【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百四十七話 祈りと願い

影時間――海上

 

 一時的に理と玖美奈の反応が混ざって感じられていた敵のペルソナは、理本人の意識が覚醒したため戦いが進む間に彼が主体となっていた。

 無論、二人の力で召喚したので、悪魔型ペルソナの中には玖美奈の存在も感じる。

 ただ、ペルソナの力を使って思念の形でぶつけてくる言葉に玖美奈の物はない。

 必死に喰らいつくことで湊をこの場に足止めし、ニュクスとの戦いに参戦させぬ事で実質的な勝利を得るという狙いは分かる。

 湊やデスの力を持っていた綾時でも戦って勝てる相手ではないと分かっていたのだ。

 いくらペルソナ使いが力を付けようと、その力の根源は敵として対峙するニュクス由来の物である以上、他のペルソナ使いたちでは抗うことすら出来ない。

 

《それだけの力があって、なんで! どうして彼らを救おうとしないっ!!》

 

 近距離での攻撃では捌かれると判断したのか、悪魔は炎の翼で後方に飛び上がりながら、その手に持っていた炎の剣を龍人に向けて投げつける。

 飛んでくる剣を龍人は黒い炎を纏った裏拳で叩き潰し、龍翼を羽ばたかせて加速して敵の正面に迫ると、相手が攻撃してくる前に蹴りつけて海へと落とした。

 

《……どうして俺が助ける必要があるんだ?》

《相手が助けを、救いを求めているからだ! 僕もお前と同じ、百鬼八雲だ。だから、分かる。お前も彼らを救ってやりたいと思っていると!》

 

 海に沈む直前に翼の炎を激しく噴かせ、悪魔は海面ギリギリをホバリングするようにして落着を防ぐ。

 それを空で見ていた龍人は鮫を思わせる凶暴さを感じる口元にエネルギーを集め、不気味な赤と黒の光が混ざり合う光線を連続で放った。

 一撃目は悪魔の足から十メートルほど離れた海面に落ち、二撃目は身体を捻った悪魔の翼から僅かに外れた海面を叩く。三撃目で両腕を使ったガードを直撃し、それで体勢を崩した敵に四撃目が着弾して海へと沈める。

 百メートル級の巨体が沈んだ事で海は大きく荒れ、離れた陸地に津波になって押し寄せようとする。

 けれど、それらは全て蛇神の骨を使った防壁に阻まれ、彼らの戦いの余波による被害は海中のみに抑えられていた。

 下手をすればしばらくこの近海で漁が出来ない可能性もある。

 ただ、いくら自分に優位な状況だと分かっていても、下手に手加減出来ないだけの力を理たちは持っていた。

 故に、湊はニュクス降臨までまだもう少しの猶予があるからと、敵である理の言葉に耳を傾けていた。

 

《……救えるなら救う。だが、俺の求める結果と彼らの求める結果は対極のものだ。彼らに譲る気はない》

 

 理はこのままでは自分たちが負けて、本当にニュクスが倒されてしまう危険性があると感じていた。

 オリジナルとクローン。同じ人格まで有しているのに、どうしてここまで力に差が付いたのか。

 湊に言わせれば、異なる十年を生きた結果でしかない。

 しかし、クローンという本来存在しないはずの人間という劣等感から、理はオリジナルに負けないよう命懸けの実験を受けて力をつけてきた。

 湊にはデスの性質と本人の持つ力を利用した蘇生があったが、理にはそんな力は無く死ねばそれまでだった。

 相手に蘇生能力があったことなど最近までは知らなかったものの、危険な実験を乗り越えて力が増す度に自分こそが“百鬼八雲”に相応しいという自信をつけていった。

 それなのに、完全に死んで肉体まで破壊されたはずの相手が蘇ってきた。

 自分だけじゃなく、玖美奈や幾月まで知らない力を手にして戻ってきたのだ。

 湊が表舞台に戻ってきたせいで学校にも通えなくなった理は、どうしていつも邪魔をするんだと怒りを燃やした。

 怒りを燃やして、今日こそ決着をつけるはずだったのに、蘇って力が増していた湊には届かなかった。

 未来を約束した玖美奈と共に挑んで負けた事で、自分だけでは勝てない。相手の方が強いとようやく認める事が出来た。

 ただ、だからこそ、名切りとして全ての力を使える相手が、自分と同じように他者を救ってやりたいという想いを持っているはずの相手が、簡単に救う事を諦めようとする事に納得がいっていなかった。

 悪魔が沈んでいった地点の海面が爆発し、螺旋を描く炎の柱と化した炎の剣を持って海中から飛び上がった悪魔が龍人と同じ高さで滞空して向き合う。

 

《それでも、それでもお前なら、彼らの願いを叶える方法を見つけられるんだろ。僕が殺した赤髪の女の子を生き返らせたように、他者にだって奇跡を行使出来るなら可能なはずだ》

 

 湊はどうして相手がここまで自分を評価しているのか不思議に思っていた。

 力では勝っている。使えるペルソナの種類や、死という概念の理解度など他の者では手にし得ないものを持っている事によるアドバンテージ。

 おかげで自分を除けば最強と呼べる敵をこうしてあしらえている。

 相手も自分が他者と隔絶した力を持っているという自負があって、それでも勝てない湊に何かしらの幻想を抱いているのかと思っていた。

 だが、今の言葉でようやく理解した。何故湊なら万人を救えると思っていたのかを。

 

《……そうか。お前はずっと奇跡に縋ろうとしていたのか》

《ニュクス降臨による新世界の創造。そんな奇跡を阻むのであれば、お前の持つ力による奇跡で全員を救ってみせろ。そうじゃなきゃ、認められない。奇跡に縋るしかなかった彼らのために、負けるわけにはいかないんだっ!!》

 

 両手で持った天を突く炎の柱が如き剣を龍人へと向けて悪魔が迫る。

 自分には出来なくとも、既に一度奇跡を起こしている湊であれば、自分には救えなかった者たちを救済することも出来るはず。

 そう信じているからこそ、理は相手がそれを約束するまでは彼らのために諦めることが出来ないと戦い続けていた。

 幾月や玖美奈には恩義がある。対して、ニュクス教の信者たちには思い入れなどないだろう。

 けれど、“百鬼八雲”は元々そういう少年だった。自分の利益になるかどうかは関係ない。

 救いを求める者がいて、自分にそれを解決する力があれば無条件で力を貸す。

 理屈ではなく、本能的にそんな行動を取ろうとする少年に、両親やまわりの大人たちも身を案じて悩んでいた。

 結城理はその百鬼八雲の記憶を継承している。本来得るはずだった結城理の人格を上書きする形で、趣味嗜好から思想に到るまで全てが本来の百鬼八雲と同一になっている。

 だから、湊には彼が本気で全員を救ってみせろと言っているのだと分かった。

 迫る螺旋の炎を上空に回避し、躱した自分の下を通過しようとする敵の翼に向けて爪による斬撃を飛ばす。

 

《そんな都合の良い奇跡などない。奇跡に縋る心をへし折るか、記憶の改竄でニュクスに関わる記憶を封印するのがせいぜいだ》

 

 救いを求めてきたニュクス教の者たちを救うだけなら、幾月と玖美奈の願いを叶える方法を取るだけで済む。

 その代わりに、現行世界の存続を望む者の願いを切り捨てるしかない。

 彼には矛盾する願いを叶えるだけの力がなかったから、どちらかを選ぶしかなかった。

 迫る斬撃を身体を反転させて躱し、悪魔は炎の剣に集めた力を解放して上空にいる龍人に向けて炎の嵐を放つ。

 

《嘘を吐くなっ!! なら、彼らはどうなる。それしかないんだぞ。今のこの世界じゃ救われないから、望む幸せを得られないから、新しい世界を求めたんだ! それなのにお前は彼らの希望を打ち砕こうと言うのか!》

《……なら、一人一人殺して回ろう。現世に希望がないなら来世に期待すればいい。お前たちがやろうとしている事はそれと同じ事だからな。生き続けたいやつと死にたがり、どちらも救うにはそういった方法しかない》

 

 ニュクス降臨の齎す結果を知っている湊にすれば、彼らを殺して回ればニュクス教の者たちの求める結果と同じ結果が得られる。

 奇跡など必要ない。神の視点でものを見ている湊からすればこれが正解だ。

 炎の嵐を龍翼の羽ばたきで巻き起こした風で散らしながら答えれば、その答えに納得がいかない理が悪魔の両腕を伸ばすようにして迫ってきた。

 

《違うっ!! 彼らは新たな世界を求めているだけだ。死にたい訳じゃない!》

 

 ただ殺したのでは彼らが救われない。それでは希望を砕き絶望を叩き付けるのと変わらない。

 そう抗議するように掴みかかってきた悪魔の手が龍人の首へと迫れば、琥珀色をしていた龍人の瞳が赤い光を宿し、全身から蒸気のように赤いエネルギーを立ち上らせながらカウンターの拳で顔面を捉えて敵を海へ叩き落とす。

 真っ直ぐ海へと落ちていき激しい水飛沫を飛ばしながら海中に沈んで行く敵を追って、湊の龍人も海へと落ちながら声を荒げて返す。

 

《これはお前たちが始めた事だろうが! ニュクスの降臨で新たな世界が創造されると伝え、やつらに希望を抱かせたのはお前たちの責任だ。自分たちのとった行動の責任くらい自分たちで取れ! 俺や他のやつらが妨害せずとも失敗していた可能性だってあっただろ。その時、やつらにどんな言い訳をするつもりだったんだ!!》

 

 出来るのならば湊だってニュクス教の人間を出来る範囲で救っていた。

 しかし、そもそも今の世の中に絶望していた彼らに希望を抱かせたのはストレガや幾月たちだ。

 この世界が滅びて新たな世界が創造される。そこには選ばれた者たちのみが導かれ、他者を虐げてきた傲慢な者たちは滅びによって駆逐される。

 そんな平時であれば到底信じられない甘言に惑わされ、彼らは“滅び”などというものに魅せられてしまった。

 ストレガたちは死を求める心に反応するというニュクスの降臨のために彼らを煽動しただけだろう。

 幾月はどうか知らないが、自分と同じようにこの世に絶望している者たちに同情した部分もあったかもしれない。

 ただ、理が何を言おうと彼らに希望を与えたのは理たち自身の責任だ。

 勝手に責任を押し付けて救ってみせろと言われても、自分たちでやった事の責任は自分たちで取れというのが湊の本心だった。

 共に海に沈んで行きながら龍人が悪魔の首を掴んで海底に押し付ける。影時間に輝く月の明かりも海底には届かず、龍人に掴まされた悪魔の首が真っ暗な闇の中でミシミシと音を立て始めた時、これまで黙っていた少女の声が聞こえて来た。

 

《……だったら…………だったら、私たちは……どうすれば良かったの……》

 

 何かに縋るような弱々しい玖美奈の声が届く。

 理と共に悪魔型のペルソナを召喚した時点で彼女の意識も覚醒していたのだろう。

 高同調状態で二人が同時に意識を表出すれば意識が混ざってしまう危険性があったため、これまで理の意識がメインとして出ていただけで、湊と理の会話は彼女も聞いていたらしい。

 二人で一体のペルソナになっていることで、理と玖美奈はお互いがどんなことを考えているかも共有しているに違いない。

 おかげで理が本当は他者を犠牲にすることを嫌がっていた事を玖美奈も理解し、逆に玖美奈が父である幾月をここまで追い詰めた事に罪悪感を抱いている事を理は知った。

 もっと前にお互いの本心を曝け出して相談していれば、世界はこんな事にはならなかったかもしれない。

 それが分かったからこそ、玖美奈は湊に答えを求めた。自分は本当はどうするべきだったのか教えて欲しいと。

 相手から戦意が完全に消えた事を感じ取った湊は、悪魔の首を掴んでいた手の力を緩め、抵抗しない相手を掴んだまま浮上を開始する。

 

《……こうなる前に、止めてやれば良かったんだ。過去に縛られて生きるんじゃなく、過去を抱えて未来へ生きていこうと言ってやれば良かったんだ》

《私のためにお母さんを生き返らせようとしてくれていたのよ。そのために、多くの人たちを犠牲にした。貴方や理、ストレガや吉野さんと同じ被験体たち、他にも大勢の人間を犠牲にしてその人生を歪めてまで研究を進めてしまったのに、途中でそんな事出来る訳ないじゃない……》

 

 玖美奈もこんな事になるとは思っていなかったのだろう。

 幼い頃は再び母に会える可能性があると喜んでいただけだったのに、成長するにつれて父が何をしているのか徐々に理解出来るようになってしまった。

 百鬼八雲のクローンとして生み出された新しい家族が来たことには素直に喜べても、自分がクローンである事に悩む彼の姿を見て、自分が我が儘を言ったせいで彼を苦しめているという罪悪感を覚えた。

 過去の研究データを調べる中で、自分とそう歳の変わらぬ子どもたちが辛い実験の中で何人も死んでいたと知った。

 子どもだけじゃない。大人の中にも死者が出て、それらは父の企みで犠牲になったのだと察した。

 再び母に会いたい。自分がそんな事を願わなければ父はこんな事をしでかさなかった。

 それが理解出来る歳になっていた玖美奈は、犠牲者が増えるにつれて余計に父を止められなくなっていった。

 もしここで止めてしまえば、娘のためにと手を汚してきた事が無駄になる。これまでの事が無駄になってしまえば、幾月の心は罪の意識で潰れてしまう。

 だから、自分には父を止める事など出来なかった。

 玖美奈がそう湊に告げれば、海上まで浮上して移動してきた龍人が悪魔を誰もいない浜辺に寝かせ、その身体を光の粒にして消えてゆく。

 光の粒が消えて浜辺に降り立った湊は、同じように光になって輪郭が消えてゆく悪魔に言葉を返す。

 

「……それでもお前たちはあいつを止めてやるべきだったんだ。こうやって力尽くで止められる前に、“もういいよ”と家族が言っていればあいつも心の整理がつけられたかもしれない」

 

 浜辺に横たわっていた悪魔が消えると、後には座り込んで涙を流す少年と少女がいた。

 何がいけなかったのか、どうすれば良かったのか、湊の言葉を聞いても簡単には納得出来ないし、それが最善かどうかも分からないだろう。

 それでも、二人も誰かに止めて貰いたかったのかもしれない。

 自分たちでは幾月を止める事が出来ないから、どうか彼を止めてその心を救ってあげて欲しいと心の奥底で願っていた。

 二人は湊に負けた事でようやくその想いを自覚し、そんな簡単な事で今よりも幸福な未来を生きられた可能性に気付いて、ただどうしようもなく涙が溢れて止まらなかった。

 時間にすれば五分ほどだろうか。滅びが目前に迫った状況ではけっして無駄に出来る時間ではなかった。

 それでも、湊は二人が落ち着くまでただ黙って待っていた。

 ようやく涙が止まった二人はお互いを支えるようにして立ち上がり、不思議な光を宿した金色の瞳でタルタロスを見つめる青年に声をかける。

 

「貴方はこの後どうするの? ニュクスの降臨は止められない。人間では神に勝てない。この世界はこのまま滅びるわ」

「……何もしなければな。ニュクスには勝てなくても、この戦いに勝つ方法はある。だから安心しろ。お前らは続く世界でやり直せばいい」

 

 玖美奈の質問に短く返すと湊はどこまでも澄んだ穏やかな笑みを浮かべる。

 とても優しい笑みだというのに、それを見た二人は心の奥がざわつく感覚を覚えた。

 だが、さらに声をかける前に青年は白銀の天使を召喚して共に飛び去ってしまう。

 蛍火色の燐光を残して飛んでいく天使を目で追っていた理は、彼の言葉の裏に隠された意味と先ほどの笑みから一つの可能性に行き着く。

 

「あいつ、もしかして……」

「……やっぱり、私は有里湊が嫌いだわ。彼はこの十年で歪んだまま成長した。多分、元の百鬼八雲の人格に近いのは貴方のほう」

 

 玖美奈が急に湊が嫌いだと言いだした事で理は少し面食らう。

 元から敵として嫌っていたのは知っていたが、どうしてこのタイミングで再度告げてきたのか分からない。

 けれど、恐らくは自分が気付いた事と関係しているのだろうと理は聞き返した。

 

「でも、それと何の関係が?」

「有里湊は研究に取り憑かれた後のお父さんに似ているの。桐条総帥もそう。誰かのために、何かのために、目的を達成することだけを考えてる。あれだけ偉そうに説教しておきながら、彼の視ている未来に彼自身はいない」

「……もし、生贄が必要だっていうなら」

「無駄よ。恐らく、必要なのは誰かじゃない。彼自身なの」

 

 理は自分が本来存在しなかったはずの人間だと分かっている。

 だから、何かの代償として命が必要なのであれば、クローンである自分の命を使えばいいと考えた。

 憎んでいた相手が勝手に死んでくれるというのに、最後になって代わりに自分が死ぬと言える理の優しさに玖美奈は苦笑を漏らす。

 けれど、恐らくその決意は無駄になる。彼は敵である自分たちに生きろと言った。

 であれば、彼が為そうとしている事に必要なのは彼自身。他の者では代わりなれない。

 自分の死を受け入れ静かな決意に満ちた彼の笑みが未だ脳裏に焼き付いている。

 どうすれば誰かのためにあそこまで強くなれるのか。自分に出来ない事を平然とやってのける相手に軽い嫉妬を覚えながら、玖美奈は理と共にこの場所で世界の行く末を見守ることにしたのだった。

 


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