【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百四十九話 ニュクス・アバター

影時間――タルタロス・頂上

 

 上空より奇襲を仕掛けたメサイアの一撃により、ニュクス・アバターの背に生えた巨大な真空管が割れる。

 それによって隠者のアルカナシャドウの力が消滅し、広範囲に放たれていた電撃も止まる。

 だが、倒したアルカナシャドウの力はまだ九個。まだ三つのアルカナとそれ越えた先にあるデスとしての力が残っている。

 肩で息をしながらも持っている薙刀を杖代わりに体重を預けるような事はせず、敵を見つめる七歌たちの視線の先で再びニュクス・アバターが姿を変える。

 

《そのアルカナは示した……永劫、時と共に回り続ける残酷な運命の存在を……》

 

 黒い翼を広げて空に浮かぶニュクス・アバターの頭上に光が集まり、光が円盤を形作ると徐々にそれが輪郭を帯びてゆく。

 現われるは運命を司る円盤。円盤が回転を始め、針が止まった位置に描かれた力を具現化させようとする。

 アルカナシャドウとして姿を現わした時には湊が一人で押さえ込んでいたものの、今はその運命を決めていた本体であるスフィンクスを模した金属のシャドウはいない。

 であるならば、回転する“運命の輪”を止めるには円盤その物を破壊するしかないだろう。

 駆け出したアイギスが他の者たちの動線を妨げない位置で停止し、湊のマフラーと繋がっているリストバンドから携行型対空ミサイルランチャーを取り出してすぐに引き金を引く。

 当然一発では止まらない。必要なのは数。次々と使い捨てるように引き金を引いては銃ごと換装し、空に浮かぶ円盤に向けて炎の尾が伸びてゆく。

 

「綾時さん!」

「分かってる! メサイア、メギドラオンで破壊するんだ!」

 

 ニュクス・アバターと対峙していた七歌たちと違い。先ほど上空から奇襲を仕掛けて敵の背中に攻撃したメサイアは、旋回を続けて相手の背後側に待機していた。

 敵に対して表と裏、両面からの同時攻撃でそれを破壊してみせる。

 アイギスの声に答えた綾時はこれまで温存していた力を一部解放し、自身に放てる最強の一撃を準備する。

 高度を下げてニュクス・アバターを見上げる位置に移動し、他の者を巻き込まぬよう斜め下から空に向けて射線を取る。

 この一撃で砕く。回転する円盤の背面を睨み、敵に向けたメサイアの両掌から極光が放たれると、それはニュクス・アバターの頭上に浮かんでいた円盤を完全に呑み込んだ。

 芽生えた心のままに人として在る事を選び母たる存在を裏切った少年。

 彼は女神の玉体である月の欠片をその身に宿し、増幅させた力でもって“使命と共に在るもう一人の自分”ごと影時間の空を灼く。

 

「っ……駄目だ! 間に合わない!」

 

 両面からの同時攻撃。それを受けても回転を続けていた円盤は、今にも止まりそうになっている。

 これでは破壊する前に針が指し示した効果が発動する。

 そう判断した綾時が叫んで伝えれば、対空ミサイルがあげる爆炎の向こう側でカタンと円盤が止まる音が聞こえた。

 他の者たちは恐らく見えていない。探知能力で視ていた風花が三人に向けて告げる。

 

「膨大な力の収束を確認、爆発に備えてください!」

 

 風花の言葉通りに他の者たちも力の収束を感じ取った。

 円盤が光り始めるとそれぞれペルソナを呼び出し、自分の前で防御姿勢を取らせて盾にしようとする。

 味方からの指示で防御が間に合うと、その直後、円盤に集まっていた光が解き放たれてニュクス・アバターの周囲に向けて爆発が広がった。

 吹き荒れる爆風に耐え、ペルソナの受けたダメージのフィードバックに歯を食いしばる。

 直撃よりも受けるダメージは遙かに軽減しているというのに、ここまでの疲労と合わさって戦っていた三人は膝を突きそうになる。

 これでまだ完全体ではない。その事を考えただけで乾いた笑いが口から漏れる。

 

《そのアルカナは示した……どんな苦難に苛まれようと、それに耐え忍ぶ力が必要な事を……》

 

 だが、そこに彼らの意識を現実に戻す敵の声が届く。

 運命のアルカナを終えて敵の頭上から円盤が消え、新たなに変化した剛毅のアルカナでニュクス・アバターの周囲に鉄の檻が展開する。

 アルカナシャドウの“ストレングス”は、その檻を自由に伸縮させて鉄の槍のように使っていた。

 であれば、ニュクス・アバターも同じ使い方をしてくるに違いない。

 視界は悪いが動かなければ的になる。足に力を込めて立ち上がった七歌たちは、武器を手に取って上空から伸びてきた鉄の槍を弾きながら攻撃を躱す。

 

「来て、シヴァ!!」

 

 敵の攻撃は鉄の柵の先端が伸びて繰り出されている。

 緩やかに曲がることは直角に曲がって伸びる事はなく、七歌は攻撃を躱す際にそれらを注意して弾く方向にも気をつけていた。

 柵の一定範囲が全て七歌への攻撃に使われ、それらは全て床に突き刺さっている。

 他の範囲の柵を七歌に向けて伸ばすまでには僅かな隙が生じ、その隙を狙っていた七歌は新たなペルソナを呼び出した。

 三つ叉の矛を手に携え青き肌を持つインドの神。

 その手に握られた三つ叉の矛が輝き始めると、ペルソナごと七歌を貫こうと伸びてくる鉄の槍を薙ぎ払って無効化する。

 

「シヴァ、プララヤ!」

 

 鉄の槍を薙ぎ払い。敵からの攻撃の勢いが弱まれば、今度はこちらから行かせてもらうと七歌も攻勢に出る。

 シヴァの持つ三つ叉の矛が放つ輝きが強まり、敵を見据えると同時にそれを投擲する。

 一条の光となって飛ぶ矛は、敵が防御のために重ねて密度を上げた鉄の柵を容易く貫く。

 防御を突破し進み続けた光はニュクス・アバターの胴体へと直撃した。

 宙に浮いていた敵は、プララヤの直撃を受けて身体の表面にひびが入る。

 これまでの中で最も明確に与えられたダメージ。

 しかし、敵の余力はまだ十分なようで、鉄の柵を消して新たなアルカナへの移行を進める。

 

《そのアルカナは示した……避けようの無い窮状においてこそ、新たな道を探るチャンスがある事を》

 

 ニュクス・アバターの頭上に翼のついた二重のリングが現われる。

 現われたリングの中央には既に力が集まっており、自身にダメージを与えた七歌に向けて“ゴッドハンド”が放たれた。

 上空から七歌に向けて落とされる巨大な金色の拳。

 だが、七歌がニュクス・アバターに攻撃を仕掛けている時、仲間たちもただそれを見ているだけではなかった。

 追撃とフォローに入れるよう、それぞれ視線で確認を取っていた綾時とアイギスも敵の変化と同時に動いている。

 

「させません!!」

 

 アイギスのアテナが横から割り込むように同じ“ゴッドハンド”を撃ち込む。

 正面から打ち合えば負ける可能性があったが、誰もいない場所に落ちる軌道へ逸らすだけなら真横から叩くだけで十分可能。

 七歌の安全が確保され、それを信じて動いていた綾時のメサイアがメギドラを撃つ。

 ニュクス・アバターの頭上で回転していたリングはすぐにひびが入り、そのまま砕け散ると光の粒になって消滅していった。

 これで全てのアルカナシャドウの力は使われた。

 ここまでで敵を倒せていれば良かったのだが、アルカナシフトを残した不完全体はその分のエネルギーを保持している状態と言える。

 完全体となれば戦闘能力自体は上がるものの、アルカナシフトで保持していたエネルギーを吐き出し、デスとしての力を取り戻した状態の方がエネルギーは減っている。

 ニュクス・アバターの胸元にはプララヤでつけたひびがまだ残っているため、こうなれば完全体となったニュクス・アバターを倒して見せると全員が武器を構え直せば、空中で停止していたニュクス・アバターの周囲で黒い羽根が渦巻き始めた。

 

《知恵の実を食べた人間は、その瞬間より旅人となった……アルカナの示す旅路を辿り、未来に淡い希望を抱く……しかし、アルカナは示すんだ……その旅路の先に待つものが、”絶対の終わり”だという事を。いかなる者の行き着く先も……絶対の”死”だという事を!》

 

 渦巻く黒い羽根を見た時、七歌は言いようのない悪寒を覚えた。

 綾時の方へ視線を向ければ、彼も焦った様子でペルソナを呼び出している。

 アルカナシフトの完了後の戦闘も想定したはずだが、何があったのかと尋ねる前に“死神”のアルカナを取り戻したニュクス・アバターが黒い羽根と共に黒い波動を拡散させた。

 

「“夜の女王”の羽根には触れちゃ駄目だ!」

 

 ペルソナを呼び出していた綾時はそれに反応するように横からメギドラを撃って、七歌とアイギスに届く軌道の攻撃を遮る。

 本来ならメギドラオンで防ぎたかったが、今の身体では咄嗟に撃てるのはメギドラが限界だった。

 それでもニュクスの力の一部が宿り、あらゆる状態異常を引き越しかねない“夜の女王”を無防備に受けさせる訳にはいかなかった。

 七歌とアイギスも綾時の言葉でそれがただの攻撃ではなく、受けた場合に何かしらの問題が発生する効果を持っていると分かったのだろう。

 メサイアのメギドラで稼いでくれた時間で二人もペルソナを再び呼び出し、自分たちに向かってくる攻撃にスキルを当てて迎撃していた。

 仲間たちの攻防を階段の傍で見ていた風花は、敵の攻撃を解析することでどうして綾時が焦っていたのかを察して他の者に伝える。

 

「皆さん、その黒い羽根は攻撃に使用とすると状態異常を引き起こす効果があります。また防御に使用されている間は攻撃を反射する盾としての効果を持つようなので気をつけてください!」

「随分と厄介な性能してるね!」

 

 黒い羽根はニュクスの力の欠片だろうか。攻撃に使えば“夜の女王”に、防御に使えば“闇夜のドレス”に変化する。

 幸いな事に攻撃に使用している間は反射機能が消えているようで、七歌たちのスキルで撃ち落とすことが出来ていた。

 数を減らしても時間経過で再び出してくるのだろう。

 だが、一度数を減らせば再び発動出来るまで時間が掛かる。

 相手の攻勢が途絶えたタイミングでこちらも動き出し。綾時のメサイアが敵の持っている剣に剣としての機能も持つ翼で特攻を掛け、七歌たちも反対側へと回り込んで一気に攻める。

 

「エウリュディケー、ガルダイン!」

「アテナ、アカシャアーツで敵の翼を撃ちなさい!」

 

 ニュクス・アバターは攻撃を仕掛けていたメサイアを剣で受け止めてから押し返し、後退した相手に向かって突進しながら斬りかかる。

 しかし、好きにはさせないと横から渦巻く風のハンマーが殴りつけ、体勢を崩したところへ光を纏ったアテナが迫り黒い翼にダメージを与える。

 一撃では装甲の一部でさえも壊すことは出来ない。それでも連携することで何度も攻撃を当て続ければ確実にダメージは蓄積するだろう。

 アテナの一撃を受けてさらに体勢を崩しながらも前進したニュクス・アバターが剣を振るう。

 それを翼の剣で受け流そうとしたメサイアが力を受け流し切れず、姿勢の制御を失い回転しながら七歌たちの立つ塔の頂上へ叩き落とされた。

 

「ぐあっ」

「綾時君!」

 

 頂上の床を破壊しながら衝突したメサイアが光になって消えてゆく。

 床に衝突した際のダメージが想像よりも重かったのか、綾時は顔を歪めて肩を押さえていた。

 もし、今ニュクス・アバターが彼の許へ向かえば対処出来ない。

 そう考えた七歌はペルソナを変えてニュクス・アバターの正面へと回り込ませる。

 

「ジークフリード、空間殺法!」

 

 相手の意識を自分に向けるために威力と手数を両立したスキルを放つ。

 無数に放たれた斬撃は、剣を使った敵の防御を潜り抜けていくつかが相手を切りつけた。

 胸のひびに直撃した斬撃もあり、その部位に当たったもののダメージが重かったのか、ニュクス・アバターはジークフリードに向けて横薙ぎに剣を振るい斬撃を飛ばす。

 線の攻撃でしかない斬撃など容易く躱し、後退しながらジークフリードは再び空間殺法で斬撃の雨を敵に浴びせる。

 まだ黒い羽根は溜まっていない。攻撃するなら今の内に一気に畳み掛けるしかない。

 

「アイギス、翼を狙い続けて!」

「了解です。アテナ!」

 

 逃げながら攻撃し、時折反転して接近しながらすれ違い様に切りつける。

 そんな事を繰り返して、七歌たちは回復薬を使っている綾時が立て直す時間を稼ぐ。

 目の前をうろちょろしているジークフリードがあまりに鬱陶しく、背後を飛び回ってチマチマと翼に攻撃しているアテナに意識が向いていないのだろう。

 今の状況は七歌たちにとっては非常に理想的な展開だ。

 しかし、元々三人で攻撃と援護を担当して戦っていたため、フォローする人間が欠けている状況が長引けば当然無理も来る。

 ジークフリードを狙って振り回している剣が光り出し、相手が何かを狙っていると分かっても七歌たちは対応する術がない事に焦る。

 変化に気付いてすぐにアイギスがフォローに回ろうかと考えるも、下手に今の状況を崩して七歌とアイギスが同時に倒れれば終わりだと思い至って踏み留まる。

 綾時も自分が何とかしなければと剣を杖代わりに立ち上がっているが、恐らく彼がペルソナを呼び出すよりも敵が攻撃を放つ方が速い。

 

「七歌ちゃん!」

 

 狙われているのはジークフリード。相手の攻撃は恐らく最上級の斬撃系スキルで、それを喰らえば七歌に戻ってくるダメージで彼女が一発で気絶しかねない。

 綾時もアイギスも強くなったが、ニュクス・アバターとの戦いではワイルドの力で状況変化に対応している七歌が作戦の柱になっている。

 それが欠けた時点で戦いの敗北が決まるだろう。

 アテナが果敢に攻め続けて翼の破壊で敵の攻撃を中断させようとする。

 しかし、翼の一つを破壊したところでタイムリミットが来てしまった。

 

《おぉぉぉぉおおおお――――――っ!!》

 

 ニュクス・アバターの持つ巨大な剣から光が放たれる。

 もはや光の波としか形容する事が出来ない斬撃を超えたそれは、後退していたジークフリードまでの距離をすぐに埋めて相手を呑み込まんとする。

 

「――――七歌っ」

 

 下の敵を全員倒してきたのだろう。誰一人欠けることなく到着したゆかりたちが、光に呑まれようとするペルソナを見て七歌の名を呼ぶ。

 咄嗟にでも召喚器を手に出来た彼女たちは凄い。

 呼び出したところで間に合わず、七歌が倒れた後に時間を稼ごうにも彼女たちもボロボロだ。

 塔から見える街の方では蛍火色の光が時折弾けているため、外のことは任せろと言っていた彼も街中の人たちを守る事で手いっぱいらしい。

 もう何も手はない。ジークフリードが光に呑まれる時、七歌は晴れやかな笑みを浮かべた。

 

「――――効かないんだなそれがぁっ!!」

 

 瞬間、晴れやかな笑みを凶悪な物に変えて七歌が高らかに声をあげる。

 彼女の言葉通り、ジークフリードに触れた光の波はその場で反転してニュクス・アバターに襲いかかった。

 ジークフリードはずっと敵の攻撃を避け続けていた。剣自体も、放った斬撃も、全て当たれば終わりだと言わんばかりに回避し続けた。

 だからこそ、ニュクス・アバターも避けきれない攻撃を用意し、それが決まる状況になってから放ってきた。

 それが七歌の仕掛けた罠だとも気付かずに。

 

「ジークフリードは斬撃無効、そして物理反射のハイパーカウンター持ちだっ!! 自分の攻撃で沈みやがれっ!!」

 

 決めるつもりで攻撃を放ったニュクス・アバターは咄嗟の反応が遅れ、反射された自分の攻撃に対し防御姿勢を取ることすら出来ない。

 アイギスによって一部の翼が破壊され、さらにいくつかの翼にもダメージが蓄積していた事で空中での踏ん張りが利かず、相手は斬撃に呑まれた勢いのまま頂上へと落下する。

 自分たちの攻撃では多少のダメージしか与えられないのなら、敵自身の最大級の攻撃を当てればいい。

 戦闘前からそういった状況もあり得ると考えていた七歌の作戦は見事に嵌まり、プララヤで与えた胸部の装甲が完全に砕け散った敵は、これまで感じていた重圧を消してついに沈黙したのだった。

 

 

 


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