【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百九十八話 再びあの日へ

――巌戸台分寮

 

 過去の湊と別れを告げた七歌たちは、留守番してくれていた綾時と合流した。

 彼は自分が湊の中にいた時の事を覚えており、その関係で特別課外活動部のメンバーが過去へ行くことも知っていた。

 しかし、彼が知っていたのはあくまでメンバーが過去へ行ったばかりの事だけで、それ以降にどういった交流があったかは見ていないという。

 曰く、湊は自分の中に自我持ちのペルソナたちがいることで、プライベート全てを覗き見されぬようロック機構をつけていたらしい。

 彼の中にいた綾時にもその力は作用し、過去の湊は綾時に外のことを見せないようにしていた。

 こんな事が起きると分かっていれば、どうしても行動に何かしらの影響が出るのは分かる。

 別れ際にもう一人の仲間によろしくという伝言を頼んできたこともあり、どうやら自分の友人が最後の戦い以降も現世に残っている展開を当時から既に予想していたらしい。

 あちらで湊と話した事を全て伝え、自分たちが物資補給に使っていた過去への扉を使い。その力であの日の真実を確かめに行くことを綾時に話した七歌は、湊との約束を守るため綾時に彼からの言葉を伝える。

 

「綾時君、あっちの八雲君が綾時君によろしくだってさ。こっちに一人で残ってる事に気付いていたみたい」

「フフッ、湊らしいね。気付ける要素なんてほとんどなかったと思うんだけど」

「まぁ、そこら辺は八雲君だしね。確信を得たのは鍵を持っていないメティスが鍵の本数を伝えた事だったらしいけどさ」

 

 物資の補給はモール内のドラッグストアを除けばほとんどを湊に頼っていた。

 外に出られれば違ったのだろうが、ショッピングモールに入っているテナントでは生鮮食品が手に入らなかったこともあって、彼は七歌たちがどれだけの食材を消費しているか把握出来ていたのだろう。

 最初は小さな違和感でも積み重なれば大きなズレとなる。

 そこからメンバーの人数をおよそ予想し、男が一人か女子が二人残っていると考え、女性物ではなく男性物の衣類などを多く買っていた事で男が一人、恐らくは過去に来た場合の影響が強い未来のファルロスだと察していたに違いない。

 言葉を交わすことは出来なかったが、それでも気付いて気に掛けて貰えたのは嬉しかったようで、綾時は少しだけ遠い目をしつつも穏やかな笑みを浮かべた。

 そうして、一頻り今後の予定について話すと、どのタイミングでそれを行なうかという話題になり、美鶴が全員に問いかけた。

 

「それで、あの日の真実を確かめに行くわけだが、いつ行くか今の内に決めておこう」

「タイミング的には準備を終え次第すぐ行くか、一日休んでから行くかの二択だね。僕はこっちに残って休んでたからどっちでも構わないよ」

 

 こちらに残っている間、綾時も別に遊んで時間を潰していた訳ではない。

 何かのトラブルが起きれば自分が対応するしかないため、探索の疲れを少しでも回復するためラウンジのソファーで休んでいたという。

 他の者たちもある程度は過去に行く前に休んで回復しているので、そこまでしっかりと休憩を取るつもりはない。

 ただ、彼女たちが行くのはニュクスと彼が戦っている過去だ。

 何が起きるか分からない以上、出来る限りの準備はしておいた方がいい。

 

「ただ、休むとしても寮内限定なのは覚えておいて。八雲君としっかりお別れをして、私たちがあの日の真実を確かめるって意識になってるから、既にそこの扉は過去のポロニアンモールに繋がってないはずだから」

 

 どちらを選んでも構わないと思っている七歌は、皆が答える前に一応の注意をしておく。

 あと一日休んでからならば、もう一度過去の彼に会いに行く時間はある。

 だが、彼と別れて寮に戻ってきた時点でその願いは叶わなくなっているのだ。

 なので、過去の世界の湊の事は考えず、今の自分の体調から素直に判断して欲しい。そう告げると各々で考えて全員がすぐに行くと決断した。

 

「分かった。だが、有里とニュクスが戦っている可能性が高い。行く前に我々も戦闘の用意はしておこう」

「あれ? でも、有里って宇宙にいったんスよね? もしかすっと、オレらも宇宙に放り出される可能性ありませんか? 」

 

 あの日の真実を確かめると言っても、それがどのタイミングのどの場所なのかは指定が出来ない。

 少なくとも彼とニュクスが衝突した後のはずだが、彼はニュクスを連れて宙へと向かった。

 もしかすると、自分たちもその宇宙に出てしまう可能性がある。順平がその事を指摘すると美鶴や七歌も確かにと難しい顔になる。

 

「あー、そこは盲点だったね。宇宙服とかどうしようか」

「アイギス、因みにだが有里の所持品に宇宙服はあるか?」

「えっと……あ、はい。複数ありそうです。ですが、これを着た状態で動くのは難しいのでは?」

 

 今から宇宙服を用意することは難しいと思ったが、湊のマフラーと繋がっているアイギスのリストバンド内に複数保管されている事が分かった。

 試しに一つ出して見ると、どうやらEP社製のオリジナルらしく想像よりもスリムでスタイリッシュなデザインだった。

 皆のイメージではマシュマロマンのような着膨れしたデザインだったので、それよりは動きやすそうだが、あくまでスーツ単体での話である。

 それぞれの通信機材や酸素の供給など、素人である彼女たちではセッティング方法が分からない。

 ロボットであるメティスなら何もつけずに行けるだろうが、他の者たちは不備があればそこから空気が抜けて窒息しながら干からびる。

 いくら宇宙服があってもこれでは挑戦出来そうにないと片付ければ、傍で見ていたメティスが不思議そうにしつつも口を開いてきた。

 

「あの、何を心配しているのか分かりませんが、行き先が宇宙でも呼吸出来ますから大丈夫ですよ?」

「え、なんで? だって、宇宙で空気ないんでしょ?」

 

 メティスの言葉にゆかりが思わず聞き返す。

 宇宙には空気がない事など日本の学校に通う子どもなら小学生でも知っている事だ。

 それが各国のトップが一般企業の宇宙進出を阻むために広めたデマなら驚きだが、富士山に登れば空気が薄くなる事を知っているゆかりは恐らく真実だと信じている。

 故に、どうして宇宙なのに呼吸出来ると言ったのか。そこについて尋ねればメティスは素直に答えた。

 

「私たちがいくのが過去の世界だからです。扉を通じて限定的に許可を得ているので過去には干渉出来ますが、皆さんはあくまでこちらの存在ですから死ぬような場面では存在がこちらに引き戻されます。なので、宇宙に行くなら向こうで滞在出来る状態でという形になるはずなんです」

 

 あの扉はあくまで限定範囲で過去へ干渉出来る物であり、時の鍵を使った場合と違って七歌たちの存在は元の世界側として認識される。

 だからこそ、そちらでの干渉を許可されたならば、扉を通った時点でそちらで活動出来る状態になっているらしい。

 説明を聞いてもどういう事か分かっていない順平に、分かりづらければそういった“加護”を付与されていると思えばいいと伝え、メティスはさらに補足で説明を入れる。

 

「あっちには既にニュクスがいるので綾時さんも問題なく移動出来ます。ニュクスと戦う事になるかは兄さんの行動によりますが、私の予想ではその可能性は限りなく低いかと」

「……貴女は八雲が何をしたか知っているの?」

「いえ、知りません。でも、兄さんは多分ニュクスが二度と世界に現われないよう手を打っていると思うんです。だから、多分こうなんじゃないかって予想はあります」

 

 チドリに聞かれたメティスは自分も真実は知らないと首を振って答える。

 けれど、彼女も過去の湊と接している内に彼がどういった想いで動くのかは理解出来ていた。

 ニュクスの齎す滅びを否定し、そうして地球上の生命全てに明日という未来を与えた青年の選択。

 それがニュクスを元いた場所へ再封印を施す事だとは考えづらい。

 他の者たちはその意味を理解出来ていないようだが、綾時だけは何となく分かっているようでメティスの方を見ながら微笑んできた。

 

「多分、メティスの言う通り向こうでは空気の心配はいらないよ。僕たち全員が自分と仲間の死を願っていない限り、行ってすぐ死ぬような場面なら僕たちを移動させられないだろうしね」

 

 あの扉は仲間たちの想いや願いに反応して過去へと繋がってくれていた。

 それを考えればその願いを叶えられずに死んでしまうような状況に繋がる事はまずない。

 綾時もそう説明した事で納得したのか、生身で宇宙に放り出されるような事態にはならないと他のメンバーも理解した。

 ならば、後は全員がもしもに備えて戦う準備を整えればすぐに過去へ行けることになる。

 今回は綾時や風花も同行するので、戦いに参加出来ない風花は湊が用意した宝玉輪などを多めに持っていく形でサポートも行なう事に決まった。

 そうして、それぞれが部屋に戻って装備を整えて再びラウンジに集合する。あちらで何が起きるか分からない事もあって、全員の表情にはどこか緊張感が漂っていた。

 

「よし。じゃあ、皆あの日の八雲君に会いたいって願って。ニュクスと共に地球を離れて彼が何をしたのか。それを知りたいって強く意識して」

 

 必要なのはただ願うこと。あの日の真実を、彼が何を為したのかを、それを確かめたいと心から思うことだ。

 全員瞳を閉じて今一度それを強く願う。

 それだけをしっかりと強く願って、再び目を開けると視線で確認し合って頷いた。

 

「行こう。皆であの日の真実を確かめに」

 

 七歌の号令を受けて全員で扉の中に飛び込んでゆく。

 どうかあの日に繋がるように、彼の許に自分たちを導いて欲しい。

 その願いに呼応するよう強く扉が光ると、七歌たちは別の過去へと移動していた。

 

 

 

 

1月31日(日)

影時間――宇宙

 

 扉を潜って強い光に飲み込まれると、次に目を開けた時には移動を終えていた。

 周りを見れば遠くに輝く星々が見えており、振り返れば青い地球が見える。

 問題なく呼吸出来ている事よりも、本当に宇宙に来られた事への感動が勝ってしまい。

 天田はここが決戦の日である事も忘れて呆けた様子で声をあげた。

 

「すごい……地球ってこんなに綺麗だったんだ……」

「まぁ、こんな光景なんて一生に一度でも見られるヤツの方が少ないだろうな」

 

 星の海に立っているという不思議な感覚と、自分たちの故郷である地球を外から眺めるという貴重な体験。

 この感動は生涯忘れることはないだろうと荒垣も感慨深げに呟く。

 だが、その感動はそう長くは続かなかった。周りを見ていたゆかりが巨大なドラゴンと共にニュクスを宙へと押し返す彼を見つけたからだ。

 

「あれ! あのドラゴンって確かあの時の!」

「はい。八雲さんが呼び出した最後のペルソナです」

 

 月という肉体を取り戻したニュクスを押し返し、命の光を纏ったドラゴンが地球から離れてゆく。

 タルタロスの頂上から見ていたときよりもしっかりとその姿が見られた事で、あんな敵に一人で立ち向かったのかと胸が苦しくなる。

 だが、本当に見るべきはここからだ。あの日、彼が宙に行ってから宇宙で何かが爆発すると、地上を白い光が包み込んで気付けば戦いは終わっていた。

 自分たちがどうやって寮に帰ったのかもろくに覚えておらず、だからこそ、今日はその真実を確かめるんだと全員の視線が彼へと向けられる。

 ニュクスを押し返したまま宙へとやってきたドラゴンは、そのまま地球からある程度の距離を取った所で停止する。

 そして、ドラゴンの頭上に立っていた青年が人差し指を伸ばした左手を頭上に掲げると、

 

「さぁ、眠ろうニュクス。俺もちゃんと付き合うから」

 

 そう呟いて彼を中心に光が広がって、ドラゴンとニュクスを呑み込みさらに広がり続ける。

 光を受けたニュクスは爆発し、ドラゴンもその役目を終えたように金色の光の粒になって消滅して、最後に残った青年の身体が一際強く輝くと輪郭がぼやけて別の姿へと変わり始めた。

 輪郭がぼやけた身体は一度球体になると、そこから広がって壁のような四角い物を形成してゆく。

 一体何が起きているのか。そう思って見守っていると、彼女たちの目の前には見上げるほど巨大な金色の扉が現われていた。

 金色の扉には中央に巨大な“太陰太極図”が描かれ、まるでその扉を封印するように途轍もなく太い黒い茨が巻き付いている。

 一体これは何なんだと思っていれば、メンバーの中でも最も事情を知っていそうな二人が大きく動揺を見せていた。

 

「なんだ、これは……。こんな封印、僕は知らない……」

「どうして兄さんがいないの? これじゃあ、封印としての意味が……」

 

 綾時とメティスはきっと湊がどういった封印を施していたのか予想出来ていたのだろう。

 だが、実際に現われた封印の扉を見て、自分たちの予想とは違った物が出てきた事に驚いたに違いない。

 七歌たちにすれば最初の予想の方から気になるのだが、今聞いても大丈夫なのかと思ったところでお互いで意見を交わし始めた。

 

「綾時さん、あの封印は遮断結界じゃないんですか?」

「ああ、僕もそう考えていた。人類の意思を、死を求める心を遮断する事でニュクスが二度と現われないようにするのだと思っていたんだ」

「でも、その要石がありません。私は兄さんがその役目を果たすのだと思っていたのに、あんなベアトリーチェの力から派生した茨だけじゃ封印としての役目なんて」

 

 二人から見ると扉の封印は最も重要なパーツが欠けた不完全な物らしい。

 そも、他の者たちはあの扉が何に対して作用する物なのかも分かっていないのだが、二人が話している途中で周囲を警戒していた風花が巨大な気配の接近を感知する。

 

「なにか、なにか巨大な気配が近付いて来ますっ」

 

 風花の声を聞いて全員が武器を構えれば、突如発生した金色の雲の中からビルのように大きな黒い腕が現われた。

 ストレガの一人が使っていたペルソナよりも遙かに巨大で、湊や理が海上で戦わせていた規格外のペルソナに匹敵するレベルの大きさ。

 そんな巨大な存在がどうして突然ここに現われたのか。

 その理由について考えている間に、腕だけでなくその全身が姿を現わし、七歌たちはその異形に思わず顔を顰める。

 まるで二人の人間の上半身を繋ぎ合わせたかのような、歪な形で前後に顔のある双頭の黒い化け物。

 身体のパーツの形は人間のそれだが、顔は口の骨だけが剥き出しにあって、その上に赤く光る球体で出来た目が存在している。

 二つの頭部の違いを挙げるとすれば、扉に向けて手を伸ばす方の頭には反り返った長い角があり、逆の頭には逆向きに反った長い角があるくらいだろうか。

 そんな風に現われた存在の姿を観察していると、アナライズを掛けていた風花があれの正体を突き止め、顔色を青くしながら震えた声で伝えてくる。

 

「あれは、シャドウじゃありません……。人々の負の感情、死を求める心が集まった存在。有里君が言っていたニュクスを地球に呼んだ滅びの意思の正体ですっ」

 

 言われて事情を知らなかった全員が目を見開く。

 あんな醜い化け物が自分たち人間から生まれた物だとは到底信じられなかったからだ。

 あれほど巨大な化け物を人類が生み出し、それが封印されていたニュクスに触れる事で神は地球に降臨した。

 滅びの意思の正体を知ったことで、七歌たちもその意味がようやく理解出来た。

 だが、ニュクスが再封印された後もその滅びの意思が残っており、今まさに新たな封印に触れようとしている。

 このままでは拙いのではないか。綾時とメティスによればあの封印は不完全だという話だ。

 もし、あの封印が破壊されれば湊の犠牲は無駄になり、再びニュクスが地球に降臨する事になってしまう。

 

「ダメだ。今すぐにあいつを止めないとっ」

 

 金色の扉に向かって伸びてゆく黒い腕を見ながら綾時が叫ぶ。

 全員がすぐにペルソナを呼び出して攻撃を仕掛けることで何とかそれを阻止しようと考えた。

 だが、七歌たちが攻撃を仕掛けようとした時、封印の扉に変化が起きた。

 蛍火色の光が扉の前で渦巻き、その中央に光と共に力が収束してゆく。

 そうして、一際強く輝いた光が治まると、そこから剣閃が飛んで伸ばされていた黒い腕が強く弾かれ化け物が大きく後退した。

 封印の変化を見ていた者たちはそこに現われた存在を見て思わず息を呑む。

 黒いマフラーを首に巻き、左手に青白い光の紋様が浮かび上がった大剣を持つ青年。

 見間違えるはずがない。そこにいたのは彼女たちのよく知る人物、封印となって消えたはずの有里湊だった。

 


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