――王居エンピレオ
最後の扉の攻略を始めた七歌たちは探索を進めて階層を下りてゆく。
出てくる敵はこれまでのダンジョンより強いが、七歌たちも時の空回りに巻き込まれて一月以上戦い続けている。
ニュクスとの決戦時ほどではないものの、それでも十分な力は取り戻すことが出来ていた。
《物理攻撃と火炎に耐性のある敵、氷結魔法が弱点です!》
金属で出来たオブジェに巻き付いた蛇が宙に浮いたまま迫ってくる。
風花のアナライズ結果を聞いた一同は、氷結魔法が使える美鶴と七歌とチドリを中心とした隊列へ組み直し、中心となる三人も敵を包囲出来るように美鶴とチドリが左右へと広がる。
敵の接近に合わせて隊列を組み直すタイミングを狙って敵は炎を吐くが、前衛にいた順平とコロマルがペルソナを呼び出して炎を受け止めた。
「へへっ、効くかよそんなの!」
「ワン!」
二人が攻撃を防いでいる間に七歌たちも移動を完了し、すぐに召喚器を構えて攻撃に移る。
まずは足止めだと美鶴は広範囲に無数の小さな氷の刃を飛ばし、面での攻撃を受けたシャドウは全てを避けることは出来ず小さなダメージを負ってゆく。
いくら一つ一つの威力が弱くても数が集まればそれは十分な脅威。堪らず敵が距離を取ろうとすれば、鋭い氷の槍を生成していた七歌が高速で射出してその進路を阻む。
恐ろしい速度で目の前を通過していった氷槍を見て敵が足を止めれば、その瞬間を待っていたとばかりにチドリのヘカテーが杖を振り下ろし敵のいる空間を凍りつかせた。
地面から生えてきた氷に呑み込まれ、氷のオブジェと化した敵はしばらくは形を保っていたものの、かなりのダメージを受けたのか氷の中で黒い靄になって消え失せる。
七歌たちが戦っている間、周囲の警戒をしていた真田たちは敵が消滅した事を確認すると集まり、戦闘終了後も警戒を続けたまま風花からの報告を聞く。
《周囲に敵の反応ありません。戦闘お疲れ様でした》
「おつかれー、それじゃあ皆少し休憩しようか。風花も少しの間はゆっくりしててね」
《うん、ありがとう。近くに敵が出現したら伝えるから、七歌ちゃんたちもしっかり休憩を取ってね》
それなりに広い部屋で戦っていたため、周辺にも敵がいないと分かると七歌は休憩を提案した。
特別疲れている訳ではないものの、フロアボスとの戦闘が待っている事を考えると休憩は小まめに取った方がいい。
また、七歌たちは戦闘中しかペルソナの力を使っていないが、ナビゲーターである風花は皆の移動中もペルソナを呼び出し続けている。
魔法を放ったりしている訳ではないので、激しく消耗する事はほぼ無いと思われるが、周辺の敵に警戒したままだと集中力が続かない。
七歌たちが安全に探索を進めるには彼女のサポートは必須であり、そのためには風花の体調も万全にしておく必要がある。
故に、ここらで風花も一度しっかりと休憩を取るように七歌は言った。
風花の能力はペルソナを呼び出さなくても使える部分もあるため、これまでの探索で自分がどの程度消耗しているかは把握し、七歌に言われた通りにペルソナを消してお茶でも飲んでいる事だろう。
そうして、七歌たちも周囲を警戒しつつ腰を下ろし、携行パックから飲み物や軽食を取り出して体力回復に努める。
持って来ている携帯食料などはそれぞれの好みで選ばれており、ただのパックゼリーを飲んでいる者もいれば、オニギリを食べている者もいたりする。
アイギスの傍に座ってチョコ味のブロッククッキーを食べていたメティスは、そんな風に好きな食事をしている他の者たちをどこか観察するように見ながら、今後の予定について話すため口を開いた。
「最後の扉というのもあってか今回のダンジョンは敵も強く、一つのフロアが広く感じます。幸い、今の皆さんなら大きく苦戦する事はないでしょうが、それでも探索のペースは落とさざるを得ません」
「確かにな。シャドウたちの強さは明確に上がっている。タルタロスの上層並の強さはあるだろう」
先ほどの戦闘ではほとんど一方的に倒したが、出てきた敵の強さは決して油断出来るような物ではない。
メティスの言葉に同意するように真田も頷き、同じように感じていた七歌と美鶴も探索スケジュールを直す必要があるかもしれないと答える。
「安全を第一に考えるなら少し小刻みに探索を進めた方が良いかもね」
「ああ。敵が毎回二、三体しか出ないという事もないだろう。ここの強さで五体以上出てくれば倒すのも流石に骨だ。最初からペースが落ちる可能性を考慮しておくべきだな」
いつまで寮が今の状態を保ってくれるのかは分からないが、すぐにどうこうなるようにも見えない。
ならば、出来るだけメンバーの安全を第一に考え、少しくらい探索のペースを落としても良いだろう。
七歌と美鶴の会話に他の者たちも頷いているので、全員がちゃんと危険に対する意識を持ってくれていた事に二人も喜ぶ。
ここで一人でも速度を優先するべきだと言ってくれば、閉鎖空間内で生活している事もあって最低限の配慮をしなければならなかったところだ。
休憩を始めてすぐに今後の探索ペースが落ちる事を共有すると、後の時間は体力回復やちょっとした雑談をして過す。
スポーツドリンクを飲んでいたゆかりも、そういえば、とここのダンジョンについてある事を思い出して他の者たちも気付いていたか尋ねた。
「そういえばさ。ここの敵って今までより強くなっていたのに、たまに見る有里君の影は敵に苦戦せずに進んでるぽかったよね」
「あの影もシャドウを倒して力を付けているのかもしれないね。というか、事実として最初の頃より強くなっているように見えるよ」
ここに来るまでの間にしっかりとしていたのか、ゆかりの問いに答える形で綾時が頷いて返す。
最初の扉で見た湊の姿をした影は、ダンジョンの途中の階層に現われるフロアボスと戦って少し苦戦している様子だった。
動きは湊の物に酷似しているし、同じ人間として見れば彼の姿をした影はかなり強い。
しかし、今のところあの影は湊と違ってペルソナを呼ぶ事が出来ていない。あれ自体もシャドウやペルソナに近い存在だからか、肉体と同じ影から生み出された武器は使っているもののペルソナを呼ぼうとせずフロアボスたちと戦っていた。
そんな湊の影は今回のダンジョンにも来ており、未だフロアボスとの戦いは始まっていないが、これまでの道中で何度かシャドウと戦っている姿を目にした。
ゆかりたちにすれば一つ前のダンジョンより明らかに強いシャドウが相手だったが、青年の影はそれらを複数体相手取ってしっかりと勝利を収めている。
最初のダンジョンで苦戦していた事を思えば強くなっているのは間違いないだろう。
だが、シャドウのようでシャドウではない存在。そんな物がどうして戦いを通じて成長出来るのか。
素朴な疑問を持った順平は綾時に質問をぶつける。
「なぁ、綾時。どうしてあの有里の影っぽいのは成長出来るんだ? 普通のシャドウって別に強くなったりしねぇだろ?」
「普通はシャドウ同士で戦ったりしないからね。あれは言ってしまえば共食いみたいなもので、戦って勝てば相手のエネルギーを食べて成長することは可能なんだよ。ほら、アルカナシャドウだって大勢の人の心を食べて成長しただろう。人からじゃなく同じシャドウからエネルギーを摂取しているのがあの影なのさ」
シャドウを倒してペルソナが成長するように、シャドウが他のシャドウを倒しても成長することは出来る。
しかし、それは同じ神を母に持つシャドウ同士では通常起きない事だ。
綾時のように人間の性質が混ざっているならまだしも、普通のシャドウが自己進化のためだけに共食いを始める事はまず無い。
なら、まさにその共食いによって成長している青年の影は一体何者なのか。
順平は続けて綾時に尋ねた。
「なら、あの有里の影ってなんなんだよ? 共食いするって事はシャドウじゃないのか?」
「うーん。ハッキリとは分からないけど、シャドウにしても僕みたいに役割を持ったタイプと見るべきかな。特殊な個体だと目的達成を優先して通常とは違うことをしたりもするから」
アルカナシャドウはニュクスと一つになる時の事を考えてひたすらに力を集めていた。
今回の青年の影も何かしらの目的を持っており、そのためにシャドウを狩って力を集めている可能性が考えられる。
性質はシャドウなのでシャドウである事はほぼ間違いないと思うのだが、場所が場所だけに綾時もハッキリと断言する事は出来ない。
順平と綾時がそんな風に湊の影について話をしていれば、傍で話を聞いていた荒垣が会話に混ざってくる。
「しかし、あの影が最終的に敵に回るとしたら厄介そうだよな。話を聞いてる感じじゃ今も成長し続けてるって事だろ」
「フロアボスなんて同じシャドウにすれば最高のご馳走だからね。それを倒して回ってるのが敵になったら確かに厄介だと思うよ」
荒垣が心配している事は実際に起きる可能性が十分に考えられる事だ。
湊の影は本当に驚くような速さで成長を続けている。
あれの正体が寮や七歌たち三月三一日に繋ぎ止めている楔ならば、荒垣の言う通り最終的には敵として戦わなければならない。
勿論、七歌たちの考えすぎ、杞憂であれば心配性だなと笑い話で済む。
だが、そうじゃなければ、あれが本当に楔だったとすれば非常に厄介な敵と言える。
そのため、もう少し進めばフロアボスのいる階層に到着するので、そこで今の敵の強さを見られたらしっかり見ておこうと七歌も仲間たちに声をかける。
他の者たちもしっかりと返事を返してきたため、そこで休憩を終えて探索再開の準備を始めた。
探索のペースを落とすと話したので探索を再開しても深くまで潜るつもりはないが、全員の頭に湊の影が敵になる可能性があるという事が残った事もあり、再開した後の戦闘にはどこか気合いのようなものが感じられたのだった。