【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百五十九話 送別会の打ち合わせ

2月27日(土)

放課後――月光館学園

 

 その学年の授業で学んだ内容全てが範囲になる学年末テスト。

 一週間にも及ぶテスト期間の最終日、終了のチャイムが鳴り、テストの答案が全て回収されると、監督官だった教師が教室を出て行った瞬間に七歌は椅子の上に立って叫んだ。

 

「シャーッ!! テスト終了、皆さんお疲れ様でした!!」

『お疲れ様でした!』

 

 七歌が急に叫んでもクラスメイトたちは耐性がついていたのか、素直にお疲れ様でしたとノリ良く挨拶を返す。

 しっかりと挨拶が返ってきた事に気分を良くした七歌は、そのままウンウンと頷いて満足げに着席した。

 彼女の先ほどのテンションとノリならば、そのまま放課後は慰労を兼ねた打ち上げでも企画し、クラスメイトたちを誘っても不思議では無い。

 だというのに、七歌は普通に席に座って近くの席にいた綾時やアイギスに話しかけており、内面はともかく見た目は美少女な彼女と少しでもお近づきなれるのではと淡い希望を抱いた男子たちが小さく溜息を吐く。

 周りのそんな様子に密かに気付いていた順平は、担任が来るまでの間に武士の情けで聞いておいてやるよと七歌に声を掛けた。

 

「おーい、七歌っち。テストお疲れ様の打ち上げとかってやらねーの?」

「なんで? 自分の実力試すだけの物に打ち上げとかいる?」

「え、いやぁ……お疲れ様を共有する感じでさ」

「さっきしたから十分だよ」

 

 定期テストというのは自分の実力を試すためのものだ。

 学校の勉強など社会に出ても使わない。使わないものをわざわざ勉強しても意味がない。

 そんな事をいう者もいるが、社会に出れば不意のタイミングで実力を試される機会がいくらでもある。

 学校の定期テストはその練習であり、将来に繋がるキャリアの積み立てでもある。

 故に、七歌は基本的には自分のためのものでしかない物に打ち上げは不要という考え方だった。

 バッサリと切ってきたなと思いつつ、心の中で他の男子たちにこれは無理だと謝りながら、順平はそういう事ならと話題をすぐに切り替える。

 

「ま、それなら良いけどさ。テストも終わったし、そろそろ先輩たちの送別会について集まって話した方がよくね?」

「今その話してたとこ。アイギスにお姉さんとその部活仲間呼んで貰って、寮でお昼食べながらでも話そうかって綾時君らと話してたんだ」

 

 二月も今日を入れてあと二日で終わる。

 三年生を送り出す卒業式は三月五日なので、当日か数日後に送別会をするなら準備を始めなければ間に合わないタイミングだ。

 参加者は巌戸台分寮で暮らす者たちに、ゆかりや風花の所属する総合芸術部のメンバーを足した十三人。

 それと、送別会の間ずっとマンションに置いておくのはあれだからと、ゲストとしてラビリスの飼い犬であるコロマルも参加の予定である。

 中々の人数だが会場は寮なので準備は飾り付けや料理にプレゼントくらいなものだ。

 それでも先輩たちをしっかりと労うためにいくつかのレクリエーションは行なうつもりなので、テストが終わったこのタイミングで一度全員で集まろうと考えた。

 総合芸術部のメンバーはゆかり以外E組に固まっており、アイギスに姉経由で誘って貰えば簡単に済む。

 お昼ご飯に何か買っていけば寮で食べながら話し合いも出来るため、何が良いかと話そうとしたタイミングで丁度来たのが順平だったのだ。

 そういう事ならと状況を把握した順平は、皆でワイワイと意見を出し合うなら良いのがあるぜと提案する。

 

「皆で話ながら食べるならやっぱジャンクフードっしょ。オレっち的には持ち帰りで安くなるピザとか良いと思いまーす」

「おっ、ジャンクな脳みそしてる割りには良いアイデア出すね。アイギスと綾時君はそれでも大丈夫?」

「わたしは大丈夫です。人数もいますしピザ組と飲み物組で分かれたら良さそうですね」

「うん。僕は荷物が重そうな飲み物の方に回るから、欲しいのがあれば先に教えてくれるかい?」

 

 順平の提案によってピザを何枚か持ち帰りで注文する事で方針が決まる。

 海外と違って日本のピザはデリバリーだと高いが、持ち帰りで注文すると何枚でいくらとかなり割引が効くのだ。

 割り勘すれば一人千円くらいで済む事もあり、七歌以外のメンバーも順平の案に賛同すれば、ピザ屋に行く者とスーパーに行く者の組み分けに七歌が意見を出す。

 

「なるほろなるほろ。んじゃ、ゆかりは体重的にピザ組けってーい」

「何が体重的にか。アンタと大して変わらないっつの」

 

 七歌たちが寮での送別会について話していると気付いてゆかりがやってくれば、やってきて早々に七歌から謂れのない誹謗を受ける。

 しかし、この一年で七歌から何度も同じような扱いを受けていた事で、ゆかりの対処スキルも向上している。

 七歌が体重的にと言った事で、恐らくネットスラングで肥満を表わすピザと掛けていると気付き、ゆかりはお互い大して変わらない体重だとピシャリと返した。

 

「私はそこまでお尻大きくありませーん」

「胸も削げてるしね」

「削げてねーし! ちゃんとあるから見ろや! 座って背伸びしたら男子が見てくるくらい普通にあるわ!」

 

 七歌とゆかりでは確かにゆかりの方がお尻は大きい。けれど、それと同じように胸もゆかりの方が大きかった。

 別に七歌の胸が小さいという事はないのだが、普通に谷間が出来るゆかりと比べると小さく見える。

 それを理解しているゆかりが戦力差で勝ち誇れば、七歌はデカけりゃ良いってもんじゃねぇと周りに男子がいる事も気にせず大声で反論する。

 

「言っておくけど、今そのサイズなら将来ぜってー垂れるからな! 美鶴さんもアイギスもゆかりも将来垂れるの確定だからな!」

「やかましいわ! つか、教室で何を口走っとるか!」

 

 とんでもない事を口走りビシッと指さしてきた七歌の頭をひっぱたいて止めるゆかり。

 七歌の言葉が聞こえてしまった男子らは気まずそうに視線を逸らしており、彼らに非はないというのに女子たちから白い目で見られてしまっている。

 さらに、約二名ほど流れ弾を喰らっているが、名前を出されたアイギスは七歌の言葉の意味をあまり理解していないのか首を傾げていた。

 一週間にも及ぶテストから解放されたテンションが作用しているのか、クラスメイトらのぐだぐだ感に順平は苦笑すると、丁度担任の鳥海がやって来たため全員が席に着く。

 これで二年生の大きなイベントは終わった事もあり、来週に卒業式がある事を除けばいくつかの連絡事項を聞いてすぐに解散となった。

 その間に先ほどの七歌の問題発言も流れたようで、クラスメイトたちが教室を出て行くと、七歌たちもE組のメンバーと合流してから学校を出る事にした。

 

 

――巌戸台分寮

 

 七歌たちがピザを買って寮に帰ると、綾時と順平を中心とした飲み物組は既に到着して天田と共に待っていた。

 初等部も昼までだったようで、ピザを食べながら打ち合わせをすると聞いて人数分の取り皿やコップを用意して待っていてくれたらしい。

 買ってきたピザをテーブルに置き、荷物を部屋に置いて部屋着に着替えてきた七歌たちは、席についてとりあえず食べ始める事にした。

 

「んじゃ、とりあえず食べながら話を進めていきまーす。残ったら晩ご飯に食べるかもなので無理して詰め込まなくてOKでーす」

 

 七歌が全員に声を掛けると、それぞれ好きにピザを取って食べ始める。

 一枚で複数の味が楽しめるパーティー向けのミックスタイプではなく、それぞれの味の物を何種類も買ってきた。

 やはりここは定番のマルゲリータからだろうと七歌も一枚皿に載せ、タバスコをしっかりかけてから頬張ると、向かい側の席に座っていたラビリスが声をかけてきた。

 

「先輩らの送別会って話やけど、料理以外に何か用意するものあるん?」

「強いて言うならレクリエーションの案出しとプログラム決めかな。ご飯食べてプレゼント渡してだと一時間くらいで終わると思うし」

 

 全員が全員親しい訳ではないのである程度の配慮は必要とするも、三年生たちだけでなくこの寮で過すのも最後という事で、それなりに無礼講な振る舞いでも許されるはず。

 ただ、やはり三年生を送り出す事がメインではあるため、彼らに楽しんで貰えるようなレクリエーションの案があれば提案して欲しいと七歌は頼む。

 予算の都合もあるのでお金がかかるようなものは避け、出来る限り身一つで参加出来るような物が望ましい。

 他の者たちもそれは分かっているのか食べながら考え込み、サラミがたっぷり載ったピザを食べていた天田が思い付いたようで声をあげる。

 

「あ、学校に関するクイズとかどうですか? 先輩たちに競って貰って、一位の人に何か景品をあげるとか」

「卒業生向けで良いですね。兄さんもシンジさんも負けず嫌いですから、競い合うのは楽しんで貰えると思います」

「んじゃ、問題の内容は後で詰めていくとして、一つは美鶴さんたち三人のクイズバトルで良いと思う人は挙手!」

 

 自身の兄とその幼馴染みの事をよく知っている美紀が賛成だと言えば、七歌が多数決を取って天田の出した“学校クイズ”は見事採用される。

 美鶴は初等部から通っており、真田と荒垣は中等部から通っている。

 加えて、美鶴は中等部でも高等部でも生徒会に所属していたため、施設に関する事ならかなり詳しいに違いない。

 そんな彼女に他の二人が対抗出来るような問題を考える必要があるため、クイズの内容は後ほど詳しく話す事になった。

 話し合いが始まってすぐに一つ決まったのは幸先が良い。この調子でドンドン決めていこうと七歌はさらに案を求める。

 

「ほらぁ、皆も天田君に続いて意見だしてね。意見採用されなかった人らで昼食代割り勘だからね」

「はぁっ!? いや、オレっちそれ聞いてないんだけど!?」

「順平が知らないところでも新しい法律が決まったり、改正されたりしてるんだよ? 情報に対するアンテナはもっとビッシリ張っておかないとね」

 

 初耳だぞと驚く順平に七歌は情報収集力が甘いと溜息を吐く。

 知らないも何も今初めて言っただけなのだが、元からそういうルールだったと信じてしまった順平は途端に真剣に考え始めた。

 他の者たちは騙す方も騙す方だが、騙される方も騙される方だと苦笑いを浮かべる。

 そうして、その後もいくつかの案が出されては、いくつかの問題点によって却下されたり、こうした方が良いのではと部分的に修正して採用されたりしながら食事と話し合いは進んで行った。

 ほとんどのピザを食べ終えてお腹も膨らみ、それぞれがジュースを飲みながら話を続けていると、入口の扉が開いて真田たちが入ってくる。

 彼らは久しぶりに制服を着ており、どうやら卒業式の練習で登校していたらしく、大勢が集まっているのを見て少し驚いた表情を浮かべた。

 

「なんだお前ら、こんなに集まって」

「先輩たちの送別会に向けて話し合い中っす」

「それは本人たちに伝えても良い事なのか?」

「七歌っちから桐条先輩に場所を借りるって伝えてるんで大丈夫ですよ」

 

 こういったイベントの企画は打ち合わせも含めて極秘に進められるものだと思っていた。

 だが、三年生を送り出すためのイベントの打ち合わせをしていると、順平がはっきり本人たちに伝えてきた事で、口を滑らせたんじゃないだろうなと真田は心配する。

 もっとも、寮生以外の人間をロビーに入れる事もあって、ここで打ち合わせをする事は七歌が美鶴に伝えてあった。

 美鶴から自由に使って良いとの返事も受け取っているため、詳しい内容さえバレなければ真田たちに打ち合わせをしている事は話しても問題がなかった。

 それを聞いた真田と荒垣は安堵し、誰も使っていないテレビ側のソファーに荷物を置くと、手を洗ってきてそこで買ってきた昼食を食べ始める。

 

「悪いが俺たちも昼飯がまだでな。食べたら部屋に戻るから、しばらくここにいさせて貰うぞ」

「そういや、日程についてはメールに書いてあったやつでいいぞ。俺もアキも卒業式当日でもなけりゃ別に何も用事ねぇからな」

 

 二人とも昼は持ち帰りの丼を買ってきたようで、真田が牛丼を、荒垣が親子丼をそれぞれ食べながら話す。

 流石にこの人数の予定を合わせるのは簡単では無く、自分たちも寮を移る事もあって予定を合わせるのが一番の問題点だった。

 事前に最も多忙そうな美鶴から大丈夫な日を聞き、その中から候補を出していた事もあって、二人からも許可を貰えた事に七歌たちもホッと息を吐く。

 

「いやぁ、これでダメだったらどうしようかと思ったよ」

「僕たちも引っ越しがあるからね。卒業式に近い日程しかタイミング的に難しかったから、すぐに決まって良かったよ」

 

 七歌と綾時の言葉に皆も頷き、三年生がいる事でただの雑談をしながらゆったりとした時間を過す。

 卒業生代表の美鶴は打ち合わせでまだ学校だが、こうやって大勢で集まる光景も送別会が最後だ。

 送別会について話しているとどうしてもそれを意識してしまい。実家通いに戻る風花は寂しそうな表情を浮かべながらしんみりと呟く。

 

「けど、こうやって大勢で集まる機会ももう無くなると思うと少し寂しいですね」

「……三人卒業するけど、残りは半分が寮暮らしで、半分が通いになるものね。場所の関係もあってもう集まる事はないと思うわ」

 

 寮生では風花が実家通いになって、アイギスがラビリスの家に同居して通うようになる。

 元から実家通いだったチドリ、美紀、ラビリスを含めれば、半数が実家通いになって、半数が継続して寮暮らしとなる訳だ。

 月光館学園の生徒であれば寮に遊びに行く事も可能だが、異性は基本的に入れないし、この人数で集まって遊べるような部屋もない。

 何より、天田以外は受験生。進学に向けて動き始める事もあって、本当にこれが最後の集まる機会という訳だ。

 場の空気がしんみりし始めた事もあり、ゆかりも周りの人間を見ながら惜しい気持ちはあるねと苦笑しながら告げる。

 

「ってか、なんか不思議とこうやって集まると懐かしい感じするよね。そんな集まった機会とか無いんだけどさ。もう集まれないって思うと残念かも」

「あー、なんとなくゆかりちゃんの言う事も分かるわ。何回かここで場所借りてテスト勉強したときに顔合せたくらいやけど、皆で集まって色々したような感じあったもんな」

「美鶴さんとコロマルさんが集まれば全員集合ですね」

 

 コロマルも何度かこの寮にはお邪魔しており、全員と知り合っている。

 テスト勉強で長時間家を空ける際に、許可を貰ってここへ連れてきていたのだが、おかげでまだ帰ってきてない美鶴とコロマルを合せれば全員集合といった感じだ。

 今度の送別会ではちゃんと集まれるはずなので、全員が集まれる日が楽しみだとアイギスが言えば、彼女の言葉に僅かに俯いた美紀が否定の言葉を入れた。

 

「……違います。私はその中に含まれていません」

「え、美紀ちゃんどうしたん?」

「その場にいたのは、私じゃありません」

 

 重ねるように“全員”の中に自分は含まれていないと告げる美紀。

 先ほどまで楽しそうに食事をしながら話していたというのに、急にどうしたのだろうかと周りも心配し始める。

 もしや、寮生でない事を気にしているのだろうかと、一緒に遊んだ事があるのに何を言ってるんだとゆかりが聞き返した。

 

「いや、美紀もいたじゃん。私ら十三人とコロマルで集まった事あるでしょ?」

「皆さんが私だったと思い込んでいるだけで、本当に私じゃないんです」

 

 本人は頑なに否定するが、ゆかりたちの記憶では間違いなく美紀もいた事になっている。

 途中で転校してきたアイギスと綾時も美紀が寮に来ていた事は知っているため、どうして彼女はそれを否定するのか分からない。

 こうやって集まって送別会の打ち合わせをしている事から、別に集まり自体が嫌という事はないだろう。

 だとすると、余計に美紀が自分じゃ無いと否定する理由が分からないのだが、他の者が困惑していると、美紀は真剣な様子で懇願するように続ける。

 

「お願いします。ちゃんと思い出してください。多分、もう時間が無いんです。それを過ぎればちゃんと思い出せなくなる」

 

 全員彼女が何のことを言っているのかが理解出来ない。

 彼女はふざけておらず、本気で何かを思いだして欲しいと自分たちに願っている事は分かる。

 けれど、どうして彼女だけが過去に集まっていたメンバーに自分が含まれていないと思っているのか。また、代わりに別の人間がいたかのように言っているのかが分からない。

 その雰囲気から彼女の言葉を信じてやりたいとは思うも、兄である真田ですらあの場にいたのは美紀だと認識しているのだ。

 

「美紀、調子が悪いなら帰って休んだ方がいい。テスト勉強の疲れが出たんだろう。家まで送っていく」

 

 明らかに様子がおかしいと感じた真田がやってきて、美紀に今日はもう帰って休んだ方がいいと声をかける。

 兄に声をかけられた事で、美紀も自分の言葉に周りが困惑していると気付いたのか、真田の言葉に素直に従って今日はこれで帰る事にしたようだ。

 送別会の打ち合わせはほぼ終わっていたので、後はここにいるメンバーでもう少し内容を詰めるだけでも問題はない。

 ただ、どうしても先ほどの言葉が気になってしまい。アイギスが自分の携帯を取り出して、その待ち受け画面を他の者に見せた。

 

「あの、皆さん。この写真を見てもらえますか?」

 

 言われて全員の視線がアイギスの携帯画面に集まる。

 真田と美紀はいないが、荒垣にも見て欲しいと言った事で、この場にいる全員が画面に映る不思議なメモを見た。

 そこに書かれているのは、“長い髪”“黒いマフラー”という単語。そして、マフラーの方には相手のトレードマークとも書かれている。

 これだけでは意味が分からず、画面から顔を上げた者たちがアイギスを見れば、彼女は対先日の事を思い出して話し始める。

 

「これは一月ほど前にわたしが残したメモです。でも、今日までずっと忘れていました。美紀さんが言っていた“存在していたはずの人物”に関するメモです」

「存在していたはず? ゴメン、どういう事?」

「詳しくは分かりません。でも、わたしはこれを皆さんに相談するつもりだったのに、すぐにメモの存在も含めて忘れてしまっていたんです。まるで、何かの力がこれを思い出させないよう働き掛けてきたかのように」

 

 何かが自分の記憶に働き掛けてくるなどオカルトの分野だ。

 普段であればそういった物が苦手なゆかりが、変な冗談はやめろと話を切っていただろう。

 けれど、どうしてだがこれを冗談と切り捨てる事が出来ない。

 それは他の者も同じようで、言い様の無い感覚を覚えながら荒垣が率直な質問をぶつける。

 

「じゃあ、なにか。お前は美紀からそいつの話を前にも聞いてたのか?」

「はい。美紀さんの話ではわたしたちはこの人物を知っているそうです。でも、忘れてしまっているのだと」

 

 過去に会った人物全員を覚えている訳ではないので、ここにいるメンバーが全員会っていながら忘れてしまっている相手がいてもおかしくはない。

 ただ、その候補が欠片も思い出せず、これだけでは正解に辿り着くのは難しいだろうと七歌も唸る。

 

「って言っても、ね。ヒントがこれだけだと流石に難しいと思うんだけど? 性別も名前も聞いてないんでしょ?」

「はい。これはわたしたちが自分で思い出す必要があるらしいんです。でも、美紀さんの様子からすると多分、相手は男性です」

「長い髪なのに?」

「説明は難しいのですが、美紀さんの言葉の端々から感じる相手への印象が、同性に対するものではないように思えたので」

 

 アイギスのヒントは非常に重要だと思われるが、だからこそ他の者たちは首を傾げずにはいられない。

 美紀がそんなに真剣になる異性など、中等部からの付き合いで非常に親しい総合芸術部のメンバーですら知らないのだ。

 真田がずっと守ってきた事は確かで、そんな美紀に男が近付けば学園内でニュースになる。

 それを嫌って美紀が隠し通してきたとも思えず、一向にメモのヒントからは何も思い出せない。

 悩んでいる間に美紀を送ってきた真田が戻り、卒業式の打ち合わせを終えた美鶴も帰ってきた。

 だが、結局誰も美紀の話の人物について思い出す事が出来ず、一同は何かモヤモヤとしたものを感じながらその日は解散した。

 

 


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