【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百七十二話 契約の継続

――巌戸台分寮

 

 今後の方針について話し合いが終わり、仲間たちはそれぞれの部屋へ戻って休む事になった。

 寮生たちはそれぞれの私室があるものの、外部生であるチドリとラビリスと新たに仲間に加わったメティスには部屋がない。

 そこで姉妹であるアイギスの部屋でラビリスが休み、ついでにメティスも監視を兼ねて同じ部屋で休むことが決まった。

 同じようにチドリも誰かの部屋で休むことになったが、以前にも泊った事があるという事で風花の部屋を利用する事になり、ついでにコロマルもそちらで寝る事になった。

 コロマル本人は別に一階のラウンジで構わないと答えたそうだが、地下の時の狭間から新たに何かが現われないとも限らない。

 また、戦闘能力を持たない風花を守る者も必要だと言うことで、不審な物音が聞こえればすぐに気付くコロマルが番犬として選ばれた。

 零時を過ぎてから急に呼び出されたメンバーは勿論のこと、寮にいてメティスに襲われたメンバーたちも色々と疲れている。

 明日から再び戦闘の可能性がある探索が始まるため、一同は部屋に戻るとすぐに眠りについた。

 だが、それぞれが部屋に戻って少しすると三階奥にある部屋の扉が開き、部屋着姿の七歌が音を立てないようにして部屋から出てきた。

 既に他の者たちは就寝しているのか、寮内は耳鳴りがしそうなほど鎮まり返っている。

 

(……まぁ、コロマルとかロボットのメティスは気付いてるかもだけど)

 

 番犬として風花たちを守っているコロマルは当然として、睡眠機能らしきものを搭載している様子があったメティスも不審な音が聞こえれば気付いて目を覚ましているかもしれない。

 ただ、二部屋分の広さを持っている美鶴の私室と違い。他の者たちの私室には風呂もトイレもない。

 夜中にトイレに起きる事は普通にあり得ることで、足音がトイレのある一階へと向かえば気付いた者たちも勝手に納得するはずだ。

 そう考えながら階段を静かに下りていくと、七歌はトイレへは向かわずキッチンの方へと進んでゆく。

 別に小腹が空いた訳じゃない。アイギスの持つリストバンドによって最悪の事態は避けられるが、現状では今残っている食糧を分け合って食い繋ぐ必要がある。

 実力とこれまでの信頼によって再びリーダーを任された七歌にとって、如何に餓えようとも仲間の命まで危険に晒す勝手な行動を取ることは出来ない。

 何より、彼女の目的はそこではないため、カウンターの前を通り過ぎると目的地である群青色の扉で七歌は立ち止まった。

 七歌の中には今も複数の力がある。個々の力は弱体化していても、感を取り戻せば最強の布陣だと思えるだけの力が揃っている。

 しかし、少女は数ヶ月ぶりに相対した扉を潜って中に入るだけの理由があった。

 力を集めて契約者の顕現させると、扉の鍵穴にそれをさして解錠する。

 カチャン、と静かな音を立てて鍵が開くと七歌は扉を潜ってあの部屋へ向かった。

 

 

――ベルベットルーム

 

 扉を潜って不思議な回廊を抜けると、七歌は椅子に座った状態で目を覚ます。

 テーブルを挟んだ向かい側にいる面子も変わっておらず、たった数ヶ月ぶりだというのに妙に懐かしさを覚えた。

 だが、全てが同じという訳ではなく、数ヶ月前は上昇していたはずの部屋が今は下降していた。

 決戦時に最上階に到着したのだから、それが終わって下りて行くというのはある意味正しいのかもしれない。

 だが、あれほどタイミング良く最上階に到着し、全ての契約を果たし終えた青年を見送るなどという偶然があり得るだろうか。

 決戦を終えて尚契約を果たし終えていない少女は、部屋の上昇と下降には契約者の存在が関係しているような気がした。

 

「……久しぶり、でいいのかな?」

「フフッ、ええ、お久しぶりでございます。ようこそ我がベルベットルームへ」

 

 卒業式で記憶が戻ってから、契約が残っていると分かっていながらも七歌はここへ来ないようにしていた。

 イゴールたちに罪はない。それは頭で分かっているのに、どうしても“ユニバース”を手にして去って行く湊の後ろ姿を思い出してしまい。ここへと来る事を感情が拒んだ。

 けれど、再び戦いに呼ばれてしまった以上、仲間たちを守るためにも力は必要だ。

 途中で投げ出してしまった事を謝る良い機会でもあったため、七歌はもう一度この場所を訪れようと思った。

 幸いな事にイゴールたちは歓迎してくれている。担当者であるテオドアは七歌が再び来てくれた事に安堵した様子だが、姉たちも別に怒っているようには見えない。

 その事に七歌自身もホッとしながら謝罪の言葉を口にした。

 

「……契約が残っていたのに来る事を避けてゴメンなさい。正直、今回の事がなかったら一方的に契約を破棄していたと思う。あれだけお世話になったのに、恩知らずでゴメンなさい」

「フフッ、その謝罪を受け入れましょう。ですが、ここを訪れた方は全員が全員契約を果たした訳ではございません。契約を果たすも果たさぬもお客人次第でございます」

 

 イゴールたちにすれば契約の不履行など過去にもあったこと、初めての担当者が契約不履行に終わればテオドアはショックを受けるだろうが、ベルベットルームとしては客が一人減ったとしか思わない。

 だが、七歌はこれを一つの区切りとしたいのだろうと考え、イゴールは素直にその謝罪を受け入れた。

 相手に気を遣わせてしまった事にさらに申し訳なさを感じるも、七歌としては過去の契約者は全員契約を果たしていると思っていたため、自分以外にも無責任な者がいたのかと気になる。

 すると、七歌の表情から何を考えているのか察したテオドアが説明してくれた。

 

「怪我や病気、私生活に忙殺されるなど、それぞれ理由は異なっていますが、ここを訪れなくなった方は過去にもおられました。実を言うと姉上たちが担当していた八雲様も一度は契約を破棄しかけたのですよ」

「そうなの? 八雲君、そういうのしっかり守るタイプだと思ってたんだけど」

 

 七歌の知る彼はそういった契約や約束をしっかりと守るイメージが強い。

 無関係な人間や弱者を助け続け、自分の命を使ってでもチドリやアイギスを守り抜こうとした姿は今も強烈なほど記憶に焼き付いている。

 そんな彼がどうして契約を破棄しようとしたのか。理由が想像出来ずにいれば、テオドアの説明には語弊があるとマーガレットが補足した。

 

「八雲様の場合は事情が異なります。契約を破棄したのではなく、契約者死亡により果たせなくなり未達成のまま契約が凍結したのです。蘇生後には凍結は自動で解除され、四つもの契約を全て達成して旅立って行かれました」

「あ、チドリを助けた時の事なのね。うん。まぁ、あれはしょうがないと思う。チドリを助ける事も契約にあったみたいだし」

「よくご存知ですね。最初からあの子の契約は矛盾を孕んでいたんです。契約を果たすまで死ねないというのに、死ぬ時までチドリという子を守り続けなければならない。そこへさらに“命のこたえ”を見つけるというものもあったのですから、よく全てを果たすことが出来たなと感心したほどです」

 

 湊の事を話すマーガレットの言葉には親しみが感じられた。

 ムーンライトブリッジでの事故があってすぐにこちらに来たそうなので、現実世界でおよそ十年の付き合いがあったと聞いている。

 実の妹弟がいるマーガレットにすれば、妹弟よりも幼い子どもの姿から知っている湊は親戚の子どもや手間の掛かる弟のように見えていたのかもしれない。

 もっとも、それでも表面上は悲しさを感じさせないのは、相手が大人だからなのだろうかと七歌は少し羨ましく思えた。

 けれど、羨んでばかりもいられない。未だに彼の事を引き摺ってしまっている身として、ここへ来た理由の一つでもある質問をぶつけた。

 

「……八雲君がどうなったのか。皆は知ってるの?」

「厳密に言えば観測は出来ていません。ですが、おおよその状態は把握しております」

「やっぱり、あっちに一人で残っているの?」

 

 仲間たちと話し合った時の予想では、彼は生身のまま死後の世界へと移動し、そこでニュクスが再び現実世界へ行かないよう監視していると見ていた。

 エリザベスは湊が一度完全に死んだ時には蘇生の手伝いとして密かに動いていたと聞いている。

 ならば、今の湊がどういった状態にあるのかも把握している可能性があると踏んだのだが、毅然とした態度のマーガレットから返ってきたのは無慈悲な言葉だった。

 

「申し訳ありませんが、お答え出来ません」

「どうして? 何かの契約に抵触しているとか?」

 

 ベルベットルームの住人が契約者側の事情にあまり干渉出来ない事は知っている。

 湊と契約していたエリザベスたちはたまに案内を受けて外に出ていたらしいが、好き勝手に現実世界で遊び回るような事は出来ないという。

 湊の現状について何かしら知っていながら、それを自分に話せないというのも、そういった契約に縛られての事なのだろうか。

 七歌が率直に尋ねれば、マーガレットは頷きつつ小さな笑みを浮かべた。

 

「その通り。ですが、それはあの子側の問題ではありません。七歌様とアイギス様の契約による縛りでございます」

「私たちの?」

 

 現在、巌戸台分寮に閉じ込められているメンバーの中に契約者は二人いる。

 以前からの契約が未だ続いている七歌と、新たに今回の件で契約者となったアイギス。

 どうして戦いを終えたのに自分の契約は残っているのか。どうしてこのタイミングでアイギスまで契約者となったのか。

 記憶が戻ってから考えていた事と、今回の事件を聞いてから疑問に思っていた事。

 マーガレットの言葉を聞いてその二つの疑問がどうやら繋がっているらしいと七歌は気付く

 

「どうして影時間の戦いが終わったのに契約が残ってるのか不思議に思ってた。けど、八雲君が今回の件を知っていた事から薄々気付いていたんだ。そっか。これは八雲君が起こした奇跡の真実を知るための戦いなんだね」

「それについてもお答えする事は出来ませんが、事件を解決する事で得られるものもあるとだけお伝えしておきます」

 

 どうやら七歌の予想は当たっているらしく、マーガレットは意味ありげに優しい笑顔を見せてくれている。

 湊が守ってくれた仲間たちを何としても無事に現実世界へ還さなければと気負っていた少女は、そういう事ならこれは“全員で挑む事”が重要なのだと考えを改めた。

 七歌の契約は如何なる結末も見届けるというもの。それが彼の事を指しているのなら、確かに七歌の契約はまだ終わっていない。

 事件の真相が彼の最後の真相にも繋がっている可能性がある。それが分かった事で気持ちが軽くなった七歌は、そういえばと他にもあった疑問をエリザベスに聞いてみることにした。

 

「あ、そういえば、どうしてエリザベスさんがアイギスの担当になったの? 八雲君の担当を終えてマーガレットさんも暇になったんだよね?」

「率直に申し上げれば敵情視察のためでございます。同じ殿方に想いを寄せる一人の女として、アイギス様の人柄に興味を持っておりましたので」

「あー…………そういうの良いの? ベルベットルームって従業員と客の恋愛はOKなの?」

 

 素直に疑問に思っていた事を尋ねただけだった七歌は、返ってきた予想外の答えに質問するんじゃなかったと後悔する。

 ただでさえ彼の周りは女性関係が混沌としているのだ。

 そこに異能側の存在である女性も加わるとなれば、どうやって収拾をつければいいのか分からなくなる。

 加えて、担当がテオドアだったこともあり、七歌自身はエリザベスがどういった人物なのかよく分かっていなかった。

 湊との事も意外ではあるが、こんなにもオープンに独占欲やらを見せてくるようなタイプだったのか。

 思わず七歌が困惑していれば、姉が呆れ、弟が戸惑っている横で、堂々と湊への想いを口にした本人が続けて答えてきた。

 

「ここにいる理由がなければどこへ行こうと自由です。ですが、今の私には外へ出る理由もございません。故に、アイギス様にお力添えをしようと思った次第でございます」

「へぇ、そうなんだ。テオとマーガレットさんは出られるの?」

「いえ、エリザベス姉上のみです。八雲様絡みで自己を定義したため、姉上はここに留まる理由がなくなりました」

「ああ、押しかけ女房スタイルなんだ。ベルベットルームって意外と緩いなぁ……」

 

 ベルベットルームを訪れるのは理由を持った者だけだという。

 契約者たちはここの住人の協力が必要だから招かれ、住人たちはそれぞれ異なる理由で流れ着いて住人となっているらしい。

 ならば、エリザベスのように途中でその理由を失う者がいてもおかしくない。

 よく見れば出会った頃よりも目が生き生きしているため、本当に湊との愛に生きるため外の世界へ出る決心をしたらしい。

 自分たちでは決して届かないほどの力を持った存在が、意外なほどに俗っぽい事に七歌は小さなショックを受ける。

 彼女が愛に一直線な恋愛脳過ぎたのか、彼がそこまで人を惹きつける魔性の存在だったのか、或いはそのどちらでもあるのか。

 悩んでも答えは出そうにないため、七歌は頭を切り換えると視線を正面に座った老人に向ける。

 

「えっと、とりあえず、言いたい事と聞きたい事は話せたから今回は帰ります。どれくらいの期間になるか分からないけど、またよろしくお願いします」

「ええ、またのおこしをお待ちしております。それではご機嫌よう」

 

 老人に頭を下げると七歌は椅子から立ち上がって背後にあった扉から外へと出て行く。

 胸の奥に引っかかっていたトゲはこれで抜けた。先への希望も見えた。

 これでようやく探索に集中が出来る。

 以前より遙かにペルソナの能力が弱体化しているメンバーを連れての探索は不安だが、仲間と一緒ならば何とかなるだろうと明るい気持ちが湧いてくる。

 物資の補給など解決しなければならない問題や、突然現われた時の狭間やメティスの謎などもあるが、七歌は一つずつ確実に解決して行こうと前向きに考える。

 部屋を訪れた時にはかなり追い詰められた顔をしていた少女のそんな変化に、部屋の住人たちも思わず笑みを浮かべると去って行く彼女を見送った。

 

 

 


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