【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百七十四話 古の路マレボルゼ

――古の路マレボルゼ

 

 彼と同じ姿をした何かの後を追うように七歌たちは扉を潜った。

 黒い靄のようなものを纏っていたが、姿形は間違いなく彼だった事は全員が確認している。

 突然の事でメティスを除く全員が動揺を見せるも、七歌は湊と同じように霊視の力を持っていた。

 おかげであれが魂を持たない存在であり、湊の姿をしていても全く別の何かだという事はすぐに気付くことが出来た。

 だが、七歌がそれを伝えて全員が一応の納得を見せたものの、完全に冷静さを取り戻しているとは言い難い。

 扉の向こうは寮内で話している時に予想されていたように、タルタロスのようなダンジョン構造になっていた。

 タルタロスと違って下へ下へと下りて行く程度の差はあっても、シャドウが出る事も含めてある意味で彼女たちには馴染みの場所と言える。

 しかし、ブランクがある事を考慮しても、指揮を飛ばす七歌は仲間たちの動きに妙なズレがあるのを感じていた。

 弱体化を免れたコロマルと姉を守ろうとやる気に燃えるメティスが武器を持って駆けていく。

 タルタロス中層クラスの強さを持つシャドウを時間差で攻撃して上手く沈める。

 止めとばかりに七歌もペルソナを召喚して一撃を入れるが、周囲のシャドウ反応がなくなったところで小さく溜息を吐いて仲間たちに声をかけた。

 

「はぁ……皆、気持ちは分かるけどもう少し集中して。コロマルとメティスがいるから大きく崩れずに済んでるけど、そうじゃなかったら回復アイテムのお世話になってるところだよ?」

 

 話を聞く限りメティスはまだ稼働時間はそれほどでもないらしい。

 けれど、そんな状態でもアイギスを含めた仲間を劣勢に追いやるだけの戦闘力はある。

 そして、戦いが始まると徐々に感を取り戻して動きが良くなっているコロマルの存在によって、現在の七歌たちの戦闘は支えられていた。

 リーダーである七歌から注意を受けた仲間たちは、戦闘に集中出来ていないと自分でも分かっているのか申し訳なさそうに視線を俯かせたり、謝罪の言葉を口にしてくる。

 

「わりぃ……なんつーかさ。あの人影を見たらもしかしてって思っちまったんだよな」

「もしかしてって言うのは?」

 

 順平は本当に申し訳なさそうにしているが、本人も自分がここまで動揺している事に戸惑っている節がある。

 そういった意識のずれは誰かと会話することで修正出来る事もあるので、七歌は相手の言葉の意味を理解しながら尋ね返す。

 他の者たちも周囲の警戒をしながら順平に視線を向ければ、順平は僅かに言いづらそうにしながら再び答える。

 

「あー、その、あれだ。もしかしたら、この奥に有里がいるんじゃねぇかって思った」

「じゃあ、あの人影は何だと思ったの?」

「あいつなりのメッセージとか? いや、分かんねえけどさ。オレはこっちにいるぞーって」

「八雲君のキャラ的にそれはなくない?」

 

 湊がそうやって自分の居場所をアピールする姿が想像出来ず、七歌が苦笑しながらツッコミを入れると、順平も「言ってから思った」と笑って返す。

 二人の会話につられるように他の者たちも笑い始めると、それで緊張が解けたのか全員の表情が自然なものになる。

 すると、ここに来るまでの戦いぶりを思い返して、七歌が何を狙って順平と会話したのか察した美鶴も、仲間の精神状態を一度リセットさせるため自分の気持ちを言葉にする。

 

「正直に言えば私も伊織と同じように思っていた。あれは八雲からのメッセージで、この奥に本人がいるのではないかとな。まぁ、七歌も言った通り彼の性格とは合わない行動だが、可能性はゼロではないだろう?」

「まぁ、可能性だけで言えばそうですけどね。専門家的にはどう思う?」

 

 美鶴の言う通り可能性はゼロではない。ゼロではないがまずないだろうと思いつつ、七歌は彼の内面について誰よりも詳しいと思っているであろう少女らに意見を求める。

 

「……ないわね」

「ないかと」

「ないわなぁ」

 

 チドリ、アイギス、ラビリスが続けてコメントする形で美鶴や順平の意見は否定される。

 そんな形でアピール出来るほどの素直さがあれば、周りの人間はああも振り回されたり苦労することはなかった。

 大切な少女を機械のまま人間として認めさせようと世界に喧嘩を売ったり、母親を殺された復讐で万を超える敵を殺したり、大切に思っている少女を守るために傷つけてまで遠ざけようとしたり、本当に彼は“素直じゃない”ではすまないほどこじらせた性格をしているのだ。

 ベアトリーチェの力を使って退行した八雲はあんなにも素直で可愛らしいというのに、どうしてあれがこんな成長を遂げたのかと本気で疑問に思うくらいには捻くれている。

 家族である少女たちがそうだと断言するのだから、やはり順平や美鶴が言ったあの人影が湊からのメッセージという線は薄いだろう。

 そうなると、じゃあ、あれは何なのだという話に戻るのだが、人影の元になる青年について知らないメティスが首を傾げているため、仲間たちの様子をずっと見ていた風花が通信越しにメティスに事情を説明した。

 

《メティス、さっきの人影について情報共有しておくと、あれは私たちの知り合いを模した姿をしていたの》

「会話に出てきた名前からすると、少し前に話していた回復アイテムを用意してくれていた人ですか?」

《そう。今はどこにいるか分からなくて、だからもしかしたらって皆も話しているの》

「流石にこんな場所にはいないと思いますよ?」

 

 いくら何でもこんな異界ともいえる場所にいるはずがない。どこか呆れた様子でメティスが冷静に答える。

 他の者たちも事情を知らなければ普通はそう思うだろうと苦笑する。

 正直に言えば、七歌たちもどっちか判断がつかない状態だ。

 この場所がアチラ側の場所であれば、ニュクスと共に消えた湊がいる可能性はあると言える。

 しかし、ニュクスが存在する場所とも異なる位相にある空間ならば、彼がここに辿り着いているはずがない。

 では、どうしてあの人影は湊の姿をしていたんだという話になってくるのだが、今の状況ではそれを判断するだけの材料がないため、七歌はそれについて語るのは後にしようと保留する。

 七歌が狙っていたものとは違うが、ちょっとした休憩がてらの雑談でメンバーらの動揺はほぼ抜けたようだ。

 あのまま進んでいればコロマルとメティスの負担が大きくなっていたので、早めに切り替えられて良かったと七歌は内心でホッと息を吐く。

 極度の疲労を感じている仲間がいないことを確認し、これなら再出発出来そうだと声をかける。

 

「さて、じゃあ、隊列組んで進んで行くよ。さっきまでサボってた男子が前ね。コロマルとメティスは真ん中らへんで休んでて」

「わん!」

「私はまだ全然いけますけど?」

「負担が集中しないように考えての事だから今は休んで。また後で交代して前に出てもらうから」

 

 コロマルは素直に鳴いて七歌のいる隊列の真ん中に移動する。

 メティスは姉の前で張り切っているのか全然余裕だとアピールしてくるが、七歌はこれはチームでの行動だからとメティスを下がらせる。

 他が元気な状態で一人だけ疲労状態になると、元気なメンバーが一人を庇うように動かなければならなくなるのだ。

 戦闘などによる怪我ならばともかく、一人が疲労しただけでチーム全員の足が鈍くなるなど大きなマイナスだ。

 そんな状態にはしたくないので、動きが鈍くてあまり戦っていない前衛組を先に行かせると、七歌は残りの者たちも連れて出発する。

 出てくるシャドウとの戦いぶりをみるに、しっかりと気持ちは切り替えられたのが分かる。

 真田が足でかき乱して牽制し、順平が前に出て攻撃を仕掛け、荒垣が敵の反撃を防ぐよう盾になる。

 敵が複数出てきた時には天田とラビリスが援護して上手く敵の連携を断っている。

 孤立した敵には後衛にいる者たちから攻撃が飛び、ブランクはやはり感じるものの何とか大きく苦戦する事なく探索を進める事が出来た。

 

 ***

 

 七歌たちはここがタルタロスと似ていると感じていたが、どうやら構造も似ているようで、いくつか階を下りて行くとフロアボスのいる階層に着いた。

 これまではほとんど通路ばかりで、たまに小部屋があるような構造になっていたが、これまでよりも強力な反応を持つシャドウがいる場所は広い大部屋になっていた。

 まだ本調子とは言えない七歌たちにとって、狭い通路で強い敵と戦うのは自殺行為。

 その点、大部屋ならば数の利を活かして、回復アイテムによるゴリ押し戦法で囲んで叩く事なども出来る。

 まだ一つ目の扉という点を考えると、そういった戦法を採るには早いのではとも思うが、先が長い可能性があるからこそアイテムを惜しまず使って体力の温存に努めるのも一つの手だろう。

 通路から大部屋に向かう途中に七歌がいくつかの作戦を考えていると、大部屋に入る直前に風花から通信が入る。

 

《強力なシャドウ反応がある大部屋に別の反応が出現! でも、これって上で感じた人影の反応じゃ……》

 

 七歌たちのいる通路から大部屋までは一直線の道しかない。

 通信を送ってきた風花自身もどこか困惑している様子なので、実際に行けば状況が分かるはずだと全員警戒しながら大部屋へと向かう。

 入っていきなり敵が攻撃してくる事もあるため、すぐに回避か防御出来るよう備えて全員が大部屋に入る。

 すると、確かに部屋の中にはフロアボスであろう巨体を持つレスラー型シャドウと数体の配下のシャドウが確認出来た。

 ただ、その正面には上で見た彼と同じ姿をした謎の存在が立っている。

 敵の正面に立ち、七歌たちに背を向ける姿は、今まさに戦いを始めようとしているように見える。

 あれが何なのかは分からないが、もしも、シャドウやこの空間が生み出したギミックであれば、同じ陣営であるダンジョン内にいるシャドウと戦うはずがない。

 となると、急にこちらを向いてフロアボスたちと共に七歌らと戦うつもりなのか。

 戦闘が始まることに備えて横に広がる陣形を取っていると、対峙していたフロアボスと謎の人影に動きがあった。

 なんと、拳を振り上げながらレスラー型シャドウが人影に殴りかかったのだ。

 

「シャドウが襲い掛かっただと!?」

「……なんなのあれ? シャドウとは別物なの?」

 

 シャドウの同類だと思われた人影に、フロアボスが攻撃を仕掛けた事で美鶴が驚きの声をあげる。

 現地でアナライズを試しているチドリも、上手く情報が読めないのか人影の正体を掴めずにいる。

 声はあげていないが、他の者たちも美鶴と同じように衝撃を受けており、拳での攻撃を繰り返すフロアボスとそれを躱している人影の戦闘をジッと見つめる。

 巨体のリーチを活かした攻撃を何度も繰り返すも、フロアボスの攻撃は全て躱されて人影にダメージを与える事が出来ない。

 すると、今度はフロアボスの周りにいた配下のシャドウたちまで人影に襲い掛かった。

 火炎魔法を放つ者もいれば、近付いて足止めしようとする者もいる。

 それに対して人影がどういった反応を見せるのか観察していると、人影は腰に差した二振りの刀を抜いて飛んできた魔法を切り裂き、もう一方の刀で足止めに近付いて来たシャドウを突き殺して見せた。

 仲間が一撃で殺された事に恐怖したのか、魔法を放ったシャドウが僅かに後退する。

 それを隙と捉えたのか人影は跳躍して一気に距離を縮めると、上段から振り下ろした刀で敵を両断した。

 

「つえー……」

「戦い方は有里先輩に似てますよね」

 

 使っている武器が業物なのは間違いないが、同じ物を使って同等の結果を出せるかと言われれば難しいと答えるしかない。

 そんな湊の戦い方と人影の戦い方はよく似ていて、順平と天田はここまで来ると無関係ではないだろうと思って見ていた。

 フロアボスの攻撃を躱しながら配下のシャドウたちを屠っていき。最後の一体を倒すと人影はフロアボスから大きく距離を取る。

 だが、両手に持った刀を構えたままな事から、人影はフロアボスも仕留めるつもりでいるようだ。

 対して、配下を全て殺されたフロアボスは激昂したのか黒い身体が熱を帯びて赤く染まる。

 赤く染まった身体は僅かに発光し、高温である事を示すように蒸気が立ち上っている。

 見た目が変化したフロアボスが人影に向かって駆け出すと、先ほどとは比べ物にならぬ加速で一気に距離を詰めて拳を突き出した。

 敵の接近を察知して回避行動に移っていた人影も、敵の変化が想像以上だったのか行動に移りきる前に捉えられてしまう。

 回避は間に合わず、咄嗟に刀を交差させての防御体勢を取るが、体格差もあって人影はガードごと吹き飛ばされて地面を転がる。

 もっとも、転がった勢いを利用して離れた場所で立ち上がったため、一撃で戦闘不能に追い込まれる事態は避けたようだ。

 

「シャドウの方が速いみたいですね。姉さん、今の内に両方とも攻撃しておいた方が良いんじゃないですか? そうすれば、こちらの被害を抑えて勝てますよ」

「シャドウは良いけどあっちの人影に攻撃するのはちょっと……」

 

 勝手に敵がやり合っている内に後ろから撃ち抜けとメティスが発言すれば、人影の姿が彼とそっくりな事もあってアイギスは拒否反応を示す。

 それは他の者たちも同じ意見なようで、人影の援護ならば構わないが、まとめて排除する事に賛成する者はいなかった。

 ただ、フロアボスはレスラー型シャドウなので基本的に近接格闘で戦っている。

 となれば、当然傍には人影もいるので、援護するにもシビアなタイミングで攻撃を通すだけの技量がいる。

 ブランクのある彼女たちにそれだけの攻撃を通す自信はなく、アイギスたちが何も行動を起こせずにいれば、再びフロアボスが人影に向けて駆け出し距離を詰めた。

 肩から相手に向かってタックルの体勢で迫り、両者の距離がゼロになるタイミングで人影が独楽のように回った。

 その動きの意味をアイギスたちが理解したのは、フロアボスが人影の身体をすり抜けるように通過してからだった。

 敵の攻撃が当たる直前に独楽のように回転した人影は、相手の身体を攻撃の勢いごと完璧に受け流したらしい。

 一歩間違えれば正面から敵の攻撃を喰らっているところだ。対処法として思い付いても普通は実行しようなどとは思わない。

 それをあの人影は実践して見事にやりきってみせた。

 攻撃を受け流されたフロアボスは勢いのまま通り過ぎ、無防備な背中を人影に晒している。

 あの超絶技巧を持つ人影がそれを見逃すはずもなく、左の刀を逆手に持ち変えて接近すると、全ての攻撃が次へと繋がり続ける連撃を繰り出す。

 筋力では確かにフロアボスが勝っていたのだろう。しかし、一度足を止めてしまえば、筋力から生み出されるその速さも活かせない。

 フロアボスの背中に次々と刀傷が増えていき、その傷からは黒い靄が勢いよく漏れ出してゆく。

 ダメージの蓄積によって強化も解けたのか、フロアボスの身体が元の黒色に戻ると、与えられるダメージも増えて人影の攻撃の勢いも増す。

 途切れぬ攻撃は最早刀による結界のようで、その結界が徐々にフロアボスの身体を侵食していくと最後には耐えられなくなり靄が弾けて消滅した。

 いつかのアルカナシャドウとの戦いでは、彼も大剣を使って似たような事をしていたことを覚えている。

 やはり、あの人影は彼と関係があるのだろうかとアイギスが見つめていれば、フロアボスを倒し終えた人影は武器を納めて通路の奥へとそのまま消えてしまった。

 

「姉さん、あれを追わなくて良いんですか?」

「あ、えっと、七歌さん。どうしましょう?」

 

 戦いに魅入っていた事で誰も咄嗟に追う事が出来ず、メティスに声をかけられてから正気に戻る。

 先ほどの戦いは色々と衝撃的な事が起こりすぎた。アイギスに意見を求められた七歌も、正直に言えば一度休んで考えを整理したい。

 であれば、ここで追うのは避けるべきだろうと、人影が消えた通路とは別の通路を調べる事にする。

 

「あれは今は追わなくていいや。もう一つ通路があるからそっちを調べよう」

 

 調べようと口にしたが、正面に伸びるその通路の先は大部屋からも見えている。

 通路の先に見えているのはどことなく柱時計に似た形のモニュメント。

 これもタルタロスと同じならば、そのモニュメントはどこかへ通じる転送装置のはずだ。

 フロアボスのいる階層にある事から、恐らくは入口付近に出るはずだとモニュメントへと近付いていき、七歌たちが触れるとそれは起動した。

 風花とチドリがそれぞれ調べ、時の狭間の扉があった場所に同じモニュメントが出現している事も分かり、七歌たちは一度寮へ戻ることにするとモニュメントを利用して帰還するのだった。

 

 


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