【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

470 / 504
第四百七十話 変化の謎

――巌戸台分寮

 

 今後の事を話し合う上で、アイギスは自分の能力が変化した事をまず皆に話す事にした。

 これまでの事を考えれば指揮官は引き続き七歌が務めるだろうが、状況によってはチームが分かれることもあり得る。

 七歌の戦い方を見てきて、湊の複数のペルソナを使った戦況の支配を見てきたアイギスにすれば、ワイルドの戦い方は十分に頭に入っている。

 自分が彼らほど力を使いこなせるとは思えないし、現在宿している力もオルフェウスのみなので、サブチームのリーダーを務められるようになるのはもう少し先だ。

 けれど、自分も湊のようになれればという気持ちは、アイギスを前に向かせるだけの力があった。

 しばらくはワイルドの力に慣れるところからだろうが、アテナの防御力が必要な場面で七歌から指示を受けても、今は呼び出せないと土壇場になって伝えれば混乱の元になる。

 故に、地下の謎の空間を探索する話になる前に、アイギスの方から仲間たちに切り出した。

 

「あの、わたしの方からも皆さんにお話したい事があります。今日、寮にいてメティスとの戦いを見ていた皆さんは既に知ってると思いますが、わたしのペルソナが変化しました」

「あ、聞いてるよ。なんか幾月のペルソナに似たペルソナになったんだってね」

「えっと、そうですね。皆さんからするとその方が分かり易いでしょうか」

 

 アイギスが自分のペルソナが戦闘中に変化した事を告げると、ティーバッグの紅茶を持って来た七歌が一応は聞いていると答えた。

 ただ、順平たちは幾月のペルソナだった道化師“アルケー・オルフェウス”に似た見た目のペルソナだと説明していたらしい。

 アルカナは異なっているがアイギスのペルソナもオルフェウスなので、全員が見た目を知っている事もあり説明する上ではそれが最も分かり易かったのだろう。

 しかし、アイギスとしては自分のペルソナは湊と同じ物だと思っている。

 この場にいる中で自分以外に唯一それを知っている少年に視線を向け、どうして時間があったならそこを話しておかないのか少し責めるように少女は問い質す。

 

「綾時さん、他の方にオルフェウスについて説明されなかったんですか?」

「んー、一応伝えようかとも思ったんだけどね。実際に見てみないと同じか分からなかったから、幾月修司のペルソナに似た見た目っていう美鶴さんの説明を特に否定しなかったんだよ」

 

 綾時の言う通り、同じような見た目でも配色や細部に違いがある可能性はある。

 実際、オルフェウスは湊と理と幾月の三人が持っていたが、湊と理は単なる色違いなのに対し、幾月は色が異なるだけでなく部分的に禍々しいデザインとなっていた。

 美鶴の説明では色が異なっている事は分かったが、突然の変化だった事もあり残念ながら細部の違いなど覚えている者はいない。

 それ故、綾時は微妙に違っている可能性を考慮し、わざわざそれが湊の持っていた力と同じだとは説明しなかった。

 二人の話を聞いていた他の者たちは、アイギスの新しい力に何かあるのだろうかと不思議そうにしている。

 ならば、ここは実際に見せて説明した方が早いと呼び出す事にした。

 

「ペルソナ、レイズアップ!」

 

 力を解放したアイギスの頭上に水色の欠片が集まり形を成す。

 輪郭が形成され始めた時点で、それがアテナではない事はすぐに分かった。

 背中に背負った大きな竪琴、真っ白い髪と対比するような鮮やか赤いスカーフを首に巻き、薄水色の胴体に白い手足を持った機械のようにも見える男性型ペルソナ。

 話だけ聞いていた者だけでなく、突然の事でよく見る暇がなかった美鶴たちも改めてアイギスのペルソナを観察する。

 中でも熱心に見ていたのは綾時で、細かな部分もチェックし終わると一つ頷き、アイギスが休んでいる間に説明していなかった事もあって他の者たちへ説明し始めた。

 

「チドリさんたちも彼から聞いていないようだから説明しておくと、このオルフェウスは十年前の戦いで湊が最初に目覚めさせたペルソナと全く同一のものだ。結城理と幾月修司もオルフェウスを持っていたようだけど、あっちは色や細部のデザインが違っていた」

「そう言うって事はアイギスのオルフェウスは有里君のペルソナと見た目も同じってこと?」

「そうなるね。というより、湊の力を一部受け継いだといった方が正しいかな」

 

 ゆかりの質問に綾時が全く同一の見た目をしていると答える。

 別に湊のオルフェウスに特別な特徴がある訳ではないが、幾月のような禍々しいデザインでないからこそ分かり易いというのがある。

 もっと言えば、恐らくアイギスが新たに得たのは湊の力の模倣であり、だからこそ最初に目覚めた“愚者”の力が彼と同じものだと分かる。

 何の因果か彼女は湊の力を一部受け継いで、既にそれが彼女自身の力と結び付いて定着していた。

 本人もどうして自分が彼の力を使えるか分かっていないだろう。

 だが、彼の力を受け継いだと聞いては黙っていられないのか、チドリが僅かに視線を鋭くしながら理由を尋ねた。

 

「……どういう意味?」

「力の入手と変化の順序は分かりませんが、ワイルドの能力に目覚めました。そして、意識を失っている間、夢を通じてベルベットルームに招かれたんです。七歌さんもキッチンの奥に青い扉が見えていませんか?」

 

 契約者の鍵を手に入れたアイギスの目には、キッチンの奥にある勝手口に青色の扉が見えている。

 それを見るのは初めてだったが、契約したからかベルベットルームに通じていることが感覚的に理解出来た。

 仲間から新たにワイルドに目覚めた者が出たことに驚きを見せていた七歌も、アイギスに問われて視線をキッチンの奥へ向けると小さく息を吐いて頷く。

 

「うん。見えるよ。タルタロスの一階にもあったベルベットルームの扉があるね。……そっか、アイギスも目覚めたんだ」

 

 この寮が謎の力によって外界から切り離された後、七歌もその扉がキッチンの奥に現われている事には気付いていた。

 あれは契約者の手助けをするための場所。それを知っているからこそ、再び自分たちが何かの事件に巻き込まれるのは分かっていた。

 ただ、アイギスも自分と同じようにワイルドに目覚め、契約者となっている事は予想外だった。

 七歌もまだ鍵は持っているし、ポロニアンモールの裏路地に扉がある事も知っている。

 それでも記憶が戻ってからあの場所を訪れてはいない。どうしても湊がユニバースの力を手に入れた時の事を思い出してしまうから。

 最後にベルベットルームを訪れた時の事を思い出し、七歌が僅かに暗い表情を見せていると、チドリが再びアイギスに質問をぶつける。

 

「質問の答えになってない。私は八雲の力を一部受け継いだって意味を聞いたの。ワイルドに目覚めた事を言ってるなら、ここにもう一人いるし。結城理や擬似的になら幾月の娘もそうだったでしょ」

「そうですね。でも、何となく分かるんです。これはわたし本来の力じゃなく、八雲さんの力が私の力に混ざって変化したものだって」

「なんで貴女だけに八雲の力が現われるのよ。条件に心当たりはないの?」

 

 自分の方が彼と共にいた時間は長かった。過した時間だけでなく、肉体的な繋がりだって持っていたのに、どうしてアイギスにだけ彼の力が受け継がれたのかとチドリは不満を持つ。

 命を預けて共に戦って来た仲間だからこそ“不満”で済んでいるが、実際にはその奥には黒い泥のような感情が抑え込まれている。

 それだけに、チドリも本気で彼の力が一部だろうと受け継がれた条件を知りたがっていた。

 アイギスとて力が目覚めたばかりで何も分かっていない状態なため、チドリの質問に真剣に答えようとするも答えられずにいれば、綾時がフォローにまわって代わりに答えた。

 

「恐らくだけど複合的な理由だと思う。一つは彼女の心であるパラディオンを湊は数年間持っていて、その間に力に干渉して調整と強化を施している内に彼の力が混ざった事。もう一つは僕たちの身体はそれぞれの人格モデルの細胞を培養して作られたんだけど、細胞核は湊の細胞に移植した黄昏の羽根の欠片がベースになっているんだ」

 

 ラビリス、アイギス、綾時はEP社の技術を使って作られた人造人間と呼ばれる存在だ。

 心はそれぞれのものだが、肉体は人工骨格に培養した細胞を纏わせるような形で作っており、普通の生物のように細胞分裂で順番に臓器などが作られていった訳ではない。

 ただ、湊たちは血の繋がりも大切だと思っていたため、ラビリスには間宮聖という少女の細胞を、アイギスには水智恵という少女の細胞を、綾時は湊の細胞といった風に人格モデルになった者の細胞を使って、それぞれの肉体情報を記憶させた黄昏の羽根と細胞核を入れ替える形で身体を作った。

 しかし、それらのベースとなった黄昏の羽根の欠片は、元々湊が生命力を使って無理矢理に“命”を学習させた物を使っている。

 そうしなければ、生体パーツの培養が上手くいかなかったこそ、後の研究でも最初に作られた命を学習した黄昏の羽根から新たに情報を写した物を使い続けた。

 

「つまり、アイギスは心と肉体の両方に彼の情報が混ざっているんだ。まぁ、それを言えば僕の方が混ざっている量は多いけど、僕自身は契約を果たす側になる切っ掛けがなかった。アイギスは戦いの中でその切っ掛けを得た。違いはそこだろうね」

 

 チドリはアイギスが湊の力の一部を受け継いだと聞いたとき、もしかすると、彼女の中に彼の遺伝子情報を持った存在が宿っているのではと疑った。

 彼はお試しからの延長で一時期ゆかりと付き合っていただけで、以降は誰とも付き合わず恋人は不要だと割り切っていた。

 けれど、精神安定剤として様々な女性と肉体関係を結んでおり、チドリは自分が把握していない相手も当然いると考えつつ、決戦前に子どもを遺している可能性を僅かに疑っていた。

 仲間たちの中にその兆候があるものはいないため、ある意味で油断しているところに先ほどの話だ。

 アイギスは湊とクリスマスにデートをしていた。夜には集まってのパーティーがあったが、逆を言えばその時間までは二人で自由に過ごせていた訳だ。

 丁度三ヶ月ほど経っているため、宿った命を感じられるようになるタイミングとしては合っている。

 綾時もあくまで状況から条件を推測しただけのようなので、今後のためにも不安材料を減らしておこうとチドリがアイギスに尋ねた。

 

「……アイギス、貴女もしかして八雲の子どもを身籠もったりしてない?」

「……なるほど、それを疑っておられたんですか。先に結論を述べると答えはノーです。八雲さんは色々と気遣ってくださっていたので、生命維持など必要に迫れた状況で唇を重ねる事はありましたが、それ以外ではキスもしていませんから」

 

 アイギス本人の口から語られた事実はメンバーたちに強い衝撃を与えた。

 事情を知らない者から見れば女遊びにしか見えない彼のヤンチャぶりは全員が知っており、だからこそ、アイギスも当然彼と深い関係になっているものだと無意識に思っていた。

 だというのに、二人はずっと清い関係でいたと聞かされれば驚くなと言う方が難しい。

 この場にいる女子の半数と関係を持っていた湊の不思議な線引きと、彼に対して押せ押せな雰囲気だったアイギス本人がよく自制していたなと思った七歌は素直な感想を口にする。

 

「意外な事実だわ。てっきり、八雲君と裏で色々やってると思ってた」

「そうかな? なんか、有里君ってアイギスの事を凄く大切にしてたから、自分から遠ざけようとしてる節があったと思うんだけど」

「あー、本当に大事な物には触れない的な?」

「う、うーん。それはそれで個人的に複雑な気持ちになるから同意は出来ないけど」

 

 七歌の言った事が事実であれば、この場にいる四人の少女の乙女心が傷つくことになる。

 自身もその中に入っている風花は苦笑いで返し、けれど、アイギスに関しては恐らくそんな感じなのだろうと理解して小さく落ち込む。

 同時に同じ立場だった少女らも小さくダメージを負っていれば、話題的に入りづらくて黙っていた順平が空気を読んで別の話題を放った。

 

「て、てかさ。アイギスがワイルドの力に目覚めたのは分かったけど、そもそもワイルドってそう簡単に手に入るもんなのか?」

 

 順平は話題を逸らすためにワイルドについて尋ねたが、これまで自分たちと同じ固有ペルソナを使っていた仲間の力が変化した事に驚いたのは事実だ。

 もし、何かの条件を満たせばワイルドの力が目覚めるというのであれば、今後再び何かに巻き込まれた時の事を考えて備えても良いように思う。

 美鶴や真田も同じように考えていたのか、順平に同意するように頷けば、申し訳なさそうな表情で綾時が口を挿んだ。

 

「ペルソナ能力を得た以上、可能性で言えばゼロじゃない。だけど、なんというか心の有り様の問題とでも言えばいいのかな。とりあえず、狙って手に入れられる能力ではないんだ。彼の力を最も身近で感じていた僕が持っていない事からも察して欲しい」

「やっぱそうなんか。でも、このタイミングでアイギスが手に入れたってなると、なんかそれ自体に意味があるようにも感じちまうよな」

「うん。そういう側面はあると思う。運命や必然って言葉はあまり使いたくないけどね」

 

 新たな事件に巻き込まれたタイミングでアイギスはワイルドに目覚めた。

 ベルベットルームに招かれたのは、あくまでワイルドに目覚めた事が切っ掛けだと思われるが、どちらにせよ一連の流れは偶然とは思えない。

 誰もその本当の理由は分かっていないが、アイギスの力が変化したという情報は共有出来た。

 そこで一つ背伸びをして身体を解した順平は、残る話題はあいつについてだと視線をキッチンの方へ向ける。

 

「さて、アイギスの新しい力についても分かったし。後はあいつだな」

「有里の手紙によればあいつの妹らしいがな。どうせなら、もっとマシな情報を残しておけばいいものを」

 

 湊は人間でメティスは機械。どう考えても血縁関係はない。

 だが、だからこそ湊が敵として現われた彼女を妹と呼んでいる謎が残る。

 本人からも情報を得る必要があるため、一同はラビリスが監視しているメティスを起こすことにした。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。