【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百八十一話 歪さの正体

――巌戸台分寮

 

 三つ目のダンジョンを攻略した翌日、次の扉を選びつつ今日は心身を休めるための休日となっていた。

 順平などは遅くまで惰眠を貪って午後からポロニアンモールに息抜きに行く予定らしいが、殆どの者は朝食をとってからポロニアンモールで時間を潰している。

 しかし、調べたい事があるからと珍しくアイギスと別行動をとったメティスは、寮の四階にある作戦室で特別課外活動部の過去の活動報告を読んでいた。

 彼女の行動は一貫して姉であるの安全確保を目的としている。

 本当なら彼女には寮で待機して貰い。他のメンバーとメティスだけでダンジョンの攻略が出来ればベストだと思っている。

 けれど、アイギスは契約を結んでベルベットルームに辿り着き、この事件の通じて何かを得ようとしている。

 それには彼女も当事者でい続ける事が重要で、心の中では反対しながらもメティスは自分も探索に参加したがる姉の意思を尊重していた。

 今回、メティスが一人で寮に残って調べ物をしようと思ったのは、アイギスが何を得ようとしているのか理解しようと思った事と、もっと特別課外活動部について把握しておこうと考えたためだ。

 率直に言えば、彼女から見た特別課外活動部はとても歪だった。

 単純な戦闘力で言えばブランクがあるという話の通り、戦闘自体には慣れているのに身体がついていかないなど、持っている能力を十全に活かせていない印象が強い。

 人数はいるし徐々に感を取り戻しているようなので、その点はあまり気にならなくなってきたが、そうなると今度は個人に目が行く。

 最初に敵対した事もあってまだ完全に気を許してくれてはいないものの、それでもメンバーたちはメティスをアイギスの妹と認識し、湊の手紙の効果もあってか仲間として扱ってくれている。

 敵ですらも理由があれば受け入れる彼女達の善性は貴重なものだ。

 その裏には、何かあっても自分たちなら対処出来るという想いがあるのかもしれないが、距離や壁のようなものは感じても敵意や悪意は向けられていない。

 ならば、やはり彼女達は既にメティスを味方だと思って接してくれているのだろう。

 どういった経歴を持てばメンバー全員がそんな風になるのか。それが気になったメティスは美鶴から許可を貰って一人活動報告を読み込む。

 

「……なるほど、兄さんの存在はやっぱり秘匿されていたんですね」

 

 特別課外活動部の活動報告で有里湊の名前が出てくるのは、八月の満月にストレガと初遭遇した後に桔梗組で交戦したという記述からだ。

 しかし、桐条グループは中等部入学時点で美鶴よりも高い適性値を持つ有里湊の存在を以前から把握していた。

 彼の適性値は影時間の適性を持っているだけのレベルを超えている。

 既にペルソナ能力に目覚めている美鶴の数倍に達している以上、ペルソナに目覚めていて能力を隠していると判断するのが普通だろう。

 実際、美鶴が勧誘に向かっても会話すらして貰えなかった時点で、桐条グループからは彼への勧誘や積極的な接触を避けるように指示が出ている。

 それらの指示の意味が正しく証明されたのが八月の満月での交戦だとすれば、桐条グループ側には相手の戦力だけでなく人格面も含めて把握していた者がいると思われる。

 接触禁止の指示を出していた者にとって、特別課外活動部の者たちが彼と交戦したという報告が来た時の衝撃は如何ほどの物だっただろうか。

 文字通り殺されかけたにもかかわらず、合流して仲間になっているのは不思議だが、さらに報告書を読み進めたメティスは十月の満月戦について書かれた文章を読んで手が止まった。

 

「え、これ……どういう事? 兄さんが十月の満月の戦いでチドリさんを蘇生させて死亡って」

 

 メティスも彼がこちらの世界で死んでいると聞いて、報告書のどこかで彼の死について書かれるのは覚悟していた。

 アナライズ能力を持っていないメティスでも、店でただデスクワークをしていただけの彼が仲間の誰よりも強いのははっきりと理解出来た。

 仲間内で最も強いコロマルや綾時ですら欠片も相手にならない。それこそ腕の一振りで仲間全員を薙ぎ払えてしまうのではないかと思うほどに差がある。

 どうしてそんな彼が戦いの中で命を落としたのかと疑問に思っていたが、まさか死んだ人間を蘇生させた代償で命を落としていたなど想像もしていなかった。

 メティスにはどのような手段を使えば胸に大穴が開いて即死した人間を蘇生出来るのか分からない。

 けれど、彼はそんな奇跡を起こした代償として死んだらしい。

 

「あれ? でも、兄さんはニュクスとの戦いに参加してたって」

「もう少し読み進めると分かるけど、彼自身も蘇って戦いに復帰したんだよ」

「あ、綾時さん」

 

 どうして最後の戦いに参加していたはずの湊の死亡報告が途中で出てくるのか。

 メティスが不思議に思って首を傾げていれば、彼女と同じように寮に残っていた綾時が作戦室に入ってきて理由を伝えた。

 彼は他の者たちと違って過去のポロニアンモールには行けないため、寮に残って調べ物をするというメティスの様子を見に来たらしい。

 やはり、他のメンバーにしてもメティスが何かをやらかさないか心配だったのかもしれない。

 そんな事は欠片も気付いていないメティスは、テーブルを挟んで正面のソファーに座った綾時を見つめる。

 メティスから見た特別課外活動部はどこか歪だが、綾時はその枠から外れているように思える。

 こうやって二人しかいない状況というのも珍しいので、このタイミングで少しだけ話を聞いておこうとメティスが口を開く。

 

「綾時さん、貴方は途中から特別課外活動部に合流したとの事ですが、貴方の目から見てこの組織はどうですか?」

「うーん。質問内容が随分とザックリしているけど、それはどういった部分についての質問なのかな?」

「組織としてのまとまりなどについてでしょうか。こう、具体的には説明しづらいのですが、お互いの信頼関係であったり、戦闘中の連携などはちゃんと出来ていると思うんです。でも、何というかどこかズレているような気がしてしまって……」

 

 今のままでも扉の奥に広がるダンジョンの攻略には問題がない。

 仲間たちは感を取り戻しつつあるし、アイギスも徐々にワイルドの戦い方に慣れつつある。

 メティス自身も他の者との連携が取れるようになってきており、これまでの出てきた敵の強さがダンジョンごとに大差ないこともあって、フロアボスや最奥のボスを除けば大きな問題は出ないだろう。

 ただ、そうは言ってもあれだけ強い信頼関係で結ばれている者たちの姿に妙な違和感を覚えれば、大事な場面で何か取り返しのつかない事が起きるのではと不安を感じても無理はない。

 新参のメティスが気付くくらいなのだから、本人たちも自分たちの状態に気付いていると思ったが、ここまで見てきたところ気付いている様子はない。

 そのため、比較的自分に近い立場にいると思われる綾時に聞いて見れば、彼は彼女の質問の意図が分かったと笑みを浮かべた。

 

「まぁ、言いたい事は分かったよ。それについてはやっぱり湊が死んだ影響だろうね。全員そんなに簡単には割り切れていないのさ」

「兄さんなら過去の世界で会えますよ?」

「まぁね。けど、それで余計に皆も分からなくなってしまったんだと思う。ここにいればずっと湊と別れずにいられるからね」

 

 今いる正しい時間軸の世界では湊は死んでいる。

 正確な意味で死んでいるのかは分からないが、少なくとも現世には潜在せず帰還の手段もないはずなのだ。

 魂だけがあちらに囚われて肉体が残っていれば、葬儀の場で別れの一つも言えただろう。

 しかし、湊はニュクスを封じるため肉体ごと死後の世界に渡って、残された者たちは彼に別れの言葉を伝える機会すらなく二度と会えなくなった。

 彼がそうした以上は他に方法はなかったと分かっているが、共に戦ったからこそあの決戦の結末には強い後悔が残っている。

 そして、後悔を抱えながらも彼が未来を繋いでくれたからと前を向いて動き出せば、そのタイミングで今回の事件と過去の湊との遭遇だ。

 綾時はニュクス側の存在だった事もあって、決戦で見せた湊の選択にもある程度予想がついていて理解があったし、事情が事情だけに過去へは行けず湊とも出会っていない。

 だからこそ、他の者より冷静でいられているが、雑談や作戦について言葉を交わしている際に仲間たちがどれだけ悩んでいるのかは察していた。

 

「湊にすればさっさと事件を解決して元の世界に戻れと思ってるだろうね。そこら辺はかなりドライだから」

「私としてもそうすべきだと思います。勿論、探索での負担を考えて今日のように休日を設定するのは良いと思いますが、皆さん何となく過去に行くことをご褒美のように考えているようで……」

「ま、ここは息が詰まるからね。湊の事を抜きにすればご褒美感覚でも良いと思うよ。モチベーションの維持は大切な事だ」

 

 休日を設定し、過去のポロニアンモールで息抜きをするのは、娯楽が殆ど無い今の寮内で暮らす者にとって格別のご褒美だ。

 せっかく戦いが終わって平和な世の中になったはずなのに、再び事件に巻き込まれて戦わされている以上、メンタルのケアはとても重要になる。

 美鶴と七歌はその辺りを特に気にして探索スケジュールを組んでおり、もしも、しばらくはペースをあげて探索に集中するから休みは無しだと言えば、メンバーたちから不満の声が上がることだろう。

 過去に出掛けられるにしろ今の寮は空間的に外界と断絶した閉鎖空間。そんな場所ではちょっとのいざこざが仲間内に致命的な亀裂を生みかねない。

 そのため、美鶴と七歌だけでなく綾時やメティスも、一部の者が報告や相談の名目で湊に会いに行っている事を気にしているが、一時的にでも心の平穏に役立つのならと現状は見逃している。

 もっとも、メティスは自分が新参だからと強く意見していないだけで、自分の姉も含めて過去の存在に依存しつつある状況を危惧しているのか苦言を呈する。

 

「でも、このままだと皆さん何か大きな失敗を犯してしまうんじゃないですか?」

「かもしれない。けど、感情を持つ人間だからね。口で言っても心がついてくるかは分からないのさ。君だってもし仮に正当な理由があってアイギスや湊への接触を禁止されたところで素直に聞けないだろう?」

 

 メティスが二人に接触することで起きる問題など想像も出来ないが、それによって二人の命に深刻な問題が発生するでもなければメティスは聞かないだろう。

 綾時は他の者たちの行動を自分に置き換える形でその胸中を伝えようとする。

 彼女はアイギスよりも後に作られた機体だからか精神は人間に近いが、稼働時間が短いのか精神的に幼い印象を受けた。

 そのため、これで理解出来るかなと少しだけ心配したがメティスも僅かに不満そうに眉を寄せつつ頷いた。

 

「……確かにそれなら簡単には納得出来ませんね。でも、兄さんは姉さんの一番大切な人なのに、どうして他の人たちまで兄さんに色目使ってるんですか? 姉さんが優しくて何も言わないからって流石に遠慮ってものがあると思うんですけど」

「……その辺りは色々と複雑な事情があってね。僕の口からは詳しくは話せないけど、彼は大勢から愛される素晴らしい存在なんだよ。だから、独占するような事はやめた方がいい。仲間同士で争う事になるからね」

 

 メティスの目から見ると湊は仲間からの信頼も厚く、優しくてとても頼りになる存在なのだろう。

 だが、綾時は知っている。少女が兄と慕っている相手は、人として、男としてはかなりどクズなタイプだと。

 彼女が警戒している少女らは基本的に彼に純潔を散らされているのだ。少女らにすれば責任を取れと思っても無理はない。

 逆に何故アイギスには手を出さないままこの世を去ったのか。綾時としてはそこが気になるが、こちらの本人に聞くことも出来ないので考えるだけ無駄だろう。

 相手に心の内を悟られないよう気をつけながら笑みを浮かべ綾時は立ち上がり、もう少し調べ物をするというメティスに今後に向けて一つ忠告しておく。

 

「そうそう。恐らくだけど扉を全て攻略した時、最後に現われる未練の形はきっと彼の姿をしていると思う」

「こちらの世界の兄さんが敵になるって事ですか?」

「いや、彼の姿をしたシャドウモドキさ。でも、皆の未練の形だからね。僕たちのイメージが反映されているなら勝つのは中々に難しい。彼の姿をしていれば、どうしても手を出しづらいだろうしね」

 

 彼と一度本気で戦った綾時だからこそ、皆のイメージが反映された湊との戦いは非常に厳しい物になるのが分かる。

 最初から殺すつもりで攻撃を仕掛けられると言っても、他の仲間の中で彼が絶対無敵の存在だと認識されていれば攻撃はまともに通らず、刀の一薙ぎで振り払われるかもしれない。

 だが、どれだけ厳しい戦いだろうと自分たちはそれを討たなければならない。いつまでもこんな世界に閉じ籠もっている訳にはいかないのだから。

 

「本当に敵が彼の姿なら味方は当てにならない。だから、その時は僕や君の手で彼の姿をした皆の未練を断ち切るんだ。君だって、姉がこんな場所に留まっていて良いとは思っていないだろ?」

「当たり前です。分かりました。心の準備をして、その時になれば私が姉さんたちを未練から解放して見せます」

「ああ、よろしく頼むよ。じゃあ、調べ物頑張ってね」

 

 それだけ言うと綾時は活動報告の続きを読むメティスを残して部屋を出て行く。

 七歌だけじゃない。綾時だって最後に現われる未練の形は察しているのだ。

 思いがけず過去の湊と再会出来た事に喜んでいる仲間たちは恐らく戦えない。

 そのために綾時は最初から戦うつもりでいる自分や、敵は敵だと割り切れるメティスを戦力として組み込んで戦う準備を進める。

 扉の数はまだまだ残っていようと、全てのダンジョンを攻略する日は遠くない。

 それが分かっている者たちは、他の者たちが一時の安らぎを得ている裏で着実に準備を進めるのだった。

 

 


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