コードギアス〜暗躍の朱雀〜   作:イレブンAM

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長くなりました。
久しぶりに登場の、朱雀視点ではじまりはじまり。



その名はゼロ・了

「良かろう……貴様の宣誓は、このクロヴィス・ラ・ブリタニアが確かに聞き届けた。さぁ…………用が済んだなら立ち去るがよい」

 

 車上の椅子に座り、頬杖ついたまま演説を聞き終えたクロヴィスは、ゼロの衣装を纏う俺に向かって見逃す趣旨の発言を行うと、面倒くさそうに手首をスナップさせて追い払う様な仕草をとった。

 

「馬鹿なっ!!」

「おい、良いのか、これ?」

「俺に聞くなよ」

「殿下は一体何を考えている!?」

 

 これには成り行きを見守っていた警護兵も、流石に騒然となり思い思いの言葉を口にしはじめた。

 それでも発砲に至らない抑えの効いた軍の練度は、警戒に値すると言えるだろう。

 

 尤も、これ等を含めてここまでは、完全にルルーシュの筋書き通りだ。

 弱肉強食を国是とするブリタニア帝国は、原則的に上の者の命令には絶対服従の完全な縦社会になっている。

 それ故に、ギアスを使って敵の大将であるクロヴィスを操ってしまえば、無茶な計画であってもコチラの思い通りに実行される。

 気を付けないといけないのが、不可解にも見えるクロヴィスの態度に理由を付けてやる事だ。

 不可解過ぎる事をやらせてしまうと、今のように疑惑が沸き上がり、不穏な空気が漂ってしまう。

 

 と言っても、この地の将兵が不満を口にするのも計画の一部であり、何の問題もない。

 

 ルルーシュに依ると、日本全体を戦場と見る者にならば、クロヴィスの見逃し命令を戦略として理解する事が出来る。

 そして、俺達の敵は既にクロヴィスや現在の駐屯軍ではなく、後からやって来るコーネリアであり、裏で見ているシュナイゼルであり、ブリタニア帝国そのものだ。

 今日の茶番劇は、そんな彼等に対抗する為の布石として行っているのである。

 

 日本の解放には多くの人の協力が欠かせない。

 この宣誓布告で独立解放の機運を高め、その力を束ねてブリタニア政庁に決戦を挑む。

 

 これが俺とルルーシュの戦略になる。

 

【お前も気付いているのだろう? キョウトや日本解放戦線の連中は役に立たない……お前と俺の二人でやるしかない!】

 

 作戦前、ルルーシュに言われた言葉を思い出す。

 

 ルルーシュに言われずとも、直接彼等と接した俺は薄々気付いていた……キョウトや日本解放戦線では、日本の解放は果たせない、と。

 それは未来知識からも明らかであり、もし、ルルーシュが反逆しなかったら……そう考えれば、彼等に期待を寄せる方が無理と云うものだ。

 だから、俺は……キョウトには言わずテロ活動を行い、先日の挨拶回りでも、シンジュクの顛末を語らなかったのだろう。

 

 俺達に必要なのは、日本解放戦線の兵員と藤堂さん達だけであり、いずれはキョウトや解放戦線もゼロの名の元に迎合する事になるハズだ。

 軍事はゼロと黒の騎士団が担い、政治力に長けた桐原さんや抜群の家柄を誇る皇家に戦後を任せてやれば良い。

 

 俺は……日本を解放し、ブリタニア皇帝さえ倒せるなら……。

 

『条件は全てクリアした。後はお前に任せる』

 

 たっぷり″間″を取って考えていると、仮面の中にルルーシュからの通信が届く。

 ルルーシュが言う条件とはギアスの仕込みの事であり、俺達から見て後方に当たるブリタニア部隊の集結、進軍の事であり、沿道に群がっていた一般市民の退去。

 そして、ルルーシュ自身が配置に着いた事を意味している。

 

「コチラ、エスツー。これより撤退戦に移行する」 

 

 ルルーシュから合図を受けた俺は、G―1ベース内でサポートに当たる井上さんへと通信を送る。

 これまでのゼロの演説の全ては、ルルーシュの声で事前に収録していたモノを井上さんが状況に合わせて選択し、俺の足元にあるスピーカーから流していたのである。

 

『了解』

 

 素っ気ない井上さんの応答が仮面の中に響く。

 

 情報操作官としてルルーシュに抜擢された井上さんは、扇グループの中で、今回のゼロの中身が俺であると知る唯一の人物になっていた。

 その井上さんが知る作戦内容はここまでで、詳細を知らされない事への不満もあるだろうに、淡々と役割を果たしている。

 尚、彼女自身も次の音声を流し次第、撤退する運びになっている。

 

「それでは、ゆるゆると撤退させて頂こう」

 

 足元のスピーカーからルルーシュの声が流れる。

 

 撤退なのにゆるゆる……普段の会話では、まず使われない組み合わせなのがポイントだ。

 キューエルにギアスが仕込めるかもポイントの一つだったが、ギアスの有効射程は約270メートルもある。

 先程、キューエルがコックピットから半身を晒した時、群衆に紛れたルルーシュがキッチリと仕込みを終えている。

 

「ゆるゆると撤退……だとぉ? フザっけるっなぁぁ!!」

 

 クロヴィスの御用車を護るキューエルは、キーとなるワードを聞いた事で顔を赤くして激昂すると、素早くコックピットに潜り込み、 

 

――ドガガガガッ

 

 掛けられたギアスに従って仮面の男、つまりは俺に向けてアサルトライフルを発射する。

 

「Q―1! 1時の方向!!」

 

 すかさずルルーシュからカレンに向けて、迎撃の指示が飛んだ。

 

 因みに、俺が被るゼロの仮面は、重さと引き換えに未来知識以上の特別仕様に成っていて、通信を送るのは当然、ある程度の傍受も可能になっている。

 更に、顎の下に付けられたスピーカーに依って、ルルーシュの声をリアルタイムで届けられる優れ物だ。

 

「はいっ! ゼロ!!」

 

 指示を受ける前に動いていたカレンは勢い良く返事をすると、射線上に紅蓮弐式を割り込ませ、銀の爪を開いて展開した輻射波動でガードに入る。

 

 キューエル機が放った弾丸は、只の一発も俺の元には届かない。

 

「キューエル卿!! 攻撃は許可されていない! お前の行動は処罰の対象になる!」

 

 即座に動いたジェレミアが、キューエル機の腕を下から抑えて射角を上げる。アサルトライフルは虚しく空を打つばかりで、程なく銃撃が止まった。

 

 これも想定通り……ジェレミアの行動規準はどこまでも命令優先であり、クロヴィス優先だ。

 

「なっ……!? 私は一体…………い、いや、ジェレミアっ! お前こそが処罰の対象ではないか! 殿下が過ちを犯したなら、お諌めするのが臣下としての勤めであろう!」

 

 正気に戻ったキューエルは、記憶が残っているのか、逆ギレ気味に言い返している。

 

 少し気になるが、俺が動くのはここしかない。

 多勢でやって来た俺達が外で見ているであろう敵に、違和感を与える事なく撤退を行う為には、場を混乱させそれに乗じて逃げたと装う必要がある。

 

 そして、これこそ俺が仮面を被る理由だ。

 

 クロヴィス迄の距離は凡そ80……障害となるのはジェレミアとキューエルが操る二機のサザーランド。

 

 何の問題もない。

 

 腰に挿した日本刀を確認した俺は、G―1ベースから飛び降り着地するや否や、マントを靡かせて一直線に走る。

 

「何っ!? どけっ、ジェレミア!」

 

 俺の動きに気付いたキューエルが、ジェレミア機を押し退け再びアサルトライフルを発射する。

 

――ガガガガガッ

 

 キューエルが自らの意思で放った銃弾が、俺を目掛けて飛んで来る。

 カットを切って走り抜けた道路に、ジグザグ状の銃痕が出来上がった。

 

「行かせん!!」

 

 体勢を整えたジェレミア機が、御用車の前に立ちはだかる。

 撃ってこない辺りが如何にもジェレミアらしいが、スピードに乗った俺の前では、何の障害にもなりはしない。

 

「コヤツ、人間か!?」

 

 タンッ、タンッ、タンとサザーランドを階段代わりに掛け昇る俺を見上げ、ジェレミアが失礼な事を言っている。

 

 まぁ、なんと言おうがもう遅い。

 サザーランドの頭を蹴った俺は、クロヴィスが鎮座する御用車両へ飛び移ると、眼前で水平に構えた日本刀をゆっくり引き抜いた。

 

「狼藉者がっ!」

 

 立ち上がったクロヴィスが、懐から取り出した銃を構える。

 

「遅いっ!」

 

 鞘を使って銃を弾いた俺は、クロヴィスの眉間に切っ先を突き付けた。

 「ひッ!?」と小さな悲鳴を上げたクロヴィスが、力なく座席にへたりこむ。

 

 ……よくやる。

 

 ここまでのクロヴィスは、全てルルーシュの命令に従い、用意された台本通りに演じている。

 一週間前の時点で今日の出来事を予見して台本を作り上げたルルーシュも相当だが、演じきっているクロヴィスも大概だ。

 傍目には本当に脅えた様にしか見えないし、クロヴィスも又、時代に翻弄され進む道を間違えた不幸な男なのかもしれない。

 

「こうなっては仕方ありませんな……殿下には我等の撤退を先導して頂くとしましょう」

 

 流れるルルーシュの声に合わせ振り返った俺は、日本刀を握り真っ直ぐ伸ばしていた腕を掲げて、天を突いた。

 

「キサマッ……!!」

 

 歯噛みするジェレミア。

 暗に″クロヴィスを人質にする″と告げても俺の背後にクロヴィスが居る以上、ジェレミアは絶対に手出しができないのだ。

 

「あ、合図だっ」

「お、おぅ」

「え、えぇ」

「わ、判った」

 

 ゼロである俺のこの動き――日本刀を掲げる仕草は、撤退開始の合図にもなっている。

 カレン達にしっかり伝わった様だが、何処か戸惑った声にも聴こえるのは気のせいだろうか?

 

 ともあれ、作戦通りスモークグレネードを一斉に放つカレン以下、黒の騎士団。

 巨大なG―1ベースが白い煙に包まれた。

 

「煙幕だとっ!? えぇいっ……ゼロを警戒しつつ煙の中からの銃撃に備えよ! ヴィレッタはまだ来ぬのかっ!?」

 

 状況の変化に合わせて的確に指示を飛ばすジェレミア。

 

「フッ……間違えているぞ、ジェレミア。何故、天を見上げん?」

 

「ナニっ……?」

 

 ジェレミアが訝しげ空を見上げる。

 

 ゼロの派手な動きで人の目を惹き付けるミスディレクションと、ラクシャータが開発した機械の目を眩ませるゲフィオンディスターバー。

 二つの効果が合わさり、低いモーター音を響かせた鎧武者・月光が間近に迫るまで、誰も気付かなかったのである。

 

 これで、チェックだ。

 

 こうしてクロヴィス主演の茶番劇は、いよいよ最終局面を迎えるのだった。

 

 

◇◇

 

 

『あ、アレは一体何でありましょうか? ひ、人が空に浮かんでいます! どの様にして軍の警戒網を潜り抜けたのか、どの様にして浮いているのか定かではありませんが、確かに浮かんでいるではありませんか!』

 

 ゼロの刀が天を指したのに合わせカメラを上空に向けたディートハルトは、恍惚の表情を浮かべて震えていた。

 自分は今、歴史の分岐点に立ち会い、決定的瞬間をカメラに収めているのだ、と。

 喜びに震える余り、実況がイマイチな事さえ気にならないディートハルトの胸中に、もっと身近でもっとゼロを撮りたい……そんな想いが膨らみ続ける。

 彼が、自らの欲求を抑えきれず黒の騎士団への参加を決意するのは、少しだけ先の話になる。

 

 

 上空に浮かぶナイトメアの中には、余裕の笑みを浮かべて足を組むルルーシュの姿があった。

 彼が乗り込むKMF・月光は、朱雀が作戦当日になって持ち込んだ試作実験機である。

 特筆すべき性能から急遽作戦に組み込まれたが、ルルーシュに言わせれば欠陥機に近い。

 

 欠陥部を列挙すると、

 辛うじて浮くことしか出来ないフロートシステムは、推進機関との調整が出来ておらず速度が出ない。

 射角が調整出来ない両肩に固定された砲身。

 小型化されていない機体は全体的に大きく、戦場では格好の的となり、四肢に後付けされた板の様なモノは空気抵抗をより複雑にし、三日月を模した大きな頭飾りに至っては、何のために有るのかさえ判らない。

 巨体を活かした複座式のコックピットは、一機のナイトメアを動かす人員を倍にしているだけであり、極めつけは、レーダーを掻い潜る特殊武装、ゲフィオンディスターバー……これは使いすぎると自機にも悪影響を与える、ナイトメアに搭載してはいけないレベルの代物だ。

 

【え? 多分、そこそこ動かせるんじゃないかな?】

 

 欠陥機・月光をそのまま実践投入しようとした、朱雀の正気を疑いたくなる発言を思い出したルルーシュは、コメカミを抑えると軽く頭を振った。

 

(まったく……アイツは昔からそうだ。無理難題を軽く言ってくれる……だが、確かにそこそこは動いている)

 

 完全な試作機である月光には、データを集積して解析するシステムも積み込まれていた。

 上部の席に座るルルーシュがそのシステムを利用して、機体の稼働中に気温や湿度、気圧や空気抵抗等を考慮した最適解を打ち込み続ける事で月光は、実戦でも耐えられる程度に動くのであった。

 

「準備は良いな?」

 

 予測される全ての情報を打ち込み終えたルルーシュは、一段下に座るもう一人のパイロット、C.C.に声をかけた。

 

「私を誰だと思っている?」

 

 基本操作を担当するC.C.のサイズに合わないのか、彼女は腕を開き気味の姿勢で操作レバーを握り、強気の姿勢も取り続ける。

 ルルーシュのサポートによって欠陥機月光は、通常の操作感覚で動かせるようになっているが、それを含めても初乗りで無難に動かす彼女の操縦センスは、非凡なモノがあった。

 

「ふんっ……それにしても、この程度のシステムで実戦に出そうとはな……拡散輻射波動砲、発射!!」

 

 可愛い妹のライバルになるであろう技術者への不満を口にしたルルーシュが、攻撃の指示を下す。

 

 パレードの進行方向であるG―1ベースの後方には、変事を察知した沿道警護のサザーランドが退路を絶つべく集結していた。

 そこに降り注ぐスプレー状の赤い光。

 真下を向くように機体を傾けた月光の両肩から発射された赤い光は、機体の傾きに合わせ部隊の後方にまで伸びていく。

 

「うわっ!?」

「なんだコレは!?」

「駆動系が死んだ、だとっ!? ジェレミア卿っ、我が隊は行動不能! 我が隊は行動不能!」

 

 思いがけない上空からの攻撃。

 紅い光のシャワーを浴びたサザーランド部隊は、次々に機体の不調を訴える。

 逃がさまい、と密集させた事が仇となり、ブリタニア軍はたったの一撃で、この場に集う戦力の半数近くを失ったのである。

 

「お、己ぇ……っ」

 

 上空へライフルを向けるジェレミア機。

 

「アンタの相手はアタシだよっ!!」

 

 薄れゆく煙の中から飛び出した紅蓮弐式が、突撃を掛ける。

 

「邪魔をするなぁ! キューエル、何をしている!? コヤツを倒し包囲を続けるのだ! 貴様等も手を貸せっ!!」

 

 攻撃許可がなくても反撃なら出来るとばかりに、初撃をいなしたジェレミアは周囲の機体にも指示を飛ばし、包囲網を保とうとサザーランドを操った。

 

 しかし、如何ともし難い機体の性能差。

 ピョンピョンと跳び跳ねる様な動きを見せる紅蓮の前に、一機、また一機と撃破されていく。

 

「ジェレミア卿!!」

 

「今度は何だっ!?」

 

「ぞ、賊が……テロリスト共が居ません!」

 

「馬鹿を申すな! サザーランドが消えたとでも言うつもりかっ!」

 

「そ、そうではありません。開かれたコックピットに誰も乗っていないのです」

 

「ナニ? まさか、こやつら、機体を棄てて……!?」

 

 煙に紛れて逃げた。

 だとしても、何処へ?

 煙の中から飛び出したのは、小癪な動きを見せる紅いナイトメアのみ。

 思案の為に紅蓮から離れて動きを止めるジェレミアだが、逸る頭ではいくら考えても答が出ない。

 

 種を明かせばどうということはない。

 煙に紛れた黒の騎士団員は生身でGー1ベースに乗り込むと、底に開けられた穴から地下道へと逃げ出しただけだ。

 機体を捨て去る大胆さと、遭遇ポイントを読み切る繊細さを併せ持つルルーシュが、ジェレミア以下ブリタニア将兵を完全に出し抜いたのである。

 

「Q―1、ゼロを回収後に離脱する」

 

 紅蓮がサザーランドを蹴散らし、出来たスペースへと月光が舞い降りる。

 

「はいっ!」

 

 謎の機体から送られてきた通信に、小気味良く返すカレン。

 判らない事は、後で纏めて問い質すつもりの彼女に迷いはなかった。

 

 元々カノンが受けていた命令は、

 煙に紛れて逃げる

 紅蓮は迎撃に当たれ

 紅蓮弐式は必ず回収する

 といった断片的なモノであったが、状況の変化に合わせ見事に役割を果たしていると言えよう。

 

「フハハハハっ! クロヴィス殿下の身柄は、我々が丁重にお預りする!」

 

 降りてきた月光の砲身へクロヴィスを担いだゼロが飛び移ると、ノリノリのルルーシュが音声を付け加えた。

 

 浮き上がる月光の短い脚部に掴まる紅蓮。

 

「逃がすな!! 追え! 追ってクロヴィス殿下をお救いするのだ!!」

 

 ジェレミアの指示が虚しく響く。

 追いかけようにも、月光が去り行く前方に配備されていた部隊はこの場に集結し、賊の一撃で無力化されているのだ。

 

「こんなバカな……コレではシンジュクよりも悪いではないか……」 

 

 行動不能となったサザーランドのコックピットから這い出た誰かの声が、呆然となる将兵の間に響くのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 同時刻、某国某所。

 

 ロイドと共にエリア11を離れ第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアの元を訪れたセシルは、エリア11で起きた事変をシュナイゼル、ロイド、カノンの変わり者三人に混じって見届ける羽目になっていた。

 

(なんで私が……)

 

 居心地の悪さについつい恨み節を抱くセシル。

 

 彼女の不幸は勿論偶々などではなく、エリア11で事変が起きると予見していたシュナイゼルによるセッティングである。

 どうせロイドに会って報告を聞くなら、現地を知るロイドにエリア11の解説もやらせる……次期皇帝に最も近いと目されるシュナイゼルは、極めて多忙かつ合理的な男であった。

 

「クロヴィスも成長したようだね。見事な判断だったよ」

 

 エリア11からの中継が途絶えると、それまで恐ろしい速さで書類を処理しつつ、「ほぅ」「なるほど」「その手があったか」とだけ言っていたシュナイゼルが、言葉らしい言葉を放った。

 

 しかし、誰もその言葉に応えようとしない。

 

「はい……あの場で戦端を開けば、居合わせた市民に犠牲が出たでしょうから」

 

 自分が応えるのも不敬であるが、無視をしてはもっと不敬になる。

 セシルは遠慮がちに自分の考えを口にする。

 

「本気? セシル中尉は本気で殿下がそんな風に考えていると考えるのかしら?」

 

 シュナイゼルの側近であるカノンが、変なモノを見るかのような視線をセシルへと向ける。

 尚、カノンはオネェ口調で話しているが、立派な伯爵であり男である。

 

「えっ、と?」

 

「フッ……そう言ってやるな、カノン。中尉は作戦士官でなく、技術士官なんだよ。人道主義、博愛主義、結構な事ではないか」

 

「はぁ……ありがとうございます」

 

 嘘か本気か判らない笑みを浮かべ続けるシュナイゼルの言葉を受け、一応の御礼を述べたセシル。

 穏和な笑みを浮かべるシュナイゼルの口調は紳士的であり、皇族にありがちな偉ぶった態度は一切みられない。

 

 それなのに、セシルは益々の居心地悪さを感じ取っていた。

 

「中尉はエリア11にどれだけのテロリストが居るか知っているかなァ?」

 

 普段と変わらぬ飄々としたロイド。

 

「はい……大小合わせて百を越える組織が点在するとされていて、民衆の八割を越える支持を集め、半数近くの人間が何らかの形でテロに関わっていると言われています」

 

 質問の意図を深く考えずに答え始めたセシルであったが、次第に顔を曇らせていく。

 数の多さも去ることながら、全容が全くと言って良いほどに掴めていないのである。

 

「気付いたようだね。エリア11は他のエリアと比べても異常だよ。類を見ない程の多数がブリタニアに反意を抱いているのも異常なら、それでいて目立った反攻を見せてこなかったのも異常の一つだね。イレブンが持つ忍耐力には頭が下がる想いだよ」

 

「つまり、仮面のゼロはエサになるのよ。あの男がイレブンを煽れば煽る程、不穏分子の特定が容易になるわ。然る後、黒の騎士団に合流しようとする賊を各個に叩いても良いし、集結した処で纏めて叩き潰しても良いわね」

 

「そういう事だからクロヴィス殿下は、あの場でゼロを捕えられなかったってワケ。でも、連携がとれていなかったし、部下には話していなかったんじゃないかな? それとも、その場の思い付きが殿下も唸らせる妙手になったんでしょうかねェ?」

 

「でも、それって酷くありませんか? 混乱が起きると知って……いいえ、混乱を起こさせる為にゼロを野放しにするなんて」

 

 三人の言葉を聞いたセイルは、最後がロイドであった事も手伝って、ついうっかりと考えを話す。

 

「そうだね。こんな手法しか取れない無能な首脳陣を罵ってくれたまえ」

 

「そ、そんなつもりはっ」

「だけどね、中尉。この様な方法に頼らねばならない現実も理解して欲しい。正攻法のみでイレブンの地を衛星エリアに昇格させようとすれば、これから更に10年の月日を費やしてもまだ足りない。それは、結果として、より多くの人々が苦難に喘ぐ事になる……中尉がなんと言おうとも、我が弟は最後の最後に良い仕事をしてくれたよ」

 

 シュナイゼルは穏やかな笑みと穏やかな口調を崩さない。

 

「ですが、いささか附に落ちませんね。クロヴィス殿下はどうして皇籍を剥奪されなくてはならなかったのでしょうか? ハッキリ言って、あの程度の失態でイチイチ皇籍を剥奪していたら、その内皇族はシュナイゼル殿下とコーネリア皇女殿下の二人だけになってしまうわよ」

 

「カノン……キミの毒舌は変わらないね。それってつまり、他の皇族は無能だって言いたいんだよねェ?」

 

「ロイドさんっ!」

 

 ロイドの不敬発言に、セシルが叫ぶ。

 

「あら? アタシはそんなこと一言も言ってないわ。そんな風に聞こえるのはアナタがそう思っているからじゃないかしら?」

 

「カノンさんっ!?」

 

 負けじと言い返すカノン。

 

 この二人は一体なんなのか? セシルは心の底から来るんじゃなかった、と思うのだった。

 

「そう慌てなくて良いのだよ、中尉。二人が言っているのは事実なんだからね。人は過ちを犯して生きる……失態が理由で皇籍が剥奪されるなら、皇族がいなくなるのは道理というものだ。私は道理を説かれて怒るほど狭量ではないつもりだよ」

 

「殿下の場合は怒らなすぎですけどね」

 

 シュナイゼルの大人すぎる発言に、カノンは肩を竦めてみせた。

 

「フッ…………だから私は、クロヴィスの皇籍剥奪には、陛下が激怒される程の秘密が隠されていると考えてしまうよ」

 

 現皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアの代で皇籍が剥奪されのは僅かに一例。

 しかもそれは、皇籍の剥奪を自ら願い出た者への仕置きであり、失態が理由で剥奪された例はない。

 

 つまり、クロヴィスはシャルルを激怒させる他の何かをやらかした……そう推測するのはシュナイゼルにとって容易い事であった。

 

「あっ…………直ぐにも手配します!」

 

「察しが良くて助かるよ……判っているだろうけど、くれぐれも慎重に頼むよ」

 

 迂闊に探れば自らも危うくなる……それでもクロヴィスの秘密はシャルルの秘密に繋がる。

 日頃から民を省みないシャルルの態度に不信を募らせるシュナイゼルは、危険を犯すだけの価値があると考えるのであった。

 

「イエス・ユア・ハイネス!」

 

 シュナイゼルの意を汲み取ったカノンは、了解の意を告げ足早に執務室から飛び出した。

 

「さて……キミは先程、少し気に成ることを言っていたね」

 

 カノンを見送ったシュナイゼルは、ロイドへと視線を向ける。

 

「クロヴィス殿下の事ですかァ?」

 

「そう……実を言うと、私も弟が考えたとは思っていないのだ」

 

「嫌な言い方されますねェ? 他の誰かが考えた、とでも?」

 

「シンジュク事変に今日の宣誓……この二つは闘いとは言えない程、鮮やかすぎる。まるで一人の人間が一つの意図の元、双方の駒を動かしたかの様にね」

 

 シュナイゼルの発言は、クロヴィスがゼロを仕立てた。もしくは、ゼロとクロヴィスが通じていると言っている様なものだ。

 

「そんなっ……有り得ませんっ」

 

 常識的には有り得ない。

 一応の常識人であるセシルは、そのあり得なさに、非常識にも皇族の言葉を真っ向から否定するといった愚を犯す。

 

「良いのかなァ……科学者が簡単に有り得ないなんて言っちゃって」

 

「構わないさ……私も自分の考えには否定的だよ。二つの結果を見ればクロヴィスにメリットが無かったのは明らかだからね。弟はあれでいて、それなりの野心の持ち主だったよ。メリットもなく動くとは考えにくい」

 

「でしたら、残る可能性はクロヴィス殿下の思考を読み切り、戦場の全てを掌握した一人の人間の手によるもの……になるんですけど、そんな人間離れした真似はシュナイゼル殿下にしか出来ないんじゃないですかァ?」

 

「さて、ね。私にも出来るかどうかだよ…………次はコーネリアだったね」

 

 含みを持たせたシュナイゼルが、急な話題転換を行う。

 結論を出すには情報が足りない。

 考えても判らない事に費やす時間など、シュナイゼルには無いのである。

 

「そうですねェ……殲滅作戦は皇女殿下が得意とする所ですから、僕のランスロットに出番はあるのでしょうかねェ」

 

「心配しなくても暫くの間はゼロとコーネリアが反乱分子という駒を奪い合う局地戦が続くよ……ゼロは手駒にしようとし、コーネリアは駒を破壊しようとする、といった違いはあるだろうがね。そして、いくら彼女が勇猛でも、局地戦では機体の性能差を覆せない……キミ達のランスロットに頼らざるを得なくなる。万一の時は頼んだよ」

 

「お任せ下さい……殿下。その代わりと言ってはなんですが、二つばかりお願いがあるんですけどォ」

 

「パイロットとガヴェインかな?」

 

「ハァイ」

 

「可能な限りの手は尽くさせて貰うよ……でも、それで果たして勝てるのかな? あのゼロに。彼の動きは私の常識を遥かに越えていたよ。もしも、キミ達が作る機体に彼が乗れば、誰にも倒せない絶対抑止力になるのでは、と夢想してしまう程にね」

 

「アハッ。僕も同じことを考えちゃいましたよ」

 

 楽しそうに笑うロイド。

 

 多分、同じではない……ロイドは自分がゼロの元に行こうとし、シュナイゼルはゼロを自分の元に引き込もうとしている。

 そう気付いたセシルであったが、愚を犯した反省から黙る事にした。

 と言うより、兎に角この執務室から早く出たいと願うばかりだ。

 

「コーネリアには頑張ってもらわないとね」

 

 セシルの願いが通じたのか、どこまでも笑みを絶やさないシュナイゼルが締めくくり、彼女の苦難の時間は終わりを迎えた。

 

 

 こうして、後にゼロ事件と呼ばれる茶番劇は幕を閉じ、エリア11は戦禍の渦に包まれていくのであった。

 

 余談になるが、黒の騎士団の撤退後に解放されたクロヴィスは、ブリタニアへの帰国を果たすと、待ち構えていた皇帝の厳しい追求を受け、幽閉生活を送ることを余儀なくされた。

 創作活動に励むしかなかったクロヴィスは、ブリタニア文化と日本の文化を融合させた見事な作品を産み出し続け、後の世に、芸術家として名を残したのである。

 









月光の見た目はザン○ット的な、和風鎧武者。
性能的にはラクシャータ作のガヴェイン。でも、欠陥機になります。

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