【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百三十五話 ストレガたちとの戦い

影時間――タルタロス

 

 大きく横薙ぎに振るわれる巨人の腕を回避しながら天田は敵の隙を探す。

 この広間に残ったのは敵からの指名を受けたチドリ、美紀を殺そうとした犯人との決着を望んだ真田、そして巨大ペルソナ“テュポーン”の相手が出来るタフネスを持った荒垣と足での攪乱も狙える天田の四人。

 チドリと真田は様子を見ながら敵と一対一で交戦中、よって天田は荒垣と共にテュポーンの相手をしているのだが、やはり通常のペルソナと比べ三倍以上の体躯を持つというのはそれだけで厄介だった。

 想定よりも大きく距離を取って回避したが、それでも風圧が届いて体勢を崩しそうになる。

 

「出やがれ、アルケイデス!」

 

 そんな天田の無事を確認しながら荒垣はカストールから進化したアルケイデスを呼び出し、腕を振るってがら空きになった敵の脇腹に打撃スキルを叩き込んだ。

 けれど、相手は僅かに身体が揺れた程度でダメージが通った様子がない。

 思わず天田も苦虫を噛み潰したような表情になるが、タフネスのゴリ押しというのは攻略する上で非常に厄介だ。

 攻撃をしても効かないのだから、極端な言い方をすれば敵以上の個の力で捻伏せるか、圧倒的な数の暴力で封じ込めるしかない。

 だが、天田と荒垣にはどちらも不可能で、唯一の弱点とも言える召喚者はペルソナの後方にいるため狙えない。

 チドリのヘカテーによるチャージ攻撃ならば突破出来るかもしれないが、彼女は今昔からの知人であるストレガの女性と戦っている。

 

「天田、お前は召喚者を狙い続けろ! デカブツはこっちで引き付ける!」

「分かりました!」

 

 言葉を交わして天田はテュポーンを迂回するように駆け出し、後方にいる召喚者の少女を目指す。

 これまで彼女は一度も自分では戦おうとしてこなかった。それはペルソナだけでも十分相手出来たという理由もあるのだろうが、天田たちはそもそも少女には戦闘能力がないのではと考えた。

 天田も貧弱な小学生なので単純な筋力勝負なら相手の少女に負けるだろう。

 だが、天田にはこれまでの戦闘経験に加えて長槍という武器がある。

 穂先で攻撃してしまえば殺す可能性もあるが、攻撃する場所を選んで柄で殴ればその可能性は限りなく低い。

 相手は人殺しを平然と行なう敵だ。天田も最終決戦という状況で人間相手に戦う事を恐れたりはしなかった。

 そうして、天田がテュポーンを無視して敵を目指せば、自分が狙われていると分かった少女がテュポーンを操って天田を排除しようとしてくる。

 二匹の大蛇が絡まってそれぞれの足を形作っていたが、敵はそれを解除して四匹の大蛇にして天田を喰らわんと迫る。

 

「させるわけねぇだろ!」

 

 天田へと殺到する大蛇の一匹に向けてアルケイデスが拳を放ち横っ面を殴る。

 殴られた事で一匹が怯んで動きを止めれば、敵を殴ったアルケイデスの背中を駆け上がって跳躍した荒垣が別の大蛇の脳天に戦斧を叩き付けた。

 ダメージは薄い。それでも攻撃を喰らった事で攻撃者の排除か天田の排除で悩んだのか動きが鈍る。

 

「アルケイデス、真ん中にぶちかませ! デスバウンド!」

 

 荒垣は大蛇の動きが鈍った間に飛び降りながら命令する。

 命令を聞いたアルケイデスは上空に跳び上がり、落下する勢いを乗せながら地面にダブルスレッジハンマーを叩き込む。

 地面に叩き付けられたスキルは衝撃波を生み出し、その衝撃波は四匹の大蛇を襲った。

 下から殴られたような衝撃によって大蛇たちの身体が浮き、それが足になっていた本体も無理矢理に両足を挙げられた形で体勢を崩す。

 巨体の体勢を崩せた今が好機。天田が敵に向かって走り続けているのを確認して、荒垣は追加でペルソナに命じた。

 

「顎を狙え、ギガントフィスト!」

 

 両手を地面に叩き付けていたアルケイデスは、素早く起き上がるとクラウチングスタートの体勢を取り、そこから勢いをつけて砲弾の如く飛び出す。

 敵に向かって飛びだしたアルケイデスの浅黒い肌をした右腕が灼熱に染まり、その腕が赤を超えて黄色い光に包まれてゆく。

 地面から敵の頭部まで一直線の光が伸びれば、自身とほぼ同等のサイズをした敵の頭部の顎に向けて渾身の一撃が放たれた。

 崩れかけた体勢にダメ押しの一撃を受け、テュポーンの巨体が傾いていく。

 これで天田が敵まで辿り着ける。そう思っていれば、敵の少女の声が耳に届く。

 

「テュポーン、アローシャワー!」

 

 これまで体躯を活かした純粋な体術のみで戦っていたせいで、荒垣も天田も敵をそういった特性のペルソナだと思っていた。

 けれど、ここに来て敵がスキルを使ってきた。

 倒れゆくペルソナの足だった四匹の大蛇の口から上空に向けて光の矢が放たれ、それらが重力に従う形で上空から降り注ぐ。

 元々、アローシャワーは貫通属性の広範囲攻撃。それをそれぞれの口から放たれているせいで、通常の倍の範囲に倍以上の密度で光の矢が降り注ぐ。

 拙い。一瞬で考えをまとめた荒垣は自身も天田の方へ向かいながら、アルケイデスを先行させて天田に覆い被させる。

 自分がそこまで向かうのに間に合わないと判断し、途中で戦斧を傘代わりに頭上に掲げれば、光の矢が豪雨の如くアルケイデスと荒垣を襲った。

 頭上に掲げた戦斧を光の矢が絶え間なく叩き続ける。

 中途半端に持っていれば勢いに負けて戦斧を手離してしまうだろう。

 故に、戦斧をしっかりと掴むしかないのだが、その掴んでいる手にも光の矢は振ってくる。

 指は無事、手の感覚も死んでない。それでも少なくないダメージに掴む力が弱まりそうになり、歯を食いしばって耐え続けた。

 そうして荒垣の手が血に染まっていけば、ようやく光の矢が収まった。

 

 

***

 

 

 同じ空間で天田と荒垣が光の矢に襲われている時、真田は美紀を殺そうとした犯人であるカズキと戦っていた。

 歯を見せながら笑う相手の振るったカットラスに右のジャブを当てて弾きながら距離を詰める。

 ここは自分の距離。それを示すように低い位置に構えていた左でボディを殴りつける。

 だが、相手も攻撃を弾かれた時点で後退しようとしていたらしく、後ろに逃げる相手に当たった攻撃の手応えは軽かった。

 

「ヒャハハハッ! ンだ、その甘っちょろい攻撃はよォ! 身内殺られかけた報復にしては随分とお優しいこったなァ!」

 

 後ろに飛び退くようにして攻撃を受け流したカズキは、着地と同時に再び踏み込んで真田に斬りかかる。

 振り下ろした攻撃が躱されれば、返す刀でさらに迫り、それすらも躱されれば回し蹴りで追撃する。

 特定の型を持たない喧嘩殺法だが、右手に持っている剣と適性によって強化された身体能力から繰り出される蹴りは侮れない。

 強引に距離を詰められた真田は相手の蹴りを両腕でガードしながらわざと吹き飛び、距離を開けて着地して体勢を立て直す。

 

「お前ら程じゃないさ。毎回こちらを殺すような様子を見せておいて、結局一人も殺さずにいてくれたからな」

 

 これまでカズキたちは本気で特別課外活動部のメンバーたちを殺そうとしていた。

 だというのに、成功したのは玖美奈と理による遠距離狙撃でチドリを即死させた一度のみ。

 それだって湊が死を覆し、蘇生した代償に自身が死を迎えるも、エリザベスの協力を得て青年も蘇ってきた。

 これまで仕事で散々人を殺してきたというのに、自分たちの計画の障害となる者たちは誰も殺せていない。

 真田がそれを皮肉って挑発すれば、カズキはさらに口の端をつり上げて獰猛な笑みを見せる。

 

「言うじゃねェか! なら、ペルソナ勝負と洒落込もうぜェ! 殺れ、モーモス!」

「カエサル!」

 

 カズキの頭上に、全身を薄汚れた包帯で覆い、死神を思わせる鎌を持ったペルソナが現れる。

 それに応じるように真田の頭上には、地球を模した球体と剣を持ったペルソナが現れる。

 二体は召喚者の意志に応えて距離を詰め、その手に持った武器を振るって衝突した。

 剣と鎌がぶつかり火花が散る。お互いに押し合いになって退がるも、再び前と踏み出して武器をぶつけ合う。

 ペルソナ同士をその様に戦わせながら、召喚者たちもそれだけに任せておけるかと自分たちも前に出て再び攻撃を繰り出した。

 真田の身に付けた金属製のナックルとカズキのカットラスがぶつかる。

 僅かにでも受け方を間違えれば拳に刃が当たるというのに、真田は構わず剣と拳で渡りあう。

 時に受け止め、時に弾き、それが難しければ躱して距離を詰めていく。

 真田は本来パワー型ではない。左利きである事とスタミナとフットワークを活かしたアウトボクサースタイル。それが中学時代から学生チャンプであり続けた彼の戦い方。

 けれど、湊の戦いを見て、彼の体運びを見て、対シャドウという実戦を重ねる事による異種格闘技戦でのインファイトを学んだ。

 武器を持とうと身体能力が強化されていようと、対峙している相手は自分と同じ人間。

 であれば、恐れる事など何もない。真田は戦いを加速するにつれて周囲がはっきりと見えるようになっていく。

 

「……遅いな」

 

 小さく呟いた真田は、横に体重移動しながら身体を沈みこませ、服の袖をほんの僅かに切られながらも攻撃を完全に見切り拳の距離まで詰める。

 昔、湊との再戦を望んだ際にチドリから教わった攻撃の予測線。それを視覚と感覚の両方で捉えられるように鍛え続けてきた。

 周りの景色がはっきりと見え、自分の身体をミリ単位で正確に動かせる今の状態であれば、相手の動きに合わせてそれを放つ事が出来ると感覚で分かる。

 真田はこれまでジャブばかり放っていた右腕に力を入れ、相手の顎に視線を向けながら肩ごと右腕を僅かに下げた。

 それを攻撃の予兆と判断したカズキは顎を引きながら再び後ろに飛び退こうとする。

 だが、それは真田が放った幻の拳。視線による殺意の籠もったフェイントだ。

 

「そう何度も同じ手が使えると思うなっ!!」

「ぐがっ!?」

 

 攻撃を避けつつ飛び退くために重心が不安定になっている。その一瞬を狙っていた真田はさらに相手までの距離を詰めて本命の左ストレートで相手の左肩を殴りつけた。

 体重移動の途中で左肩を殴られたカズキは、中途半端な体勢で飛んだせいで空中でバランスを崩し、着地に失敗して背中を打ち付けて顔を顰める。

 仰向けに倒れたその状態からすぐにブレイクダンスのような動きで起き上がった反応は凄まじいが、お互いにギリギリの距離で激しく攻守を入れ替えていたのだ。

 均衡を保っていた戦況は真田の優性に僅かに傾き、それがジワジワと精神を蝕んでゆく事は避けられない。

 加えて、カズキは背中を打ち付けた際に息を詰まらせ、それが原因で起き上がった今も呼吸が乱れている。

 人は酸素を取り込み続けないと動けない。その酸素の供給が乱れたという事は、激しく動き回る戦いにおいて致命的なディスアドバンテージになり得る。

 相手もそれを理解している以上、これまでより強引な方法で有利を奪い取ろうとしてくるはず。

 ならば、自分はそれらを捻伏せ完全な形で勝利して見せようと、真田は斬りかかってきた相手に向かって距離を詰めた。

 

***

 

 チドリとメノウ。それぞれが召喚したペルソナの放った炎と氷が激突して水蒸気を撒き散らす。

 湊の心臓を移植されて蘇ったチドリの力は、湊の影響を受けて全ての魔法属性を扱えるように進化した。

 また、死を経験した事でアルカナ自体も変化しており、今の彼女のペルソナは死の先のアルカナを司る月“ヘカテー”となっている。

 大きな杖を持ち、紫の色のローブを纏ったヘカテーは、相手の弱点を火炎だと見抜いて攻撃を繰り出していた。

 

「……同じアナライズの力を持っているなら、貴女だって自分の不利を理解しているでしょうに」

 

 敵であるメノウのペルソナはニュクスの子であり『不法』を司るとされる正義“デュスノミア”。

 長い銀髪を持つ女性型のペルソナだが、体表から数センチが水色のガラスのような物で出来ている姿はどこかマネキンのようであり、その右手には鎖に繋がった拷問器具“鉄の処女”を持っている。

 デュスノミアは言ってしまえばチドリの持っていたメーディアの氷結属性版の性能だ。

 索敵とアナライズ能力を持ち、氷結属性と状態異常魔法を使うことが出来る。

 ただ、特定の弱点を持たなかったメーディアに対し、デュスノミアには火炎の弱点がある。

 ペルソナは精神の具現。メノウ自身に何かしら火を苦手とする気持ちがあるからこそ、それが弱点として現れたのだろう。

 アナライズで個々の能力を把握してきたチドリも、これまでその理由を考えた事などなかった。

 エルゴ研を離れた後は、湊と違ってストレガたちに会うことはほとんどなかったし、それぞれの持つペルソナの能力を把握する事はあってもそれを本人のパーソナリティと結び付けるという発想がなかった。

 けれど、エルゴ研を離れて九年。最後の戦いの日にようやくその理由を理解出来た。

 水蒸気で視界が塞がるも索敵で状況を把握していたチドリが移動すれば、先ほどまで自分がいた場所を鎖に繋がった鉄の処女が襲う。

 金属の塊である拷問器具が飛んできた方向に視線を向ければ、殺意と憎しみの籠もった瞳をチドリに向けるメノウがペルソナと共に立っていた。

 

「不利だからなんだって言うのさ。ボクたちの相手がせいぜいのくせに神に挑もうとしてる人間の言葉とは思えないね」

「……そうね。不利だと把握していても、納得出来ない以上は諦める理由にならないわね」

 

 メノウのデュスノミアの持つ火炎属性の弱点は、想い人である湊の傍に居続けるチドリへの感情が原因だろう。

 何故チドリなのか、どうして自分では駄目なのか、そういった想いが膨れあがってチドリの象徴であった火炎への弱点を持ってしまった。

 湊という憧れに手を伸ばす道もあっただろうに、メノウはその憧れの存在の“特別”になったチドリへの負の感情に囚われた。

 今も制御剤を飲み続け身体を蝕まれ続けている彼女にとって、早期に制御剤が不要になりその痛みと苦しみから解放され、湊のおかげで普通の生活を手に入れた少女の存在はどのように映っているのか。

 チドリが何ともやりきれない気持ちになっていれば、デュスノミアが何かのスキルを発動させてその身が赤い光の膜に包まれる。

 

「ボクだって彼に助けられた時のままじゃない。いつかチドリに勝つために、戦う時が来た時のために新たな力を手に入れていたんだ!」

 

 敵が赤い光の膜に包まれると、先ほどまであったはずの火炎属性の弱点が消えていた。

 今も明かり光の膜があると言うことは、恐らく永続的なものではなく、スキルで一時的に耐性を得ているのだろう。

 アナライズの適性を持っていたメノウとジンは、研究所時代に湊と研究者たちが耐性付与スキルの話をしているのを聞いていた。

 ペルソナを鍛えても成長によって弱点が消えなかったメノウは、きっと途中で方向性を変えて一時的に耐性を付与するスキルの獲得を目指したのだろう。

 今のメノウはチドリを殺す気でいる。自分にとって越えるべき存在を相手に、一歩も引かずに渡り合えている。

 自分は相手に負けていない。自身と敵は対等であるという意識が、弱点を一時的に消すスキル“赤の壁”を手に入れるに到らせた。

 氷結魔法を放ちながら迫る敵のペルソナを見て、チドリはヘカテーに電撃魔法で応戦させる。

 力を吸収される氷結と耐性を付与した火炎でなければダメージは通る。

 最も得意な火炎を封じられたのは確かに厄介だが、全ての魔法属性を持ったヘカテーであれば、完全にスキルを封じられる事はない。

 であるならば、どうすれば勝てるだろうかとチドリは考え始める。

 魔法属性はチドリの方が多彩。

 適性値も完全な死を経験し湊の心臓と細胞というブーストアイテムで強化されたチドリの方が圧倒的に多い。

 最大火力もチドリの方が上だが、それは力を溜める必要があるので通常の戦闘で言えば威力にそう差はないだろう。

 チドリに相手を殺す気がないのに対し、メノウはチドリを殺す気でいるため、その意識の差が攻撃の威力や勢いに影響する可能性がある。

 そうして、自分と相手の能力の差を一つ一つ明確していきながら、思考を切り替えたチドリは魔法で応戦しつつ勝つための方法を模索し始めた。

 

 

 


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