理しましょう。
場所はドック、つまりお風呂の脱衣所。私の服は被弾によって前がはだけ、着けていたさらしも取れてしまっていました。そして彼は、振り向いた私から見て斜め右前方。導き出された答えは・・・。
私が気づいたのと、彼の目が点になるのがほぼ同時でした。
「きゃあぁっ!?」
頭が沸騰して真っ白になった私は、近くのものに手を伸ばして、入口へ投げました。
「もう、二人とも何をしているのですか」
ドックでの一件の後、ひとまずお風呂に入れた私は、彼と共に鳳翔さんの前で正座をさせられました。
破れた服の代わりに浴衣を着ていましたが、白い海軍服の殿方と明らかに風呂上りの私が揃って正座させられている姿は、非常にシュールな光景だったに違いありません。まだ青葉さんが着任していなくて本当によかったです。
「よいですか、祥鳳さん。気が動転していたのはわかりますが、だからといってあのような行動は感心しませんよ」
「はい・・・」
私はなんということをしてしまったのでしょうか。殿方、それも私の上司である彼に、脱衣籠を投げつけて気絶させてしまうなんて。
だって中央の鎮守府では、深海棲艦との戦い方は学びましたが、殿方にその・・・裸を見られたときの対処法など教わらなかったのです。
鳳翔さんは、彼にもまた、私と同じように話し始めました。
「提督も、私たちのことを心配してくれているのはわかります。ですが・・・」
彼への言葉を、鳳翔さんは途中で切ってから続けました。この時の言葉は、私にとって忘れられないものとなりました。
「私たちは、軍“艦”であると同時に、年頃の“娘”でもあるのですよ」
気をつけてくださいね。鳳翔さんは、そう言って微笑みました。
◇
のどかな春の日差しが、基地を桜色に染め上げています。まだまだ朝は寒いですが、一日を過ごすには申し分のない天気です。
大規模作戦が終わって初めての週末。今日は彼の計らいで、私たちに休暇が与えられました。
「存分に、羽を伸ばしてきてください」
とのことです。
七駆の娘たちは大はしゃぎで、今朝一番に出掛けて行きました。近くに新しく出来た、大型のショッピングモールに行くそうです。鳳翔さんからお弁当を受け取っていましたから、もしかすると帰りにお花見でもしてくるのかもしれません。
青葉さんは、新聞がどうのこうのと、部屋に籠もっています。非常に怪しいです。
鳳翔さんは明日出掛けるそうで、今日のうちにやること全てを終わらせると言っていました。
さて、私はどうしましょうか。
これといって行くあてのない私は、ふと思い立って、執務室へ―――彼のところへ行くことにしました。
しかし、執務室に来てはみたものの、この先どうしましょう。特に何か考えがあって来た訳ではないので、果たして何て言ったものでしょうか。
いっそ、彼をデートにでも誘ってみましょうか。・・・いえ、これは却下ですね。第一私にはそこまでの度胸がありませんので。そうなると、余計に何て言えばよいのやら・・・。
・・・考えても仕方がありません。ここはひとまず、入ってみましょう。物は試し、当たって砕けてなんぼ、と漣ちゃんも言っていましたし。
「提督、失礼します」
小気味いいノックの音に続いて、扉を開きます。中から返事がなくてもおかまいなし、がこの基地のモットーです。
「提督・・・?いらっしゃらないんですか?」
扉を開いても、一向に返事はありません。鍵は開いていたので、いないことはないはずですが・・・。
あ、いました。入口からは扉の死角に入って見えませんでしたが、執務室に据えられたソファーに腰掛けています。
・・・というか、完全に寝ていますね。微かに寝息が聞こえてきます。
まあ、いたしかたのないこと、ですね。考えてみればわかる事です。大規模作戦中に貯まった書類やら、報告書やらが山積みのはずなのに、艦娘たちに休暇を与える。それはつまり、必然的に彼が負担する部分が増えるわけで。
そういう人なのです、彼という人は。きっと昨夜から、この週末中に仕上げるべき書類たちと格闘していたのでしょう。
ここにもまた、休暇を与えられて然るべき人がいるのに。
「・・・水くさいですよ、提督」
確か、どこかに仮眠用の毛布かタオルケットがあったはずです。いくら過ごしやすい陽気とはいえ、お腹でも冷やされたら大変ですからね。
部屋の隅で見つけた毛布を掛けて、被ったままだった軍帽は執務机の上に置きます。これで少しは格好がつくでしょうか。積まれた書類が崩れないか心配ですが・・・そこは目を瞑ることにします。
さて、と。
あれ、そういえば私、ここに来た意味がなくなていませんか・・・?肝心の彼が、日差しの中で眠ってしまっているのですが。それにしても、気持ち良さそうに寝ていますね。こうして見れば本当に普通の、年相応の幼さが見られるのですが、普段の大人しく振舞う彼は結構無理をしているのでしょうか。
「しょーほー・・・さん・・・」
びっくりしました。寝言、ですね。一体どんな夢を見ているのでしょうか、気になるところです。
どうするか考えましたが、結局私は寝ている彼の枕元に膝を落としました。汗と整髪料の香りがうっすらと感じられるくらいに顔を近づけて、そっと柔らかな髪を撫でます。彼が起きる様子はありません。
「・・・ここにいますよ」
聞こえていないと思いますが、こんな時ぐらいはいいでしょうか。私だって、甘えたい時があるのですよ。
背中に当たる陽の光が、私を眠りへと誘います。彼の顔の横に空いた隙間に、ゆっくりと頭を下ろしました。薄らいだ視界に、彼の寝顔が映っています。
―――私はずっとここに、あなたの隣にいますよ。ですから、
「ずっと・・・」
今だけは、“艦”ではなく“娘”として、
「ずっと、帰る場所でいてください」
この身勝手な、でもずっと欲しかった場所に、甘えさせてください。
祥鳳さんの中破絵最高です(キリッ
読んでいただいた方、ありがとうございます。
感想お待ちしています。