【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百四十三話 伝播する想い

影時間――港区

 

 不気味な緑色の空に巨大な月が浮かぶ影時間。

 機械は動かず、壁や道路に血のような染みが付着し、遠くには雲に届く異形の塔が見えている。

 一体何が起きているのか。直前の記憶を呼び起こしても状況が理解出来ない。

 そんな、象徴化が解けて影時間に放り出された一般人たちは激しい混乱を見せ、この状況を理解している者はいないのかと不安を解消してくれる存在を求めて叫んだ。

 夜の繁華街を歩いていた者たちも、家のベッドで就寝していたにもかかわらず目が覚めてしまった者たちも、皆何が起きているのか分かっていない。

 けれど、知り合いや警察に連絡を取ろうにも電話は使えず、車に乗っていた者にいたってはエンジンが点かさないので移動も出来ない。

 事前に影時間についての知識を持っていた者たちを除き、一般人で比較的混乱を見せなかったのはタカヤたちが広めたニュクス教の信者たちだった。

 

「おおっ、滅びの時は来たれり! 教祖タカヤ様の仰っていた通りだ! 天を突く奈落の塔、大いなるニュクスの降臨は近い!」

 

 ニュクス教の信者は異界と化した街を見て、世界が滅びに近付いている事を実感した。

 時が満ちればタルタロスにニュクスが降臨して世界は滅びに包まれる。

 あと少し、ほんの僅かな時間を待てば、今いる旧世界は滅びを迎えて自分たちは新世界へと旅立つことが出来るだろう。

 狂気を含んだ瞳でタルタロスを見つめながら服が汚れる事も構わず地面に膝をつき、信者の男は顔の前で合掌した両手を擦り合わせながら祈りを捧げる。

 

「大いなるニュクスよ! 滅びを与え給え、我らを救い給え!」

 

 突然街中で祈りを捧げ始めた男を見て、周りにいた者たちは気味が悪そうに距離を取る。

 けれど、信者の男が吐いた言葉には、現状を理解している節があるものも含まれていた。

 直前まで酒を飲んでいたのか赤い顔をした別の男が信者の男に近付き、祈りを捧げている男の肩を掴むと無理矢理に自分の方へと向かせて声を掛ける。

 

「おい。お前、ニュクス教とかいうカルト宗教の人間だろ! 何か知っているなら教えろ。これはどうなってるんだ?!」

「見ての通りだ。大いなる神ニュクスの降臨によって世界は滅びる」

「何が神だ! ふざけてるのか!」

 

 不敵に笑って神の降臨によって世界が滅びると信者が言えば、ふざけるなと激昂した赤い顔をした男が相手の胸ぐらを掴んで身体を揺さぶる。

 こんな異常事態に巻き込まれても、科学の発展した現代社会を生きる者としては流石に非現実的な神の存在を信じることなど出来ない。

 故に、赤い顔をした男の反応もある意味では当然。

 人が真面目に質問しているのに、馬鹿にしているのかと怒っても無理はない。

 だが、信者とて嘘や冗談でそれを口にした訳ではなかった。

 信者は赤い顔の男の腕を払い除けると、立ち上がるなり両手を広げて周りの者たちに聞かせるように話し始める。

 

「何故、疑う? 何故、信じようとしない? 見ろ。これがお前たちの知る世界か。科学によって生み出された物は力を失い、空は闇に覆われ、大地は血に染まっている。天を突く奈落の塔、あの異形を見てもこれが自分たちの生きてきた世界と同じ物だと言えるのか?」

 

 携帯電話が使えないだけでなく、街中の街灯が消えており、道路に止まっている車はエンジンが掛からないのか運転手らが降りてきている。

 不気味な緑色の空と血のような染みが広がっている道路、遠く離れた人工島から空へと伸びている異形の塔、それらを見てもまだ超常の存在を認めないのか。

 確かに信者の男は一般人の感覚で言えばまともではないが、このような状況になってしまえば、今までの日常の感覚だけで物事を判断しようとする方が間違っている。

 ようやくそれを理解した周りの者たちは、信者の言葉に不安を煽られ顔色を悪くした。

 目の前の赤い顔の男だけでなく、周りの人間までもが自分の言葉を聞いていると理解した信者の男は、そのまま口の端をつり上げるほどの笑みを浮かべ告げた。

 

「我々の怒りを思いしれ。虐げられてきた者たちの怨嗟の声を聞き届け、大いなる神は降臨する。旧き理の世でしか生きられぬ愚かな者たちよ、ニュクスの滅びを受け入れよ。世界の滅びを受け入れよ!!」

 

 唾を飛ばしながら叫ぶ信者の鬼気迫る様子に周りの者たちは思わず後退る。

 ニュクスとはなんなのか、自分たちが何をしたというのか。周りの者たちにすれば分からない事だらけだ。

 信者の男の言う通りにおかしな風景が広がる異常事態は起こっており、遠く離れた場所からは爆発音のようなものまで聞こえて来ている。

 強くはないものの地面を揺れているように感じ、もしかすると本当に世界はもう駄目なのかもしれないという絶望感が人々の心に根付き始めようとしていた。

 だが、その時、人々の頭の中に直接響くような声が届く。

 

《こちら、有里湊。繰り返す。こちら、有里湊。状況が把握出来ず混乱している者たちに告げる。この声が聞こえているなら今は黙って俺の話を聞け》

 

 急に落ち着いた青年の声が聞こえた事で、人々は辺りを見渡して声の主の姿を探す。

 自分以外の者たちもキョロキョロと何かを探す様子を見せたことで、聞こえた声が幻聴などではない事は分かった。

 けれど、いくら探そうとも声の主の姿は見当たらない。

 何か分かっているのなら教えて欲しい。自分たちの知る“有名人”の言葉によって人々の不安が僅かに薄れたタイミングで再び声が聞こえて来た。

 

《一から十まで説明している時間はないため、最低限の情報だけをこれから伝える。まず、お前たちが体験しているこれは地球規模の現象だ。この現象が起きている間は特殊な装置を組み込んでいない機械は動かない。よって、皆がしたように電話や無線で連絡を取る事は出来ない》

 

 何が起きているのか分からず、誰かと情報を共有したいと思って知り合いに連絡を取ろうとした者は大勢いた。

 今も泣きそうになりながらどうして電源が点かないのだと携帯を弄っていた者もいるだろう。

 そんな者たちにとって、湊の言葉はほんの少し冷静さを取り戻させるだけの効果があった。

 滅びの到来を目前に控えて狂喜している一部の者を除き、冷静さを取り戻した者たちは続く青年の言葉に耳を傾ける。

 

《だが、不安に思う必要はない。この現象は不気味な光景が広がり、機械が動かなくなるだけ。それだって時間経過でじきに戻るからな。家にいる者はそのまま家にいればいい。不安な者は貴重品と多少の衣服と保存食でも持って、災害時の避難場所に指定されている場所へ避難してもいいだろう》

 

 こんな光景がいつまでも続けば不安に心が潰れてしまうかもしれない。

 しかし、そうなる前に事態は解決する。家にいれば安全、不安でも焦らずに災害時と同じように避難場所へ向かえばいい。

 どうすればいいか分からず焦っていた者たちは、とりあえずの方針を得た事で自分がどうするかを考え始める。

 そんな人々の変化を把握しているのか、落ち着いた声で話す事で湊は人々の混乱を徐々に沈静化させてゆく。

 

《さて、自分たちがどういった状況に置かれているかを把握出来たなら、次はどうしてこんな事が起きているのかという疑問を持っただろう。簡単に言えば最近有名になったニュクス教の人間が言っていた通りだ。世界は滅ぶ。間もなく降臨する神ニュクスの力によってな》

 

 人々が落ち着いて話を聞くだけの余裕が出来たタイミングで爆弾が投下される。

 直前に大丈夫だと言っておきながら、世界が滅びるなどと聞いて誰が冷静でいられるだろうか。

 落ち着かせたいのか、それとも人々の反応を見て楽しんでいるのか。

 彼の言葉を聞いている者たちの間に困惑が広がると、青年は静かな口調で一部の者だけが知っていた事実を述べ続ける。

 

《信じるかどうかは自由だ。だが、この事態はお前たち人類が招いたものだ。死を意識し、死を求め、死を知りたいという無自覚な心が集まり、死を司る存在をこの惑星に呼び寄せたんだからな。誰が悪いという訳でもない。お前たち全員の責任だ》

 

 人々はこんな事態に巻き込まれて被害者という意識が強かった。

 中にはニュクス教の信者のように自分たちが当事者だと、この滅びを招き寄せたのは自分たちの祈りなのだと考えている者もいた。

 けれど、後者の認識の問題はともかく、この事態に無関係な被害者などというものは存在しない。

 ニュクスの降臨は自覚、無自覚問わず人々の死に向けられた意志によって引き起こされたのだ。

 

《東京近郊にいる者たちには見えているだろう。港区の方向にある巨大な塔が。そこが目印だ。ニュクスはそこに降りてくる。これはどう足掻こうと避けようのない事実だ》

 

 どう足掻こうともニュクスの降臨は避けられない。

 湊が告げた巨大な塔が見えている者たちは、滅びを怖れてそこから少しでも離れようと動き始める。

 どうして自分が巻き込まれなければならないのか。

 なんで、よりにもよってそんな近場に現れるのか。

 今すぐに逃げようとする者たちから、説明を続ける青年へ八つ当たりでしかない悪意が向けられる。

 

《だが、俺をはじめとした一部の人間がこの事態に対処すべく既に動いている。お前らの自殺に付き合ってやるつもりはないからな》

 

 しかし、その場から駆け出そうとした者たちは、青年の言葉を聞いて足を止めた。

 こんな異常事態にあっても冷静に広域通信を続けている事から、彼が何かしらの役割を持った人物だとは分かっていた。

 状況を把握していて、原因も理解していて、世界を滅ぼそうとする存在が現れる場所を知っているなら、当然彼は事態の対処に動く側の人間だと思っていた。

 そんな人々の考えを肯定するように自分の立場を明かした青年は、続けて一般市民ではなく国家に属する立場の者たちに向けての言葉を吐く。

 

《ああ、個人的な話をさせて貰えば、公安のとあるチームが追っていたある企業の闇の真相はこれだ。お前たちは正義感に駆られて追っていたんだろうが、彼らは独自にこの現象の存在を知って対処すべく動いていた。まず国に報告すべきだなんて言ってくれるなよ? 国も、お前たちも、こうなるまで気付かなかったんだからな。舞台に上がれもしない人間が出しゃばっても邪魔なだけだ》

 

 それは先代桐条が引き起こしたポートアイランドインパクトからグループを追っていた公安のチームに向けた言葉だった。

 無論、公安だけでなく警官や自衛隊、政府や議員といった立場の人間にも向けて話しているが、湊は影時間に辿り着けもしなかった者たちに呆れている。

 桐条グループを探っていれば、オカルトめいた何かの存在があるという情報くらいは入手出来るはずなのだ。

 才能があればそこから適性を得て、その人物を中心に徐々に適性を持つ者が増えていき、最終的に桐条グループが隠し続けてきた影時間の存在に辿り着く事も出来ただろう。

 しかし、現実はそうはならなかった。公安は桐条グループが大きな秘密を持っている事は分かっても、その情報がどういったものかまでは辿り着けなかったらしい。

 その程度の能力しかないのならハッキリ言って邪魔だ。

 国に言えば危険な力を持つ者たちを管理するという名目で特別課外活動部のメンバーを自分たちの下に置こうとするだろう。

 ろくに戦った経験もなく、影時間やシャドウがどういった存在かも分かっていない人間が上についてしまえば、その時点で七歌たちの活動は制限を受ける。

 人々の安全のために戦おうというのに、制限を受けてしまえば十全に果たすことが出来なくなる。

 もっと言えば、戦闘時に的外れな命令によって七歌たちの身に危険が及ぶかもしれない。

 だから、そうはならなくて良かったという意味も込めて国家に属する立場の者たちに釘を刺しておけば、湊は話を戻して一般人にいくつか注意事項を伝えてゆく。

 

《加えて、東京の港区周辺にいる者たちに告げる。まず、塔のある人工島には危険だから近付くな。そして、ニュクス降臨の余波でその周辺地域に異形の化け物が出没する可能性がある。もし、見つけても近付くな。気付かれないようにその場を去って、もしも見つかった時には必死に逃げろ。それらを排除するための者たちを既に街中に配置してあるから、そいつらが仕事を終えるまで生き延びる事だけ考えておけ》

 

 化け物が出没するかもしれない。そんな今度の説明には人々も首を傾げる。

 影時間について知っている者ならば、シャドウがいかに脅威か知っているが、一般人は化け物の見た目も強さも分かっていない。

 そんな状況で化け物に襲われる危険があると言われても、一般人では何にどの程度気をつければ良いのかも分からなかった。

 とはいえ、湊はそんな化け物に対処するための人員を配置していることを伝えた。

 一般人たちは大勢の軍人が街を警備しているような光景を想像しただろうが、実際には両手の指の数で足りる程度の自我持ちのペルソナたちを配置しただけ。

 事実を知れば不安になるというなら、それを伝えなければ嘘を吐いた事にはならない。

 ある意味で詐欺のようなものだが、誰も声の主がどこから話しているのか分かっていないため、仮に事実に気付いたところでクレームを入れることなど不可能だった。

 

《ついでに、もしそいつらが化け物を倒す場面に遭遇しても話しかけるな。仕事の邪魔だ。もし、自分たちを守るためにこの場に残れなんて恥知らずな事を口にする者がいれば、周りの人間でそいつをボコボコにして黙らせておいてくれ。犠牲者を出さないために動いている人間に何を言っているんだとな》

 

 もしも、自我持ちのペルソナに助けられた者がいれば、恐らくその容姿からなんで若い女性や子どもが戦っているんだと疑問に思うだろう。

 服装も軍服などのような戦いを想定したものではなく、刀や槍のような分かり易い武器を持っている者の方が少ない。

 けれど、彼女たちにはシャドウと戦う力がある。戦えば勝つだけの能力をしっかり持っているのだ。

 難点を挙げるとすれば、人員が極めて少ない事だろう。

 およそ十人で港区を中心とした都心をカバーしなければならないのだ。

 無駄な事に時間を割いている余裕はなく、ニュクスの降臨が近付くにつれて活発化していくシャドウを素早く狩り続けるしかない。

 そのためにはツクヨミが索敵した情報をリアルタイムで入手し、指示に従って移動ルートを決めて効率的に狩っていく必要がある。

 応援くらいならば構わないが、足を止めて言葉を交わすのも難しい。

 故に、もしも、そんな彼女たちにふざけた要求をする者がいれば、同じ市民の力でそれを排除してくれと青年は言った。

 そうして、一通りの説明が終わり。話に一区切りついたと判断して人々が動き出そうとした時、これまでと違って感情の籠もった湊の言葉が届いた。

 

《……俺たちは滅びを回避するために動いている。全員が命懸けで、奇跡を手繰り寄せようと必死に戦っている。だから、頼む。信じて待っていてくれ。それぞれに出来るやり方でいい。周りに助けを必要としている者がいれば手を貸してやって欲しい。未来を望んだ者たちが、全員で明日を迎えるために》

 

 彼も滅びを求める者たちまで救えるとは思っていない。

 それは、自分と相手の望む未来が異なるからだ。

 全員が望んだ明日を迎えられたら最善だが、出来ないのであれば彼は自分が求める未来を目指す。

 そして、同じ未来を目指してくれるのであれば、どうか自分の手の届かないところを補って欲しいと彼は人々に願った。

 彼をよく知る者であれば、それが如何にあり得ない事か分かるだろう。

 出来る限り自分だけで全てをこなそうとする彼が、人々の善意を信じて代わりを任せたのだ。

 こんな状況でなければもっと素直に喜べたが、彼に恩を感じていた者たちは“頼られた”という事実があればそれでいいと細かい事を考えるのはやめた。

 

「我々はプリンス・ミナト! 避難しようと思っている者がいればこちらへ! 広域避難場所となっている公園へ案内します!」

「走る必要はありません。ゆっくり前の人について移動してください」

「男性で手を貸してくださる方はいませんか! 身体が不自由な方の移動の補助をお願いします!」

 

 青年の声が聞こえなくなり、人々が動き始めようとしたところでとあるカードを胸元につけた者たちが動き出す。

 それは湊のファンクラブであるプリンス・ミナトに所属しているメンバーたちだった。

 彼のファンクラブの会員は学外にもおり、会長である雪広繭子を中心に幹部は一つの企業として組織を動かしていた。

 タカヤたちの煽動によって終末思想に取り憑かれた者たちはニュクス教に縋った。

 だが、狂信者を抱えているのは敵だけではない。一般人にも広く浸透するような形でプリンス・ミナトもその勢力を広げていたのだ。

 湊の声が聞こえ始めた時点で身だしなみを整え、学校の制服に着替えて外へ出てきた雪広繭子は近所のプリミナ会員たちと共に声をあげる。

 

「絶望を感じ俯く必要はありません! 我々のために、力を尽くしてくれている方たちがいるのです! ニュクス教などという邪教の願いで滅びが起きるというのであれば、我らの皇子への信仰によって正しい未来を引き寄せます! さぁ、顔を上げなさい。我らの未来は皇子と共に!」

『我らの未来は皇子と共に!!』

 

 信仰には信仰を、どこまでも純粋な想いを叫ぶ少女たちの熱は静かに人々へと広がり始めた。

 

 


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