【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第七十五話 前篇 夏祭り-開幕-

夜――長鳴神社

 

 食事や余興にプレゼントの贈呈など、チドリの誕生日会を無事に終えて、片付けを済ませてから解散したメンバーたち。

 教師二人は祭りには行かず、花火のよく見える店で酒を楽しむためお別れだと、同性ならスキンシップだからセーフと言って湊の頬にキスをして去って行った。

 直後、不機嫌な顔をしたチドリが湊にローキックを喰らわせてきたが、湊は両側から押さえられてキスをされた被害者であり、被害者なのにどうしてだと理不尽さを感じずにはいられなかった。

 そんな事がありつつ、チドリと湊は眞宵堂へ、他の者は自宅や寮へ戻って着替えてから再集合という流れになった。

 本日の祭りの参加者は美術工芸部のメンバー五人に、真田と荒垣、そして現在は高等部一年でボクシング部マネージャーの時任亜夜を加えた計八名。

 去年の試合で湊と真田は疎遠になっていたが、どうやら本人・チドリ・ゆかり以外のメンバーはその事を気にしていたようで、今日は少しでも関係修復の切っ掛けになればという事らしい。

 

『……お前、馬鹿だろ』

 

 だが、湊とチドリ以外のメンバーが先に集まっていると、少し遅れて到着した湊の服装を見た途端、真田と荒垣が口を揃え呆れ顔でツッコミを入れていた。

 綺麗に浴衣で着飾った女子らもフォロー出来ずに乾いた笑いを漏らし、亜夜も久しぶりに会った湊に何があったのか驚いているようだ。

 

「お、弟くんってクリスチャンだったの? えと、神社のお祭りに参加しても大丈夫なのかな?」

「時任先輩、こいつに信仰心があるなんて本気で思っているんですか? 性根の捻じ曲がったこいつの事だ。どうせ、日本の神に喧嘩を売るためだけに、こんなふざけた恰好をしてきたに違いない」

 

 宗教に詳しくない亜夜が、他宗教の施設や行事に湊が参加していいのか心配していると、真田が腕を組んだまま鼻で笑って言い切った。

 だが、流石の湊もTPOを弁えるくらいは出来る。今日の祭りへは浴衣ではなく、普段着用の着物である小紋を着て参加しようかと考えていたくらいだ。

 けれど、それは周囲に迷惑を掛ける間違ったお祭り好きのイリスによって、こんな上下合わせて十六万円という無駄に高価な司祭服での参加に変更された。

 人混みにくるということで髪は高い位置で縛っているが、靴は普段から履いている編みあげのブーツなので、乗馬ズボンほど太もも辺りは膨らんでいないが、姿勢の良さも相まって少し軍服のようにも見える。

 そうして、来るなり喧嘩を売られた湊が、相手にどのように返すか一同が恐々見守っていると、興味なさげな視線で全体を見つめながら少年は口を開いた。

 

「……荒垣先輩、昨日が誕生日だったらしいですね。おめでとうございます。これ、大した物じゃありませんがプレゼントです。料理をされるので汚れの落ちやすいエプロンにしておきました」

「お、おお、ありがとよ」

 

 完全に真田をスルーしながら、斜め掛けに出来るナップザック型の袋に入れたプレゼントを荒垣に手渡す湊。

 中身は先ほど説明した通り、洗えば簡単に汚れが落ち、皺の出来辛い生地で作られた高品質なエプロンである。

 荒垣自身も湊の料理の腕前を知ってからは、さらに料理の研究をするようになり、料理の回数が増えてエプロンの汚れも目立つようになってきていたため、良いエプロンがないか丁度探していたところだ。

 そのタイミングで料理をする人物が選んだエプロンを貰えたことに、単純に誕生日プレゼントを貰う以上の喜びを感じた荒垣は、受け取った袋を斜め掛けに背負い、表情には出さないものの内心でかなり喜んでいた。

 そして、プレゼントを渡した湊は、そのまま亜夜の方へと向き直り。直前の相手の問いにも答える。

 

「……ああ、そういえば。この服は知り合いに着せられただけなので、別に俺は何の宗教も信仰してません。ですから、祭りに参加するのは何の問題もありませんよ、時任先輩」

「そ、そっか。エヘヘ、じゃあ今日はいっぱい遊ぼうね。真田くんも後輩をいじめちゃ駄目だよ? せっかく集まったんだから、空気が悪かったら妹さんも楽しめないと思うな」

「べ、別に俺はそんなつもりは……」

 

 亜夜に窘められた真田はばつが悪そうな顔をして、肩を落としながら視線を背ける。

 自分よりも目上の人間で、しかも相手は学校の男子から絶大な人気を誇る女性だ。

 文武両道で女子だけでなく男子にも憧れを抱かれている身でありながら、女性とほとんど関わらないような生活を送ってきたため、真田は女性の扱いに不慣れで、どういった対応をすれば良いのか分からないらしい。

 しかし、真田がそんな風に対応に困っていると、先ほど喧嘩を売られていた湊が、欠片も興味がなさそうな顔のまま声を掛けてきた。

 

「俺は気にしてませんよ、お義兄さん」

「お、お前っ!? だから、俺をお義兄さんと呼ぶなと言ってるだろう!」

「……どうでもいい。というか、さっさと映画代くださいよ。お義兄さんが部活の日に真田を誘いますから」

「させる訳ないだろうがっ」

 

 湊の言っている映画代とは、以前、放課後の試合を受ける際に真田が自ら決めた参加報酬の事だ。

 引き攣った表情でかなり無理していることがありありと分かったが、それでも学内でも柄が悪いと言われている男子に、妹との実質デート権を与えるなど、普段の真田を知っていればあり得ないと思うだろう。

 映画代も真田が持つと言っていたので、聞いていた者はさらに驚くこととなった。

 そして、湊は実際に条件を呑んで試合をして勝ったわけだが、その約束は未だ果たされていない。

 試合をした二人が疎遠になっていたこともあるが、どちらかと言えば、湊が美紀と遊ぼうと思っていなかったために、ここまで流れていたという要素の方が強い。

 今回は留学中で一時的に帰国しただけなので、湊はまた直ぐ帰らなければならない。

 よって、今度もまた映画の約束は果たされそうにないが、その前に真田は湊に言う事があった。

 

「お前が美紀にふざけた事をしないか監視するのも兄の務めだ。保護者として映画には俺も同伴する」

「別に良いですよ。なら、お義兄さんの経済負担を減らすためにカップル割引の日に行きますから、来年以降になりますが予定を調整しておいてください。ああ、俺たちがカップルなのに一人じゃ居づらいのなら、そうですね……時任先輩、お義兄さんとカップルのフリをしてあげてくれませんか?」

「ちょっ、弟くんっ!?」

 

 急に想い人とカップルのフリをしてやれと話題を振られた亜夜は焦る。

 周囲にはばれていないつもりで、それだけに誰にもばらさないようにきつく言っておいたというのに、湊が雑な話題の振り方をしたせいでこの場の女子にばれてしまったに違いない。

 真田本人にばれた可能性は、本人が鈍感であるが故にあり得ないと心配していないが、それでも後輩に好きな人がばれたことで、亜夜は顔を真っ赤にしていた。

 そうして、一人は怒りで、一人は羞恥で顔を赤くしている状況となり、原因となった少年がこうまで饒舌になって人を煽ることなど珍しいと思っていたゆかりは、先ほどの誕生日会で無茶ぶりの余興ダンスも含めて相手はストレスが溜まっていたんだと気付く。

 身体データ等は誰のせいでもないが、余興に関しては自分も煽った側なので、少しばかり責任を感じて場を収めるため湊を強制連行しつつ神社に向かうことにした。

 

「さーて、全員集まったから移動しようねー。今日は人が多いからここで止まってたら邪魔になるからねー。皆もはぐれないようについて来てくださいねー」

「ん、おい、岳羽……」

 

 やや強引に腕を掴んで引っ張ってゆく相手に、湊は面倒そうな表情で文句を言うが、ゆかりはそれを無視して石段を進み続ける。

 今日は本当に人が多い。気を抜けば周りの人に足を踏まれそうになり、はぐれてしまえば再会するのは大変そうだ。

 一応、今日集まった大体の者はお互いの連絡先を知っているので、携帯で連絡を取る事は可能だが、今度はどこで集合するかという問題が出てくる。

 

「君さ、先輩たちでストレス発散しちゃダメでしょ。まぁ、無茶ぶりした私のせいでもあるけど、ダンスもキレがあって上手かったじゃん。恥ずかしがる必要ないって」

「いや、そんな事はどうでもいいが……」

「さっきの様子からすると、時任先輩って真田先輩のことが好きなんだよね? そっちもからかっちゃ駄目だって。女の子は恋に憶病なんだからさ。君も女の子でもあるなら分かるはずでしょ」

「そんな物、分かってたまるか。というか、少し待て」

 

 肘の辺りを掴まれ腕を引かれている湊は、話しを聞かない相手に苛つきながら静止するよう求めるも、ゆかりは気にせず進み続ける。

 境内は屋台も多数あり、どこも人が多いので、参道から外れた場所でなければ待っていることも難しい。

 けれど、そうなると暗さでお互いを視認し辛いので、やはり奥の社務所の方までいかなければ再会できないだろうと、境内に入ってちょっとばかり進んでから、ゆかりは皆にはぐれないよう再び注意を促した。

 

「皆、本当にはぐれたら会えないからね。ちゃんとついて来てよー……って、あれ? 皆、もうはぐれちゃったの?」

「はぁ……だから、時任先輩が止まっていて、他のやつらもまだ出発してないって言おうとしたんだ」

 

 後ろを振り返らず、とりあえず湊をあの場から引き離すことで場の収束を図ったゆかり。

 しかし、湊のせいで顔を赤くしていた亜夜が動き出していなかったため、他の者はそちらに合わせて出発点からほぼ動いていなかった。

 それに気付かず、湊の呼びかけも流していたため、ゆかりは湊の手を引いてずんずんと進んでしまっていた訳である。

 人の流れは車道と同じように左が奥へ進むように、右が神社を後にするような流れが出来ていて、今から出発点に戻るのは骨が折れるだろう。

 

「あ、あはは、えっとぉ……二人でまわる?」

 

 はぐれるなと言っておきながら、自分が真っ先に単独行動を取ってはぐれたことに気付き。隣にいる呆れ顔の少年を見上げながら、僅かに汗を掻いて呟いた少女の声は、祭りの喧騒に呑まれていった。

 

***

 

 出発した瞬間にはぐれていった少女と、その相手に腕を引かれて強制連行される少年の後ろ姿を眺めて立っていた者たちは、ようやく亜夜が立ち直ったことで、早速見失ってしまったことをどうするか雑談も交えつつ話していた。

 

「あいつ、すごいな。有里を引っ張り回せる生徒なんて、吉野くらいだと思っていたぞ」

「んー、でも弟くんってこっちがリードしちゃえば、諦めて普通に付き合ってくれるよ。まぁ、それは女子だからかもしれないけど」

「……そうね。その分、湊の負担になるから止めて欲しいんだけど」

 

 亜夜だけでなく、佐久間も湊の扱い方を最近になって覚えてきたようで、強引に付き合わされている場面をチドリも度々目撃していた。

 いまは留学していることで上手く逃げられているが、帰って来てから絡まれれば、また負担を強いられる日々が始まってしまう。

 影時間の研究やシャドウとの戦闘で疲れている筈の相手に、そんなくだらないことで重荷を増やしたくないため、チドリは呆れたような責める瞳で亜夜をジッと見つめた。

 

「え、えっとぉ、ほら、私もアイスとか買ってあげてるし。弟くんもリフレッシュになってるんじゃないかな?」

「必要ないわ。湊の周りにいる女は多芸なの。マッサージやらアロマテラピーやら、そんな事が出来る人が大勢いるから、オヤツで釣ろうとしないで」

 

 裏の仕事をしている人間や、大きな声では言えない仕事をしているような人間と関わる事が多いため、湊の周りの女性は、チドリの言う通り多芸な者が多かった。その中には湊を癒す事の出来るスキルも勿論ある。

 故に、他の女性のように効果的に癒す事も出来ず、疲労も同じくらい与えるリフレッシュなど、何の意味もないので自重しろと少女は上級生を諌めた。

 

「は、はい。以後、気を付けます」

 

 自身よりも年下ではあるが、相手の家族の少女に注意されたことで、亜夜は反省して肩を落とす。

 出会ったのが湊と真田が試合をしてからなので、一緒に遊んだ回数はとても少ないが、相手よりも自分がはしゃいでいる自覚はあった。

 世話を焼くのも楽しいが、不貞腐れたように付き合ってくれる相手の姿が母性をくすぐり、ずっと引っ張り回して眺めていたいと思わせる不思議な魅力がある。

 そんな相手の優しさに甘えて、自分が負担になっていたなら、やはり申し訳なさを感じずにはいられない。

 中等部時代、姉にしたい人ランキングでトップに輝いた時任亜夜は、そんな良識も持ち合わせた女性だった。

 

「ま、まぁ、とりあえず合流する方法を考えましょう。いま、有里君から岳羽さんと二人で行きは回るとメールがありました」

 

 チドリが亜夜を責めたことで暗くなりかけた雰囲気を払拭するため、美紀が全員に携帯のメール画面を見せながら話しかける。

 そもそも、チドリが亜夜を責めたのは、湊がゆかりに攫われたことが原因で不機嫌になったからであり、今までの不満の累積もあるのかもしれないが、半分は八つ当たりに近い。

 事態のおおまかな原因を理解していた美紀は、せっかく祭りを楽しんで遊ぼうというのに、このままでは駄目だと頑張って流れを変えようとした。

 

「んじゃ、合流は奥に行ってからだな。ちょいちょい遊ぶなりメシ食うなりしながら、俺らも奥に向かうって返しとけ。参拝は合流後にするから、賽銭箱の近くで待っとけってな」

 

 すると、荒垣も美紀の意図に気付いたようで、話しを合わせて自分たちも境内へ向かうように誘導した。

 まぁ約一名、チドリがいるのにどうして湊が自分の妹に連絡を寄越したのか、などと不満そうにしているが、荒垣は妹馬鹿は放っておくことに決めているので、その人物に行くぞと声をかけて人の流れに乗って歩き出す。

 境内に近付くにつれ、スピーカーから音割れしたサマーソングが流れているのが聞こえ、人々のがやがやとした話し声も相まって、やっと祭りの雰囲気らしくなってきた。

 先ほどまで沈んでいたり怒っていたりした者たちも、場の盛り上がりに当てられたのか、今は屋台を眺めながら会話を弾ませていた。

 

「チドリちゃん、今年も知り合いのおじさんたちはお店出してるの?」

「ええ、今年は湊も行くって伝えたら全力でもてなしますって。まぁ、財布がいるから別に通常価格でも構わないんだけど」

「そうなんだ。去年のたこ焼き美味しかったから、また今年も食べたいな」

 

 確かに去年食べた屋台の料理はどれも美味しかった。チドリと風花の会話を聞いていた荒垣も、その点には同意する。

 しかし、自分の聞き間違えでなければ、チドリはこっちの組にいる男二人を財布と呼ばなかっただろうか?

 加えて、風花も相手を諌めるでも窘めるでもなく、その事を流して会話を続けていたように思う。

 常識人だと思っていたのだが、変人グループと関わる様になって、変なメンタルの強さを持ってしまったのだろうか。

 祭りで遊ぶために財布にはそれなりの額を入れてきたが、懐だけでなく、頭や胃が痛くなりそうだと荒垣は深いため息を吐いた。

 

「はぁ……まともな後輩が欲しいぜ」

「急に何を言ってるんだ? それよりシンジ、射的で勝負しよう!」

「テメェこそ、急に何言ってんだ。つか、やらねーよ。あんなの倒れる訳ねーだろ」

「ハッ、やる前に勝負から逃げるとは、お前もとんだ臆病者になったもんだ。ならば、見ていろ。俺が手本を見せてやる。オヤジ、一回だ!」

 

 威勢よく言いながら、不敵な笑みで百円を片手に真田は屋台へ向かう。

 そこの店員がチドリに挨拶をしていたので、今年も早速お世話になるのだろう。

 本来なら百円で六発のところ、チドリの友人だからとこっそり十発受け取った真田は、他の者らに見守られながらコルクを詰めた銃口を景品に向ける。

 真田が狙っているのは、どうやら北海道土産にありそうな木彫りの熊のようだが、どうして二つ隣のパンダのぬいぐるみにしておかなかったのか。

 四本足で置いてある時点で、バランスが安定しているからと避けるべきだ。さらに、木彫りの置き物はああ見えて重量がそれなりある。

 以上の二点から、いくら支えが付けられていないと言っても、威力の無いコルク弾では落とす事も倒す事も不可能だと明白だった。

 

「くっ……何故、当たっているのに倒れないんだ! まさか、倒れないよう支えたりしてないだろうな?」

「アホか。んな、重くてデケェものがコルクで倒れる訳ねぇだろ。いっぺん貸してみろ。大層なこと言ってた口先野郎に実力の違いってのを見せてやるぜ」

 

 言いながら、荒垣は真田の手から銃を奪うと、残っていたコルクを一つとって銃に籠める。

 面倒そうにしていたくせに、相手がやっているのを見てから自分もやり出すとは、本人が自覚していないだけで荒垣自身も祭りで浮かれているらしい。

 そうして、狙うのは木彫りの熊ではなく、もっと小さくて簡単に倒れるサービス用に置かれている景品だ。

 例えばキャラメルなどお菓子の箱、合成樹脂で出来た安っぽいキャラクター物の貯金箱、鞄に付けられそうなぬいぐるみのマスコットなど、軽い上に縦長で重心の安定していない物が望ましい。

 いくつかある中から、最終的に荒垣は『不死鳥戦隊フェザーマン』のレッドイーグルのソフビ人形に狙いを定め、出来る限り身体を乗り出して銃口を近付けて引き金を引いた。

 

「おめでとう! こいつは見事倒した兄ちゃんの物だ!」

 

 屋台のオヤジの快活な声がその場に響く。

 荒垣の銃から放たれたコルクは、レッドイーグルの頭部を見事に捉え、景品受けのネットの上に落下させる事に成功した。

 別にこれが欲しかった訳ではないが、『倒す』という目的を達成するために狙いを定め、宣言通り成し遂げた荒垣の表情は、普段よりもどこか得意気だ。

 

「ま、ただの遊びでも結果くらい残さないとなぁ」

 

 オヤジから受け取った景品を隣に居る幼馴染に見せながら、荒垣は少々見下しながら口元を歪める。

 たかが子どもの玩具一つだが、それでも幼い頃から競い合ってきた二人にとって、勝者と敗者の差を嫌でも意識させる存在だ。

 見せつけられた真田は、悔しそうに歯をぎりぎりと鳴らしながら、今も勝ち誇ってにやついている荒垣を睨みつける。

 

「ま、まだ勝負は終わってない。あと三発残ってる。結果が大事だというのなら、一発でも十発でも取れれば一緒だ」

「へっ、せいぜい負け惜しみでも言って……」

 

 話している途中で真田は銃を構えて景品を狙い出す。

 冷静さを欠いている状態ならば、先ほどよりも意地になって大きな景品を狙う筈だ。

 幼馴染の行動パターンなどお見通しだと、視線を景品の並ぶ棚へ向けるとそこには信じられない光景が待っていた。

 

「や、やったぞシンジ! 俺は一発で二つも倒した!」

「ちょっ、テメェ、ズリーぞ!」

 

 喜んでいる真田に対し、荒垣はそんな物は反則だと抗議を入れる。

 なにせ、真田の撃った弾はほとんど外れていたのだ。

 挑発を受けたあの状態で、荒垣の取った物の類似品であるブラックファルコンのソフビ人形を狙ったことは、昔から彼を知る者として正直驚いたが、狙いの逸れた弾は人形の腕に当たった。

 そして、人形は立ったまま肩を引く様に回り、バランスを崩して棚の前方に向けて落ちながら倒れる際、下段にあったお菓子の詰め合わせも巻き込んだのである。

 店側としては、その隣の支えありの高額商品が巻き込まれなくてホッとしているが、少年たちは相手の様子に気付かず、手に入れた景品について言い合っていた。

 

「悪いなシンジ。俺はどうやらお前よりも才能があったらしい」

「ふっざけんな! んな、マグレで勝ち誇ってんじゃねーよ」

 

 明らかな偶然で得た結果を、とても爽やかな笑みを浮かべて自身の勝利と言ってくる真田。

 それを才能と認める気がない荒垣が大声を出している様子は、先ほどと立場が入れ換わっただけだ。

 途中から、隣の屋台でヨーヨー釣りを楽しんでいる女子らが、三年生二人を子どもっぽいと苦笑しているのも知らず、二人はまだ会話を続ける。

 

「まぁ、そう熱くなるな。お前にもこの菓子は分けてやるから」

「ちげぇっつの。菓子が欲しくて言う訳ねえだろ。この後、どんだけ食べると思ってんだ」

「なら、こっちの人形か? 別に欲しいのなら構わないが、お前も子どもっぽい趣味があったんだな」

 

 そう言って真田はブラックファルコンの人形を渡してくるが、荒垣もレッドイーグルの人形をどうしようか考えていたところなので、処分に困るものを貰ってもまるで嬉しくなかった。

 二つに増えた人形の処分方法に悩みだすと、頭を使いだしたためか冷静さも取り戻す事が出来る。

 無駄に熱くなってしまった先ほどまでの自分の態度に反省しつつ、荒垣がぼんやり考えていると、小さな男の子が自身と真田を見ている事に気付いた。

 一緒にいた真田も少年に気付いたようで、二人で揃って相手を見返す。

 少年は自分たちそのものを見ていると言うよりは、視線が何かをジッと見つめている様子なので、何を見ているのか視線を辿り、それがソフビ人形に向いているとようやく理解した。

 見たところ少年は小学生になるかどうかくらいの幼さなので、その年頃の男の子ならば、戦隊ヒーロー物は大好きだろう。

 荒垣と真田は不毛な言い争いを止めると、二人で並んで少年の元まで進んだ。

 

「欲しいのか?」

「……くれるの?」

「ああ、別に俺たちは景品を倒せれば良かっただけだからな。欲しいのなら、二つとも持っていくと良い」

「うわぁ、ありがとうお兄ちゃん!」

 

 真田に言われ、荒垣の手から二つの人形を受け取った少年は、顔を輝かせると満面の笑みを浮かべた。

 こんなにも喜んで貰えるのなら、譲った者としてもあげて良かったと嬉しい気持ちになる。

 そうして、少年につられて笑みを浮かべていたとき、後ろの方から少年を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。

 

「乾! ダメでしょう、勝手に行っちゃ! 迷子になったらどうするの!」

「あ、おかあさん! これお兄ちゃんたちがくれた!」

 

 やってきた女性は少年の母親で、(けん)と呼ばれた少年は嬉しそうに貰ったばかりの人形を母親に見せている。

 しかし、母親は少年が我儘を言って貰ったと思ったようで、鞄から財布を取り出し、申し訳なさそうに謝ってくる。

 

「子どもが我儘を言ったようで、どうもすみません。お代はお支払します」

「いや、狙って取ったものじゃないんで、どうするか困ってたんスよ」

「どうせなら欲しい人間が持っていてくれた方が玩具も喜ぶでしょうから、迷惑でなければ貰ってください」

 

 狙って取ったものじゃないというのは嘘だが、欲しいから狙った訳ではないのは本当だ。

 倒し易そうな景品の中で偶然選んだに過ぎず、それを貰って喜んでくれるのであれば、二人は是非とも譲りたいと思った。

 二人から揃って言われてしまうと、相手の好意を無下にするのも失礼になると思ったのか、女性は少年の隣に並び綺麗な微笑みで礼を述べた。

 

「どうもありがとうございます。ほら、乾。もう一度しっかりお礼をして」

「うん! お兄ちゃん、フェザーマンくれてありがとう!」

「おう、祭りに夢中でなくしたりすんなよ。帰るまで親に預かっててもらえ」

「わかった! おかあさん、フェザーマンもってて!」

「フフッ、はいはい」

 

 荒垣に言われて素直に言う事を聞く子どもを見て、母親はおかしそうに笑って人形を鞄にしまう。

 その後、少年ら親子は祭りを見て回るからと礼を言って去って行き。荒垣達も参拝所まではまだまだ掛かるので、チドリ効果でサービスして貰いつつ、食料を手に入れながら屋台で遊んでもまわった。

 

***

 

 一方その頃、はぐれてしまったために二人で祭りを回っている湊とゆかりは、後ろの組と同じようにサービスして貰いながら屋台をまわっていた。

 

「若、お久ぶりでございやす! 随分な別嬪さんを連れてますが、もしかして“コレ”ですかい? いやぁ、若ほどの男前にもなると連れてる女も違いますね!」

「……まぁな」

「否定しろよっ! ってか、何度目よ、このやり取り!?」

 

 声を掛けてきたベビーカステラの屋台の店員である組員は、にやにやと笑って小指を立てて尋ねてくる。

 小指の意味は『恋人』や『愛人』という意味なので、どちらの意味だったとしても間違っているのだが、既に十回近く同じ質問を別の屋台で受けていたので、否定するのが面倒になったらしい湊は興味無さげに返事をした。

 ゆかりも言われる度に愛想笑いを浮かべて否定することにも疲れてきたが、面倒だからと肯定すれば、もっと面倒なことが待っていそうな気がしている。

 それだけに、いくらこの一時に疲労を感じるはめになろうが、断固として湊の“コレ”などというポジションとして紹介される訳にはいかなかった。

 

「ホンットに違いますからね?! 私と有里君はただの友達ですから!」

「……ただの同級生だろ。友達だと思ったことなんて一度もないぞ」

 

 ベビーカステラ屋の店員の誤解を解こうと、真剣に否定して友達と訂正するゆかりだが、湊が友人と認めているのは、シャドウの王であるファルロスただ一人。

 故に、どれだけ親しくなろうとも、相手を友人だと思ったことなどないと冷たく言い放つ。

 すると、眉根を寄せてしばらく微妙な表情を作っていたゆかりが、隣に立つ湊を見上げ視線を合わせて口を開いた。

 

「いや、そんな人の心を砕きにくるカミングアウトいらないから。一方的に友達と思ってるとか、私がみじめじゃん」

「……買ってやろうか、ベビーカステラ」

「君の優しさが心に沁みて泣きそうよ……」

 

 ショックを受けている相手を慰めるため、湊は丁度目の前にあるベビーカステラを買ってやろうかと進言する。

 ゆかりもベビーカステラは嫌いではないので、その申し出自体はありがたく思う。

 けれど、もっと大切な話をしていたはずなのに、食べ物で誤魔化そうとしてきたことで、ゆかりは先ほどの湊の発言が真実なのか冗談なのか分からなくなった。

 お互いの仲は良好で、異性の友人の少ないゆかりにとって、最も仲のいい男子として挙がるのが湊だ。

 それに対し、湊はそもそも同性の友人が全くいない。女子で会話する者もいるが、ほとんどは湊との交流を望むミーハーな生徒たちとなっている。

 そんな、ぼっち気質な二人がせっかく出会って交流を持ったというのに、本当に友人として見られていないのなら悲しい。

 ゆかりが肩を落とし、わざと涙を拭くしぐさをして見せると、湊は淡々とベビーカステラの大袋を店員から受け取りながら返してきた。

 

「生憎と、女の涙は信じないことにしてるんだ。前にそのせいでナイフで刺されかけたからな」

「……痴情のもつれ? 巻き込まないでよ?」

「はぁ……お前の俺に対するイメージがよく分かる一言だな。ほら、口を開けてみろ」

「え? んぐっ!?」

 

 言っている意味が分からず、理由を説明してもらおうとしかけたその時、紙袋に手を入れていた湊が、ベビーカステラをゆかりの口に一つ押し込んできた。

 ほんわりとした温かさで火傷する心配はないが、それでも急に女子の口に食べ物を押し込むのは問題行為である。

 驚きで涙の滲んだ瞳で睨みつけ、一生懸命口の中のベビーカステラを咀嚼し呑みこむと、ゆかりはベビーカステラを食べながら自身を見下ろしている相手へ抗議の声を上げた。

 

「きゅ、急に何すんのよ! 食べるにしても自分で取るから、そういう事しないでよね!」

「言っている意味がよく分からないな」

「だから、自分で食べるから袋を貸せって言ってるの!」

 

 言い終わるかどうかのタイミングで湊の持っていた袋をひったくり、やけに軽いと違和感を覚えつつ、勢いよく手を入れてベビーカステラを取ろうとする。

 だが、いくら手で袋の中を探ろうとも内側の紙の質感しか感じず、不思議に思って中を見てみれば袋は既に空となっていた。

 注文して受け取ってから三分も経っていない。だというのに、袋が空っぽとはどういうことか。

 キョトンとしながらゆかりは湊に問いかけた。

 

「あ、あれ? 中身は?」

「……もう食べ終わった」

「あたし、一つしか食べてないのにー!」

 

 その一つも急に口に押しこまれて、抗議のために味わいもせずハイスピードで咀嚼してしまった。

 湊とチドリの知り合いの店は、どれも美味しい料理ばかりなので、ただのベビーカステラであっても期待していたというのに、これではあんまりだと嘆げかずにはいられない。

 そんな様子のゆかりを不憫に思ったのか、湊は空の袋を丸めてゴミ箱に放り込んでから、珍しく優しい声を掛ける。

 

「別のやつを買ってやるから泣くな」

「いや、泣いてないから。てか、君の前では泣かないから」

「なんだ、その変な特別扱いは……」

 

 ゆかりが湊の前で泣かない理由は、周囲の人間の中で最も心身ともに強いと思われる相手に、涙を見せるのが単純に悔しいからだ。

 男に縋っていなければ何も出来ない母親とは違う。自分は一人でも生きていける強い人間になる。

 そう思っているゆかりにとって、強者に自分の弱い部分を見せない事が自分の強さを証明する方法として一番分かり易いと思っている。

 けれど、自分がそんな風に考えていることがばれれば、変に鋭い湊から無理に強がっていると言われるだろう。

 そうさせないため、ゆかりは小悪魔的な悪戯っぽい笑みを浮かべ、湊の口にした“特別扱い”という話題を拾って、話を逸らすためのネタにした。

 

「……特別扱いされて嬉しい?」

「さてな。それはどうでもいいが、先に進もう。りんご飴でも買ってやるから」

「あ、私りんご飴って食べた事ない。あれって美味しいの?」

鼈甲飴(べっこうあめ)みたいなものでコーティングしただけで中は生のリンゴだからな。多少の当たり外れはある。そのリンゴも普通のサイズと小さな姫リンゴがあって、姫リンゴの方が飽きる前に食べ終える事が出来るものの、すっぱい可能性が上がるから一長一短だ」

 

 奥へと進む人の流れに乗りながら、二人は並んで他の屋台を眺めて歩き出す。参拝所までの道のりはまだ遠い。

 

「そうなんだ。まぁ、飽きたら君にあげるから、美味しい方にしてよ」

「……他人が口を付けた物は嫌なんだが」

「あ、確かに間接キスか。そんなの期待するとか、君も一応男なんだね。ちょっと引くかも」

 

 お互いに相手を小馬鹿にしたり、時に流して相手にしなかったり、そんな不思議な距離感で進む二人の歩みは遅い。

 後続の組も遊んでいて中々進まないため、合流まで時間が掛かりそうだが、それぞれの夏祭りはまだまだ続く。

 

 

 


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