【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

467 / 504
第四百六十七話 襲撃者

 

 記憶を取り戻したあの日からアイギスは何度も同じ夢を見た。

 何もない暗闇だけが広がる空間、遠くに見える彼の後ろ姿、どれだけ走っても追い付くことが出来ない自分。

 その夢を見る度にアイギスは己の無力を嘆いた。

 何度も同じ夢を見ることで、アイギスは自分の心理的なものが関係しているのだろうと調べた。

 その夢の分析が本当に正しいのかどうかは分からない。

 けれど、それを信じるとすれば、最後の戦いで彼を一人行かせてしまった事への後悔が関係しているらしい。

 指摘されずともそんな事は分かっている。自分だけじゃない。彼の事を覚えている全員が同じ気持ちのはずだから。

 

(……本当は分かっていました。わたしたちではニュクスに勝てないと)

 

 ニュクスが現われ、集まってきた不完全なシャドウの群れに呑まれた時点で、アイギスは最後の戦いにおける自分の役割の終了を悟っていた。

 アレには勝てない。あんな存在に人が勝てる訳がない。

 なにせ、力の規模が把握しきれず、どう戦えば良いのかまるで分からないのだから。

 湊が現われて全てのシャドウもどきを祓った時も、自分はこれ以上何の役にも立てないという気持ちが真っ先にあった。

 絶対に勝たなくてはいけない戦いで、勝利の可能性を持つ青年への協力ではなく、自身の戦いの終わりを悟るなどどうかしている。

 普通の人間ならもっと最後まで足掻こうとしたのだろうか。

 自分と同じように人ならざる存在から人間になった姉や綾時は最後まで足掻こうとしていたのか。

 もしも、ラビリスや綾時が諦めずに足掻こうとしていたのなら、諦めたのはアイギス個人の心の弱さが原因という事になる。

 逆に、ラビリスたちが同じように諦めていたなら、人として生きた経験の少なさが諦めの速さの原因だと思われる。

 

(……でも、こうやって後になって後悔するなら最後まで足掻こうとすれば良かった)

 

 どうしてあの時、自分は少しでも諦めてしまったのか。

 もっと力があればと悔しがるならまだしも、湊という最後の希望が残っている状態で諦めてしまった心の弱さに嫌気がさす。

 深い眠りでは彼との別れを延々と見せられ、浅い眠りではこうして今でも彼の事を考えてしまう。

 それでも、翌日には普通に動けているため、一応は脳や身体は休めているのだろうが、このままでは心が先に死ぬだろう。

 ただ、今のアイギスにそういった正常な判断は出来ない。

 新生活に向けての準備を進めていることで、自分が動けていると思っているアイギスには、客観的に自分を見るだけの余裕がなかった。

 だからこそ、その事件は起きたのかもしれない。

 未来の情報を知った湊が“時の空回り”と呼んだ終わらない三月、その始まりを彼女たちが本当の意味で理解することになった事態は寮全体に響く突然の衝撃という形で起きた。

 

 

深夜――巌戸台分寮

 

 浅い眠りについていたアイギスは、突然感じた衝撃に意識を覚醒させた。

 以前、この寮が桐条グループの情報部に襲われた事もあって、どこかの組織が機密情報やペルソナ使いを確保するために襲撃してくる可能性はある。

 しかし、アイギスが考えたのは人間ではなく、シャドウなど異形の存在が出現した可能性だ。

 日付を跨いだ時に感じた違和感が、気のせいではなく現実だった。

 アイギスが部屋に戻ってから一時間経っているため、どうしてこれだけの時間差で事態が動いたのかは分からない。

 けれど、相手の強さと数によっては対応しきれない可能性があるため、アイギスはすぐにベッドから起きると部屋を飛び出して一階のエントランスを目指す。

 私室のある三階から階段を駆け下りると、途中で青ざめた顔をした風花と出会った。

 非戦闘員である彼女がその場にいても戦力にならない。敵に狙われた時にはむしろ足を引っ張る事になるため、自らの判断か他の仲間からか逃げるように指示されたかして逃げてきたに違いない。

 アイギスの姿を見た風花は一瞬だけ安堵の表情を見せるも、すぐに今できる最善を尽くすそうと表情を引き締めて叫ぶように情報を伝えてきた。

 

「アイギス、エントランスの床が突然開いて敵が! 人型の敵が一体、皆が戦ってるけど武器と召喚器がなくて!」

「分かりました。風花さんは作戦室へ向かってください」

 

 寮全体に響いた衝撃は床が開いた事によるものらしい。

 機密の多い施設の用途から脱出用の地下通路などは存在しないが、カーペットの下に避難場所か床下収納のハッチがあったのかもしれない。

 そんな場所から現われた敵となると、シャドウの生き残りか、もしくは、姉であるラビリスと同じように封印処置を施された対シャドウ兵器という線が濃厚。

 敵の正体について考察しながら階段を駆け下り、食器や家具が壊れるような激しい音が鳴る一階へ到着すると、血を流して倒れる仲間たちに囲まれ佇む敵を発見した。

 蝶を模したピンク色のバイザーで顔を隠しているが、輪郭や体形からすると少女型に見える。

 ただ、細いステッキ型のハンマーを持つ手の関節などが、人間ではなく機械のそれだ。

 自身の予想がほぼ当たっていた事で、アイギスはそれほどの驚きを見せずにリストバンドから銃を抜くことが出来た。

 倒れている天田の胸ぐらを掴み、片手で持ち上げて首を絞めている敵に向かってアイギスは引き金を引く。

 自分に向いた銃口が火を吹いた事で、敵はすぐに天田を投げ捨てて回避行動を取った。

 投げ捨てられた天田は、危険な角度で床にぶつかる前に駆け込んだ荒垣が受け止めた。

 見れば荒垣も口の端が切れて血を流している。周りで身体の一部を庇うようにしながらも敵を油断なく睨んでいる順平や美鶴も服が汚れていた。

 対シャドウ兵器を相手に武器やペルソナもなく挑み、全員がなんとか大怪我もせずに済んでいたのは不幸中の幸いか。

 細身のハンマーを両手で構えたままアイギスの方を向いた敵に、アイギスは銃口を向けたまま声をかける。

 

「……あなたは対シャドウ兵器ですね? 何のために皆さんを襲撃したのですか?」

 

 尋ねたところで答えてくれるとは思わない。思考にエラーが発生し、仲間たちの放つペルソナ反応をシャドウ反応と誤認して襲った可能性もあるのだ。

 もしも、そういった事で襲ったのであれば、力尽くで止めてからメンテナンスを行なってエラーの修復を行なうしかない。

 だが、正常な判断がつく状態で、何かの誤解があっての行動であれば言葉での説得も可能かもしれない。

 そう思ってアイギスが相手の言葉を待っていれば、黒髪に黒いボディをした対シャドウ兵器の少女が口を開いた。

 

「私はメティス。あなたを守るために来ました」

「わたしを守る? 一体何から?」

「……この人たちは危険です。あなたに害を及ぼす存在。よって、排除行動に移ります」

 

 言い終わると同時にメティスはアイギスに背を向け、順平たちへ向かって行こうとする。

 何が起きていて、何を持って仲間たちを危険だと言ったのかは分からない。

 それでも、自分を守るために仲間を排除するなど到底受け入れられる事ではない。

 相手が行動を開始する前に、アイギスは敵の足や腕を狙って銃弾を放つ。

 メティスは素早くそれに反応すると跳躍して出入り口の前に着地、アイギスはそちらに向かって駆け出すと、その隙に距離が開いた事で仲間たちは痛みを我慢しながらも階段の方へ移動した。

 守るべき対象であるアイギスが自分に向かってきたことで、相手も言葉では解決しないと判断したのか改めて武器を構える。

 

「理解して貰えないのならしょうがありません。あなたを無力化してから敵の排除に移ります」

「そんな事はさせません!」

 

 敵の武器はハンマー。それに銃で対応するのは難しい。

 アイギスは戦闘用のナックルに武器を換装すると、インファイトでの制圧に移る。

 ナックルを付けた拳でアイギスが殴ろうとすれば、メティスはそれをハンマーの軸で受けて押し返す。

 逆に相手が攻めてくれば、振りかぶられたハンマーをバックステップで躱し、直後の隙を狙って左手で殴りつける。

 殴られた敵は数歩後退するも、すぐに横薙ぎにハンマーを振るって追撃を阻んできた。

 追撃を諦めたアイギスは一定の距離を保ちながら警戒する。

 ほんの僅かな交差で得られた情報から、スペック自体は人間になる前の自分と然程変わらないと判断。

 だが、関節部などが目立たないようになっている事から、メティスが自分よりも後期型の機体だと予想した。

 姉であるラビリスたち五式からペルソナの搭載が試みられ、七式アイギスからは正式に実装された。

 その後期型ならば当然ペルソナを持っているだろう。

 自身も崩落に巻き込まれる危険性を考えれば、室内でペルソナを使うなど常識では考えられないが、対シャドウ兵器であれば敵の排除に手段を選ばない。

 今の自分の装備では勝てないと判断したのか、メティスは早々に切り札を切ってきた。

 

「来て、プシュケイ!」

 

 水色の欠片が彼女の頭上で渦巻いてゆく。

 渦巻く欠片の中から姿を現わしたのは、巨大な赤い蝶の羽根で出来た仮面に、花嫁衣装のようにも見える白いドレスの女性型ペルソナ。

 ペルソナの能力はその見た目から多少は推測出来るのだが、メティスのプシュケイは戦闘用には見えない見た目をしている。

 となると、魔法タイプだろうかと予想しながら、相手が動く前にアイギスもペルソナを呼び出して対抗しようとした。

 

「ペルソナ、セットアップ!」

 

 自身の核であるパピヨンハートに力を集め、集中した力を解き放つようにしてアテナを呼び出す。

 メティスと同じように渦巻く水色の欠片の中からペルソナが姿を現わすが、その時、アイギスはアテナとの繋がりに違和感を覚えた。

 確かにアテナとの繋がりは存在するものの、意思や力の供給にノイズが走る。

 十の力を送ろうとも、二割しか送れていないかのような、不完全な形での繋がりに召喚が失敗したのかと考える。

 だが、召喚の失敗など相手にすれば知った事ではない。

 アイギスが自身の不調に戸惑っている間に、メティスはプシュケイに行動の指示を送った。

 

「プシュケイ、デッドエンド!」

「っ、アテナ、電光石火!」

 

 プシュケイの前に斬撃のエネルギーが集中すると、対抗するためアテナにもスキルの発動を指示する。

 見た目に反して物理スキルを持っていた事に驚くが、放たれた両者の間で攻撃がぶつかり合うと、アテナの電光石火が切られて霧散し、そのまま進んだデッドエンドの斬撃がアテナを襲う。

 ニュクスとの戦いに向けて鍛え、あれだけの死闘を経験しているアイギスが力負けした。

 まさかの結果に本人だけでなく、仲間たちも驚愕する。

 その隙を突いてメティスは動き出し、プシュケイをアテナにぶつけ、自身は桜色の光を放出しながら高速で動きアイギスの腹部を殴りつけた。

 

「アイギスッ!?」

 

 殴られたアイギスは吹き飛びキッチンの前まで転がる。

 仲間が心配して声をかけてくるが、止まったアイギスは身体を起こしつつ痛みで定まらない思考で敵を分析していた。

 先ほどとは比べ物にならぬほどの高速移動。身体から立ち上る桜色の光は初めて見るが、その正体は自分たちにも搭載されているオルギアモードだと察した。

 アイギスよりも後に作られた機体である以上、ペルソナと同様に、そちらも搭載されていて当然だった。

 ペルソナの不調というアクシデントに見舞われたが、オルギアモードについて警戒していなかったのはアイギスの落ち度。

 ブーストの掛かった機械の身体に殴られた事で、すぐには起き上がれそうにもないが、アイギスが倒れたままでいる事を確認したメティスが仲間の方へと歩き出した。

 怪我を負っていて武器もペルソナもない彼らに勝ち目はない。

 リストバンドの中にあるコピー品の召喚器や武器を渡そうにも、オルギアモードを使った相手が割り込んで邪魔されるだろう。

 痛みで霞む視界の中で、冷たい空気を纏ったまま仲間たちへ近付くメティスの姿が映る。

 せっかく、滅びを乗り越えたのに、ようやく、平和な世界で生きられるようになったのに、こんなところで終わってしまうのか。

 怒りや悲しみよりも、強い悔しさが胸の内から湧き起こる。

 彼が命懸けで守ったものが失われる。理由も分からないまま、理不尽な存在によって奪われてしまう。

 

「そんな事――――認められませんっ!!」

 

 彼が守ったものを、彼が生きた証を絶対に奪わせてなるものか。

 決意と共に湧き上がる感情の奔流を力に変えて、アイギスは先ほどの不調を無視して無理矢理にペルソナを呼び出した。

 倒れていたアイギスが再びペルソナを召喚した事に、まだ動けたのかとメティスが警戒を見せる。

 だが、現われたアテナにノイズが走り、その姿が“吟遊詩人”に変わった事で警戒が驚愕に変わった。

 現われた吟遊詩人・愚者“オルフェウス”は、スピーカー状になった腹部から増幅させた音波を放出し、メティスに防御不可能な攻撃を繰り出す。

 実体のない音を利用した衝撃波に襲われたメティスは吹き飛び、壁にぶつかった後もまるで重力に押し潰されるかのように床へと押え付けられる。

 オルギアモードを使って脱出を試みるも、抵抗空しく制限時間を超えたのか桜色の光は消滅し、最後は身体を投げ出した格好のまま機能停止した。

 それを見届けたアイギスは仲間を守れた事に安堵すると、自身を呼ぶ仲間の声を聞きながら意識を手放した。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。