【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百七十七話 意外な出口

――巌戸台分寮

 

 ダンジョン最奥にあった扉を通じて二〇〇九年六月のポロニアンモールに移動したメンバーたちは、そこで出会った当時の湊から受け取った助言により、今後の方針を時の狭間に存在する全ての扉を攻略する事に決めた。

 七歌たちから見て過去にいる存在であるはずの彼は、持っている力の性質によるものか七歌たちよりも遙かに状況を把握出来ていた。

 当事者である未来人よりも未来の事が分かるなど、どこまでインチキな存在なのだと思わなくもないが、彼は助言だけでなく物資の補給についても協力してくれた。

 過去にタイムスリップした七歌たちは、ポロニアンモール内であれば好きに移動して買い物やレクリエーションなども楽しむ事が出来る。

 だが、建物を出ようとすると途中で見えない壁が存在してそれ以上進む事が出来なかった。

 アイギスが湊にその事を報告し、実際に彼にも立ち会って見て貰ったが、現地人である湊や他の客には何の影響がない場所に未来人を通さない壁がある事が確認出来た。

 実験として湊に手を引かれても通ることは出来ず、見えない壁を調べている七歌の頭を後ろから掴んで湊が力任せに押しても、本物の壁に押し付けられているかのように七歌が痛みに叫んだだけで通ることは出来なかった。

 それにより、あくまで七歌たちは元の時間軸の存在であり、繋がった扉が目的の範囲内でのみ存在を許している不安定な状態にあるのだと結論づけられた。

 とある物品の補給が必要だがポロニアンモールでは手に入らない。全員でそんな風に強く願えば再び時の狭間の力が作用して移動出来る範囲が増える可能性はある。

 しかし、七歌たちはどんな物でも手に入れられそうな現地協力者と出会ってしまったため、今後も活動出来るのはポロニアンモール内のみになりそうだ。

 また、今後攻略する扉のダンジョン奥にも同じ物があれば、それを使って別の場所や別の時間軸の世界に行けるかもしれないので、その時は報告に来るよう湊にも言われている。

 今回の事を考えると別の場所や時間軸に繋がろうと、そちらにも現地協力者としてその世界の彼がいそうな気がするが、七歌たちは報告の約束をして補給物資を買い集めると過去に来た時に潜った扉を使って元の世界に戻ってきた。

 

「やあ、おかえり。急に扉が現われたから驚いたよ」

 

 扉を潜って元の世界に戻ると同時に綾時の声が聞こえ、七歌が不思議に思ってそちらに視線を向ける。

 すると、そこにはキッチンの傍でヤカンからカップにお湯を注いでいる綾時の姿があった。

 

「え、あれ? なんで寮に出たの?」

 

 綾時がいる事に驚きつつ周りを見渡せば、扉を潜った先が寮の一階である事に気付く。

 入口のすぐ傍にある受け付けカウンターの内側、普段は誰も利用していないそこに扉が出現していた。

 どういう事か分からないまま七歌が綾時の方へと向かえば、後からやって来た仲間たちも扉の出口が寮に繋がっている事に驚いていた。

 ダンジョンの奥にあったはずの扉がどうして寮のラウンジに繋がっているのか。その事を考えていれば、ただの白湯を美味しそうに飲んでいる綾時が彼からの視点で何があったのかを説明してくる。

 

「皆がダンジョンの奥に行った後、突然反応が消えた時は驚いたよ。まぁ、忽然と消えた感じだったから、どこかへ移動したんだろうなと思ったけど。落ち着くためにお湯を沸かして白湯でも飲もうと思ったら、光と共に突然扉が現われて皆が帰ってきて余計に驚かされるとは思わなかったな」

「そうなんだ。何分くらい消えてたか分かる?」

「こっちだと二十分も経ってないと思うよ。多分、君たちが移動した先とでは時間の流れが違うんじゃないかな?」

 

 にっこりと穏やかな笑みを浮かべ、綾時は会話が終わるとただの白湯を再び飲んでいる。

 仲間が突然消えてもパニックにならず、落ち着くために温かい飲み物を用意する綾時の冷静さに他の者たちは感心する。

 もしも、自分が一人だけ寮に残った状態で仲間が消えれば、他の者たちだけ元の世界に戻ってしまったのではと不安に押し潰されるに違いない。

 デスとしての力をほとんど失っても、彼もある意味では湊側だった存在だ。

 こういった状況ではその精神の在り方も含めて誰よりも頼りになる事を再確認させられ、自分たちもしっかりしないといけないと気合いを入れ直す。

 そうして、全員が扉の前から綾時のいるキッチンの方へと移動すると、待たせてしまった謝罪も込めてお土産をテーブルの上に並べる。

 

「綾時君、これお土産。なんと我々は補給経路を見つけたのです!」

「聞いたら驚くぜ? これ、どこで手に入れてきたと思う?」

 

 七歌はインスタントの紅茶とコーヒーを綾時に渡し、さらにお茶菓子になる物もいくつも並べてゆく。

 それを見せながら順平が悪戯小僧の顔でクイズを出し、絶対に当てられないはずだと心の中で悪い笑みを浮かべる。

 問題を出された綾時は白湯を飲み干したカップに貰ったばかりのティーバッグを入れ、それにヤカンのお湯を注ぎながら考えると、お湯を注ぎ終わったところで回答を口にした。

 

「過去の世界のポロニアンモールかな」

「はぁっ!? え、なんでわかるんだよ!?」

 

 まさか一発で正解を答えるとは思っていなかった順平は目を見開いて驚き、他の者たちも順平ほどオーバーなリアクションは見せないが同じように驚く。

 もしや、お土産にヒントになる情報でもあったのかとゆかりや風花が手に取って見てみるが、並べたお茶菓子はどれもまだ賞味期限内だ。

 それらを元々入れていたドラッグストアのレジ袋は大きなヒントかもしれないが、だからといって過去の世界などという発想は普通出てこないだろう。

 ならば、本当に偶然当たったという可能性を除き、彼が正解を当てられた理由として考えられるのは一つしかない。

 カップからティーバッグを取り出し、安物のインスタントでしかない紅茶を優雅に飲む綾時にアイギスが問いかける。

 

「綾時さん、あなたはわたしたちが過去に行くと知っていたんですか?」

「うん。確信はなかったけど、僕たちの知っている湊が同じような事を経験していた事は知っていたよ。六月の時点では僕はまだ彼の中にいたからね」

 

 綾時の正体が湊に封印されていたデスだった事は新加入したメティスを除き全員が知っている。

 彼が湊に封印されたのは十年前、多数の死傷者を出したポートアイランドインパクトでの事。

 それから時が経ち、アルカナシャドウたちが復活して、全てのアルカナシャドウが倒されて力を取り戻すまで綾時は湊の中にいた。

 だからこそ、彼の中にいた当時の事は覚えていたし、こうやって実際に仲間たちが過去と行き来した事であの時の未来人が自分たちだという事も確信が持てた。

 ずっと何も知らないように振る舞っていたのは。過去の湊が言っていたように両者の世界が地続きかどうか分からなかったためだ。

 もし、綾時が昔湊にこんな事があったんだと未来人との邂逅エピソードを伝えていれば、他の者たちは補給経路の確保より過去の湊との再会を望んでしまっていたかもしれない。

 そうなると、過去と繋がる扉はポロニアンモールに出現せず、桔梗組に引き取られたばかりの湊のいる時代に繋がる可能性もあり得た。

 未来の事を少しだけ知っているからこそ、そこに辿り着くため話せる事や行動に色々と制限があった。綾時からそう聞かされれば一応の納得は見せつつも、繋がった今ならば話せる事も増えただろうと今後のために美鶴が質問する。

 

「では、望月は我々があちらで湊とどういった話をしていたのかも覚えているのか?」

「いいや。細かな部分は知らないんだ。彼は内側にいる者たちに外の情報を与えないようロックをかける事が出来たからね」

 

 湊はファルロスだけでなく、複数の自我持ちのペルソナをその身に宿していた。

 力を取り戻してきたファルロスや他の自我持ちたちは、ペルソナだというのに湊が召喚せずとも勝手に外に出ることが可能だった。

 そこで湊が開発したのが名切りの持つ封印術を利用したロック機構。

 勝手に外に出てくる事を防ぐだけでなく、本来なら湊の五感を通じて得る事が出来る外の情報を一切遮断して、ファルロスとペルソナたちを湊という器に本当の意味で閉じ込めておく事が出来た。

 詳しく知らない者たちに、少しだけ本人から話を聞いていたチドリが説明すれば、どうして当時の湊がロック機構を使って未来人とのやり取りを隠したのか綾時なりの推測を話す。

 

「湊は僕が人として生きられる準備をしてくれていた。つまり、未来の君たちと僕が一緒にいる可能性も考えていたんだと思う。そこで僕が不必要な分まで未来の情報を持たないよう未来の君たちとのやり取りは基本的に見せて貰えなかったんだ」

 

 もし、綾時が未来人とのやり取りを全て知っていれば、湊の死や時の空回りについて聞いていた大人たちのように寮に閉じ込められず、七歌たちが事件を解決して無事に戻ってくる事を祈る立場になっていたかもしれない。

 ブランクが軽微な綾時はコロマルに次ぐ戦力。それが失われるとなると相当に厳しい戦闘を強いられる事になっていたはずだ。

 先の事を考えてくれていた湊の行動に感謝しつつ、覚えている範囲でこんな事はなかったのかと七歌が当時の事について尋ねた。

 

「じゃあ、当時の綾時君と未来の綾時君がばったりするイベントとかはなかったの?」

「なかったよ。というより、そもそも僕は過去には行けないんだ」

 

 未来の自分と過去の自分がばったり出くわすというのは、タイムスリップが登場する物語では定番のイベントだったりする。

 当時の七歌たちは普通に学校にいる時間だったので、残念な事に七歌たちが過去の自分と出会う事はない。

 だが、湊の中にいながらファルロスとして外に出られた綾時ならば、見た目は違っていてもばったり出会う事が出来たはずだ。

 実際に未来と過去の自分が出会ったらどんな反応になるのか、ちょっとした好奇心で七歌が尋ねるも、綾時はここにいる自分は過去に行けないんだと少しだけ残念そうな表情で話す。

 すると、七歌と綾時の話を傍で聞いていた真田が、入口の傍にある過去への扉が残っている事を確認し、あれを通れば誰でも過去のポロニアンモールに行けるんじゃないのかと尋ねた。

 

「どういう意味だ? 俺たちが行き来した扉を使えば、お前もあちら側の世界に行けるんじゃないのか?」

「可能不可能の話で言えば可能だと思う。けど、思い出して欲しい。僕は力を失ったと言っても宣告者であるデスなんだ。ニュクスは宣告者の出現によって降臨する。なら、不完全体だろうと僕があちらに行けばどうなるか分からない。だから、僕は影時間の存在する過去に行くことは出来ないんだ」

 

 人の肉体を得ても、人の心を持っていても、綾時がニュクスの子でありシャドウの王たる宣告者デスという事実は変わらない。

 もしも、不完全体だろうとデスが封印から解かれた状態で存在するとニュクスが感知すれば、七歌たちが経験した決戦が前倒しで起こるかもしれない。

 あの決戦はそこに全てを懸けた湊が根回しをしていた事で被害が抑えられていたのだ。

 あちら側の七歌らを含め誰も準備が出来ていない状態でニュクスが降臨すれば、湊がどれだけ足掻こうと世界の滅びは防げない。

 誰かが別の選択肢を選ぶ事で世界が分岐するのなら、既に滅びを回避した自分たちはこのまま生きていけるのだろう。

 だが、過去に行ってみたいからと軽率な行動を取ったことで滅びてしまう世界線を生み出せば、元の世界に戻ってもその罪悪感によって今まで通りに笑うことなど出来なくなる。

 自分のためにも、あちら側の世界のためにも、滅びの訪れを早めてしまう可能性があるなら行くことは出来ない。

 

「そっか。んじゃ、必要なもんがあれば代わりに買ってくっからよ。遠慮なく言えよな!」

「場所はポロニアンモールだけど、あっちの有里君が物資の調達を手伝ってくれるから、モール内で手に入らない物でも言ってみてね」

「うん、ありがとう。その時は遠慮なく頼らせてもらうよ」

 

 順平と風花の申し出に綾時も嬉しそうに笑って礼を言う。

 普段は見せない真剣な様子で話していた綾時に、寮から出られないのは辛いだろうからと他の者たちも可能な限りサポートする事を約束した。

 そうして、過去と行き来可能になった事で補給の心配が消え、過去に繋がった扉やあちらの湊から受けたアドバイスについて一度話し合うため、一同は荷物を部屋に置いてくると休憩がてら軽食を採る事にする。

 あまり時間をかけられないからと用意したのはサンドウィッチだけだが、戦闘で疲れていた事もあって探索に出ていた者たちの食事のペースは中々速い。

 だが、満腹になって寝られても困るため、ある程度お腹が膨れたところで食事をしながら聞いてくれと美鶴が主導してここまでに分かった情報を共有する。

 

「さて、事態が進展したと言っても現状分かった事はそう多くない。あちらの湊によれば我々がここから脱出するには時の狭間にある全ての扉を攻略する必要があるそうだ」

「有里君の話的に、全ての扉を攻略しても即解決って訳じゃないみたいですよね」

「ああ。攻略すれば我々をここに縛り付けている楔が顕現するといったような事を言っていたな」

 

 少々うんざりした表情で呟くゆかりに美鶴も頷いて返す。

 時の狭間にある扉のダンジョンを攻略する必要があるが、それはタルタロスの頂上を目指す必要があったのと同じで、あくまで目的達成のためにこなす必要がある前提条件。

 本当に重要なのはその先、全てのダンジョンを攻略した時に現われるという“楔”とやらへの対処だ。

 七歌たちではそれがどんな物か分からないが、湊と同じように時の狭間の性質についても分かっていたメティスなら知っている事があるかもしれない。

 そう考えたアイギスは、未だ完全には信頼関係を築けていない他の者に気を遣って、姉という立場から彼女に問いかけた。

 

「メティス、八雲さんが言っていた楔がどんな物か分かりますか?」

「それ自体は時の狭間に満ちる力の結晶だと思います。皆さんの思いがプラスに働いて補給のため過去への道が繋がったとすれば、楔の性質は皆さんを過去に繋ぎ止めようとするマイナス。実際、ここまでの事が起きている事からかなり厄介な存在だと思います」

 

 湊も明言していなかったように、メティスもそれがどんな姿形をしたものかは分かっていない。

 メティスは後から合流した立場であり、彼女の意思は時の空回りが起きる際には使われていない。

 ただ、人の想いが空間に満ちるエネルギーに作用する状況にあって、それ自体は時の狭間に満ちているエネルギーから生み出された存在なのは分かっていた。

 この場にいる全員が持つ共通の想いから生まれたのが楔だとすれば、想いが強い分かなり厄介な物だと思われる。

 ダンジョンを攻略した先にそんな物が待っているなど考えるだけで憂鬱になりそうだが、食事を続けている途中でラビリスがそういえばとある疑問を口にした。

 

「そういや、なんでダンジョンにあった扉が寮に繋がったん?」

「皆さんの願望が理由だと思います。扉がラウンジに通じていれば楽なのにといった感じの思いが反映されたんじゃないかと」

 

 もう一人の姉の疑問にメティスがすぐに答える。

 補給のために過去へと扉が繋がったように、どうせなら寮内に過去への扉があれば楽だという皆の心の奥底にある想いが反映され扉が移動した。

 確かに食糧やら日常消耗品を買いに行くためだけにダンジョンに入り、そこから転送装置を使って最奥に行くなど手間でしかない。

 そう考えるとメティスの説明はあり得そうなのだが、そんな簡単に行くのかと半信半疑な荒垣は首を傾げる。

 

「んな簡単に行き先が変更出来るのかよ?」

「今のここは異界化しています。地下に広がっている時の狭間ですが、厳密に言えば上に建っている寮も時の狭間に含まれています。そのため、過去と行き来するゲートの設置座標の更新も、皆さんの意思を反映する形でなら可能だったんだと思われます」

 

 荒垣の考えている通り、普通ならばそんな事は起こらない。

 だが、今は自分たちがいる寮全体が時の狭間の一部として組み込まれてしまっている。

 そんな状態だからこそ、扉の創造ではなく移動程度の事ならば、全員の意思が反映される形で可能になっていた。

 それほど柔軟な思考という訳じゃない荒垣にすれば理解しづらいことだが、異界化した寮内でならそういう事も起こり得る。そう自分を納得させる事で、そういう物なのだと彼もとりあえずは呑み込むことが出来た。

 

「話を戻すが今後の予定についてだ。やる事は決まった。だが、それは二、三日でこなせるような事でもない。過去への扉を使って物資を補給しながら、それなりの日数をかけてやる必要があるだろう」

「ま、これを食べたらとりあえず今日は解散かな。明日も探索には出るけど、新しい扉に挑むかブランクの解消に攻略済みのダンジョンで慣らすかは明日の体調次第で判断。お風呂は沸かしておくけど、まぁ入るタイミングとかはご自由にって事で」

 

 食べている途中だが子どもで体力の少ない天田などは既に眠そうにしている。

 他の者たちもそれぞれ疲労が顔に出ている事もあり、難しい話をしてもちゃんと覚えていられるか分からない。

 そう判断した七歌は美鶴に早めに解散すべきだと視線で伝え、明日も探索に出るつもりでいるようにとだけ全員に連絡した。

 疲れている者たちもその部分はちゃんと聞こえていたようで、七歌が解散だと告げると使った食器を食洗機に片付けると自室へと戻ってゆく。

 それをお疲れ様と見送った七歌と美鶴は、自分たちも会議に参加すると残ってくれたメンバーと意見を交え、大まかなスケジュールを組むと会議を早めに切り上げる。

 そのまま風呂へと直行する者、仮眠を取ってから風呂に入るという者、起きてからシャワーで済ますという者など色々いるが、探索に出ていない綾時を除き、やはり全員がかなり疲れていたようでその日は皆早めに就寝するのだった。

 


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