【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第九十三話 賞金首の受難

10月14日(土)

深夜――巌戸台・“ストレガ”アジト

 

 エルゴ研から脱走後、タカヤたちは湊に与えられた家にしばらく住んでいたが、年長組の四人が裏の仕事を始めたことや二次性徴を迎えて身体が出来上がってきたこともあって、現在では家を売り払って複数のアジトを転々とする生活を送っていた。

 定住生活のときよりも色々と不便なことは多いが、恨みを持った者に強襲されても面倒だ。

 影時間に仕事を行っているので、そんな事はほぼ起こり得ないとは思うが、安全のためなら多少の不便さは許容できる。

 故に、裏の仕事をしていないマリアとスミレも文句を言わず。タカヤたち年長者の言う事を素直に聞いていた。

 そして、そんな複数あるアジトの一つで、依頼の確認がてらパソコンで情報収集を行っていたジンは、地下協会が全仕事屋に向けて発表した依頼を見つけ、その内容に目を見開いた。

 

「なっ、なんやコレっ!? タカヤ、ミナトが偉い事に巻き込まれとるっ!」

 

 ジンが今いるのはリビングのような場所だ。パソコンを操作しているジンの他に、ソファーで拳銃の手入れをしているタカヤと収支帳簿を付けているメノウもいた。

 年少組の二人は既に眠っており、カズキは暇つぶしに夜の街に繰り出して不良と喧嘩でも愉しんでいる事だろう。

 そんな誰も言葉を発していなかった状態で、急に慌てた様子で大声を出せば普通は何事かと気にするところだ。

 しかし、湊とは別のベクトルで独自のペースを持っているタカヤは、焦った様子のジンを放置しながら拳銃を組みたて、それらが終わってからようやく振り向いた。

 

「彼に何かありましたか?」

「何かどころちゃいますよっ。見てくださいこれ、アイツ一千万ドルの懸賞金かけられて全国手配されとんや」

「ウソっ、どこの組織がそんな金額で懸けたの?」

 

 説明しながらパソコンに開いていたページを見せると、あまり気にしていなかったメノウもノートを置いて詳細を見に来た。

 そこには確かに、“仮面舞踏会の小狼”に一千万ドルの懸賞金を懸ける旨が書かれている。

 タカヤ達も湊の仕事用の名前は知っているので、本人が海外に行っていることもあって、これは間違いなく湊に懸けられたものだと認識する。

 対象の生死は問わず。複数人で依頼を行った場合は、個々に一千万ドルではなく山分け方式だとか。

 おおよその潜伏場所はヨーロッパ全土と書かれているため、本当におおよそでしか分かっていないのだなと思いつつ、タカヤは依頼主の名前を目にして興味深そうに笑う。

 

「“久遠の安寧”ですか。そういえば、ここ一ヶ月ほど表の会社の幹部が殺されていると話題になっていましたね」

「じゃあ、あれの犯人はミナト君ってこと? それにしても初期設定に一千万ドルだなんて……」

 

 湊はあまり他所の組織に興味がなかったようだが、万能型の能力を持っている湊と違ってストレガのメンバーは個々で補い合って依頼をこなしている。

 その上で下調べや情報収集は生命線とも言える物なので、ほとんどはジンに任されているが、タカヤも裏界で主要な組織の名前くらいは知っていた。

 最近のテレビや新聞で何度も有名企業の幹部殺害のニュースを目にしていた事もあり、メノウもすぐに二つを繋げる事が出来たらしく。未だ犯人不明とされている事件の真相に至っていた。

 そんなメノウが今考えているのは、設定された懸賞金のあまりの高額さについてだ。

 国聯などが懸ける懸賞金と違い。個人や組織規模で懸ける懸賞金依頼は、達成されずに多数の仕事屋が犠牲になれば金額が上がる事もある。

 つい先日殺された仙道も、初期値は三百万ドルにも満たなかったはずだが、複数の依頼主が現れた事で額が統合されて七百万ドルを超えていた。

 けれど、今回の湊に懸けられた懸賞金は、単一組織からいきなり一千万ドルという形式も金額も前例のないものだ。

 何でも屋の仮面舞踏会は、復讐代行であるタカヤたちストレガとは比べ物にならないほど名前が売れていると言っても、ここ数年で頭角を現した新興チーム。メンバーの素性はともかく、所属はたった一人だという噂も広まっており、長くこの業界で生きてきた者たちは、無敗記録を誇っていた武神・仙道の相手よりも勝率は高いとみて依頼に乗り出す者もいるに違いない。

 一千万ドルもあれば大勢で山分けしても十分な額が手に入る。同じ考えに至った者が現れる事は当然予想されるため、この依頼に乗る者は複数のチームで構成された連合軍として動くだろう。

 いくら湊が強いと言っても、ペルソナを仕事で使わないと聞いている事から、メノウは胸が締め付けられるような不安を感じた。

 だがそこで、すぐそばにいた半裸男の口から、直前のメノウの発言に同調するような形で、実際は正反対の考えが飛び出してくる。

 

「ええ、安過ぎますね。これでは依頼を受けようとする者はいないでしょう」

「はぁ? え、一千万ドルですよ? 一生遊んで暮らせる額で安いっちゅう事はないやろ」

「では、貴方は一千万ドルで命をくれと言われてその依頼を受けますか? この依頼はそういう事です」

 

 タカヤが含みのある言い方をするのはいつもの事だが、どうして一千万ドルが安いのか疑問に思っていた二人は、彼の言葉を聞いて少し考えるとようやく意味を理解した。

 被験体番号000、通称エヴィデンス。非公式の天然適応能力者の第一号であり、複数同時召喚が可能なワイルド能力者の中でも異端な最凶のペルソナ使い。

 仮に、通常のペルソナ使いが戦車など近代兵器一台と同等の戦力だとすれば、湊だけはその能力の多様さと強大さからイージス艦に例える事が出来る。

 普通の人間がRPG7等の強力な兵器を用いようとも、イージス艦を落とすことなど敵わない。戦車並みの力を持つペルソナ使いでも、余程上手く立ち回らなければ攻撃を通す事も出来ないだろう。

 故に、そんな化け物を人間の力で倒してこいなどと言われても、タカヤにしてみれば質の悪い冗談にしか思えず。一種の度胸試しのつもりなのかとすら考えていた。

 当然、仲間を多数殺された久遠の安寧にそんな意図は全くないが、既に冗談の一種だと思っているタカヤは、ジンに見せて貰った懸賞金のページを再び読みなおし。依頼内容はともかくとして、中々愉快な話だと軽いノリで感想を一つ漏らす。

 

「フフッ、しかし、十四歳にして世界を敵に回すとは恐れ入ります。人類史において実際に個人で世界を敵に回した者などそう多くはないでしょう。会えない事を少々寂しく思っていましたが、この様子ですと彼も海外生活を愉しんでいるようでなによりです」

「タカヤはミナト君が数の暴力に負けて殺される事は考えないの?」

「ええ、まったく。カズキに尋ねても同じように答えると思いますよ。むしろ、私はどうすればミナトを殺せるのか知りたいくらいです。今回の依頼がその調査実験になると考えていますしね」

 

 肩を竦めて答えるタカヤの表情を見る限り、相手は本気で湊の敗北はあり得ないと信じているらしい。

 ストレガのメンバーは湊の役割やデスの恩恵等は知らないというのに、根拠らしい物もなくそれだけ高い評価が出来るのも、エルゴ研脱走時の鬼神が如き彼の強さを目にしたからだろう。

 彼らが湊とデスに関わる事を知らないのは、話しても意味がないことに加え、タカヤとカズキの二人がその胸中にエルゴ研での模擬戦の続きをいつかしたいと願っていることを湊も理解しているからだ。

 あの模擬戦が続けば誰かしら命を落としていたはずなので、それを望んでいるからには彼らは湊と殺し合いたいのだろう。そんなくだらない物に付き合う湊ではないので、本人は二人の願望を感じ取りながらも接触を控え、同窓会がてらのタルタロスでの共闘時も自分の力をろくに見せずにいた。

 ただし、湊と会っていないときにはストレガたちも新しい力や、自分の得意な戦い方の研究などを行っているので、手の内を隠しているのは湊だけではない。

 

「二人はいつかミナトと殺し合うつもりなんか?」

「機会があれば是非、とは考えています。エルゴ研での模擬戦闘は三対一と我々が有利な条件でしたが、決着は次に持ち越しということになりました。生きてきた中で最も生を実感できた時間でしたし。再び戦う事が出来るのなら、私もそのときは全力で挑みます」

「あの時、全力じゃなかったの?」

「これでもミナトの兄弟神を宿している身です。個人的な興味からあの時は湊を観察する方に回っていましたが、本気で戦えるのなら私も全力を出しますよ」

 

 模擬戦で全力を出すほど当時は好戦的という訳ではなかった。あの時の誘いを受けたのは、あくまで湊に関心を覚え始めていたからであり、湊に対しての興味を完全に自覚したのはあの戦いを経験したからである。

 それを不敵に笑って話すタカヤだが、話しを聞いていたジンとメノウは彼らのペルソナだけが兄弟神という訳ではないことを今では知っていた。

 ギリシア神話において、夜の女神ニュクスからは十柱以上の神が生まれており。湊のタナトス()、タカヤのヒュプノス(眠り)の他、ジンのモロス(死の定業)、カズキのモーモス(嘲り)も同じくニュクスの息子である。

 他にソフィアの持つアパテー(欺瞞)、メノウの持つデュスノミアの母親であるエリス(不和)、復讐を司るネメシスなどニュクスの娘も多数いる。

 そんな中でタナトスとヒュプノスだけが兄弟神としてよく挙げられるのは、彼らが揃ってタルタロスの地下の館で暮らし、己の司る役割を果たしていたからだろう。

 鉄の心臓と青銅の心を持つ非情な兄タナトス、それに対し、穏やかで心優しい弟ヒュプノス。そんな兄弟神を身に宿す二人も、昔はともかく、現在ではその神たちの性格に表面的に近付いているようであった。

 

「それじゃあさ。タカヤとカズキってどっちが強いの?」

「おや、我々の力に興味が御有りですか? そうですね。体術ならばカズキでしょうが、ペルソナ能力は私の方が上だと思います。私のヒュプノスは全属性を扱えますので」

 

 カズキのモーモスは電撃属性と斬撃系物理スキルを有するペルソナだ。電撃無効と疾風弱点の耐性を持ち、敵のステータス低下や状態異常のスキルも覚えているバランスタイプ。

 それに対してタカヤのヒュプノスは、物理スキルを覚えていない代わりに光と闇を除く全属性魔法スキルを有し。光反射に闇無効と弱点を一切持たない特徴を持っている。

 ペルソナ使い本人の身体能力や戦闘技術を除けば、適性の高さと弱点を突けることからタカヤが勝利するだろう。

 もっとも、体長約三十メートルの超巨大ペルソナ“テュポーン”を持っているスミレには、相手の頑丈さもあって流石のヒュプノスでも単機では勝つのは難しい。けれど、相手の弱点が電撃属性であるため、電撃属性で高い攻撃力を誇るモーモスならばヒュプノスよりは単機でも勝ち易い。

 このように、他のメンバーも火炎や氷結など、それぞれに特化した能力を持っている事で、ストレガは相性による優劣はあれど誰が最強とはっきり言う事は出来なかった。

 アナライズ能力を持つジンとメノウがそれに気付けない訳はないのだが、“ペルソナ”ではなく“ペルソナ使い”としての強さの話しをしたかったのだろうとして、タカヤは口元を歪めたまま立ち上がると出掛ける準備を始める。

 

「さて、私は少々出掛けてきます。出掛けるついでに湊の情報も仕入れてくるので、何か面白い事が分かったら伝えますね」

「あ、うん。よろしくね」

「ええ、では、行ってきます」

 

 腰のベルトに抜き身の愛銃を差し込み、準備を終えたタカヤはジンとメノウに見送られアジトを出ていった。

 影時間も既に終わった深夜に何の用事かは分からない。しかし、湊の情報を仕入れてくるというのは本当に違いないので、タカヤとカズキほど湊の無事を信じきることの出来ない二人は、かつての仲間の身を案じ、何か少しでも気の軽くなる情報をタカヤが持ち帰ってくれることに期待するのだった。

 

夜――マラキア

 

 ヨーロッパのスロバキアとハンガリーに隣接する小国マラキア。

 内部紛争などもあり、あまり治安が良いとは言えない国だが、今日はいつにも増して怒号や銃声が街中に響き渡っていた。

 

「そっちに行ったぞ!」

「屋根の上に跳んだっ、グレネードで吹き飛ばせ!」

 

 銃火器を手に街中を数十人の男たちが駆けまわる。彼らの風貌から判断するに国籍等はバラバラで、単に目的のためにチームを組んでいるだけなのだろう。

 そんな男たちが追っている黒い外套で表情を隠した一人の少年は、銃で撃たれようが、手榴弾を投げられようが、一切反撃せずに街中を逃げまわっていた。

 土を固めて作られた家の屋根に向かって手榴弾が投げられる。ここで爆発すれば天井が崩落し、家人は生き埋めになってしまうだろう。

 爆発まであと数秒……というそんなとき、既に駆け抜けていたはずの少年が濁った金色の瞳で一瞬にして戻ってきたかと思えば、転がっていた手榴弾を思い切り蹴りつけ空中へ飛ばしていた。

 下にいた男たちは、突然移動した少年を見上げる形で視線を奪われていたため、少年が蹴った手榴弾の爆発をまともに見てしまい、一時的に視力を奪われながら何とか敵を追いかけようと涙目で姿を探す。

 

「くそぉ、どこに行きやがった!?」

「遠くには逃げてない。すぐ近くにいるはずだ。探しだせ!」

 

 完全に見失ってしまったが屋根の上を走りまわっていた事を考えれば、車などを使ったような移動速度を出せるはずもないので、数十人で目を凝らせば見逃す事はまずない。

 即席チームの中でも中心的な立場にいるらしい男が、各人の探索範囲を割り振りながら指示を飛ばせば、仕事屋たちは湊を逃がさぬよう町中に散ってゆく。

 そんな様子を陰から窺っていた湊は、敵の位置を把握しながら、下からは見えず自分からは屋根に上がってくる者がいればすぐに分かる位置に腰を下ろし、休憩を取りながら現状をどう脱するかを思案していた。

 

《時流操作を使えば一瞬だぞ? まぁ、お前からすれば普通に移動する以上に疲れるだろうが》

「……それは分かってる。ただ、ここで力を無駄に使いたくない」

 

 周囲からは見えない霊体に近い半顕現状態で出てきた茨木童子が、別の時流に乗って離脱してしまえばいいと手っ取り早い解決法を提案してくるも、湊は誰かを殺す訳でも助ける訳でもない状態で力を消費することを嫌がり拒否した。

 提案を拒否された相手は残念そうにしたかと思えば、子どもの我儘に困ったようなどこか慈愛の混じった笑みで少年を見つめている。

 しかし、召喚者の少年は相手がそんな落ち付いた様子を見せていても、ここ数日いく先々で追われ続けているせいで、流石に疲労の色をその顔に浮かばせていた。

 もっとも、裏界最大組織を相手にすると決めたときから、こんな事態が訪れる事は覚悟していたため、本人にしてみれば現状に何かの不満を零す事はない。

 

《ここを離れて森で休めば少しでも違うんだろうに、お前は本当に自分を蔑ろにするのだな》

 

 記憶と力を継承してからというもの全く休もうとしない子どもへ、茨木童子は母親としての顔で心配しながら嘆息する。

 『仮面舞踏会』と『久遠の安寧』という、規模から何から全く異なる二つの組織が、ただお互いに邪魔だからと相手を排除しようとしているのが今回の戦争だ。

 相手はたった一人の少年を殺せば終わる簡単な仕事だが、湊はただトップを殺すだけでは組織の力を奪う事が出来ないため、各方面とのパイプ役を狙って排除しながら機能を徐々に奪っている。

 数や情報に軍事力と言った完成した組織としての力を持つ敵に、突出した個の力で対抗する湊にとって、最大のアドバンテージはたった一人の少年という小さ過ぎる目標の動きを相手が完全に把握しきれていないことだ。

 ある国に現れたかと思えば、数時間後には全く別の遠く離れた地に現れ犯行に及ぶ。その報を受けたかと思えば、既にその地から完全に去っているため追跡することも出来ない。

 こんな相手にイタチごっこを続けていれば、すぐに味方を狩り尽くされてしまうため、久遠の安寧は追う事よりも主要な人物や施設に護衛をつけていた。

 

《相手もお前の脅威を明確に理解し、歩兵だけでなく戦車やミサイルポッドなど対人戦とは思えぬ兵器の投入を始めているぞ。如何に鬼とて、疲弊した状態ではまともに戦えんだろう》

「……こっちも同じ兵器を名乗っているんだがな。むしろ、相手が戦術兵器なのに対して、こちらは戦略兵器だ。勝てない筈がない」

《ふん、生身の癖によく言えたものだな。お前の身体をいじった男はペルソナを戦力として見なし、それによって戦略兵器と呼称したに過ぎん。今はお前も兵器を使って力を補っているが、このままいけば死ぬぞ?》

 

 “人型特別戦力兵装二式”とは言うが、湊の身体は黄昏の羽根以外は全て生身の身体だ。

 飛騨が行った改造は電気刺激と投薬がメインであり、骨を金属製に変えるなどといった事は行われていない。

 手足や腹部を開いたこともあるが、それも患部に直接処置を施すためであり、何かを移植したりはしていないのだ。

 唯一の例外である黄昏の羽根にしても、湊のペルソナ能力の底上げと影時間に機械を動かす力を持たせるために移植しただけで、肉体の強度や筋力を高めてくれる効果など欠片も持っていない。

 副産物として手に入れた影時間の展開と時流操作を使えば、疑似的に強度と速度を高める事も可能ではある。

 だが、それには膨大なエネルギーが必要であり。連日の移動と戦闘によって疲弊している湊は、さらに疲労を溜める事になる能力の使用を躊躇っていた。

 大切な者を殺した相手への復讐と、この戦いの先にある望みを目指すことで、湊は周りが見えなくなっている。

 そう感じた茨木童子は、このままでは彼女にとっても良い結果には繋がらないとして、相手の視野が狭くなっている事は指摘せずに親の顔で少々助言をすることにした。

 

《八雲、欧州は相手の陣地だ。お前が暴れれば暴れるだけ網を巡らせ、その糸にお前が触れた途端に持ち得る戦力を大量に投入してくるだろう》

「……そうされないよう、俺は相手の力を削いでいっている」

《間に合うものか。お前が百の頭で考えられたところで、相手は凡夫にせよ千を超える頭が揃っている。分割して策を弄し、一つでも当たれば儲けものだと思って相手も動いているはずだ》

 

 如何に湊が優秀であったとしても、相手は幹部だけで三ケタを超えており、構成員を含めれば数万では済まないのだから、思考の数で勝てる訳もなく先手を打たれることは避けられない。

 それでも湊は構わず敵と定めた者を排除しにゆくのだから、傍目から心配している茨木童子にすれば、愛しい我が子が罠に跳び込んでいく愚か者に見えてしまうのも無理はなかった。

 とはいえ、ただ莫迦者と諌めたところで言う事を聞く相手ではないので、感情の読み取れない瞳を向けてくる少年に、茨木童子は先手を打たれているなら別の方法を取るべきだと進言する。

 

《だからこそ、ここらで此方も策を変えるのだ。敵は次にどこにくるかと焦りながら待ち構えている事だろう。そこで、お前が“どこにも向かわない”という選択をすれば敵はどうなると思う?》

「混乱するだろうな。何かアクシデントがあったのか、それとも攻められないから逃げたのか。色々と可能性を考えてみるも、結局答えは分からない」

《ああ、そうだ。この策によって敵は疑心暗鬼に取り憑かれ自滅する。別に正面から挑んで叩き潰そうなどと青いことは考えていないのだろう? ならば、お前が本来得意とする心理戦を愉しんでみろ》

「……読心能力者が心理戦を愉しめる訳ないだろ」

 

 心が読めてしまうというのに、読み合い騙し合いに興じる心理戦を愉しむも何もあったものではない。呆れた様子で返した湊だったが、茨木童子の提案が策として悪くない事は理解していた。

 ここ最近屠ってきた組織の者たちは、誰が狙われるのか、いつやってくるのか、そういった事を湊が実際に来るまで考え恐怖に怯えていたようだった。

 恐怖は思考を鈍らせ、正常な判断力を奪い、組織内に不和を発生させ易くなる。

 また、反応が一時的に消えたからといってすぐに護衛を引き上げることは出来ないため、相手が大規模に布陣を展開していればしているほど、維持費と兵たちの体力や精神力の消耗が期待できた。

 湊は敵を自分で殺す事には拘っているが、茨木童子が言った通り、別に正面から正々堂々挑むようなスポーツマンシップに則った戦いなど初めからするつもりはないので、相手が勝手に自滅して弱体化するのなら、彼女の案に乗るのも良いだろうと考える。

 そうして、周囲の者たちの位置を把握しながら考えること数秒、湊はようやく方針を変えることにしたらしく、遠くの高台から飛んできた弾丸を素手で掴み取りながら立ち上がった。

 狙撃手の男は完全に気付かれず殺れたと思って引き金を引いたらしく、立ち上がった湊が狙撃手のいる方向へ鋭い視線を向けるなり、転倒しながらも慌てて逃げ出す後ろ姿が見られた。

 高台に居た狙撃手に気付かれていたなら他の者にも居場所は伝わっているはず。周囲の者の心の声を聞いてみれば、案の定、なるべく音を立てずに包囲するよう話し合っているようだ。

 

「一時的に中東へ向かう。今度はテロリストを掃討する」

 

 移動を決めた湊は向かう方角の確認作業と並行して、ペルソナ展開の準備もしながら口を開く。

 半顕現状態の茨木童子は、湊が移動すれば離れようとしない限り自然と付いてゆく事が出来るため、相手の言葉に残念そうに嘆息しつつ宙へ浮き上がりながら言葉を返す。

 

《ふむ、本来ならばしばしの休息をとって貰いたかったが、地域清掃の慈善活動に従事するとは、中々の好青年ぶりだな》

「別に住み良い街づくりに貢献するつもりはない。ただ、何もせずに身体を休めるほど、こっちも時間が残っているとは思っていないから、動けるうちに仕事を済ませておくだけだ」

 

 イリスを殺したのは久遠の安寧だが、イリスたち家族を不幸にしたのはテロリストである。

 実際に犯行を行った者は自爆して既に死んでいる事は知っている。けれど、湊がテロリストを掃討するのは、誰もイリスと同じ不幸な目に遭わぬよう先に危険を排除しておくためであった。

 

《ふむ、時間か……八雲、後どれだけ残っている?》

「さてな。余計な事を話している時間はない。飛ぶぞ――――タナトスッ」

 

 茨木童子の問いをはぐらかして答えず、湊はタナトスを背後に呼び出すと共に空へ飛びあがる。

 その際、蒼眼は濁った金眼へ変化していることから、召喚の直前で既に異なる時流に乗っていたのだろう。

 包囲していた仕事屋たちが一斉に屋根へ上がって銃を構えた時には、屋根の上には誰もおらず。標的を見失った者らは悔しそうにそれぞれの拠点へ帰っていった。

 そして翌日より、ラナフをはじめとした中東の国々でテロリスト等ゲリラ組織のメンバーたちが次々と殺され、各組織のトップらの死体が、血で組織名の書かれた布と共に政府議会場の前に置かれていたことで大きなニュースとなり。イリスの過去を知る者たちは、すぐにそれが湊の仕業だと気付くのだった。

 

 

 


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