【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第六十二話 武器整備

5月1日(月)

朝――“蠍の心臓”・ガレージ

 

 朝のトレーニングと朝食を終えたレベッカは、部屋で雑誌を読んでいるところをナタリアに呼び出された。

 呼び出された理由は、昼過ぎに食料や弾薬など物資調達のため、都市の方で少しばかり卸業者と話し、ついでにガンスミスにも会いに行くので、連れてゆくから準備をしておけというものだ。

 他に呼び出されていたのは、父のラースと通信兵のバーバラ、さらにチャドも一緒にゆくようで、出発までは時間があるものの、移動の足の準備として四人は複数ある大型ガレージの一つにやってきた。

 戦車や戦闘機、車にヘリなど蠍の心臓には様々な物があるが、いまやってきたのは武装されていない通常車両の置かれているガレージである。

 なので、ほとんどの者が休日でもない日に、普通の兵士がこのガレージに用などあるはずもないのだが、四人がやってきたときには、何故だか灯りが点いていた。

 使っていない部屋の電気は消せとナタリアは兵らに常々言っているので、間抜けな新兵でもなければ、電気を消す事も忘れるほど切迫した状態以外で、ボスの言いつけを破る者はいない。

 そうして、不思議に思いながら四人が広いガレージに足を踏み入れると、そこには珍しく髪を縛った私服姿の湊が、一人で床に座って何かをしていた。

 

「あれ、あんた、こんなとこで何してるの?」

 

 声をかけながらレベッカが近付いてゆくと、湊のまわりには青いビニールシートが敷かれ、その上に銃火器や刀剣類が広げられているのが目に入った。

 さらに、蠍の心臓には置いていない大型バイクと中型バイクが一台ずつ置かれており。湊は座った状態で分解された拳銃を手に持っていることから、置かれている武器類とバイクのメンテナンスのために、他の邪魔が入らない広い場所を求めてここにいたと当たりをつける事が出来た。

 武器のメンテナンスがしたいのであれば、専用の工具類が置かれたメンテナンスルームも存在する。

 バイクも別のガレージで車と一緒に整備できる環境が整っており。そこには技師たちもいるので、より綿密な整備が受けられるのだが、湊のまわりにはバイクは二台だけだが、武器は十や二十ではきかないほど大量に置かれていた。

 これでは、流石のメンテナンスルームも一時的に湊に掛かりきりになって、業務をストップすることになるだろう。

 滞在中は隊員として働いているが、ここが古巣のイリスと違って、湊はまだ客員の扱いが拭えていない。

 故に、湊が他の隊員に迷惑をかけないよう、自分だけでひっそりと作業をするのも納得できたため、レベッカは置いてある武器を眺めながら、湊の近くに屈んで声をかけた。

 

「あんた、一人でこんなに整備できるの? てか、日本って中学生でバイクの免許とれたっけ?」

「大型で十八、中型でも十六からだ。バイクは大型がイリスのお下がりで、中型が知り合いの伝手で発売前のやつをテスター名目で一台貰った。日本にいるときは、無免許だが足の調達が面倒なときに利用してる」

 

 置かれているバイクは、大型は輝く黒いボディの後部に『GSX1300R』と書かれているバイクレースでもよく見かける車種で、車体側面に書かれた特徴的な漢字のペイントは、イリスの趣味ではなかったのか上から別の塗装をしたようで消えてしまっている。

 だが、確かに車も足の速い高級車に乗っているイリスのチョイスだと思えば、最高時速三百キロを超える最速のマシンは実にそれらしい一台だと思える。

 実際、湊は去年の四月の仕事でこのバイクに乗って、制限速度を超えたターゲットの車に簡単に追い付き、運転しながら片手でサイドミラーやタイヤを撃ち抜くという妙技を見せたこともあった。

 重心が低いアメリカンならともかく、速度に乗ったスポーツバイクでそんな真似をするなど、本来は自殺行為でしかない。

 だが、湊は心臓を包んでいるエールクロイツの影響により、影時間外でもシャドウと同じ力で機械そのものを操作出来るので、アクセルを回さなくとも直接加速させる事が出来る。

 そのため、当時は本人が得意とする身体操作によってバランスコントロールし、走行しながらの射撃を成功させたが、両手を放したところでなんら問題ないという、裏の仕事においても非常に有効な能力で、緊急時も対処できるよう考えられていた。

 そんな湊とのエピソードを持っている大型に対して、中型の方は大型とは外観が大きく異なっており、形状はネイキッド、色は黒とシルバーで、タンクロゴは大型と同じ『S』というシンプルな一文字が書かれているだけだ。

 知り合いの伝手で貰った発売前の物ということで、レベッカは立ち上がって車体を観察し、そこに『GSR400』と車種名らしきものを発見すると、特に興味もなかったのか素直に湊の元に戻ってくる。

 

「ふーん、そうなんだ。自分らで整備できる隊員もいるから、手伝うよう声かけてこようか?」

「……それで動作不良を起こしたとき、責任を取って死ぬような奴なら、手伝わせても構わない」

「いないから。なんで善意で手伝って、ちょっとのミスで殺されなきゃいけないのよ。戦場でのハプニングは技術や機転でカバーすんのが当然でしょ」

 

 確かに善意で手伝ってくれる相手に、何かあれば責任を取って死ねという湊も極端だ。

 しかし、戦場でのトラブルは自分だけではなく、仲間や護衛対象の命も危険に晒す。

 多数の武器を持っている湊なら、他の者よりも対処までのラグも少ないが、それでも数秒を浪費することになる。

 その数秒があれば、敵が距離五百メートル以内の狙撃手なら確実に着弾してしまうだろう。

 攻撃を受けた者が生きていれば非常に幸運だが、生きていれば生きていたで、負傷者をカバーしながらの作戦行動は非常に鈍足で神経を使うことになる。別働隊がいない状態で自分たちがそんな事になれば絶望的だ。

 レベッカはその可能性を考えていないのか、分かっていても仲間のことを思って発言したのかは分からない。

 

「……はぁ」

 

 だが、そこまで会ったばかりの他人に情をかけることも、信頼を寄せる事も出来ない湊は、深いため息を吐きながら解体していたFN Five-seveNを組み直し、それを整備の終わった右側に置いて、新たな武器を手に取った。

 その態度が気に食わなかったのか、レベッカはムスッとした表情で、湊を見つめながら再び話しかける。

 

「うわ、ファイブセブンとかだっさい。やっぱ、ハンドガンならシグザウエルP226でしょ」

「……まぁ、作りは丈夫だからな。お前みたいな粗雑な人間にはお似合いだ。それと、俺は普段はガバメントしか使ってない。ファイブセブンなんて貫通力の高過ぎる武器を、日本で使い続ける訳ないだろ」

 

 先ほど湊が整備していたFN Five-seveNは、通常の弾丸よりも弾頭が鋭い円錐型の物を使用する。

 そのため、抵抗も少なく初速が速くなり、ライフル弾を防ぐほどのクラス3の防弾ジャケットすら貫通してしまうのだ。

 さらに、その弾丸は柔らかい物にぶつかると横転する性質も持っており、ただ貫通するのではなく、傷口を広げて抜けてゆく凶悪さも持っている。

 殺すことや相手に傷を負わす事が目的の戦場ならば、そのような高威力の銃でも構わないが、湊の活動していた日本では、貫通した弾丸がまわりの壁などに痕を残すことや、救助する者にまで当たってしまう危険性がある。

 そんな不要な危険を孕む武器を使うくらいなら、湊は素手で敵を鎮圧した方がマシだと思っているため、あまりに考えの足りていないレベッカを鼻で笑って整備を続けた。

 

「あーもう、ムカつく! こいつ、やっぱり頭おかしいわよ! 人が気を利かせて手伝い呼んでやろうかって言ったのに、ミスしたら手伝った人を殺すとか、いちいちあたしのこと貶してくるとか、絶対まともな育ちしてない!」

 

 自分も武器を通じて湊を貶したというのに、レベッカはそれを棚に上げて勢いよく立ちあがると、他の者らへと振り返り憤慨した。

 そんな二十歳の少女の様子に、共にいた隊員らは思わず苦笑する。

 だが、これから少しすれば仕事が待っているため、宥めておかない訳にもいかず、メンバーを代表して父親のラースが声をかけた。

 

「まぁ、落ち着けって。今のはお前の方が悪い。武器の好みはそれぞれだから何も言わんが、命預ける得物なんだ。よっぽど信頼してない限り、それの整備を他人に任せる気にはならないだろ?」

「でも、それで手伝った人を殺すなんて発想がぶっ飛び過ぎよ」

「じゃあ、お前は任せて整備させた武器が本番で壊れて、それが原因で自分が死んでも文句言わないな? 言い方は分かりづらかったが、姫は他人に任せない代わりに、責任を押し付ける気もないんだよ。何にも間違ってないだろ」

 

 真面目な表情で父にそう言われると、レベッカはばつが悪そうにしながらも黙ってしまう。

 実際、本職の整備士と違って兵らの整備はどこか自己流も混じっている。整備士がメンテナンスしてもトラブルが起こることだってあるのだから、それよりも腕が未熟な者に任せる訳にはいかない。

 自分のミスで死ぬのはしょうがないが、善意で手伝った者が相手の死を知ったとき、自責の念に囚われ、それが原因でその者まで死ぬこともあり得る。

 湊は自分が傷付くことや、敵を殺すことに躊躇ったりはしないが、無関係な第三者が傷付くことは極端に嫌がる。

 だからこそ、湊の発言から真の意図を理解していたラースは、娘を窘めてから湊の傍に屈み、まだ整備を終えていない武器を眺めながら話しかけた。

 

「ナイフだけで十種以上か。拳銃もオートマチックだけでなく、リボルバーも用意してるんだな。うお、スターストリークまであんのか。いやいや、なんとも用意周到だねぇ」

 

 湾曲したカランビットナイフや、奇襲向けのスペツナズナイフ。ベルトに取り付けられるように専用のストラップまで用意しているプッシュダガーなど、湊の装備はナイフ類だけでも十種以上存在し、本数は三十ではきかないほどだ。

 ナイフは形やサイズごとに用途が違うので、これだけの数を揃えていてもおかしくはない。

 しかし、ほとんど長さも形状も違わない日本刀が、組まれた物で五本以上あることは、ラースも思わず苦笑してしまった。

 組まれた物でそれということは、近くにある桐箱の中には、まだ組まれずに保管されている物も入っているに違いない。

 実際の戦闘で使うのなど、この中の数個しかないだろう。

 そもそも、徒手格闘で野生のシカやイノシシを仕留められる人間が、そこまで近接武器を揃えておく事自体、ラースには不思議でならなかった。

 

「揃えた武器は、姫の不安の表れと見て良いかね? 戦場じゃ、色んな事態を想定して装備ばっかり揃えるやつは忌避される。そういうやつは自滅するばかりじゃなく、味方にまで士気を下げる以外の何かしらミスを残していくんだ」

「……そう。でも、それはそんな奴を組織に入れておく上層部のミスでもあるだろ。適性がないなら、最初から入れなきゃいい。慎重な臆病者には、別の活躍の場がある」

「ハハッ、確かに。けど、姫ほどの実力でそんなに武器を持っているのは不思議でねえ。君が何を見ているのか分からないけど、力を隠しつつ武器なんかで補ったつもりになってると、いつか足を掬われちまうぞ」

 

 ラースはここに来てからの湊をずっと観察していた。別に信頼していないからという訳ではなく、単純に湊がどのような想いを持って仕事をしているかを見極めようと思ってのことだ。

 保護者役のイリスは人を見る目は確かだが、湊のことになるとどこか甘くなっている節がある。

 子どもを持つ親ならば、それが子に対する情だと言うのも簡単に見抜けた。

 だからこそ、情というフィルターのかかってしまっているイリスの意見は一切訊かず、先入観を持っていない自分の目で、ありのままの湊を見て判断しようとしたのだ。

 そして、一月以上みていて気付いたのが、湊は自ら能力に制限をかけて仕事の難易度を上げてしまっているということだった。

 乱戦で囲まれれば、銃を両手に持って別々の方向にいる敵を撃ち殺すなど、難しいが手っ取り早い方法を取ることもある。

 だが、狙撃銃で狙える場面でも、湊はわざわざ銃弾を掻い潜って接近し。敵を斬り殺すこともあれば、相手を地面に引き倒して、胸を踏みつけて銃で頭を撃ち抜くなど、どうにも回りくどい殺し方が多いように思える。

 仕事など、要救助者がいる場面でもなければ、ターゲットを迅速に処理して終えてしまった方が良いに決まっている。

 だというのに、湊は何かの意図を持って、そのような変な仕事の仕方をしている。ミスは特にない上に、手間な方法を取っている割に常人より仕事はむしろ早いので、ラースとしては別に今のままでも構わないという想いはあった。

 だが、これも良い機会だからと、湊がどうして殺し方にこだわっているのか尋ねようと口を開きかけたそのとき、

 

「……ん? おっ、あれは!?」

 

 ラースはまだ整備されていない銃の中にある物を発見し、視線はそちらに釘付けのまま、興奮したように屈んだまま手招きをして、突撃銃のFN F2000を整備していた湊を呼んだ。

 

「姫、姫、姫っ! おまっ、あれどっから手に入れて来たんだよ!」

「……五月蝿い、姫って呼ぶな」

「どうでも良いだろそんなの! なぁ、絶対に壊さないって約束する。だから、触って良いか?」

 

 整備している傍で騒がしくしている相手にイラつきながら、湊が呼び名に文句を付けるも、ラースは興奮した様子のまま、一切話を聞かずに返してきた。

 ラースの急な変わりように、レベッカだけでなく、ずっと話している湊らを傍で眺めていたバーバラとチャドも不思議そうにしている。

 だが、相手がどの武器をそんなに見たがっているのかは分からないが、ラースの態度が気に入らなかった湊は、ばらしたパーツを磨きながら冷たく言い放った。

 

「触るな。加齢臭がうつる」

「武器にんなモンがうつる訳ねえだろ!」

「加齢臭がうつるのに武器とか関係なくない? お父さんとかセルゲイとか、オッサンが触ったのってオッサンの臭いやっぱする気がするし」

「うるせー! お前の洗濯物、俺らのと一緒に洗うぞ! それが嫌なら黙ってろ!」

 

 直前まで湊と喧嘩していたレベッカが、変なタイミングで湊側に立った発言をしてくるとは思わず。ラースは武器を見たいあまり声を荒げて娘を黙らせた。

 だが、急に興奮して一人で騒いでいるのはラースであるため、この場においておかしいのは父親だとはっきり断言できる。

 故に、レベッカは少しむっとした顔をすると、通信機を持って離れて行った。

 

「なぁ、頼む! 傍で見るだけでも良いから。な?」

 

 自分の娘が去って行ったことにも気付いていないラースは、眼を血走らせ、段々と呼吸も荒くなり、本当に危ない不審者のようになってゆく。

 持ち主の許可なく武器に触れないのは、プロとして守るべき最低限のことは忘れていないかららしいが、傍らで見ている者には、それが破られるのも時間の問題のように思えた。

 そして、武器に釘付けになったまま頼んでいても埒が明かないと思ったのだろう。ラースは振り返って湊の肩に手を置くと、相手が武器の整備中というのも構わず、顔を寄せてさらに懇願した。

 

「姫、頼むって。ちょっとだけ、先っぽだけで良いから! ほら、触らせてくれたら小遣いやるから」

「あの、ラースさん。小狼君も嫌がってますし、そろそろ止めておいた方が……」

 

 流石に、五十になろうという男が、いくら大人びていると言っても実年齢が中学二年生の男子に言い寄っていることに見かねて、表情を強張らせたバーバラが止めた方がいいと後ろから声をかけた。

 けれど、ラースは蒼い瞳になっている湊の肩を掴んだまま、視線も湊の方に固定して荒い口調で言葉を返した。

 

「黙ってろ! 男にはどうしても譲れないときがあるもんなんだよ!」

「ほう……なら、そのために死んでも悔いはないよな?」

 

 ラースが怒鳴った直後、底冷えするような殺気の籠った声が聞こえ、さらに拳銃のスライドを引いて弾丸を薬室に送り込む音まで聞こえてくる。

 聞き慣れた武器の音と、先ほどまでいなかったはずの第三者の声に、ラースも冷静さを僅かに取り戻して振り返った。

 

「い、イリス……」

 

 振り返って自身の置かれた状況を把握したラースは、湊の肩を掴んでいた手を放し、引き攣った顔で急に現れた者を見つめる。

 そこには額に青筋を浮かべ、怒りで瞳孔が開いた状態のイリスが、ラースの頭部に銃口を向けて立っていた。

 イリスの背後には呆れ顔のナタリアと、通信機を持ってアカンベと舌を出しているレベッカがいることから、先ほど離れて行ったレベッカが二人をここへ呼び出したのは明白だった。

 しかし、レベッカが二人を通信で呼んでいたことも、自分が湊に頼みこんでいる姿を見られていることも知らなかったラースは、いつ引き金を引いてもおかしくないイリスを見ながら、ただ恐怖で冷や汗を掻くことしか出来ない。

 

「あんだけ、小狼は男だって説明したのに襲いかかりやがって。クソじじいが、楽には殺さねえから覚悟しろよ」

「本当に残念だわ、ラース。貴方のことは部隊でも特に信頼してたのに、まさか、実の娘の前でボウヤに襲いかかってしまうなんて」

「ご、誤解だ! 俺は別に姫には何もっ」

「ゴカイもロッカイもあるか! 触らせたら小遣いやるだとか、先っぽだけで良いからなんて、盛った猿の常套句並べて掴みかかってただろうが! まずは、股間についた粗末なそのデリンジャーを吹っ飛ばしてやるよ」

 

 言うなり、イリスは本当に躊躇いなくラースの股間に銃口を向けて引き金を引いた。

 

「あぶねぇッ!?」

 

 だが、ラースも誤解で性犯罪者の烙印を押されたまま、自らの男としての象徴を失う訳にはいかないので、多少筋を痛めることも無視して、湊の後方の何も置かれていない空間に跳んで回避した。

 青いビニールシートに穴を開けて硬い床に当たった弾丸は、そのまま兆弾してしまったので、湊は武器や他の者に当たる前に跳ねた直後を狙って横からナイフで弾く。

 仲間を躊躇いなく撃つ女と、そんな状況でも冷静に神業で対処する少年。第三者の立場であれば、どちらも普通ではないと感じるところだが、緊迫した状況は冷静な判断を周囲の人間からも奪う。

 湊の武器類を傷付けないよう、起き上がって間を縫うように走って距離を取ったラースは、壁際に立ち両手を挙げて弁明した。

 

「ま、待てイリス。俺は姫の持ってる銃を見せてくれって頼んでただけなんだ」

「間抜け、普通の人間はそんくらいで男を襲おうとはしねぇんだよ。おい、小狼。そこのミニガンでアイツ撃ち殺していいぞ。アタシが許可する」

「ちょ、おまえ、そんなので狙われたら本当に死んじまうだろうが! 冗談じゃ済まないぞ!」

「冗談じゃねえよ。さっさと死ね」

 

 今度は死ねと言いながら、イリスは連続で二発撃つ。それらは共にラースの心臓を狙ってきていたので、今は防弾ジャケットも装備していないラースは、必死で避けるしかない。

 咄嗟に跳んで弾をやり過ごし、前方回転受け身でダメージを軽減させつつ、次の弾丸が飛んでくる前に走って距離を取る。

 狙撃銃の弾丸の飛来に比べれば十分避けられるレベルだが、距離を考えると音が聞こえてから避けていたのでは間に合わない。

 だからこそ、ラースは必死に逃げながらも、イリスの構えた銃の向きと、引き金を引く指の動きを注視した。

 

「い、イリス、本当に誤解なんだ。ずっと傍で見てたバーバラ達が証人だ」

「……バーバラ、あのクソじじいは嫌がる小狼に掴みかかった。これで間違いないよな?」

「待て! 結果的にそうだったかもしれないが、その話にはそこに至る過程が完全に抜けてるだろうが」

 

 この場においてラースが生き残るには、キレているイリスの誤解を解いて、湊を襲おうとした訳ではないと説明する事が重要になってくる。

 だが、イリスの質問では、最終的にどのような状態になっていたかの確認しか出来ない。

 それでは、ラースは弁明も何も出来ないので、質問の内容がおかしいと指摘し、相手がまた話を複雑にする前に自分で保証人に説明を求めることにした。

 

「チャド! 俺は初めから姫の武器を見してくれって言ってたよな?」

「まぁ、そうだね。どれかは分からないけど、小狼君に武器を触らせて欲しいと頼んでいたよ。けど、その前に少し意地悪な質問をしていたから、小狼君に断られていたんだ」

 

 チャドの説明で一応の誤解が解かれイリスは僅かに銃口を下げる。

 しかし、性犯罪者ではなかったものの、ラースが湊に何かしたことには違いない。

 そうして、銃口をとりあえずは下げたが、イリスは相手を冷たい瞳で射抜きながら、チャドに質問をぶつけた。

 

「意地悪な質問ってなんだ?」

「小狼君が沢山武器を持っている理由についてだよ。揃えた武器は不安の表れと見て良いかってね。力を隠しつつ武器なんかで補ったつもりになってると、いつか足を掬われてしまうとも言ってたな」

「クソじじいがっ!!」

 

 日本に住んでいる少年が、この歳で人殺しも含めた仕事屋をやっているなど、普通に考えればまずあり得ない。

 食いぶちに困って堕ちたのならまだ分かるが、湊は着ている服も、使っている武器類も高級品や純正品ばかりで、それほど金に困っているようには見えない。

 ならば、金銭面以外での理由があるに違いないので、本人が話していないのなら、過去を暴くような質問はここではご法度であり。ラースの質問がそれに抵触するもので、イリスが余計なことをするなと怒るのも無理はなかった。

 

「ぬおっ!?」

 

 怒鳴って再び構えたイリスの銃から、今度は三発の弾丸が放たれる。ラースはそれを横っ飛びから、続けて地面を転がり続けてなんとか避けきる。

 イリスが仕事中のように冷静であれば、一発目を威嚇、二発目を退路の制限、そうして逃げ切れなくなった相手に三発目でヒットさせていたに違いない。

 そのことを考えれば、イリスが湊に関する事で冷静さを欠いているのは、ラースにとって非常に幸運なことであった。

 しかし、いつまでも知り合いから命を狙われ続けるのは、始まりが性犯罪者だと勘違いされていた事もあって、何とも心にくるものがある。

 状況を改善するため、硬い床の上を転がって痛む身体に手を当てて立ち上がったラースは、両手を再び挙げてゆっくり湊らに近付きながら口を開いた。

 

「本当にすまん。余計なことを言ったのは謝る。だから、どうか銃を仕舞ってくれ」

「ゴメンで済めば警察はいらないんだよ。謝罪する気があるなら、去勢して誠意を見せろ」

「いや、それもどうよ。ほら、優しい姫はしっかり謝れば許してくれそうな顔してるぞ?」

「ボケ。小狼はそもそも生理的に男が嫌いなんだよ。クソじじいなんて視界に入るだけで吐き気がするって言ってたぞ」

「……マジで?」

 

 心底呆れたように吐き捨てたイリスの言葉に、その場にいた全員の視線が湊に集まる。

 本人はまわりの騒ぎに飽きたのか、ラースのせいで中断していた武器の整備を再開していたが、女性に優しい場面を何度も見ていただけに、他の者はイリスの言葉が真実のように思えた。

 一同がジッと湊を見つめ、事の真偽を知りたがっていると、本人も周りに見られていることに気付いたのか、顔をあげて静かに告げる。

 

「……別に吐き気はしない。ただ、性的な意味で、女より男に襲われかけた回数が多いから、男に触れられるのは気分が悪い」

「ほら、オマエや同類のせいで小狼はトラウマ作ってるんだよ。分かったら誠意見せろ。去勢した上で、二度と視界に入りませんって誓約書も書け」

 

 別に襲われかけただけで、男には腕や肩に触れる以上を許した事はないのだが、彼女の中では湊はかなり酷い目に遭わされかけた事があるとなっているらしく。イリスは湊のナイフを一本拾ってラースの傍に落ちるよう放り投げた。

 麻酔もなく、この場で直ぐに自分の男の象徴を切れとは、なんとも惨い命令だ。

 第三者の立場であるチャドですら、いくらラースが悪いと言っても同情を禁じ得ないほどで、仮に実行に移すならばトラウマになりそうなので別室に行って欲しいと思った。

 それはナタリアを除く他の女性陣も一緒で、実の娘であるレベッカなど、両親とも母親になるのは嫌だと、唯一、いまイリスをコントロール出来る湊に助けを求める。

 

「ね、ねえ、イリスさんを止めてよ。私、親が両方とも母親とか嫌なの。ほら、胸を触ってきたの許してあげるから、お願い」

「……ラースが触りたがってた銃をお前が試射するなら許す。自分は触れない状況で、娘が楽しげにそれで遊んでいたら、さぞ面白くないだろうからな」

「ホント? それぐらい全然OKよ。じゃあ、イリスさんを止めて」

 

 随分と子供じみた嫌がらせだが、レベッカは自分に特に不利益がなかったので、素直に湊の出した条件を呑んだ。

 それを確認した湊は整備を終えたばかりの銃を組み上げ、整備が終わった方へ置きながら言葉を発した。

 

「イリス、貰ったあのバイクの整備を手伝って欲しい。ラースはナイフを返しにきて、お前が言ってた銃がどれか教えろ」

「整備? 別にいいけど、そんなにイジるとこなかったろ」

 

 イリスには少年の声で、ラースには仕事中のような冷たい声色で話しかけると、すぐにイリスは普段通りの表情で湊のもとにやってきた。

 本人も気付いていないような変な甘え方はするが、普段から人に頼らない湊が手伝いを頼むなど珍しい。

 だからこそ、イリスは頼られてしまうと、それを叶えてやりたくてしょうがなくなるのだ。

 相手の善意を利用して意図を気付かせずに動かす、そんな湊のやり方を腹黒いと感じながら、他の者は二人のバイクをいじる姿を眺め。

 ようやく身の危険が消えたラースも、湊のナイフをブルーシートに戻してから、自分が見たいと思っていた銃を湊に伝えて、そのまま湊が整備を終えるのを見ていたのだった。

 

午前――“蠍の心臓”・屋外射撃場

 

 ガレージでの一件を湊が治めると、その後、数十個ある装備の整備を全て終わらせて、湊は他の者も連れて屋外の射撃場にやってきていた。

 蠍の心臓の本部は、敷地内に滑走路や訓練施設を多数揃えているため、屋外射撃場には狙撃銃用に百メートル刻みに三キロまでターゲットを設置出来る場所もある。

 そうして、整備を終えた狙撃銃の照準を確認するため、イリスの命令でラース・パトリック・セルゲイの三人は、車で湊の使うターゲットを設置させられた。

 準備が終わって戻ってきても、湊は三人に労いの言葉もかけずに、さっさと銃のセッティングを始めてしまう。

 しかし、すぐ後ろにセーフティーを解除した拳銃を持った保護者が立っていたため、三人は「……どうぞ」と場所を譲ることしか出来なかった。

 

「ふふっ、子どもらが並んで遊んでると微笑ましいねえ」

「……遊びにアンチマテリアルライフル使って、二キロヒットさせる子どもがどこにいるのよ。まぁ、貴女には微笑ましいのかもしれないけど」

 

 お互いに二メートルほどの距離を開けているが、並ぶように寝そべって射撃をしている湊とレベッカを見て、イリスは嬉しそうに笑う。

 だが、湊の使っている銃がDENEL NTW-20/14.5という、バレットM82A1よりも凶悪な対物ライフルであったため、ナタリアは双眼鏡で二キロ先のターゲットが吹き飛ぶ様を眺めて、これのどこに微笑ましさがあるのかと聞きたくなった。

 確かに、最初は不仲だった二人が、並んで寝そべっている様は仲が良いように見えなくもない。

 しかし、レベッカが参加しているのは、湊によるラースへの嫌がらせのためだとナタリアは知っている。

 今もラースは、娘が憧れのワルサーWA2000を使ってお粗末な射撃を繰り返すのを見て、まるでリングサイドのセコンドやビール片手に野球中継を眺めるオヤジのように口汚く文句を言っている。

 

「だーっ、違うだろ! なんで、そいつを使って外すんだよ! 才能がないなら俺に代われ、そいつの本当の性能を見せてやるから!」

 

 ワルサーWA2000は全長九十センチ程度に対し、機関部をストック部分に収めるブルパップ方式を採用する事で、銃身を六十五センチも確保しながら取り回しもし易くなっている。

 さらに高精度な部品を使うことで、自動式でありながらボルトアクション並みの命中精度を誇る非常に優秀な狙撃銃である。

 しかし、軍や警察など公的機関向けに開発したものの、高精度な部品を多数使っていたため、一挺辺りの価格が当時で7000ドルと高価で、民間モデルの価格はその倍程度となり、ほとんど売れずに1985年から1989年の間に一五〇挺や一七〇挺しか作られなかったと言われている。

 現在では、性能の高さやその特徴的な外観から根強いファンも多くいるため、生産数の少ないこともあって、マニアの間では数万ドルから数十万ドルで取引される事もあった。

 ちなみに、このワルサーWA2000は前期型と改良した後期型が存在するが、生産数はその両方を合わせての数である。

 湊が持っているのは実はその両方で、これは前に蛍丸をくれた美術品コレクターの富豪が二挺ずつ持っているからと、銃も扱うなら使うかも知れないだろうと譲ってくれたものだ。

 今もそのコネクションは生きており、たまに助けたヒストリアという名の少女の方からメールがくることもある。娘を助けた恩人の願いなら、富豪の男性はいくら掛かっても叶えようとするだろう。

 ラースは湊と良好な関係を築けていたなら、ずっと博物館や知り合いのコレクターに見せて貰うことしか出来なかった品を、実機一挺分の値段で両方とも譲って貰えたかもしれない。

 だが、余計なことをして嫌われた以上、もうその願いは叶う事はない。目の前に現物がありながら、絶対に触れる事は出来ない絶望を味わいながら、ただ黙って見ていることしか出来なかった。

 

「あー、この銃つまんないわ。お、M2じゃん。ねえ、そっち貸してよ」

 

 湊は“クリック調整”や“零点規正”と呼ばれる照準の設定を数発撃って済ませると、すぐに次の武器の確認に動いていた。

 新たに取り出されたのはブローニングM2。本来は軍用機や装甲車両を落とすような重機関銃だが、スコープを取り付けセミオートに設定すれば非常に優秀な狙撃銃に早変わりする代物だ。

 そんな物を準備してスコープを眺めながら湊が調整していると、一キロ先のターゲットにも当てられなかったレベッカが、そっちを試したいと言ってきた。

 一キロ先の物に当てられなかった人間が、それ以上の距離を狙おうという武器を使えるとは思えない。けれど、五発撃って調整が上手くいったことを確認した湊は、素直に場所を譲ってやった。

 

「へっへーん、しょぼい狙撃銃より、やっぱ重機関銃とかアンチマテリアルライフルの方が燃えるのよねー」

「……後ろで父親が泣いてるぞ」

 

 場所を換わり、湊はレベッカが使っていたWA2000二挺の再調整を済まして、試射で調子を確かめた。

 日本とは気候が違うので、土地が変わればまた調整する必要があるが、とりあえずは現在の調整で使う事が出来る。

 そうして、武器をマフラーに戻して別の武器の調整に移ろうとしたのだが、振り返ってみるとラースは娘がWA2000を貶したことで、歯軋りをしながら怒りに震えて涙を流していた。

 銃に思い入れのない湊には分からない感覚だ。しかし、ラースの隣にいるセルゲイとパトリックがラースの肩に手を置いて頷いていることから、他の男性陣には何か共感するものがあったらしい。

 湊はイリスから、『勝つためなら、武器も技術も使い捨てるぐらいで丁度いい』と教わった。そのイリスの古巣の人間がそうではないらしいので、イリスはここでは異端な存在だったようだ。

 

「おー、あたったー! ねえねえ、ほら、ちゃんと二キロ先に当たったわよ!」

「……良かったな。次は世界記録越えの2.5キロに挑戦してみろ」

「うん!」

 

 言われて素直にレベッカは次弾を装填して、狙いを2.5キロ先のターゲットに移した。

 これではどっちが年上か分からないが、後ろで見ているパシリの男性陣三名以外は、二人のやり取りを笑顔で見ている。

 レベッカはスコープを使ってターゲットに当たったことを確認していたが、湊はその瞬間を見ていなければ、現在はバレットXM109の準備をしているため、スコープを覗くことは出来ない。

 けれど、顔をあげてターゲットの方に視線を向けたことから、驚異的な視力によってちゃんと肉眼で確認はしたのだろう。

 ならば、湊も適当に相手をしている訳ではないので、二人の関係が良好なら、ナタリアは一緒に街へ連れて行っても良いかもしれないと、当初の予定を変更して私兵全員で出掛けることを考えた。

 

「ボウヤ、調整が終わったら街へ行くわ。前に知りたがってたヘリの操縦も教えてあげるから、早く終わらせて着替えてらっしゃい」

「……どうせなら、ヤンに教えて貰いたい。おばさんの説明は正直分かり辛いから」

「はいはい。それでいいから、行動は迅速によ。レベッカはボウヤの手伝い、他の隊員はハンヴィーをヘリに積み込んで。ラース、後でボウヤに試射させてくれるよう頼んであげるから、顔を洗って準備して」

「っ、了解! ボス、約束ですよ。片方だけじゃなくて、両方ですからね!」

 

 ナタリアの言葉で復活したラースは、作戦行動中のような真剣な瞳で念押しして去って行った。

 非常に信頼できる男で、腕も確かなのだが、どうにも癖が強いところがある。長年の付き合いで分かってはいるものの、部隊の他のメンバーも若い世代を中心に負けず劣らず個性的な者が集まっている。

 実力と人格を基に自分で選んだ面子だが、こうにもフォローに回る機会が多いと、流石に何かしらの制約なり罰則を設けるべきか悩んでしまった。

 そうして、頭を押さえつつ準備に動く隊員と、二人で並んで調整と狙撃を繰り返している湊たちを見てから、ナタリアもイリスと共に宿舎の方へと一度戻って行った。

 

 

 


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