【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百六十五話 巌戸台分寮の閉館日

3月31日(水)

午後――巌戸台分寮

 

 明日から新年度が始まる三月の末日。

 既に新生活や新学年の生活の準備を終えた寮生たち数名が、これまで何度も集まってきた寮の四階にある作戦室で話をしていた。

 卒業した三年生たちは進学先の近くに部屋を借りたり、入学前の事前ガイダンスを受けるという多忙な日々を過し。

 今後も月光館学園に通う在校生たちも、実家や本寮への引っ越し作業があったため、こうやって集まるのは本当に久しぶりだ。

 新生活の方が大事なのは分かっている。けれど、せめて今日だけはと予定を合わせたつもりだったが、かつての仲間が揃わなかった事に順平は溜息を吐く。

 

「はぁ……しっかし、今日でこの寮も閉鎖だって言うのに、他のやつらも冷てぇよなぁ。そりゃ、オレっちも含めて皆もう本寮とか実家に引っ越し終えてそっちで寝泊まりしてるけどさ。なんつーか、節目ってのは大事だろ」

 

 対シャドウの作戦室として使っていたため、この部屋には外部メンバーだったチドリたちが集まっても問題ないだけの椅子があった。

 だが、その数ある椅子も埋まっているのはたったの五つだけ。

 そう。今日、ここにいるのは順平を含めて五人だけなのだ。

 先輩組からは美鶴と荒垣、後輩組からは順平と風花と天田。

 シャドウの脅威と新たな無気力症患者の発生がなくなったことで、特別課外活動部も解散が決まり、それと同時にこの寮の閉鎖が決まった。

 三月末での閉鎖が決まっていた事で、寮生たちは既に引っ越しを終えており、愚痴を漏らす順平だって何日か前に月光館学園男子寮での生活をスタートしている。

 ただ、最後のこの一日くらいは、仲間で集まって共にこの寮との別れを惜しみつつ過したいと思っていた。

 この寮には沢山の思い出がある。帰ってこなかった彼との思い出だってあるのだ。

 それを一緒に思い返しながら、寮への感謝と別れを告げようと思っていたのに、他の者は思い出より新生活の方が大事らしい。

 そのように順平が憤慨すれば、苦笑を浮かべた天田がそれぞれ事情があるはずだと宥める。

 

「確かに寂しいですけど、皆さんも忙しいんですよ。というか、順平さんは予備校とか通わなくていいんですか?」

「そりゃ、その内行くかもしれねーけど、オレっちは進路を決める方が先なんだよ。目指す学校によって必要な勉強も変わるからな」

「なんだ、順平。お前、まだ進路も決まってねぇのか?」

 

 日付が変わり明日になれば、順平たちも新三年生として扱われるようになる。

 だというのに、まだ進路や志望校が決まっていないと口にした事で、調理師学校への進学が決まっている荒垣は驚いた顔で聞き返した。

 ここ最近は荒垣自身も引っ越しや進学先の入学準備があって仲間たちとは話をしておらず、後輩たちの進路に関する情報は持っていない。

 だが、新三年生は順平以外は全員がいくつか志望校を決めて、四年制大学に進学すると聞いていた。

 ゆかりなどはそれに合わせて予備校にも通い始め、今日は春休みの集中講習があるからと欠席の連絡を入れてきている。

 他の仲間がそんな風に受験に向けて動き始めているというに、正面のソファーにドカッと座っている坊主頭は進路すら定まっていないという。

 本当にそれで大丈夫なのだろうか、という考えが視線に混じって届いたようで、察した順平は心配は全くいらないとビシッと右手を突き出して宣言する。

 

「ノープロブレムっす。ちゃんと色々先生らに聞いてやってますから」

「なら、どういう学部に行くつもりか言ってみろ」

 

 普段の順平の適当さを知っていた荒垣は、本当にちゃんと考えているのかと疑った。

 進路決定が早ければ、その分、それに合せた対策等の準備に時間をかける事が出来る。

 月光館学園は都会の有名進学私立に分類されるため、そこで中の下程度の成績を維持している順平ならば、大卒という肩書きが欲しいだけならそのままの学力で入れる学校もあるだろう。

 しかし、将来就きたい職業ややりたい事が決まっているのなら、お世辞にも優秀とは言い難い順平は他の者より努力が必要になると思われる。

 そのため、くだらない誤魔化しはいらないぞと視線で脅せば、それを真っ直ぐ受け止めた順平はさらっと答えた。

 

「大まかに言うとスポーツ系ッスね。ただ、教育学部のスポーツ学科とか、体育学部のビジネス学科とか。学校によって括りが違ってるみたいなんで、オレの成績でも行けそうな範囲で選んで学校見学とか行こうかなって考えてますよ」

 

 順平の答えが思っていた以上にしっかりとしていた事に美鶴や荒垣は驚く。

 特別課外活動部での経験を通じて、彼もただのお調子者から頼りがいのある男に成長した事は知っている。

 けれど、進路というのは誰のためでもなく自分のためのもので、将来という不確定で想像も難しいもののために頑張る必要がある。

 責任感に溢れ誰かに頼られれば頑張れる者でも、自分の事となると抜けている者もいるのだ。

 その点、順平はスタートは他の者に遅れたようだが、教師にも頼ってしっかりと未来に向けて歩み始めている。

 後輩の成長をより強く実感した美鶴は小さく笑みを浮かべながら、スポーツ系の進路に進みたいと告げた順平に具体的な夢があるのかと尋ねた。

 

「スポーツ系というと随分と範囲が広くなるが、伊織は既になりたいものを決めているのか?」

「うーん。ザックリとだけですけど、スポーツインストラクターとかそういう感じのに興味があるなって段階っす。将来の仕事より、大学の部活でまた野球やってみたいってのもありますけどね」

 

 順平は小学生の頃に地元の少年野球をしていたそうだが、父親が事業に失敗してから色々とあって地元を離れ寮暮らしになった。

 新しい環境に慣れる必要があったことや、田舎と違って自分を誘惑するものの多い都会に来て、順平は部活よりも遊ぶことを選んでしまう。

 ただ、それでも野球が嫌いになった訳ではなく、どうせ進学するなら部活で野球をやりたいと笑った。

 ニュクスとの戦いに勝っていなければ、こうやって未来について笑って話す事もなかったのだと思うと、美鶴としても命を懸けて挑んだ甲斐があったと思える。

 無論、手に入れた結果全てに納得がいっている訳ではないが、この寮で過す最後の日だからと美鶴は今日を楽しい思い出で締めようと考え、順平が将来の事を真面目に考えていて安心したと話す。

 

「フフッ、伊織もしっかりと将来を考えていると知れて良かった」

「ああ、今日一番の収穫だな」

「ちょっ、なんでっすか!? オレっちいつも真面目にしてますよ!」

 

 先輩二人からのまさかの言葉に順平は驚きながら抗議の声をあげる。

 天田と風花はそんな順平の様子に声をあげて笑う。

 全員で集まることは出来なかったが、こうやって一つの節目をこの場所で過ごせて良かったと、集まった者たちが心の中で同じ事を思っていた時、入口の扉がノックされる音が響いた。

 美鶴が鍵は開いていると答え、扉がゆっくり開くとそこにはアイギスが立っていた。

 

「すみません、遅くなりました」

「アイギス、久しぶりだな。気にしなくていい。最初から全員集まれない事は分かっていた」

「はい。聞いています。なので、七歌さんやゆかりさんの召喚器を預かってきました」

 

 言いながら皆のいるテーブルまで近付いたアイギスは、持って来ていた鞄の中から二つの召喚器を取り出して静かにテーブルの上に置く。

 今日は寮で過ごせる最後の時間だからと皆に声をかけていたが、それに加えて必要のなくなった召喚器の回収という用件も伝えられていた。

 影時間が消えてもペルソナが召喚出来る事は確認されている。

 その力を使えば普通では解決出来ない事件や事故で活躍出来ることも分かっている。

 だが、今後の子どもたちの生活を考えていらぬ疑惑をかけられる可能性は排除した方が良いと、桐条武治や桐条グループは召喚器の回収を提案した。

 銃身の中身は詰めてあるが召喚器自体は本物の拳銃を使っており、それを持っているだけでも何かあった時に疑われかねないのだ。

 中学時代の湊が海外へ留学していた時も、裏界最大組織だった“久遠の安寧”の姫君として扱われていたソフィアが超常の力を持っているという情報が流れていた。

 つまり、各国の上層部は人智の及ばぬ超常の力が実在していると知っており、国によってはその力を持つ者を自国の戦力として確保しようと動いている。

 ここ日本ではそんな動きは今のところないようだが、海外の勢力から狙われる危険だってある。

 だからこそ、湊の呼びかけによって世界が影時間について忘れているこのタイミングで、物的証拠となる召喚器などを回収してしまおうと桐条は動いた。

 強制ではないとも言われていたし、個別の対応でも構わないと言われてもいた。

 しかし、特別課外活動部の子どもたちは区切りをつけるため提案に乗った。

 真田の分は荒垣が、七歌とゆかりの分はアイギスが預かって、こうして全ての召喚器が揃った。

 受け取った召喚器を美鶴は専用の鞄に納め、しっかりと施錠すると小さく息を吐く。

 

「……これで本当に終わりだな。まぁ、吉野やコロマルが持つEP社側で用意した召喚器はそのままだが、特別課外活動部としての活動は召喚器の返還を持って終了だ」

「お守りみたいなものでしたから、本当に手放すとなると少し落ち着きませんね」

「フフッ、私なんて小学生の頃から持っていたんだぞ? この違和感にも慣れていくしかない」

 

 風花にとってペルソナは皆と自分を繋いでくれた絆だ。

 それを呼び出すための召喚器はお守りで、とても大切な物だっただけに落ち着かないものがある。

 美鶴も同じような事を考えていたため、これまでの人生の約半分を共に過していただけあって、この違和感に慣れるのは苦労しそうだと苦笑を浮かべた。

 影時間の発生から十年。最初の数年はペルソナについて手探りで研究していたが、一人の被験体によって研究は飛躍的に進み、その流れで美鶴も召喚器を手に入れた。

 本当に長い時間を一緒に過したんだなと感傷に浸りかけるも、すぐに思考を戻した美鶴は明るい話題を探して今夜について他の者たちに説明する。

 

「さて、一つの節目という事でいつかのように今夜も寿司を頼んでいる。可能なら参加していってくれ」

「寿司っ!? 特上、特上っすか!?」

「ん? まぁ、そうだ。せっかくの祝い事だから奮発させてもらった」

「よっしゃー! オレっち今日はこっちで寝るって言ってあるんで大丈夫でーす!」

 

 桐条家が贔屓にしている店の特上寿司と聞いて順平が立ち上がってガッツポーズを決める。

 既にこの寮で生活している者はいないが、各部屋の机や本棚にベッドなどは備え付けのものなので残っている。

 ベッドのマットレスや毛布も残っているため、着替えさえ持って来ていれば最後に寮で過すことは可能だった。

 順平以外のメンバーも同じように考えていたようで、アイギスはラビリスに、風花は両親にそれぞれ寮に泊ると伝えてきている。

 どうせなら他の者たちも後から合流してきてくれればと思うが、それぞれ用事があるというなら強くは言えない。

 それでも、こうやって何人かは集まることが出来たのだ。

 夜に行なわれる“お疲れ様会”までの間、集まったメンバーたちは思い出話をしたり、進路や新生活について話したり、改めて寮の中を見てまわったりと楽しい時間を過した。

 

 


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