【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百九十四話 湊の影

――王居エンピレオ

 

 元の世界へ戻るために仲間たちの意志をまとめようと動いていた七歌たち。

 最初に行なったラビリスへの聞き取りが無事に完了し、続けてラビリスの協力を得てチドリとの話し合いを行なってそちらも無事に終えることが出来た。

 彼女たちは湊を救う手段があるのならそれを目指すが、過去改変が別の世界線への移動だと知ると、自分たちの世界の湊を見捨てて別の世界線へ移動する事は出来ないとはっきり断言した。

 彼女たちに中途半端な形で過去改変の情報を伝えたのは過去の世界にいる湊だ。

 彼は全てを知っている。未来人である自分たちよりも七歌たちの状況を正確に把握し、事件解決には元の世界への帰還と過去へ移動し別の選択肢を選んだ世界線を生きる二つのルートがある事も分かっている。

 だというのに、どうして彼はゆかりたちが勘違いしそうな形で過去改変の情報を与えたのか。

 それについて考えたところ、恐らく最後の扉のダンジョン最奥にいる敵を倒させるためだろうと思われた。

 元の世界への帰還も、過去に移動してそこからやり直す過去改変も、どちらも全てのダンジョンを攻略しない限り選ぶ事が出来ない。

 ならば、帰還を望む者も過去改変を望む者も、自身の望みを叶えるための前提条件としてダンジョン最奥の敵を倒すところまでは協力する事が出来る。

 後で過去改変の真実を知れば恐らく激怒するだろうが、全てのダンジョンを攻略すれば現状維持も出来なくなるので、過去の世界の湊は選択肢を奪うためわざと不完全な情報をゆかりたちに伝えたに違いない。

 彼女たちが過去改変を求める理由を分かっていながら、その気持ちを利用して騙す湊の悪辣さには流石の七歌たちも内心で引いた。

 チドリやアイギスたちが元の世界に帰れるように、ついでに七歌たちも一緒に帰られるようにと気を遣ってこんな手段を取ったに違いない。

 しかし、いくら本人たちのためとは言っても、想いを寄せる相手に騙され夢見た希望を粉々に砕かれるゆかりたちの気持ちも少しは考えてあげて欲しい。

 全てが終わって元の世界に帰れたとしても、今回の一件で疑心暗鬼になって精神を病んでしまう可能性だってあるのだ。

 加えて、中途半端に情報を与えてしまったせいで、全員を順番に呼び出して説得しようと考えていた七歌たちの計画も中断せざるを得なくなった。

 もし途中で過去改変の真実を伝えれば、彼に会える事を重視するゆかりたちはダンジョンの攻略をやめて現状維持を望むはず。

 元の世界に帰る事を目標にしている七歌たちもそれは受け入れられない。

 それ故、七歌は本来するはずだったアイギスとゆかりへの説得を諦め、目的達成のために攻略を進める事を選んでしまった。

 

《次の階層でラストです。大きな反応が一つだけあって、それが扉の番人だと思われます》

 

 探索を進めて下への階段を見つけたところで風花からの通信が入る。

 このダンジョンも次の階層で最後、最奥の扉を守っている番人を倒せば時の狭間の扉全てを攻略した事になる。

 だが、この先に待っている番人は恐らくこれまで何度も見てきた湊の影だ。

 風花とチドリのアナライズによれば、それは人の姿をしていながら刈り取る者以上の力を内包しているという。

 彼の姿をした成長するシャドウという特異個体。間違いなく強敵であろう存在との戦いを前に、周囲に敵の姿はない今の状況を利用し、美鶴は階段を下りれば戦闘になるだろうと仲間たちに注意を促す。

 

「次のフロアに行けばあの影との戦いになるだろう。全員しっかりと準備をしておいてくれ」

「近接戦闘は八雲君と同等だけど、特殊能力系は一切不明で力の大きさしか分からないからね。相手が何かする前に数の暴力で押し切るような作戦で行くよ」

 

 これまでの戦闘を見ると相手は間違いなく湊の戦闘技術をコピーしている。

 それはつまり接近を許せば一対一ではどうあっても勝てないという事だ。

 メンバーの中で最も近接戦闘に慣れている真田は勿論、オルギアモードや鬼血丸を使ったラビリスと七歌でも手を抜いた状態の湊にあしらわれてしまうレベル。

 相手に人間としての意識があれば手加減をしてくれるが、今度の敵は湊の力を持ったシャドウモドキだ。

 扉の番人としての役割を与えられている事もあって、どうやってもこちらを殺そうとしてくる未来しか見えない。

 故に、七歌も美鶴たちと話し合った結果、接近させずに攻撃を撃ち続けゴリ押しで勝つのが最も勝率が高いと考えた。

 他の者たちも彼と近接で戦った時の事を覚えているのか作戦に同意して頷く。

 そして、ゴリ押しで相手の動きを封じきれなかった時の事も考え、前衛として立つ真田が他の者を安心させるように付け加える。

 

「近付いてくれば俺やシンジで足止めしてみせる。お前らはペルソナを使って攻撃し続けてくれ」

「普通の二刀流なら力で勝てるんだがな。片手でこっちの両手の攻撃より腕力で勝るってんだから厄介な野郎だぜ」

「今回は倒しても問題ないとは言っても、やつの能力をコピーしているなら正面から戦えば勝てないのはお前も分かっているだろう。俺たちの役目はあくまで足止めだ」

「分かってるよ。お前の方こそ突っ込んで行くんじゃねぇぞ」

 

 適性の差なのか、それとも肉体その物が人と違っているのか、湊は人間のサイズをしていながら生身で車を持ち上げられるほどの筋力を有していた。

 番人として現われる湊の影も戦闘技術だけでなく身体能力までコピーしている可能性が高い。

 そんな物を正面から相手にすれば先に潰れるのは間違いなくこちらだ。

 真田も荒垣もそれは理解しているので、お互いに注意しあうことで足止めが役割だと心に刻む。

 

「ま、お二人が突破されてもオレっちとコロマルで時間は稼ぎますよ」

「ワンワン!」

 

 二人と同じように順平とコロマルも前に出て戦う役目を負っているが、彼らは時間稼ぎよりも盾と牽制が仕事だ。

 真田たちが突破された時にはじめて仕事が出来るので、先輩二人が役目を果たせなかったら自分が挽回してみせると僅かに煽る。

 普段はお調子者の順平に煽られた二人は、途端に鋭い視線を向けるとお前の出番は絶対に来ないと宣言する。

 

「フン、残念ながら順平の出番はない。ああ、他のやつらの射線に入って邪魔だけはするなよ」

「お前、中学時代は有里にビビってたらしいな。なんなら一人でこのフロアに残ってた方がマシかもしれねぇな」

「いや、そりゃ中学の時の話っしょ!? つか、留学前の写真見せられてて、帰ってきたファーストコンタクトがあのガタイになってりゃ誰だってビビりますよ!」

 

 順平が転校してきたばかりの頃、同級生たちが見せてきた湊の写真は着物で女装した姿だった。

 身長一七〇センチ未満のそのイメージが強く残っていたせいで、留学を終えて身長一八〇センチオーバーの姿になった本人を見た時に驚きや戸惑いを隠せなくとも無理はない。

 今は一切そんな事はないので昔の事を持ってくるのは卑怯だぞと順平が言い返し、その後も男三人が騒いでいると、他のメンバーたちは苦笑しながら彼らが落ち着くのを待つ。

 仲間たちも分かっているのだ。これが彼らなりのリラックス法だと。

 他の者だって敵が湊のコピーだと分かって緊張している。なら、誰よりも前線に立つ彼らが今の内に緊張を解そうとするのを止める訳にはいかない。

 そうして、しばらく騒いでいるのを見守り、どうにか彼らが落ち着くと最後に装備の点検をしてから進む事にする。

 

「じゃ、そろそろ行こうか。全員、敵がシャドウモドキだってことを忘れないでね」

 

 どれだけ湊の姿に似せていようと敵はシャドウモドキであって彼ではない。

 それをどうか忘れずに惑わされないで挑もうと七歌が忠告して出発した。

 暗い階段を警戒しながら静かにおりてゆく。実際の彼の強さを知っている者たちも、記録でしか彼の強さを知らないメティスも、油断せずに最後のフロアへと足を踏み入れる。

 これまでと同じように謎の空間に浮いた足場、その奥に存在する巨大な金色の扉。

 どこにも敵の姿はなく、動いているのは扉の傍にあるトーチ台で炎が揺れているだけだ。

 だが、フロアに足を踏み入れた者たちは重苦しい空気から敵が間違いなくいることを察していた。

 警戒を緩めず、隊列を維持したまま進み扉へと近付いてゆく。入口から奥の扉までの中間地点にある広場のような円形の足場まで辿り着き、残り半分だと思ったところで変化が起きる。

 最奥の扉の前、そこに黒い光が渦巻いて力が収束を始めた。激しい風が吹き荒れ、トーチの炎が暴れるように揺れている。

 それを確認した途端、七歌は仲間たちに指示を出した。

 

「敵が完全に顕現する前に攻撃を始めて! ペルソナ!」

『ペルソナ!!』

 

 黒い光が徐々に人間の輪郭を取り始めている。今なら躊躇わずに攻撃する事が出来るだろうと、全員がペルソナを召喚して黒い光に向けて攻撃を放つ。

 炎と雷が絡み合うようにして襲い掛かり、風の斬撃が切り裂くように放たれ、氷の槍が次々と撃ち込まれる。足下から闇で出来た凶器が剣山のように貫き、空からは天の裁きが如く極光が降り注いだ。

 それぞれの攻撃は間違いなく収束を始めていた黒い光を貫いていた。

 攻撃を喰らった時には光もぶれて、部分的には霧散していたように見える。

 けれど、それでもまだ光の収束は止まらず、集中砲火を浴びて尚黒い光は人の輪郭を作りそのまま実体を得てゆく。

 完全にその姿を取らせてはいけない。それを理解している七歌と綾時とメティスは攻撃を続けるが、どれだけ攻撃を喰らわせようと実体化が止まらない。

 そして、完全な形で顕現した敵の姿を見て全員が思わず言葉を失った。

 最初に見た時からこれまで彼の姿をした影はずっと薄らと黒い靄を纏っていたのだ。

 だが、番人として現われた敵は全員の記憶にある彼その物の姿をしていた。

 血の通った肌、生気の宿る金色の瞳、どうして最後の最後になってこうも心をかき乱してくるのか。七歌は内心で愚痴を吐きたくなる。

 けれど、そんな七歌たちの気持ちを無視して状況はさらに変化してゆく。左手の掌を上に向けた彼が構えると、その手の上に一枚のカードが現われた。

 まさかペルソナを使うのか。すぐに全員が臨戦態勢になると敵がカードを握り潰しながら呟いた。

 

《来い――――アテナ》

 

 瞬間、渦巻く水色の光と共に彼の頭上に現われたのは、アイギスが失ったものと全く同一の見た目をした女神型ペルソナである戦車“アテナ”。

 何故そのペルソナを彼が持っているのか。シャドウモドキであるはずの彼が言葉を発したことも含め理解が追い付かない。

 だが、相手が冷たい敵意を向けてきている事もあって、全員の思考は戦闘状態に切り替わったままだ。

 真田と荒垣が前に出て、他の者たちも武器を構えつつペルソナでの攻撃を再開しようとする。

 惑わされるな。目の前にいるのか彼じゃない。自分にそう言い聞かせて、今まさに攻撃を仕掛けようとしたタイミングで再び敵が口を開いた。

 

《再び人類は俺の敵となるのか。だが、そちらにどんな理由があろうと先へは行かせない》

 

 敵の言葉に七歌たちは最後の戦いで聞いた彼の言葉を思い出す。

 あれは人類と彼との戦いだと、人類の総意を個の意志で否定すると彼は言っていたのだ。

 

「なん、で……でも、あれは、本人じゃないって……」

「風花、アナライズの結果はっ!?」

 

 ゆかりだけじゃない。全員の動揺が伝わってくる。

 このままでは拙い。そう判断した七歌は敵が湊本人ではない証を求めて風花に尋ねる。

 すると、ずっと敵の反応を探っていたのか風花からすぐに反応が返ってきた。

 

《敵の反応、有里君に酷似しています。ゴメンなさい、元々有里君の反応は一定じゃなかったからそれ以上は分からないのっ》

 

 湊は探知型のペルソナを持っていた事で存在の隠蔽や誤認させる力を持っていた。

 そのため、否定する証拠が欲しかったというのに、逆に本人である可能性を補強するような答えが返ってきてしまう。

 彼の事を傍で見ていたチドリやラビリスも判断に困っており、ここで七歌や綾時が動けば妨害してくる恐れがある。

 だが、七歌たちが戸惑っていようと敵は配慮してはくれないようで、右手に刀を持つとアテナと共に襲い掛かってきた。

 

 


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