【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百六十六話 三月三一日

夜――巌戸台分寮

 

 この寮に集まって過すのも今日で最後。

 それぞれの生活もあって全員で集まることは出来なかったが、集まれた六人で特上寿司や荒垣の手料理を食べて楽しく談笑する事が出来た。

 記憶を取り戻してからおよそ一ヶ月しか経っていないものの、卒業した三年生たちは勿論、月光館学園に残って進級する者たちにも新しい生活の準備がある。

 新三年生になる順平たちは受験生として、今後の人生に大きく影響する選択をする必要があるため、そのために動き始めている者たちを無理矢理に誘うことは出来なかった。

 だが、それでも集まった者たちは思い出話に花を咲かせ、今後の予定や将来に向けて話し合って、仲間としての絆を再確認する時間を過ごせたことに満足していた。

 食事がほとんど終わってからもメンバーたちはエントランスに残り、ちょっとした雑談を交わしたり、お茶を飲んだりと穏やかな時を過す。

 こんな時間を過すのは本当に久しぶりで、それを口にする者はいないがまるで戦っていた頃のようだと懐かしさすら感じている。

 

《先月から、原因不明のまま患者数が激減し、ひとまず収束に向かっている“無気力症”。ですが、社会清潔に過度のストレスを感じている人の数は、減っていないようです。厚生労働省の調べによりますと……》

 

 そうして、ゆったりとした時間を過していると、夜も更けてテレビで流れていたニュースもまとめトピックに入っている。

 今読まれたニュースによると、原因となる影時間とシャドウが消えた事で、東京周辺の患者だけでなく海外の患者たちも回復に向かっているという。

 真実を知らない者たちは無気力症は精神病の一種で、全国に拡大が進んだのはある種の集団催眠のような事が起きたのだと推測している。

 その推測はある意味で正しい。無気力症の直接の原因はシャドウが抜け出る事だが、そうなる前の精神のバランスが崩れる原因の一つに、“そういう空気”にあてられてというのがあった。

 無意識であったり無自覚であったり、本気で滅びについて理解してなくとも、暗い雰囲気が蔓延しているのは多くの人が感じ取っていた。

 社会全体に広まったそんな曖昧なものによって世界が滅びかけたのだから、人の心が引き起こす現象というのは馬鹿に出来ない。

 あの戦いにおいて、人の心が起こす奇跡の正と負の両方を見た者たちは、もうあんなことが起きる事はないのだろうと密かに思う。

 ニュースの話題が変わったタイミングで思考から意識を浮上させた順平は、時間が気になり携帯を取りだすと時計機能で時刻を確認する。

 

「うげ、もうこんな時間かよ。マジであっという間だな」

 

 食べた後ものんびりしていたが思っていた以上に時間が経っていた事に驚く順平。

 その言葉で美鶴もエントランスの時計に視線を向けると、後もう少しで日付が変わる時間になっていた。

 これまでの習慣からどうしても日を跨ぐ時間というのは気になってしまう。

 無論、あの戦いから一度たりとも異変は起きておらず、桐条グループの方でもシャドウ反応は感知していない。

 徐々にこういった感覚を抜いて、平和な日常に慣れていかなければと心の中で考えつつも、まだまだ慣れないと苦笑しながら口を開く。

 

「もうすぐ零時か……。こういった催しも久しぶりで、ついつい、何もせず過してしまったな。こうして集まっていると、どうしても以前を思い出す。そのせいかも知れない」

 

 美鶴は国内で最も偏差値の高い大学へと進学が決まっているが、それと並行して桐条グループを継ぐための準備を進めるつもりでいる。

 帝王学などは昔からやっているが、やはり経営者としてやっていくには経済について学ぶだけでなく、実地や生きた数字を見ての判断力なども求められる。

 おかげで大学入学前の時点でかなり先までスケジュールは埋まっており、こうやって心を許せる仲間と集まる機会も当分ない。

 今回の集まりは節目だからと時間を作ったが、素の自分でいられる仲間との時間はやはり掛け替えのないものだと再認識していれば、風花と天田もその気持ちは理解出来ると返す。

 

「それ、ちょっと分かります。ここは本当に思い出がいっぱいで、実家に戻る準備をしなきゃいけないのに私もよく長居しちゃってました」

「なんだかんだ言っても戦ってた頃は楽しかったですよね。その……楽しい事ばっかりじゃなかったし。最後の戦いの事は今でも納得しきれてないんですけど。それでも、貴重な時間を過ごせたっていうか」

 

 戦っていたのはここ一年、たった二ヶ月前までの事なのに、随分と昔の事のように思えてしまう。

 本当の命懸けで戦う事なんて今後はもうないだろう。

 それを思えば人生で最も濃密で鮮烈な時間を過したと言える。

 ただ、なんだかんだと楽しかった仲間と過す戦いの日々の中で、その結末だけは後悔が残ると天田は言った。

 話を聞いていた者たちも彼と同じように感じているのだろう。

 仲間と過した日々の尊さと、望んだものとは異なる結末への未練、どちらも同意だと荒垣が小さく笑う。

 

「……ま、あいつの事で納得出来てるやつなんていねぇよ。有里自身、別に理解して貰うつもりもなかったみたいだしな」

「でも、話して貰えてたら僕たちにも何か出来ることがあったかもしれないじゃないですか」

「でもじゃねえ。あの戦いじゃ全員が出来る事をやった。誰一人として手なんか抜いてねぇ。だが、最高の結末なんざなくて、それでもとあいつは選べる最善を選んだ。……そう思うしかねぇだろ」

 

 納得出来ない気持ちは一緒だが、あの時こうしていればという後悔の気持ちに囚われてはいけない。

 彼の考えている事などほとんど理解出来ないが、湊だって別に死にたいとは思っていなかった事は荒垣にも分かる。

 自分の手は血で汚れているからと、いつか皆の前から姿を消すつもりではいたのかもしれないが、影時間が消えようと日常にも危険は潜んでいる。

 であるならば、湊は影からチドリやアイギスを守り続けようと思っていたはずだ。

 その彼が帰ってこなかった以上、選べる中ではそれが最善の結果だったのだと、考えすぎて自分を責めようとする天田を荒垣は止めた。

 二人の会話が終わると、直前の内容もあって場の空気がしんみりとしてしまう。

 元々、今日は順平を除いて落ち着いた静かなメンバーが揃っていたため、こうなると空気を変えるのは難しいのだが、そういう事ならと順平が最近感じていた不満について漏らす。

 

「確かに戦ってた時は楽しかったけどさ。それよりなんつか、世間の“今”が納得いかない感じしねぇ? こっちは将来について真面目に考え始めたってのに、街中とか歩いてっと今さえ楽しきゃいいっつーノリのやつばっか見るんだよ。ストレガの広めたニュクス教とか、まだ地味に流行ってんだぜ? まぁ、“滅びサイコー”とか言ってる訳じゃねーけど、こっちは死ぬ思いしたってのに守ったのがアレじゃやるせねーよ」

 

 ぐったりと疲れたように肩を落とす順平の姿に、美鶴は思わず笑ってしまうが気持ちは理解出来た。

 あの戦いで湊が討ち倒したのは人に呼ばれて降臨したニュクスだけであり、人々の心にまでは干渉出来ていない。

 湊の力を使えば他人の心や記憶を操作する事も出来ただろうが、そんな世界を彼は望まず人々の心は自由なままだ。

 だからこそ、ストレガと幾月が広めたニュクス教の思想に感化された者がいてもおかしくはない。

 なにせ、それはたった二ヶ月前まで世界中に広まっていた思想なのだから。

 

「仕方ないさ。私たちは“滅び”を防いだだけで、世直しをした訳じゃないからな。大元が消えた以上はじきに収束する。それまでは我慢するしかない」

「ですかね。はぁあ、やれやれ……」

 

 ストレガと幾月はあの戦いで姿を消した。死んだとは思えないが、影時間が消えた以上、彼らが再起を図ることはないだろう。

 教祖であるタカヤたちがおらず、無気力症も全員が快方に向かっている。

 ならば、ニュクス教もしばらくすれば自然消滅するはずだ。

 それまでしばらく我慢するかと順平が自分を納得させれば、話している間に時間が過ぎて丁度日付を跨ぐ直前になっていた。

 

《……以上、気象情報をお伝えしました。間もなく、午前零時です》

 

 ニュースキャスターが原稿を読み終わり、午前零時を報せる時報がなる。

 ピ、ピ、ピ、ポーンと静かになったエントランスで全員がその音を聞いていれば、零時になったまさにその瞬間、“ガチャンッ”と不可思議な音が全員の頭の中に響いた。

 不意の出来事だがこれまでの経験により、全員が驚きながらも表情を引き締めて立ち上がる。

 

「今の……!!」

「零時ちょうどって……まさか、影時間!?」

 

 天田と風花の声に反応し、すぐにアイギスたちは周囲を警戒し、順平が状況を確認するべく急いで寮の外へと飛び出す。

 影時間特有の空気は感じず、寮の電気も生きている。けれど、先ほど何かの音を聞いたのは確かだ。

 寮内に残った者たちが警戒を続けていると、外から戻ってきた順平が車も人も動いていると報告する。

 

「外は何もなってなかった。オレらみたいに、不思議そうにしてるやつもいなかった」

「んじゃ、さっきのは何だ。お前らも変な音は聞いたんだろ?」

 

 荒垣の質問に全員が頷いて返す。一人か二人ならば偶然で済むが、全員となると何かがあったと警戒しない訳にはいかない。

 無論、それが寮内の設備等に何かがあったという物理的な問題であればいいのだが、影時間の存在を知る者にとって零時丁度に起きた何かというのはどうしても警戒してしまう。

 周囲を見渡しても不自然な部分はなく、本当に気のせいだったのかという空気がメンバーたちの間に流れ始めた頃、テレビに視線を向けたアイギスがある事に気付く。

 

「あれ、このニュース……」

 

 言われて他の者たちがテレビに視線を向けると、女性キャスターが日替わり卓上カレンダーを捲りながらニュース開始の挨拶を始める姿が映っている。

 

《こんばんは、日付が変わりまして、三月三一日のニュースをお伝えします……》

 

 画面に映る卓上カレンダーの日付と、キャスターの言葉にアイギスは首を傾げる。

 なにせ自分たちは今月で寮が最後だからと三月の末日に集まったのだ。日付が変われば次は当然四月のはず。

 月が変わるという分かり易いタイミングで日付を間違えるとは思えないが、自分が勘違いしている可能性も疑ってアイギスは他の者に尋ねた。

 

「今日って、もう三一日じゃないですよね? キャスターの人、間違えてるんでしょうか?」

「まぁ、たまにはこういうミスもあんだろ。深夜だしテレビ局の人らも頭働いてねーのかもな」

 

 順平も既に三月ではない事は分かっていたので、アイギスの勘違いではなくテレビのミスだと頷いた。

 日付の間違いというのは珍しいミスではあるが、テロップで表示された人名や地名が間違えていて、後で訂正とお詫びをするという場面はたまに見る。

 故に、今回もそういうものだろうと思考を先ほどの異変について戻せば、警戒していた荒垣が僅かに警戒を緩めながら口を開く。

 

「特に何も起きてねぇみたいだな」

「あぁ、見たところ、そのようだな」

 

 確かに何かしらのおかしな反応は感じたのに、今のところは何の異変も起きていない。

 探知型である風花も異変を感知出来ていないのか首を傾げており、先ほどの音は何かの偶然で聞こえたもののようだと言うことで話がまとまってゆく。

 

「はぁ、タイミング良くデカいトラックでも通ったんですかね? ま、時間も時間だし、今夜はこの辺でお開きって感じスかね……。なーんか、寮の最後の一日だってのに微妙なシメになっちまったな。ったく」

 

 重い荷物を運ぶトラックの荷台がガシャンと音をさせているのを聞いたことがある。

 もしかすると、零時を迎えるタイミングと、寮の前を通ったトラックのその音が重なり、影時間の件で零時というタイミングに敏感になっていた全員が勘違いしたのではと順平は告げた。

 それを聞いた他の者たちも、もしかしたらそうかもしれないと一応の納得を見せる。

 まだ完全にそうだと決まった訳ではないが、何も起きていたのは確かなのだ。

 全員で食事の後片付けを済まし食事会が終わると、アイギスが引っ越しの準備もあるので先に部屋に戻らせてもらうと皆に話す。

 

「では、私は先に上がらせてもらいます。明日の移動の準備もあるので」

「あ、うん。おやすみなさい、アイギス」

「んじゃな」

 

 階段を上っていくアイギスを他のメンバーで見送り、他の者たちもそれぞれ細々とした用事を済ませて解散の流れとなる。

 ただ、やはり先ほどの事が偶然だと思えなかった美鶴は、用心のためここにいないメンバーたちにも異変はなかったかとメールで連絡を送っておくのだった。

 

 

 


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