【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

492 / 504
第四百九十二話 少女なりの矜持

――巌戸台分寮

 

 これまでより強い敵が出現すると分かった最後のダンジョン。

 一つの階層の広さもこれまでより広く、その分だけ慎重に攻略を進める必要がある。

 おかげで一度の探索で進むペースはかなり落ちてしまったが、七歌は探索に出ない日に一部のメンバーの説得を行なう必要があるため、探索に余計時間が取られるのは逆にありがたかった。

 一番最初に説得したラビリスも一緒に話をしてくれるとはいえ、仲間の抱く淡い希望を潰すような説得は七歌のメンタルにも負担をかける。

 最後の敵として現われるであろう湊の影についても色々と考える必要があるため、七歌としては出来る限り早くこういった事は終わらせたかった。

 

「……それで? 揃って話ってなに?」

 

 七歌の対面の席に座っているチドリが紅茶のカップに手を伸ばしながら尋ねる。

 今回、七歌はラビリスのアドバイスに従ってチドリと話をすることに決めていた。

 先に七歌とラビリスが部屋で待っておき、美鶴に伝言を頼んでチドリに来てもらった。

 呼ばれた少女が部屋にやってくれば、七歌とラビリスが並んで座っており、その正面にお茶のカップが用意されていたのだ。

 わざわざ普段は使っていない作戦室に呼ばれた事もあり、真面目な話があるのだろうと言うことはすぐに分かった。

 しかし、七歌とラビリスという組み合わせは中々に珍しい。

 おかげでチドリも何について話があるのか予想がつかず、席に着くなり率直に尋ねてみれば、顎に手を当てて少し考える素振りを見せた七歌が答えた。

 

「んー……質問に質問で返す事になるけど、チドリって今回の事件をどう解決しようと思ってる?」

「どう解決って扉を攻略するしかないんでしょ」

「うん。ただ、そうすると過去の八雲君にはもう会えなくなる」

「……何が言いたいの?」

 

 どうにも回りくどい話の持っていき方にチドリは目を細めて七歌を見つめる。

 過去の湊と会えているのは時の空回りが起きて現われた扉が過去と繋がっているからであり、大元の事件を解決してしまえば恐らく扉は消えてしまう。

 七歌は相手が本当にその事を理解しているのか確かめるため、わざわざ回りくどい聞き方をしているのだが、聞かれた方にすればあまり意識しないようにしている事を指摘された形だ。

 喧嘩を売っているのか、と視線に剣呑なものが混じったのを理解したラビリスがすぐにフォローに入る。

 

「七歌ちゃんはチドリちゃんが納得してるんか気にしとるんよ。過去の世界の湊君やって分かってても、やっぱり会えるのは嬉しいもんやからね」

 

 下手をすれば内部分裂を引き起こしかねない話題だけに、七歌も言葉を選びすぎて変に遠慮した聞き方をしてしまった。

 ラビリスも何故七歌がそんな聞き方をしたのか理解出来るので、煽るような意図はなく単純にチドリの気持ちを知りたいのだと説明する。

 今のメンバーに湊の死に納得している者は一人もいない。

 あれはしょうがなかったのだと、必要な犠牲だったのだと納得しようにも、簡単に割り切れるものではない。

 だからこそ、偶然にも手に入れた彼と会う手段を手放すことをどう思っているのか。七歌とラビリスはそれを知りたがった。

 

「……私個人の感情に意味なんてないでしょ。事件は解決しなくちゃならない。過去の八雲ともそれでお別れよ」

 

 質問の意図を理解したチドリはどこかふて腐れたように答える。

 彼女の個人としては現状維持が望ましいが、頭では事件を解決しなければならないと理解しているようだ。

 紅茶を一口飲んだチドリは静かにカップを置きながら、さらに続けて二人へ話す。

 

「こっちの……といっても本来の世界の話だけど、寮の外に出てからもう一度八雲に会う方法は分かってないでしょ。だから、今のまま過去の存在だろうと本人に会える現状を維持したい気持ちはあるのよ」

「なら、チドリとしては事件解決に反対なんじゃないの?」

「それは単なる我が儘だもの。過去の八雲に甘えてばかりもいられないし、私たちには八雲が繋いでくれた自分たちの世界がある」

 

 休日になる度に過去の世界へと出かけ、そちらの湊に会いに行っている少女も、当然ながら自分が相手に甘えている自覚はあった。

 あちらの世界ではまだニュクスが存在しており、湊はそのニュクスに勝つためにEP社での研究を進めたり、敵の能力や力の規模を解析しようとしている。

 だが、今の湊は未来からチドリたちがやって来るせいで自由に時間を使えずにいる。

 眞宵堂の中で雑談している時には時流操作で時を圧縮して、出来る限り自分の時間のロスを減らしているようだが、時流操作とて消耗もなく無制限に使える能力ではないだろう。

 それでも湊は未来の自分が言ったことだからと律儀にチドリらの相手をしてくれ、雑談などを通じてメンバーのメンタルケアまで行なってくれている。

 彼のそういった優しさを理解しておきながら、いつまでもそれに甘えきってはいられない。対面に座る二人を見ながらチドリをそう言い切った。

 一方、チドリの話を聞いた七歌とラビリスは、少女が思っていた以上に冷静に事態を見つめている事を理解する。

 現状維持したい気持ちもあると言った少女のどこか寂しげな表情は本物だった。

 だからこそ、それを惜しみながらも本来の世界で生きていくべきだという彼女の言葉も信じられる。

 七歌とラビリスは視線を一瞬交差させて、恐らくチドリは大丈夫だろうという認識を共有する。

 そして、少しだけ部屋の空気が穏やかになると、テーブルの上に置かれたカップへと手を伸ばしながら、ラビリスは七歌が尋ねづらいだろうと思われる事をチドリに聞く事にした。

 

「なぁ、チドリちゃん。アイギスとゆかりちゃんが事件についてどんな事考えてるかとかって分かる?」

「……細かい部分は分からないけど、ゆかりは事件を解決しようと思っていないんじゃないの? アイギスは揺れているって感じかしらね」

「ちなみに風花は?」

「私たちと一緒に八雲に会いに行ったりもしてるけど、最初から事件の解決方法について考えているみたいよ。サポートっていう裏方だから他のメンバーの安全を第一にって感じかしら」

 

 最初に話を聞いたラビリスと同じように、チドリもまた自分たちの世界で生きようと考えていた。

 それが分かった事で一緒に湊に会いに行く中で、他の者たちの様子におかしな所はなかったか尋ねると、チドリも他の者の事を見ていたようでそれぞれの様子について語る。

 中でも意外だったのは風花についての情報だ。彼女はどちらかと言うと最後まで仲間が助かる道を探そうとすると思ったのだが、ここでは今いる仲間の安全を優先して考えてくれていたらしい。

 七歌は美鶴と一緒に風花も交えてダンジョンの探索計画を立てたりしていたのだが、探索についての話し合いだからメンバーの安全を最優先に考えた発言しているのだと思っていた。

 だが、チドリの言葉を信じるのなら、風花は七歌たちと同じように事件を解決して元の世界に戻ることを目標として定めているらしい。

 それは何よりの朗報だと七歌は喜ぼうとするも、チドリたちが過去へ跳べるかもしれないという話を知らないのではないかと考え、ここはちゃんと確かめておかねばと話を切り出した。

 

「ちょっと確認したいんだけどさ。チドリたちって過去に跳べる話は聞いてる?」

「……エントランスの扉とは別にって事?」

「うん。元の世界に戻るか、過去へ跳んでやり直すか。どっちか選べるかもしれないんだって」

 

 七歌が確認も兼ねて尋ねるとチドリは少しだけ考える様子を見せる。

 この反応からすると知らなかったのか思ったが、すぐに顔をあげたチドリは前に雑談の中で湊が話していた事があると答えた。

 

「一応、八雲から可能性の話としては聞いてるわよ。ゆかりが他の過去に繋がる可能性について尋ねて、そこで事件解決時に残ったエネルギーで一回だけ跳べるだろうって」

「え……八雲君が普通に話しちゃってたの?」

「なんで貴女たちに話して私たちに話さないと思うのよ。逆はあっても、私たちに秘密にするなんてある訳ないでしょ」

 

 湊からの信用を考えるとチドリやアイギスの方が七歌たちより圧倒的に上だ。

 過去に跳べる話をして誰かが傷つく訳でもないのだから、先に心の準備をさせる意味も込めて話す事だってあり得るだろう。

 ただ、前に湊と話した時はゆかりが現状維持ではなく過去改変の方法を探っているみたいだという報告があっただけで、湊からゆかりらに何かを話したという報告はなかった。

 その時の発言に嘘がなかったとすれば、湊がチドリらに話したのはもっと後、七歌たちに過去改変がどういったものか説明していた時期に話したんだと思われる。

 出来ればゆかりたちには過去改変の話を秘密にしておいて欲しかったが、既に伝わってしまっているなら湊にも何かしらの狙いがあっての事だろうと信じる事にした。

 

「で、その話を聞いたゆかりはどんな反応してた?」

「……別に、なるほどって何か納得した感じだったと思うけど」

「過去改変が別世界線への分岐だって説明も受けてる?」

「……そこまで詳しくは聞いてない。あくまで別の過去に繋がる事があるかって話の中で出てきただけだから」

 

 七歌が確認を取ってみれば湊は随分と中途半端に過去改変について伝えていたらしい。

 そこでしっかりと事実を伝えていれば、もしかするとゆかりは現状維持を目指していたかもしれない。

 湊ならそこまで考えてわざと中途半端に伝え、現状維持を選べない状況まで進ませようとしていそうだ。

 

「八雲君、わざと希望を持たせる感じに過去改変の情報渡してそうだね」

「性格悪いもの。なんで知っていたのに説明しなかったか問い詰めれば、そこまで聞かれてないからなってシレッと返してくるわよ」

 

 普段の他人を下に見ている彼なら平然とそういう事を言ってくる。

 彼の台詞を簡単に脳内再生出来るくらいには全員が同じイメージを持っていた。

 現状維持を選べない状況まで進んだ時になって真実を知れば、ゆかりはどうして騙したんだと荒れるに違いない。

 その時まで過去への扉が通じていれば本人に文句を言えるが、過去にも行けなくなっていれば荒れているゆかりの対応は全て七歌たちが被る事になる。

 彼を助けようと思っていただけなのに、その彼と同一存在に裏切られた時の荒れ具合など想像したくもない。

 もっとも、自分たちの仲間なのだから自分たちで対応するのが当然であり、過去の湊に対応を任せる方がおかしいという常識は七歌たちも持ち合わせている。

 なので、その時になれば全力で彼女を宥めるつもりではあるが、出来る限り平和的な落とし所に納まってくれればと期待する。

 その時の事を考えて今から少しだけ憂鬱な気分になった七歌たちは、温かい紅茶を飲んで心を落ち着けようとする。

 ついでにお茶請けの甘いお菓子も食べてストレスを軽減させつつ、七歌がそういえばと別の話題について二人に意見を求めた。

 

「あ、そういえばさ。八雲君の影いるじゃん。あれ、綾時君が共食いで成長してるって話してたの覚えてる?」

「あー、なんかシャドウは他のシャドウの力は吸収せんってやつやんな」

「そうそう」

 

 それは数日前の探索中に綾時が話していたシャドウの生態についての話だ。

 アルカナシャドウのように周囲の人間の心を吸収して力を付けるものは存在するが、周りにいる他のシャドウを食べて成長しようとするシャドウは存在しない。

 だが、湊の影と呼ばれるシャドウモドキはダンジョン内のシャドウを倒し、一種の共食いによってエネルギーを吸収して成長している。

 普通のシャドウならばそんな事はしないのだが、宣告者であったデスのように役割を持った特殊個体ならば、与えられた役割を全うするため通常のシャドウでは考えられない行動を取ることもあるらしい。

 ラビリスとチドリもその話は覚えており、それがどうかしたのかと七歌に聞き返せば、彼女なりに湊の影について考察したようで仮説を聞いてくれと話し始める。

 

「八雲君の影が成長する理由について二通りの仮説を考えたんだけど。一つはあれが時の狭間や用意したシャドウモドキで、私たちの記憶の中から八雲君の姿が反映された結果シャドウを倒して成長出来るってやつ」

「えっとぉ、湊君やウチらがシャドウ倒したら成長するから、偶然採用された湊君の姿をしたあれも同じようにシャドウ倒せば成長する機能があるってこと?」

「うん。時の狭間ってイメージを反映するからあり得ると思って」

 

 今回の事件は特別課外活動部のメンバーの心の力などが影響しているのは間違いない。

 なら、七歌の言った通りに自分たちの記憶を参考にしてシャドウモドキの姿を生成した可能性はある。

 しかし、偶然で湊が選ばれるとは思えなかったの、チドリはもう一つあるという仮説について先を促した。

 

「……もう一つの仮説は?」

「二つ目は最初のやつに似てるけど、“百鬼八雲”のイメージが反映されてその能力が再現されてるパターン。ほら、他人のペルソナとか適性を奪って自分の物に出来る能力」

「なんで八雲のイメージが反映されるのかっていう理由付けは?」

「それが私たちの心残りだからだよ」

 

 自分たちが今回の事件に巻き込まれたのは、全員が少なからず湊の死を引き摺っているからだ。

 なら、その後悔の原因となった青年の姿がギミックに採用される可能性は十分にある。

 そして、シャドウモドキは彼の姿をしている事で、人間なら誰でも持っているシャドウを倒して成長する性質か、彼自身の能力である他者の力を己の物にする能力を再現して持っているのではないか。

 普通ならそんなはずはないだろうと否定するところだが、何かの影響を受けてシャドウモドキが湊の姿になったとしたなら、七歌の挙げた二つの仮説についてもあり得ないとは言い切れなくなる。

 無論、ここでそれらを検証する事は出来ないし、敵が強くなっているダンジョン内では検証している余裕もない。

 ただ、七歌は二つの仮説の内もしも後者のパターンだったら厄介だと続ける。

 

「あれが八雲君の再現だったら、その能力がどこまで使えるのかって問題があってね。特殊技能やペルソナまで再現出来るとなったら私たち全員が本気で戦っても勝てるか分かんない」

「……貴女の予想だと最後のダンジョンにおける最下層のボスはあれになると思っているのね」

「私たちの未練の形をしてる訳だしね。八雲君が言ってた寮を三月三十一日に繋ぎ止めてる楔の可能性は高いんじゃないかな」

 

 チドリやラビリスも薄々は察していたようで、七歌があれが最後のダンジョン最下層で戦う相手だと言っても驚いた様子は見せない。

 けれど、姿だけでなく能力まで彼のものを再現している可能性があるとは思っていなかったのか、自分たちが戦うところを想像して難しい表情をしている。

 あれが湊の全盛期と同じ力を持っているとは思えない。そうであれば勝負になる訳がない。

 その点で言えば、風花やチドリでアナライズ出来る範囲の力でしかない訳だが、様々な戦闘技術を習得している以上、特殊能力を持っていない場合であっても安心は出来ないだろう。

 最下層まではまだまだフロアが残っている。それの攻略を進めながら、仲間全体で湊の影と戦う時の事を考えて作戦を組むしかない。

 これについてはまた全員で集まった時に情報を共有することに決め、それまでに彼の持つ戦闘技能や特殊能力についてまとめておくべく七歌はラビリスとチドリの協力のもと湊の情報を書き出していくのであった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。