【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百七十九話 過去に繋がる条件

――力の路カイーナ

 

 幼児用の入院着のような物を身に付けた幼い湊が、同じように幼い姿のチドリを抱きしめる。

 優しい表情で抱きしめながら彼が耳元で呟けば、頬を染めつつも満更でもない表情をしていたチドリがペルソナを呼び出した。

 現われたのは羊の頭骨を被った女性型ペルソナのメーディア。

 湊に抱擁されたままのチドリは、頭上に現われてゆっくりと近付いてきたメーディアに微笑みかける。

 そこで映像が途切れて眩い光に包まれると、一同の意識は元の世界に戻り目の前にあった扉はまたしても消えていた。

 二つ目のダンジョンを攻略してから休日を挿み、数日かけて三つ目のダンジョン最奥にやってきた一同は、二つ目のダンジョンに続いてメンバーの過去が見えた事について語り合う。

 

「前回は七歌、今回は吉野の過去か。八雲と君の服装。そして、傍にストレガのメンバーだった少女らしき子どもがいた事から推測するに、あれはエルゴ研で被験体になっていた時の事で間違いないか?」

 

 メンバーの中でお互いの過去の姿を知っているのは美鶴と七歌、真田と荒垣くらいなものだ。

 故に、組織のリーダーとして美鶴が代表して本人に確認を取るが、そこには自分の祖父や父が進めた非道な研究に触れる内容だからという責任感もある。

 ここにいるメンバーはメティスを除き、全員が桐条の暗部について少しは知っている。

 具体的にどんな事が行なわれていたかは知らないが、百人近い子どもを集めて無理矢理にペルソナに覚醒させて研究し、そのほとんどが実験の途中で死んだと聞いている。

 映像の中にいたチドリやマリアは湊と一緒にいて楽しそうにしていた。

 だが、その傍にいた他の子どもたちは訓練用の武器を持ち、痣が残るような怪我をしている者もいた。

 確かにチドリや湊だけに注目すれば幼い頃の楽しい思い出に見えるかもしれない。

 けれど、周りにいた同じ年頃の子どもたちの姿を見て、あれが真っ当な環境だと思う者など仲間の中にはいない。

 当事者にとっては思い出したくもない心の傷になっていてもおかしくないため、恨まれるなら同じ桐条である自分がと考えて美鶴は尋ねた。

 そんな彼女の気遣いと覚悟などお見通しだったのか、普段と変わらぬやる気の感じられない表情にやや呆れの色を含ませてチドリが口を開いた。

 

「……エルゴ研時代の映像であってる。さっきのは再会した八雲が有里湊と名乗り始めた数日後くらいの時期よ。私たちの前に再び姿を現わした八雲が研究員を脅したから、それから脱走する日までは被験体の扱いも人並みになったの。私は脱走する日も八雲に守られていたから、他の被験体と違って当時にトラウマは持ってないわ」

 

 被験体だった時の事はチドリにとっても別に楽しい思い出という訳ではない。

 ただ、八雲と出会って、有里湊として再会して、それから現在に至るまでは大切な思い出として心に残っている。

 研究の途中で命を落とした者たちのように、脱走してから再会出来なかった者たちのように、そしてストレガたちのようにチドリ自身がなっている未来もあっただろう。

 チドリだって分かっている。最後の決戦で戦ったストレガのメンバーだったメノウにも伝えたように、湊と最初に出会った被験体が自分だったのは単なる偶然だと。

 

「……始まりの少年、エヴィデンス。八雲は最初そう呼ばれていたって聞いてる。ムーンライトブリッジで回収されて、それから半年も目を覚まさないから、途中で私たちみたいな素養がある同年代の子どもが集められて代替品として研究が進められたの」

 

 チドリたち被験体が集められたのは、湊が桐条グループの観測史上初の自然ペルソナ獲得者だったからだ。

 影時間の適性は彼以外にも自然に得る者がいたのだが、ペルソナに関してはアイギスたち対シャドウ兵器が人工的に与えられて発現させただけ。

 無論、そちらも成果としては十分にすごいのだ。

 ラビリスと同型の五式シリーズで対シャドウ兵器のペルソナ発現のメカニズムを研究し、それを活かして起動してすぐのアイギスがペルソナを得ているため、桐条グループは人格モデルを用いたタイプならば対シャドウ兵器にペルソナを発現させるノウハウを確立していると言える。

 ただ、湊を回収して研究所送りにしておきながら、桐条が彼の血筋や過去について伏せていた事でエルゴ研は誤った方向に研究の舵を切ってしまう。

 影時間の適性を持つ同年代の子どもならば、事故から目覚めぬ彼と同じようにペルソナを手に入れて操れるはず、そんな間違った推測の許に子どもたちは集められ研究は進んだのだ。

 被験体だったチドリ本人から彼女達が集められた理由を聞き、あまり詳しくは知らなかった順平は当時の事情を理解していく内にある事実に気付いてしまう。

 

「あれ? なあ。んじゃ、もし有里がすぐに目覚めてたら、チドリやストレガたちもいなかったって事なのか?」

「……たらればに意味はないけど、可能性の話で言えばそうでしょうね」

 

 順平の言う通り、もしも湊がエルゴ研に回収されてすぐに目を覚ましていれば、研究員たちに事情を説明されて湊は大人しく研究を手伝っていただろう。

 そうなれば制御剤を必要とする人工ペルソナ使いなどという中途半端な存在を用いる事なく、適性の高まりによって自らペルソナに覚醒する特別課外活動部のメンバーのような者たちが集められていたはずだ。

 集められた子どもたちという百人近い犠牲者は生まれず、そして、ストレガたちの手に掛かる者たちも生まれなかった未来もあった。

 それを思えば確かにどうして湊は半年も目を覚まさなかったのか、とそんな風に考えてしまうのも分かる。

 けれど、そんな可能性の話をするのは無意味だ。回収された経緯も含めて彼に落ち度はなかったと美鶴も説明する。

 

「伊織、彼女の話に限定すれば君の言う可能性もあったかもしれない。だが、そもそもの話として父が八雲の死を偽装して研究に利用しようとしなければ、彼だってただの被害者でいられたんだ」

「あんだけ鬼を怖れてるうちの実家が引き取る事はなかっただろうから、英恵おば様が引き取ってそっちで平和に暮らしてただろうね」

「その場合は私の弟になっていたはず。フフッ、本当にお父様は余計な事をしてくれたものだ」

 

 幼い頃はずっと弟妹が欲しいと思っていた美鶴は小さく笑い。なんと余計な事をしてくれたんだと父のことを責める。

 当時の桐条武治の選択によって人生を歪められ、不幸になった者は大勢いる。

 ただ、その選択の先にある未来が今ならば、影時間を終わらせて平和な世界を取り戻している事もあって間違っていたとは言い切れない。

 もしもの話を始めた順平もそれは分かっており、仲間たちも理解しているからこそ、美鶴の台詞を聞いてつられて笑いを漏らした。

 

「フッ、お前の口から父親への悪口が出るとはな」

「お父様の事は尊敬しているが、別に全てを肯定してきた訳じゃない。それに口汚く罵った訳ではないんだ。これぐらいは私だって言うこともあるさ」

 

 真田が先ほどの台詞について茶化せば、場の空気も緩んで寮に戻ろうかという話になった。

 ダンジョンの探索中は綾時も参加していたのだが、過去に繋がる可能性がある最奥の扉に触れる時には彼だけ寮に戻っていた。

 今回も過去には繋がらず、メンバーの過去の映像が見えただけだったので、結果の報告と二つ目のダンジョンに続けてメンバーの過去が見えた事に対する考察などもする必要がある。

 今いるここは扉が消えた以外に変化はない。その事を改めて確認すると一同は転送装置を使って扉の間へと移動して寮に戻った。

 

 

――巌戸台分寮

 

 寮に戻った七歌たちは、自分たちを出迎えてくれた綾時にまず結果を報告した。

 三つ目のダンジョン最奥の扉は過去には繋がらず、二つ目のダンジョンの時のようにチドリの過去を映した。

 湊がエルゴ研で目覚めた時には既にファルロスも自我を獲得していたため、見えた映像について詳しく話すと覚えているよと答えた。

 当時は存在を知らなかった相手が自分の過去を知っている。チドリにすればストーカーや盗撮されていたような感覚らしく、冷たい瞳を向けてそれを伝えれば、あまりの直球な物言いに珍しく綾時もダメージを受けた様子だった。

 とはいえ、当時の事を綾時も知っているなら説明する手間も省けるため、ダンジョンから戻ってきたばかりのメンバーが一度休息を取ってから改めて集まる事になった。

 シャワーを浴びたり軽食を食べたり、各々で好きに休息を取ってから再び寮のラウンジに集合する。

 ただの話し合いでは味気ないため、インスタントのコーヒーや紅茶を用意してから全員が席に着く。

 メティスは昔のアイギスやラビリスと同じ機械の身体だが、栄養にならないだけで飲食自体は可能らしい。

 よって、彼女の前にも紅茶の入ったカップが置かれている訳だが、紅茶の上で揺れている湯気を見ていたメティスが視線を上げると彼女が最初に口を開いた。

 

「二つ続けて仲間の皆さんの過去が見えた訳ですが、個人的に残りのダンジョンの扉も同じような形になると思います。理由はとても単純で、過去の世界に繋がるだけの理由がないからです」

 

 あくまで自分の予想だと言って話し始めたメティスの言葉に、他の者たちも同意を示す形で静かに頷く。

 今現在過去と繋がっている扉は一つだけだが、最初のダンジョン最奥の扉が特別だった訳ではない。

 これもあくまで状況などから立てた推測だが、内装などは違っても同時に出現した扉のダンジョンは全て同格だ。

 仮に最初に入ったのが二番目に攻略したダンジョンだったなら、そこの最奥の扉が過去に繋がる扉に変化していたと思われる。

 それと同じで、最初に攻略したダンジョンを三番目に攻略していれば、その最奥の扉は仲間の過去を映して消えていたはずだ。

 この場にいるメンバー全員がそれは予想していたため、メティスも自分の考えが他の者たちと同じだった事に安堵すると、彼女の言葉を引き継いでアイギスが話し始める。

 

「機能だけで言えば、残るダンジョンの扉で別の過去に行くことは可能でしょう。ですが、今のわたしたちには補給先以外の過去に向かう理由がない」

「メティスがダンジョンの扉は私たちの心の影響を受けるって言ってたもんね。いついつのここに行けたら便利って思うくらいはするけど、行く必要を感じている訳じゃないってのがポイントかな」

 

 何故過去の映像が見えるだけなのか。最初のダンジョンと他のダンジョンは何が違うのか。

 それについては七歌も自分の過去が見えた時から考えており、結論としてはメンバーのほとんどが必要に迫られるくらいの想いの強さが条件だと見ていた。

 

「最初に繋がった場所が、助言もサポートも可能な八雲君のいるポロニアンモールだったからね。こっちの状況を私たち以上に把握して助言をくれるんだもん。事件解決に向けて動くなら、もう別の場所に行く必要性とか感じられないんだよね」

 

 今回の事件解決のために動いている以上、助言で最短ルートを示されたならそれを進むだけだ。

 過去の世界で行ってみたい場所などはあるものの、最短ルートから逸れる物は全て贅沢でしかない。

 これは別に常に事件解決の事だけを考え続けろという話ではなく、実際、ダンジョン攻略後に休日を設定した時にはあちらのポロニアンモールで買い物やカラオケなどで息抜きもした。

 そういった心も含めた休養については七歌も積極的に取るべきだと考えている。

 そうではなく、ここで言う贅沢とは“事件解決”という目的に関係がないものや関係が薄いものが当てはまる。

 

「過去に行けるからって江戸時代の本物のお城を見に行ったりしたら、あっちの有里君から“随分と余裕があるようで結構な事だ”とかって嫌味言われそうだもんね」

 

 砂糖とミルクを入れた紅茶をスプーンで混ぜていたゆかりが言えば、他の者たちも容易に想像が出来たようで苦笑しながら頷く。

 もしもゆかりたちが本当の意味でのタイムトラベルを楽しめば、湊は怒ったりはせずハッキリと呆れた顔を見せてくるに違いない。

 湊からの助言や助力は得られても、事件解決については戦力の補充は望めず、この場にいるメンバーでやるしかないのだ。

 だというのに、事件解決と全く関係のない趣味や遊びに振り切った行動を取っていれば、こいつらは自分たちの置かれた状況を本当に理解出来ているのだろうかと疑問に思うだろう。

 もっとも、最初の補給経路の確保以外に過去と繋がった扉が現われていないため、湊に本気で頭の中身を心配されるような者はメンバーの中にはいないようだ。

 その点については良かったと笑顔を見せた順平は、少しだけ意地の悪い顔をして天田に声をかける。

 

「扉はいくつか残ってるからな。別に天田がどうしても本物の恐竜がみたいんですぅって駄々を捏ねてもオレらは怒ったりはしねーぞ」

「僕は歴史関係はロマン派なんで化石とかでOKです。いくら科学が進んだからってティラノサウルスは痛風だったとかって夢もロマンもない情報はいらないんですよ」

 

 子ども扱いしながら話題を振ってきた順平に、天田はとても大人な対応でスマートに返す。

 本物の恐竜を見られる貴重なチャンスかもしれないが、化石などから太古に想いを馳せるのも楽しみ方の一つだ。

 学者たちは調査によって事実を明らかにしていくのが仕事なのだろう。

 けれど、ロマンやワクワクする気持ちを大切にしたい天田は、ファンタジーだと言われようがティラノサウルスには恐竜世界で孤高の王者として君臨していて欲しい。

 だから、自らそういった夢を手放すような事をするつもりはないと返せば、話を聞いていたメティスが扉の機能について冷静にツッコミを入れた。

 

「断言は出来ませんが、恐らくあの扉で恐竜たちのいた時代に行くことは出来ませんよ」

「え、そうなん? オレたちの想い次第でどこでもドアじゃなかったのかよ?」

 

 恐竜の話題を出した順平は、てっきり祈れば叶うものだとばかり思っていた。

 それについては他の者も同じだったようで、実際に恐竜の生きていた時代や江戸時代に行くつもりはなくとも、メンバーが本気で想えば可能ではあるのだろうと考えていた。

 しかし、メティスがそれを否定した事で、どうしてその時代には行く事が出来ないのか美鶴が尋ねた。

 

「メティス、扉の機能については私も伊織と同じ認識だったのだが、君はどうして恐竜のいた時代には行けないと言ったんだ?」

「理由はいくつかありますけど、大きな問題点は二つです。一つは扉の出力。異なる時間軸を繋げるのって本来は途轍もない力が必要なんです。それは時間軸がズレるほど必要な力も増えます。あの扉で繋げるのは皆さんの過去の映像で見えるくらいが限度かと」

 

 異なる二つの時間軸の世界を繋げる場合、行き来する通路以外は世界自体には影響が出ないようにバランスを保つ必要がある。

 もしも、このバランスが崩れれば、最悪の場合二つの世界が衝突して消え去ってしまう。

 故に、七歌たちのいるこちらの世界と繋げられるのは、バランスを保った状態で二つの世界が通じていられる範囲に限られるのだ。

 恐竜の生きている時代は流石にその範囲外なため、もっと扉に力がないと繋ぐ事自体が難しい。

 

「で、もう一つの問題点ですが、行き先の座標検索って皆さんの意識が影響しているので、目印でもなければ基本的に実物を知らない世界とは繋げないと思います」

 

 メティスが挙げた二つ目の理由は、知らない場所や時代は繋ぐ側のイメージが反映されないため、座標を固定することが出来ず結果繋がらないという事だ。

 何か自分たちが知る目印になるものがあれば、それを基点にして目的の条件に合致する時間軸と繋ぐ事は可能になる。

 だが、恐竜の生きていた時代に繋ぐのであれば、目印になるのはその当時の生きた恐竜や植物などに限られ、化石や琥珀はそれらが発掘された時代にしか繋がらないのだとか。

 事件に巻き込まれた事を抜きにすれば、ある意味でタイムトラベルを可能にする夢のアイテムだと思っていただけに、色々と制約があることを知った七歌ははっきりと溜息を吐く。

 

「はぁー……超常側の力なのに変なところで現実的なのが残念すぎる。あ、綾時君はニュクスのところにいた時代の記憶使って地球誕生まで飛んだり出来ないの?」

「自我を得たのが湊に封印されてからだからね。僕の記憶で遡れるのは湊とアイギスと戦ったムーンライトブリッジが限度だよ。あ、でも、湊は一族の記憶を読み取れるから、始祖の二人の親である龍神の記憶まで引き出せるなら人類誕生以前まで行けちゃうかもね」

「神々が自然に宿っていた時代ってやつだね。夢があるなぁ」

 

 扉の出力を無視出来るのなら、湊の受け継いでいる魂の記憶で数千年前まで遡ることが出来る。

 自然に神々が宿っていたとされる時代があった事は始祖の二人から聞いているため、その末裔として七歌も一目でいいから見てみたいものだと思いを馳せる。

 他の者たちはその言葉の響きから連想し、どこか神聖な空気が流れる豊かな自然の風景を想像するが、実際の風景など誰も知らないのであくまで各々の想像するそれらしい風景でしかない。

 もし、彼らにヤソガミコウコウで過した時の記憶があれば、湊の心象風景で書き換えられた世界の景色という限りなく本物に近い物が見られたのだが、残念な事にあちら側の記憶を残している者はいなかった。

 そうして、二つ続けて扉が過去と繋がらなかった理由について話し合った事で、残る扉も同様の結果になるだろうと事が分かると、次のダンジョン最奥の扉に触れる時には綾時も同席する事が決まった。

 これまではデスが存在する過去に繋がる危険があって同席出来なかったが、仲間たちの過去の映像には興味があって同席したいと思っていたらしい。

 次のダンジョンでは誰の過去を見ることになるかは不明だが、何日か休みを挿んでから次のダンジョンへ向かう事に決めると、細かな連絡事項だけ伝えて一同は解散するのだった。

 

 


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