【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百八十三話 過去との向き合い方

――ポロニアンモール

 

 四つ目の扉ダンジョンを攻略した事でメンバーたちに数日の休みが与えられた。

 今の状況になってもうすぐで一ヶ月が経つ。それだけ戦っていると戦闘の感覚もかなり戻っており、最終決戦の時と同等とは言わないがそれに近いレベルで戦えている。

 扉ごとに出てくるシャドウの強さにそれほど差はなく、おかげで感覚を取り戻した今ではダンジョンの探索はそれほど苦労しなくなった。

 全ての扉を攻略する必要があると言われ、最初はどれだけの時間がかかるのだろうかと心配もしていたが、およそ一ヶ月で残る扉の数も半分を切った。

 扉のダンジョンを攻略し始めた当初は全員にブランクがあったためペースも遅かったが、全員が戦える状態になった事で残る扉の攻略はもっと早いペースで行えるだろう。

 そうなれば、ようやくこの事件から解放されて元の世界に戻れる。

 三年生はそれぞれの進学先へと入学し、他の者たちは新学年へと進級して、皆が望んでいた平和な日常の未来へ歩み出す事が出来るはずだった。

 そう。最初はそれを望んでいたはずだったのに、ゆかりは自分が今のこの状況が終わることを怖れている事に気付いた。

 

(残る扉はあと三つか……。それを攻略したら事件は解決。時の流れも元通りになって、私たちは本当の意味で影時間やそれに関連する事件から解放される。ようやく望んでいた平和な世界を取り戻す事が出来る)

 

 エントランスにある扉を潜って過去のポロニアンモールにやってきたゆかりは、二階通路の手すりにもたれてぼんやりと考え事をしながら広場の噴水を眺める。

 最初はこれまで通りに骨董品屋で店番している彼の許へ向かい。そこで四つ目のダンジョンでどういった事があったか報告がてら雑談するつもりでいた。

 彼自身はそうだと認めていないが、他の者たちの話によればここは自分たちの世界に繋がり過去の世界の可能性が高いという。

 それだけに、過去の世界の住人であるはずの彼との会話は、自分の知っている彼と話しているような感覚で、久しぶりに彼との会話を楽しめたゆかりは休日になるたび自然と彼の許へ報告に来ていた。

 

(でも、そんな時間ももうすぐで終わる。ここまで来るのに一ヶ月かかった。十分過ぎるくらい時間はかかってるけど、私たちも感覚を取り戻して攻略がスムーズになってる。なら、急に強い敵が出てくる扉が現われるでもなきゃ一ヶ月かからずに事件は解決する)

 

 考えてゆかりは深い溜息を吐く。誰よりも事件解決を望んでいたはずなのに、今になってこの時間が続けば良いと思っている自分に自己嫌悪する。

 本当は心の奥底では分かっていたはずなのに、終わりが近付いてきた事でようやく自分の気持ちと向き合えるようになったと言うべきか、状況に慣れて考えるだけの余裕が出てきたと言うべきか。

 

(事件が解決すればまた有里君はいなくなっちゃう……)

 

 ゆかりは“彼がいる”状態を維持出来る方法はないかとつい考えてしまう。

 頭では分かっているのだ。自分たちと同じ世界で生きていた彼は死んでいる。こちらの世界で会えている彼はどれだけ自分の知っている彼に近かろうが、所詮は自分たちの過去に極めて近い世界の彼でしかないと。

 だが、それでもゆかりは彼に会えることが嬉しかった。

 別れを言うことも出来ず、何が何だか分からないまま戦いが終わって記憶を失い、記憶を取り戻した時にはどうする事も出来ない状態になっていたのだ。

 心の整理がついていなかったこともあって、こちらの世界で出会えた事はゆかりにとっては、相手が別人だろうと決戦で別れてから続きなのである。

 

(今の世界は過去に干渉出来る。こうやって実際に過去にも来れてるし、ここで私がニュクスに関する情報を彼に伝えれば、彼が犠牲にならずにニュクスを倒す方法が見つかって未来が変わる可能性だってある)

 

 メティスの言葉を信じるのであれば今の自分たちは扉を通じて過去に干渉出来る。

 歴史改変レベルの事が出来るのか、それともここと同じように限定的にしか干渉出来ないのか、検証するだけの時間がないこともあって詳細は不明だ。

 ただ、扉の攻略が進んで来た事でタイムリミットを意識してしまい。徐々に余裕を失いつつあるゆかりはそれが当初の目的と正反対である事にも気付くことなく、本気で現状維持や過去を変えることで歴史改変が出来ないか考え始めていた。

 つい先日まではもっと思考にも余裕があったはずだが、とある切っ掛けによってゆかりは自分が本来いるべき元の世界の事を思い出してしまった。

 

(どうして真田先輩はあんなに楽しそうに未来の事を話せるんだろう。仲間がいないのに、彼だけがその世界にいないのに……)

 

 手すりに置いていた手の上に顔を伏せるゆかりの脳裏に、四つ目のダンジョン最奥での真田の姿が浮かび上がる。

 ダンジョン最奥でコロマルと湊の過去を見た真田は、これまで感じていた自分と彼らとの差の正体にようやく気付いた様子だった。

 死生観の違いから来る覚悟の重さ。言ってしまえばそれだけの物だが、だからこそ真田はその領域に近付く事で自分と彼らとの間にある壁を一つ越えようとしていた。

 それは当然この世界では出来ない。事件を解決した後、準備を整えて武者修行のため海を渡るつもりらしい。

 真田も湊の件を引き摺っているはずだった。さも自分は進み始めているといった様子で、悩みを吹っ切るためにトレーニングに逃げていたはずだったのだ。

 なのに、彼はこの世界に来て本当の意味で前を向き始めていた。まだはっきりとした輪郭は帯びていないが、進むべき方向だけは定まったようだった。

 本来ならば仲間が大切な一歩を踏み出した事を祝福すべきなのだろうが、過去に囚われているゆかりは真田の行動が彼への裏切りに見えていた。

 彼だけがいない世界なんておかしい。そんな不公平な事などあって良いはずがない。

 暗い感情が心の中で渦巻いているゆかりは、再び彼がいる世界で生きていくため、他の者たちに気付かれないよう注意しながらその方法を探し始めた。

 

 

――古美術“眞宵堂”

 

 ゆかりが一人悩んでいた頃、湊が店番している眞宵堂の店内にはチドリとラビリスの姿があった。

 店番をしていると言っても扉には準備中の看板が下げられ、店内が外から見えないよう入口のカーテンも閉めてしまっている。

 未来の七歌たちが来てからはずっとこの状態になっているので、テナントの一つがずっと休んでいる事にモール側が違和感を覚えても不思議ではない。

 だが、湊は祓魔師や退魔師と呼ばれる異能持ちの血筋であるため、この店に結界を施して他の客の意識を逸らすようにしていた。

 おかげで結界が張られている間は誰もこの店を気にしなくなり、客もモールも店が閉まっている事に気付いてすらいない。

 まぁ、普通に考えれば一日に同じ集団が何度も店に出入りしていればかなり目立つ。

 七歌たちからすれば数日開けて来ているのだろうが、店に来ている間は湊が時流操作で店内の時間の流れを操作し、数時間話していても外界では五分も経っていない状態にしている。

 そして、そんな彼女達が帰ってから数時間と経たずに戻ってくるのだ。

 どうやら過去へと繋がる扉が自動で湊がいる時間に繋いでいるらしく、数日ぶりに会って久しぶりと挨拶されても湊にすれば数時間ぶりでしかなかったりする。

 今回やってきたチドリたちも湊にすれば数時間前に三つ目の扉をクリアしたばかりだった。

 なのに、こちらの時間で数時間経っただけで、彼女達は四つ目の扉をクリアしてきたと報告してきた。

 普通ならそんなに速くクリア出来るものかと疑うところだろう。

 しかし、湊は時の流れがズレていることにも気付いており、パソコンで仕事をしながら適当に相槌を打ってチドリらの報告を聞いている。

 

「んでな。四つ目の扉で見えたんはコロマルさんの過去やったんよ。湊君と一緒に神社の前でシャドウ倒した時の映像やってんけど、湊君はそれ覚えとる?」

「……犬が初めてペルソナを召喚した時のだろ」

「そうそう、それそれ。七歌ちゃんとチドリちゃんも適性とか本格的にペルソナに目覚めたタイミングやったし。コロマルさんの過去で扉が見せてくる映像の共通点もほぼ確定したんよ」

 

 元からそういった可能性については七歌たちも触れていたが、コロマルの過去が初めてペルソナを召喚した時のものだと分かり、扉が見せてくるのはメンバーたちが力に目覚めた切っ掛けだと判明した。

 残る扉はメンバーの人数よりも少ないが、それらも恐らくはメンバーの誰かの過去を見せてくるに違いない。

 どうして力に目覚めた切っ掛けの映像を見せてくるのか。その部分についてはまだ分かっていないものの、共通点があると言うことは何かしらの意味があるはずだ。

 今頃、まだ寮の方に残っている七歌や美鶴が風花と一緒に考察し、今後のダンジョン攻略も含めて作戦を練っているに違いない。

 ただダンジョンを攻略するだけで事件が解決するならいいが、恐らくはそう簡単には解決しない。

 これまでの経験でそれが分かっているからこそ七歌たちは“ダンジョン攻略後”に起きる事を考えている。

 ならば、自分も仲間の一人として情報でも集めるかとチドリも口を開き質問する。

 

「……それで、貴方の見解は? 今後誰の過去が見えるはずだとか、そんな物を見せてくる意図だとか何か分かることはある?」

「ダンジョンの奥に行けば答えが分かるのにここで聞く意味があるのか?」

「場合によっては意味があるかもしれないでしょ」

 

 EP社の仕事を進めている湊は会話が面倒らしく、ここで聞かなくてもどうせダンジョンの奥に行けば答えが分かるんだぞと諦めさせようとする。

 しかし、チドリたちは時の狭間の事も含めて今回の事件で分かっている事が少ない。

 今のところは問題なく攻略を進められているが、もしかすると次に選んだ扉のダンジョンに恐ろしく強い敵がいる可能性だってある。

 そのため、どんな些細な情報だろうと持ち帰れば事件解決の役に立つかもしれない。

 チドリ自身はそこまで深く考えるつもりはないものの、メンバーの中にはそういった情報の断片から正解に辿り着ける者もいる。

 今回はそんな仲間のために情報を求めた訳だが、小さく溜息を吐いた湊はパソコンの画面から顔をあげずに淡々と答えた。

 

「候補としては美鶴さん、ラビリス、アイギスの三人だ。理由は他のメンバーが力の覚醒に立ち会っていないから」

 

 彼が答えるとやはり自分たちでは見えていなかった物が見えていたかと、優秀なくせに面倒臭がりな青年に対しチドリは呆れる。

 ここまで過去が見えたのは七歌とチドリとコロマルだけだ。まだ選ばれていないメンバーの方が多いというのに、そこから三人をキッチリ選ぶあたり彼はかなりの確度を持って告げているに違いない。

 紅茶を飲みながら彼が三人の名を挙げた根拠を聞いたラビリスは、隠れた共通点があったことに驚いて聞き返す。

 

「え、そういう部分も関係あるん?」

「絶対じゃないが今のところはそこも共通してるだろ。先輩たちは勧誘後にラボや寮で召喚しているし、二年生組や天田は他のメンバーの前でペルソナ召喚を済ませていたはずだ」

 

 言われてみれば確かにそうだと、ラビリスとチドリが頷きながらテーブルの上のクッキーに手を伸ばす。

 小さな口に運んでサクッと音をさせながらかじれば、バターの香りと優しい甘さが口の中に広がる。

 一見どこにでも売っていそうなシンプルな見た目のクッキーだが、少女らのお茶菓子にと彼が出してきた事もあって恐らく高級品だ。

 シンプルなバタークッキーは子どもでも簡単に作れるお菓子だけあって安物でもそこそこ美味しかったりする。

 だが、シンプルなお菓子だからこそ味や香りなど他との違いがあればそれがハッキリと分かる。

 残り半分も口に放り込み、彼が淹れてくれた紅茶と共に味わってほっこりとしたラビリスは、いや少し待てと先ほどの彼の言葉にツッコミを入れた。

 

「いや、こっちの世界じゃ天田君まだペルソナ目覚めてへんやろ。なんで知っとるん?」

 

 そう。湊はメンバー全員のペルソナ覚醒時期について言及していたが、天田がペルソナに目覚めたのはアイギス加入より後の七月二五日。

 湊のいるこちらはまだ六月中なので、一ヶ月以上先に起きる事をここにいる湊が知っているのはおかしいのだ。

 湊は血筋の関係か未来視に近いレベルで結果を当てる占いが得意ではある。

 それはベルベットルームの住人であるマーガレットが認めるほどで、誰かに頼まれた時に気まぐれで占うだけで基本的には何も占おうとしないが、それを使えば彼なら特別課外活動部の新メンバーの加入時期などを当てられても不思議ではない。

 だが、彼はそんなオカルトに頼るタイプではないため、ではどうやって知ったのかと少女らは視線で話すように促せば、パソコンから顔をあげた湊は薄い笑みを浮かべるだけで答えなかった。

 小さくイラッとしたチドリはこの反応はやはり占いではないと判断し、ならばと次に可能性の高い他人の心と記憶を読む力を自分たちに使ったのかと彼に尋ねた。

 

「私たちの記憶を覗いたの?」

「いや、普通にアイギスが教えてきた。ニュクスとの戦いより前の情報は話すなと言っていたんだが、加入時期くらいなら問題ないと思ったらしいな」

「なら普通に答えなさいよ。意味深に笑って馬鹿じゃないの」

 

 彼だけが持つ特殊な力を使ったのかと思えば、真相は自分たちの仲間が彼に情報をリークしていただけだった。

 湊にとっては未来の出来事を話しすぎるとそれに合せようとして湊の行動が変化し、この世界の未来がチドリたちのいる世界と繋がらない可能性がある。

 チドリたちが辿り着いた未来は僅かな犠牲を払ったものの、湊が望んだ結末に極めて近い平和な世界だ。

 そのため、湊はニュクスに勝ったその世界線へ繋がるようにと、最初に会った時点で出来る限り未来の情報を拒否していた。

 どうしてそんな相手にアイギスが未来の情報を伝えたかと言えば、湊とは離れた場所の出来事であり、知っていても影響がないだろうと思って伝えただけに過ぎない。

 それを聞いた少女らは何をしているんだとアイギスのある意味危険な行動に呆れつつ、脱線していた話を戻す。

 

「それで、どうして扉が過去を見せてくるのかは分かる?」

「さてな……」

 

 興味なさそうに肩を竦めて再びパソコンに視線を戻した青年に、チドリは近くに置いてあった木彫りの猫を投げつけようとする。

 だが、それはちゃんとした売り物であり、栗原に迷惑がかかるからやめておけとラビリスが腕を掴んで止める。

 変なところで人をからかってくる相手だけあって、理由に気付いてしらばっくれているのか本当に分からないのか判断がつかない。

 もっとも、理由がどちらであっても彼の態度が舐めくさっているので、質問した側にすれば煽られているようにしか感じないのが厄介なところだ。

 昔からの付き合いだけあって、彼に対してはすぐ感情的になる少女をなんとか宥めて木彫りの猫が元の位置に納まると、選手交代だとばかりにラビリスが質問をぶつける。

 

「ほんなら、事件解決に過去の映像を見ることが関係してるかは教えてや」

「……解決には関係ないんじゃないか? 過去の映像が見えるのは、時の狭間の持つ力に事件を起こしたお前たちの力が干渉したからだと思うぞ」

「じゃあ、私たちを事件に巻き込んだ黒幕はいないってこと?」

「巻き込まれた立場ではあるが、お前たちが力を持っていた事が原因で起きた事故だからな。そういう陰謀的な物はないと見て良いだろう」

 

 黒幕が何かをするために過去を見せて誘導している可能性を疑っていたが、湊はチドリらの巻き込まれた事件はどちらかと言えばただの事故だと告げる。

 ダンジョン最奥の扉が見せてくる映像に共通点があった事で深読みしたのだろう。

 それを察して湊はただの思い出巡りと割り切っても良いと思うぞとアドバイスする。

 

「……見せてくる映像に意味がないとは言わない。ただ、それらは通過点だ。最後の扉を攻略した時に現われる未練に打ち勝てば事件は解決出来る。お前たちはその戦いに備えて力を取り戻せばいい」

「そんな簡単な事やないと思うけどな」

「そうね。原因が偶発的な物でないとすれば、下手をすればまた同じような事件に巻き込まれる可能性もある訳だし」

 

 真面目に考えている二人に湊は「それも考えすぎだ」と小さく笑って仕事を再開する。

 今回の件は影時間消滅がトリガーになっており、その時に残った力が自然消滅する前に一箇所に集まっていたペルソナ使いたちの力に反応しただけだ。

 そんな規模の力などそう簡単に発生する訳もなく、そこにペルソナ使いたちが偶然居合わせる可能性も低い。

 何者かの意思によって彼女達が集められたり、引き寄せられて事件に巻き込まれる可能性はあるが、最初からそれなりに強い力を持っている彼女達であれば相手の干渉を拒めるはず。

 故に、あくまでこれは影時間に関わる“最後”の事件。未来にそれが起こると分かった青年はどこか嬉しそうな様子でパソコンに向き合っていた。

 それを見ていた少女らはこれ以上彼から情報は貰えそうにないと諦め、お菓子と紅茶を楽しむとしばらくして寮へと帰っていった。

 

 


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