【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百六十四話 情報交換

3月30日(火)

午後――港区

 

 子どもたちが未来を掴むために挑んだ戦いからおよそ二ヶ月。

 影時間が世界の裏側に消えて、シャドウも現われなくなった事で、入院していた無気力症患者たちは無事に回復していった。

 一ヶ月ほぼ寝たきりだった患者などはリハビリに励んでいるものの、そういった者ですら入院ではなく通院という形に移っている。

 全ては元通り。街に溢れ出たシャドウとの戦いの影響もほとんど無かった事で、こうして人々の平穏な日常が続けば、本当に影時間の戦いは終わったのだと栗原もようやく実感を得られるようになった。

 春の陽気の中EP社近くの公園を通って研究所の方へ向かうと、車椅子に乗る年配の男性とその車椅子を押している女性が楽しそうに話す姿を見える。

 彼らにはどう見ても戦う力などなく、実際にシャドウに襲われれば抵抗どころか逃げる事すら出来ずに殺されていたに違いない。

 ああいった者が被害を受けぬようにと、湊は最後の戦いまでに対シャドウ兵器を大量に用意しておいたらしい。

 地域の広域避難所として利用され、人に惹かれた大量のシャドウがやって来たという公園は、どこを見ても戦いの痕跡を見つける事が出来ない。

 以前の栗原であればどうやってシャドウから守ったのだろうかと疑問に思っただろうが、セイヴァーというペルソナの力を知っていれば、戦場になったはずの場所に戦いの傷跡がなくとも不思議には思わない。

 桐条グループがエルゴ研で作っていたシャドウにも効く武器ではなく、シャドウのみを殺すための武器として開発した銃を使ったからこそ、こうして被害らしい被害もなく済んだのだろう。

 自分だって余裕なんてなかっただろうに、よくもまぁ他人のためにそこまで出来たもんだと苦笑しながら栗原は歩を進める。

 桜の花が咲く公園を通り過ぎて、空港のように舗装されただけのだだっ広いエリアを進み、そして、カマボコに似た外観をした建物を見つけて中に入る。

 栗原が建物の中に入れば、スーツを着た白人の女性が気付いて笑顔で近付いて来た。

 

「栗原様でよろしいですか?」

「ああ。ここへ来るように言われたんだ」

「連絡は受けております。では、代表たちのいる部屋へご案内いたします」

 

 事前に話は通っていたようで、女性はこちらですと先導して施設の中を進んでゆく。

 エルゴ研で働いていた経験を持つ栗原でも、EP社の施設がとても進んだ技術で作られている事が一目で分かる。

 桐条グループの研究施設もかなり進んだ技術で作られ、グループの金を大分かけていたようだが、こちらは掛けた金額の桁がいくつか違っているに違いない。

 中学時代の湊と裏界最大組織の“久遠の安寧”が戦い。ソフィアを下した湊が組織をそのまま自分の傘下に置いた際、当時の組織幹部をほぼ皆殺しにして財産全てを奪ったと聞いている。

 EP社の日本支社を作る時の金は全てそこから出したとも聞いているので、日本の国家予算並みの金を湊は手にしていたのではないだろうか。

 無論、その手に入れた金は私利私欲のために使われていた訳ではなく、ニュクスとの戦いに向けた設備投資にほとんどが回され、それ以外は裏の事情を何も知らぬ社員たちの福利厚生を充実させるために使っていたと思われる。

 EP社の日本支社が出来てから五年も経っていないが、マスコミが行なった社会人の幸福度アンケートでEP社はかなり上位に入っていた。

 そこからも分かる通り、湊は随分と従業員を大事にしていて、彼らに快適で充実した日々を過ごせる職場を用意するため色々と頑張っていたようだ。

 先導されながら長い廊下を進んでいる途中、廊下に面した窓から研究員らの表情が生き生きとしているのを見て、栗原は小さく口元を歪めると先導する女性に話しかける。

 

「ここの職員たちは皆いい顔で働いてるんだね。人種も国籍もバラバラだろうによく纏まったもんだ」

「人材を集めた方がある意味一番強烈な個性を持っている方でしたからね。最低限の礼儀とTPOさえ弁えていれば、人格その他諸々は気にしないと言ってくれていましたし」

 

 返ってきた女性の言葉に栗原は少しばかり驚く。

 この会社のトップは湊とソフィアで、それぞれの持つコネクションを使って有能な人材を集めたに違いない。

 そして、先ほど女性は“持っている方でしたからね”と過去形で話しており、そこから察するにただの事務方だと思われたこの女性も湊の事を覚えているのだろう。

 桐条側の人間はラボの者ですら湊の事を忘れている者がいるというのに、EP社側では思っていたよりも大勢が影時間について知っていて、しっかりと湊の事も記憶したまま日常を過しているのは少々意外だった。

 そんな考えが顔に出てしまっていたのか、女性は栗原を見ると小さく微笑んで話しかけてくる。

 

「有里さんの事を忘れていると思っていましたか?」

「ん……まぁ、そうだね。ここじゃどこからどこまでが影時間について知ってるのか知らないけど、どう見ても研究員じゃない人間まで知っているとは思わなかった」

「この施設にいる人間は全員知っていますよ。居場所を与えられたり、自身の命や大切な人を救われたり、夢を応援してもらったり。皆、あの方に恩を感じているんです」

 

 そう話す彼女も湊に大きな恩があるようで、ここに彼がいない事にどこか寂しそうな表情を見せる。

 栗原は臨時顧問となって特別課外活動部の子どもたちを見ていたため、別行動が多かった湊の事はあまり見てやれていなかった。

 だが、昔はあれだけ他者を警戒していた子どもが、こうやっていなくなった後も誰かに想って貰えている事を知って、栗原の胸の奥にも温かなものが感じられた。

 

「……そうか。ここはちゃんとあいつの居場所だったんだね」

「勿論です。大勢に慕われて、今も慕われ続けていて、だから皆諦めようとしないんです」

 

 彼は帰ってこなかった。しかし、死んだとは思っていないと女性は言う。

 一度は死を覆してみせた事もあり、湊の生存を信じる彼女の気持ちも分かる。

 他にも大勢が彼女と同じ気持ちなのであれば、ある意味では特別課外活動部の子どもたちにとって何よりの味方と言える。

 もっとも、EP社の人間が特別課外活動部の子どものために動くことはないだろうが、皆の記憶から彼の存在が消えた世界において、同じように彼の事を今も想ってくれている同志がいるのは心強いはず。

 ここでの用事が終わってから、EP社の一部の者たちが今も湊の事を覚えている事を伝えてやろうかと考えていれば、先導してくれていた女性がある部屋の前で止まった。

 

「失礼します。栗原様をお連れしました」

《どうぞ入っていただいて》

 

 部屋の中から少女の声が聞こえると、女性は扉を開けて栗原を中へと誘う。

 そこはある種の会議室のような場所らしく、簡素な椅子と長机がいくつも並んでいる。

 先ほど部屋の中から答えた声の主であるソフィアの他に、研究主任であるシャロンと助手の武多とエマが部屋の中にいた。

 今回、ソフィアたちにアポイントを求めたのは栗原だが、あちらも栗原に話したいことがあると聞いている。

 この面子から考えると消滅した影時間に関する事か、最後の戦いから行方不明なままの青年に関する話だろう。

 色々と考えながら部屋の中に入った栗原は、案内の女性が扉を閉めて出ていくと、多忙であるはずのソフィアが時間を作ってくれた事にまず感謝しなければと口を開いた。

 

「今回は突然連絡したにもかかわらず面会を承諾してくれた事に感謝する」

「別に構いません。そちらのペルソナ使いたちの記憶が戻ったと聞いていますし。影時間に関わる何かの話なのでしょう?」

 

 三月の上旬頃に七歌たちは記憶を取り戻し、そして、彼女たちの力が失われていない事が分かった。

 既に影時間は存在せず、敵であるシャドウもこの世界には現われていない。

 そんな状況で、近代兵器とも戦えるだけの力が残ってどうするのだと思わなくもないが、僅かな緊張を含んだ栗原の表情から、子どもたちの今後の身の振り方などについて相談しに来たのではない事は分かる。

 一人の青年が犠牲となって戦いが終わったはずなのに、再び戦いが起ころうとしているのか。

 人の世はいつも戦ってばかりだなとソフィアが呆れていれば、椅子を勧められた栗原がソフィアたちの正面の席に座って本日面会を求めた理由を話す。

 

「そっちの予想している通り事件が起きる。けど、巻き込まれるのは特別課外活動部の子どもたちだけだ。そして、その事は湊も知っていた」

「……時の空回りについては聞いています。そうですか。やはり起きる気配があるのですね」

 

 栗原はソフィアたちが情報を持っていないと思い報告しに来たようだが、守る対象だったアイギスやチドリたちと違って、“共犯者”や“同盟”としての立場を持っていたソフィアはほぼ全ての情報を湊より教えられていた。

 湊から未来の出来事について説明を受け、彼自身、あくまで未来に起こり得る可能性があるだけだと言っていただけだが、それでも湊はそれが起きた時の事を考えて準備していた。

 となれば当然ソフィアたちもそれに合わせて動く。未来の出来事については不確定な情報でしかなく、真実を知っているのは一部の職員に限られるが、その兆候があればすぐに報せるよう監視任務に就いた職員らにも通達していた。

 もっとも、事件の中心人物となる特別課外活動部と接する機会の多い栗原の方が、彼女たちの変化にも気付きやすかったようで、今の子どもたちの間に少々不穏な空気が流れていると説明する。

 

「影時間のそれとは違っているような、なんか曖昧な気配みたいなのを感じたよ。あそこで生活してる本人たちは緩やか変化に慣れてしまっているのか気付いてなかったけどね」

「それって外から見てる分には分からない感じなのぉ?」

「見た目には変化なんてないよ。違ってるのは空気みたいなもので、多分、適性を持ってないと分からないんじゃないかね」

 

 特別課外活動部のメンバーらが記憶を取り戻してから栗原も寮には足を運んでいる。

 記憶を取り戻したばかりの頃は特に何も感じなかったが、つい先日行ってみれば明らかに空気がおかしくなり始めていた。

 一般人は影時間の存在を感知出来ないので気付かないだろうが、栗原以外にも桐条武治など自前で影時間の適性を持っている者は違和感に気付いているはずだ。

 EP社から出している監視任務の職員たちは、自前の適性ではなく指輪型の簡易補整器で適性を補っている。

 そのため見た目の変化がなにもなく、寮の傍に行っても何も感じられないからと、“異常なし”という報告を送ってきていたようだ。

 かなりギリギリのタイミングではあるが、栗原の考察から兆候が感じられなかった理由が分かり、そういう事だったのかとソフィアが溜息を漏らす。

 

「はぁ……やはり、もう少し無茶をしてでも適性持ちを増やす努力をすべきでしたね」

「それは坊やが許さないでしょ。最悪のパターンを考えてわざわざ破損すれば記憶を失うリスクのある簡易補整器を量産したんだし」

 

 EP者側にも何人かは自前で適性を持っている職員はいる。

 ただ、そういった職員は研究者に多く、今回の監視任務には配属していなかった。

 適性を得られれば同じだからと、簡易補整器の指輪にばかり頼っていた結果、危うく事件発生を見逃すところだったのだ。

 適性を得るためのトレーニング等を湊と共に考案していたEP社の代表であるソフィアにすれば、楽な方にばかり流されて大きなミスを犯すところだったと自己嫌悪に陥るのも無理はない。

 ただ、こういった事態が再び起きた時の事を考えるにしても、精神の変調をきたす可能性がある適性持ちの量産化は難しい。

 職員らの安全を考えていたからこそ、湊は簡易補整器の指輪で擬似的に適性を持たせる方法を優先させていたのだ。

 彼の性格を知っていれば、その選択の裏側に隠された想いだって分かるだろう。

 シャロンに諫められたソフィアは頭を振って思考をリセットさせると、栗原の瞳を見つめて報告は予兆についてだけかと聞く。

 

「予兆があったことは分かりました。本人たちの問題となれば、こちらに取れる対策はありませんが、事件解決後にこちらに連れてきてメディカルチェックを受けさせる事は可能です」

「あ、いや、話はもう一つあるんだ。時の空回りが解決した後、あの子たちに渡してくれって湊から預かっているものがある」

 

 栗原はソフィアたちにそれが一枚のディスクだと説明した。

 家電量販店でも売っていそうな、透明なプラスチックケースに入っただけのディスク一枚。

 規格からするとDVDと同じ映像記録媒体だと思われるが、事件を解決した七歌たちに宛てたものだと聞いているため、その中身が気になっても栗原は見ていなかった。

 

「で、もう一つの相談はそのディスクについてなんだ。そっちは湊から何か預かってるかい?」

「時の空回りに関係するものは受け取ってないわよ。今後の研究に必要になるだろうデータとかはもらってるけどねぇ」

「やっぱりそうか。なら、あんたたちも見に来るかい?」

 

 用意されたディスクは一枚。本当にただそれだけだったので、湊は外部の人間には事件が起きる事しか伝えていないと思っていた。

 その予想は正しく、ソフィアたちは時の空回りに警戒しつつも、特別な準備などは何もしていなかった。

 元から特別課外活動部のメンバーだけで解決出来るという話なので、EP社側の対応も不思議ではない。

 だが、彼と親しかった人間として、彼が預けていったディスクに興味があるのではないかと栗原は考えた。

 ディスクは個人に向けたものではなく、大勢で確認して良いとも言われているのだ。

 事件が解決して四月一日になったばかりのタイミングで寮を訪れ、そこで一緒に中身を確認した方がソフィアたちも変に気を揉まずに済むだろう。

 本来は部外者でしかない彼女たちを寮に入れる許可は桐条から貰っている。

 共に滅びに立ち向かった仲間として、彼の事を今も想い続ける仲間として、一緒にどうだと栗原が尋ねればソフィアはしばらく難しい表情をしてから肩の力を抜いた。

 

「ふぅ……良いでしょう。では、その時間に寮へと伺います。誘ってくださり感謝します」

「いや、散々世話になっているからね。気にしないどくれ」

 

 これまでEP社や湊には散々世話になってきたのだ。これくらいでそこまで感謝される必要はないと栗原も苦笑で返す。

 だが、ソフィアも会社の代表として受け取るばかりではいられないと、お返しとしてある情報を栗原に伝えてきた。

 

「お誘いのお礼としてこちらからも情報を出しましょう。特別課外活動部の人間に伝える必要はありません。恐らく、彼女たちは事件解決に向かう中で知る事になるでしょうから」

 

 そうして、ソフィアが見せてきたのは月の前に浮かぶ金色の扉の写真。

 ニュクスとの戦いを終えるまで月の傍に扉などなく、突如現われたそれは現在も影時間側の世界に存在しているという。

 ソフィアやシャロンから説明と考察を聞いた栗原も、湊がまだあちら側で生きていると思えたようで、特別課外活動部のメンバーに伝えない事を条件に扉の存在とそれに関する考察を桜や英恵に話す許可を貰った。

 どうせ二、三日も経たずに子どもたちも知る事になるのだ。それを青年の関係者に伝えるくらいは問題ない。

 その後、当日の合流方法などを話し合い。実際にEP者側から何人参加するかを決めると、用事が済んだ栗原は帰る事にした。

 来た時には随分と思い詰めていた様子だったが、打ち合わせを終えて帰る頃になると栗原の表情は随分と生き生きしている。

 余程湊に関する新たな情報が得られた事が嬉しかったのだろう。ソフィアたちに見送られながらEP社を出た栗原は、手に入れたばかりの情報をすぐに保護者たちへと伝えるのだった。

 

 


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