コードギアス〜暗躍の朱雀〜 作:イレブンAM
イレブンと呼ばれる元日本人が暮らす再開発の放棄された地域、シンジュクゲットー。
マトモな職も食もなく、そこに暮らす人々は地獄のような日々を過していた。
しかし、人々は思い知る。
本当の地獄と比べれば昨日迄の暮らしがどれだけ恵まれていたコトか……と。
皇歴2017年・10月某日、午後。
シンジュクゲットーは血と汗と涙、銃声と硝煙、そして逃げ惑う人々の喧騒に包まれていた。
奪われた『毒ガス』奪還を目的とした、ブリタニア軍によるシンジュクゲットー壊滅作戦によるものだ。
「ブリタニアめっ、よくも!」
紅く塗られた片腕のグラスコーが、胸部のスラッシュハーケンを発射してブリタニア軍の戦闘車両を破壊する。
新宿のレジスタンスが保有するたった一機のナイトメアに乗り込む紅月カレンは、逃げ惑う人々を逃がそうと奮戦するも、コックピット内で叫び自らの無力を噛み締めていた。
「カレン! グラスコーはまだ動くか?」
「扇さん!? 大丈夫! 私が囮になるからっ! 捕まるのはレジスタンスだけでいい!」
日本人を虐殺しているのはブリタニア軍であっても、それを招いたのは自分達の作戦……扇と呼ばれた男とそれに従うレジスタンス達は、口にこそしないが誰もがそんな想いを抱いていた。
「解ってる! だけどっ、これだけ囲まれていたら」
どうにもならない……扇はそんな弱音をグッと飲み込み、一人でも多くの日本人を逃がそうとマシンガン片手に指揮を取る。
(ナオト……教えてくれ……俺達はどうすれば)
レジスタンス達は絶望的な想いの中で、日本人を逃がすために、そして、自らが生き延びる為にも闘い続けるのだった。
◇
一方その頃。
朱雀から未来知識なる不可思議な話を語られたルルーシュ達は、レジスタンスの動きが見える場所で、最後の下準備に励んでいた。
朽ち掛けたビルの中で並び立つ二機のKMF。
一機はルルーシュとC.C.が乗る紅蓮弐式。
もう一機はルルーシュがギアスの力で奪取したサザーランドであり、そこには朱雀が乗り込んでいた。
ルルーシュのやりたいようにやらせる……朱雀は一歩身を引く形でこの場に居るが、作戦が失敗した時の保険として、紅蓮をルルーシュの乗機にする事だけは譲らなかった。
「アレがお前の言うエースパイロットの紅月カレンに裏切り者の扇か?」
剥き出しのコックピットに座るルルーシュは通信機を用いず、同じく剥き出しのコックピットに座る朱雀に語りかける。
状況の把握と情報の整理を行い、キーボードを高速で叩いて作戦を立案しながら会話もこなせるのは、ルルーシュならではだろう。
「そうだ。でも、彼等はまだ何もしていない。強いて言うなら、エースの資質と裏切りの資質を持っているって所だな…………これもOFF、これもOFF、これもいらないっと」
ルルーシュの問いに答える朱雀は必死にキーボードを叩き、サザーランドのリミッターを自分に合わせて解除していく。
その姿はルルーシュと違い、何処かたどたどしい。
「正しい認識だな。未来知識なんてモノは所詮その程度の価値だ」
「そんなことはない。俺が知る限り大きな間違いはなかったし、俺はギアスの呪いでルルーシュに嘘をつけないだろ?」
「だから嘘じゃない、か……だがそれはお前が嘘じゃないと信じているだけに過ぎない。そもそもだ、そんな情報を手に入れていたのなら、何故俺に教えなかったのだ!? そうすれば俺が一笑に附してやり、お前は独りで悩まずに済んだのだ!」
「それはもう謝ったじゃないか? こんな話を昨日迄のルルーシュが信じるとは思えなかったし、俺はこうするのが正しいと考えたんだ」
「ふんっ……確かに間違いとは言えないが……いや、そうだな」
ギアスという超常の力を手に入れ、更に『嘘を付くな』と呪いを掛けて尚、半信半疑。
そんな自分に気付いたルルーシュは、渋々ながらも朱雀の言葉に納得する。
「そうだよ。今はブリタニア軍を破って日本人を救い、レジスタンスにルルーシュの力を見せつけるのが重要だろ……っと、これもOFF」
「やれやれ……そうまで簡単に物事を捉えられるお前が少しだけ羨ましく思えるぞ。しかし、どうするのだ? この紅蓮弐式とやらは投入しないのだろ?」
退屈そうにルルーシュと背中合わせで座っていたC.C.が口を挟む。
永遠の時を生きる彼女にとっても、朱雀の語った未来知識は衝撃を覚えるモノであった。
未来を予知するギアスは希にだが存在する。
しかし、朱雀程に長期かつ詳細に見通せるギアスなどは、彼女の長い人生おいても聞いたことがない。
それに、自分が朱雀の語るような真似をするとは到底思えなかった。
だが、朱雀の話には『有り得ない』と切り捨てるのが無理な程に、知られる筈のない事実が含まれていたのである。
信じるに値する……そう判断したC.C.は、自分が変わる未来図を面白いと感じており、それを語った朱雀と、その話の中心であるルルーシュと行動を共にすると決めていた。
「コイツと朱雀の力を借りれば勝つのは容易い……しかし、それでは俺の力で勝ったことにはならんからな」
ルルーシュはマニュアルに一通り目を通して紅蓮の性能を把握している。
これがカタログ通りのスペックを発揮するなら、クロヴィスの包囲を突破するのは容易い。
しかし、それでは戦略的にダメなのだ。
「先に繋がる勝ち方に拘るのも良いけど、本当に大丈夫かい? 俺は戦略を立てられないからルルーシュに従うけどさ、いざとなったら勝手に動かせてもらうよ。ランスロットがどうなっているかも判らないし」
「ランスロット、お前の操ったという第七世代KMFか……それこそ本当なのか? 一機で俺の立てた戦略を覆す程の戦力など信じられんぞ?」
「今更なにを言っている……今日はお前にとって信じられん事ばかり起こっているのではないか? そんな凝り固まった考えをしていてはシャルルに勝てんよ」
「む……そうだな」
ルルーシュは父との比較に明らかな不満の色を浮かべるも、C.C.の言葉を助言として受け止める。
許せる男ではない。
だが、見下して勝てるほど弱い相手ではないのである。
「はいはい……そんな先の事より、今は目の前の闘いに専念するべきだよ。ルルーシュは俺が守るけど、何が起こるか判らないのが戦場だ」
「さすが、実戦経験豊富なテロリスト様は言うことが違うではないか」
「誉め言葉として受けておくよ…………さぁ、サザーランドの準備は出来た。これで何時でも出撃可能だ」
キーボードを強く叩きカスタマイズの完了を告げる朱雀。
「こっちもだ……条件は全てクリア! よしっ、これより作戦を開始する!」
こうして二人の破壊者の反逆が幕を開けたのであった。
◇
紅月カレンはナイトメアの操縦技術に並々ならぬ自信を持っていた。
それは過信や自惚れではなく、仲間の誰もが認める紛れもない事実。シミュレーターにおいては群を抜く好成績を収めている。
彼女がレジスタンスにとって虎の子のKMF、グラスコーのパイロットを任されたのは必然だった。
彼女ならば、例え旧式のグラスコーであっても危険な囮役を立派に果たしてくれる……仲間はそう信じ、彼女も又、出来ると考えていた。
しかしながら、彼女は今、窮地に立たされていた。
紅いグラスコーを追い掛ける二機のサザーランド。
「くっ!? あと30分っ……」
背後から放たれた銃弾を曲がり角を利用してやり過ごすカレン。
なんとか凌いでいるが活動エネルギー残量も心許なく、街中の追撃戦は狩りの様相を呈してきていた。
彼女の操縦技術は確かであり、群を抜いている。
しかしそれは、レジスタンス内部だけでの比較であり、訓練された軍人、その中でもトップの者と比すれば其ほどの差はない。
彼女を追い掛けるパイロットの1人、ジェレミア・ゴットバルト辺境伯はナイトオブラウンズにも匹敵する凄腕だ。
ジェレミアとカレンの腕はほぼ互角と言える。
ならば勝敗を別つのは数であり、KMFの性能差となってくる。
そして、カレンはそのどちらもが劣っていたのである。
「惰弱なイレブンめ……ただ逃げるだけでは狩りにならんではないか」
勝利を確信しているのか、コックピット内で余裕の表情を浮かべるジェレミア。
高い能力と高い爵位に裏打ちされた自信……彼が驕り高ぶるのも無理からぬ事であった。
事実、逃げるカレンは己の敗北を悟っていた。
このままでは遠からぬ内に撃墜される……それでも彼女が諦めないのは、兄が遺した作戦を失敗のままに終わらせられない、といった強い想い故である。
毒ガスを奪取して白日のもとに晒し、ブリタニアの非道を説いて独立の気運を高める……それがカレンの兄、紅月ナオトが立案した計画の概要だ。
紅月ナオトが行方不明となって久しい今、彼がどのようにして毒ガスの情報を入手し、如何なる伝手でKMFを手に入れたのかは解らず、見る者が見れば不審点に首を傾げる事だろう。
しかし、カレンにとってそんな事はどうでも良かった。
兄の遺したKMFで兄の遺した作戦を成功させる……それだけが彼女の望みであり、それが叶わなかった今、1人でも多くの日本人を逃がす為に囮として逃げ続ける。
敵が仕止めに来ないなら好都合。
1分でも、1秒でも永くっ……エネルギーが尽きるまで逃げてやるっ。
カレンがそう決意を固め、操縦レバーを強く握り締めたその時、
「西口だ! 線路を利用して西側に移動しろ!」
聞き覚えのない男の声が、コックピット内にぶら下げたトランシーバーから流れ出る。
『誰だっ!? どうしてこのコードを知っている!』
「誰でも良い! 勝ちたければ私を信じろ!!」
『勝つ……!?』
それはカレンにとって望外の言葉。
余りにも強大な敵の前に忘れていた言葉。
自分達はブリタニアの支配に抗い活動を続けてきた……しかし、勝利を求めてきたか? と問われれば言葉に詰まる。
勝つ。
争う者なら誰もが求める当たり前の目標を思い出したカレンは、謎の声に従って高架上の線路に飛び乗るのだった。
◇
「あれ? 結局、未来知識通りの戦略を立てたのか?」
サザーランドのコックピット内でルルーシュとカレンのやり取りを聞いた俺は、思い付いた疑問をそのまま口にしていた。
『結局、知識通り、と言われてもな……俺はお前から細かい事まで聞いていないぞ? どっちも俺ならば、似通った戦略になるのはある意味で当然だろう』
通信を介して俺の声が聞こえたのか、呆れ半分といったルルーシュの声が通信機から流れた。
「まぁ、そうだけど……」
『朱雀、未来を決めるのは運命じゃない。俺が考えて決めた事は俺の意思だ。お前に不満が有るのも判るが、今は通信を切るぞ? ヤツラに余計な声を聞かせる訳にはいかないからな……また後で話そう――ブツっ』
「あぁ」
俺が短く答えるよりも早く、通信機は一方的に切られていた。
ルルーシュらしいが今のは俺が悪かった。
と言うのも現在ルルーシュは単独で作戦行動をとっており、レジスタンスと交渉の真っ最中だ。
そんな時に間の抜けた俺の声が聞こえでもすれば、纏まる話も纏まらない。
ルルーシュがどんな作戦を立てたのか詳しく聞いていないが、俺が足を引っ張って良い筈がない。
それにしても、未来知識と似通って当然、か……。
「どうした? 浮かない顔をしているではないか?」
サザーランドの頭頂部に腰を掛けたC.C.が口を開く。
彼女がどうしてここに居るかと言うと、作戦行動ポイントに向かうルルーシュに、邪魔だとバカリに押し付けられたからだ。
「キミは変わらないんだな、C.C.」
傲慢? 泰然? 自然体? それとも怖いモノ知らず?
なんと表現するのが適切なのか、緊迫した状況下にあってもC.C.は涼しい顔で悠然としている。
「当然だ……私を誰だと思っている? それよりルルーシュが居ない間に、聞いておきたい事がある」
「何かな?」
「どうしてマリアンヌの事を語らなかったのだ? お前ならば知っているのではないか?」
意外なことに、C.C.はルルーシュ以上に俺の未来知識を信じている。
C.C.のコードは教会のシスターから渡された、と告げたのが思った以上に効果があったらしい。
「確かに知っている。だけど、ルルーシュはあんなでも精神的に脆い面があるし、今話すのはデメリットしかない」
未来知識を知っていると告げる事は出来た。
だが、細部まで話す時間も無かったし、今話すべきでない事は割愛している。
ルルーシュの母であるマリアンヌに関する事もその一つだ。
「なるほど……ギアスに掛かりながら嘘を付いたというわけか。大した役者じゃないか」
「嘘は付いてないさ。ただ、言っていないだけだ」
そう。
俺は嘘は付いていない。
ギアスに掛かるまで思ってもみなかったが、ギアスに掛かりながらも自分の意思で語る言葉を選択出来たんだ。
言いたくない話を言わなくとも嘘にはならず、都合の悪いことはダンマリで何の問題も無かった。
要するに俺は、ルルーシュに言わせた命令の内容を間違えた訳だが、ギアスに掛かる事も必要であったし良しとしよう。
「モノは言い様だな。それで? 話すのか? ルルーシュ、お前の母親は人体実験を繰り返す狂人だ、今も他人の肉体に乗り移りこの世に居る、とな」
「嫌な言い方をする」
「だが、これが事実だよ」
「そうだな……」
オブラートに包んだとしても酷い話だ……俺はこんな事をルルーシュに伝えようとしているのか。
そう言えば、未来知識上のC.C.も多くを語らなかった……それは、ルルーシュを慮ってのことだったのだろうか?
「キミは教える事に反対なのか?」
「逆に聞こうではないか……伝える必要があるのか? お前はシャルルを倒したいのだろ? 余計な雑念をルルーシュに与えては、勝てるモノも勝てんぞ」
シャルルを倒す?
そうか……ラグナレク阻止ってことは、そうなるのか。
「少し、考えてみるよ」
それだけ言った俺は、戦況の移り変わりを黙って見守るのだった。
続きは、また今度。