【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百九十九話 エレボス

影時間――宇宙

 

 封印の扉へと手を伸ばす滅びの意思より生まれた化け物。

 これまで出会ってきたシャドウは勿論、七歌たちが戦ったニュクス・アバターよりも遙かに巨大な双頭を持つ異形。

 あれこそが心の海に封印されていたニュクスを現世へ呼び出した元凶だ。

 人々の負の感情、死を知りたがり、死を求める心が集まって、世界の滅びを求める存在としてこの世に生まれたアレが干渉した事で呼び声に応えてニュクスは降臨した。

 人間に近い骨格の上半身二つを繋いだ不気味な見た目は、本当に人々の心から生まれた物なのかと疑わずにはいられない。

 だが、それは現実として存在し、今尚滅びを求めているのか新たな封印へと手を伸ばしている。

 このままでは拙い。そう叫ぶ綾時の声に反応して全員が化け物を止めようとペルソナを呼び出そうとした。

 けれど、敵の黒い巨腕が扉に触れる前に、蛍火色の光の中から現われた青年の放つ剣閃によりその腕は弾かれた。

 黒いマフラーを首に巻き、青白い光の紋様が浮かび上がった大剣を左手に持つ姿は、どうあっても見間違えようがない。

 現実世界の裏側に存在する影時間、そのさらに奥に存在する心の海。隠世とも同一視される場所へニュクスと共に旅立ったはずの青年“有里湊”がそこにいた。

 扉を背に守るように立っていた青年は、何もない空中を蹴って飛び出すと大剣を両手持ちにして敵へと斬りかかる。

 先の剣閃を受けた敵はその武器が己に届き得る物だと理解したのか、巨体を活かして大きく後退することで青年の攻撃を回避すると、攻撃が不発に終わった青年に向けて力任せに右腕を振るう。

 両者の体格差は数百倍、それだけの差があれば獣のような本能頼りの攻撃でも肉体の基本性能だけで相手を圧倒出来た。

 攻撃を避けようと青年は超人的な反応を見せるが、ビルのように巨大な腕が自分目掛けて伸びてくれば完全に避けきることは出来ず、咄嗟に構えた大剣に敵の腕が掠って大きく弾き飛ばされる。

 弾き飛ばされた青年は見えない地面を数十メートル転がりつつ、その勢いを利用しながら立ち上がると、再び敵へ挑むべく駆け出して相手の腕を狙って斬りかかっていった。

 

***

 

 離れた場所からそんな戦いを見ていた七歌たちは、事態の変化に思考が追いつかず必死に目の前の事を理解しようとする。

 数時間前にダンジョン最奥で出会った番人の彼と違い。今自分たちの視線の先で戦っている彼には確かな個と命を感じる。

 具体的な根拠などはなく上手く説明する事も出来ないが、彼は間違いなく有里湊本人だと感覚的に全員が理解出来ていた。

 だが、だからこそ今の彼の状態は分かる者には分かるらしく、綾時は苦痛に耐えるように顔を歪ませ、メティスは頭を抱えてその事実を受け入れられないとばかりに取り乱す。

 

「待ってください、そんな、だって普通そんな事なんてっ」

 

 事情をある程度予想していたはずの二人がどうしてそこまで動揺しているのか。

 他の者たちは彼の出現も含めて事態が飲み込めておらず、どう行動するべきかも悩んでいる状況だ。

 自分たちは過去に来ている訳だが、あの戦いに参加しても良いのか。参加してしまえば歴史が変わってしまうのではないか。

 けれど、如何に彼が規格外の強さを持っていようが、大剣一本で巨大な化け物に勝てるわけがない。

 何故彼がペルソナを使わないかなどの疑問は置いておき、状況を少しでも変えるため美鶴は声を張り上げて綾時たちに正気に戻るよう呼びかけた。

 

「望月、メティス、我々にも状況を説明してくれっ」

 

 大声で呼びかけ、さらに他の仲間たちも二人に視線を送った事で、綾時たちも少しだけ冷静になったのか深く息を吐いて呼吸を整える。

 視線の先では今も彼が戦っており、旗色が悪いのも見ていて分かる。

 だからこそ、今はしっかりと情報の共有をして次の行動に備えるべきだと、綾時も自分に分かる範囲で皆に話し始めた。

 

「……僕たちは湊がニュクスを封印したと説明していたけど、それは正確な表現ではないんだ。そもそもニュクスに封印は必要ない」

「はぁ!? 何言ってんだ。実際にオレたちの世界はニュクスに滅ぼされかけたじゃねえか!」

「ああ、結果だけで言えばそうなる。でも、あれは滅びの意思であるエレボスが干渉し、それに答えた結果世界が滅びようとしただけで、ニュクス自身にはこの世界への害意は存在しないんだ」

 

 あそこで彼と戦っている異形の名はエレボス。

 人類の負の感情や死を知りたがる心が集まり、滅びを求めて死の神であるニュクスを呼び出す存在として生まれた物だ。

 あれだけの化け物が人類の意思だと干渉してくれば、ニュクスがそれに応えようとしても無理はないと全員が一応の納得を見せる。

 しかし、世界を滅ぼそうとしたニュクスが真の意味では敵でなかったとするならば、それを封印するために命を使った彼に何の意味があったのか。

 まさか彼の行動が無駄な犠牲だったとでも言うつもりかとゆかりが綾時らに食ってかかる。

 

「じゃあ、有里君の犠牲は無駄だったって事? あの封印の扉も無意味で、有里君は何の意味もなくその命を使ったとでも言うわけ?!」

「違います。兄さんは滅びの原因をちゃんと分かっていたんです。ニュクスのせいじゃない。今あそこにいるエレボスが原因だって。だから、兄さんは世界を守るために、エレボスからニュクスを守るための封印を作ったんです」

 

 彼の行動にはちゃんと意味があった。怒りで興奮するゆかりにメティスはしっかりと伝える。

 ニュクスが地球に対する害意を持っておらず、エレボスの干渉が原因で滅びを齎そうとしていた。

 死を視る事が出来るほど理解していたが故に、誰よりもニュクスの事を知っていた青年も当然その事には気付いていた。

 だが、エレボスは人々の心の暗部が自然と集まり形を持ったものだ。自らの意思でそれらを思う者もいれば、無意識のうちに心の中に溜め込んでしまう者もいる。

 人がこの世界で生きている以上、そういった想いは死を超越しない限りなくなりはしないだろう。

 そして、人間の魂一つで施せる封印などたかが知れており、強大な力を持つニュクスの封印をしてもそう遠くないうちに封印は壊れる。

 なら、ニュクスよりも遙かに力の弱いエレボスの干渉を遮断する結界ならばどうか。

 湊の魂の強度は常人よりも遙かに強い。それこそ、人類の総意を個の意志ではね除けてしまうほどに。

 彼が創り出した封印の扉はニュクスを封じる物ではなく、エレボスの干渉からニュクスを守り、そうして人類を滅びから守る物。綾時とメティスはここへ来るまでそんな風に考えていた。

 

「けど、僕もメティスも読み違えていたんだ。僕らはニュクスに触れさせないための封印だと、遮断結界としての封印が施されていると思っていた。だから、封印の力を高める核となるものが扉にない事に困惑した」

「でも、ようやく分かりました。あの封印は遮断結界じゃない。あれは、脅威が迫る度に自分自身を守護者として呼び出す事で脅威を排除する攻性防壁だったんです」

 

 そう、綾時もメティスも彼の性格を読み間違えていた。

 大切な者のために人類と敵対する事を厭わない青年が、ただ耐え続けるだけの壁になどなるわけがなかった。

 遮断結界としての要石がなくて当然、その要石になるはずの魂は封印に干渉しようとする脅威を排除するための守護者として現われる仕様になっていたのだから。

 それを聞いて思わず息を飲んだアイギスだったが、聞き流せない単語は混じっていた事ですぐに確認のため聞き返した。

 

「待ってください。今、脅威が迫る度と言いましたか? 二人がエレボスと呼ぶあの敵は一体ではないのですか?」

「残念ながら違います。別個体という事にはなるでしょうが、あれは人類が負の感情を持つ限り永遠に生まれ続けるものです。またエレボス以外にも封印に干渉しようとする者がいないとは限りません。ストレガみたいに自分たちで滅びを起こそうとする異能者もいますから」

 

 何が原因で再び滅びの脅威が迫るか分からない。

 それ故の攻性防壁。彼は滅びを齎すニュクスを傍で監視し、それに近付こうとする存在を自ら排除する事で世界を守る事を選んだ。

 不老である彼ならば仲間たちとその子や孫が生きている間は十分に役目を果たす事だろう。

 さらに未来となると分からないが、彼が守りたいと願った“世界”は守られる。

 だが、それを聞いた真田はそんな理不尽な事があって堪るかと叫んだ。

 

「なら、あいつはこれから一生ここで敵と戦い続けるというのか。ふざけるな! あいつのおかげでニュクスを退け、世界の平和を取り戻せたんだぞ! なのに、どうしてあいつだけ戦い続けなきゃならないんだ!」

 

 本人は全てを分かった上で選んだのだろうが、世界が平和になった裏で仲間が今も独りで戦い続けていると知って冷静でいられる訳がない。

 他の者たちも何か救う手段はないのかと視線で伝えてくるが、残念ながらそんな手段はないんだと綾時が答える。

 

「……残念だけど、あの封印はユニバースの力を使ってのものだ。滅び行く世界に文字通りに“奇跡”を起こした力だ。ニュクスであっても何十年、何百年とかかってようやく破壊出来る可能性があるような封印なんだよ」

「なら、私たちに出来る事は何もないって事?」

 

 ゆかりの問いに綾時はゆっくりと頷いて返す。

 彼だって出来る事なら封印を破って湊を助けたいのだろう。

 あれは人類を守る封印であると同時に、彼を人類存続のためだけに永劫縛り続ける呪いだ。

 自分たちに未来をくれた恩人をそんな地獄に縛り付けておくなど出来るはずがない。

 けれど、ニュクスであっても破壊に時間のかかる封印など、ペルソナというニュクスの欠片から生まれた異能しか持たない彼らでは破るのは不可能。

 あの戦いの結末がどのような形で果たされたのか。その真実を知る事は出来たが仲間たちの表情は暗い。

 目的を果たした以上、後は寮に戻るだけ。

 動かない仲間たちに綾時が何と声を掛ければいいか悩んでいると、キッと顔を上げた七歌が強く握り締めた薙刀を掲げて声を張り上げた。

 

「全員、戦闘準備! 今すぐ私たちは加勢するから武器を構えて!」

 

 七歌の声を聞いて他の者たちもハッとして顔を上げる。

 そうだ。自分たちにはまだ出来ることがある。視線の先で今も戦ってくれている彼の援護なら自分たちにも出来るはずだと瞳に力が宿る。

 風花がその場でユノを召喚し、敵を解析しながらこの場にいる全員(・・)に通信を繋ぐ。

 

《エレボスは全ての魔法属性に耐性を持っています。光と闇は効かないから注意してください》

「なら、八雲君みたいに物理メインでいくのが正解って事か。私たちは逆側の顔を狙っていくよ。アイギスとメティスは八雲君側のカバーに回って!」

 

 七歌の指示に従ってそれぞれが動き出す。本当なら自分も彼の方へと行きたいのだろうが、戦力の偏りを防ぐため、七歌はアイギスとメティスだけを彼の方へ送り出した。

 指示を聞いたアイギスは心の中で七歌に感謝し、呼び出した鳥型ペルソナである太陽“スパルナ”に二人で掴まって高速で接近すると、途中で手を離しつつスパルナを敵の頭部へ突撃させる。

 今まさに湊に向けて拳を降ろそうとしていた敵は、突然の横槍にバランスを僅かに崩す。

 もっとも、相手は恐ろしく巨大なため勢いをつけた突進であっても転倒させるには至らない。

 それでも僅かにバランスを崩して攻撃のタイミングがズレた事で、湊の回避が十分に間に合って敵は何もない空間に拳を振り下ろすに終わった。

 

「姉さん、こっちで仕掛けます!」

「了解。スパルナ、ディアラハン!」

 

 振り下ろされた腕にメティスが接近してハンマーを叩き付ける。

 その間にアイギスはダメージを負っている湊に回復スキルをかけて治療した。

 近くで見れば彼があの日と全く同じ姿をしている事が分かる。

 戦いが終わって二月経った自分たちと違って、彼はあの日封印となってすぐにエレボスとの戦闘に呼び出されたのだ。変わっていなくて当然だ。

 しかし、だからこそここにいる彼が正真正銘の本物なのだと理解出来た。

 過去の世界で出会った彼ではなく、自分たちと共に影時間を戦い抜いた仲間との再会に思わず視界が滲んでくる。

 何か言わねば。そう思うのに言葉が出てこない。せめて、自分たちも加勢する旨を伝えたい。

 そう思っていれば、武器を片手持ちに切り替えて大きく後方に飛び退いた湊の背中から伸びた半透明の黒い腕が、突っ立っていたアイギスを掴んで彼の許へと引き寄せた。

 突然の事態に混乱するも、黒い腕を消して右腕でアイギスを抱きとめた湊が口を開く。

 

「……戦闘中に別の事に意識を取られるな」

「え、あの……八雲さんからもこちらに干渉出来るんですか?」

「何を言いたいのか分からないが、六月の時と同じだ。扉を潜ってきた過去ならある程度は干渉出来る」

 

 目の前に自分の知る彼本人がいると感じていたのに、過去側の存在である湊に対して既に起きた過去の映像のようなイメージを持っていた。

 そのため、回復スキルで相手の治療が出来たというのに、アイギスは向こうからは自分たちに干渉出来ないと思い込んでいた。

 けれど、過去のポロニアンモールで彼と会話出来たように、文字通り過去に移動した事でこちらでも意思疎通だけでなく触れ合うことも可能だ。

 彼に抱きとめられて言葉を交わした事でアイギスもようやくそれに気付く。

 着地した湊はアイギスを解放すると持っている九尾切り丸に光を纏わせながら駆けだし、アイギスから十分に離れた位置でそれを振り抜いて光刃を飛ばした。

 九尾切り丸から放たれた光刃はエレボスの片腕に深い傷をつける。

 これまでダメージらしいダメージを与えていなかったが、初めて出来たその傷からは黒い靄が噴き出していた。

 シャドウにダメージを与えた時も傷口から同じような靄が出ていた事を覚えていたアイギスは、そこが弱所かとリストバンドから機関銃を取り出して弧を描くように駆けながら撃ち続ける。

 湊がつけた傷口にアイギスの攻撃が次々と着弾し、傷口から漏れ出す靄の量が少しずつ増えていく。

 そんな傷口を狙って攻撃してくる存在が鬱陶しいのかエレボスはアイギスに向けて殴りかかろうとするが、反対側で炎と雷の大きな爆発が起こり、こちら側の半身の攻撃までが中断される。

 

「メティス、気を引いて!」

「氷を落とします!」

 

 七歌たちが作ってくれた隙をついてメティスがプシュケイに巨大な氷塊を作らせる。

 エレボスの体格にすれば恐らくダメージ量はそれほどではないが、頭部に落とされれば面倒だと本能的に考えたのだろう。こちら側の半身は氷塊の落下地点から逃れるように身体を引いた。

 すると、向こうで戦っている半身が前進する事になり、予期せぬタイミングで大きく動いた事でバランスを崩す。

 気を引くどころか大きな隙を生み出した妹に内心で礼を言いつつアイギスはペルソナを呼び出した。

 

「ユルング、ガルダイン!」

 

 アイギスが呼び出した虹の蛇が放った風がプシュケイの氷塊に当たり軌道をずらす。

 軌道がずれた氷塊は転倒していたエレボスの頭部に落下し、起き上がろうとしていた敵を再び転倒させることに成功した。

 起き上がりかけたところを再び倒された事が予想外だったのか、エレボスは先ほどよりも起き上がるのに手間取っている。

 それだけの隙を見逃すはずもなく、光刃を放ってから気配を消していた湊が横から飛び出し、相手の頭上まで跳躍すると両手で大剣を振り下ろした。

 振り下ろされた大剣はエレボスの角と衝突し、数瞬火花を散らしてから角を叩き折る事に成功する。

 

《■■■■■■■■■■■■――――――ッ!!》

 

 エレボスの身体で数少ない物質として実体を持つ部位を破壊され、敵は痛みに叫びながら四足の獣のように転げ回る。

 相手の巨体でそんな事をされればアイギスたちは巻き込まれぬよう待避するしかない。

 けれど、湊は相手の動きを注視しながら叩き折った角をマフラーに回収し、それから距離を取ったかと思えばマフラーから先ほどの角を取り出している。

 相手の角など何に使うのか。そう思っていれば、湊の腕から黒い炎が噴き出して異形の巨腕を形成する。

 形成された巨腕で置かれていた角を掴み、腰の回転をしっかりと伝える体勢で構えると、湊はそれを綺麗なフォームで敵目掛けて投擲した。

 投げられた角は凄まじい勢いで飛んでゆく。よくもあんな巨大な物体が高速で飛ぶものだと感心するが、その飛んでいった角が転げ回るエレボスの左眼に突き刺さった時には驚愕を超えて戦慄した。

 相手には確かに目のような巨大な赤い球体がある。前後の頭部それぞれに二個ずつあって、湊たちの動きを追うときには顔を向けてきていた事から、それを使ってどちらの頭部も視界を確保して湊たちの対処をしていたに違いない。

 だが、口元の骨の上にそんな物が浮いていれば誰だって狙い目の弱点だと思うことだろう。

 一人でエレボスの相手をしているときは隙を作るのも難しかったようだが、他の者たちの助力もあって余裕が生まれれば彼は当初の予定通りにそれを実践して見せた。

 効果は抜群。目を潰された側の半身は両手で潰された目を覆って動けずにいる。

 本来なら足として使える半身の両手がそんな風に封じられれば、逆側の半身は満足に移動する事も出来なくなる。

 彼女たちがそんなチャンスを逃すはずもなく、一斉にペルソナが呼び出されると七歌の号令で同時攻撃が放たれたのが分かった。

 敵に魔法耐性があろうと関係ない。炎、氷、風、雷、極光がエレボスへと襲い掛かり、同時攻撃の威力に怯んで七歌たち側のエレボスが顔を逸らすように倒れ込む。

 すると、こちらのエレボスも引っ張られる形で体勢を変えることになり、横向きになったことでアイギスたちの正面にエレボスの脇腹が曝け出された。

 絶好のチャンス。ここで一気に決めてしまおう。

 アイギスとメティスはペルソナを呼び出して最大火力の攻撃を見舞った。

 確実に効いている。湊の投げた角で片目を失った事は勿論、あちら側でも敵が怯むだけの威力を叩き込んでいるのだ。これでダメージが無い方がおかしい。

 だが、このまま攻めきれると思ったのも束の間、風花から焦った様子の通信が入る。

 

《敵の体内で強力なエネルギー反応! 何か仕掛けてくるつもりです!》

 

 見ればガクガクと口元を震わせながら、エレボスは全身に黒い靄を纏い始めてた。

 体内にそれほどエネルギー反応があるのなら、恐らくは纏っている黒い靄を全方位に解放する事で攻撃してくるに違いない。

 遮蔽物のない状況で敵からの無差別攻撃は非常に危険だ。

 どうすべきか意見を求めるように湊の方を見れば、湊は敵の腕に光刃を飛ばした時と同じように九尾切り丸に光を集めていた。

 だが、先ほどとは規模が違う。光を纏う刀身の周囲が歪んで見えるほどに、湊は莫大な力を九尾切り丸に注ぎ込んでいる。

 彼もこの一撃で仕留めようとしているのだろう。

 だが、エレボスも力を溜め込んで全身が震え始めており、攻撃するなら急がなければならない。

 

「八雲さん!」

 

 急かすようにアイギスが呼びかければ、

 

「はあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 直後、湊が逆袈裟に振り抜いた九尾切り丸から、赤と黒という二色の光が複雑に混ざり合った刀身が伸びた。

 それはかつて湊が虚無属性と名付けたニュクスが司る死の力の性質を持つもの。

 死の力を宿した刀身はエレボスに匹敵する巨大な光の剣となり、青年が振り抜いた勢いのままエレボスを切りつける。

 力を溜め込んでいたエレボスに触れる直前、バチリッ、と何かが弾ける音が聞こえるも剣はそのままエレボスの身体に食い込んで容赦なく切り裂いてゆく。

 その内包していた力ごと殺し尽くすと言わんばかりに、巨大な光剣がエレボスの身体を切り進むほど敵の存在の力が弱まっていくのを感じる。

 人々の負の心が集まり神格を持って生まれた化け物と言えども、上位神たるニュクスと渡り合った青年の放つ全力の一撃には耐えられなかった。

 そうして、光剣によりその身体が完全に分断されると、エレボスはどこか恨みの籠もった呻き声を上げながら静かに消滅していった。

 

「はぁ、何とか勝てましたね」

 

 目の前にいた脅威が排除され、アイギスもようやく一息つけると安堵の息を漏らす。

 反対側にいた七歌たちもどこかやりきった表情で駆けよってきて、全員が合流したところで湊に声を掛けようとした。

 けれど、アイギスたちが彼に声を掛けようと振り返ると、先ほどまで沈黙していた封印の扉が僅かに開き、そこから伸びてきた無数の黒い腕が彼の手足を掴んだ。

 

「八雲君っ!?」

「何だって言うのよっ」

 

 声をあげた七歌とチドリだけでなく、他の者たちも驚きながらも彼を掴む黒い腕に攻撃を仕掛けようとする。

 折角会えたのだ。共に戦った自分たちの仲間である彼本人と。

 記憶のダンジョンを攻略し、エレボスという強敵を倒して、そうしてようやく会うことが出来たというのに邪魔される訳にはいかない。

 それぞれが呼び出したペルソナが封印の扉から伸びている腕にスキルを放つ。

 次々と着弾し、確実に破壊したという手応えも感じた。

 だが、攻撃の余波で発生した煙が晴れると黒い腕は健在で、それだけでなく攻撃を受けたためかさらに扉の隙間から多数の腕が伸びてきて湊の全身を掴んだ。

 一体それは何なのか。本能で危険な物だと理解しつつも、彼を掴んでいる腕の正体にまるで想像がつかない。

 掴まれている本人はどこか諦観した表情をしており、九尾切り丸をマフラーに仕舞いこむと顔を上げて口を開いた。

 

「お前たちは未来へ行け」

 

 そう告げた直後に黒い腕が彼を引き寄せ封印の扉へと戻ろうとする。

 やめろ、彼を連れて行くな、アイギスたちは手を伸ばすも間に合わない。

 

「有里君っ!!」

「八雲さんっ!!」

 

 名前を呼んで、必死に手を伸ばして追いかけようとするが、追い付く前に黒い腕は彼を封印の扉の向こう側へと連れて行ってしまう。

 どんどんと距離が離れて行き、そして僅かに開いた扉の隙間へと引きずり込まれる直前、しっかりとアイギスたちの事を見ながら小さく笑って彼は言った。

 

「……希望は残してある。後はお前たち次第だ」

 

 それだけ言い残して彼は扉の向こうへと消えていき、僅かに開いていた封印の扉も完全に閉じてしまう。

 彼が消え、封印の扉も閉じた事であたりを静寂が包み込む。

 まともに言葉を交わすことも出来ず、彼が再び封印に取り込まれるのを見ている事しか出来なかった事への無力感に苛まれ、あまりの悔しさに爪が食い込むほど握り締めた拳から血を流す者もいた。

 他の者より一歩引いた位置で見ていようと思っていた者ですら、あの日の真実を知った今ではこんな結末など認められるかと思ってしまうほどだ。

 彼に対して強い想いを抱いている者ほど、その胸中では複雑な感情が渦巻いている事だろう。

 だが、彼女たちは当初の目的通りにあの日の真実を知る事が出来た。

 扉は目的を果たすと役目を終えてしまうため、その場に立ち尽くしていたアイギスたちを白い光が包み、元いた場所へ送り返そうとし始める。

 まだ調べる事がある。このまま帰るなんて嫌だ。そんな彼女たちの想いは届かず、彼女たちを包み込んだ光が弾けるように消えると後には誰も残っていなかった。

 

 

 


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