【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

495 / 504
第四百九十五話 青年との戦い

――王居エンピレオ・最深部

 

 刀を持った湊がアテナと共に迫ってくる。

 まるで一人だけ早送りで再生されているかのように、構えていた者たちも姿がブレて見える相手の接近に動揺する。

 だが、満月の日に戦った時と違い、時流操作で異なる時の流れに乗って消えた訳ではない。

 すぐに前衛の真田と荒垣が湊に対応すべく前に出て、アテナにはペルソナを呼び出し反応出来た綾時とメティスのメサイアとプシュケーが相手をする。

 動線上に割り込まれた湊は迎撃してくる荒垣を見ると、左に躱すと見せかけ反対方向にカットを切って刀を横薙ぎに振ってくる。

 時の空回りに巻き込まれてからブランクを解消し、常人のフェイントならば反応出来るだけの自信があった荒垣も、湊の素早さでそれをやられては反応しきれず防御態勢が中途半端になる。

 戦斧を盾にして受け止める事は出来たが身体が泳いで体勢が完全に崩れた。

 その隙を突くように右手でもう一つの刀を抜き荒垣の脇腹を切りつけようとするも、そう思い通りにはさせないと真田が横から殴りかかった。

 

「そう簡単にやらせはしない!」

 

 攻撃を仕掛けようとしたタイミングでの横槍。拳の距離に詰められれば刀では防御出来ない。

 けれど、湊は攻撃途中に軸足のみで勢いをつけて横宙返りして回避と共に距離を取ってしまう。

 距離が開けば刀の方が有利だ。援護しようとしていた後ろの者たちは自分たちも割って入るかと一瞬考える。

 だが、攻撃を避けられたはずの真田はそのまま敵へと向かい。ナックルで強引に刀を弾きながら距離を詰める。

 

「お前なら避けると分かっていた!」

 

 他の者にとっては予想を超えた動きだったかもしれないが、強さに憧れ彼の背中を追っていた真田にすれば想定内の事だった。

 また、他の者と違って真田の武器は拳、つまりは打撃だ。

 刃のある武器と違い余程当たり所が悪くない限りは致命傷を与えづらい。

 その分、彼は攻撃に躊躇いがなく、一見無謀にも見える形で攻め続ける事で足止めとしての役割を果たしていた。

 幼馴染みのそんな戦う姿を見て、初撃で翻弄されてしまった荒垣も迷いを振り払って攻勢に出る。

 彼の戦斧はラビリスの物と違って片刃だ。峰で殴れば問題ないと開き直って大きく振りかぶって叩き付ける。

 攻撃自体は相手がクロスした刀で受けつつ後方に飛んだことで無効化されてしまった。

 しかし、相手が防御したならフリーになった真田が距離を詰められる。

 言葉は交わしていないがお互いの狙いをしっかりと理解し、真田と荒垣を攻めながら自分たちの役割を果たそうとした。

 一方で、真田と荒垣が湊本人の足止めをしている間も、彼が呼び出したアテナは勝手に動いて攻撃を仕掛けて来ていた。

 メサイアとプシュケーが空中で挟撃しながら落とそうとするも、アテナはその盾を使って攻撃を防ぎながら地上にいる七歌たちを狙って巨大な金色の拳を飛ばしてくる。

 それほど広くないこの場所でその攻撃を躱すのは難しい。七歌は迎撃すべく心の中のカードを切り替えてペルソナを呼び出した。

 

「お願い、アティス!」

 

 全身に帯状の布を巻いたペルソナ・刑死者“アティス”が空中に現われ、掌を迫る金色の拳に向けると極光を放った。

 だが、今のアテナは湊の呼び出したペルソナだ。極光は勢いに負けて弾かれてしまい。威力の減衰程度しか出来ない。

 並のシャドウの一撃ならば止められていただろうに、召喚者の能力がここまで影響するとはと七歌は苦い表情を浮かべる。

 その間も金色の拳は迫るが、天田のカーラ・ネミの雷撃と美鶴のアルテミシアの氷撃を続けて行なう事で相殺する事に成功する。

 とりえずの窮地は脱したが湊とアテナを見る七歌の表情は険しいままだ。

 彼女の想定では最初から長期戦は不利だと思っていた。これは単純な理由で敵が湊のコピーなら体力でも精神力の総量でも負けているという事実が存在するためであった。

 しかし、湊本人の可能性がある存在が敵として出てきた事で、味方の動揺が想像以上に強かった事もあって短時間での消耗が激しい。

 アテナを抑えようとしてくれている綾時を見れば、プシュケーと二体がかりでも抑えきれない事に焦っている様子だ。

 ゆかり、アイギス、チドリがまともに動ければ違うのだが、意外な事にラビリスも含めて全員が強い動揺状態にあってペルソナの相手すらも難しい状況にある。

 戦えないならば下がって欲しいと思うも、目の前に彼がいては難しいだろう。

 なら、どうするか、順平とコロマルは真田たちのフォローに動けるよう備えていて戦力として割けない。

 こちらは七歌と美鶴と天田で動けない者たちを守らなければならず、それが分かっているからかアテナは二体のペルソナを相手取りながら動けない者を狙って攻撃してくる。

 隙を作るため全員で召喚者である彼を攻撃するか。

 いや、それをしようとすればチドリたちが敵対してくるかもしれない。

 そんな風に状況の変化を望みつつも味方がネックとなって出来ないでいれば、真田と荒垣を相手にしながら七歌たちの戦いを見ていた湊が口を開いてきた。

 

《……アティスか。自らが犠牲になる事で人々を救済したとして信仰される存在。知ってか知らずか、それを使役する辺りにお前たちの本性が窺えるな》

 

 湊の放った言葉は七歌たちの耳にも届き、それは見えないナイフとなって彼女の心に深く突き刺さる。

 確かに彼女たちは一人の青年を犠牲にして得た未来を生きている。

 願いを阻まれたストレガたちですら一人も犠牲にならず、敗北を受け入れて彼に与えられた残りの時間を懸命に生きようとしている。

 しかし、彼だけがその未来にいない。あの決戦で自らを人類の敵だと言った青年は、人類の総意に打ち勝って世界を存続させた。

 あの戦いにおける勝者は彼だ。本人たちの自覚無自覚は別にしても人類は彼一人に負けたと言える。

 ただ、その結果恩恵を受けたのは敗北したはずの人類だ。彼一人の犠牲で元通りの日常を手に入れたのだから、費用対効果で言えばこれ以上のものはないだろう。

 先ほどの湊の言葉はそういった部分を皮肉ってのもので、そういった意図を持たずにアティスを使っていた七歌は声を張って否定した。

 

「違う! 私は誰かを犠牲して未来を得ようとは思ってなかった!」

《そうか。意図せず最小のコストで手に入れられた未来はどうだ? 滅びを迎える前と後で人々は何か変わったか?》

 

 真田と荒垣の攻撃を受けても涼しい表情でそれらを捌きながら湊は言葉を続けてくる。

 それに対して七歌たちは何も答えない。答えられない。

 なにせ人々はあの夜のことを覚えておらず、人類は何一つ変わらぬ生活を続けているのだ。

 自分たちが原因で世界を滅ぼしかけておきながら、変わろうとせず、何も改めようとしない害悪が人類の本質だと言われれば何も言い返せない。

 相手からの反論がなかった事で薄い笑みを浮かべた湊は、自分たちでも分かっているじゃないかと指摘を続ける。

 

《それが答えだろう。何の不都合もなく世界は存続した。だから、自分には関係ないし、今まで通りに生きていく。ハハッ、あれだけの事があっても変わらずにいられる頑固さだけは褒めてやるべきか。人類とはつくづく救えないやつらだな》

 

 あの日、世界が滅びる直前まで事態は進んでいた。人々もそれを目にしていたというのに、何の変化もなく日常に戻ってきたと聞けば彼が呆れるのも無理はない。

 影時間の記憶補整は万能ではなく、強い意志があれば覚えておらずとも引き継げる想いはあるのだ。

 だというのに、何の変化もないのであれば、あの事件を受けても人々は強く変わろうとは思えなかったという事になる。

 人々が変わらなければニュクスの滅びは再び訪れる。その時には現代の人間は全員死んでいるだろうが、だからといって負の遺産を後世に残して良い訳ではないだろう。

 自分が犠牲となってまで繋いだ世界がそんな物だったと知って、彼が人類を救えない存在だと嗤うのは理解出来る。

 けれど、今の彼はこうやって自分たちと同じ世界に蘇っている。

 なら、彼も再びこの世で生きていけばいい。自分たちと戦う理由など存在しないのではないか。

 そう考えたアイギスが彼に向かって呼びかけた。

 

「八雲さん、何故わたしたちと戦おうとするんですか? 再びこの世界に蘇ることが出来たなら、あなたも共に未来を生きていく事が出来るはずです」

《ああ、それは不可能だ。時の狭間にあるのは過去のみ、お前たちが捨てた、忘れていた過去のみが存在出来るのがこの空間なんだ。お前たち“現在”の存在と違って“過去”である俺に生きられる未来はない》

 

 真田と荒垣の消耗が激しくなった事で順平とコロマルが入れ替わるように湊を抑えにゆく。

 しかし、順平たちを相手にしても彼は余裕を持った状態で戦いながら言葉を続けてくる。

 言葉を交わすほど彼が本人だという気持ちが強くなっていくが、中でも衝撃だったのは彼が自分を過去の存在だと言った事だ。

 それは記憶の再現としての意味なのか、あちらの世界に渡って未来を生きることが出来なくなったという意味なのか、真実を知りたいチドリも声を張って彼に話しかけた。

 

「八雲、貴方は今どういった状態なの? 実体を得て戻ってきた訳ではないの?」

《その質問に意味はあるのか? 俺はあくまで番人として呼び出されただけだ。本人だろうと、再現された存在だろうと、存在出来るのは時の狭間がある間だけ。ここが消えれば俺もアテナもあちら側に戻って消えるしかない》

 

 戦いながらチドリと湊の会話を聞いていた者たちは、瞬間的に状況が悪い方向に変化すると理解した。

 今戦っているのが本人かどうかは分からない。情報面でサポートしてくれている風花だけでなく、この場にいるチドリでもあれが本人かどうか判断出来ないのだ。

 なら、彼が本物である事を前提に、時の狭間がある状態でしか存在出来ないと分かった者たちは動き出そうとするはず。

 心情としては分かる。彼が本当に本物の彼ならば七歌たちだって共に生きられる道を探したい。

 けれど、彼が先ほど言っていたように、今の彼は正規の方法で蘇った訳ではなくこの場に呼び出されただけの不安定な存在だ。

 役目を与えられた事で自分たちと戦う事を強いられ、その間だけしか存在出来ないというのなら共に生きる道はないと断言出来る。

 そも、彼が平時の状態であれば呼び出された時点で役目を無視して自害しているはず。いくら敵としての役目を与えられようと、チドリやアイギスを生かすため自らが障害になるはずがない。

 ならば、どうあってもここにいる湊と共に生きることは不可能。彼女たちにもそれに気付いて欲しいが、分かっていても割り切れないものがある。

 今すぐに動き出さなければダメだ。彼女たちが動き出す前に敵を仕留めようと綾時たちもすぐに行動に移す。

 メティスがオルギアモードを発動しプシュケーの速度と攻撃力が上がり、綾時も継戦能力を無視して技の威力を上げてアテナを追い詰めてゆく。

 さらに七歌のエウリュディケーもそこへ参戦し、風の刃で敵の逃げ道を塞いだ。

 逃げ道を塞いだ状態でプシュケーが炎の竜巻で敵を閉じ込め、続けてメサイアが放ったメギドラオンが完全に動きの止まった敵を呑み込んで消滅させる。

 一方の湊は、順平たちが四人がかりで何とか抑えているものの、アテナが倒されても表情を変えずに軽くあしらっている。

 なら、相手が本気になってしまう前に、このままペルソナで襲い掛かって彼も消滅させよう。

 既に出していた七歌たち三人のペルソナが同時に湊へと殺到し、その間に順平たちは距離を取って自分たちも追撃するため召喚器を構えた。

 それを見て、七歌たちがすぐに湊を消滅させるつもりだと理解したのか、ゆかりが振り向いて七歌たちに制止の声をかけてくる。

 

「待って七歌!」

「待たない! 今すぐ倒さないと八雲君が八雲君じゃなくなる!」

 

 彼が本物だったとして役割に沿った行動しか取れない現状では倒すしかない。

 チドリやアイギスを手にかけてしまう前に、本当に彼の事を思うなら利用されてしまっている状態から解放してやるべきだ。

 剣のような翼を広げたメサイアが湊に接近し、それに向けて湊が片方の刀を投げれば、躱しきれなかったメサイアは喉に刀が突き刺さって消滅する。

 しかし、片方の武器がなくなったなら攻撃を捌けないはずだと、プシュケーとエウリュディケーが揃って風の刃を遠距離から連続で放ち続けようとした。

 

《ハハッ、この刀の特性を忘れていたのか!》

 

 二体のペルソナが風の刃を飛ばそうとした直前、メサイアを貫いて落下していったはずの刀が宙に浮いて背後からエウリュディケーを貫き、貫通した刀はそのまま湊の手に戻る。

 さらに続けて持っていた刀を投げてプシュケーも迎撃すれば、その刀ももう一振りの刀に引き寄せられるように彼の手元に戻った。

 湊が持っている刀は同じタイミングで作った夫婦剣になっており、湊の力の影響かお互いが引き合う性質を持っている。

 彼と直接戦った事のある綾時は、彼の持っている刀の性質を知っていたのに、この時まで忘れてしまった事を激しく後悔する。

 彼の武器について一切の情報を持っていなかったメティスはともかく、七歌たちは彼の武器について一応は知っていたのに絶好のチャンスをふいにしてしまった。

 七歌たちの攻撃が防がれた事でチドリたちもゆかりと同じように動き出している。

 もし、七歌たちが再び彼を攻撃しようとすれば時間を稼ぐため妨害してくるだろう。

 あの湊は躊躇いなくその背後を突いてくる。確実に仕留めるために首を刎ねてくるかもしれない。

 たった一度の攻撃を防がれただけだ。それだけで形成が一気に不利な方へと傾いた。

 どうやれば挽回出来る。どうすればアレを倒せる。七歌が魔眼を使って未来を視ようとしたながら次の一手を考えようとしたとき、寮に残っていた風花から焦ったような通信が届く。

 

《強大な反応が接近しています! 皆さん、気をつけてください!》

 

 この状況で一体何がやって来るというのか。前方には湊がいるというのに、後方から風花が警戒を呼びかけるような存在がくれば陣形を維持出来なくなる。

 そう考えている間も反応は近付いて来ているようで、七歌たちがより一層の警戒を強めた時、この階層の入口から仮面を付けた逞しい巨躯の青い天使が現われた。

 青い天使の出現には湊も驚いており、すぐにペルソナを呼び出そうとカードを具現化している。

 だが、吼えながら力を収束させた天使の放った極光が湊を呑み込む方が速く、突然の乱入者の攻撃によって発生した煙が晴れた時には湊の反応は消滅していた。

 煙が晴れて敵の姿がなかったことを確認したからか、突然やって来た青い天使はそのまま消えてゆく。

 それを見ていたメティスは状況が分からず混乱した様子で周りの者に尋ねた。

 

「さっきのあれはペルソナですか? でも、一体どこから……」

「あれは……過去の世界の八雲さんが送ってきたペルソナです。多分、わたしたちでは番人を倒せないと思って無理をして時空の壁を越えさせたんでしょう」

《はい。えっと、そうみたいです。その……エントランスにある過去への扉の前に血がいっぱい落ちてて、オマケに焦げ臭い匂いが残ってます。あっちの有里君が無理矢理にこっちの世界に来て呼び出したみたいですね》

 

 作戦室から移動して過去への扉を確認した風花から、アイギスの推測を肯定する言葉が返ってくる。

 過去の世界の存在とはいえあちらの湊も本物であり、その彼が自分で未来の自分を殺したとあっては何も言えないらしくゆかりたちも落ち着いている。

 色々と複雑なものはあるが助かったことは確かなので、七歌も心の中で彼に一先ず礼を言うと転送装置を使って風花にこちらへ来るよう伝える。

 番人が消えても最後の扉が残っている。恐らく本当の意味で今回の事件が起きた切っ掛けとなるものが見えるはずだ。

 戦いの時は風花に寮で待機してもらっていたが、既に彼の反応は消滅しているため合流しても問題ない。

 そうして、短い時間だったが先ほどの戦闘での疲れを回復すべく、一同は休憩を取りながら風花の到着を待つことにした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。