【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百七十一話 メティス

――巌戸台分寮

 

 アイギスが自分の能力の変化について話し終わると、一同の視線がキッチンの傍で椅子に拘束されたまま寝ているメティスに移る。

 少女には味方もおらず、全員がペルソナを召喚可能になっている状況で、スヤスヤと眠っていられる図太さは大したものだと思う。

 突如開いた床下から見つかった鎖を使い。両腕を広げられないよう身体に巻き付けて拘束し、さらに元対シャドウ兵器であるラビリスが傍で監視している。

 相手もアイギスとの戦闘で負傷していたため、さらにここまで自由を奪われたらどうしようもないと諦めての行動だろうか。

 アイギスは自分とも姉とも違った性格をしている後継機の少女の許へ近付くと、怪我を負わされた順平がトゲのある言葉を放つ。

 

「こいつ、途中からずっと寝てるんだぜ? 無抵抗でいるためのパフォーマンスか、ガチで抵抗出来ない状態なのか知らねぇけど。ずいぶんと余裕なこった」

「多分、抵抗しても無駄って分かってるんじゃないんですか。さっきと違って僕たちも召喚器を持ってますし。戦えば勝てないって分かってるんでしょ」

 

 順平と同じようにメティスから被害を受けた天田も静かな怒りの籠もった言葉で淡々と話す。

 少女への怒りは実際に被害を受けた者にしか分からないが、仲間を襲われたという時点で他の者たちも警戒はしていた。

 長期間待機モードになっていた事で、偶然目覚めて記憶の混乱が起きていたなら桐条グループに送り返すで済む。

 しかし、相手はアイギスをしっかりと認識した上で、それ以外のメンバーを排除対象として見ていた。

 個人を認識し、アイギスだから守ろうとしたのか、それとも対シャドウ兵器であれば誰でも良かったのか。

 警戒した状態で相手の周りに集まると、アイギスが主導して少女から話を聞くことに決まり、寝ている相手を起こすことにした。

 

「起きてください。あなたに色々と聞きたい事があります」

「…………んん……」

 

 アイギスが声をかけるとメティスはゆっくりと頭を上げて周囲を見る。

 起きた時点で自分がどういう状況に置かれているのか確認したのだろう。

 周りを囲まれている事を理解したメティスは、そのまま正面にいるアイギスに視線を合わせると蝶型のバイザー越しでも分かるほど安堵した様子で口を開いた。

 

「……よかった。目が覚めたんですね」

「戦闘での負傷には少し慣れていますから。それより、あなたに色々と聞きたい事があります」

 

 メティスは起きてすぐにアイギスの姿を確認すると、目覚めた事に本気で安堵したようにホッとしている。

 戦う前にもアイギスを守るためにやって来たと口にしていた。

 仲間たちが傷つけられていた事もあり、あの時は言葉の意味が理解出来なかったが、こうやって落ち着いた状況でも彼女の言葉は変わっていない。

 だとすれば、相手は自分たちが知らない何かを知っていて、アイギスにとっての仲間たちがメティスには敵に見えていたのかもしれない。

 今のメティスには敵意もないようなので、その辺りも詳しく聞こうと質問をぶつけた。

 

「あなたの名前と目的は? どうしてわたしの仲間を傷つけたんですか?」

「名前はメティス、目的はあなたを守ること。……傷つけたのは、あなたの仲間が全ての原因だから」

「全ての原因? 何の話をしているの?」

 

 やはりメティスは自分たちの知らない情報を知っている。アイギスだけじゃなく傍で話を聞いていた者たちもそれを確信する。

 ただ、どこか親に叱られる子どものような態度で答えるメティスに、彼女がどこまで正しい認識で情報を持っているのか不安が残る。

 それでも話を聞かない訳にはいかないため、アイギスの質問に対する答えが返ってくるのを待つ。

 

「……自分たちが置かれた状況についてどこまで分かっていますか?」

「わたしたちがこの寮に閉じ込められて、地下にタルタロスのような不思議な空間が広がっているという話は聞きました」

「最低限の説明は済んでいるんですね。では、先ほどの質問に答えると、それらの原因がこの場に集まった人たちです」

 

 バイザー越しに視線を向けてメティスは周りにいる者たちを順番に見てゆく。

 この寮が謎の力によって孤立状態にあるのも、寮の地下に本来存在するはずのない空間が広がっているのも、全ては仲間たちの力が原因だと彼女は言った。

 けれど、自分たちにそんな力はない。せいぜいペルソナが使えるくらいで、それ以外の異能など持っていないのだ。

 とある青年が生きていれば空間を切り離す結界のような物を作れたかもしれないが、半分は同じ血統を持つ七歌にもそういった力はない。

 故に、最初から敵意を持って相手を見ていた順平が適当な事を言うなと怒った。

 

「オレらはなんもしてねーっつの。今夜でこの寮で過すのも最後、明日の朝でさようならって話だったんだ。なんもする訳ねーだろ」

「じゃあ、無意識に行なったんですね。この寮が今の状態になったのはあなたたちの持つ力が原因です。だから、わたしはアイギスを守るため巻き込まれる前に原因を排除しようとしました。……まぁ、この段階まで進んでしまったのなら意味はありませんが」

 

 告げたメティスはどこか諦めを含んだ苦笑を浮かべる。

 アイギスも自分たちが何かしらの事件に巻き込まれているのか理解しているが、そこまで危険な状態なのだろうかという疑問が湧く。

 それを相手に尋ねる前に、メティスのバイザーが開いて彼女の赤い瞳が向けられる。

 

「あなたはまだ理解していないかもしれませんが、今日は三月三十一日です。そして、このままでは明日も、明後日も変わらず三一日のままです。どこかで感じませんでしたか、時が空回りする瞬間を」

「……日付が変わった瞬間のアレですか?」

「はい。それは、地下の時の狭間が消えない限りずっと続きます」

 

 仲間たちが寮に集まった瞬間に、この寮だけが外界と切り離された。

 地下に広がった空間がそれを引き起こしており、そんな空間が広がったのは仲間たちのせいだとメティスは話す。

 正直に言えば彼女が真実を話しているという証拠はない。

 お互いを信じるには信頼関係も結べていない状況だ。無条件に信じる事など出来はしない。

 ただ、このまま話していても事態解決には進まないので、アイギスはラビリスと視線を交わすと頷いた。

 それに合わせてラビリスは拘束していた鎖を解き、メティスを自由にすると椅子から立たせて警告する。

 

「アイギスを守るって言葉に嘘がないんは認めるわ。だから、一時的に拘束は解いておくけど、何かあればウチとアイギスで無力化する。こっちはオルギア搭載型が二人やからね。対処出来るとは思わん方がええよ」

「……分かってます。わたしの目的はアイギスを守る事。であれば、この事態を解決するために動きます」

 

 直接の被害は受けていないが、仲間や妹が怪我を負わされた事でラビリスも普段より威圧するように話しかける。

 後継機という意味ではメティスも妹になるものの、敵対してきたならば最後には戦うしかない。

 メティス自身もアイギスを守る事を目的にしているようだが、同じ姉であるラビリスのことはあまり気にした様子がないことから、アイギスと同じ研究所で作られ彼女だけを姉と認識した機体なのかもしれない。

 ここに彼がいれば詳しい話を聞けるのだが、いないものはしょうがないし今回の事件に彼は関係ない。

 ならば、現場にいる自分たちでどうにか解決するため、相手を警戒したままの美鶴が尋ねた。

 

「それで、事態の解決と言っていたが何をするつもりなんだ?」

「地下の調査です。あの空間が原因なので、あれを消す手段さえ見つかれば事態は解決します。さぁ、行きますよ」

 

 言い終わるなりメティスは他の者たちの意見も聞かずに地下への階段を下りていってしまう。

 確かにラビリスに言われた通り敵対行動は取っていないが、仲間でもない者に仕切られても納得出来ないし、信用してついていくのも躊躇われる。

 だが、アイギスのように地下を見ていない者もいるので、全員が召喚器や武器を確認してから下りていくことにした。

 

 

――時の狭間

 

 どこまでも続くような階段を下りていくと、その先には遙かかなたまで続く砂の平野が広がっていた。

 地下なのに空のようなものがあり、太陽はないのに空は光って明るく地上を照らしている。

 生き物は勿論、石ころ一つ落ちてない砂の平野には階段の傍にだけ、不思議な扉がポツポツといくつか離れて存在していた。

 階段を下りた先、正面にポツンと存在する謎の扉の前に立ったメティスは、下りてきて周りを見渡しているアイギスに話しかける。

 

「ここが時の狭間。本来、時の狭間は限定範囲にだけ存在する空間でした。ですが、ある時を境にどんどんと広がりを見せて、こんな途轍もない空間に変貌したんです」

「タルタロス同様、ここも何かを切っ掛けに“発生した”と考えるのが正しいのだろうな」

 

 美鶴が話しているのを傍で聞きながら、アイギスは砂に触れてこの空間に関する情報を集める。

 足が取られるほどではないが、砂浜の砂に近い踏み心地でサラサラとしている。

 敵の姿は確認出来ていないものの、これくらいであれば戦闘もそれほど影響しないだろう。

 あとは明らかに意味ありげに立っている扉を調べれば、とりあえずの簡易調査は終わりと言える。

 他の者がそれを指摘しないのであれば、自分から話題を切り出そうと思ったタイミングで綾時が納得したように深く頷いた。

 

「確かにここは時の流れがおかしくなっているね。なるほど、寮が孤立したのはここが原因と見て間違いなさそうだ」

「あなたはそういうのが分かるんですね」

「持っている魂の規格が人とは違うからね。人の感覚だと理解するのは難しいと思うよ」

 

 綾時は元々ニュクス直轄の端末とも言える“宣告者”という特殊な存在だった。

 その後、時の流れを理解出来る湊に封印されていた事もあり、この場の異常性にも気付けたらしい。

 メティスはそんな綾時の特殊な性質に僅かに感心した様子だが、二人の会話を聞いていた七歌は目を閉じて難しい表情をしている。

 そのまま少しして、自分たちではやはり分からないなと、二人の会話から何かを掴もうとしていた七歌は首を振ると、気を取り直してメティスに話しかける。

 

「それで、消すって言ってもどうやって消せばいいの?」

「一番可能性の高い方法は既に試しました。原因の排除、つまりあなた達を排除すれば解決する可能性が高いと思いました。ですが、人数が増えた事でステージが進んでしまったようなので、その方法は恐らくもう試せません」

 

 ここになってようやくメティスが順平たちを襲った理由が判明する。

 彼女がどういう訳かこの空間がアイギスの仲間たちが原因で発生したと考え、生み出した原因を消すことで空間も消えると思い行動したらしい。

 そんな曖昧な理由で襲われたと知って、襲われたメンバーたちは複雑そうな表情を浮かべるが、代表して荒垣が相手に物申した。

 

「今日まで、こんな場所が存在する事も知らなかったんだぞ。俺らが原因な訳ねえだろ」

「では、ニュクスの存在を自覚していた方はいますか? 滅びが明言されるまでに理解して行動していた方は?」

「っ、それは……」

 

 メティスの口からニュクスという単語が出てきた事にまず驚き、続けてそれを出されると途端に荒垣が返した自分たちが原因ではないという根拠が揺らぎ何も言い返せなくなる。

 ニュクスという存在に辿り着いていた人間は極めて少ない。

 その滅びを防ごうと動いていた者など、アイギスたちが知る限り一人しかない。

 ニュクスの事を知っていることといい、やはり彼女は湊の関係者なのだろうか。その疑問を解消するためアイギスは尋ねた。

 

「メティス、あなたは八雲さんの知り合いなの?」

「八雲さん? その名前に覚えはありません」

「では、有里湊という名前は?」

「そちらも知りませんが、この空間について知っている人ですか?」

 

 湊は本名と現在の戸籍名以外にも複数の名前を持っている。

 その全てを把握している者はこの場にいないため、メインで使っていた二つの名前を知らないと言われアイギスたちも困ってしまう。

 湊の遺した手紙にメティスの名が書いていた以上、彼は色々と知っているはずなのだ。

 その彼からメティスにニュクス等の情報も渡ったと考えるのが最も自然なので、色々と教えれば彼について話すだろうかとチドリが質問に答える。

 

「……今回の事件が起きる事も含めて、恐らく知っていた人間よ。大量の回復アイテムが入った電子制御の箱を、わざわざ日付が変わる十分前に開くよう設定していたんだもの」

「でも、その人はこの場にいないんですよね? であれば、知っていただけの第三者だと思います。このメンバーが揃って事態が進んだ以上、原因はここにいる人たちだと思うので」

 

 この事態が起きると読んでいた人物がいたと聞いてメティスは素直に感心したようだが、それ以上の反応は特に見せずに話が途切れる。

 もし、別の名前を名乗っていた湊の事を知っているなら、同じように時の狭間を知っている人間がいたのかと興味を持ったはずだ。

 だが、今のメティスはこの事態を起こした原因であるアイギスの仲間たちの事だけを見ている。

 本当に彼女は湊と何の繋がりもないのだろうか。仲間たちがその様に疑っていると、メティスはそれぞれ離れた位置で佇んでいるいくつかの扉を見て口を開く。

 

「それで話を戻しますけど、他の方法となるともう中に入ってみるしかありません。扉の中がどうなってるのか分かりませんが、それを調査しない限り事態は変わらないと思います」

「ちょっと待ってよ。また、あの時みたいに戦えってこと?」

「あの時が何を指すのかは分かりませんが、このまま何もしないままでは事態は変化しません。完全に外界から孤立した状態で補給の見込みもない。時間が経てば状況が悪化する可能性だってあります」

 

 ゆかりにとって戦いは過去の物だ。一人の青年が犠牲となって滅びを回避し、その世界で生きていこうと既に前を向いて進み始めていた。

 だというのに、再び戦えと言われれば、自分の決意を踏み躙られたような気持ちになる。

 このままでは何も好転しない。補給も受けられず、最悪餓死する事になる事も考えられる。

 それは分かっているが、最後の戦いでの事を思い出してしまい。どうしても決断出来ずにいれば、天田が冷静ながらも敵意の宿った瞳でメティスを見つめて呟く。

 

「敵として現われたヤツの言葉なんてそう簡単に信じられないだろ」

「じゃあ、どうするんですか? 他に方法があるんなら最初から言ってます。けど、全員が助かるにはそれしか方法がないから言ってるんです」

 

 天田とてメティスの言い分は理解出来る。現時点で他に手段が無いことも分かる。

 ただ、自分たちを殺そうと襲い掛かってきた相手の言葉を素直に信じる事が出来ない。

 仮にそれらを信じるにしたって、これまで共に探索してきた仲間がいるのだから別にメティスは必要ない。

 けれど、そこで問題になるのが湊が遺した“妹を、メティスをよろしく”という手紙の存在だ。

 彼女はアイギスの妹だと言っていたが、桐条グループに残っている情報ではアイギスがラストナンバー。同型機だけでなく後継機だって作られた記録はない。

 また、アイギスの妹だという情報が真実だとして、ならば何故同じく姉にあたるラビリスには執着を見せないのかも謎だ。

 彼女の話から推測すると、彼女は時の狭間が寮と繋がる前から観測していて、寮と繋がったタイミングでアイギスを助けるため原因である順平たちを襲撃した事になる。

 存在しないはずの後継機、アイギスにだけ見せる執着、それらはまだ考えられる理由があるものの、時の狭間にいた事だけは本人から聞かない限り理由が思い付かない。

 相手の僅かな反応を見逃さぬようしっかりと視線を向け、七歌が疑問を解決するため少女に尋ねる。

 

「メティス、貴女はここがこうなる前から時の狭間を観測していたんだよね? どうしてここにいたの?」

「……何がですか?」

「貴女はここがこうなる前を知っていた。で、空間が変化して寮と繋がってから出てきたんだよね? なら、時の狭間や今回の事件に関して知っている事がもっとあるんじゃないの?」

 

 七歌に尋ねられたメティスの表情に警戒の色が滲む。

 お互いに信頼関係など築いていないのだ。それも当然だろうが、隠している事があるんじゃないかと指摘すれば、途端に相手は動揺しながら反論してきた。

 

「し、知ってる事なんて特にありませんよ。なんでいたのかなんて自分でも分からないし。そんなの作った人に聞いてください」

「こちらとしては君が本当にアイギスの妹、つまり桐条製の対シャドウ兵器なのかという点も疑っている。何せアイギスはラストナンバーで、その後に同型機や後継機が作られた記録はないからな」

 

 七歌に続けて美鶴もメティスの素性で疑わしい点を指摘する。

 相手は思った以上に反応に出易い。最も執着しているアイギスとの関係についての根拠を崩そうとすれば、より大きな反応を見せるだろうと考えての行動だ。

 すると、案の定メティスは感情的になって返してきた。

 

「わたしがアイギスの妹なのは事実です! 記録なんてわたしに言われたって知りません。貴女に閲覧権限がなかっただけじゃないんですか?」

「本当に知らないだけかもしれないし、何かの規則によって話せないようになっているのかもしれない。だけど、こっちとしては不安材料は出来るだけ排除したいの。命の危険がある探索なら特にね」

「なっ、そんな!? ここはあなた達の知らない場所、一番詳しいのはわたしなんですよ!?」

「元々、俺たちはこのメンバーでやって来たんだ。信用出来ないやつを連れて行く必要もないだろう。お前だってこっちを信頼してないんだ。どれだけ強かろうが探索には連れていかない。一人で寮で大人しくしていろ」

 

 メティスは自分が主導する形で探索に参加出来ると思っていたのだろう。七歌に続いて、真田が突き放すように連れて行かないと言えば、ショックを受けて固まっている。

 彼女がアイギスを助けようとしているのは本当だろう。妹だというのも信じて良いのかもしれない。

 それでも、やはり今の状態で連れて行くのは難しい。

 探索は文字通り命懸けだ。敵意を持った人間に命を預ける事など出来る訳がない。

 その事実を突きつけ、仲間たちと探索の計画について話し合おうとすれば、固まっていたメティスがどこか懇願するような様子で探索に連れて行って欲しいと頼んできた。

 

「ご、ごめんなさいっ。ちゃんと言うこと聞くから、命令に従うから、お願いだから連れて行って! わたしをおいていかないで!」

「……と、言われてもな」

 

 メティスはアイギスの妹を自称しているように、アイギスよりも年下の見た目をしている。

 そんな少女が縋るように頼んでくるため、妹を持つ人間として真田はどうも居心地が悪くなる。

 どうしてそこまで必死になるのか。アイギスの安全だけを考えるなら、彼女を連れて行かずとも安全さえ確保出来ていればいいはずだ。

 だが、先ほどのメティスの言葉を聞くと、どうも置いて行かれる事にトラウマを抱えているような気配がある。

 今後は七歌の指揮下に入り、素直に命令にも従ってくれるのなら連れて行ってもいい。

 ただ、あと一歩が踏み出せず。皆がどうするべきか考えていると、綾時が普段と変わらぬ落ち着いた笑みを浮かべて口を開いた。

 

「湊の言葉を信じるなら“信じてもいい”って事になる。あとは、皆の判断次第だ」

「綾時君は本当に大丈夫だと思うの?」

「まぁね。アイギスを守ろうとする存在を、あの湊が認めてよろしくって言ってるんだ。その部分に関しては確実に信用していいと思うよ」

 

 綾時の言葉を聞いた全員が見事にあっさりと納得する。

 自分の命を使ってでもアイギスたちを守ろうとしていた青年が、アイギスを守ろうとする少女の存在を認めたのだ。

 メティスの素性や過去については不明な部分が多いけれど、湊の厳しい審査を突破した“アイギスを守る”という目的だけは信用出来る。

 そこだけは全員が納得したため、どこか毒気を抜かれた事もあり、しょうがないなと幼い子どもを相手にするようにアイギスの方から許可を出す。

 

「あなたの同行を認める上で条件があります。わたしだけでなく他の皆さんも仲間として守ること、敵対して傷つけないこと。それらを約束出来ないなら連れて行く事は出来ません」

「約束する! ちゃんと約束するから!」

「分かりました。なら、会話をするときもちゃんと仲間に対する態度で接してくださいね」

 

 アイギスが探索への同行を認めると、最初の態度が嘘のような素直さでメティスは頷いて嬉しそうにしている。

 これでは本当に子どもだ。アイギスとラビリスを見てきただけに、メティスの精神的な幼さがどうしても際立ってしまう。

 まぁ、それを理解した上で対応すればいいだけなので、今後はそれを頭に入れた上で相手をする事に決めた美鶴が全員に声をかけた。

 

「……では、探索の予定を上で話し合おう。その後は一旦全員休むとしよう。流石に徹夜で行くのは危険だからな」

「了解っす。オレっちもう眠くて眠くて」

 

 上のラウンジで話し合うため、仲間たちが順番に階段を上ってゆく。

 アイギスがそれを眺めていると、どこか遠慮がちな様子で近付いて来たメティスがおずおずと話しかけてきた。

 

「あ、あの、お願いがあって……姉さんって呼んでもいいですか?」

 

 緊張した様子で声をかけてきたメティスからの意外な申し出にアイギスは一瞬キョトンとする。

 確かにこれまでメティスは自分を名前で呼んでいたが、姉妹ならば姉を姉さんと呼んでもおかしくはない。

 実際、ファーストコンタクトで姉に最悪な印象を持っていたアイギスも、後に関係を改善して以降ラビリスを姉さんと呼んでいる。

 自分に弟妹がいて、姉と呼ばれる事になるとは思っていなかったが、湊が手紙で妹と書いていた事もありアイギスは相手のお願いを聞くことにした。

 

「どうぞ。でも、ラビリス姉さんの事は姉さんと呼ばなくて良いんですか?」

「あ、そうですね。じゃあ、そっちも許可を貰ってきます!」

 

 言うなりメティスは先に上に行ったラビリスの許へと走っていった。

 それを笑顔で見送ったアイギスも、どこか温かな気持ちを抱いて階段を上りラウンジへと戻るのだった。

 

 

 


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