【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百八十五話 真田たちの懸念

――巌戸台分寮

 

 探索明けの休日。昼前に日課の筋力トレーニングを終えて一階へと下りてきた真田は、そこにいたメンバーを見て珍しく二人しかいないのかという感想を抱く。

 キッチンに面したカウンターテーブルで昼食を食べている荒垣、奥のソファーに座って紅茶を飲みながら本を読んでいる美鶴。

 過去の世界に行くことが出来ない綾時は自室にいるのかもしれないが、昼時と言うこともあって何人かが昼食を摂っていると思っていただけに、今日は随分と寂しい様子だなと軽口を叩く。

 

「なんだ。お前たちだけか。あいつらは全員向こうに行っているのか?」

 

 荒垣の後ろを通ってキッチンに入った真田は、持って来たボトルにプロテインの粉と水を入れて蓋をすると慣れた手つきでシェイクする。

 彼が今作っているのは中学の卒業祝いに湊から貰った“ディーププロテイン・サード”の進化形、世界中のトップアスリートに多くのファンを抱える“オーバープロテイン・セブンス”だ。

 少し時間を置いてから昼食も食べるので、その間を持たせる意味も込めてボリューム感を感じる“リッチショコラ味”を選んだが、パッと見ではアイスココアにしか見えない飲み物を大きなボトル満タンに入れて持って来た真田に荒垣は本当にアスリート用の飲み物かと疑いつつ他の者たちの居場所を答えた。

 

「何人かはお決まりの“報告会”に行ってる。九頭龍と順平は望月の分も含めた買い出しだ」

「……そうか。残る扉も二つだが、あいつらは大丈夫なのか?」

 

 お決まりの報告会だと聞いて、真田はプロテインを飲みながら僅かに視線を俯かせる。

 彼はコロマルの過去の映像をみた事で足りない物を自覚し、より高みを目指して目標である湊に近付くためにも事件を解決しようと決意した。

 だが、そうやって前を向く事が出来たのは、幼少期に妹を助けてくれた恩人の背中を追い続け、その行為自体が真田という人間を構成する支柱になっているからだ。

 一時は彼を疎ましく思い、憎しみにも似た感情を抱いていた事もあったが、全て自分の幼稚さが原因だと気付いて反省してからは大切な仲間の一人だと思っている。

 しかし、大切な仲間の一人ではあるのだが、他のメンバーが共に戦い助け合う存在であるのに対し、彼の事はその在り方を含めて敬意を抱きながらも、いつかは追い付き超えるべき目標として捉えていた。

 おかげで真田は今も彼に会いに行っている者たちのように、どうにかして彼が犠牲になる運命を変えられないかと考える事が出来ない。

 一人で犠牲になったと知った卒業式の日には悔しさと怒りを覚えたが、それはあくまで戦う仲間に何も言わなかったという行動に対しての不満であって、一人の犠牲で世界が救われたという結果に対する不満ではないからだ。

 今も彼の事を想っている者たちにすれば、真田の考えはとても薄情に見える事だろう。

 本人もこれは自分が湊の在り方に憧れがあるせいだと自覚しているため、それをわざわざ口に出したりはしない。

 ただ、残る扉が二枚になった事で、そろそろ現実と向き合わせる必要があるのではないかと真田は考えていた。

 そのため、今後について危惧しているのは自分だけじゃないよなと確認の意味も込めて尋ねれば、離れた場所に座っていた美鶴にもその声は聞こえていたらしく、読んでいた本を閉じて彼女も口を開いた。

 

「その点については私と七歌もずっと考えていた。おそらく望月も気付いて心配しているところだろう」

「ま、あんだけ分かり易い態度見てたら誰だって気付くだろうぜ」

 

 真田が危惧していた事については他の者たちもしっかりと気付いていた。

 最初に過去の湊との接触は出来る限り最低限にしようと決めていたのに、いつの間にかダンジョン攻略の報告と称して休みの度に会いに行くのが当たり前になっているのだ。

 これで気付かないのは報告に行っている当人たちだけだろう。

 物資の補給もあるので会うのがダメという訳ではないが、会いに行くこと自体が目的となっているのなら止めなければならない。

 なにせ彼は自分たちから見て過去の世界の存在。今回の事件が解決すれば会うことは出来なくなるのだから。

 あまり大声で話す内容でもないため、美鶴が紅茶のカップと本を持ってキッチン側のテーブルへと移動してくる。

 キッチンに面したカウンターで食事をしていた荒垣はそのまま、近くのテーブルに座っていた真田の正面に美鶴が座ったところで改めて真田が尋ねる。

 

「それで、危険なのは何人だ」

「報告会の参加者全員と言えば全員だが、ゆかりとアイギスと吉野が要警戒対象といったところか」

「山岸とラビリスは違うのか?」

「ああ、他の三人ほどじゃない。山岸は友人や仲間への感情、ラビリスは色々と読みづらいが自分以上に彼に執着している妹がいるからな。一歩下がって見るだけの余裕があるといった感じだ」

 

 こういったものは同性の方が敏感に察知出来る。そう思って真田が尋ねれば、真田が思っていた以上に美鶴はしっかりと仲間たちの事を見ていた。

 十月の満月戦で湊が死んだ時に数日休んでいたアイギスとチドリが要警戒対象なのは分かる。

 彼が二人を大切に思っているように、彼女達にとっても湊は特別な存在であり、その絆は契約として認められるほどだ。

 だが、その二人に加えてゆかりも要警戒対象だと聞いた真田は、彼女が既に前を向いて動き始めていると思っていただけに、どうして彼女も含まれているのかと聞き返した。

 

「岳羽は次の進路について考えたりと動き始めているんじゃなかったのか?」

「そこについては有里も指摘していただろう。今のゆかりは無理に前を向いて心を誤魔化していると。私も進学の準備や引っ越しの用意があってあまり会えていなかったが、無理をしているのがすぐに分かったから見かけた時には声をかけるようにしていたんだ」

 

 最近のゆかりは進路指導室で進学先の大学を調べたり、学校がない時には出来るだけ予備校の講義や自習室での勉強に打ち込んでいた。

 春休みが明けたら三年生となり、推薦入試を受けるならその準備と対策を、一般で受けるならセンター試験に向けた勉強をしなければならない。

 事前に湊が“迷惑料”として桐条グループにお金を預けており、予備校の授業料や進学後の学費などはそこから出して貰えるため、ゆかりは出来るだけ志望校への合格実績がある場所を選んでほぼ毎日予備校に通っていた。

 三年生になるからと受験モードに頭が切り替わったのならいいが、あまりの変化と最近の彼女の雰囲気から無理しているのは一目で分かった。

 そのため、美鶴はゆかりに会えた時には声をかけて、最初から無理に詰め込むと長続きしないぞと休みを挿むようにも言っていたのだ。

 だが、そんな彼女のアドバイスは受け入れられなかったらしく、ゆかりはこの巌戸台分寮や仲間たちと距離を置くように予備校に通い詰め、それを邪魔するように事件に巻き込まれた当初はここ最近の中でも特にピリピリとしていた。

 あそこまでピリピリとした態度をとられると、流石に周囲も気を遣って雰囲気が悪くなる。

 他の者たちはそこでゆかりの変化にも気付いていたというのに、どうして一人だけ気付いていないんだと荒垣が呆れた顔をする。

 

「なんであんな分かり易い態度に気付いてねぇんだよ。他の奴らが普段通りだったとは言わねえが、岳羽の雰囲気の変わり様は他の比じゃなかっただろうが」

「俺はそもそも会ってないんだ。気付きようがないだろ」

 

 そんな風に責められたところで真田としても会っていなければ気付けないと反論する。

 真田とて後輩たちの事を気にしていない訳ではないのだが、自分の進学準備を進めつつ、以前とは異なる生活スタイルになっている後輩らと話す時間を確保するのは難しかった。

 この寮は三月末を持って閉鎖される事になっており、卒業をもって出ていくことが決まっている三年生たちだけでなく、他の者たちも一般寮の方へと引っ越す予定だ。

 荷物を整理して捨てていたり、忙しそうに段ボールに詰めているのを見て長々と雑談しようとは思えない。

 そうして、こんな事件が起きてしまった事で、真田はゆかりの変化に気付かすに来てしまった訳だ。

 それを聞いた美鶴と荒垣は気付いていても何も動けなかった自分たちも同罪と考え、今後について建設的な事を話そうと提案する。

 

「まぁ、誰一人として悩みを聞いてやれていなかったんだ。気付いていようと動けなかった以上は同罪だ。だから、今は今後の対策について話し合おう」

「あり得るのは事件を解決しないってとこか? 地下にシャドウのいるダンジョンはあるが、あいつらは別に扉を潜って出てきたりはしない。補給も可能になったことでただ暮らしていくなら不便はないからな」

 

 今後、要警戒対象の少女たちが起こしそうな事について荒垣が予想をつける。

 寮とポロニアンモールを行き来する事しか出来ないものの、普通に生活していく上でこれといった不便は感じていない。

 食べ物などに飽きれば湊に頼めばポロニアンモールでは手に入らない食材等を入手してくれるため、変わらない景色に目を瞑れば食生活もしっかりと変化に富んでいた。

 そう。最初はこんな生活がいつまで続くんだと不安にもなったものだが、一月ほど今の生活を続けた事で慣れてきており、今の状況に大きな不安や不満を持っている者はいなくなっていた。

 荒垣の言葉に同意する形で頷いた美鶴は、彼に会いに行っている少女らの願いもそれで叶うだろうと考えを言葉にする。

 

「有里は明言を避けているが、恐らくあちらは私たちの世界に繋がる過去だ。お互いの過去の話に共通点があり過ぎる。おかげで彼女達も自分の知っている有里と思って接している」

「今後向こうが別の未来に分岐したところで今のところは同じだからな。自分たちの知っている有里というのも間違いではないだろ」

「ああ。だが、今回はそこが問題なんだ。自分たちの知っている有里と同一存在の可能性が高いからこそ、彼女達は心の奥底で過去の有里でも構わないと思ってしまっている。彼女達の目的は有里と共にいることだからな」

 

 見た目が同じだろうと完全に別人だと分かるような相手ならば問題はなかった。

 例えば結城理だ。幾月たちと共にいた結城理は遺伝子レベルで湊と同一人物であり、血に宿った記憶がクローンの人格を上書きした事で同じ過去の記憶を持つ存在になっていたが、デスとの戦い以降の生き方が全く違った事で完全に別人としての自我を確立していた。

 そのため、彼と言葉を交わした者たちは湊に似た部分もあるが明らかに別人だと分かって接していた。

 今回も、そんな風に別世界の湊が相手ならゆかりらも事件を解決する事に悩むことなどなかっただろう。

 だが、自分たちの知る彼と同一存在と出会ってしまったために、彼女達は彼が死んだ元の時代に戻るくらいなら、過去の存在だろうと彼に会える現状の方が良いと思い始めている。

 いつまで寮が無事かも分からない状況だというのに、流石にそれは受け入れられないと真田は告げる。

 

「今はまだ状況が安定しているが、ここがいつまでも無事と決まった訳じゃないんだろう? 下手をすれば過去への扉が消えて、どうしようもなくなる事だって考えられる。安定した状態にある内に事件を解決するべきじゃないのか」

「私と七歌の意見はそれで一致している。というより、七歌が相談を持ちかけた有里も早々に事件を解決すべきだと言っている。下手をすれば繋がっている事で二つの世界が共倒れになる危険があるらしい」

 

 過去の湊がいうには、限定的ではあるものの二つの世界が繋がっている今の状況はかなり危険らしい。

 時の狭間の力が七歌たちの願いを叶えるために現代の寮と過去のポロニアンモールを扉で繋ぎ、結界内部だけで活動を許可する形で過去に来られているが、時の狭間の力で作られたその結界がいつ崩れるか分からない。

 もし、七歌たちが過去の世界にいる状態で結界が崩れとき、過去の世界にいる七歌たちは元の世界に強制的に帰還させられるのか、それとも過去の世界に残ったままになるのか、はたまた時空の彼方に消え去ってしまうのか一切が不明なのだ。

 最悪のパターンは二つの世界が繋がっているせいで衝突し合い。どちらの世界も滅びてしまう事。

 湊はもうしばらくは大丈夫だと見ているが、それでもいつまでも自分のいる世界を滅ぼしかねない存在がいるのは厄介だと感じている。

 そのため、湊は報告会でやって来る者たちのメンタルケアをしつつも、出来るだけ早く未来との繋がりが消えて欲しいと思っているそうだ。

 美鶴からそれを聞いた真田と荒垣は、彼がこちら側の意見で良かったと一先ず安堵する。

 

「そうか。あいつが別にいつまでいても構わないと言い出さなくて良かった」

「有里が許可すればあいつらも気兼ねなく現状維持を選べちまうからな。出来る事ならあいつの方からさっさと解決して元の世界に帰れって現実を突きつけて貰いてぇもんだ」

「……はぁ、それは我々が果たすべき役目だ。嫌な役目だが何でもかんでも彼に頼ろうとするな」

 

 相手は自分たちよりも年下だ。過去の存在という事もあって下手をすれば自分たちの方が二歳年上になる。

 だというのに、嫌な役目を後輩に押し付けようとする男たちに美鶴は深い溜息を吐き、少しは年上として先輩らしい態度を見せるべきだと二人を諫めた。

 美鶴から注意された二人は僅かに気まずそうな顔をするが、とりあえずの方針として両世界の存続のため事件の早期解決が望ましく、湊もその意見に賛成しているのだけは分かった。

 いきなり要警戒対象の少女たちに現実を突きつけるのは難しいので、まずは報告会に参加しつつも事件を解決すべきだと思っているであろう風花やラビリスに相談するところから始める事にする。

 残る扉は二つ。それらを攻略するまでに全員が納得して寮を元通りにするべく三人も決意を固めた。

 

 


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